うきうきとした気分で家路を辿る。  
そんなに飲んでいないのに足取りが弾むのはあの2人のおかげ、かな。  
早苗の住む家はもうすぐそこ。明かりが点いている。夫はまだ起きているようだ。  
出迎えてくれたら、いや、そうじゃなくてもちょっと抱きついてみよう。  
驚いた夫の顔を思い浮かべ忍び笑いを漏らすと、早苗は少しだけスキップしながら家路を急いだ。  
早苗は市内の美容クリニックで医療事務として働いている。  
結婚するまで看護師として働いていた経験を生かし、子育てが一段落した機会に  
以前から顔見知りだった院長夫人に頼まれ受付を引き受けたのだ。  
個人クリニックということで人間関係に不安もあったが、穏やかな院長夫妻のおかげが  
院内のことで悩むことはほとんどない。  
というより最近はかなり楽しみが多い。  
院長夫妻の息子が、跡を継ぐために地元の大学病院から戻ってきたのだ。  
そしてどうやらスタッフの飯島佐和子と最近いい仲、らしいのだ。  
といっても両者ともに片思いだと思い込み、押しの一手に欠ける状況を  
院長夫人とともに時にニヤニヤ、時にじれじれとした気分で見守る毎日。  
今日は思い切って2人を飲みに誘ってみたのだが、途中で馬鹿らしくなってしまい出てきてしまった。  
酔った頭ではもうなにを言ったのかも覚えていないが、  
唖然とした2人の顔からしてとんでもないことを言ったのだろう。  
いいじゃないか。私だってたまにはいちゃいちゃしたいんだ!  
ふわふわとした思考のまま自宅の呼び鈴を鳴らす。  
「…………なによ、もう」  
出てこない。  
もう一回鳴らしたところでがちゃっ、と音がして扉の向こうから不機嫌な夫の顔が見えた。  
「鍵なくしたのか?」  
「……なくしてない」  
なら自分で開けろ、と言わんばかりにため息を吐くとそのままリビングに入っていく。  
一気に気持ちが冷める。玄関でぐずぐずと靴を脱いでも物音一つしない。  
そうだ、結婚してもう何年経ったと思っているんだ。  
息子たちも家を出て、仲は悪くなくてももう私たちは夫婦というより家族で。  
「うぅー……、っ、もうなんなのよー……」  
でも、若いカップルを見たあと浮かれて帰ってきてちょっと甘えたいこの気持ちを分かりなさいよ!  
無茶な考えなのはわかりつつも涙はにじんできて、力の入らない体をそのままに早苗は玄関にうずくまった。  
急激に襲ってくる眠気。このまま寝てやる。  
「ばー、か……」  
 
 
******  
 
 
「――ろ。――ぃ、さなえ、起きろ」  
ぺちぺちと頬を叩かれる感触に私はのろのろと瞼を持ち上げた。  
「玄関で寝るな。いくつだと思っているんだ」  
かがみ込んで眉間に皺を寄せながら水の入ったグラスを差し出された。  
身を起こせばそこはまだ玄関。そう時間は経っていないようだ。  
「――まって」  
そのまま立ち去ろうとした夫の手を掴んだ。久し振りの感触に少し緊張してしまう。  
夫の方も驚いたようで、戸惑い気味にこちらを振り向く。  
「このまま、寝るの?」  
「……あぁ」  
「明日は予定ないのよね」  
うん、と首を振った夫に数秒逡巡して、勇気を出してみる。  
「明日のお昼、外で食べません?」  
「………………」  
……夫、機能停止。  
よっこいしょーとかけ声をあげながら起き上がり、夫の頭をひっ掴んで髪の毛を掻きあげる。  
「ばっ、お、早苗なにするんだ!」  
ふむ、耳は赤い。意味は通じたみたいだ。  
「なにって……、お誘い?」  
首を傾げながら見つめたら更に耳が赤くなった。  
付き合っているときから、私がいわゆるその、夜のお誘いをするときの誘い文句がこれだった。  
抱き合うのはたいてい休みの前日で。翌朝は寝坊して昼頃にどこかでご飯を食べる。  
子どもが生まれてからはほとんどなくなった習慣。まあ当たり前か。  
「こんなオバサンじゃいや? 気持ち悪い? 勃つものも勃たない? ……ぃたっ」  
べし、とおでこをはたかれた。  
「馬鹿、もう少し言葉を選べ」  
「へっへっへ」  
馬鹿と言われて本当に馬鹿みたいな笑い声をあげてしまった。  
だって、たしなめるようにおでこを叩くのは結婚前の彼の癖だったのだ。  
これはいい感じの雰囲気になってきたかもしれない。  
「はい、修司さん、ぎゅーっ」  
「はいはい。酔っ払いは早く寝るんだな」  
あら?  
「え、ちょっと修司さん?」  
脇から腕を回されて私は引きずられるように寝室へ連れて行かれる。  
「え、え、待ってなんでっ?」  
そのまま色気もなにもなく2人のベッドに放り出された。  
「服は自分で脱げるだろ?」  
いやいや、そうじゃなくてね。あー、もう。  
「そーですよねそーですよね。  
 こーんな子ども2人産んだしわしわのオバサンなんか見たくもないですよねー」  
こっちだって酔った勢いとはいえ多少の羞恥に耐えて誘っている。なのになんなんだ。  
やさぐれた気分になった私はもぞもぞと着替えようとして、……脱げない。  
ボタンをはずし忘れたまま頭から脱ごうとしてしまったのだ。  
 
「あー……。君は子どもか」  
呆れた声に涙が滲む。けどここで泣いたら確実に子どもだ。肌たるたるでしわしわの子ども。最悪。  
ボタンを外してもらった私は脱ぎ終わった後に小さくお礼を言う。  
今日はもうこのまま大人しく寝よう。ブラもショーツもオバサン仕様のゴツいベージュだし。  
ハンガーにかけるのめんどくさいなあ。畳んで置いとけばいっか。  
「……どうしたの?」  
「いや……」  
所在なさげに立ち尽くす夫を見上げる。  
「君は」  
はあ。  
「……しわしわではない」  
はい?  
「それに君がおばさんなら僕も立派なおじさんだ」  
「………………」  
これは。まさかとは思うが。  
「――もしかして、慰めてる?」  
「あと、僕には酔った女性をどうこうしようという趣味はない」  
酔った女性。どうこう。女性。あたし? いや確かに立派に女性ですよ。しかし女性って。  
呆然とした私の反応をどう思ったのか、夫はふいと背を向けてベッドの端に腰掛けてしまった。  
これはもしや拗ねている? いやいや。この人とうに40歳過ぎたいい大人ですよ。  
でも、ここからでも耳の縁が赤いのは確認できて。照れているときの貧乏揺すりはこの人の癖で。  
――あー、もうっ。  
「照れないで、よっ!」  
「うわっ」  
背中にタックル。年甲斐もなくとか考えない。お腹に手を回して左の肩甲骨に額を当てる。暖かい。  
「ねぇ」  
「なんだ」  
「あたし、しわしわじゃない?」  
「……ない」  
「でも妊娠線はあるし確実に胸とかお腹とかたるたるになっていてセルライトもあるわよ?」  
「タルタルって。おまえなあ……」  
がっくし、と肩を落とす。さすがに呆れられたかなと不安になり腕の力を緩めた。  
「――何年夫婦やってると思っているんだ」  
「……え、あ、ちょっと待っ――」  
押し倒された。わからない。私は夫の何かスイッチを押したらしい。  
スカートからスリップが引き出され、背中に回された手が慣れた手つきでホックを外す。  
「待って、修司さん、あのね」  
「先に誘ったのは君だろう」  
確かにそうなんだけど。そう言われると傷ついてしまうのが女のめんどくさいところで。  
「や、もう、ほんとに……」  
ばたばたと抵抗したら脱いだスリップとブラジャーで両腕を頭上に縛られてしまった。  
野性的ですね、ダンナ。  
 
「こんな……。いくらなんでも」  
夫は答えてくれない。なのに余裕のなさが垣間見えて不覚にもときめいてしまう。  
顔を近づけてキスをねだれば、一瞬の躊躇のあとに深い口づけが落ちてきた。  
「ふ、んんっ、……ぁあっ」  
夫が寝酒に飲んでいたであろう日本酒の味が僅かに舌をさす。  
両手でこねるように強く胸を揉みしだかれ下半身が疼く。私の好きな愛撫。  
「あ、あ、んぅ……」  
耳の下をひと舐めした後は乳房を軽く噛んで。そして右側は尖った部分を指で弾かれ、  
左側は舌先で思うがままに嬲られる。  
ちらりと見た光景は見慣れたもので、なのになぜか目が離せない。  
久しぶりだからか。それとも腕を拘束されているからだろうか。  
記憶の中の手順と冷静に重ね合わせている一方で、頭の中はじわじわと熱に侵され始める。  
「ね、これとって……」  
腕でベッドを叩くと案外あっさりと外してくれた。軽く腕を振って血行を取り戻す。  
そのままぐしゃぐしゃになったスカートも、えいやと脱ぎ捨てた。服のしわなんか今更だ。  
再び尖った部分に舌を這わせている夫の頭に手をおいて髪をかき乱す。  
そしてそのまま右手を滑らせて少し弛みを見せる背中をゆっくりと撫でた。  
「あ……、はあ、んっ」  
ストッキングが丁寧に、そして素早く下ろされる。形を確かめるようにお尻を撫でられて瞬時に顔が熱くなった。  
「形わるくなったでしょ」  
「……気にならない」  
「もう……、っあん」  
またもや微妙な言い方をされて声を上げれば間から手を差し込まれてしまった。  
そのまま足を開くよう促される。久々だとやっぱり恥ずかしいし、かなり滑稽だと感じる格好。  
「んっ、ふ。あ、っつ……」  
指が入ってきたそこはちゃんと濡れていたけれど、いきなり指を入れてこられるにはまだ足りない。  
なのに、少しでも濡れていたらそうするのは何回言っても直らない夫の癖だ。  
そのままくにくにと中を広げながら親指でその上の突起を押しつぶすようにきつく摘まれる。  
「ん、っ、あ、ああ……っ」  
これは好きな痛さ。  
普段でも下着の上からわかるほど大きい私のそれを、夫はきちんと弄んでくれるのだ。  
お風呂に入っていない時に舐めるのは遠慮してほしいので、  
もうそろそろ、と思ったところで私を見つめる夫に目で合図し、ゆっくりと上体を起こす。  
ティッシュを渡して指を拭ってもらい私はパジャマのズボンに手をかけた。  
夫のそこはまだ首をもたげ始めた程度。ゆっくりと手でしごきながら口の中に唾をためる。  
「っ…………」  
裏筋を撫でると予想以上の反応だったが、夫からは吐息一つ漏れない。  
 
一気に対抗心が芽生えて先の部分からくわえる。久々なのでいきなり全部は厳しい。  
「う、ぁ……っ」  
「ん、む……、んんっ」  
よし、反応あり。  
味や匂いの覚悟をしていたけど意外となんでもなくて、体が覚えている通りに愛撫する。  
多少下手でも丁寧に、あんなところこんなところを愛を持って扱うのが大事。  
さっきから背中から脇にかけて指先で軽く撫でられているけど、私は負けない。  
「っ、早苗、もういいから」  
にじみ出てくるところを舌先でぐりぐり攻めたところで頭を優しく叩かれた。  
一定の勝利に満足しながら口元を拭う。  
「上くるか?」  
「へっ!?」  
後ろを向いてゴムを着けていた夫が振り向く。  
「あれ、好きじゃなかったっけ」  
「いやいやいや」  
好きですよ。ええ対面座位とか騎乗位とか大好きですよ。でも!  
「本当に久々だから、今日は普通が、いいですね……」  
「ふーん……」  
夫がにやりと笑った。  
「じゃあそれは次で」  
今から数年ぶりにするのにもう次の約束ですか。盛っているんですか、ダンナ。  
固まってしまった私に夫はもう一度にやりと笑い、私の髪を掻きあげながら身を寄せてくる。  
ゆっくりベッドに押さえつけられると、太ももに熱い感触。また少し濡れてしまう。  
「ね、修司さん」  
「……顔、赤いなあ」  
目の下辺りを親指で撫でられる。あそこを夫のものでつつかれる。  
「当たり前でしょ!」  
「なんで」  
「そりゃあ、久しぶりだしね……」  
「興奮してるし」  
「うぅっ……!」  
この鬼畜男! 笑うな! 触るな! 確かめるな!  
触られてから時間が経っているにも関わらずびしょ濡れのそこに夫は嬉しそうだ。  
「――いいか?」  
「んっ……、あ――」  
 
また指で少し探られたあと押し当てられ、私は腰の辺りの力を抜く。  
入ってきたそれは懐かしい大きさで、私は少し泣きそうになる。  
「痛くないか」  
「だいじょうぶ。あの、……むしろ緩くない?」  
子どもを2人も産んでいる私にはそっちの方が心配だった。  
「………………」  
「……え?」  
夫の目の色が変わった、ような気がした。私はまた何かスイッチを押した、のかしら。  
「え、と。修司さん?」  
「緩いなんて考えられないようにしてやるな」  
「え、ひゃ、ああああっ――――!」  
さらに腰を入れられ、その隙間から入れた手がまた私の突起を摘む。  
私が夫のをぎゅっと締めつけたのがわかる。軽く意識を飛ばしてしまった。  
「や、つよっ、あ、ひぃいいっ」  
乳首も噛まれる。甘噛みよりもきつく。なのに腰の動きは焦れったいほどに優しくて。  
膣内で存在感が増していく度にもっともっとと求めてしまう。腰がねだるように動く。  
「も、……っと、しゅ、っ、さん……っ」  
痛いのに、もっと強く、もっと激しくと望んでしまう。  
奥に力強く打ち込まれ、私は足を絡ませぎゅっと抱きついた。  
「――動けないだろ」  
抱きついたままの私に、夫はねじ込むような動きで奥を攻める。  
「きもち、いい?」  
息も絶え絶えに尋ねると、  
「……ああ」  
もう。好きすぎるんですけど。  
ますます抱きついてしまった私を、夫はもはや振りほどこうとはしなかった。  
どこか安心感の上にたゆたうような時間が、終わりに向かって加速し始める。  
膜を隔てた夫の存在が大きい。苦しい。愛しい。燻っていた快感が一気に集まって解放へと向かう。  
「っ――――――!」  
しがみついた私は、数秒後に膣内で脈打つ感覚に力を抜いた。  
 
 
今回は久々だしそんなに声とか出さないつもりだったんだけどなあ。  
と乱れた呼吸を落ち着かせながら夫に身を寄せた。  
四十路男の体はそりゃあ若さには欠けるけど、肌になじむ感じは何よりも心地良い。  
「さっき、結構痛かったよ」  
「気持ちいいって言ってたじゃないか」  
「……言ってないわよ」  
「いや、体が」  
「っ!」  
思わず肩をはたいた。  
変態オヤジめ。職場で言ったら社会的に死ぬんだから。  
そう思いつつ、私はにやける顔を押さえることができなくなっていた。  
――愛する人が私を愛してくれて、しかも毎日一緒にいられて。  
もう熱いときめきみたいなものはないけれど、やっぱり夫婦っていいなあと思うのだ。  
がんばれ、と今日一緒に飲んだ2人を思い出す。夫婦は、家族はいいもんだよ。  
ふふふ、と漏れ出た笑いに夫がまたぎゅっと胸に抱き寄せてくれた。  
 

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