『ひまわり会館 メイド・麻理耶』  
 
メイド協会ひまわり会館は、しばらくの間大騒ぎでございました。  
協会に所属するメイドがいる、華道家元のお屋敷で相続問題が起こっていたのです。  
お勤めをするメイドたちには、お家の問題には決して関わらず、日々のお勤めに一生懸命真心を尽くすよう指導しております。  
今回、家元相続を巡って揉め事が表ざたになった時も、お勤めしているのがメイド協会でも評判の高い愛さんを初めとする精鋭たちだと思って安心していたのです。  
メイドが一人、いなくなったという報告が来た時は驚きました。  
大昔には、労働条件が厳しすぎたり無理な要求をされたりで夜逃げするメイドもいたようですが、最近は労働基準法を遵守することになっています。  
誰が、どうして。  
それが、相続問題で揺れる華道家元のお宅で、家元の座を争っていた三男と愛さんが手に手をとって出奔したと聞いた時は、さすがに眩暈がいたしました。  
家元には三人のお坊ちゃまがおいでになり、事業の才に優れている長男が社長業を引き継ぎ、華道の才能のある次男と三男が家元を争って大揉めに揉めていたのです。  
三男の方は、社長の座と家元の座の両方を狙い、会社の株式証券や重要書類をこっそり長男の担当メイドである愛さんに持ち出させたようなのです。  
もちろん、ベッドで愛さんを懐柔してのこと。  
思慮深く、模範的なメイドである愛さんが、まさかそんなことになるとは。  
いつも、礼儀正しくにこやかな態度を崩さない愛さんからは、とてもそんな騒ぎに巻き込まれているとはわからなかったのです。  
私も管理不行き届きで注意を受けましたが、それは大きなことではありません。  
お屋敷のほうで捜索の手を伸ばし、メイド協会でもあちこちを探しました。  
遠い南の町で、旅館の住み込み仲居をしている愛さんを見つけたのは協会でした。  
報告では、やつれてはいたものの健康に問題はなく、三男の方の行方は知らないとのことでした。  
愛さんが無事だったことには安心しましたが、同時に恐れていた通りお二人で逃げたはずのお坊ちゃまがご一緒ではないことに落胆しました。  
傷ついているだろう愛さんを思うと、涙がこぼれます。  
信じる旦那さまに出会える幸せから、裏切られる絶望を味わって、愛さんは立ち直ることができるでしょうか。  
再びメイド服に袖を通して、真心をこめたお勤めをできるようになるのでしょうか。  
 
噂を聞いた他のお屋敷のメイドたちもしばらくは動揺しているらしく、ここに集まって情報を集めようとするのか、ずいぶんと賑わいました。  
特に特定の旦那さまにお仕えしているメイドたちは、心配そうでした。  
必要に応じて話を聞いたり、少し意見したりして、私も忙しく過ごしました。  
愛さんがしばらく旅館にとどまりたいと言ったこともあり、この件はお家元の家の内の問題になりました。  
 
「薫さん、ちょっといいでしょうか」  
お家元の騒動が治まってしばらくして、給湯室でお茶の在庫を補充していると、急に声をかけられました。  
振り向くと、くるみさんでした。  
今日は5人ほどのメイドがさっきまでティールームでおしゃべりに花を咲かせていましたが、みんなで揃って挨拶をして帰って行ったばかりです。  
くるみさんは皆と別れて、一人で戻ってきたようです。  
私は補充の手を止め、くるみさんの華奢な背中に手を回してティールームに引き返しました。  
「たった今、新しいハーブティーが届いたのよ。もう少し早ければみんなでいただけましたね」  
開けたばかりのハーブティーはそれはそれはいい香りです。  
くるみさんがお湯を注いで、ゆっくりカップに注いでくれました。  
「……あの」  
ハーブティーのカップを両手で包んで、くるみさんはつぶやくように言いました。  
「あの、あ……、愛さん、どうしてらっしゃるのでしょう」  
カップを置いて、私は出来るだけ穏やかな声で答えます。  
「お勤めなさっていますよ。少しは勝手が違って大変なようですけれど、愛さんなら大丈夫。旅館の方で手放したくないというかもしれませんね」  
「……そうですか。よかった」  
言って、カップの縁を細い指先でなぞります。  
 
「あの。メイドが、専属のお世話係になることって、どうなんでしょう」  
「どう、と言うと?」  
「……ここに来て、いろんなお屋敷のやり方を聞きますでしょう。自分のお勤めするお屋敷では当たり前のことも、他のお屋敷ではそうではなかったり、その逆もあります」  
「そうね」  
「ご家族に、専属のメイドがついてお世話をするお屋敷もたくさんあって、それがその、奥さまやお嬢さまの担当ではないこともあります」  
「ええ」  
「……お年頃のお坊ちゃまのお世話もいたしますでしょう、……愛さんのように」  
思春期だったりお若いお坊ちゃまでは、特にお世話に気を使うものです。  
くるみさんのお屋敷にもお坊ちゃま方はいらっしゃいますが、とうにご結婚されるお年頃のはずです。  
「お坊ちゃまが、メイドをいらないっておっしゃることは、あるのでしょうか」  
微妙な質問です。  
他人に細かく世話を焼かれるのがうっとおしいと思うお年頃や性格もあるでしょうし、お世話するメイドと気が合わない場合もあります。  
メイドのお世話が、ただの身の回りだけに限らないのであれば、外に好きな女性や恋人がいることも考えられます。  
もちろん、ご結婚されて奥さまがいらっしゃるのでしたら、むやみにメイドをそばに置くのは誉められたことではありません。  
くるみさんが言いたいことを言えるように、私はゆっくりハーブティーを飲みながら待ちました。  
「うちのお屋敷の、あの、……プリンスの方のお坊ちゃまなんです」  
ひまわり会館に来るメイドたちの中でも、くるみさんのお屋敷のご次男はプリンスとあだ名されて人気があります。  
すらりとして背が高く、整ったお顔立ちだけでなく、交友関係が広くてあちこちのお屋敷にも気軽に顔を出し、お茶ひとつお持ちしたメイドにも笑顔を向け、趣味の乗馬や社交ダンスの大会で優勝したり、ご主人さまの経営する会社でも重役の一人に連なってご活躍のようです。  
まだ、ご縁談があるという話は聞いておりません。  
「上のお坊ちゃまには、もうずっとお世話をしているメイドがいるんですけど、プリンスのお坊ちゃまはその時々でいろいろなメイドがお手伝いするんです。ご自分でもさっといろんなことをしてしまうので、あまりお世話することがないのかもしれませんけど」  
「そういう方も少なくありませんよ。メイドがいないとお着替えもできないという方ももちろんおいでですけどね」  
「でも、プリンス……、お坊ちゃまもお仕事がお忙しいし、ご自分のことくらいメイドに任せるといいのではないかって奥さまもお考えになって、メイド長が、あの、私に」  
そうですか、あのお坊ちゃまが、担当のメイドをお決めになりましたか。  
「……でも、いらないって」  
くるみさんが、目に涙を溜めて私を見上げます。  
「どうしてでしょう。私、いつも一生懸命お勤めしています。お坊ちゃまの御用をしたこともありますし、その時だって問題はなかったと思いますのに、どうしてでしょう」  
それは、くるみさんに落ち度があるわけではないように思います。  
お坊ちゃまが、担当メイドを望まなかったというだけではないのでしょうか。  
ひまわり会館にやってくるくるみさんを見ておりますと、自分のお屋敷の主人家族に心をこめてお勤めしているのがわかります。  
もちろん、プリンスへのそれ以上の熱い思いも感じ取れはするのですが。  
他のお屋敷のメイドは、時々垣間見るプリンスに抱くのは、見目の良い有名人へのファン心理のようなものでしょう。  
まったく、ご自分の容姿やふるまいがどれだけ若い女の子の興味を引くかも知らず、ご交友のあるお屋敷の間をフラフラなさっては誰にでもお声をかけるなど、いい大人のなさることとも思えません。  
あの方には、昔からそういう無邪気で罪作りなところがおありでした。  
私はくるみさんを宥め、励ましてお屋敷に帰しました。  
人気のありすぎるお坊ちゃまも困りものです。  
誰もいなくなったひまわり会館を掃除し、事務仕事を片付けながら、私は若い子たちにプリンスとあだ名されるようになったあの方の精悍な横顔を思い浮かべ、そっとため息をついたのでございます。  
 
くるみさんが話をしていってから数日後、麻理耶さんがやってきました。  
いつもは結衣さんと双子みたいに一緒なのですが、珍しくお一人でした。  
先に来ていた里奈さんや美紀恵さんが、麻理耶さんを見て歓声を上げたところを見ると、どうやらここで待ち合わせをしたようです。  
私はちょっとためらってから、ティールームの隠しマイクにつながるスピーカーのスイッチを入れました。  
事務室のガラス越しに、三人の女の子がはしゃいでいる様子が見えます。  
「……それでそれで、とびっきりのニュースってなんなの、麻理耶さん」  
「あんもう、こんな重大発表の日に二人しかいないなんてもったいないわね」  
「焦らさないで、教えてくださいな」  
麻理耶さんが、うふふっと笑います。  
「驚かないでね。うちのお屋敷のお嬢さまに縁談があるの」  
身を乗り出していた里奈さんと美紀恵さんが顔を見合わせました。  
「それは、おめでたいけど……」  
お年頃になったお嬢さまやお坊ちゃまのいらっしゃるお宅で、縁談があるのは珍しいことではありません。  
「問題は、その、お・あ・い・て。なんと、あの、プリンスなのっ」  
きゃあっ、と、今度は本物の歓声が上がりました。  
「本当なの、麻理耶さん。だって、プリンスは降るほどあった縁談をもう何年も断り続けているのよ」  
「私たちの間でも、くるみさんのところのプリンスはご結婚されるおつもりがないんじゃないかって噂なのに」  
「でしょう、私もびっくりしたわ。でも、うちのお嬢さまにさすがのプリンスも心を動かしたってわけよ」  
「そりゃあ、麻理耶さんのところのお嬢さまはミスキャンパスだし、二科展にも入選するほどの芸術家ですしね」  
「でもまだ大学生でいらっしゃるでしょう?プリンスとは、お齢が離れているのではありません?」  
「あら、でもプリンスは30歳を越えたくらいでしょう、十歳くらいの年齢差はなんてことありませんわ」  
「うらやましいわ、プリンスがお相手だなんて」  
「やだ、里奈さん、まるでご自分がプリンスと結婚なさるみたい」  
女の子たちの笑い声が、ティールームに響きます。  
その歓声に、私ははっと我に返りました。  
メイドたちは私が彼女たちの会話を聞いていることを知らないのに、ガラス越しにじっと見つめてしまったのです。  
気づかれまいとうつむいて、両手を握り締めました。  
担当のメイドが付くのを断ったのも、近く結婚することになるお嬢さまに遠慮して、自分の身の回りに若いメイドを置くことをしなかったというわけでしょうか。  
あの方らしい心配りだと思います。  
きっと、お友達の家を訪ね歩いてメイドたちを無駄に騒がせることも、お止めになるでしょう。  
「……あちこちのお屋敷でたくさんのお嬢さまをご覧になって、うちのお嬢さまにお決めになったのだと思うのよ。プリンスは持ち込まれる縁談ではなくて、ご自分の目で結婚相手をお選びになりたかったのだと思うわ」  
メイドたちの噂話は止まりません。  
麻理耶さんは二人しかいないのを残念がっていましたが、これで大勢のメイドたちが来ていたらさぞ姦しい騒ぎになったことでしょう。  
そうですか、プリンスが。  
あの方が、ついにご結婚なさるのですか。  
スピーカーの音量を絞って、私は握り締めていた両手を胸に押し当てました。  
――――薫。  
耳にはまだ、あの方の声が残っています。  
――――かおるちゃん。かおちゃん。かお。薫。  
 
麻理耶さんのお屋敷のご家族情報をパソコンで表示しようかどうか迷っていると、マイクの近くに移動したのか、里奈さんの声が大きくスピーカーから聞こえました。  
「……でも、麻理耶さんのお宅も大忙しね。この間、上のお坊ちゃんの婚礼があったばかりでしょう」  
メイドたちの盛り上がりが落ち着いてきたようです。  
「おめでたいことはいくつあってもいいけど。結衣さんも今日は来られなかったみたいだし」  
麻理耶さんは、ちょっと細い眉を上げました。  
「結衣さんは真面目だから、よく働くし頼りにされるの。私みたいなのはラクチンよ」  
あらあら、これはメイドとしてあまり誉められたことではありません。  
麻理耶さんのデータを呼び出してみると、特にお屋敷から苦情が来るほどではありませんが、協会が選ぶ優良メイドの候補に上がるほどではないようです。  
おや。  
画面をスクロールして、私はちょっと驚きました。  
顔を上げると、予定通り里奈さんと美紀恵さんを驚かせることに成功した麻理耶さんが少し得意気にお菓子を食べています。  
里奈さんと美紀恵さん、お二人は憧れのプリンスの結婚にちょっとガッカリしている様子。  
そのお相手がご自分のお屋敷のお嬢さまなら、さぞ複雑な気分でしょうに、麻理耶さんはそんなふうに見えません。  
それもそのはず、麻理耶さんは一年ほど前から先月結婚なさったお坊ちゃまのお世話を担当していたのです。  
もしかしてお坊ちゃま、いえ、若旦那さまは麻理耶さんに身の回りのお世話以上のことをさせていたのでしょうか。  
それは、いつまでのことでしょうか。  
「だってほら、私は若旦那さまのお仕事があるでしょう」  
一瞬、私は麻理耶さんに聞こえるように疑問を口にしてしまったのかと思うほどでした。  
 
――――  
 
若旦那さまは新婚だけど、もう一ヶ月でしょう。  
一日おきだとしても、十五回。  
それだけしたら、だいたいのことはわかるんですって。  
え、いやだ、若旦那さまがそうおっしゃっただけよ。  
それでね、やっぱり麻理耶のほうがいいなって。  
相性っていうのかしら。  
私だって、お坊ちゃま、いえ若旦那さまさえよろしければ依存はないわ。  
うふふ、若旦那さまはね、そりゃあお上手なの。  
毎回、天にも昇る気持ちよ。  
でも若奥さまは違うみたい。  
若旦那さまも、つまらないっておっしゃるの。  
だから結婚なさって半月くらいはお呼びがなかったけど、その後でこっそり廊下で囁かれたのよ。  
今夜、部屋に行ってもいいかなって。  
若奥さまはお里帰りだったし、私も寂しくなってたから嬉しかったわ。  
私、お気に入りの下着を着けてお待ちしたもの。  
そりゃ、すぐに脱がされてしまうんだけど。ふふふ。  
若旦那さまったら、私の部屋に来るなり抱きしめてくださって。  
私だって若旦那さまとは久しぶりだし、ゆっくりしていただきたくてお酒やおつまみの準備とかしてたのよ。  
それなのにもう性急で、困っちゃう。  
 
――――  
 
若奥さまとは、とても仲がよくって睦まじいって旦那さまがお喜びですのよ。  
胸の中で精一杯の意地悪を言うメイドの唇をふさいで、誠一はくすくすと笑った。  
「格上の家からもらった嫁だよ、大事にしないとヤバイでしょう」  
「ん、そんな、あ、ん」  
「だけど、箱入りのご令嬢だと思ってたら、これが意外や意外」  
「え?」  
誠一の手が麻理耶の胸をまさぐる。  
「生娘かなと思ってたんだけどな」  
メイドはわざと強く誠一の胸を押し返す。  
「いやな誠一お坊ちゃま。こんな時にそんなこと」  
笑いながら、誠一はメイドの弾力のある小さな唇を吸い上げた。  
「聞きなさい。あいつ、初回からよがったんだよ、どう思う?」  
「どうって、それは、誠一お坊ちゃまが丁寧にお可愛がりになったから」  
「お坊ちゃまはよしなさい。別に特別にやったわけじゃないよ。普通、ごくごく普通だ」  
話すために動く唇がかすめるほど顔を寄せた誠一に、麻理耶はうらめしそうな視線を送る。  
「普通がうらやましゅうございます」  
「今日は普通じゃないよ。丁寧に可愛がってあげるからジェラシーはやめなさい」  
「まっ」  
ドアを入ったところで誠一に抱きすくめられていたメイドは、ぽっと頬を染めた。  
期待で膨らんだ胸をぎゅっと押し付けてくる身体をひょいと横抱きにして、酒とつまみの用意された小さなテーブルの前に運ぶ。  
メイドに与えられる部屋は狭く、ベッドがソファの代わりになる。  
並んで腰を下ろすと、メイドはぴったりと身体を寄せていそいそと水割りを作り始めた。  
しばらく放ったらかしていたことに文句も言わないいじらしさに、誠一はむらっとした。  
「どうぞ」  
グラスを渡す手首をつかんで引き倒そうかと思ったが、がっついているとも思われたくない。  
水割りとナッツでしばらく他愛のない話をしながら、手をメイドの膝に乗せる。  
黙ったメイドが、そっと肩に頭を乗せてくる。  
「こういうの、いいな」  
誠一がつぶやいて肩を抱くと、メイドが手を誠一の腰に回してきた。  
「こういうの?」  
「ああ。なんていうんだろう、なにをするのでもなく、ただ一緒にいる……間、のような」  
「“ま”……」  
「じんわりムードが高まるような気がしないか?あれとは、こういう感じにならない」  
「……若奥さま」  
やめなさいと言われたジェラシーが頭をもたげ、メイドが抱きしめてきた。  
肩を抱き、髪を撫でながらその頭にキスをしてやりながら、誠一はなじんだ匂いにほっとしている自分に気づいた。  
正直なところ、結婚すれば、メイドなんかどうでもよくなると思っていた。  
気を使わなければならないところから貰った妻が、期待を裏切ったせいもある。  
「あれはね。相当、男を知っていたよ」  
結い上げている髪を解く。  
「きっと、好きな男でもいたんだろうな。もしかして、今頃逢っているかもしれない」  
「まさか……」  
「不思議じゃないだろう、私だって今、こうして麻理耶を抱いている」  
するりと手が身体を滑って、メイドの服を緩める。  
「ああ、いいな」  
むき出しになった白い肩に目を細め、唇を押し当てて強く吸った。  
「滑らかで、すべすべしてる。あれは、肌が悪いから触れていてつまらない」  
衣服を腰に落として、下着をつけさせたまま腕や腋を撫で回した。  
 
「それでも我慢して愛撫してやった。棒みたいにただ寝転がっていたけどね」  
ベッドに片膝を立てて、誠一が触れやすいように身体を回していたメイドがぴたっと動きを止める。  
誠一はくすっと笑って、メイドの動きを助けるように手を添えてやりながら、ヘソのあたりに吸い付いた。  
「こんな風にはしてくれなかった。もちろん、私だってちゃんとするべきことはしてやったよ」  
下着を押し上げるようにすると、形のいい小ぶりな乳房がこぼれ出る。  
両手で下から押し上げるように揉み、指先で乳首をつまんでこねる。  
「あん……」  
メイドの唇から甘い声が漏れた。  
「こうしてやった。乳首はすぐに堅くなったよ。あ、これは男を知ってるなと思ったものだ」  
「だって、誠一さまが、毎晩のように……」  
「毎晩のように、自分好みに仕込んでいく楽しみはなかったんだよ。麻理耶にしたようには、ね」  
「……いじわるな誠一さま…」  
メイドにシャツのボタンを外されながら、誠一はメイドのピンク色の下着を取り、スカートの中に手を入れた。  
お互いの服を脱がせようと絡み合いながらベッドに倒れこむ。  
生まれたままの姿になってメイドのうえにのしかかり、何度もキスをする。  
「ん、キスを、しても、反応がなか、った。やり方を知っているくせに、されるがまま、で」  
唇を吸い、舌をからませながら、話す呼気を吹きかける。  
「ああ、いいね麻理耶……。キスは、感じるだろう……」  
答えの代わりに、メイドは誠一の頭を抱いて自分の顔に押し付ける。  
息が苦しくなるほどのキスをむさぼってから、誠一はメイドの身体を嬲ることにした。  
身体の他の部分に触れないようにしながら、乳首だけをつまんだり吸ったり軽く噛んだりする。  
ほどなく、メイドの身体がうねるようにもだえ始めた。  
もっと、他の場所も、全部を愛して。  
身体をまたいで、焦らすように乳首の愛撫を続けると、メイドの唇が薄く開いて泣き声が漏れる。  
「あ、ああん……、いやあ……、そればっかり、あっ、んんっ」  
「ここは嫌いじゃないだろう。感じる場所じゃないか」  
「で、で、も、ああ……」  
「他にも、触って欲しいのか」  
メイドが腰を浮かせる。  
「言いなさい。どこがいいんだ」  
浮いた腰が、揺れる。  
「や、あの、あん……」  
指先を胸の谷間からヘソの下まで、つつーっと滑らせると、悲鳴が上がった。  
 
――――  
 
私たち、久しぶりだったでしょう。  
もう、若旦那さまも私も盛り上がってしまって。  
今思うと、はしたなくって恥ずかしいんだけど。  
それまでは絶対口にしなかったような言葉もどんどん言わされてしまって、若旦那さまが興奮なさるのがわかったわ。  
でもね、ひとつひとつのことを若奥さまと比較なさるの。  
もちろんもちろん、私のほうがいいって誉めてくださるんだけど、それだけ若奥さまのことも気にしてるってことでしょ。  
ジェラシーなんておこがましいことじゃないのよ、こちらはメイドなんだし。  
ただなんていうのかしら、そうね。  
……悔しかったのだわ。  
 
――――  
 
「丸太みたいに転がってるだけのくせにね、ここは、そう、こうなってた」  
メイドの膝に手をかけて開かせ、みだらな芳香を放つ場所に顔を近づけて指を差し入れながら、誠一が言う。  
指先は豊かな潤いの泉に沈み込み、粘着質な音をたてる。  
「なんの反応もしないくせに、乳首だけはぴんと立てて、ここをぐっしょり濡らしてるんだ。呆れたよ」  
自分の身体を弄びながら、妻との初夜を思い出す誠一に、メイドは唇を噛む。  
「せっ、い、ち……さ、まが、あ、きもちいい、こと、なさるから……」  
「麻理耶はいいんだよ、感じやすいのは私がそういうふうに仕込んだんだ」  
指を回しながら奥へ進め、上のざらついた場所をこすりあげると、メイドは膝で誠一を挟み込むようにして身悶える。  
「だけど、あれをあんな風に仕込んだのは、私じゃない」  
同じ場所を執拗に攻められてメイドの身体はくねり、快楽の突起を舌先でねぶられるに至ってついに歓喜の波に襲われた。  
「……今頃、その男が気持ちいいことをしてくれているんだろう」  
余韻に身体を震わせながら、メイドが潤んだ目で誠一を見上げた。  
箱入りの生娘だと思って娶った妻が男を知っていたこと、妻に喜びを教えた男がいること、それを知ってもなにもできないことに、誠一は苛立っている。  
それは、プライドなのかジェラシーなのか。  
「麻理耶。してくれ」  
火照った体を起こして、メイドが誠一の股間に屈みこむ。  
妻にはさせたことのない行為だが、他の男に対してはどうだろう。  
誰かの陰茎をくわえ込んだ経験があるだろうか。  
柔らかな袋を優しく口に含まれて、誠一は目を閉じる。  
メイドの髪に手を滑らせながら、体を倒して仰向けになった。  
誠一のツボを心得ているメイドは、陰茎に手を添えて周囲からじっとりと舐め始め、時折軽く吸う。  
じわじわと襲ってくる快感に身を任せていると、何も考えられなくなってくる。  
適度に焦らしと刺激を繰り返し、だんだんと強くしごきたてる。  
逐一、自分が教え込んだとおりだった。  
これでいい。  
「く、う……」  
やはり、セックスを楽しむならメイドが一番いい。  
覚えはいいし、教えたことに忠実で、一生懸命だ。  
いいようにさせれば、次からも望みどおりにできる。  
もっと、強く、速く。  
して欲しいときに、して欲しい刺激が来る。  
「う、ああ、いい……、そう、うっ」  
見栄を張って声を押し殺すこともない。  
誠一は思う存分声をあげる。  
「あう、うっ、出る、出る、もっとっ、うう、あ、出るっ」  
妻を抱いたのは昨夜だというのに、濃くて多い射精だった。  
丁寧にそれをぬぐい、残っている分を吸い上げられて、誠一はびくっと震えた。  
「やっぱり、麻理耶が一番いいな」  
急速に冷めた頭でぼそりと言うと、まだ熱い顔をしたメイドがうっとりとしなだれかかってくる。  
胸に抱いて背中をさすってやる。  
吸い付くようなしっとりとした肌だった。  
やっぱり、女の身体はこうでなくてはならない。  
きめの細かい滑らかな肌と、適度な筋肉に乗った柔らかな脂肪。  
乳房は大きさよりもハリと弾力、きれいな乳首と乳輪、くびれた腰と鞠のようなはずむ尻。  
太ももはむっちりと肉付きが良く、ふくらはぎはすらりとして足首は引き締まり、かかとは柔らかく。  
メイドの体を撫で回して確認していると、愛撫に蕩けた顔をする。  
メイドの手が伸びてきた。  
そう、手のひらは小さく、指は細く長く、巻きつくように握り込むのがいい。  
メイドの手の中で再び堅く立ち上がらせながら、誠一は小さなあごをつかんで唇を合わせた。  
唇はぽってりと厚く、小さく、口内は広く、舌は長くてこちらをからめ取るように。  
陰茎をしごく手を止めさせ、誠一はメイドを抱きかかえて向かい合うように座った。  
 
腰と腰をあわせてから、メイドの上半身を後ろに倒す。  
指で押し開くと、薄い陰毛の間にピンク色の秘密が現れる。  
そう、ここは潤って柔らかく、複雑に閉じているのがいい。  
肉を開き、ヒダを開いて、明るい場所にすべてをさらけ出す。  
突起を剥き出しにして触れる。  
縦になぞると、一際水気の多い場所に指が沈む。  
入り口は小さく、中は狭く、男の陰茎を飲み込んだときはしっかりと包み込み、締め上げる弾力がある。  
誠一は膝を立ててメイドの腰を抱え込み、ゆっくりと身体を合わせた。  
最初は少し反発があり、それから飲み込まれるように迎え入れる。  
暖かい膣が、別の生きもののようにうごめいて異物を搾り取る。  
「うっ」  
今度も、誠一は声を漏らした。  
「あ……、あっ」  
負けじとメイドも快感を伝えてくる。  
そのまま動かずにいても、達してしまいそうに刺激される。  
このメイドは、いいモノを持っている。  
誠一がなにもしないせいで、焦れたメイドが腰を動かす。  
メイドの腰が上下し、形のいいヘソがうねる。  
「や、あ、誠一さま、いやっ、う、動いて、ください、いじわるしないでっ、もっとっ」  
誠一の太ももにメイドの蜜がこぼれ落ちるほどになっていた。  
くちゃくちゃという音がする。  
「だめだよ、麻理耶がもっと動きなさい。自分で動いて、私を満足させてご覧」  
自分の快感を追い求める顔になって、メイドが身体の向きを変えた。  
横向きに向かい合うようにベッドに寝転ぶと、そのまま下になる。  
つながったまま上にまたがったメイドが、髪を揺らしながら腰を上下させる。  
「んあ、あっ、あ、あ、ああっ、あ、うんっ、ああっ、ああああああっ」  
この体位なら、何もせずにラクに気持ちよくなれる。  
コツを飲み込ませたメイドなら、勝手に向きを変えて飽きさせないはずだ。  
期待にこたえて、メイドは誠一の胸に手をついたり後ろ向きで背中を見せたりしながら出し入れを繰り返した。  
「は、あ、はっ……」  
メイドの声が部屋に響く。  
誠一は滑らかな太ももを撫でながら、ぐっと眉根を寄せた。  
「ああ……、いい、麻理耶……、上手だ……、もう少し、そう」  
誠一が終わったら、蕩けたメイドの膨らんだ突起を弾いたり舐めたりしてやって、イかせてやろう。  
どうやら、このメイドはまだまだ使うことになりそうだから。  
目を開けて、激しく飲み込まれる自分の陰茎とメイドの粘膜を見ながら、誠一は二度目の射精をした。  
 
――――  
 
うっとりと麻理耶さんが話すのを聞きながら、里奈さんと美紀恵さんは時々目を合わせてそわそわしています。  
お二人が聞きたいのは、麻理耶さんののろけ話ではなく、プリンスとお嬢さまの縁談の詳細なのでしょう。  
これ以上、身のある話はなさそうだと判断して、私はスピーカーのスイッチを切りました。  
くるみさんのお屋敷には、お二人のお坊ちゃまがいらっしゃいます。  
お忙しくて縁談も遅れがちでしたが、どうやらご次男のほうが先に身を固められる気になったのでしょう。  
とはいえ、健康な青年でしたらそちらの御用もございましたでしょう。  
ふと、プリンスと呼ばれるあの方も、担当ではないメイドの誰かとそんなことをしているかもしれない、と思いました。  
もちろん、どこかのお嬢さまかもしれませんし、玄人の方の可能性もあります。  
でも、正式なご縁談がおありならこれからは、身辺整理をなさるでしょう。  
もしお相手が自宅のメイドなら、もし奥さまになった方がお気に召さなければ、ずっとメイドとの関係を続けるということもあるのでしょうか。  
あの方に限って、そんなことはないと信じたいものでございます。  
いえ、もちろん、そうなった場合のメイドの立場を心配しているのですが。  
三人のメイドたちがひまわり会館をあとにしてお屋敷のお勤めに戻ってから、私は机の引き出しから小さな箱を取り出しました。  
中に入っているのは、何の変哲もないただの小石。  
あの方が、お庭の枯葉を集めていた私を気づかせようといたずらに放った砂利石です。  
驚いて顔を上げた私に、あの方は片手を高く上げ、さわやかな微笑みを残して行きました。  
その砂利石を拾ってそっとエプロンのポケットに入れたのは、もう何年前のことなのでしょう。  
 
――――私のメイドとしてのお勤めの日々は、幸せでした。  
すばらしいお仕事とお優しいご主人さまのご家族、素敵な思い出をいくつもいただきました。  
できることなら、今お勤めするすべてのメイドたちが、同じように感じることができますように。  
今日も、ひまわり会館にはお休みをいただいたメイドたちが、わずかな時間を楽しむために訪れます。  
ほんの少しの間、メイドからひとりの女の子に戻るのです。  
私は、女の子たちの笑顔を見守り、送り出します。  
「ひまわり」の花言葉は、「愛慕」。  
そして、「私の目はあなただけを見つめる」……。  
 
またいらっしゃい。  
心をこめて、おつとめなさいませ――――。  
 
 
 
「かおちゃん……」  
私が、忘れようとしても忘れられないあの声を、ひまわり会館の前で聞いたのは、その翌日でございました。  
 
――――了――――  
 

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