たまたま早く教室に入ると、一人の男が声をかけてきた。
俺の中学のころからの腐れ縁で、だらしない性格のくせに自分の時間にだけは厳しいやつだ。
「よう、珍しいな。お前がこんなに早く学校に来るとは」
「そういう因幡は彼女はどうしたんだ? 置いてきたのか?」
「か、彼女!? あいつとはそんなんじゃないって」
わかりやすい奴だ。これでは好きだと言っているようなもんだ。
そう、こいつには羨ましくも幼馴染がいるのだ。家事万能で、世話好きの、可愛い幼馴染が。
休み時間にこいつの三歩後ろを甲斐甲斐しくついて歩く姿は、もはや学園の名物の一つでもある。
致命的にトロくて時間にすぐ遅れることだけが欠点だが、時間に厳しいこいつとはよく合っていると思える。
もっとも、俺は既に彼女が恋人ではなく単なる幼馴染であることは知っている。少なくとも今は。
「あー俺も幼馴染欲しいぜ」
「おいお前今の話のどこを聞いたらそう思えるんだよ!? だいたい幼馴染なんてそんないいもんじゃないぜ?
朝弱いから毎日起こしてやらないといけないし、俺の後ろを付けてきてなにかと口出ししてくるし、
いいって言ってるのに毎日弁当2人前持ってくるし、夜は家に押しかけてくるし……」
「もういい聞きたくない地獄に落ちろリア充爆発しろ」
「何故!?」
後ろからの爆発音を華麗に聞き流しながら席に着くと、ちょうどチャイムが学校に鳴り響いた。
「は〜い今日は皆さんの新しいお友達を紹介しま〜す」
いつも思うがこの先生はここを小学校と間違えてるんじゃないかと思う。しかし今はそんなことはどうでもいい。
「ではどうぞ〜」
教室の前の扉が開き、転校生が教室へと入る。当然、視界に彼女の姿が入った。
手足はまるでモデルのように細く、それでいてしなやかな強さを感じさせる。
そのスタイルとクールな顔つきもさることながら、同年代のクラスメイトを遥かに上回っている凶悪な破壊力の胸元。
さらにおそらく地毛であろう眩しい銀色の髪を靡かせている。その姿にクラス中の男子が沸き立った。
そんなクラスの空気の中で、俺は彼女を怪訝な顔をして見つめていた。彼女の顔にどこか見覚えがあるのだ。
こんな女の子、一度見たら忘れないと思うのだが、一体俺は彼女をどこで見かけたのだろうか……?
「ソフィア・アレクサンドロヴナ・サヴィツカヤだ。よろしく頼む」
一方、彼女は仏頂面を崩さず、淡々と自己紹介を済ませる。
そして自分に話しかける男どもに目もくれず、さっさと新しい自分の席へと向かっていく。
その途中で、ふと俺と彼女の目が合ってしまった。彼女の無表情が心なしか崩れたような気がする。
彼女は急に俺の席へ方向転換し、俺の目の前へと迫ってきた。
「え、あの、一体なんでしょうか……?」
クラスメイトたちの視線が俺と彼女に集まったせいで、俺は情けなくも声が上ずってしまっていた。
すると彼女はなんと無表情から笑顔になり、俺に抱きついてきたではないか
「会いたかった。ずっと会いたかったぞ、航! 気は早いが早速籍を入れるとよう!」
そして彼女は、目に涙を浮かべつつクラスのど真ん中でそんなことを言い、そして俺に顔を近づけてくる。
俺の唇と彼女の唇が重なるのをぼんやりと見つつ、俺は軽々しく幼馴染が欲しいと言ったのを後悔しようとして、
でもやっぱり幼馴染が欲しいと思っている自分に気づかされるのであった。