川沿いの家路を急ぐ和美。もう200メートルほどで自宅であるマンションに  
たどりつこうと言う時、前に少女が立ちふさがった。杉原紗也香だ。  
「紗也香さん・・・こんな所で何してるの?」  
紗也香は何も言わない。和美がおもわず身じろぎしようとした時、  
紗也香の右手から電磁ムチが飛び出した。まだ人間である和美には到底目視不可能な速さで。  
そのムチは和美の体に絡みつくと、電流をビッと流す。  
和美を気絶させるにはコンマ数秒も電流を流せば十分だった。  
和美の体がゆっくりと地面にくずおれていく。  
 
「最後のサンプルを回収しました。これより帰還します」  
ハルカへのサンプル捕獲成功の報告を手短に済ませたあと、  
紗也香は後続の運搬車に向かって和美をVA研究室に搬送するように命じた。  
 
「これで準備は完了した・・・あとは時を待つだけね」  
 
一週間後。ライア中央専門学校(今はVA工廠と化しているが)に地球連合軍のAEX隊が強襲をかけた。  
「フォーディ隊、散開しろ!一箇所に固まるんじゃない!」  
赤の一般AEXに対して指示を出している黄色いVAは、フォーディに改造された河合可奈だった。  
 
「敵、敵は何処!?こんなんじゃ足りないよ!もっと、もっと壊してやる!」  
こう叫びつつ逃げまどう一般市民や立ち向かうライア軍のVAを次々と斬り倒しているのは、  
「実戦テスト」のために出された、ブロディアに改造された果穂だ。  
黄と白の隊長機、そして赤の一般機が灰色だらけの無機質なビル群の中で異彩を放っている。  
また、周囲に多数展開する人型の機体は「ベイツ」だ。  
最も生産台数の多い機体であり、それは基本性能と信頼性の高さに他ならない。  
数々の派生型の母体となった機体で、部隊および個人別のスペシャルチューンが存在する。  
現在確認されてるのは初期量産タイプ、ダッシュ機構や追加装甲を付加したE型、  
ドリル装備のD型、チェーンスパーク装備のSP型、レーザーブレード装備のLB型、  
他、サブウエポンを装備したE型、等が確認されている。  
今回は様子見という意味もあって初期型が多く配置されていた。  
 
「こ、これが新型の力なのか!」  
「せ、性能が違いすぎる!」  
ライア軍の部隊は押し寄せるAEXに対してなすすべもない。敗北か、と思われた直前、  
上空に巨大な戦艦が姿を見せた。  
『各員、無駄弾を撃つんじゃないよ!』  
上空に姿を見せたライア軍の母艦が出てくると、押され気味だったライア側が盛り返す。  
 
「敵は何機いるのよ・・落としても落としてもキリがない」  
フォーディも腕に内臓されたビーム砲や同じく腕から伸びる仕様になっているビームソードで  
次々と敵を倒しているが、フォーディ自身も細かい被弾を多数重ね、徐々に疲労の色が見え始めていた。  
そんな中、ブロディアの中に改造された時に失ったはずの感情が再び芽生え始めていた。  
「何・・・、何で・・・?敵がいっぱい・・・、嬉しいはずなのに・・・。何故か、行くのが・・・、こわい・・・」  
 
立ち止まっていると、フォーディ・・可奈からの通信が入ってきた。  
「何してんのよ、橘さん!」  
 
(その声は・・・河合さん?)  
(まさか、まさか河合さんがこんな事を・・・)  
 
そう考えると、果穂の心に可奈に対する凄まじい憎悪感が沸きあがってきた。  
(貴方のせいで、貴方のせいで!)  
果穂は無意識のうちに可奈に向かってビームライフルをぶっ放していた。  
 
ブロディアのビームライフルがフォーディの左腕を吹き飛ばした。  
「直撃!?」  
フォーディが態勢を立て直すと、地球連合軍側のAEXも相当数は減っている。  
「こんな所で邪魔が入るとは・・・退却!」  
戦闘続行は無理、と考えたフォーディはあっという間に戦闘機形態に変形すると、はるか彼方へと飛び立っていった。  
 
「逃がさない!」  
逃げるフォーディに向かってブロディアはもう1発撃ったが、戦闘機形態の機動性の前では当たるはずもなかった。  
 
「入れ」  
ライア軍の基地のある一室に連行されたブロディアは牢に入れられた途端、ガクっと崩れ落ちた。  
その瞬間白い閃光が走り、装甲が跡形もなく消え失せ、中から全裸の少女の姿が現れた。  
「・・・! 人間への変身能力があったとは!やはり地球側の技術は半端ではない!」  
係員は羽織る物を取って来い、とわめく。  
 
 
「あらあら、橘さん、今日も居残り?居残りが多いのは出来が悪い証拠よ。ではお先」  
・・・これは・・・杉原先輩・・・  
 
「橘さん、いい加減にしてよ!アンタはそうやっていつも人の上に立とうとする!」  
・・・これは・・・河合さん・・・  
 
「果穂ちゃん、また明日ねー!」  
・・・これは・・・和美ちゃん・・・  
 
「アタシだって、アタシだって、もっとみんな一緒に遊びにいきたい!」  
・・・これは・・・玉井さん・・・  
 
みんな、みんな・・・一体どうしちゃったのよ・・・  
 
そんなことを考えているうちにいつしか果穂の意識は薄れていった。  
 
天井に備えられた機材から、次々と降りてくるメス。  
勢いよく切り裂かれる腹部。露になる臓器。  
パキン、パキンと音を立てて、1本づつ折られていく肋骨。  
内臓を全て摘出した後に代わって埋め込まれる高出力モーター。  
肺が摘出された後、埋め込まれる金属製の人工肺。  
小一時間も経たぬうちに頭部から下は生殖器を除いて全て機械に・・・。  
 
 
「いやあああああぁぁぁっっ!」  
果穂は思わず叫んでいた。  
優しい朝日が差し込む。果穂は自分の部屋のベッドの上で目覚める。  
自分の体の外見だけはいつもと変わりなかった。だが、目の前のモニターには  
数々のインジケーターが表示されていた。そして起動音を立てる自らの身体。  
果穂は理解した。全ては現実であったことを。  
 
「私、改造されて・・・、な、なんて事を・・・どうしたら・・・・・・」  
果穂の脳裏にVA開発部の友人の事が次々と浮かぶ。  
 
冷たい機械の身体。  
専門学校の先輩、親友が 人間を捨て、自らの、そして人類の抹殺をしようとしていること。  
 
果穂の頭の中で色々な現象がフラッシュバックした。  
「あああっっっっーーーーー!」  
またその場で悲鳴をあげる果穂。傍らには割れたグラスの破片があった。  
それを飲み込んでしまえば、ひと思いに死ねるかも知れない。  
ガラスの破片を手にした果穂。しかし、はっと思い直した。  
自分は既に機械の身体であり、その程度では死に至ることなど不可能であることを。  
「うっうう・・・」  
そのことを悟った果穂はより悲しくなったのだった。そのとき、ガチャっと部屋の扉が開いた。  
 
「もう私は人間じゃないんだ・・・」  
 
果穂は泣こうとした。だが、悲しみを味わう間もなく、係員が部屋に入ってくる。  
「ハルカ艦長がお呼びです。至急艦長室までどうぞ」  
そう言って係員はハルカに軍服を手渡す。だが果穂はそれに手をつけようとしないで、  
部屋に据え付けている鏡の方を見つめていた。  
白い肌。大きな黒い瞳。整った顔立ち。  
外見は人間だった時のものと全く同じだ。だが、中身は全て冷たい機械・・・  
こんな自分はこれからどうなってしまうのだろうか。果穂は軍服を着ると係員の後をついていった。  
 
「私が地球連合軍中央艦隊艦長、沖原ハルカ。あらためてはじめまして。  
なに、そんな怖い顔をしなくてもいいわ。落ち着きなさい」  
緊張のあまり、果穂は頭を下げることすらできなかった。  
「早速だけど、貴方の機体に関するデータを収集したいの」  
「データを取る・・・?どういうことですか?」  
「ライア星を救うために今こそ貴方の力が必要なのよ」  
「私の力・・・それはライアの人達を地球側がやっているように兵器みたいに改造するということですか!」  
果穂が無意識のうちに強い調子でハルカに詰め寄った。  
「まぁ待ちなさい。今はただ貴方の実力と性能が見たいだけよ。重力化での戦闘については  
十分実証済みだけど、無重力化のことはまだ何もデータが収集できていないからね。  
早速だけど、近くの月面で模擬戦闘をやってもらおう、というわけなの。わが軍新開発のAEXの  
テストも兼ねてね。それに・・・」  
「それに?」  
「貴方は今の状況が分からないほど頭が悪くはないでしょう?自らの今置かれている立場を  
考えればやらなければならないことはおのずとわかるはずよ」  
そう言われると果穂はハルカに従う他は無かった。  
 
ー地球連合軍の戦艦にてー  
 
紗也香と可奈が言い争いをしている。  
「アレは、たまたまブロディアが裏切っただけよ!」  
「へぇ、河合さん、またそんな言い訳をするわけ?貴方は二言目にはそうやっていつも誰かの  
せいにするから落ちこぼれが直らないのよ。それに、ブロディアのお目付けを命じられて  
いながら逃げられたのは事実でしょ?このやらかし、どう償うわけ?言ってみなさい」  
「うっ・・・」  
 
「二人とももう過ぎたことはよしなさい」  
「エ、エリナ艦長、失礼しましたっ!」  
紗也香と可奈が頭を下げる。  
「ブロディアの性能は確かにAEXと見れば最高レベルに値するわ。ただ、これからは  
VA(可変機)が主流の時代。ブロディアはある意味非可変機の限界に挑戦した機体なわけ。  
でもこれでちょっとは面白くなるとは思わない?ねぇ、杉原さん?」  
「エリナ艦長、そのとおりだと思います。闘争を日常とする世界がまさにこれほどすばらしいとは  
思いませんでした」  
「闘争を日常とする世界・・・いい言葉ね。月面でライア軍の動きがあったと聞いているから、  
杉原さん、行きたければ行ってらっしゃい。ベイツE型が50機ほど整備済みだから  
使いたければこれも使っていいわ」  
「ブロディア如きの旧式が我々にかなうはずがないことを思い知らせてやります!」  
そう言うと紗也香は部屋の外へと出て行った。  
 
ー月面ー  
 
「着いたわよ、出なさい。もう既にテスト機は配置されているわ」  
「うっ・・・」  
「今の自分の立場というものが分かっているの?」  
 
(シミュレーターで何度かやったことはあるから、出来ないことは無いと思うけど・・・)  
そう言われ、果穂は決心した。グッと握りこぶしに力を入れる。そして・・・  
「装着!」  
果穂の着ている軍服がたちまち分子レベルまで分解されて散り散りになる。  
代わって黒いアンダースーツが身体にぴったり張り付いたかと思うと、  
その上に白い次々と装甲が装着され、果穂のサイボーグの身体も戦闘モード  
へと切り替わっていく。基地からビームライフル、ビームソードが転送され、  
頭部のバイザーが降りた瞬間、  
「READY」  
という文字が果穂の目の前に現れた。  
体中から力がみなぎり、気分が凄まじく高揚していく。これからテストとは言え、  
戦場に出ようと 出ようと言うのに、恐怖感など少しも感じない。  
果穂は姿のみならず、心までもブロディアになったのだ。  
「ブロディア、出る!」  
戦艦のデッキから、ブロディアは勢いよく月面へと飛び出していった。  
 
 
「フワフワした操作感に慣れたら大丈夫ね」  
月面での模擬戦が一通り終わった。ブロディアの周囲には10数機ほどのテスト機の  
残骸が月面のその姿をさらしていた。  
「2分58秒か・・・もう少しやれる余地はあるわね・・・ん?」  
そう言いながらもハルカは満足そうな様子だった。  
 
「・・・新たな敵を察知。引き続き戦闘を続行する!」  
ハルカがそう通信を入れようとしたとき、ブロディアから先に通信が入った。  
月面上空に20機ほどの敵影が見える。  
「援護を出す!それまで持ちこたえて!」  
「了解!」  
ブロディアは手近なライア軍の量産機・・・ベイツに向かって斬りかかっていった。  
 
「何・・・この感覚?」  
敵の1機をビームソードで斬り落とし、もう1機をビームライフルで撃ち抜いた後、  
ブロディアは肌の裏がざらつくような嫌悪感をおぼえていた。  
「見つけたよ!ブロディア!」  
青く塗装されたひときわ目立つ機体がブロディアのロックオンサイトに映る。  
ブロディア・・・果穂は明らかにその声に聞き覚えがあった。  
いつも専門学校で自分に嫌味を言ってきた杉原紗也香だ!  
 
「あら、貴方も殺されに来たの?ベイツ、いけっ!」  
ベイツが遠くからマシンガンを撃ってくる。  
「うっ!?」  
ブロディアは反応できず、まともに喰らってしまう。装甲はほとんど傷ついていない。  
「敵の弾は斜線と直角に避けなさい!来るっ!」  
ハルカからのアドバイスが通信装置を通じて聞こえる。  
「分かった!」  
バイザーの向こうに赤い丸囲みで表示されているベイツが見える。  
ベイツのマシンガンが再び火を噴く。  
「見える!」  
ブロディアはサッと横にうごいて弾をかわした。自分でも驚くほどの反射神経だった。  
「直撃させる!」  
ビームサイフルがベイツの胴体を打ち抜き、爆破四散させる。  
 
「あなたはなかなかのやり手ね。でも残念。貴方のような裏切り者は罪を死で償わなきゃならないから」  
青い機体・・・レプトスが肩口からブロディアにタックルしてきた。  
「ああっ!」  
ブロディアの白い機体がゆっくりと吹っ飛ぶ。そこに腕部ビーム砲の追い打ちがかかる。  
「欠陥機でどこまで頑張れるかしらね」  
(杉原さん・・・何故こんなことを・・・)  
ゴロゴロと転がってレプトスの攻撃から逃げようとするブロディア。  
「ほらほら、早く私を落とさないと味方がどんどんいなくなるわよ?」  
(今回はデータ収集のみで良いと言われたけど、案外ショボい相手ね)  
その間にもレプトスはライア軍の僚機相手に電磁ムチの威力を確かめたりするなど、まさに好き放題をやっていた。  
 
「これ以上好きにはさせない!」  
ブロディアは起きあがるとビームライフルを撃つ。だが、  
「見え見えよ!」  
レプトスは白色の光線をあっさりかわすと、ブロディアに電磁ムチを巻きつける。  
凄まじい電圧がブロディアにかかり、モニターの表示が大きくブレる。  
「何をやってるの!これ以上やられると危険よ!」  
ハルカに機体耐久力を教えられるブロディアだが、この高機動機に対する有効な手だてが分からない。  
「さて、どの方向から攻撃してあげようかな」  
レプトスが戦闘機形態になって、ヨロヨロと立ち上がったブロディアをあざ笑うかのように飛び回る。  
 
(元のAEX形態に戻る時に必ず隙が生じると思うんだけど)  
ブロディアはそう考えつつもレプトスから放たれるビームをかわす。  
レプトスがブロディアの頭の上を通り過ぎた瞬間、ブロディアは振り返る。  
振り返ったブロディアの視界にまさに、AEX形態に戻ろうとしていたレプトスがいた。  
「もらったぁーっ!」  
ビームライフルがレプトスに命中し、その青い機体を吹っ飛ばす。  
重力が小さいので吹っ飛び方もゆっくりだ。そこを逃さず別の僚機がビームサーベルで斬りつける。  
「この機体の弱点を知っているのか?」  
レプトスも思わぬ攻撃に面食らう。さらに、  
「うわっ!」  
横方向から僚機が隙を付いてビームカノンをレプトスに命中させる。  
ブロディアのビームライフルと比べると出力は望むべくもないが、それでも当たればタダでは済まない。  
「このままでは機体が・・・死ぬ・・・撤退!」  
レプトスは戦闘機形態に変形して逃げ出してしまった。まだ数機残っているベイツを残して。  
 
 
戦いはライア軍の勝利に終わり、地球連合軍は地球の外周を回っている人工衛星のあたりまで撤退した。  
戦勝に湧くライア軍。  
「ライアに敵なし!」  
「ライア軍バンザーイ!」  
艦の中では戦勝会が開かれていたが、人間の姿に戻った果穂は自室でふさぎ込んでいた。  
「ハルカ艦長はああ言うんだけど・・・」  
 
 
『人間にこだわりたかったら、自分の力で権利を勝ち取りなさい』  
 
 
「みんな何のために戦っているの?私は・・・今のままで・・・いたい」  
ブロディアのうちは戦闘に夢中で頭が回らないが、果穂に戻ると戦闘で自分のやったことが  
一気に脳にフィードバックされてくる。  
遠くないうちに再び戦場に舞い戻ることになるであろう自分。果穂はそんな自分のどうしようもない  
境遇に泣くことすらできず、ただうつむくことしかできなかった。  
 
To the next・・・  
 
 
 
 

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