「まっぱだカーニバル!!」
朝の目覚めは、悪夢からの覚醒。
「うぅ……、なんでこの世界に隕石が衝突する夢なんかを……」
閉じたまぶたを開けば、そこに見えるは木のタイルで構成された小さな部屋。茶塗りの、飾り気もなにもない、
小さな小さな室内にある白いシーツのベッドの上で、私の意識は起動します。
うなじと鎖骨にかかる己が毛髪のくすぐったさとわずらわしさに眉をひそめる暇もあらばこそ、今日も今日と
て一日が始まったことを自覚した私は、小さくあくびを漏らしつつ、準備を整えるべくモソモソとベッドの上か
ら這い出て、現状把握。
部屋に唯一つけられてある小ぶりの窓から外の景色を見やれば、カラスの鳴き声に混じって朝日が天に昇ろう
かという光景がひとつ。薄暗い空とまぶしい陽光を見る限り、あと数分もすれば白光がそこここを支配するであ
ろう時間帯です。
二度寝するわけにはいかないな、そう思った私は、準備を整えるべく、自分の顔を軽く叩いて意識を覚醒させ
ます。わずかな痛みと、自分の肌がぷるりと揺れる感触と同時、わずかながら残っていたまどろみの残滓は完全
に消沈の方向へと。
あ、自己紹介が遅れました。
今、自室にて色々としている女、私、マリアことマリアベル・アハート11歳です。
11歳にしてはずいぶんババ臭い考え方をするんだな、とか言われるかもしれませんけど、まあ環境が環境で
すので、精神的にババァにならなければ死ぬような職場ですし。
いちおう私、11歳ですけど、魔道騎士団、という魔法を主として活動する騎士の一員です。今、私がいる場
所は、騎士団共通の寮であり詰め所。木ばかりで形づくられた、素朴な一般家屋に近しい内装の、建造物、その
一室に私はいます。
ベッドからおりた私は、それと対峙するようにつくられた小さな扉へと向かい、洗面所へと。狭苦しい空間の
なかにある洗面台にて、顔を洗い、鏡で自分の顔を確認します。うん、今日もちゃんと、死んだ魚のような目。
顔を確認した私は、次いで、セミロングにまとめられた自分の茶髪に目を通し、適当に櫛ですいて流します。
その時間もそこそこに、手近にある歯ブラシを片手に、口の中を洗浄。睡眠の際に口中に繁殖する雑菌の数は、
かなりしゃれにならない領域ですから。虫歯きらいなので、しっかり磨きます。
化粧や香水の類は、まあ、自分のようなメスガキにはまだ必要ありませんよね。未使用です。とりあえず最低
限の身だしなみをしつつ、洗面所を出て、今度は衣類着用の時間です。
いつものように、黒を基調としたワンピースタイプの服に身を包みます。ところどころにスカーレットレッド
の意匠を見せつつも、下品にならない程度の地味さでまとめられた、お気に入りです。その上から、申し訳程度
に糸目の意匠を添えた、やや大きめのケープを羽織り、最後に左手の人差し指と右手の中指にリングを装着して
から部屋を出ます。
あまり飾るのは好きではないのですが、指輪は一応、縁起ものだということで一応の着用です。などと自分に
いいわけをしていれば、すぐに居間たる場所へと通ずる扉の前にたどり着いてしまいます。
「おはようございます」
扉を開けると同時に、挨拶ひとつ。同時に、朝の気だるい空気と雰囲気と同時、歴戦の兵士が醸し出す鬼気め
いたものと同時、少年少女特有の青臭い空気もひとつ。
「おは」
「おっはよー」
「おはよう、マリアベル」
「おはようございます、幼女」
「おはおは、マリアちゃん」
一部不穏当な挨拶をしてくれやがった人もいますが、まあかねがね好意的な挨拶を受けて、私は頭を下げます。
騎士団詰め所ではあるんですけど、魔道騎士の詰め所はそれなりに力を抜けるところです。非戦闘員もいます
し、堅苦しい人はほとんどいません。
今、私が身を躍らせた場所は、雑務場。とは言っても、皆は、居間と呼んでいます。各々好き勝手に仕事をす
ることもあれば遊ぶこともある、まあそんな場所です。だだっぴろい空間の中に、大きなテーブルや椅子、それ
に添えられるようにして真っ赤なカーペットとタペストリがある以外は、さしてそんじょそこらにある家庭の居
間と変わりありません。
私は歩を進め、居間の中心部からちょっと南によった場所でビスケットをかじっている団長を一瞥、声をかけ
ます。
「今日は何か行事などは」
「ないよ。好きにしてくれていいからね」
血まみれの鎌をぺろぺろと舐め続けている女性騎士団長、ルカさんがそう言ってきます。
色々な意味で目の毒なので、私はすぐに目を逸らし、とりあえず今日の目的を皆に伝えることに。
「みなさん」
スカートの裾を直し直しいいつつ、私が居間を見渡せば、そこに見えるは、美形、美形、美形。なんかあてつ
けのように見えるは、美形乱舞。皆が皆、魔道騎士団の団員なんですけど、若いうえに美しいうえに腕が立つの
だから、なんとなく気おされます。
鉄球を見て恍惚とした笑みを浮かべる美形少女、官能小説を見て股間をおったてている美形少年、などなどが
一様に私を見てきます。その異様な姿にひるむ暇もあらばこそ、さらに私は言葉を重ねます。
「私、巡回にいきますので、何かあれば連絡してください」
そう言った瞬間、皆は小さく笑いました。
「じゃあ、角のパン屋でカレーパンお願いねー」
「俺はその隣の駄菓子屋で十銭ヨーグルトたのむわ」
「ついでに紙とペン適当に買ってきてー」
それと同時、愛杖を手に外に出ようとする私の背に、団員たちが好き勝手な言葉を私にぶつけやがります。
「騎士団最年少員をパシリにする辺りに、人間度の底が知れますね。いってきます」
まあ、これもいつものことなので、とりあえず憎まれ口ひとつ叩いて行くことに。この程度で激昂するような
者は、勿論いません。というより、11のガキに軽口叩かれた程度で激昂するような人間、普通はいないでしょ
うし。
とりあえず詰め所の居間を出て、廊下を歩き、髪を整え整え歩きます。うちの騎士団詰め所は、基本、木と石
で出来た簡素な二階建ての一軒屋というかたちですが、鉄板にて構成された秘密の地下室とかもこっそりあるわ
けで、外見に反して色々と要塞的要素がそこここに組み込まれています。
まあ、そんなものは平日に使用する必要性もないので、木製の廊下を踏んで踏んで玄関口へと。いつものよう
に鉄板入りの黒塗りブーツを履き、さて外に出るかというところで、やにわに背後から声をかけられました。
「マリアちゃん、巡回?」
「フィー姉さん」
気配を消して私の背後から現れたのは、私と同じ魔道騎士である女性、フィーさんです。
美しい金髪を腰まで伸ばし、すらりと細長い肢体を薄手の布にて包んだその姿は、どこぞの絵画に描かれてい
る女神像を想起させます。流れるような曲線を描く篭手などを装着したその姿は、まさに戦乙女と言うにふさわ
しく、整いに整った顔立ちの中に映えるプルシアンブルーの瞳の色が、なんとも妖艶でいて蠱惑的です。
一応、私が姉さんと呼んでいるのは、彼女の希望です。まあ私、一人っ子なので、嬉しい申し出と言えば嬉し
かったので、即座に了承しました。フィー姉さん、むちゃくちゃ美人ですけど、変なところでちょっと子供っぽ
いんで、そのほほえましさにあてられた、というのもありましたけど。
一応、彼女は年上の女性で色々と私の世話を焼いてくれる上司さんなので、私は色々と日常生活や仕事で世話
になっています。感謝も、しています。
でも、世話になっていることは、いるのですが、まあ色々と彼女、問題がありまして、この状況において彼女
と邂逅すると思わず私の眉がひそめられてしまうのは仕方ない話です。ええ、仕方のない、話なんです。
「せっかくだから、おねーさんと一緒にいこっか?」
「いえ、散歩もかねているような巡回で、軽いものですから、わざわざ一緒しなくてもいいですよ」
「え……。でも、でも、マリアちゃんみたいに美しい童女が町を歩くと……」
あ、いつもの病気が始まりそうです。なので私は耳をふさぎます。それと同時、
「美しい茶髪を流して路地裏近くをいくの。そうするといきなりその影から、毛がびっしり生えた汚らわしい手
がマリアちゃんの艶やかな唇と口を塞ぎ、ままの勢いで引きずり込まれ、自由を奪われるのよ! 次いでやにわ
に取り出した手錠と足枷と首輪にてマリアちゃんは拘束され、そこには風呂に何ヶ月も入っていなさそうな不潔
きわまりない浮浪者たちが、獣欲という獣欲の光を宿らせた双眸でマリアちゃんを視姦するんだわ!
マリアちゃんは恐怖と驚きのあまり身をよじると同時に失禁、それをにやにやと見る汚らわしい男たち! そ
こで言われるの、おいおい騎士のお嬢ちゃんはおもらしか、その蕾が汚れたから綺麗にしてやらないとなあ、俺
たちの黄ばんだミルクで上書き掃除だなぁ! とかそう言われるんだわそうに決まっているわ!
そのままマリアちゃんは幼いヴァギナに太い太い剛直をねじ込まれ、出血と同時に絶叫! そのはじめてを汚
らわしい男の穢れた棒で奪われるのよ! あまりの痛みと処女の喪失に泣き喚くマリアちゃんを、ダッチワイフ
よろしくの乱暴な動作で男たちはマリアヴァギナを蹂躙、蹂躙、蹂躙の乱舞!
そして数時間後、白濁とした液体にまみれたマリアちゃんは虚ろな笑みを浮かべ、ハイライトの消えた目を空
へと、虚空へと向けたままに倒れ伏し、意識は遠のき、好きな人とも結ばれずに逝くんだわ! 男たちの蹂躙劇
は、マリアちゃんの生命を脅かすほどに乱暴でいて苛烈だったの! そしてマリアちゃんは天国に行き、一抹の
憎悪を胸に、でも男たちに復讐も果たせぬまま寂しく死んでいくのよぉ!
そうよそうよそうに決まっているわ! おねーさんはそんなの絶対にゆるさな」
一気呵成に聞こえる、美しき旋律のファッキンデスノイズ。
耳をふさいでも聞こえてくる、どこの三流官能小説だ、と言わんばかりの内容。しばし放っておけば収まりそ
うであったのにもかかわらず、ついつい苛立ちのあまり、私はついつい手を彼女の方に向けて、気付けば魔法を
ブッ放していました。
「いい加減にしてくださいこの色ボケ女」
どん、と肩の骨がきしむ音と同時に、不可視の颶風衝撃波を眼前のフィー姉さんに浴びせます。風の衝撃にて
敵手を吹き飛ばすという初歩的呪文ですが、色ボケ脳にはこの程度で充分です。
私の魔法を受けたフィー女史は、顔を思い切りひしゃげさせると同時に、ぎゅるぎゅるときりもみ回転しなが
ら宙に浮き、しばしの間を置いて、床に着地。ただし顔面からであるがゆえに、肉と骨がひしゃげるような音と
同時に、大量の水音が同時にこだまします。
「ぶげらェァァァッ!?」
とても美女には似つかわしくない声を上げて、鼻血と耳血を同時に噴出し、オルガスムスに達した後の女のご
とく、ぴくりぴくりと四肢を投げ出し痙攣痙攣痙攣の連鎖。
普通の人間ならばこれで死んでいるでしょうし、私も罪悪感のひとつは抱くのでしょうが、何せ相手が相手で
すので。変態に人権はないし、変態は無駄に体力があるので、これくらい苛烈な攻撃をしないと駄目なのです。
まさに痛くなければ覚えませぬ、という話です。
「嗚呼……っ! い、いいっ……! マリアちゃんにいじめられるの、きもち、いいっ……!!」
訂正。私、まだまだ甘かったようです。やっぱり攻撃をする時には徹底すべし、という先代の魔道騎士団長の
言は正しかったのですね。こういう場所で立証されるのが死ぬほど嫌ではありましょうが。
そう、このアマ、ドマゾなんです。しかも、男の人とか女の人にやられるのが好きなんじゃなくて、私みたい
な、幼い女の子で、そのうえ、表情があまり変わらない鉄面皮さんにやられるのが好きだという救いがたい性癖
の持ち主。
しかも仕事ではすごい有能だからタチが悪い、まあこういう方面ではネコですけど……って何言ってるんです
か、私。
でもフィー姉さん、仕事ではマジモンに強いんですよ。盗賊団のアジトを指一本で粉々にしたうえに盗賊全員
殺さず瀕死のままに四肢複雑骨折の状況をひとつの例外もなく完遂させた時には、私、ちょっとチビりかけまし
た。私程度なんて、彼女と比べれば力量差は歴然、ミジンコとケルベロスです。
「あ、あァんっ……! ち、血、血ぃぃぃ……。マリアちゃん、いいの、いいのぉ……」
だのにこれですよ。もうなんか色々と泣きたくなります。ものすっごい妖艶な顔をして欲情の色にかんばせを
染めたままに、股間をおさえて悶絶するフィー姉さんは、そこらのサキュバスなど蹴り飛ばすほどに美しくて、
凄艶ですらあるんですけど、鼻血と耳血流してそれだからえらいこっちゃという話で。
おまけに欲情理由が理由ですし。なんか色々と死にたくなったんで、思わず蔑みの視線を姉さんに一瞥、私は
盛大な溜息をひとつつきます。
「ふぁぁんっ……! 痛い、痛いのぉぉぉっ……! マリアちゃんにいたいのされるの、だめぇ……! やぁ、
みないで、そんな目でみないでぇぇぇっ……!! も、もう私、いく、イくイク、いっちゃぅぅぅぅぅっ!!
ふぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
おいコラそこ、私が目を逸らした隙にイクんじゃねぇ。
鼻血とは明らかに別種の水音、ぷっしゃあっ、とかいうもう表現したくないオノマトペを背景に、私は騎士団
詰め所を出ます。このままだと色々な意味でSANの値が負の数突破しそうで。ふんぐるい、ふんぐるい。
*
外に出ました。
私のいる場所は、ゲルルダ、というどこぞの未確認生命体言語っぽい名前の城下町です。うちの騎士団は城に
つとめるかたちではなくて、町を巡回しつつ色々な問題を探すという、まあ、遊撃手みたいなそんな立ち位置に
落ち着いているんです。
城だけでは見ることが出来ないような、庶民の暮らしや噂などを見て聞いて、色々と今後の政策を練るための
足がかりにさせたりする、そういうことを加味すれば、散歩めいた巡回も一応は立派な仕事と言えるのかもしれ
ません。
王宮の騎士団員たちは、王や貴族たちの盾となるべく奮闘していますが、私たちは庶民の盾となるべき職業、
と言っても差し支えないでしょう。忠義は王に誓うかたちとなってはいるんですが、優先すべきは市民たちとい
う、まあ、扱いとしては、ちょっと堅苦しい自警団みたいなものです。
私は昔、騎士にあこがれてはいたんですけど、色々とあってこちら、魔道騎士の方にお世話になっています。
色々と息苦しさがないというのも良かったんですけど、魔法を主として活動するこちらの方が、魔法使い系統な
私には似合いかと思いましたので。
まあ、それはともかくとして、とりあえず巡回を始めます。
「マリアちゃん、放置ね!? 放置プレイなのね、素敵、素敵ぃぃぃぃぃっ……!!」
……背後の詰め所の扉から漏れ出る言葉を聞いた瞬間、私のやる気はどっと下がりました。
足が、重いです。もう巡回とかしたくありませんけど、今、詰め所に戻ると火のついたフィー姉さんを処理し
なきゃいけないので、最初から私に選択肢は残されていません。
「う、鬱です……」
私はレイプ目のままにゲルルダの城下町をいきます。十とちょっとの年齢の女がレイプ目で巡回もどうかと思
うんですが、職場が職場なのでもうマジで仕方ないんです。
なんで私は、幼い頃、騎士という職なんかにあこがれていたんでしょう? 実際の職場に行くまで、現場の闇
は分からないと父も言っていましたが、まさか若い身空でそれを体験できるとは思いもよりませんでした。出来
ることなら、もうちょっと年齢的にも精神的にも成熟してから、そういった闇事情を味わいたかったです。
かといって騎士になったんだから、いまさら闇事情を知ったからといって職務や責務をほっぽり出すとかでき
ませんし、そうポンポンやめていたら世間体的にも色々と問題がありますから、やめられない。
選択には責任がつきまとうとよく言いますけど、これ、ちょっとあんまりだと思います。自分で選んだ道です
から、ああだこうだ愚痴を言っても始まらないんでしょうけど、それでも言いたくなってしまうほどに事情が事
情ですし。ああ、空、青いなあ……。
「と、とにかく、気を取り直していきましょう」
誰に言うでもなくひとりごちて、とりあえず私は、商店街方面へと足を進めます。
ゲルルダという場所は、わりかし治安の良い、芸術と魚料理で有名な城下町です。海に近いということもある
んですけど、それと同時、海のあたたかい流れに乗って、色々と珍しい種類の魚が流れてくるので、魚料理の話
には事欠きません。同時、結構職人気質の人も多いので、料理人は多いし、それに追随するようにして己の道を
求める者、芸術家たちが多いのも、また。
結果として結構奇妙な性質というか、性格の人が多い町になってしまいましたが、それなりに私は気に入って
います。どこぞの国みたいに、決まりごとが多すぎて住民がぴりぴりする、なんてこともありませんし、芸術を
否定しない流れのおかげで、わりかし自由が尊重される空気は好きです。だから私は、この町にて、騎士をやっ
ているのかもしれません。
とりあえず朝の空気を感じつつ、ゆったりと町を歩きます。フィー姉さんにも言ったように、巡回というより
かは散歩のついで、みたいな感じの見回りなので、肩肘張らずに歩けます。
噴水広場にたたずむ絵描きらしき男性を視界に端にとらえると同時、数羽のカモメが遠くの海へと飛んでいく
のが見えます。柔らかな陽光のなかで映える青空の中、シルエットとして映える翼の美しさにあてられる暇もあ
らばこそ、潮の入り混じる風の匂いで私の意識は覚醒し、足は半ばつられるように、町の中心部へと。
「ん、マリアベル?」
と、そこでやにわに横合いから声をかけられたのでそちらを見れば、線の細い中性的な顔立ちの男性が見えま
した。
金色の髪を流し、小さな眼鏡を柔らかみのあるかんばせの上に乗せ、微笑のままにこちらを見つめています。
声をかけられて無視するのもなんですし、個人的に世話になっている男性だったので、私は反射的に礼をします。
「おはようございます、ディースさん」
「うん、おはよう」
私と相対する男性はディースさん。女性のような気色を色濃く残す顔立ちが特徴的な、薬屋の店長さんです。
よく特別な薬をブレンドし、それで私は色々と世話になっています。
「散歩ですか?」
「うん。マリアベルは?」
「私も、散歩みたいな巡回です」
「そうか。気をつけてね」
事務的な会話を交わしつつ、私は愛杖を手の中でくるくると回します。
騎士だから自分の身は大丈夫、なんて考えるのはアホです。この町、芸術家が多いわりには、戦闘力の高い輩
がポンポンといるので、騎士団最年少員の私がひとり町を歩くには、やはり不安要素はぬぐえません。ディース
さんもそれを加味して言ったのでしょう、私はその言葉にうなずいていました。
「はい。これからも薬の件で世話になると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「うん。でも、あんまり薬屋に世話になんかなっちゃいけないけどね」
苦笑しつつものを言う彼の柔らかい微笑を見つつ、私も微笑で返します。
ああ、ディースさんがまともな人で助かります。少なくとも鎌を舐めて悦に入る団長や、幼子にいじめられる
ことを喜ぶ騎士よりかは何倍も素敵な存在でしょうし。
「新しい胃薬作ったら、今度サンプルとしてあげるから」
「すみません、世話になります」
「いや、気にしないでいいよ」
しゅる、と衣擦れの音を残して笑顔のままにきびすを返すディースさん。温厚な男の人って素敵だと思います
けど、最近の治安だと結構軽侮の視線で見られちゃうんですよね。積極的な人が色々と好まれるこの時代、なん
か私はあんまり好きじゃないんですけど、それはそれ。
まあ、彼の笑顔は子供相手にする際のよそ行き用なので、その態度も仮面かもしれませんが。それはそれでか
まいません。大体、私の騎士としての立ち位置は、子供であり、女であることを最大限に利用した、敵の警戒心
を壊すことを第一とする、まあなんといおうか、そういう、黒いそれなので。
だのに、いつの間にか皆のまとめ役になっているってどういうことなんですか、本当に。特別といえば特別な
役職、魔道騎士団に入ったはいいものの、皆が変態変態で、まともに雑務仕事をするのが私ぐらいしかいないと
いうこの現状。
実力第一で性格は第二、という勧誘コンセプトが、強烈なまでに裏目に出た結果でしょうけれども、いくらな
んでもこれはひどい、ひどすぎます。
私は、一応、親が騎士なので、そういった方面のコネもあって、最年少で魔道騎士の仲間入りを果たしました。
勿論、実力も見てもらってからこその就任だったんですが、当時は親の七光りだの成り上がりだの何だの言われ
るのを覚悟していたんですよ。私だってそういう黒いことぐらい知っていますし、それに対抗するために色々と
勉強して、覚悟してきたんですから。
でも、私が騎士になった際、周りの反応は劇的なものでした。……悪い意味で。
「やめろ! 心を壊す気かお前!?」
「駄目だよマリアちゃん!? まだ若いんだよ!? 未来だってあるんだよ! やめて、やめてぇぇ!!」
「決断したのなら何も言いはすまい。……だが、心をなくさないでほしい」
いや、なんで私を心配するような、というか、戦地にとびこむ男の背にかけるような言葉の羅列を君らはぶつ
けるのですか、と当時の私は思ったんですけれど、ああ、まあなんというか、就任数日で謎が解けました。
まさか魔道騎士の集まりが、よく訓練された変態の集まりだなんて思いもしなかった私は、そこで色々と衝撃
を受け、軽くひきこもったことも一度や二度ではありません。
おまけに何故か、小児性愛者が多いんですよ。物理的な意味で手は出されませんでしたが。なんでも、幼女は
遠くから見て目で愛でるものであって、手を出すとかそれは神に唾するも同じ行為だという不可侵常識が通って
いるようで。
もうこの台詞の時点で私の理解の範疇を超えていますが、それはそれ。おかげで色々な方向に耳年増になりま
した。具体的には蝋燭や鞭の使い方とか、赤ちゃんはどこからくるのかとか、男の人のそういった液体の臭いに
まみれた部屋のにおいとか、もう諸々と。
うちの団員、もう本当に、よく訓練された変態なので、同性愛、嗜虐被虐の特殊性癖とかに全然抵抗ないから
困るんです。女同士であっても余裕でこっち視姦してきますし。具体的にはフィー姉さんとか。
なにやらまた職場の方に心が流れそうだったので、考えを打ち切って、去り行くディースさんの背を見つつ、
巡回を続けます。
こういう場合は、住民たちの方に耳と意識をかたむけて、気分転換すべきでしょう、そうでしょう。
とりあえず、向こうの八百屋に耳と目を向けてみましょう。
朝早いというのに営業している八百屋には、客らしい客の影は少ないですが、それでも絶無というわけではな
いようです。大柄な女性が八百屋の店員らしき男性と会話しているところからも、それはうかがえます。
そうそう、こういう光景が私にとっては癒しになるのです。ゆえに私は八百屋に向かって、さらに耳を、
「ほら、奥さん、この大根さんはどうだい? 旦那のソレより立派だろう? なんつってなガハハ!」
「あら、立派ね……。そうね、最近、主人のそれも萎え気味だったし……」
「オイ待てそれ入れるのか? というか入るのか?」
「最近は寄る年波に勝てなくて、私、ガバマン気味なのよねえ……」
「聞きたくなかったそんなこと!!」
……えー、あ、はい、あれです。
なんかたまに死にたくなる時ってありますよね。今まさにそれ。
なんというか、天候は今、さんさんさんさわやか三組なのに、私にはどどめ色のそれにしか見えません。太陽
の光が、色々と寒色の絵の具を混ぜてぶっかけたようなそれに見えてしまうのは、私の気分がシアン一直線だか
らなのでしょうか。
もういいです、無心です。無心のままに仕事します。瞑想で500ポイント体力回復するレベルまで集中高め
てやります。
それから私は、とにかく日が沈みかけるまで、色々と回って、ちょっとしたいざこざを起こす大人たちを説得
して、今日もそれなりに騒がしい仕事時間を終えることが出来ました。
まあ、夕方になるまで仕事して、色々なことを忘れたかった、というのもあるんですけど。
ちょっとした疲労感を背骨に感じつつ、私は騎士団の詰め所へと戻るべく足を動かします。商店街を抜けて、
レンガづくりの赤茶道を抜けて、噴水広場へと。
と、そこでひとつの小さな影が私に向かって突っ込んできたので、私は両手と身体のバネを使って、その影を
しっかりと、柔らかく受け止めます。
「あ、デュランベルグ」
影の正体は、猫でした。ふかふかとした感触と、真っ白な毛が特徴的な、ふくよかな猫さんです。
このやたら大層な名前の猫は、今現在、職場で悩みをお抱え中の私にとっての救世主。
とにかく、色々とこの猫、気持ち良いんです。何故か私によくなついているので、私も私で色々と嬉しく、か
まい続けていればいつしか彼の方から腕の中に飛び込んでくれるような関係に。
巷では町のボス猫とか言われていますけど、結構温厚さんで眠ってばかりなので、私はそういうとこを好いて
います。こっちがぎゅっと抱きしめてやれば、ちゃんと、ふにゃ、と力を抜いてされるがままにしてくれますし、
なんというかもう、色々とたまりません。
「ああ、あなただけが癒しです、デュランベルグ……」
柔らかな身を感じつつ、デュランベルグの頭やおとがいをこちょこちょと撫でます。この猫、存外に聡明なの
で、私が落ち込んだり困ったりした時に現れては、無抵抗のままに私に身をゆだねてくれるのだから嬉しい。
こういった小さな嬉しいことがあるから、今日も生きよう頑張ろう、という気になれるんですよね、人間は。
なんかやっぱりババ臭い考えかもしれませんけど、まあ職場が職場なので、ちょっと小さな幸せに敏感なんです、
まあそれは仕方のない話でして。
「えへへっ」
調子に乗って私がデュランベルグの手をつっついても、彼は無抵抗、無抵抗。
肉球ぷにぷに、きもちいいです。
「ぷにぷにー、ぷにぷにー」
やっぱりねこさんは、一緒にじゃれているだけで心があったかくなりますよね。
まさにこれこそアニマルセラピーというわけで、
「駄目よマリアちゃん! 猫を使ったケモプレイだなんて! おねーさんそんなことゆるしま」
はーい、変・態・登・場。
夕闇の映えるあたたかな時間帯、猫とじゃれている際に登場するは、クソ強い実力とクソきつい性癖を持つ、
私の上司様、フィー姉さん。本名、フィールラリーカ・アミラ・ラルルゥとか言う噂を聞きましたけど、まあ、
この場においてそれはどうでもいい話ですね。
「また貴様ですか。いい加減にしないと子宮ひっこぬきますよ、わりかしマジで」
「いきなり子宮脱プレイなんて駄目よっ。まずは鞭打ちから」
「いや、本当にそういう領域の話じゃないんで、本気でやめてください、フィー姉さん」
変態オーラにあてられぬよう、私はデュランベルグをこの場から逃がそうとしますが、彼は毛を逆立ててつつ
うなり、フィー姉さんに真っ向から対峙します。しかしここで癒しの要素たる彼が死んではかなわない、私はそ
の思いを手に乗せて彼を押しやれば、彼は私の顔を見つつ、悲しそうな声で鳴き、この場から去ります。
そう、それでいいんです。あなたは変態に汚される存在でいてはならないんですよ、デュランベルグ。
そんなことを思った瞬間、見覚えのある少年少女がどんどんと湧いて出てきました。皆が皆、フィー姉さんの
そばに行き、なんか鼻息荒くしてます。認めたくないんですが、彼ら彼女ら、皆が皆、魔道騎士です。つまりは
職場を同じくする人たちです。
「猫と戯れる幼女という貴重なシーンの次は、志を同じくする美女との対峙!」
「超・萌ゑる!!」
なんか世迷言ぶっかましているので、とりあえず魔法ぶっかまして吹っ飛ばしてやりました。
「ああっ!? マリアちゃん、何を!?」
「ここで手ぇ出さないでいつ手ぇ出すというのですか、フィー姉さん」
さすがに騎士をぶっとばすのはやりすぎたかな、と私が思えば、私と対峙する変態騎士は、鼻息をさらに荒く
して、何故か虚空を見やり、鼻血をブーします。
正直、ドン引きしました。ですがそんな私の姿も気に留めず、彼女は言います。
「やるなら私をやりなさい! いいえむしろ私にして、その幼い身体で私と一緒にジョグレス進化してッ!!」
「美幼女騎士と妖艶美女のレズレズSMプレイだとぉぉぉっ!? お兄さんそんなの許しませんよハァハァ」
「おいどけ! 幼女が見えないだろ幼女が! 幼女、幼女ォォォッ!! フィーという老婆に興味はないッ!」
ぶっちん。
なんか好き勝手入ってるアホ女と騎士たちを見た瞬間、私の堪忍袋がついに限界、マキシマムドライブ。
「いい加減にしろっつってんですよこのダラズどもがァァァァァァッ!!」
もうぶっちギレました。本気出してコイツらぶっ飛ばします。
愛杖、カーディナルギガスをザッパーモードに変形。
がしゃこんがしゃこん、とやたらメカニカルな音と同時に、まず大振りの金属棒部位、その中間部分から左右
へとトリガーグリップを起動。次いで、姿勢制御用アンカーユニットを射出、大地にぶち込み砲身固定。
さらに杖の先端部にある宝玉に魔力を流して、モーフィング。まんまるの宝石がぱかりと割れると同時、折り
たたまれた蕾から花びらが開くかのように、押し広げられた深紅の半円からのぞくは、がっちりとしたつくりの
内蔵灰色バレル。それを囲むようにして、砲撃領域制御用ピアシングユニットを敵方向へ伸びるようにセット。
ぶっちゃけた話が、杖をでっかくてごつい両手持ちの大砲状態にしました。質量保存の法則とか無視です。
勿論それを変態どもが跋扈する中心部へと向けて、殺意のままに充填開始。
ありったけの魔力を流し込み、杖にて循環、増幅、制御、その工程を一瞬のうちに何度も何度も何度も何度も
行い、殺傷力を高めていきます。骨と筋肉が悲鳴を上げ、降参の意を示す直前になりて、収束開放、バレル回転
駆動、魔力放出。
勢いよく両手人差し指のトリガーを引き、殺傷性があるどころか殺傷力過剰の深紅の閃光をアホ騎士どもへと
ブッ注ぎます。
「吹き飛びなさいッ!!」
別に私はトリガーハッピーではないんですが、こうまで変態たちの挽歌を見せられると、堪忍袋の尾のひとつ
やふたつは容易に切れます。いちおう、私もまあ、キレやすい年頃ではあるので。
ガキの癇癪ひとつが、かようなまでに強烈な殺傷性を持つ閃光砲撃で釣りあうのかどうか、という意見もある
にはありましょうが、いいんです。痛くなければ覚えません。変態は死にかけなきゃこりません。
強烈な反動と風圧とが、私の身を襲います。思わず目を覆いたくなるほどの強烈無比な閃光は、さながらひと
つの太陽そのもの。杖という名の大砲を握る私の身も吹き飛ばされそうになりますが、先程地面に縫い付けてい
たチェーンアンカーのおかげで、筋肉と骨が泣き叫ぶ程度で済んでいます。
渦を巻く深紅の閃光は、光の海嘯となりて変態どもの身へと、何の差別区別慈悲もなく、無機質に、ただ無気
質に降り注ぎ、注ぎ、しばしの間を置いて、爆発。巨大なキノコ雲がもうもうと上がると同時に、周囲を熱波と
旋風が満たし、強烈な破壊の余波たる黒煙は空へと吸い込まれつつそこここに散らばります。
まさに必殺、乾坤一擲の一撃です。今の私が放てる最強魔法、最強の一撃です。
「や、やりましたか……!?」
私は恐る恐る煙の向こうを覗きます。
で、私の乾坤一擲の一撃を受けた彼ら彼女らはというと。
「あああああ! いい、イいッ!! マリアちゃん、いじめて、もっと私をいじめてぇぇぇぇぇッ!!」
「幼女の砲撃キター! んほぉぉぉっ! ……ウッ!! ……ふぅ、人間とはどうあるべきなんだろうね?」
「ハイパー賢者タイム乙」
……あ、はい、駄目でした。
私の攻撃、まともな痛みを相手に与えるどころか快楽の足がかりにされました。
死者どころか大怪我人すらいないこの状況、なんと周囲の住民たちは、いつものことかとばかりに横目で一瞥、
それだけで各々の生活へと戻っていきます。
「なん……だと……」
思わずオサレな台詞を吐いて、私は茫然自失、砲身投げて放心、しりもちをついてしまいます。
コイツらは腐っても騎士ですから、攻撃防御敏捷、能力値もろもろが軒並み高いのは基本設定でした。
おまけに変態パワーで後押しされているせいか、私の最大攻撃魔法を受けても、鼻血と耳血を出すだけでほか
に外傷らしい外傷もありません。せいぜい服の端にすすが付く程度です。
私は恐怖を感じました。騎士団の無駄な実力の高さと、奴らの変態性に、です。この変態パワーを実戦で活か
してくれたら、マジで国のひとつやふたつ滅ぼせそうです。一応、私、最大攻撃魔法一撃でドラゴン殺せるんで
すけど、どうしてこの人たち鼻血と耳血だけで済んでるんですか!? 色々とおかしいですよ!?
確かに、騎士の人たちは精鋭ぞろいですけど、私の攻撃は細かな制御が出来ないだけで、単純な威力はそれな
りにはあったはず。だのに、フィー姉さんのみならず、明らかに事務仕事しているだけの非戦闘員まで、鼻血と
耳血で済んでるって、変態パワーはどんだけなんですか!? こ、怖い!!
「ゃ、いやぁ……」
思わず恐怖のあまりに涙目になってしまい、しりもちの体勢のままに、あとじさってしまう私。
その瞬間、鼻血と耳血とよく分からない液体が、強烈な噴水音と同時にそこここにこだましました。
おいこらそこの騎士、ズボンにしみ作らないでください。
おいこらそこの騎士、音速加速魔法を使用して私をスケッチしないでください。
おいこらそこの騎士、私を見てひとり自慰するな、ヴァギナに手ぇ入れるな、しかもオカズは私かよ。
おいこらそこの騎士、私を視界の端に収めつつ、道端で同僚と唇を交わすな。しかも女同士で。
おいこらそこの騎士、私を見て、お、おち、おちんち、おちんち……ああああ゛あ゛あ゛!!!
「うぇぇぇぇん! もうヤダー! 実家に帰りたいです、帰らせてください、お父さん、お母さぁぁん!!」
もうなんか色々と限界だった私は、地べたに座って天をあおぎつつマジ泣きします。
なんかもう嫌です、生きているの嫌になるほど憂鬱です。とにかく泣きます。涙の後には虹も出るんです。
「あ、またマリアちゃん泣いてる……」
「……許せ、娘っ子よ。お前じゃないとあの騎士団の手綱は握れないのだ。幼女のお前でないと……」
「くぅぅっ……! 俺は、俺たちは、なんて無力なんだッ……!」
「よせ、それを言っても始まらん。俺たちはせめて自分の仕事をきっちりやって、せめて彼女に」
「負担をかけさせないように、だな……。ごめんな、ほんとごめんなあ……」
周囲の人たちの同情の声を聞きつつ、私は涙を流します。
私の慟哭は、夕日の向こうに吸い込まれ、ゆっくりと消えていってしまいました。
遠くから響く鳥の声が、私の冷たい現実をより明確なものへと。
ああ、正直、本気で転職したいです。
* * *
魔道騎士団最年少騎士、マリアベル・アハート。
11にして他の精鋭騎士と遜色ない力量を有する彼女は、才ある者の最たる例としてよくよく扱われる。
が、こっそり一方で、こうも語られている。
『魔道騎士団最後の砦』
『実質的団長』
『胃痛を極めし者』
嗚呼、マリアベルに、幸あれ。
「こ、この騎士団にいる限り、それは一生無理な気が……!!」
合掌、マリアベル。
(おしまい)