僕達はゆっくりと廊下に出た。
二階には全部で六つの部屋がある。
階段は廊下の端にある。階段を背中にして右側の手前から2つ目の部屋が僕達が居る部屋だ。
とりあえず、廊下に出た僕は、順々に部屋の中を見て行った。どれも特に異常は無いようだった。
隣の部屋を見たとき、何か妙な妙なものが落ちていた。白っぽい小麦粉のような粉末だ。湿っていないのでまた新しい。
「なんだろうこの粉・・・」
その時。
ギギギギ・・・木が軋む音がした。と同時に、ドスンという重いものが落ちる音がした。
「痛てっ!」若い男の声。
「誰かいる!」姉は言った。
「階段だ!!」僕は叫んだ。
音源は階段の下のほうだった。多分階段の柵だ。姉は急いでそっちに走って行った。僕もそれを必死に追っかけた。
ドスンという音の後、一階をドタドタと走る音がした。
物体、いや人間は僕達から逃げている。間違いなかった。人外の類ではないと分かれば強気になった。僕達は急いで階段を降りた。
もしも小学校や中学校の人間なら大変だ。どうにかしてとっ捕まえて弁解する必要がある。
兎に角その逃げてる奴を追いかけなければならない。
僕は必死に柵を超えようとするが相変わらずてこずった。
「何をしてるの!はやくはやく!!!」
僕は足を滑らせドスンと床に転げ落ちた。
「イテテ・・・」姉は気にせず僕の腕を引っ張り上げた。そして外に飛び出した。
一瞬、自転車を駆って林道の坂を下る人影が見えた。背丈からしてたぶん大人だ。
「どうしよう・・・見られちゃったのかな・・・」姉は言った。
「かもしれないね・・・」
「大丈夫かな・・・なんで逃げたんだろう・・・」
「まぁ、大人っぽかったし僕達の知る人じゃないよ多分。バレる事はないと思うよ。」
「だ、だよね・・・」
姉は心配を隠せない様子だった。
とりあえず僕達は開けっ放しになっている窓を閉めるために部屋に戻った。
「なんだか疲れたね」
姉はストンと腰を下ろした。僕も座る。
あの時心に誓ったはずだった。もう絶対にあのような過ちを繰り返さないと。
そしてあんなにも後悔したはずなのに、一月も経たないうちに僕達はまた体を重ねた。
一体何をやっているのだろうか。
その気になってしまうと「これくらいいいや」が興奮と共にどんどんエスカレートしていく。
そして性的刺激は麻薬のような中毒性があった。はじめたら満足するまでやめられなかった。
「私たちってさ・・・馬鹿だよね・・・どうしようもなく」姉はぽつりと言った。
そして少し自嘲気味に鼻で笑った。僕と同じ様な事を考えていたのだろうか。
僕はなんと答えたらよいか分からず俯いて畳の染みを眺めた。
「あの子、私たちの様子を天国から見てどう思ってるのかな・・・怒ってるのかな・・・」
「怒ってるかもしれないね」僕は正直に答えた。
「抱いていい?」姉は尋ねた。
「駄目だよ。」
「抱くだけ。こっちおいで。」
姉はペタンと女座りし、股を開いて間のスペースを手の平でポンポンと叩いた。
僕はそちらに移動し、姉に背中を向けて三角座りした。
姉は僕の脇から手を入れ体を抱いた。姉の柔らかな乳房の感触が背中を通じて感じる。
「私たち・・・最低だね・・・」姉は言った。
僕達は愛し合っている。しかし体を重ねることは絶対に許されない。
それは、性という快感を知ったばかりの僕達にとって非常に辛いことだった。
「ごめんね・・・馬鹿だよね私。救い様がないくらいに」
姉はそう言い、ギュッと僕を抱き寄せた。僕は首を左右に振った。
「あんたは優しいね」姉はそういうと後ろから僕の頬に軽くキスをし、頭に鼻を埋めてスーッと息を吸った。
「臭い・・・」姉は笑った。
「へへへ・・・汗かいたからかな・・・」
その帰り道。
ゆっくりと二台の自転車が長い坂を下ってゆく。
日は傾き、空は美しい秋の夕焼け色に染まっていた。
もうすぐ紅葉の季節だ。
「ふと思ったんだけどさ」姉がきりだした。
「もしもさ、私たちがあかの他人で、血が繋がってなかったらどうなってただろうね。」
「うーん、どうだろう・・・僕はお姉ちゃんを好きになれなかったかもしれないなぁ」
「へぇ、どうして?」姉は意外そうに尋ねた。
「だって・・・その・・・」
「何よ」姉は僕の方を見た。
「お姉ちゃん、可愛いし」僕はそう言ってから恥かしくなって自転車を加速させた。
「ちょっと何よそれぇ!」姉は僕を追いかけた。
姉は僕と違って非常に整った顔つきをしている。一体誰に似たのだろうかと昔よく母は言ったものだった。
祖父が非常に整った顔だったそうなので、そちらに似たのだろうと父は言った。
対して僕は父親に似ていてどこか鈍臭い感じのする顔だった。
いまいちキレが無いというか・・・正直、外見には自信が無かった。そして実際、僕は鈍臭い。
算数は苦手でよく居残りさせられるし、体育の徒競走では下から数えた方が早いし、
逆上がりができる様になったのはクラスの男子の中では、できないまま逃げた奴を除くと僕が最後だった。
無論、姉の猛特訓のお陰ではあるのだが。(練習の時、姉に馬鹿にされ、悔しくて思い切り加速をつけて体を放り上げたら
そのまま落下して頭の表皮を切り大出血、僕は大泣き、姉も何故か泣き出し、二人で泣きながら帰った記憶がある。)
もし、僕が学校で姉のような女性に出会う機会があっても、釣り合わないと思いはなっから射程内には入れようとしなかったと思う。
そして姉は外見だけではない。スポーツ勉学人間性共に優秀で、担任と親と姉の三者面談では、
担任は「はっきり言ってクラスの憧れの的です」と言わしめ、母は鼻高々として帰ってきたのを覚えている。
勉学運動だけでない。姉は非常に友人関係が豊富だ。それも同年代の子達だけではなく
年末などの親戚が集まる場でも姉は場の中心に居て皆を盛り上げる。人間性では一生勝てない気がした。
僕は未だに姉が何故僕なんかをそんなにも好いてくれるのか分からなかった。
逆に僕にとっての姉は、物心ついた頃からの僕の遊び相手であり保護者の一人であり、そして尊敬し、目標としてきた人だ。
僕の人生に欠かせない人だ。
そして、偶然やってしまった性行為に影響され、お互いを意識し合い、
今までの「姉への昔からの感情+異性としての意識」に対し、僕は「愛」と名づけただけだ。
だから僕にとっての姉は今も昔も根本は変わらない。
姉にとって僕とは一体何なのだろう。ふとそんな事を思った。
「ねぇ」今度は僕がきりだした。
「何?」
「変なこと聞いてもいい・・・かな。」
「だから何?」
「お姉ちゃんってさ、僕の事・・・好き・・・なんだよね」
「何よ今更」
「ど、どの辺が好きなのかなーって・・・思ってさ。へへ」僕は頭を掻きながら照れ隠しした。
「何?女の子みたいな事聞くのね」姉は顔を顰めた。
「そ、そんなに引くなよ」
「うーん、どこと聞かれても具体的には分かんないかなぁ」
「そうなの?」僕は苦笑した。
「あんたが生まれた頃から私はあんたが好きなんだよ?」
「誤魔化すなよ」
「違うわよ。あんたが生まれた時から私はお母さんが居ない時はずっと世話をしてきたし、
ずっとあんたが私の遊び相手だったじゃない。だからいちいち意識しなくとも、ずっと好きだったと思う」
「うーん・・・よくわかんないなぁ」
「じゃあ具体的に言ってあげる。あんたの顔も、あんたの体も、性格も、全部大好き。
ぜーんぶ愛してる!」姉は満面の笑顔でそう言った。
「う、うん・・・」この笑顔は反則だ。反論の気持ちを全て封じ込めてしまう。
「だから、あんたは何も気にしなくてもいいの。私は、あんたの全てを愛してるから。
あんたは、私のもの。どんな事があっても、絶対に離さないから。何も心配しなくてもいいの。わかった?
ていうか恥かしい事言わせないの。」姉は顔を赤くした。
「うん」僕は頷いた。
「じゃあ逆に聞くけど、あんたは私のどこが好きなの?」
「うーん、かっこいいところかな・・・」
非常に不思議な事だが、生まれた頃から二人同じ屋根の下で暮らしているのに、
僕達はお互いの人間性を実はよく理解していない気がする。
だから僕は姉に何処が好きかと尋ねられると、的確な返答ができない。
表面的な性格は分かる。すぐに泣くだとか、何々が得意だとか。
姉は気が強くて、上で述べたようにいつも僕を守ってくれた。尊敬すべき人間だ。
しかしその奥にある、真の人物像についてはよく分からないのだ
それは僕が幼すぎたからなのかもしれない。
「何よそれ」
僕の回答を聞いて姉は笑った。