という出来事があったのがもう10年も昔のことだ。  
酷く大昔の出来事に感じる。記憶ももはや断片的だ。今、パッと考えてみて、はっきりと思い出せる記憶は多くない。  
叔父夫婦はとてもいい方で、僕を本当の息子のように可愛がってくれた。  
むしろ、叔母は専業主婦だったため両親共働きの実家より、より一緒に過ごす時間は増えた。  
そのお陰で僕は何不自由しない生活を送ることができた。  
最初の年は、2回程だったが、実家に遊びに帰った。  
しかし、小6の春、僕達はまたタブーを犯してしまった。それも今度はペッティングしていたその現場を母に見つかってしまったのだ。  
それ以来、僕達は、約束のその時まで、一切会わないことになってしまった。  
逆にその断絶は、僕達の欲望を掻きたてたりもした。しかしそれは一時的なものだった。  
中学に入ると、やれ定期試験だ、やれ部活だで振り回され、そういった日々の喧騒が徐々に情熱を薄めていった。  
そして成長するにつれて常識のようなものが何たるかをある程度理解できるようになった。  
過去の自分達の行為が如何に常軌を逸していたか、客観的に分かるようになった。  
それらが別居の成果といえばそうなのだが・・・  
そして大学へ入学。僕は府内の大学に入学した。  
大学に入る頃、僕はお姉ちゃんのところに必ず帰るからね!なんていう約束をした。  
その約束の事はしっかり覚えていた。しかし、結論からいうと僕は帰らなかった。  
関西の大学が集まっている京都は、10代には非常に便利な土地だった。府内にいい大学があったから、わざわざ不便な実家に  
帰る必要もないだろうという理由もあるにはあった。  
しかし、もっと大きな理由としては、僕自身がその約束が酷く幼稚なものに感じてしまっていたからだ。  
もしも、帰ったところでどうなるのか。約束通り姉弟で結婚するのか。ありえない。  
あれは無知故にやってしまった約束なのだ。幼稚な僕達がその場の勢いでやらかしてしまったに過ぎない。  
現実には実現し得ない約束なのだ。  
だから、そんな幼い頃の約束のために人生が関わってくる進路先を決めてしまう勇気も無かった。  
それに、だいたい6年も経つのだ。お互い変わっているだろう。過去の関係を再構築なんかできるのか。  
その構築を相手が望むのかもわからない。  
それに、両親への負い目もあった。姉と僕が仲良くするとまた両親に心配をかける可能性があった。  
だから僕は実家に近寄る事すら躊躇われた。  
しかしその決断が完全に姉への思いを断ち切る切欠とまではなりえなかった。  
心の中では常に姉を思い続けていた。しかし、それは実現し得ない思いだと自分に言い聞かせ  
理性をもって姉との距離を保ち続けることにした。また過ちを犯さないためにも。お互いの幸せのためにも。  
そしてそのままだらだらと月日が流れ3年が過ぎた。  
僕は法科大学院に進学するため、なんていう言い訳を並べながら就職活動もせず、  
かといって女遊びに精を出す(複数の意味で)気にもなれず、  
明確な目標も無いままバイトと趣味に明け暮れる堕落した生活を続けていた。  
そんな3年生終り頃の春。  
それは突然だった。  
 
 
ある日、バイトから帰ってくると叔母が夕飯の支度をしながら姉の話をしてきた。  
「お姉ちゃん覚えとる?」叔母は何気なく聞いてきた。  
「姉ちゃん?実家の?覚えとるで。」どうしてそんな事突然言うのだろう。僕には分からなかった。  
僕は鞄を下ろし、リビングの椅子に座り、テレビをつけた。もうすぐ桜のシーズンだ。  
桜は毎年複雑な気持ちにさせてくれる。別れによる悲しみ、そして新しい出会いへの希望と不安。  
日常生活になんらかの変化が起きるのがこの桜の季節だ。  
「姉ちゃんなぁ、大阪の営業所に転属になったねんて。」  
「ふーん、つか姉ちゃん働いてたんや。何の仕事しとるん?」姉の話をするなんて何年ぶりだろうか。  
そういえば何一つ姉の事については知らなかった。どんな高校に行き、どんな大学に進学しどこに就職したのか。  
興味はあったが事情が事情なだけになんとなく叔母には聞き出しにくかった。  
叔母も気を使ってそういう話題を自ら振ることもなかったのだろう。  
向こうからの連絡も特に無かった。  
「衣料関係の会社に働いてはるみたいや。デザインの仕事してはるんかな?私もよう分からん。  
んでな、来週関東からこっちに来はるらしいんやわ。」  
「ふーん」  
「んでな、あんた、せっかく関西までお姉ちゃんが来はるんやさかいに、10年ぶりや、ちょっと京都を案内したったらどや?」  
「はぁ!?」僕は驚いた。確かに今の姉がどんな状態なのか、興味はある。  
しかし今更どんな顔をして会えというのだ。  
「ええわ。やめとく」僕は拒否した。  
「でもなぁ。実の姉やねんで。お互いええ大人なんやしもうそろそろ仲良うしてもええんとちゃうか。」  
”実”という言葉が妙に気に障った。  
「無理や。無理」これ以上叔母と話したくなかった僕はテレビを消し、二階の自室に上がろうとした。  
その時、電話が鳴った。  
「お姉ちゃんやわ」叔母は嬉しそうに電話に出た。そんなはずあるか。  
「久しぶりやなぁ、どや?・・・そうかぁ。わかった。うん。わかった」  
嫌な予感がする。  
「はーい。土曜日やね。わかった。行かす。うん。はぁい」  
叔母はニヤニヤしながら電話を切った。  
「お姉ちゃんなぁ、土曜日の朝の10時頃に京都駅に着くて」  
僕は反発したが、叔母は土曜日は本当に用事があるらしく、叔父は土曜日はいつものように仕事だった。  
大阪に直接帰るように言えと僕は叔母に言ってはみたが、言うなら直接本人に電話で言えといわれ、それも無理な話だったので  
僕は渋々姉を迎いに行くことになった。  
姉も姉だ。何故今更会おうという気になったのだろう。一体何を考えているのだ。  
京都案内といってもとてもじゃないがそんな気になれない。  
 
土曜日。  
 
父は自動車通勤。母は我が家唯一自由に使える車を使って出かけていた。僕にはバイクがあるにはあるが・・・  
姉の荷物は既に家に宅配で届いていたし、残り全ての荷物は大阪の転居先に後日届くはずなので荷物は殆ど無いとのことだった。  
仕方なく僕はバイクで京都駅に向かった。バイクを駐輪場に留め、巨大な改札口で出てくる人々を眺める。  
時計を見る。10時15分。時間を過ぎている。だが不幸なことに僕は姉の携帯の電話番号を知らなかった。  
よく考えたら10年ぶりなのだ。お互い体型が当時とは全然違うだろう。気付くはずがない。  
僕はイライラしながら携帯を取り出し叔母に電話した。  
叔母は姉が着ている服を僕に教えた。僕はそれを頼りに探した。  
しばらくしてそれらしき人を確かに見つけることができた。  
改札を出たところの切符売り場付近に所在無さそうにしている女性が一人居る。  
身長は女性にしては並より少し高い。だから少し目立っていた。170cm近くあるかもしれない。  
しかし当時の姉の身長は高い方だったので、十分に考えられる高さだ。  
髪は以前の黒いロングとは違い、淡く茶色に染めたショートボブになっていた。  
彼女の後姿を今、僕は見ているが、そこに全く昔の面影はない。  
でも叔母の話では、あの人で間違いはないのだろう。他にそれらしき人は見当たらなかった。  
しかしどんな顔して声をかければいいものか。しばらく考えてはみたが、思いつきそうにも無かった。  
仕方なく、大した案も浮かばないまま僕は恐る恐る近づき、声をかけた。  
「あの、すみません。」僕は姉の名前を告げ、本人かどうかを確認した。  
「はい・・・そうですが・・・もしかして・・・」その女性は心配そうに僕を見た。  
「ひ、久しぶり、姉ちゃん。俺」化粧をしているとはいえ、その顔には確かに昔の姉の面影があった。  
だが、昔は高く感じた姉の身長は今では自分より低くなり、  
部活をしていたせいでヤンチャな雰囲気だったが、随分大人な感じになっていて僕は驚いた。  
しかし落ち着いた雰囲気を保ちつつも、少し幼さが残る顔つきは二十歳だと言っても通じるかもしれない。  
かなり雰囲気は変わっていたが、まぁ約10年も経っているのだから当然といえば当然だ。  
どういうアクションを取ったらいいのかさらに分からなくなった。  
「久しぶりー!っへぇ〜背高!」僕を確認するとその女性の顔は一気に笑顔になった。  
そして嬉しそうに、わざとらしく背伸びして僕の頭に触れた。  
もちろんそんなことしなくても届く高さだ。  
「腕太っと!ていうか老けたねー!」姉はもう片方の手で僕の腕をモミモミと揉んだかと思うと今度は顔を覗き込んだ。  
僕は驚いて目を背けてしまった。  
「昔はこんなに小さくて可愛らしかったのに・・・」  
姉は僕の頭のてっぺんに伸ばした手を腰の辺りまで低くした。  
「そこまで小そうないわ」僕は自然に笑顔をこぼした。  
そうだ。昔もこうだった。僕が何かに不安になっていると  
姉はいつも屈託の無い笑みを僕に向け、僕の心配を振り払ってくれたのだ。  
「なんだか喋り方が大阪人!って感じになって・・・こんなにでっかくなって・・・なんだかもう別人みたい。本当に・・・あんただよね?」  
姉は嬉しそうに言った。ちなみに僕は大阪人ではない。  
 
「何で来てるの?」  
「あぁ、バイク」  
「バッ・・・ババッ、バイク!?」  
「え、そんなに嫌やった?」  
「いや、そうじゃないけど・・・ただ、バイクとかはじめてで・・・向こうでは車しか乗った事無かったし・・・」  
駐輪場に付いて僕のバイクを見て姉はさらに驚いた。  
ヤマハYZF-R6。ヤマハのミドルクラスのスーパースポーツバイクだ。  
元々昔の約束を守るつもりで高校時代から学校に内緒ではじめたアルバイトだったが、  
途中で馬鹿馬鹿しくなり、その時貯まった金を全て注ぎ込んで買った僕の宝物だ。  
しかし何度もサーキットで転倒したため傷だらけのボロボロだ。  
スクーターが並ぶ駐輪場にそのブルーのド派手なR6というバイクは異様な雰囲気を放っていた。  
姉はバイクといえばスクーターを連想していたようで、巨大で派手なR6を見て少し引いているようだった。  
「ごめんな、オタクっぽい単車で」  
「いや・・・いいんだけど・・・」姉は目をパチクリさせながら、駐輪場で一際目立つR6を眺めていた。  
ゆっくりと、重いバイクを駐輪スペースから出した。  
「はい、これメット。」僕はフルフェイスのヘルメットを姉に渡した。  
剣道の面のような悪臭を放っていたヘルメットはこの日のために内装をバッチリ洗濯してきてある。  
昔姉が好きだった爽やかな柑橘系の香りつきだ。  
そして僕はボロボロの友人用のハーフヘルメットを被った。  
「あれ?こっちがあんたのじゃないの?」姉は二つのヘルメットを見比べ言った。  
「そっちの方が安全性高いから。こんな半ヘルとか、形だけの物だから、こけたら顔ボロボロになるよ。」  
姉とはいえ、女の子だ。顔は命の次に大切だろうからフルフェを被らせることにしたのだ。  
「あと、これ着て。」僕はバイクに掛けてあった革のジャケットを姉に渡した。  
「えーなんでよー」  
「これ着ておくとこけた時怪我が少なくなるの。いいから着ろって。」僕は姉にジャケットを押し付けた。  
念には念だ。着ておいて損は無い。  
真っ黒で、プロテクター内蔵なのでゴツゴツしていて正直かっこいいとは言い難いがそこは妥協してほしい。  
「じゃああんたはシャツだけになるじゃん。」  
「俺は男やから怪我しても姉ちゃんほどは困らへんやろ。」なんだか姉に関西弁で話すのは少し違和感がある。  
僕は昔みたいに標準語で話すことにした。  
「んー、あんたって昔っから妙にガンコなところがあるよね。」  
「お互い様だけどな。」  
「すぐ謝る癖は無くなったのかな?」  
「そんな癖あったか?」  
「あったよぉ」姉は笑った。  
 
姉はヘルメットを被りジャケットを着た。  
「どう?似合う?”ライダー”って感じする?」  
「なんだよ”ライダーって感じ”って」  
ヒラヒラフワフワな感じのワンピースの上にプロテクター入りの厳ついジャケットを着てスモークシールドのヘルメットだ。  
変質者以外の何物でもない。  
姉は両手を前に出し、ハンドルを握るようなアクションで両手首をひねった。  
「ぶおーんぶおーん!」姉は小学生のようにハーレーの真似をした。  
「馬鹿じゃねぇの。つかその格好」僕は爆笑した。  
「何よあんたが着ろって言ったんでしょ!」姉はヘルメットを脱ごうとした。  
「ごめんごめん冗談だってば」  
僕はバイクに跨り後ろのタンデムステップを下し、シートをポンポンと叩いた。  
「ここに乗って」  
しかしシートが非常に高い位置にあるため、姉はどうやって跨ろうか四苦八苦していた。僕は一から全てを説明した。  
「なんとなく分かった。」姉はなんとか理解してくれた。僕は安全に帰れるか少し心配になった。  
「しっかりバイクに跨っていてよね。絶対倒さないでね」  
「わかってるってば」  
姉はよっこらしょっと跨った。すると真っ白の太ももが露になった。  
僕は一瞬その肉付きのいい白い肌に釘付けになった。  
「ちょっとやだやっぱりこれ恥ずかしいよぉー」  
「大丈夫だってば。ヘルメット被ってるから誰だかわからないし。男に見えるよ」  
「それはどういう意味なのよ」姉は僕の横腹をグーで殴った。  
「あー・・・このバイク二人乗ることをあんまり考えてないから掴む所が無いんだわ。だから両手で俺の体を掴んで欲しい。」  
僕は後ろに乗る姉に指示した。  
R6は基本的にサーキットを走るためのバイクだ。タンデムシート(後ろの人が乗るシート)は猫の額程の面積しかない。  
一応捕まる紐が一本あるにはあるが、これだけで体を支えろというのは少し酷すぎる気がした。  
というか実際無理だ。友人をたまに乗せる時は、肩を掴んでもらうことにしている。  
「うん、了解〜」姉は嬉しそうに僕の胸に腕を回し、ギュッと抱き付いた。  
「おい、おい・・・」僕はてっきり同じ様に肩を掴まれると思っていたのだが、まさか背中に抱きつかれるとは思っていなかった。  
柔らかな胸の感触が背中に広が・・・るのを期待したがジャケットがそれを阻んだ。僕は少しガッカリした。  
「じ、じゃあ出発するよ」僕は気を取り直してエンジンを掛けた。駐輪場に轟音が響いた。  
騒音には寛容な欧州仕様車のため、ノーマルでもそれなりに煩い。  
「ちょっと何これ煩いよ!」姉は両手で耳を塞ごうとしたがヘルメットの上から手を当てても意味が無い。  
「この格好といい、この音といい・・・正直これほど恥ずかしいと思った事はここ数年無いよ」姉は言った。  
「ご、ごめん・・・」僕はエンジンの回転を上げぬようゆっくりと駐輪場から出た。  
 
走り出すと、抱きつかれて走行するのは少し走りにくかったので僕は肩を掴むよう指示した。  
すると、ゆっくりとできるだけ揺らさずに走るのだが、首の筋肉が弱いのか姉のヘルメットが僕の後頭部を何度も打撃した。  
やっぱり抱きつかせて走る事にした。  
あーしろこうしてと僕が指示を出したり、姉もあーだこうだ言いながらバイクを走らせる。  
二人とも昔のように笑っていた。会う前は一体どうなるのかとヒヤヒヤしたが、こうやって馴染むことができて僕は安心した。  
京都観光の指示が叔母からあったが、さすがにバイクの二人乗りで観光地を周る気にはなれなかった。僕は最短経路で家に直帰した。  
「大きな家・・・」僕の家を見た姉は驚きの声をだした。狭い京都の中でも叔母の家は古いとはいえそれなりの大きさがあった。  
京都というイメージが重なり姉には立派に見えたのかもしれない。  
「まぁ・・・上がってよ。今誰もいないから。」  
姉を家に招待するというより、まるでサークルや合コンで初めて会った子を  
なぜか家に呼んでしまったという状況の方が気持ち的には近い気がした。  
なぜなら、そこにはとても自分の家族とは思えないような綺麗な女性が居るのだから。  
姉曰く、数日休みがあるから、ここで1日か2日滞在し、大阪の新居に行き住めるように整理するのだという。  
大阪には手伝いに来てよねと言われ、まだ春休みの最中だった僕は断れなかった。  
僕は叔母に案内するよう言われていた空室に案内した。届いていた荷物を確認した姉と僕は一息つくためにダイニングの椅子に腰掛けた。  
僕はコーヒーを出し、しばらく姉と雑談を続けた。最近の実家の話、姉の高校や大学、職場の話。  
こっちの家の話、僕の高校や大学の話。話題には事欠かなかった。  
こうして机に座り面と向かうと最初はやっぱり少し気まずかったが、すぐに打ち解けることができた。  
そして、ちゃんと幸せそうな人生を送れてることに僕は安心した。それと同時に、僕の全く知らないところで  
姉は僕の居ない人生を送っていることを知った。  
話題は昔の話に移った。姉は僕が幼すぎてあまり覚えていない記憶までしっかり覚えていて  
たくさん話してくれた。僕もそれを聞きながら徐々に当時を思い出していた。  
そして、やっぱりこの人は僕の姉さんだなと、再確認することができた。  
だけど、小学高学年時代の話には結局触れることはなかった。何となく、意図的に避けてるような気がしなくもなかった。  
一通り溢れ出す話題を出し尽くした頃には外は薄暗くなっていた。叔母はまだ帰ってこない。  
「おばさん、遅いねー」姉は言った。  
「そうだなぁ・・・もう帰ってくると思うんだけど。」  
話題が途切れ、少し沈黙が続いた。10年前の約束を姉は覚えているのだろうか。  
僕はまだ聞きだせずにいた。そう考えた直後に僕は思いなおす。もし覚えていたとしてどうなるのだろうか。  
僕達は姉弟なのに、約束通り結婚(笑)をするとでもいうのか。  
この別居で分かったこと。それは、僕達は決して交わってはいけない仲なのだということだった。  
しかし今、目の前の姉を女として意識していないかと問われれば、  
この外見だ。姉は本当に綺麗になっていた。否定することはできなかった。  
僕は勤めて平常を装ったが、内心ではドキドキしていた。  
そしてこれは姉なのだと自分に言い聞かせ、やらしい思考を頭から振り払った。自分の本能の愚かさを僕は呪った。  
姉弟のいる家庭は世間に腐る程存在する。  
異常なことかもしれないが、ずっと一緒に暮らしててどうして惹かれあわないのだろうかと疑問にすら昔は思っていた。  
僕は姉を愛していた。もちろん、姉だってそうだったと僕は信じている。  
それくらい昔の僕達は仲がよかった。しかしそれは無知故に成り立った愛だった。  
今は違う。何も知らないただ好きだから・・・は通用しない。お互い大人なのだ。  
その後大した話もしないうちに叔母が帰ってきた。  
 
その日、軽く歓迎会のようなものを叔母と叔父と僕と姉の四人で行った。  
当然だが誰も昔の過ちの事を出さなかったので僕はそれなりに楽しむことができた。  
姉はその日は滞在し、翌日叔母の車を借り、姉を京都の名所に連れて行った。  
姉は楽しんでくれた。京都は文化遺産が多い。  
当然周った名所もそういう地味なものが多かったが、姉はそういうのが楽しめる人だった。  
それにしても、僕は昨日はあんなに緊張してたのに、いざ打ち解けるとすごく落ち着く。というか、安心できる。  
心から楽しむ事ができた。女の子とこうも気兼ねなく話した事は今まで無かった。女の子?違う。  
これは姉だ。僕は首を振って妙な思い違いを振り払った。  
京都の風景をバックにして僕はカメラで何枚も姉の写真を撮った。姉は恥かしがったが、やはり当時も今も姉は本当に美しかった。  
翌日には姉は大阪に行った。手伝いの僕も一緒に向かった。  
建物の高さ制限が条例で定められ、区画も昔の都が基礎となっている京都とは違い、  
無造作に空を多い尽くす巨大なビル群、入り組む道路には息が詰まりそうだった。  
最寄駅から10分歩いたところに、綺麗なマンションが見えた。そこが姉の新居だった。  
部屋は驚く程広くて綺麗で、一人暮らしには十分すぎるものだった。姉の収入の高さが窺えた。  
僕達は早速届いた荷物を引越し会社の人達とともに部屋に運び込み、配置していった。  
配置している時、僕は”妙な違和感”を感じたが、あえて口には出さなかった。  
ダンボール箱を開けると、アルバムが数冊入ってるのが目に入った。  
僕はその内の一冊を開いた。姉の大学時代の写真だ。主に女友達との旅行写真が多い。  
「あれ?姉ちゃん大学時代までこの髪型だったんだね」黒のロングの姉がそこにたくさん写っていた。  
こうして見ると、昔の姉そのものだ。妙に懐かしい感じがする。髪型一つでこうも人の印象を変えてしまうということか。  
「そうだよ〜」姉は荷物を整理しながら言った。  
僕はその写真と今の姉を見比べた。  
「うーん、俺はどっちかというと長い髪の方が好きかなぁ」  
「あんた昔っから私の髪触るの好きだったよね」  
「そうだった。さらさらしてて弄ってると気持ちがいいんだ」  
「あれされると枝毛になるんだよね」  
「そうなの?知らなかった」  
「まぁ私もあの時は知らなかったんだけど」姉はクスりと笑った。  
「なんだよぉ」僕は笑った。  
「・・・なんだか姉ちゃん、変わったよね」  
「そう?あんたの方が変わったと思うけど」  
「そうかなぁ・・・」  
正午頃に着たのに一息つけた頃には夕日が沈んでいた。  
「じゃあそろそろ・・・」  
「えーもう帰っちゃうのー?お礼に今晩くらいは夕飯奢るよー。お寿司でも肉でも何でも奢るよー」  
姉は嬉しそうに財布の札束を僕に見せ付けた。  
流石社会人、大型バイクの維持でヒィヒィ言ってる貧乏バイト大学生とは財布の厚みが全然違う。  
食べるのが大好きな僕は喜んで付き合うことにした。  
肉を食べ、酒を飲み、タクシーで帰宅。家に着いたら帰りに買い付けた大量の酒とつまみでまた飲むことになった。  
 
姉はいくら飲んでもテンションが高くなるだけでしっかりしており、酒にはとても強いようだった。  
それに対して僕は数杯で顔が真っ赤になった。  
「姉ちゃん、もう死ぬ・・・ほんまに死ぬって」視界が揺ら揺らと揺れ、心臓はバクバクと暴れ、体中の血管が激しく脈打ち、  
頭の血圧が限界付近まで上昇する(気がする)。頭が発酵したスイカのように弾けそうだ。  
「男のくせにそんなこと言ってどうするのよー。大学で女の子より飲めない男の子って恥ずかしいよー」  
姉はさらに酒を盛った。それを見た僕は一気に吐き気がし、便所に駆け込もうとした。  
だが、頭が一瞬くらっとし、僕は便所の手前で足を絡ませ頭から転倒し、その場で胃の中の酒と胃液まみれの焼肉を撒き散らした。  
姉が急いでやってきたがもう何がどうなってるのか僕には理解できなかった。  
ただ押し寄せる吐き気がそうさせるがままに胃の中身を出すだけだった。もうそれ以降の記憶は定かではない。  
 
目を覚ますと、僕はラフな格好で地べたに寝ていた。たぶん女物の部屋着だ。  
だからかなりサイズは小さい。僕が知らぬ内に着たのだろうか。それとも姉が着せてくれたのだろうか。  
なんだか体の一部がベトベトする。酒の飲みすぎで汗をかいたのだろうか。頭には枕が、体には布団がかけてあった。  
上体を起こすと視界が回り、頭が激しく痛んだ。猛烈な吐き気がする。僕は便所に駆け込んだ。  
僅かな胃の残存物と胃液を吐き出すと口を洗い、僕はリビングに戻った。姉は酒を片手に椅子に座ったまま寝ていた。  
凄い量の空酒が机に並んでいた。姉は僕がぶっ倒れてからも一人でガンガン飲んだようだった。  
外は既に明るくなりつつある。僕は着せられていた布団を姉に被せた。キッチンへ行き、水をコップに汲む。  
そして向かいの椅子に座った。まだ眠い。僕は肘をつき、薄目を開いて姉を眺めた。  
姉は口から涎をダラダラと垂れ流しながら熟睡していた。  
姉がこんなにも大酒のみだとは知らなかった。お陰で昨晩は酷い目にあった。  
でも、なんだかんだで姉は楽しそうで僕は嬉しかった。  
姉の胸元は少しはだけ、谷間が見えた。僕はドキリとし、目線を逸らした。  
だが直ぐに元に戻し、中学の時よりさらに成長したその形の良い胸に釘付けになった。股間が僅かに反応する。  
目を閉じた。そして大きく溜息をついた。僕は一体何をやっているのだ・・・  
少し自己嫌悪に陥った。  
今目の前にいる姉は、僕の恋人だった昔の”お姉ちゃん”ではない。自分自身の人生を歩んでいる、血の繋がった”姉さん”だ。  
僕はそう言い聞かせた。  
しかし・・・自ら捨てたつもりだった過去にいつまでもとらわれているのは僕だけなのだろうか。  
少し寂しい気持ちになった。  
頭を伏せた。もう一度寝ることにした。僕は昔の姉との思い出を考えながら眠りに落ちた。  
 

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