【メイビス】  
 
「女スパイとは、これはまた」  
私は捕獲したばかりの美しき女スパイを眺めまわした。  
それを受けてか、女は私の視線に臆することなく、挑むようににらみ返してきた。  
イスに縛りつけている今、彼女にはそれぐらいしかすることが出来ないのだろう。  
「何が目的なのかは分かっているよ。わが社が持つ兵器、その設計図の奪取、といったところかな」  
女は一切喋らない。  
その表情からは何も読みとることが出来ないが、スパイという人種はかねそのような物だ。  
不気味ささえある。  
だが、この女の肉体は実にそそる。  
きつい眼光を発している鳶色の瞳は、見ているこちらが吸い込まれるように美しく、煽情的だ。  
引きしまった唇は、彼女が今抱いている反抗心に逆らって、私に媚びを売っているようだし、  
適度に膨らんだ形の良い胸の双丘は、男に自身を主張しすぎず、だが引き離さずの、計画されたようなバランスがある。  
男を魅了するために生まれてきたかのような、エロスを体現したかのようなプロポーション。  
だが、彼女の表情を見ると、身体とは正反対の側面が見えるかのようだ。  
男に負けじと、心に鉄壁のプライドを築き、任務を完璧に遂行していく女スパイ。  
「本当に、何も喋らないな。美人が台無しだ」  
挑発にはまったく乗ってこない。  
当然だろう。自身の心を必要に応じて殺すことが出来る、一種の才能が過酷なスパイ活動の原動力だ。  
私のような若輩が、彼らのような鉄の心をこじ開けることなどできないだろう。  
だが。  
「君には私の尋問を受けてもらうよ。喜びたまえ、『マキャロン』の副社長である私が、直々に相手をしてやるのだ」  
全く相手からの反応は無い。  
つまり、遊び甲斐があるということだ。  
 
 
【アズミ】  
 
アズミは副社長と、彼のボディガードらしき黒い服の男達に連れられて、  
「尋問室」とプレートが貼られた、真っ白な扉の前に連れてこられた。  
扉の隣にはカードリーダーが壁に埋め込まれていた。  
この部屋も、大手薬品、精密機器メイカーの顔を持ちながら、軍事兵器の密輸にも関わりがあると睨まれる組織の、裏の顔の一つというわけなのだろう。  
ここへ来るまでに、エレベーター二台を乗り継いだ。マキャロン本社に潜入するために、アズミは入念に資料をあさり、情報を入手して臨んだのだが、地下の尋問室についての情報は得ていなかった。  
「まさか、こんな部屋があるとは思わなかった、という顔をしているね」   
悪名高いマキャロンの若き副社長、メイビス=マキャロンは、アズミの顔を覗きこむようにして言った。  
アズミはそれには取り合わず、ただじっと相手の目を見つめ返した。メイビスの年齢はまだ二十三歳だという。  
二十歳のアズミとそう年は変らない。だが、好青年である印象を振りまく、その端正な表情には、別の感情が見え隠れしていた。  
この男は楽しみにしている。  
何を、と考えるまでも無い。アズミの尋問を楽しみにしているのだ。  
副社長のマスクに隠れた、下衆な一面を垣間見た気がして、アズミの心に異性に対する失望が去来した。  
「可愛げがないな、今は」  
意味ありげな笑みを浮かべて、メイビスはポケットからカードキーを取り出した。  
 
「んっ?」  
ふと気がつくと、アズミは白い天井を仰いでいた。  
「何?どうして……」  
記憶が飛んでいる。  
メイビスが尋問室のカードキーを取り出したのを覚えている。  
だが、あれから先の記憶がない。首筋を強打でもされたのだろうかと思いつくものの、体にはどこも痛みを感じない。  
クロロフォルム等の薬剤を嗅がされた可能性が考えられるが、それ特有の、頭に鉛が詰め込まれたような、あの重たい感じもない。   
周りを観察すると、すぐに自分は白い部屋の中に、全裸で寝かされていたのだと気がついた。  
背中には、ベッドシーツのような、柔らかな感触があり、手首や足首には、冷たい何かがはめられたようなきつさを感じる。  
腕を動かそうとすると、鎖がじゃらつく音が聞こえた。ひどく耳障りだ。  
どれぐらいこうしていたのだろうか。そう時間は経っていないはずだ。  
アズミの観察は続く。天井には、カメラが設置され、彼女を視姦していた。  
そして、彼女が左に首を向けた時、静かに佇む機械装置が目についた。  
 
 
【メイビス】  
 
「副社長、準備が完了しました」  
私の目の前には、美しい眠り姫が、白いベッドの上で磔にされていた。  
されていたと、というのは正しくない。私がボディガードに彼女を拘束させた。  
彼女が着用していたスーツを剥いで、改めて思った。  
この女は、まさしく私の求めていた女だ。息を飲むほどの完璧さ。それが、今目の前にある。  
「では、失礼します」  
ボディガードが部屋を去り、私は彼女と二人になった。  
そっと、眠りの世界にいる彼女の口に触れた。  
指を弾き返す、強い弾力は、彼女が見せた気丈さを物語っているかのようだ。  
そして、細くくびれながらも力強ささえ感じる腰、程良く引き締められた腕や腿の筋肉。  
そして、下腹部の茂みに隠れた女の秘図は、使用したこともないかのような、初々しささえ感じるほどの白さを保っている。  
全てが私好みだ。このような女はなかなかいない。  
気丈な女の心を砕く。これほどの愉悦は他に求めることができない。  
本来ならば、私のような若輩がスパイの心をこじ開けることなどできはしないだろう。   
だが、何も開く必要はないのだ。  
扉ごと砕けば良い。  
ここには、女を堕落させるためだけに創造された道具がある。創造主は私だ。  
私は部屋を後にした。  
 
 
【アズミ】  
 
ふうっと、アズミの思考が霞み始めた。   
(え……?)  
唐突に現れた心を覆う靄に、アズミの警戒心は塗りつぶされていった。  
「何、何なの?」  
ゆっくりと、思考が意識の底へと沈み込む。次第に、考えるのが面倒になってきた。  
アズミの隣に鎮座する機械が、アズミの首に取り付けられた点滴を通じて、薬剤を流し込んでいるのだ。  
機械の存在には気がついたアズミだが、今の不思議な感覚が、その機械から流し込まれる薬の効力による物だとは気付きもしなかった。  
「あ……あ……」  
何とか声を出そうとするが、まるで言葉にならない。  
心が虚ろになっているせいか、全身の筋肉も力を失い、だらんと全身をベッドに預けていた。  
心も、体も空っぽになったとき、  
[これより、薬剤の投与を開始します]  
あの機械が、耳につく女声を発した。  
 
 
【メイビス】  
 
私は別室で、機械のリモコンを手にしながら、カメラを通して送られてくる、彼女の姿を眺めていた。  
彼女を真上から撮影した映像を、高解像度のモニタが、臨場感たっぷりに映し出してくれる。  
天井からの映像以外にも、部屋のあちこちに仕込んだカメラにより、視点を自由に変更することが可能だ。  
彼女は、まさに私の手の中にいるのだ。  
覚醒したばかりの女は、行動の自由が制限されながらも、状況を理解しようと必死だ。  
当然だろう。意識が急に飛び、気がつけば見も知らぬ部屋で、何も纏わずの状態で拘束されているとしたら、誰しもが不安を感じるに違いない。  
私は机に置かれたリモコンを手に取った。  
女を堕落させる装置の一つ、「カクテルバー」の操作を行うものだ。  
カクテルバーは、数種類の材料を元に、バラエティに富んだ薬効を持つドラッグを生成し、対象に投与するものだ。  
まずは、彼女の意識を一度鎮静化させることとした。  
モニタを見る限り、彼女は努めて冷静に振る舞っているようだが、念には念を入れる。  
リモコンを操作すると、さっそくカクテルバーが、鎮静作用のある薬剤を造り出し、アズミに流し始めた。  
モニタ越しにも、チューブを通る透明の液体が流れる様子が見える。  
薬が彼女の首筋からゆっくりと侵入を始めた。すぐに、彼女の様子にも変化が見られた。  
瞳孔はゆっくりと拡がり、先程まで動かしていた手足が、ゆっくりと活動を停止し始めた。  
胸の動きも、緩やかなものに変化した。   
〈あ……あ……〉  
 スピーカーから、彼女が漏らす力の無い声が聞こえてきた。綺麗な鳴き声だ。  
可憐ささえ感じる。もう、何も考えられない、考えたくも無い状態である筈なのに、懸命に声を挙げようとしている様が可愛らしい。  
 これからもっとその鳴き声を聞かせてもらおう。  
 再び、私はリモコンを操作した。次からが本番だ。女の心を徐々に砕いていく、第一手だ。  
〈これより、薬剤の投与を開始します〉  
カクテルバーが、プロセスの開始を告げる。これは私に宛てられた文句では無い。  
ベッドで夢現に天を見上げる、女に宣告されたものなのだ。  
じきに、女はこの機械音声に、恐怖と喜悦の入り混じった、ドロドロのカクテルのような感情を抱くようになる。  
また、チューブを通して薬剤が女の首筋へと入っていった。  
今度の薬剤の持つ効果は、心に激しい性衝動を生じさせるものだ。  
思考を淫らに染め上げられた、美しき獣が誕生する瞬間を見るのは、いつだって楽しい物だ。  
モニタには、肌を紅潮させ、膝をもじ付かせる女の姿が映し出された。  
 
 
 
 

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