こんな夢を見た。  
自分は薄暗い洞窟の中を光を求めて歩いていく。  
洞窟の奥の方からは光が溢れていて、洞窟を抜けると開けた場所に出た。  
見上げるほど大きな氷のようなものがあり、自分はそれに触れた。  
冷たくはなく氷ではないことが知れた。  
透明なものの塊。  
その中心には白骨となった人間と年老いた男が恨めしい顔で自分を見下ろしていた。  
「あなたはあの中に何を見る?」  
自分の横にはいつの間にか女が立っていた。  
髪も瞳も銀色の、よく言えば神秘的な、悪く言えばひどく現実感のない女だ。  
自分は自分に見えているものを答えた。  
女は寂しそうに笑い、この国の伝説を知っているかと自分に尋ねた。  
どこの国にもあるありふれた伝説が自分の国にもあった。  
勇者一行が魔王を倒すというもの。  
女が言うには、あの白骨化した人間はかつての勇者で、老人の方は封印された魔王だそうだ。  
「魔王といってもあれはかつての私利私欲に走った魔法使いの成れの果てですが。  
 世界の魔力を我が物にするために、自分の姿が相手の愛しい者の姿に見えるように魔法をかけた。  
 だから封印された今でも、あれを見た者の目には自分の愛しい者の姿として見えるのです」  
自分は彼女の目にはあれは何に見えているのか尋ねた。  
「あなたによく似た男」  
彼女はあれを見上げる。  
彼女の銀色の瞳から一筋の涙が流れた。  
 
彼女はエリスと名乗った。  
エリスはある男の伝説の話、彼女が永遠の世界に至るまでの話を自分に語り聞かせた。  
「勇者様、どうか永遠の世界から私とあの人を解放してください」  
伝説、解放、なんと響きのいい言葉であろうか。  
つまり彼女は自分に彼女ともう一人を殺す殺人者になれと言っているのだ。  
しかし――伝説となり、その名を語り継がれる者というのは総じて殺人を行ってきている。  
人を殺して勇者になるか、人を殺さず凡人となるか。  
自分は悩みながらあれを見上げた。  
あれはもう老いた男などではなく、エリスの姿に変わっていた。  
自分は、殺人者になることを決めた。  
 
 
「お互い一人前になったら一緒に冒険をしよう」  
幼馴染のジャンと約束を交わし、私は村を出た。  
ジャンは勇者見習い、私は魔法使い見習い。  
いつか二人揃って伝説になろうというのが私達の夢だ。  
私は一人前の魔法使いとなるために、東の森を目指した。  
噂に寄るとその森には伝説の魔法使いの血を引く賢者がいるらしい。  
その人に弟子入りするために東の森に入る。  
東の森は魔力に満ち溢れ、賢者がいるらしき場所にはなかなかたどり着かず、十日間森を放浪した。  
そして遂に森の中に家を見つけ、飛びつくようにドアをノックすると、中から若い男性が顔を出した。  
髪も瞳も銀色の、よく言えば神秘的な、悪く言えばひどく現実感のない、極端に色の少ない男の人。  
東の賢者に弟子入りに来たというと、東の賢者である彼の祖父は西の国に出かけているとのことだった。  
がっくりと項垂れる私に彼は自分が魔法を教えてやろうかと申し出てくれた。  
半人前の私にも一目見ただけで彼が強大な魔力を有していることは感じ取れた。  
東の賢者がいつ帰ってくるかはわからない。  
他に弟子入りしたい魔法使いがいるわけでもなし。  
私は彼の申し入れをありがたく受け入れた。  
 
「先生。薬売ってきましたよ」  
「いくらになった?」  
金貨の入った袋をテーブルの上に置くと、重い音を立てる。  
「先生がたった三秒で作った薬一つが金貨三枚。なんてあくどい商売!」  
「需要が高いから値段がつり上がる。別に俺は悪いことはしてないよ。  
 それに……魔法使いなんて昔から私利私欲に走るって決まってるんだ」  
私の先生となった人は現実感のない容姿をしているくせに、中身はひどく現実的な人だった。  
東の賢者譲りなのか魔法の知識も豊富で、習うべきことはまだまだたくさんあるけれど、  
彼の金に汚いところや、大人のくせに少年のようなところ、世間を馬鹿にしているところは  
絶対にマネしたくないと思っている。  
「でも伝説になった人達は違うでしょう?  
 私はエルネストとラファエル、アルノーみたいになりたい」  
伝説として後世まで名を残す人達。  
きっと正義感に溢れた若者だったのだろう。  
「おい。一人大事なのが抜けてるぞ」  
伝説の4人の一人を抜かしたのは態とだ。  
先生も知ってるだろうからあえて言わなくてもいいと思ったのに、意外ときっちりしている。  
それとも――。  
「別に忘れていたわけではありませんよ。尊敬しているから、あまり軽率に名前を呼びたくないだけです」  
最後の一人は四人の中で最も魔力の強い魔法使いだった。  
エルネストが魔王を押さえつけている間に、彼がラファエルとアルノーと協力して魔王をエルネストごと封印したらしい。  
「先生。東の賢者が……その人の子孫だという噂は本当ですか?」  
私はその噂を聞きつけて、東の賢者に弟子入りしようと決めたのだ。  
東の賢者に弟子入りはできなかったけど、その孫である先生の弟子にはなれた。  
先生は何か考えるように煙草をくゆらせ、煙草の火を消し、立ち上がった。  
「伝説に会わせてやろう」  
そういって家のドアを開けた先生の後を追いかけた。  
 
森の奥深く、洞窟の中へと先生は入っていく。  
洞窟の中は魔力が強すぎて、強い魔物が出てきそうだったけど、今は先生がいるので心のどこかで安心していた。  
長い洞窟を抜けて光の溢れる広い場所に出た。  
見上げるほど大きな氷のような塊がそこにはあった。  
その中には人間の形をした骨がそのまま一体と――。  
「……ジャン!?」  
ジャンが私を見下ろしていた。  
私は透明な塊に駆け寄り、塊を叩いた。  
それは冷たくはなく、無機質で硬かった。  
「先生、どうして私の幼馴染があんなところに?」  
先生は動じた様子もなく、目を細めて、ジャンを見上げた。  
「あれはお前の幼馴染ではなく、伝説でいう『魔王』だ」  
そして先生は「あれはエルネスト」と白骨を指差す。  
「封印したはいいけど、あの『魔王』は自分の姿が見る人間の愛しい者に見えるように魔法をかけ、  
 今でもあそこから出ようと人間を誘惑し続けている。  
 封印後の約千年間、歴代の優秀な魔法使いがさらに封印を強化してくれて、出られるわけがない。  
 だが……あれに魅了されて、ここで餓死する人間も現れてな。  
 俺はあいつに魅了される人間や魔法使いが出ないように見張ってる」  
再びあれを見上げる。  
今度はにこやかに私に笑いかけてくる。ジャンの姿をして。  
どきりとして目を逸らした。  
「確かに……あれは良くないですね」  
あまり見続けると、何度もここに足を運んで、最後には出られなくなるような不気味な魅力をあれは持っている。  
先生は口の端だけで笑った。  
「確かに良くないな」  
私の顔をみつめて、先生もあれを見上げる。また私を見る。  
「先生もあれが先生のいい人に見えているんでしょう?あまりその人と比べられても傷つくんですけど……」  
先生の武勇伝は何度も聞かされ、その中には何人もの美女が出てくる。  
先生の知っている美女に敵うはずはないってわかってるけど、  
一応は男性の先生にあからさまに比べられたらあまりいい気はしない。  
「ああ、別にそうゆうことじゃなくてだな……」  
先生は珍しく歯切れが悪かった。  
誤魔化すように私の頭を撫でる。  
「俺もまだわからないことがあって。おいおいわかるんだろうけど。  
 まあ、いい。出よう。出られなくなるぞ」  
洞窟の外に向けて歩いていく先生の後を追いかける。  
最後にもう一度だけあれを振り返ってみたかったけれど、  
そう思っている自分が怖くなって結局振り向かなかった。  
 
「先生。うちの母が娘をよろしくお願いしますって夢の中で言ってましたよ」  
ある日、私が夢の中で母に会ったことを話すと、先生は目を丸くしていた。  
困ったような先生の顔を見て、そういえばこのことを話すのを忘れていたことを思い出す。  
「ただ普通の夢を見たってわけじゃないんです。  
 私は先天的に夢を渡れる力があって、夢の中の母は現実の母と同じなんです」  
魔法使いの大部分は後天的に魔法を身につけるけれど、ごく稀に先天的に力を持って生まれてくる魔法使いがいる。  
私は先天的に他人の夢を渡れるという力を持っていた。  
先生はしばらく黙り込んでいて、漸く「……そういうことか」と呟いた。  
「先生?私の力そんなにおかしかったですか?」  
先生は小さく首を横に振る。  
「それは未来や……過去なんかにも渡れるのか?」  
やはり先生は疑問に思うところが人とは違うなと思う。  
「未来は無理ですけど、過去を覗くことはできますよ。  
 知られたくないことを夢に見る人も多いので、あまり過去の夢には行きませんけど」  
夢を渡れるといっても、極々身近な人――両親やジャンの夢にしか入ったことがない。  
先生も身近な人だけれど、先生のことは尊敬しているので、入ろうとは思わない。  
先生にも夢を渡るなと言われてしまったので、それからは夢を渡ることはやめた。  
 
 
538 名前:永遠の世界 5/11 投稿日:2010/07/14(水) 01:23:58 ID:q/WiXTEK 
先生に弟子入りしてから四年の月日が経っていた。  
私も17歳になった。  
このところ森で魔物に襲われることが多い。  
真面目に先生の下で学び、魔法の知識も増え、魔力の使い方にも慣れ、  
大抵の魔物は倒せるようになったけれど、あまりに数が多いときはさすがに身の危険を感じる。  
そんなある日、生活のために魔法薬を街に売りに行き、森を歩いているとに蔓に足を取られその場で転んだ。  
と思うと、引っ張られて、ずるずると全身を引きずられる。  
「あ……やだぁ!」  
火で蔓を焼ききろうと、火の呪文を唱えても、魔法は弾かれた。  
属性が悪かったのかと、さらに別の属性の魔法を続けてかけても、どれも弾かれて、茂みの中へと引きずり込まれた。  
「どうして魔法が効かないの!?」  
茂みの中には真ん中に毒々しい色をした花が蔓を触手のように蠢かせていた。  
食肉花かと身を硬くしていると、いつまで経っても攻撃はしてこず、滑らかな蔓がするすると服の裾から入ってくる。  
蔓が太ももやわき腹を撫でていく。  
くすぐったくて身を捩ると、また何本もの蔓が伸びてきて、器用にも私の服を脱がせていく。  
私は命とは別の危機感を抱いた。  
「あっ!やだっ……やっ……ジャンじゃなきゃダメなの!助けっ、助けて!」  
下着まで剥ぎ取られて、蔓が乳房に伸びて、先端を微弱な力で刺激する。  
別のところでは蔓が優しくお尻を撫で上げていく。  
愛撫、というものなのだろう。  
まだ処女なのに、こんな植物に全裸にされて、全身を撫でられて、  
いやらしくも感じてしまいそうになる自分が悔しくて目に涙が溢れる。  
何度も魔法で反撃しようとするけれど、全く魔法が効かずに、愛撫はどんどんと過激になっていく。  
「そこっ、抓っちゃやあっ……!」  
何本もの蔓が乳房に絡みつき、ピンと勃った乳首を強い力で抓り上げる。  
痛いのに、でも我慢できないほど痛いってわけじゃなくて、そんなことをされているのがたまらなく恥ずかしい。  
下の方では自分でも触ったことがないような箇所が熱心に刺激される度に下半身が震えた。  
月のものでもないかぎり、普段は意識しない場所からはおもらしをしたみたいに、何か液が溢れ出てきていて、  
そこに蔓が浅く侵入して、吸い上げているようだった。  
中に入った蔓が微弱に動き、液を吸い上げる刺激に、耐えられずに声が溢れ出る。  
「だめぇ……そこは赤ちゃんを、産む、大切なとこ、だからっ、入ってきちゃっあんっあっ、らめぇ……」  
人間の言葉が通じるような相手ではなく、溢れ出る液を吸い上げながら、まだ私に液を出させようと、  
背筋や、脇、鎖骨など至る場所を蔓が愛撫していく。  
反撃はできないし、どんどん力は抜けていって、それでいて、どうしようもなく体の熱は高まっていく。  
 
気持ちよくて頭が真っ白になりそうになったところに頭上から声が降ってきた。  
「あー……、やられてるだろうと思った」  
「んっ……せんせぇ」  
呆然と佇む先生。  
助けに来てくれたのかと思って嬉しい反面、  
こんな姿を先生に見られて恥ずかしいという気持ちで、素直に助けを求めることができない。  
「まほっが、んんっ……効かないんれすっ」  
先生は躊躇なく近くの蔓を手にとって、蔓の表面を観察しているようだ。  
「随分とこいつは女の気を吸ってみたいだ。女のお前の攻撃が効かないのも仕方がないな」  
蔓に興味を失ったのか、先生は蔓を地面にぺっと放ると、どさりとその場に胡坐をかく。  
全く助けてくれる様子がない先生にたまらず「せんせぇ」と甘えた声を出してしまう。  
先生の視線は蔓に揉みしだかれる胸へと注がれている。  
「俺も先生である前に男だから。若い娘が全裸で身悶える姿は見ていて楽しい」  
「そんなぁ」  
「魔物は乙女が好きだからなぁ。ああ、処女って意味のな。  
 最近お前がよく魔物に襲われてたのは、魔物からしてお前が処女の匂いをぷんぷんにさせてたからだろうな。  
 大丈夫。愛液舐められたり、ちょっと魔力吸われたりするかもしれないが、殺されはしないさ」  
何も大丈夫なことなんてない。  
「こんなの嫌っ、嫌です!」  
「処女である以上無理だ。諦めろ」  
冷たく切り捨てられる。  
処女だからこんな理不尽なことをされるなんてひどい。  
中からとろりと溢れた液を蔓がやらしい音を立てて吸い上げる。  
「もう吸わないでぇ!せんせぇ、たすけてください……」  
このままだと全部吸いつくされてしまいそうだという不安に駆られる。  
もう恥ずかしいと思っている場合ではなかった。  
先生は立ち上がったけれど、まだ呪文を唱える気はないようで、腕を組んで私を見下ろしている。  
そこには普段の見守ってくれるような温かみはなく、もっと別の感情を孕んでいるようだった。  
「助けてもいいけど、一時的に助かっても、今後も魔物に襲われることになるぞ。  
 俺も毎回お前を助ける七面倒臭いことはしたくないから、処女は俺がもらうことになるけどいいのか?」  
「それは……」  
私はジャンのことが好きなのに――。  
こんな私の力不足のために、尊敬する先生とはいえ、別の男性に処女を渡してしまっていいものなのだろうか。  
 
悩んでいる間にも蔓の愛撫は続き、今度は後ろの穴を蔓が撫でていく。  
背筋にぞくぞくと嫌悪感がこみ上げる。  
「やだっ!先生、助けてください!」  
叫ぶと、次の瞬間魔物の中心部の花が弾け飛んでいた。  
蔓はびくびくと震え、力を失い、私の体から解け落ちる。  
腕や足に絡んでいた蔓を取り払いながら、体を上げようとすると同時に、先生に押し倒された。  
「じゃあ遠慮なくもらってくぞ」  
さっきの『助けてください』は、『処女あげます』という意味でいったわけじゃなかったのに。  
新たな恐怖に、たまらず先生の肩を押す。  
「先生。ごめんなさい、やっぱり私……」  
「魔法使いが契約違反はいけないな」  
先生の手が割れ目に伸びる。  
すでに愛液の溢れるそこはすんなりと先生の指を受け入れた。  
蔓よりも深いところまで指が入ってきて、奥を掻き混ぜていく。  
「充分潤ってる。もう突っ込むからな」  
足を抱えあげられる。  
抵抗する間もないままに、熱があてがわれて、貫かれる。  
処女膜を突き破られた痛みで先生の腕に爪をたてた。  
ゆっくりと腰を動かされ、目を閉じて痛みに耐える。  
そうしていると、先生に唇を奪われて、舌を絡め取られる。  
段々と痛みの中にも、他の感覚も芽生えてきて、舌を絡めあったまま熱い息を吐く。  
先生が唇を離す。  
腰の動きが激しくなり、全身が揺さぶられる。  
「あんっあっああっ!せんせぇ……」  
「ん……いいぞ」  
先生に突き上げられるたびに目の前がちかちかした。  
「あっ、はあぁっ……あんっあっ、ふぁっ……」  
「体位変えるぞ」  
体をひっくり返されて、腰を高く上げさせられて、先生に後ろから貫かれた。  
「先生っ、こんなの……んんっ、恥ずかしっ、はぁっ」  
「魔物と交わって乱れてる方がもっと恥ずかしい」  
森の中に嬌声と二つの乱れた息が響き、吸い込まれていく。  
長いこと森の中で先生と私は絡みあった。  
お互いに愛し合っているわけでもないのに――。  
 
それから魔物に襲われることはなくなったけど、一度体を許してしまったせいか、  
先生にベッドに引っぱり込まれるようになった。  
先生のことは嫌いじゃなかったけど、他に好きな人がいるのに別の男性に体を許している自分が許せなくて嫌になった。  
早く一人前になって、ジャンと冒険に出たいという想いが募り、一度ジャンに会いに行くことに決めた。  
「先生、明日ジャンに会いに行こうと思います」  
先生に許可を取ると、先生はあっさりと許可をくれて、「会いに行くのなら早く寝ないとな」と言ってくれた。  
私が早くにベッドに入ると、先生が何故かベッドの横に椅子を持ってきて座った。  
男と女の関係になってしまったからか、先生が私を見つめる目が優しくなった気がする。  
私の寝顔を見ようというのか、優しい眼差しで私を見下ろしている。  
複雑な気持ちだ。  
気まずくなって雰囲気を変えようと私は以前から疑問に思っていたことを思い切って訊いてみた。  
「先生。先生のお名前は何というのですか?」  
先生はすぐには答えずに、私の頭をよしよしと撫でた。  
その時洞窟に行った時のことを思い出した。  
先生に頭を撫でられるのはあの時以来、二度目だ。  
「知りたかったら俺の夢に入ればいい」  
「先生の夢に?……入りたくありません」  
「今はそうかもしれないが、いつか入りたくなるさ。俺の夢は人よりもずっと長いと思うぞ」  
長い夢――その意味はよくわからなかった。  
先生、昔は夢を渡ってはいけないと言ったのにどうして。  
考えているうちに、眠気が襲ってきて、瞼が重くなっていく。  
何かが唇に触れた気がしたけど、それが何かを考える前に、私の意識は眠りの世界に落ちた。  
 
翌日朝陽と共に起床して、部屋の窓を開けると、空は快晴でお出かけ日和だった。  
朝食を作るために台所に立つと、すぐに先生も起きて来た。  
ドアを開けたままそこに立ちすくむ先生を見て、  
不思議に思いながら「おはようございます」と声をかけると、  
朝が苦手な先生には珍しく笑顔を返してきた。  
いつも通りに簡単な朝食を先生と済ませて、家を出た。  
森を突っ切り、森の魔力が届かない場所に出ると、移動の呪文を唱え、自分の生まれ育った村に降りた。  
自分の村を目の当たりにした瞬間――私は悲鳴を上げていた。  
 
すぐに先生と暮らす家に戻ると、先生は家にはいなくて、テーブルの上にメモが置かれていた。  
 
『あれの前で待つ』  
 
走って洞窟へと向かった。  
あれの前につくと、先生は例の無機質な塊に手をあてて、あれを見上げていた。  
混乱している私には先生のことを気にしている余裕はなかった。  
「先生!おかしいんです!すべてがおかしいんです!  
 ジャンが死んじゃってて、私の両親も死んじゃっていて、ジャンの孫だって名乗る人がいて。  
 ああ……先生!私たった一晩眠っていただけなのに、でも、あの村は――六十年経っていたんです!」  
街並みもそこに暮らす人々もすべてが変わっていた。  
墓地には両親や、兄弟、友達、そしてジャンの名前が刻まれていた。  
私は誰かの悪夢に入り込んだまま出られていないのではないか。  
そう思って拳を強く握り締めても、掌に爪が食い込んで痛かった。  
これは――どうしようもない現実なのだ。  
 
先生は振り向きざまに口角を上げた。  
「何もおかしくない。お前が眠ってから、本当に世界は六十年経ったのだから」  
頭が真っ白になった。  
全身が震えだす。  
「ど……して……」  
どうして私は六十年眠り続け生きていられるのだろうか。  
どうして先生は六十年生き続け、全く姿形が変わっていないのだろうか。  
どうして先生は今の状態で笑っていられるのだろうか。  
私のいくつもの疑問に先生は一言で答えた。  
「俺が時を止めたからだ」  
 
「俺は先天的に対象の時を操る力がある。  
 お前には眠った状態で肉体年齢を止めるようにさせてもらったよ」  
その場に膝をつく私の頭上から先生の声が次々と降って来る。  
「俺の姿形が変わらないのも自分の肉体年齢を止めたからだ」  
頭の中で話の処理が追いつかない。  
「お前にかけた魔法の仕上げが済んでいなかった」  
先生が私の顔の前で手をかざす。  
何も起こらなかった。  
他のところに変化が起こったのか確認しようと下を向くと、さらりと自分の髪が流れた。  
その髪の色が、茶色から、銀へと変わっていた。  
「嘘……」  
「肉体の時を完全に止めると、そうゆう色になる。俺も元々は髪も瞳も真っ黒なんだがな」  
何の意味があって先生はこんなことを。  
見上げた先生の顔はそれはそれは幸せそうで、微笑を浮かべて私に手を差し出す。  
「エリス。永遠の世界へようこそ」  
先生の向こうで、ジャンの姿をしたあれが私たちを見下ろして、嘲笑っていた。  
 
「エルネスト。変な夢を見たんだ」  
言うと、エルネストは眉を上げた。  
「お前が夢の話をするなんて珍しいな。どんな夢だったんだ?ジル」  
俺は昨夜見た夢をそのままエルネストに話した。  
時を止めた俺達と同じ髪と瞳の色をした女が、俺の前に立ち、俺の名前を尋ねてくる。  
俺の名前を聞くとただ静かに涙を流すという何てことはない夢。  
何てことはないのだが、その夢に微かに魔力を感じ、どうしてだか気になった。  
エルネストはにんまり笑って、俺の肩を抱く。  
「むっさいおっさんが出てくるよりいいじゃないか。それでいい女だったか?胸は大きかった?」  
「顔はそうだな、美女とまではいかないが、俺好みだった。胸は詳しくは覚えてない」  
そこが大事だろうに、とエルネストは声を上げて笑いながら、魔物に刺さった剣を抜き取った。  
「そういえば、この前嫁さんのところに帰ると、俺の息子が俺より歳食っててショックだったなー」  
「もう三十年になるからな」  
自分達が『魔王』を討つ為には、それぞれ剣や魔法を極める時間が必要だった。  
だから俺は自分と仲間三人の肉体の年齢を止めた。  
時は暗黒時代。  
私利私欲に走った魔法使い――通称『魔王』派閥と、人間との戦いが国中で起こっている。  
俺達四人は剣士、魔法使い、召喚術士、騎士と、それぞれ魔力を持っていて、  
どちらの派閥にもつけたが、俺達は人間側についた。  
というのも、明らかに普通の人間側の数の方が多く、一時的に『魔王』勢が王族を虐殺し、  
国の中枢を掌握したとしても、何百年、何千年という未来を見据えたら、  
確実に生き残るのは、絶対的に数が少ない魔力を持つ者ではなく、人間だと見たからだ。  
俺達はこの三十年『魔王』陣営との実践込みで剣や魔法を極めたつもりだ。  
俺達より二十歳ほど年上でしかなかった『魔王』はすでに七十歳を超えていて、  
魔力こそは高いが、魔力に肉体がついていかないほど老いている。  
俺達はこれも狙っていた。  
確実に後世に名を残すため、負ける戦をする気はなかった。  
英雄になろうとしている俺達は三十年前から欲に目が眩んだ愚かな若者でしかない。  
「なあ、こんな作戦はどうだ?  
 俺があいつを抑えている間に、俺ごとお前らが封印する。  
 で、お前らは生きる英雄として、俺を崇める伝説を語り継ぐ、っと」  
中でもエルネストは英雄になるためには自分の命さえどうでもいいという大馬鹿者だった。  
「そうなるとお前は死ぬぞ?」  
「死んだ英雄の方が格好良いだろう?  
 お前はあいつを封印し続けるためにずっとこの世に残るんだよな。  
 自分の時を止める前に子どもも作らなかったし。  
 賢いよ、お前は。自分の子孫が自分以上に優秀だとは限らないもんな」  
エルネストは肉体年齢を止めると性交はできても子どもができないと聞き、肉体年齢を止める前に  
せっせと子作りに励み、何人か子どもを作ったが、どの子もエルネストを超えるほど優秀ではなかった。  
俺の先天的な力は先祖の誰も持っていないもので、それが自分の子どもに受け継がれるとは思えず、  
エルネストのように子どもを作らなかった。  
だから封印に成功したら、自分が責任を持ってこの世に残り、封印の強化と見張りをするつもりだ。  
欲に目が眩んでいるからといっても、封印する以上は、それを封印し続ける正義感は一応全員持ち合わせていた。  
エルネストは口笛を吹きながら、何が楽しいのか、ふふっと笑った。  
「永遠の世界だな」  
年を取らない、病気にならない、何も変わらない、永遠の時が続く世界に俺は生き続ける。  
さも素晴らしいもののように語るくせにエルネストは真っ先に永遠の世界を拒否した。  
 
それはあいつを封印する時になっても変わらなかった。  
洞窟の中にあいつを誘い込み、自分達は岩場の上からあいつが開けた場所に出てくるのを待った。  
洞窟から出てきたあいつを見て驚いた。  
以前は老人姿にしか見えなかったはずなのに、その時には何度も夢の中で会った女に見えた。  
「あー、ヤバイ。あいつが若いときの嫁に見える」  
エルネストはヤバイヤバイと言いながら、血走った目で燃え盛る剣を握り締めていた。  
「ありがたいねー。俺達のために敵になってくれて。  
 やっぱりさ、英雄になるためには、それ相応の敵が必要だよな」  
「今からやることは四人がかりでの老人リンチだがな」  
夢の女が俺を見た。  
「気づかれたぞ」  
エルネストが立ち上がる。  
「さて、伝説の始まりだ。  
 俺があいつを抑えるから、お前ら後は頼んだぞ。あいつを抑えた英雄は俺だってことはちゃんとみんなに伝えろよ?」  
岩場からエルネストが飛び降りる。  
死に向かって落ちていく親友を見下ろしながら、ふと自分は死にゆく者のことをどこかで羨ましいと思っていることに、気づいた。  
 
 

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