体は老いても心は若く。  
美貌の秘訣について、彼女はインタビューでそう答えた。  
彼女は稀代の美女であったが、今年還暦を迎え、そろそろその美貌にも陰りが見え始めていた。  
彼女が私の元に訪れたのも、本人が自覚していたからに違いない。  
自分の老いと美貌の喪失に。  
 
わたしはそんな彼女の熱烈なファンであった。  
だから、彼女の来訪を心待ちにしていた事をけして否定しない。  
 
「24歳の若さに戻していただけないかしら」  
彼女は事務所に訪れて早々、そういった。  
革張りのソファーに腰を下ろし、凛とした張りのある声で彼女は  
なぜ若さを求めているのか、その事情を説明した。  
 
 わたしは彼女の対面に座っていたが、顔を見ることはできなかった。  
 極度に緊張していたせいで、ろくに話も聞いてはいなかった。  
 仕事柄、来客者の顔を見ることは義務同然だ。  
以前はこういった私の悪癖を注意してくれる者もいたが、  
 年を老い、この事務所で生きているのは私だけになった。  
 身も心も年老いたわたしには、彼女の姿はまぶしすぎた。  
「あなたは、今のままでも十分美しい。それでもその年齢まで若返ろうとお考えなのですか?」  
「ええ、それが私の人生でもっとも美しかった時期なのですから」  
 彼女は陰りのない笑みを浮かべた。  
 その笑みには、彼女の培ってきたすべてが内包されていた。  
 わたしは彼女の刻んだ年輪を失うことをひどく寂しく思う。  
 それでも、彼女の望みをかなえられる。  
 きっとそれは、私の人生に訪れた喜びの高みに違いない。  
 彼女の望みは「ただあのころの若さを手に入れること」  
 その望みは、わたしの書く契約書に彼女の名前と拇印を添えるだけでいい。  
 それだけで契約は完了する。  
 
 ほとんど手筈どおりに彼女の願いは契約書に刻まれた。  
 彼女は稀代の美女である。しかし彼女の顔は、どこか時代がかったものである。  
 きっとこの顔は、現代の男たちに好まれたりはしない。  
 けれど、この事務所で長く仕事をしてるわたしにとって、  
 相変わらず彼女が稀代の美女であることに代わりはない。  
 「あなたが望むのなら、私はあなたの生活を保障します。」  
 「もちろん、わたしの個人的な条件を飲んでいただくことになるかとは思いますが」  
 彼女は邪な私の感情に気づいただろうか。  
 いや、もちろん気づいたに違いない。  
 彼女の笑みは、わたしの胸の奥に隠した密かな邪気よりも  
 ずっと若々しい悪意に満ちていた。  
 
 
 彼女は即日入所することとなった。  
 もしクランケが彼女でなかったならば、わたしは普段の方法を課しただろう。  
 若返るには人間の命を奪うこと。それに尽きる。  
 ブラインド越しの黄昏が、シーツから日向の匂いをうばっていく頃合に  
 女性たちはこぞって外に飛び出し、子供や若者をさらってきた。  
 財に物をいわせて、女たちは若者を集める事もあったが、  
 実はもっと簡単に若返る方法がある。  
 不死となったわたしの細胞を共有することだ。  
   
 「服を脱いでいただけますか」  
 私の言葉に彼女はうなづいた。  
 体を包むクレリックシャツのボタンを一つずつはずしていくと、  
 光沢のあるサテンの肌があった。  
 深みのある浅黒い肌と、艶のあるほのかな光沢。  
 それでも加齢によって衰えた肌はみずみずしさを失っていた。  
 かつては上質なサテンの肌触りだっただろうこの肌も  
 いまやある種、砂漠めいた疲労が見られた。   
 わたしは肌に触れた。  
 「すこし冷たいですね」  
 彼女は笑った。  
 私ははにかみながら、乳房を楽しんだ。  
 まるで湿った綿菓子のように肌に吸い付く。  
 その小ぶりな乳房は、包容力にみちた母性と期限切れの綿菓子の甘さを持っていた。  
 指と指の間から、世界でもっともいとおしい肉塊がチラリとその姿を見せる。  
 
 舌が肌の上を這う。  
 開いたシャツの間から。  
 首筋から胸へとゆっくりと舌は肌を這っていく。  
 やはり綿菓子の味がする。  
 舌は乳房に到達し、その頂きに触れた。  
 あぁ、と。情動からなる吐息を彼女は漏らした。  
   
 彼女の腰に手を回し、一方で私の左手は、彼女のスカートを下ろす楽しみに没頭していた。  
 スカートの切れ込みからのぞく下腿は、貴婦人のゆとりとも言うべきものがあった。  
 スカートを少しずり下ろしてみる。  
 まるでイヤイヤと駄々をこねる子供のように彼女は体を揺らした。  
 「いやですか」  
 私ははスカートから手を離した。  
 彼女は笑う。  
 まるでそれを見越していたように、ふくらはぎまで降りたスカートを、  
 くるくるとまわし寝台の外にほうり捨てた。  
    
 「意外?」  
 彼女は心を引きつけまどわすその笑みで、  
 わたしを欲情の渦に飲み込もうとしていた。   
 クレリックシャツを脱ぎ捨て、彼女は私の背中に手を回した。  
 ゆっくりと体を倒し、寝台に体を沈めると、彼女のうなじが切なげにゆれた。  
 彼女の吐く息がいたずらな意思を持って、耳元に吹きかかる。  
 汗にぬれ、テラテラと輝く皮膚にわたしは小さく息を吹きかけた。  
 そのお返しに。   
 「いらっしゃい、ぼうや」  
 かすかに透けた薄地のショーツに手をかける。  
 白髪混じりの茂みが、ショーツの内側でぬれていた。  
 
 「私の触れた、その胸を見ていただけますか」  
 彼女はハッと息を飲んだ。  
 舌先の触れた首元から胸にかけて、往年の輝きが戻っていたのである。  
 乳房は柔らかさと重さとを取り戻していた。  
 触れれば肌が吸い付く。  
 粘りつく綿菓子ではない。生まれたての赤子のような肌だ。  
 透きとおるような白さ。  
 けして小さくはないその乳房は、ただ淡い色をしていた。  
 汚されないように、包み込まれるのを待っているかのようだ。  
 
 「こんなにも、吸い付く肌を。あなたは持っていたのですね。」  
 乳首を軽くひねり上げる。  
 「あああんっ」  
 「ほらっ、声だって。こんなに幼くなっている」  
 
 「あっ、あぁぁ……そんなっ……あっ……あぁ」  
 「本当にこんなことが……」  
 彼女は首元に触れた。その首元と周辺部とを交互に撫で回し、  
 「こんなに張りがあるなんて……」と、ホロホロ泣いた。  
 わたしは乳房を手のひらで転がしながら、乳首をこすりあげる。  
 体は老女。声は青年のソレ。  
 そのギャップに、わたしはしびれるような恍惚を覚えた。  
 「ふふふっ。あなたはやはりいい声で鳴くのですね」   
 もっと泣かせてみたい。  
 戯れに唇をふさいでみる。  
 彼女の舌はソレを望んでいたようだ。わたしの舌に絡み付いてきた。  
 彼女は私の望むすべてを知っているかのように振舞う。  
 プハッ。息をつく。  
 絡めた唾液が一筋の糸になって、唇と唇の間で架け橋をつくる。  
 わたしは片腕で彼女の腰に手を回した。  
 しっとりと濡れた肌が密着して、体温の心地よさが伝わってくる。  
 
 「うっ。ううっ。我慢できない。体中に、全身に、私の中に、私の外に、あなたのすべてを注いでください」  
 彼女は手を広げ、迎え入れる姿勢をとった。  
 ジクジクと肉壁の煽動がわたしを誘っている。  
 私は指で秘所を割り開き、ゆっくりと自身の欲望を沈めていった。  
 「ああっ。あっ、あぁっ……」  
 彼女の顔に凄絶な笑みが浮かぶ。  
 それは演技者の見せる、自信に由来した技巧そのものであった。  
 わたしは深く失望を感じ、これまでの熱烈な愛情が冷めていくのを感じた。  
 若干肉付きのよくなった大腿が私の体を挟み、逃すまいとしている。  
 捕食される魚の気分だ。彼女はわたしを食らい、わたしは彼女に食われる。  
 しかし、わたしは女肉を泳ぐ魚だ。  
 簡単には食われない。  
 
 女肉の深部に潜行し、その行き止まりに行きあたった。  
 「あぁっ、奥にあたっています。奥に」   
 わたしの責務は終わってはいない。  
 果てねば。ならない。  
 果てろ。  
 女肉の海の中、魚はえら呼吸を繰り返す。  
 愛液から酸素を吸い上げ、さながら宇宙のような無限の膨張を繰り返す。  
 窒息はありえない。その欲望を果たし、その生をまっとうするまでは。  
 「あぁぁっ、あぁぁぁぁっ」と、わたしと彼女の声がユニゾンする。  
 なんということだろう。彼女の声が少女のそれになっていようとは。  
 わたしと彼女の声が同じ音程を刻み、ガクガクと女肉がわたしの欲望を締め付ける。   
 「あっ、あぁっ」  
 わたしは果てた。  
 動物的な生の実感を感じ、彼女に捕食されながら、わたしは果てたのだ。  
 ふと、彼女を見れば。  
 彼女は頬をリンゴのように赤くしながら、わたしの顔をじっと見つめていた。  
 その二十歳。いや十代といっても通じそうな幼い顔で、である。  
 
 彼女の肌はよりつややかな肌になっていた。  
 加齢を抑え、若々しく、美しかった頃の肌と声と体を取り戻していた。  
 私の放った生命力は、彼女の遺伝子を変異させ、変異タンパク質を生み出した。  
 無限の増殖を繰り返すガンに酷似した。しかし人を死に導く遺伝子を保有しないただのタンパク質だ。  
 彼女ははだけた衣服を脱ぎ去り、自身の肌や体を姿見に映し、さまざまな角度から確認していた。  
 その肉体にほころびの無いことを。  
 「ねぇ、一つだけ聞きたいの。あなたはいったい、いくつなの」  
 「さぁ?そんなこと覚えていられるほど若くはありません」  
 年を数えるのをやめて、どのくらいたつだろう。  
 指折り数えるが、見当もつかない。  
 「そう。忘れるほど長い時間を生きたのね」  
 「もしよければ、わたしと残りの時間を…………ねぇっ、坊や」  
 彼女はいくらか湿った声で言った。  
 彼女はわたしの下腹部に手を這わせる。  
 姿見に映るその姿は、青年達の戯れそのものだ。   
 フフフッ。引きつった笑いがこみあげる。  
 こんな都合のいい展開があるだろうか?  
 あるのだ。  
 「若さの秘訣は?」  
 わたしは尋ねた。  
 「高濃度のタンパク質。ですわ」  
 彼女は笑った。  
   
 終わり。  
 

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