私の、誰にも言えない大冒険を、今から電車でやっちゃうんだ……!
私、七井霧佳はどこにでもいる普通の女子高生。
希望する進路は一応大学進学だけど、大学に行ってやりたいことがこれと言ってあるわけでもない。
一応、親の負担を考えて国立に入れたらなあなどと考えてはいるけど――。
受験かあ。
まだ高校2年生の私には、いまいちピンと来ない。
それでも、学校の先生たちは「この夏こそが正念場」などと煽り立てるので、私も落ち着いていてはいけないような気になってくる。
とりあえず、親と相談して、夏休みの間だけ塾に通うことにした。
――面白くない。
塾の授業も、分かるような分からないような。
成績も伸びているような、いないような。
ただ漫然と過ぎていく夏休み、これでいいのかな。
私の友達の邦恵が話していた、夏休みに悔いを残して時間を巻き戻してしまう能力を持つ女の子が登場するアニメ。
そのアニメのことは知らないけど、そんな力が私にも欲しいと思う。
夏休みって、こんなのでいいのかな。
わくわくするような出来事って、本当にあるのかな。
「ああっ、もう!」
塾からの帰りの、3両編成の電車。
もう夜遅く、私の家が塾からは都心部に向かう方向なので人は殆ど乗っていない。
今日も私の乗る車両には私以外誰も乗っていない。
周りに誰もいないのをいいことに、少し大声で独り言を言ってみる。
「面白くないよお、何かないの?」
敷かれた線路の通りに進む電車。
親や教師が提案する通りの進路を、特に逆らう理由も見つけられずに進む私。
アニメ好きの邦恵がよく話してくれる、アニメのような非日常的で刺激的な出来事。
私はアニメは観ないけど、そんな非日常的で刺激的な出来事に憧れることくらい許されてもいいと思う。
「ってか、ほんとに人少ないなあ。隣の車両の一人しか乗ってないじゃん」
電車の走行中に車両を跨いで移動する人はあまりいない。
この電車が走っている間は、この車両の中の空間は私だけのものだ。
――がたんごとん。
静かで暗い、切り取られた空間。
この限られた空間に、私しかいないような錯覚。
この空間で私が何をしようが、誰にも気に留められないのではないかという感覚。
例えるなら、夏夜の海岸から眺める水平線。
いつも通りの車両の中なのに、心細くも広々とした躍動感に私の胸は高鳴った。
日常が急速に非日常を纏い始めた。
もちろんそれは私の錯覚。
しかし、私の日常空間は私一人だけを包み込んだまま、非日常によって切り取られてしまった。
誰も見ていない、誰が気に留めるでもない、私だけしか存在しない空間。
私が何をやったって許される空間。
そんな空間にいることを楽しみたい。
その「非日常空間」の「非日常性」を、もっともっと感じるために。
椅子に腰掛けたままTシャツの裾に手を掛けて、下着を露出させるように捲り上げてみた……。
「えっ!?」
突然に自分がとった行動に驚いて、ふと我に返った。
Tシャツも元に戻し、辺りを見回す。誰もいない、いつもの帰りの電車の中だ。
何てことしちゃったんだろ私……!誰にも見られてないよね……?
我に返った瞬間に、「非日常空間」はただのがら空きの車両の中に戻った。
私は女の子。
せっかくの夏休みに、何かをやってみたかったはずなんだ。
それは、冒険かもしれない。或いは、青春かもしれない。そして、恋愛だったかもしれない。
私は一人の女の子として、ロマンティックでスティミュラスな毎日に憧れているんだ。
でも、現実の私はただの塾通いで夏休みを潰してしまう女の子に過ぎない――。
「――N駅ぃ、N駅でございます。お降りの方はぁ、――」
降りる駅に到着してしまった。私は電車を降り、家までしばらく歩いた。
忘れられない。
何だったんだろう、あの感覚は――。
電車の中で服を脱ぐという禁忌を犯してしまうことが、
何の変哲もない単なる女子高生に過ぎない私への、非日常への誘い(いざない)のように感じられた。
次の日。
今日の私は、Tシャツとミニスカート。
私服でスカートはまあまあ穿く方だけど、ここまで短いスカートは持ってただけで穿いたことはなかった。
だって、キャラじゃないから。
でも、今日の私はミニスカートで「冒険」してみたくなっていたのだ。
私はまた、がらがらに空いた帰りの3両編成の電車に揺られていた。
私が乗るのはいつものように真ん中の車両に乗り込む。
今日は見事に、隣の車両にも誰もいない、私だけの貸し切り状態になっていた。
私は椅子に座らずに、立ったままでいた。
立ったままそろりとTシャツを捲り上げてみる。お腹が丸見えになった。
女性歌手のバックダンサーのように、裾を括ってへそ出しにしてみる。
おへそを出した服を着たことなんて一度もない。
例えへそ出しが流行だったとしても、やっぱり恥ずかしくてそんな服が着れるわけがない。
でも、この無人の車両の中で、私はへそ出しミニスカ姿で佇んでいる。
もしかしたら、憧れているのかもしれない。露出過多なファッションを自分でも身に纏うことを。
日頃は真面目そうな女だというイメージで見られている私だから、そんな服装はきっとできないから。
痩せっぽちのお腹を撫でてみる。剥き出しの太股を撫で回してみる。
……悪くはないよね。へそ出しの服でも、見栄えが悪くはないよね?
こんなに脚が出ちゃってるけど、そんなに悪くはないよね?
せっかく無人なんだから、このままこの車両をうろうろ歩いてみようかな……。
ああ、こんな私なんかが、へそ出しのミニスカ姿で歩いてるよ……!
そして、誰か(?)を誘惑するかのように、スカートを捲って、パンツを見せちゃったりして……。
うわ〜、私がこんなことを、こんなことをやっちゃってるなんて〜!!
まるで別人。メタモルフォーゼ。
おへそがスースーする。太股にひんやりとした車内の冷気を感じる……。
これが、肌を露出する感覚……。肌を剥き出しにさせている心細さが気持ちいい……!
「――N駅ぃ、N駅でございます。お降りの方はぁ、――」
そして空間は、元通りの電車の車両の中へと姿を取り戻した。――。
私は今日もまた塾帰りの電車に揺られていた。
今日は両隣の車両に、それぞれ一人ずつ人が乗っている。
どういうわけか、私が普段乗る真ん中の車両に他の誰かが乗ってくることはこれまで一度もなかった。
――もしも。
もしも今日、へそ出しなんかじゃなくて、確実に危険なところまで脱いでしまったら、
そしてもし、隣の車両に乗っている人が誰かこっちの車両にまで移動してきたら……。
えいっ!!
私はTシャツを脱いだ!
迷いを振りほどくように、勢いよく。
上半身は下着一枚だけ。もう、誰かに見られたらいけない格好になってしまっている。
そして……!
……え、ええいっっ!!
ブラジャーまで脱いでしまった……!
おっぱい丸出しだ!
慌てて両腕で隠す……いや、隠さない!
だって、誰も見ていないんだから!!
脱いだシャツを畳んで隣に置く。ブラを畳んで重ねる。
昨日と同じミニスカートを穿いただけの、上半身裸だ――。
慌てて両隣を覗き込む。見ていない。こっちに気付いていない。頭を垂れ目を瞑ってる。
脚を閉じ、掌を膝に置いて、背筋を伸ばして座る。
誰にも見られていない、私の冒険。私のどきどき……。
やってはいけないことをやっているという感覚が、私をたまらなくどきどきさせてくれる……!
スカートに手を差し入れ、指でなぞる。
ひゃうっ!
だめだ、気持ちいい……!パンツ、湿っちゃってる……!
こんなぞくぞくすること、今まで経験したことがない!
この心細さが……この解放感が……ああ、止められないくらいに気持ちいい!!
「――N駅ぃ、N駅でございます。お降りの方はぁ、――」
あ、お、降りなきゃ!
ち、ちょっと、私まだ裸だった!
わわっ、ブラつけなきゃ!ってか、間に合わないよ!
ぷしゅう。
あ、間に合わなかった。電車出発しちゃった……。
何やってんだろ私。
……何やってんだよ私!
何がどきどきだよ、何て恥ずかしいことを////
あんな、あんな恥ずかしいことを……!!
電車の中で、誰かに見られるかもしれないところで、は、は、……裸になるなんて!!
うわ〜バカバカバカ!勉強しすぎておかしくなっちゃったんだ私!
変態っ!私の変態!もうやだ……
私、おかしくなっちゃった……
N駅の一駅次の駅で降りて、また逆方向行きの電車に乗る。
何て間抜けなんだろう……寝過ごしたわけでもないのに。
服を脱いでいたから、降りるの忘れちゃったなんて。
ああもう私のバカ、消えちゃえばいいのに……。
逆のホームから乗り込む電車は都心方面なのでとても混んでいた。
満員の乗客にもみくちゃにされながら、私はさっきのことを忘れようとしていた。
今日は日曜日で塾は休み。私は頭を冷やした方が良い。
今日は大人しく、家で一日中勉強した。
明日からまた、塾通いの日々が始まる――。
また今日も、塾帰りの電車の2列シートに腰掛けている。
家の最寄り駅のN駅に着くまでに、ただでさえ少ない乗客はどんどん降りていく。
2輛目に一人で座っている私に気を留めずに、一人一人降りていく。
――やだなあ。お願いだから私の決心を挫いてよ……。
私の「こんなことをやってしまいたい」って気持ちは、止められないくらいに膨らんじゃってるんだから。
前の車両に2人、後ろの車両に1人。
乗客は十分に少なくなってしまった。
今日私、何着てるっけ?
ポロシャツとジーンズ。
私の「冒険」したい気持ちを抑え込むためにジーンズにしたのに、結局意味がなかったみたいだ。
あーあ……
かちゃっ
ジーンズからベルトを引き抜いた。そして、
すっ
両脚からジーンズを、引き抜いた。
引き抜いたジーンズを丁寧に折り畳み、私の隣に置いた。
ポロシャツと、下半身はパンツ一枚。
座席に腰掛けると、自分の股間が湿っているのが自分で分かってしまった。
ああ、座席汚しちゃったな……ごめんなさい。でも、
でも、この湿ったパンツ越しに、指で擦ってみたら、
ああだめっ!気持ちいいよぉ……!
どんどん出てくるのに、指の動きを抑えられない……!
指の動きを何とか止めて、とうとう、パンツに手をかけてしまう。
すうっ
湿ったパンツをジーンズの隣に置く。
これで……これで!とうとう、下半身は完全に裸だ!
ああ、私、とうとうやっちゃった……すごい、すごいよ!
「――M駅ぃ、M駅でございます。お降りの方はぁ、――」
前の車両の2人が、降りようとしている。
一応、私は窓側の席に移動。
もちろん2人は、私のことなど気に留めない。
私が今、こんなところで、こんな格好してるっていうのに。
ああ、もうほんと興奮してる……!
恥ずかしくて興奮してるってのもあるけど、こんな掟破りっていうか、
やっちゃいけないことをやっちゃいけない場所でやっちゃてるってことが、
この背徳感が、私を身震いさせる……!
前の車両の2人が降りて、ホームを歩いている。私の方向に歩いて来る。
と同時にドアが閉まり、電車が動き出した。
私は窓側の席で、下半身素っ裸のまま、全く隠さずに座っている。
2人からは見えない、とんでもない格好の私……。
電車は高速で、2人に近付く……下半身丸出しの私を2人の元に運ぶ……!!!
私のあれが、電車の壁越しに2人の顔の近くに!胸が、身体が、熱い!!
ああ、いやっ、――!!!
電車はホームを出て、次の駅に向かっていた。
何も変わらない。何も起こっていない。
まだ胸が高鳴っている。まだ身体が火照っている。
でも、安心してしまったせいで、冷や水でも浴びせられたみたいに急激に興奮が褪めてしまいそうだ。
まだ下半身丸出しなんだから、全然安心でも何でもないはずなのに。
どきどきしている私をよそに、電車は走り続ける。時間は流れている。
こんなにどきどきしている、どきどきしていたい私がいるってのに。
……脱いだパンツとジーンズを、鞄にしまい込んだ。
まるで自分で自分を追いつめるような行動。これでもう、慌てて元通りに服を着直すこともできない。
――コギト・エルゴ・スム。我思う、故に我在り。言ったのはデカルトだっけ?
ならば私は、興奮することで、ここに存在しているんだ!
……下半身裸で立ち上がり、鞄を手に持って、電車のドアの近くに移動。
車内の空気が私の股の下を撫でていく。
――だめっ、触らないで……!
車内の空気が意志を持っているみたい。いや、意志を持っていると思い込みたいんだ!
この非日常空間に私は、弄ばれていたいんだ。翻弄されていたいんだ。
いじわるな空気は、脚を動かして移動する私の股の間を、私の気持ちなどお構い無しにくすぐり続ける。
冷房の冷気に嬲られ続ける私の陰唇から、雫が一滴零れ落ちた。
……ドアの近くの臨時シートを下ろし、私の剥き出しのお尻で押さえつける。
固くて幾分座り心地の悪い臨時シートに、私のあれを押し付ける。
地肌に、特に敏感なあそこに感じるシートのチクチクした感触がまたくすぐったい。
そして、これでもし、この電車が止まったときにこのドア越しに誰かがいたなら、
私は、隠れることも隠すこともできずに、この格好のまま見つかってしまう!
――この車両内の空間を俯瞰で眺めている誰かの視点を想像する。
ほら、私はここにいるんだよ!この光景を俯瞰で見ている「誰かさん」!
私のこの行動が誰かに見つかっちゃうことだけは絶対にいけない。
でも、こんなにどきどきしている私のことを、「何か」に知っていてほしい。
それは、神様?(罰当たりそうだな……)或いは、どこかの哲学者(ヤスパースだっけ?)が言った、「超越者」?
何でもいい。こんなにどきどきしている、こんな恥ずかしい格好をしている、今の私を知って!!
前方向に徐々に重力が加わってきた。電車が減速を始めた。
前の車両からうっすらと駅のホームの明かり。ああ、そろそろB駅。電車が、止まる!
普段は誰も乗ってこないホームに、もしかして、今日に限って、誰かいたりするのかな?
お願い!どうか……どうか、誰もいませんように!見つかりませんように!
……電車が止まった。ドア越しに誰もいないことがすぐ確認できた。
私がほっとしたところで、ドアが開いた。
誰も乗ってこない。誰も降りない。この時間のB駅はいつもそうだ。
開いたドアが、温く湿った不快な外気を車内に送り込む。
じめじめした外気に、股間が晒される。
私の剥き出しのあそこは、今、電車の外の世界と繋がっている。
私は、広大な外の世界に、あそこを見せびらかしている……!
まだドアは開いている。
もし万一、駆け込みの乗客が乗り込んできたりしたら――。
お願い、こんな恥ずかしい姿を、どうか見つけないで!
その変わり、――私はシートに座ったまま、脚を大きく開いた。
私自身で濡れた襞が開いて、微かに淫蕩な音を立てた。
ほら、「広大な外の世界」さん、いかがですか……?
世界のほんの片隅で、取り返しのつかないことをしちゃってる私のこと、ちゃんと見てくれてますか……!
こんな大きなものに向かって、こんなにか弱くて心細い私を、無防備に曝け出しちゃっているのを……!
恥ずかしいのに……心細いのに……惨めなのに……!
でも、でも!どうして、どうして!?
襞から液体が溢れたのがわかった。湿っていくシートの感触が、お尻と太股にも伝わる。
今の私は、こんなに……こんなに気持ちよくなってるんだ!
ああ、シートがぐしょぐしょだ。公共施設なのに、不潔なもので汚してしまった。
ごめんなさい……私は悪い子です……。
ちゃんとお勉強して、先生やお父さんお母さんからも褒められている「いい子」の私が。
「七井さんは成績優秀で素晴らしい」とか「霧佳はこのまま勉強頑張れよ」とか言ってもらえてる、いい子の私が!
こんなに悪いことをしちゃってるんです。しかも、それが気持ちいいんです。
ごめんなさい。七井霧佳は、変態かもしれません。今の私は、こんなに気持ちいいんです!
ドアが閉まった。
電車がまた走り出した。
こんなに大変なことをしてしまった私など気にも掛けずに、同様に時が流れていく……。
こうなったら、行き着くところまで行ってしまいたい。
ポロシャツを勢い良く脱ぎ、もどかしさで縺れる指でブラのホックを外し。
ついでに靴下も、靴も脱いでしまい。
素っ裸。
電車の中で、私は素っ裸になっていた。
痩せっぽちな身体付きの割にはそれなりにある胸が、不安そうに揺れている。
胸の先っぽは冷房の空気を敏感に感じてさらに固くなり、上下に桃茶色の弧を描いた。
そして、脱いだ服をまた鞄にしまいこみ、
――意を決してその場に立ち上がり、
その鞄を、網棚に乗せた。
もうこれで、誰かが来たってすぐに服を着ることができない!
電車の中で、手荷物も何もない、完全に素っ裸になってしまった……!
胸が高鳴る。気分が高揚する!
拍動に身を任せて、車内を走り回ってしまいたい!
何なんだろう、この解放感……
国語の教科書で読んだ、中島敦の「山月記」の主人公の李徴。
この作品は、秀才ながら人とのそりが合わなかった主人公が下等な獣になってしまい、自身の運命を嘆くという自叙形式の物語だけど、
実はこの作品には主人公による獣への変身願望が隠れている筈だという読み方を先生から習った。
己を縛るしがらみを、何もかも解いた獣。
それが、今の私?
動物のように、乳房も、性器も肛門もめいっぱいに曝け出して。
いっそ叫びながら、走ってしまいたいのかもしれない。それは人間である以上、きっとできないこと――
あれっ、そう言えば。
後ろの車両にも、誰かいたよね?
さっき、網棚に鞄を乗せたときに、不用意に立ち上がっちゃったけど、一人お客さんが乗ってるよね!?
座席から立ち上がっちゃったら、見えちゃうに決まってるのに。
下半身はともかく、上半身も完全に裸なんだから……!
――まずいよ!
ばれちゃう!
もしばれたりしたら、あの人は私の方に近寄ってくるかもしれない!
もしかして、通報されちゃう!?或いは、犯されちゃう!?
でも、き、きっと、気付かなかったんだよね!?あの人、私の方には近寄ってこないから……。
走っていた電車は、また減速を始めた。
どうしよう……もしこの駅で、後ろの車両のあの人が降りたら……!
この駅、前方にしか改札がないから、絶対私の方に向かってくる。
私はこんなドアのすぐそばで、完全に全裸になってしまっている。
どうしよう……もう立ち上がって逃げることもできない、急いで網棚の鞄の服を取り出して着ることもできない!!
臨時シートに身を屈めて座っる。
もし万が一、ホームに人が待っていたりしたら――
ぷしゅう
幸い、ホームには誰も待っている乗り込み客はいなかった。
でも、かつんっかつんっと靴音が聞こえる。私の、後ろの方から。
降りた!さっき私の後ろの車両に乗っていたあの人が、降りた!
ピ、ピンチだ……!この場から離れることもできない!
できることは、身を小さくして、とにかく見つからないようにすることだけ……!
私はシートに腰掛けた状態で身体を通路側に向けた。
伸ばしていた脚を、臨時シートの上へ。
電車の壁に背中をもたれかけさせて、脚を通路の方向へ。
これで、後ろから近付いてくるあの人が、わざわざ車内を覗き込んだりしない限り、見つかることはない――。
反対側の窓の向こうに、逆側のホームが見える。やっぱり誰もいない。
あっち側のホームに向かって、私はあそこを晒している……。
こっそりと外に向かってあそこを晒している私の方に、靴音を大きくしながらさっきの人が近付いてくる!
もしも、もしも、本当にこれでこの人に、或いは他の誰かに、見つかっちゃったりしたら、
……私は終わってしまう!
お願い!見つかりませんように!
でも、この見つかるか見つからないか、境目のどきどきが――!
さっきから分泌を止めない襞。垂れた液がお尻を濡らす。
触ってもいないのに、快感と液体がどんどん溢れてくる……!
お願い、見つけないで!
こんな風に身を縮めて震える、見つかるかもしれない恐怖に怯える、
……それなのに、むしろそれだからこその快感に翻弄されて止められない、
あまつさえ、こんなところでひっそりと快感に耽ってしまっている、惨めな私の姿を!
お願いだから見つけないで!
でも、イヤらしい液体を分泌し続ける私のあそこはしっかりと、反対側のホームに晒されていて、
向こう側からならいくらでも覗くことができてしまって、
ああ、もうだめっ!
と、止まらないっ!いやぁっ!!
「くぅっ!!!」
頭が、白く。快感が理性を、私を、奥から全て押し流す――
電車は走り出していた。
あの人に見つかることはなかった。
オルガスムとテンションを越えて、カタルシスへ。
全身が安堵の快楽に包まれる。力が抜ける。
私、こんなところで、イっちゃった。触ってもないのに。
それも、多分今までで一番気持ち良く……。
あーあ、シートがびしょびしょだ……。
私以外は無人となった車内。
気付けばもう次は、降りないといけない駅だ。
まだ快感と解放の余韻に浸っていたい身体を起き上がらせ、網棚に手を伸ばし、鞄を手に取り、着ていた服を取り出す。
パンツ、穿けないな。
股間がびしょびしょで、とてもこのままパンツを穿くことができそうになかった。
そして、閃いた。この私の、最後の、悪ふざけ。
パンツで股間を拭き、そのまま通路に落とした。
ブラを付け、ノーパンのままジーンズを履き、最後にポロシャツを着た。
「トレース(痕跡)……」
このパンツは、このまま遺していく。
私が、この電車で、誰にも見つからないように露出行為を行ってしまったという、痕跡なのだから。
この電車を掃除する人は、どんなことを思うんだろう。
彼は、電車の中で女の子がパンツを脱いだことは間違いないと分かるだろう。
「見たかった」と悔しがるのかな?それとも、単なるごみとして鬱陶しく思って捨てちゃうのかな……。
それでも、今日の私の大冒険の痕跡が、ここに遺されていくんだ――。
股の間に少し違和感を感じながら、私は駅からの家路に着いた。
終わり