その話が始まってから、30分が経過した。精神にかかる負担は大きくなる一方だった。保健室へ逃げようかと、生まれて初めて考えた。  
「…と、このように不妊の女性は女として扱われなかったという時代だったわけです」  
歴史の教師は、ただだらだらと、聞きたくもない蘊蓄を続ける。そんなものが耳に入るはずがない。  
私が祈ることはただひとつ。一刻も早く、このラクダのよだれのような無駄話を終わらせて欲しかった。  
「妙恵、大丈夫か?」  
前の席の男…幼なじみの石川統也が、振り向いて心配そうに声をかけてきた。  
授業に真面目に取り組んでいる私がこんなにだらしなく寝るだなんて、信じられないことなのだろう。  
「大丈夫、ちょっと気分が悪いだけだから…」  
私はそう返し、頭を腕の中へ沈め込んだ。これ以上話を聞いていることなんて、できそうになかった。一分一秒でも早く、昼休みになって欲しかった。  
今は、歴史の授業。この蘊蓄教師が話していることは、「不妊の女性」について。  
そして私がその話を嫌がっている理由は「ある病気の後遺症として子供の産めない体になったから」である。  
 
私…磯子妙恵は生まれつき病弱で、そのせいで多くの病気をしてきた。胸や腹には手術痕だって残っている。  
体が比較的丈夫になった今では、病院の世話になることも少なくなってきたが、それでもやはりたまに病気をしてしまう。  
しかし自分で言うのもなんだが、私は周囲にそんな印象を感じさせないほど成績がよく、そして運動もできた。  
私が病院少女だということを知っているのは、今や家族と、幼なじみの友人である石川統也だけだ。  
石川統也は、幼稚園時代から付き合いのある古い友人だ。家が近いこともあり、休みがちな私としょっちゅう遊んでくれた。かれこれ10年以上の付き合いになる。  
小学校、中学校とともに同じところに通っていたことから、どちらが言い出したわけでもなく、自然と同じ高校を志願していた。  
彼の性格は、一言で言えば飄々としている。学校内では成績は中堅より少し上、なんだかんだで委員長を引きうけていたりする。  
彼の趣味は植物の栽培という、この年齢の男とは到底思えないほど穏やかなものだ。彼の優しさに、私は何度救われてきたことだろう。  
私は、そんな彼がとてもいい人だということを知っている。とても優しく、そして穏やかな性格だ。それは幼馴染の私が一番よく分かっている。  
病気がちだった私を常に見舞ってくれる彼は、淡い恋心を抱くのに十分すぎる相手だった。  
 
さて、そんな私は高校に入る前に、大病をやらかした。1ヶ月で治癒したが、その時の後遺症は、私の体に深い傷痕を残した。  
そのほとんどが体にほぼ無害なものだったが、卵管異常と子宮の変形の2つは「無害」で済ますわけにはいかなかったようだ。  
その2つは不妊を引き起こし、さらに妊娠しても死産・流産、母胎損傷の可能性がとても高くなると言われた。  
その時は確かにショックを受けたが、当時はまだ中学生だったから、私は事の重さをまだうまく理解できていなかったのだ。  
高校生になって、私は生物、歴史、保険などの授業や、選択で取った哲学などで、常識とも言える次元の話につまづくことになった。  
それは「生命の存在意義」だ。  
すべての生命は、子孫を残すことを存在意義に据えている。しかし私には、その生命の存在意義であり根本原理であるそれができない。  
そして日本において、それとほぼ同義として扱われやすい「結婚」、そしてその結婚と同一視されやすい「恋愛」が、私を苦しめ始めた。  
その結婚や恋愛というものの原点を考えると、やはり子供を作る行為である「セックス」にたどり着く。  
…子供を作れなくなった私は、子供を作るための行為を行わなくても良い。ということは、恋愛をする権利が私にはないのではないか。そもそも生存する権利すら…  
私はもう、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。そしてその嫌な現実を忘れようと努めた。そのために私は、一日の大半を勉強に費やすようになった。  
どこかに目標を定めているわけではなかったが、闇雲に勉強するクセのおかげで、私は1年次の期末試験で満点を連発してしまい、すっかり秀才のレッテルを貼られてしまったのであった。  
そして今、私は葛藤している。恋愛する権利すらない私に、この優しい幼なじみを愛する資格が、果たしてあるのだろうか。  
私が不妊の女だということは、まだ統也には知らせていない。…知られたら、どう反応されるのか。それが怖かったから。  
そして私は、この優しい幼馴染が、好きで好きで仕方がなかったから。  
 
「…はぁ」  
昼休みのベルが鳴ると、私は早速ため息をついた。  
「…本当に大丈夫か?最近ひどいらしいけど…」  
「ああ、それなら大丈夫!私、最近眠くて眠くて…ほら、「春眠暁を覚えず」って言うでしょ?」  
「…ならいいけど…」  
統也に心配をかけるわけにはいかない。私は笑って誤魔化した。  
「…あのさ、妙恵。放課後、暇か?」  
いつになく真剣な表情で、統也は私に問うた。…こんなにまっすぐ見つめられると、思わず緊張してしまう。  
「え?…ええ、暇だけど」  
「そうか…それじゃあ今日のホームルームが終わったらさ、ちょっと付き合ってくれないか」  
「何するの?」  
「ちょっと…な」  
統也は目を逸らしながら、ぼそぼそと言った。何か後ろめたいことがある時、統也はかならずこのように、目を逸らしてぼそぼそと呟く。  
…なんだろう。何か私にとって悪い事でもしたのかな?例えば私の服に間違えて種を植えてしまったとか…さすがにそれはないか。  
「分かった、じゃあ楽しみにしておくね」  
私はそう言って、統也に笑いかけた。もっとも、楽しみにしているのは私の方なのかもしれない。  
統也がこうやって私のことを呼び出すときは、決まってプレゼントをくれたりする時だったから。今日は何がもらえるんだろう。  
 
 
放課後。私は統也に連れられて、生徒があまり立ち入らない学校の屋上へやってきた。  
「で、結局何するの?こんなところで」  
といっても、もう15分も経ったのに、適当な雑談が繰り返されるばかり。彼はこんなことをするためだけに、私を呼ぶような男ではなかった。  
「…あ、あの…ああもう!た、単刀直入に言うぜ、妙恵!」  
私が尋ねること10回目、ようやく統也はその重い口を開いた。  
「付き合おう、俺と!彼女になってくれよ!」  
「え…?」  
それはまさに、衝撃的な告白だった。  
「やっぱり俺には、遠まわしに伝えることなんて無理だよ…うん…」  
統也はぼそぼそと呟く。私はというと…ただ呆然とするしかなかった。呆然って英語でなんていうんだっけ、なんて間抜けなことを考えていたくらい。  
「私なんかと…?」  
「ああ。俺はお前が好きなんだ。ずっと気になっていたんだ…」  
「今、答えなきゃダメ?」  
「うん」  
私に強くつめよる統也。嬉しくないといえばウソになる。しかし…  
「…ごめん、統也。私は…恋愛をする権利なんて、ないんだよ」  
そう。私は、恋愛なんてできるような人じゃないのだ。  
「…なぁ、妙恵」  
統也は私の肩を掴んで、詰め寄るように言った。  
「どうして妙恵には、恋愛をする権利がないんだ?」  
「え…そ、それは…」  
「俺たちは種族や身分が違うわけではない。ならどうして、そんなことを言うんだ?」  
「だって…!」  
私は、恋をする資格も、される資格もないのに。そもそも生命としてすら出来損ないだというのに…  
なんで、こんな私を、好きになってしまったのだろう。好きになってくれなければ、私のこの淡い恋心が、泡のように消えられたかもしれないのに。  
「…統也はどうして私のことが好きなの?」  
「そんなことに理由なんているのか?」  
「おかしいよ、理由がないなんて!」  
私は大声で、統也の発言を遮った。統也は驚いた表情で、私を見つめた。  
「…高校に入る前、私…すごく大きな病気をしたでしょ?」  
「…ああ、大騒ぎだったな、あの時は…」  
「…その時の後遺症で、私は妊娠できないって、妊娠しても流産や死産をする可能性が高いって言われた」  
「に、妊娠って…俺はそんなんじゃ…!」  
「聞いて!…人はなぜ結婚をするの?人はなぜ愛し合うの?…その根源には、子供を成すという本能が根付いている…違う?  
どうして去勢した雄犬は欲情しないの?…それを考えれば、分かることでしょう?」  
そう。子孫を残せなくなった動物は、子孫を残すためにする行動すら行わなくなる。私もいずれ、そうなってしまうのだろう。  
「…私は生き物として出来損ないなのよ!統也に愛してもらう資格なんてないのよ、私は!」  
だから、いっそのこと嫌いになってほしかった。そのうち相手への情愛が消えていくであろう私なんかを好くより、もっと統也自身の幸せを追い求めてほしかったのだ。  
「妙恵…」  
私の体が、突然力強く抱きしめられた。統也が私を、ぎゅっと抱きしめてくれている。嬉しさのあまり抱き返してしまいそうになるが、それを私は理性で必死になって抑え、拒絶する。  
「離してよ、離してってば!」  
「…妙恵の考えは、間違っていると思う」  
「どうしてよ!…離してってば、もう!」  
「確かに生命の根本原理は子供を成し、次世代へつなげていくことだ。植物だって自分の種をどうやって撒き散らすか、ってことをちゃんと考えているからな」  
私を抱きしめる力が、さらに強くなる。離してくれと暴れても、もう逃げることなんてできないだろう。  
「だけど人間は、結婚してもあえて子供を成さない人がいるし、逆に非効率的になるほど子供を作る人もいる。それはどうしてだ?」  
 
「色々と理由はあるだろうが、俺はこう考える。人は愛を説くために生きるのさ」  
「綺麗事よ、そんなの!」  
「いいじゃないか、綺麗事で。誰だって子供を作ることだけが愛なんて考えていないさ」  
私を抱きしめる腕、それは優しくて、大きかった。…いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。一緒に育っていたような感じがしていたのに。  
「まぁ…うまく言えないけど、そう卑屈にならないでくれよ」  
「統也…」  
嬉しかった。無骨で気取らない、本当に「うまく言えていない」言葉だったけれど、それが逆に私を安心させた。  
「…いいの?私なんかで」  
「何度も言わせないでくれよ、誰だって…」  
「違うの!…私なんかよりもっといい女の人なんて、たくさんいるんじゃ…」  
「そんなわけないだろ。俺はお前が好きだ、だから放課後にこうやって告白しているんだよ」  
それを聞いて、私の心に、改めて喜びが広がった。…やっぱり嫌いになろうとしても、嫌われようとしても、無理みたいだ。  
「嘘じゃない?本当に私のこと、好き?」  
「ああ、嘘じゃないとも」  
「夢じゃないよね?」  
「俺の顔でもつねってみたらどうだ?」  
…下手だ、本当に。とっても下手で、口説き文句っぽさがかけらもない。まぁ、その方が統也っぽいからいいんだけど。  
「…やっぱり優しいね、統也は」  
「べ、別にそんなこと…」  
「言わないで。私も、統也のこと、好き」  
「…ってことは」  
「統也の想いに…どれだけこたえられるかは分からない。でも…私でよかったら、いいよ。付き合おう?」  
「…そ、そうか。ありがとう」  
私が頭を下げると、統也もそれにつられたのか、頭を下げた。  
「でも…いつから私のこと、好きだったの?」  
「…小さい頃からさ、なんとなく…守ってやらなきゃな、って思っててさ…」  
「そう…ありがと、統也。やっぱり優しいね」  
「べ、別にそんなこと…ないよな…うん…」  
統也がぼそぼそと言葉を紡ぐ。本当に分かりやすいな、と思い、その直後にそんな彼の癖を知っているのは学校の中でも私だけなんだろうなと気付いて、少し嬉しくなった。  
そして幼馴染というのは、本当に有利なポジションなのだなと思い、笑いがこぼれた。統也は優しい。でもその優しさに気づけたのは、私が彼と近い場所にいたからだ。  
…本当に、たったこれだけで、私が一生抱えていたかもしれない悩みをある程度まで断ち切っちゃうんだもんなぁ…  
 
 
その後統也と一緒に家に帰ると…最近はこうして一緒に帰ることも少なくなりがちだった…、テーブルの上に置手紙があった。  
『妙恵へ  
山形の伯父さんの一回忌があるので、泊りがけで山口まで行ってきます。ご飯は置いてあるから、チンして食べてね♪  
両親より』  
音符マークの意匠が凝っているあたりが、それほど急いで家を出たわけではないのだろうなぁと思わせる。  
山形の伯父というのは、正確には母方かつ私にとっての大伯父に当たる。まぁつまり、私にとっては遠い親戚になる。  
両親は高校生の私にむやみに欠席をさせるべきではないと考えたのだろう、私を置いて家を出たようだ。…つまり、私の家には今、両親がいないのである。  
「…いないのか、おじさんもおばさんも」  
そして、私の幼馴染であり、親友であり、ついさっき彼氏になった統也が、この置手紙を見ている。  
「うん。そうだ。晩御飯、食べてく?」  
「え、でもひとり分しかないだろ?」  
「近くの西友でお惣菜買えばいいでしょ?お腹いっぱいにはならないかもしれないけど…」  
それは私からの、誘いの合図でもあった。今日は私と、時間を過ごして欲しい、そういったメッセージ。  
「…それとも…私とご飯食べるの、いや?」  
「あ、いや、そういうわけじゃ…電話借りていいか?」  
「うん、いいよ」  
どうやら統也は、私の誘いを受けてくれたようだ。私は心の中でガッツポーズを取る。  
「…ありがとな、妙恵」  
そう呟いて、統也は電話の受話器を持ちあげ、慣れた手つきでボタンをプッシュした。  
 
 
家から歩いて3分くらいのところにある西友は、夕方ということもあり、レジに人が結構並んでいた。  
「ねぇ、統也は何が好き?」  
そこの総菜売り場で私は、後ろにいるはずの統也に尋ねた。しかし、返事はない。  
「ねぇ、統也ってば…あ」  
無視するな、と思って振り向くと、そこには若い女の人がきょとんとした様子で立っていた。もちろん統也ではない。  
「ご、ごめんなさい…」  
私は頭を下げて、その人に謝る。まったく、とんだ赤っ恥だ。統也ってば、どこに行ったんだろう。帰ってきたら文句を言ってやらないと…  
「…あ、やっぱりここにいたのか」  
と思っていたら、ちょうど統也が帰ってきた。左手を固く握り、偶然を装っている。…隠してるな、何か。  
「ちょっとはぐれちゃってさ。悪いな…」  
「探し物でもしてたの?」  
「ど、どうして…」  
「私を誰だと思ってるの?それくらいお見通しなんだから…」  
笑いをこらえながら、私は言う。統也は本当に隠し事の下手な男だ。こんな態度じゃ、見破ってくださいと土下座して頼んでいるようなものなのに。  
「で、何買ったの?」  
「…いや、別に…私物だから。先に買ってくる」  
統也は逃げるように、レジに向かう。  
「あ、ちょっと統也!」  
呼びとめるより先に、ちょうど人が少ないレジに並ばれ、その後ろにさっきの女の人が並ぶ。…一緒に買ってもいいのになぁ。  
とりあえず惣菜は、統也の好きそうなメンチカツでも買おう。私はそう思って、パックにメンチカツを入れた。  
 
 
私の家での夕食の後。私がシャワーを浴びて統也の私室に行くと、私より前にシャワーを浴びた…正確には私が懇願してシャワーを浴びせた統也が、そわそわとした様子で歩き回っていた。  
「統也、それ挙動不審っぽいよ」  
「そ、そうか!?…善処する」  
「なんか落ち着きがないね。どうしたの?」  
「…ま、まぁ…その…色々と考えててな」  
私の問いをはぐらかそうとする統也。何か、怪しい。でも…これは、使えるかも。  
「そういえば西友で何買ったの?」  
「ま、まぁ私物をな、ちょっと…」  
「嘘でしょ」  
たじろぐ統也。このまま勢いで押そう。私は悪戯っぽく笑い、統也の胸にしなだれかかった。  
「…隠しごとは、して欲しくないなぁ…」  
「…妙恵って…意外と積極的だよな」  
「統也がへっぴり腰過ぎるだけだと思うなぁ?」  
「お、俺が!?」  
「うん。…知り合って10年以上も経って、今日やっと彼女になれました。でも彼氏は私の望むことを全然してくれません…なんて、私、嫌だな」  
上目づかいで、私は統也に迫る。私を思ってくれているのかもしれないが、時には獣のように求めてほしい。  
「…いいんだよ?少しくらい乱暴にしても」  
「で、でも…」  
「統也…私が…中学生くらいだった頃に聞いた話なんだけどね、『相手のわがままをぶつけ合うのが恋』なんだって」  
服をつかみ、統也の胸に抱きつきながら、私は甘えるような声を出した。  
「言いたいこと、分かってくれた?」  
「…ああ。…それじゃあ、遠慮なく…」  
口ではそう言いながら、それでも遠慮がちに、統也は私の肩を抱く。そして唇を尖らせて、顔を私に近づけてきた。  
面白いなぁ、この顔。そんなことを思っているうちに、私の唇は彼の唇と触れ合う。柔らかな唇の感触が、私の唇に感ぜられた。  
「ちゅっ…」  
「むっ…」  
唇と唇が触れ合うだけの、本当に軽い、子供のようなキス。それでも長さと愛情はたっぷりある、遊びではないキス。  
もうすでに大人になりかけている私たちにとっては、それは精神的にとても重く。そのキスは文字通り互いのファーストキスを捧げ合うような、重要な行為だった。  
「…っぷはぁ!はぁ、はぁ…」  
唇が離れると、統也はまず激しく息をした。その息とともに、ロマンチックで艶めかしげな雰囲気が一気に吹き飛んだ。  
「統也ってば…息してもいいんだよ?」  
「そ、そうか…ごめんな、下手で」  
「ううん?」  
私は頭を振った。  
「これから一緒に上手になっていこうよ」  
「そ、そうだな…」  
「まぁそれを差っ引いても、上手とは言えないけどね…でも…」  
私はそう言って服をはだけさせた。  
「すっごく興奮した。…しようよ、統也」  
「な、なにを…!」  
「分かってるんでしょ?」  
私は統也にしがみついて、言う。少しは艶めかしげに見えればいいんだけど。  
「それとも統也は…女の子の口から恥ずかしいことを言わせて興奮するの?」  
そう言って私は、統也の唇を奪う。  
「ちゅっ…じゅるっ…」  
さっきの控えめなキスとは違った、キスというよりは私の一方的な口腔凌辱ショー。内頬をこそぎ、歯茎を舐めあげ、下を無理やり絡め、唾液を無理やり流し込む。  
遠慮を知らない、ひどい口付け。一方的すぎる、あんまりにもひどいフレンチキス。それは、奪う、という表現が、正しいと思う。情欲を掻きたてるための、キス。  
「…ねぇ、しようよ、セックス」  
唇を離した後、私たちの間には唾液の橋がかかっていた。それを舌で舐めとりながら、統也を押し倒さん勢いで、私はにじりよる。  
ガラスに映った私の微笑は、さながら獲物を追い詰めた豹のようだった。私の提案に統也が頷いたのも、ある意味必然と言えただろう。  
 
「さっき…西友で、これ買ってたんだ」  
統也はそういいながら、財布の中から、四角いもの…小銭よりは大きいが…を取りだした。…封入りのコンドームだ。箱はどこかで捨てたのだろう。  
…なるほど、こういう事態を想定していたわけか。でも…それ、私の体質的に必要ないんじゃないだろうか。  
「え、別にいいって、どうせ私、妊娠しないし!」  
「だからこそだよ」  
統也はきっぱりと言った。  
「そういうところは、きっちりしておきたいんだ。妊娠しません、だから中に出したい放題です…なんて、相手の弱みにつけ込んでいるのと同じだろ?」  
「そ、そうかもしれないけど…でも…」  
「俺は妙恵の弱みにつけ込みながら、愛をはぐくみたくはないんだ。大体、これをつけるのは人として当たり前のことさ。普通と同じでいいんだよ、妙恵」  
真顔でどきっぱりと言う統也。…しっかりしているのは、体だけではなかったようだ。  
「意外と紳士だね、統也って」  
「そ、そうか…?まぁ、とりあえず…」  
「あ、待って。私がつける!」  
私はコンドームを受け取り、封から出す。封の中のそれは、ゴム風船のような感触がした。  
そして統也のズボンを脱がせ、そのいきりたったものに、説明書を読みながら、異物が挟まらないようにゴムをかぶせていく。  
…ちょっと面白いかも。しっかりしているのは、確かに体だけじゃない。こっちの方も、昔に比べて大きくなっている。  
「ねぇ、どんな感じなの?」  
「なんかむずかゆい感じがするなぁ…」  
着け終えた後、私は興味本位で聞く。私にはつけるためのものがついていない、たったそれだけの単純な理由。  
それに返ってきたのは、なんとも間抜けな、ロマンティックな雰囲気とは無縁のものだった。…そりゃそうか。  
「あ、服脱いで。私も脱ぐから…」  
「自分で脱がしておいてそれかよ」  
「いいじゃない、別に」  
私の発言もロマンとは無縁だなぁ、なんて思いながら、私は服をさっさと脱ぐ。  
私の股座は、さっきのキスでもうすでに湿っていた。…私は、ひどく淫らな女なのかもしれない。けれど…今は淫らなままでいたかった。  
「来て」  
私はベッドの上で、文字通り股を開いた。そこにゴムのかぶさった、いきり立った剛直をあてがわれる。少しくすぐったい感じがした。  
 
「…それじゃあ、いくぞ。力抜いて…せぇ、のっ!」  
掛け声とともに、私の何かを引き裂きながら、体の中に異物が入ってくる。  
「く、くふっ…ふぅ…!」  
一体感。統也とひとつになれたという、ひとつになっているという、一体感。そしてそれに伴う安心感が、私の心の中を満たしていく。  
「…ぎっ!」  
しかしその次に来たのは、快楽とは無縁の激痛だった。  
「くっ…ふぅっ…!」  
痛い。とにかく痛い。ひたすらに痛い。たとえるなら、乾燥してカサカサになった口の中に、無理やり拳を突っ込まれているような痛さだ。  
「痛い…痛い…痛い…っ!」  
「だ、大丈夫か!?」  
統也が驚いて、私に声をかける。こういうところは、本当に優しいなぁと思い、ため息を突こうとする。しかしそれですら、私の股間に激痛を走らせた。  
「…だ、大丈夫…!私は、大丈夫だから…!」  
「大丈夫なもんか、そんなに痛がって…!」  
「嫌!」  
離れようとした統也の腰を、私は足で押さえ込む。あまりの痛さに、目尻から涙がこぼれた。  
「…離れないで…」  
「で、でも」  
「…ねぇ…顔、近付けて…」  
私はそう頼む。顔を下してくる統也に、私は軽く口付けをした。  
「…ちゅっ…」  
「!」  
「…こうしてくれるだけで、私は耐えられるから…」  
痛いのは嫌だったが、せっかくひとつになれたのだ。離れるのは、もっと嫌だった。  
「分かった。じゃあ、力抜いて…」  
「抜かない?」  
「抜かないって…動くぞ」  
統也はそう言って、腰をゆっくりと前後に動かしはじめた。  
「ぐっ…ぐぅ…!」  
そのたびに、私の股に、肉をえぐられるようなものすごい痛みが走る。痛い。とにかく、痛い。  
「大丈夫…力を抜いて…」  
目に滲んだ涙を、指でぬぐわれる。ふっと安心できる瞬間。私は力を抜いて、彼のなすがままにされることに決めた。  
「いい子だ…」  
そして、ついばむような口付け。…ああ、いいかも、これ。とっても痛いけど、彼の優しさを間近で感じられて。  
不思議だ。痛くて痛くて、たまらないのに、キスをされるたびに、心に安心感と嬉しさが広がる。  
「た、妙恵…っ!」  
統也の何度目になるか分からない口付けの後、私は名前を呼ばれて口付けをされる。そして口付けをしたまま、統也は震えた。  
唇に、彼のけいれんが伝わってくる。果てたのだな、ということがなんとなく分かった。  
 
「はぁ、はぁ…」  
唇を話して、荒い息を出しながら、統也は私の中からその剛直を引き抜く。異物感がなくなり、ひりひりと舌痛みだけが残った。  
「ご、ごめん…もう、無理…」  
私はそう言って手を振る。体力的な疲労もともかく、痛みのせいで精神的な疲労がひどかった。  
「分かってる。…悪いな、妙恵」  
「いいって…女の子が最初に…その、イくっていうの?あれは難しいって聞くし…それに今のは私が一方的に悪いんだし」  
私は笑顔を作って言った。まったく、情けないなぁ。自分で誘っておいてこの体たらくだ。  
「これが大きすぎるのも考え物だな」  
「くすっ…自分で言う?」  
「いやまぁ自意識過剰かもしれないけどさ…でも俺はお前に痛みしか与えることができなかったのは事実だし…」  
「そんなことないよ?」  
私はそう言いながら、彼の腕に抱きついた。  
「確かに気持ちよくはなかったけど…それとは別に、なんか…一体感っていうのかな。好きな人に抱いてもらっているってことが分かって、よかったな、って」  
「そ…そう、か…」  
「また、しようね」  
「そうだな。それより…変なことは考えるなよ」  
統也は急に真顔になって、私に言った。  
「これから2人で、上手くなっていけばいい。そうだろ?」  
「…うん」  
私は頷く。確かに彼に言われていなければ、変なこと…膣を広げるトレーニングとかをしていたかもしれない。  
しかし、なんという皮肉。私が本来気にしなくてもいい生殖という行動に夢中になっているのは、ほかならぬ私なのだから。  
今度は…もっと、痛くなければいいな。私はそう思って、ふぅとため息をつく。意外と体力を使うなぁと思いながら、私は暗闇へと意識を預けた。  
統也と恋仲になれて、良かった。そう思いながら。  
 

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