都会暮らしのエルフ。  
 舗装された道に高層化したビル。  
 放射熱のとんでもない暑さに頭がくらくら耳は先からじりじり。  
「先輩助けてっ!」  
 目を回しながら男の家に転がり込む。  
「何故家に来たし」  
「クーラーの利いた部屋にどうか私を!」  
「お前ん家クーラーないの?」  
「扇風機しかないですっ!」  
 熱射病になりかけた後輩エルフを、男は仕方なく部屋に入れて冷房を利かせる。  
 畳に潰れるようにうつ伏せになった姿は、なかなか面白い。  
 しかし冷えた麦茶が出されると、すぐさま飛びつく。  
「ごくごく」  
「休日の昼間に、世話焼かすエルフだな」  
「ぷはぁ…文明なんて滅びれば良いんです」  
「お前言ってることとやってること矛盾してるだろ」  
 
 部屋が18℃設定で急速に冷えてくると、エルフもやっと元気になる。  
 へたれていた耳がピン、と回復。  
「今回は助けてやったが、これからはウチを避暑地にしないように」  
「何でですか酷いです先輩」  
「あのなぁ、俺は別に善意を売り物にしたい訳でも何でもないんだぞ?」  
 むっ、と口を尖らせるエルフ。  
「クーラーは自分で買え」  
「会社と同じで複数人で一つのクーラーを使う方が無駄がないです」  
「それって何か、テレビを持っているお宅に近所の人が見に集まってくる昭和の流れか」  
「ダメですか?」  
「時代を考えろ。そもそも、そりゃ半分同棲だ」  
「ダメですか?」  
「何気なく同棲するつもりでいたのかよ。ダメダメ、何でそんなこと――」  
「先輩しか頼れる人いないのに」  
 ただでさえ容姿に優れた女エルフに、そんなことを言われる人。  
 男は、大人しく森に帰れよ、とも突き放せない。  
 
「てか、お前エルフだし冷気魔法なら使えたろ」  
「無茶言わないでください。こんな真夏じゃ効果半減ですし、冷気なんてすぐ飲まれて周りがべたべたになります」  
 ついでに言えば、暑さで参ってMP切れである。  
「素直にクーラー買えよ」  
 話が戻る。  
「…先輩、私がそんなに嫌いですか?」  
「そういう問題じゃない。それは卑怯だ」  
「例えばプールや、森へドライブに誘いたいって思うとして…」  
「お前車の免許持ってないだろ」  
「……」  
 しょげる。  
「ったく」  
「…私は何にも持ってないから、迷惑ですよね。ごめんなさい」  
「強いて言えば可愛くて、擦れてないところだな」  
「えっ」  
「何にも持ってないって訳じゃない。ただお前は安易に懐きすぎだ」  
 
「ずいぶん楽になりました」  
「そうかそれは良かったな。何だかんだでお前の面倒を見ながらもう夕方だ」  
「このまま住み着いちゃっても良いですか」  
「クーラーくらいは一緒に買いに行ってやるから、自重しろ」  
「本当ですか! じゃあ取り付け完了するまではこっちにお世話になります」  
「そうくるか」  
 男の良心に全力で甘える準備万端のエルフ。  
 それがとてもすごく嬉しそうで、妙に調子を狂わせる。  
「お前、言っとくが男の家に上がり込むっての、当たり前になるなよ」  
「先輩の家だけにします」  
「そういう意味じゃなくてだな」  
「じゃあ、どういう意味ですか?」  
「……もう良いよ」  
 
 本日の夕食は冷蔵庫の余り物を集めたぶっかけうどん。  
「ごちそうさまでした」  
「お前の図々しさには参るよ」  
 と言いつつ食事まで出してくれる男に、エルフはすっかり上機嫌。  
「えへへ…でも、ありがとうございます。先輩のそういう優しいところ、好きです」  
「そいつはどうも」  
「先輩みたいな人と、一緒に暮らせたら良いのになぁ」  
「自立しなさい」  
「大丈夫です。私だって料理くらい作れますよ? そうだ、今後ご馳走しますから遊びに来てください」  
「まぁ、それくらいなら喜んで」  
「やったぁ! じゃあ約束ですよ?」  
 そんな調子の相手に、男は苦笑いを浮かべる。  
 
「で、いつお帰りに?」  
「明日遅刻はしませんから、もう少しだけ、ここで涼んでいたいです。あ、お茶ください」  
「調子に乗るな。ったく、はいはいお茶ですね」  
 男がお茶を入れてくると、エルフは嬉しそうにそれを飲んだ。  
「お前、こんな部屋でぼーっとして、暇じゃないのか」  
「エルフの寿命はとても長いですから、これくらい何ともないですよ」  
「言いやがる」  
「そうだ、隣に良いですか?」  
 そう言うと、寄って来るエルフ。  
「…?」  
 そして男の二の腕に寄りかかって、気持ち良さそうに息を吐く。  
「お前っ、いいかげんにしろよ」  
「ふあああ……先輩…うーん」  
「…やりたい放題だな」  
 
 エルフは男の左手を、包むように握ってきた。  
 硬い感触。  
「これ、私の感情石です。とても良いことがあった一日の最後に、稀に生成します」  
「感情石?」  
「せめてもの、今日のお礼に……先輩、ありがとう…ございました」  
「おい、ちょっと?」  
「……ZZZ」  
 力が抜けたかと思うと、エルフはそのまま寝入ってしまった。  
「はぁ……石、ね」  
 掌に込められた石は、ひんやりとしていながら何となく温かで、落ち着く感触。  
 見ると、短い鉛筆程の六角柱でエメラルドのような色をした、綺麗な宝石だった。  
「……」  
 男は何も言わずエルフを抱き上げ、布団に横たえる。  
 そして緩んだ手の中に石を握らせると、冷房の温度を和らげてから、静かに部屋を後に。  
 その愛らしい寝顔を思いながら、お茶を沸かし足す男の顔は、自然と綻んでいた。  
 
 
おわり  
 

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