『康之のポーンは全てクイーンになる』  
少しでも多く金を取りたかった満月は、取れるポーンをそのために敢えて無視していた。  
しかし、無視しただけでポーンに気付いていないわけではない。  
康之は何時でも駒を取れる。 しかし満月は駒を取る状況を選ぶ。  
ポーンをプロモーションさせるために、敢えて道を開ける。  
この事が、彼女の駒の行動に制限をかけてしまっていたのだ。  
なにより、金額の上昇に考えが集中してしまっていたが、クイーンを取る事は容易ではない。  
AIの強さを実感したことで、これ以上プロポーションさせるつもりは無いが、現時点で敵のクイーンはまだ2つある。  
そしてポーンもまだ3個残っている、その全てがプロモーション目前の状態で……!  
 
そして、『罰の取り下げ』  
このルールはむしろ彼女を弱体化させていた。  
当初満月は、ナイト、ビショップ、ルークは絶対に取られまい、と思っていた。  
だが、「一度目なら取られてもプロモーションすれば大丈夫」という認識が、  
本来するつもりの無かった戦術、『サクリファイス』を使う気にさせてしまった。  
そして彼女はプロモーションする際、罰を取り下げるために、取られた駒を取り戻すそうとする。  
つまり、通常プロモーションするときの定石『クイーンへの昇格』が容易に出来ないのだ。  
 
大量にプロポーションしたクイーンを狩るために各駒を1つずつ犠牲にし、  
こちらのプロポーションは犠牲になった駒の補充。  
罰を受け入れたくない以上、満月が損をしているのだ。  
 
「おし、再開すっぞ!」  
「……判った」  
 
満月が一手打つと、間髪入れずにアームが駒を動かす。  
そして康之が両手で彼女の胸を玩ぶ。  
どちらかの駒が取られない限り、それがずっと続いていく。  
 
「まるで、流れ作業ね……(くっ、駄目だ。このままじゃ……)」  
「おう、チェックらしいぜ♪」  
「えっ!?(しまった……)」  
 
チェック、キングが攻撃されている状態。  
満月のキングは今、康之のルークの攻撃範囲に居た。  
まだチェックなので、キングを逃がすか、  
間に他の駒を割り込ませればまだ助かる状態。  
だが……  
 
「まさに危機的状況ね……(そんな……)」  
 
キングを逃がせば、その奥にいる2つ目のルークが取られてしまう。  
しかし割り込ませられるのは、よりによってクイーンのみという状況。  
 
即ち、ローターのスイッチを入れるか、秘所を弄られるか。  
最悪の2択を迫られた満月。康之は、彼女の両胸で旗揚げゲームならぬ乳首押しゲームをしながら挑発する。  
 
「右押して〜、左抓って〜……おいおい、早くしてくれって。 それともこのまま暫く遊んでいて欲しいのかぁ?」  
「そんなわけ……! そんなわけ無いでしょう!?(まさか、ツーク・ツワンク……!!)」  
 
『ツーク・ツワンク』  
それは「より悪い形になる手を打つしかない、という状況に相手を追い込むこと」である。  
通常のチェスならば、ルークかクイーンのどちらかを犠牲にする、となれば、迷わず前者を差し出す。  
それはツーク・ツワンクでも何でもない、ただのサクリファイスだ。  
駒1つあたりの価値を元に考えれば、自分のルークを犠牲にする事で、  
直後に敵のルークを取ることが出来るのだから、損失は帳消しに出来る。  
 
しかし今の満月にとっては、駒の価値に関係なく『駒を取られる』事自体が悪い形となっている。  
チェス盤の外の損失を考えると、康之の損失はたかだか¥2000、対して彼女はローター起動……  
 
仮にビショップを犠牲にクイーンを取れる状況であっても、今の彼女にはそれをすることは出来ないのだ。  
戦況が有利になるとしても、自身の理性がそれを許さない。  
ビショップを差し出すという事は、バイブを望んでいると見なされるのだから……!  
 
実際、このチェックはAIによる(正確には、この状況になるように設定した康之による)挑発なのだ。  
「ローターと秘所弄り、どっちがいい? お前に選ばせてやるよ」という。  
 
「早くしろよ〜、両胸で遊ぶネタも尽きてきたぜ?」  
「黙って、なさい……!(駄目、ローターも秘所も……どちらも選びたくない!!)」  
 
康之はこの状況を楽しんでいる。そう簡単に終わらせるつもりなど無い。  
即ち、チェックしているが、仮令キングをこの状態で放置しても最後まで取ろうとはしないはず。  
しかしルール上、キングがチェックされている場合は、『必ず』何らかの方法でキングを敵駒の攻撃範囲から逃がさねばならない。  
 
満月は、『康之にキングを取る意思が無い』にも拘らず、生贄を差し出さねばならないのだ。  
 
「……どうしたものかしら、ね(ルールさえ……私の趣味であるチェス自体さえ、私の敵なの……?)」  
「どうしたんだよ、まさか勝負を投げ出すって言うんじゃないだろうな?」  
 
軽い気持で言ったのであろう康之のその言葉が、満月を1つの答えに導いた。  
 
「!! ……馬鹿ね、そんなワケないでしょう(そうだ、投げ出さない。これはチェス……私の好きなチェスなんだ!)」  
 
決意した満月は落ち着いた声で康之の質問を否定し、ゆっくりと手を動かす。  
 
「らしくもないわね。私ったら、何を迷っていたのかしら?(常識じゃない、チェスなら……)」  
「……」  
「サクリファイスも、戦術なのにね……(ルークとクイーンなら……)」  
 
思わず康之も手を止め無言で見守る中、満月は心と口とで、全く同じ言葉を紡ぐ。  
 
「『ルークを、差し出すべきよね……』」  
 
 
満月のキングが横に避け、代わりにルークが身を晒す。  
直後、黒のルークにその首を刎ねらる事で……康之が持つローターのスイッチが入った。  
 
「んあぁぁあぁっっ! やっ、ふぁ……ぬぁぁあぁぁぁあぁぁん!!」  
 
強すぎる快感に耐え切れず、大声を上げながら椅子から落ちる満月。  
それまでの冷静な彼女からは予想も出来ないほど淫らな動きと声色に、康之は唖然とする。  
 
「おいおい、スゲェ反応だな……」  
「はぁう、あぁっ……やめ、お願い、止めてえぇぇぇっ!」  
 
康之の脚にしがみつきながら、ローターの停止を懇願する満月。  
彼女は今、絶頂と強制覚醒を交互に体感していた。  
 
「そいつはルール違反……って、悪い。MAXレベルになってた」カチッ  
「ん! あああぁ……かはっ。はぁ、はぁ……くうぅ……はぁあぁ」  
「スマン、今説明書読み直すわ」  
 
康之が一度ローターのスイッチを切り、付属の説明書に目を通す間に、  
満月は這って移動し椅子に座り直し、息を整える。  
 
「はぁっ、はぁ……説明書、読んでないって、まさかこのローターも……」  
「ああ、友人に借りた。開発指標は……『MAXレベルなら不感症も10秒で絶頂!』だとさ。やっぱ試しといた方がよかったんじゃね?」  
「あんたが自分の身体で、ね。というか、何よその指標は……」  
「さあな。 つーかお前こそ、感じている時性格変わりすぎだろ。何回イったんだよ?」  
「!!……うっさい」  
 
康之に反応を指摘されるも、話題を強制終了する満月。  
実際彼女は、予想の遥か上を行く振動に身体を支配されていたのだ。  
 
「……(『不感症も絶頂!』って、敏感な人の事も考えた商品作りをしなさいよ……)」  
「まいっか……うっし! 操作バッチリ覚えたぜ。レベルどうするよ、7? 8?」  
「1にしといて」  
「しゃーねぇな。んじゃレベル1で、ポチッとな♪」  
「……んくっ! ひぁ……はぁ、ふあぁっ!」  
 
MAXレベルよりはずっと弱いものの、直接乳首に与えられる刺激に声を漏らす満月。  
 
「揉むのも飽きてきたし、しかもその反応じゃ揉まれると駒を落としそうだし、しばらくは観賞に専念してやるよ」  
「はぁぁ……勝手に、しなさいよ……(助かった……)」  
 
康之の言うとおり、満月の精神は限界だった。  
MAXレベルで数度絶頂を向かえ、熱が残っている身体にローターだけでも危険なのに、  
ローターが作動している状態で揉まれれば、試合続行は不可能だっただろう。  
振動に慣れてきたのか喘ぎ声を上げる事は無くなったが、時折喋る事が辛そうな様子が窺える。  
 
「……ふふっ。ねぇ、チェス世界王者も、こんな気分だったのかしら?(圧倒的……)」  
「……どういう意味だ?」  
「味方なんていない、……いるのは対戦相手の、コンピューターと観戦者だけ(観戦者すら敵に思える孤独……私の場合本当に敵だけど)」  
「成る程ね……」  
「相手はミスをしない……! 究極の、『自分との勝負』(自分に、快楽に負けるなんて、絶対に嫌……全力のチェスをやって、最善の手を全て出し尽くす!)」  
「……」  
「そして、気が付いたときには……(だけど……)」  
 
「『待っているのは敗北』」  
 
 
そう、満月は完全に理解していた。  
特殊ルール下での最適な駒の運用法を、ルール自体の罠を、  
そして、数十手先まで幾通りも予想した果てに、その答えがほぼ同じであることを。  
 
ポーンがまた1つ取られ……  
「ベストで、いいでしょ?」  
「あ、あぁ……」  
 
満月がベストを脱ぐと、薄っすらと水色のブラが見える。  
しかし、康之はただ呆然と見るだけであった。  
 
元ポーンのビショップも刈り取られ……  
「ポーンの罰分も払うのよね? どうせバイブ入れるんだし、パンツでいっか……」  
「……待てよ」  
 
満月がスカートの中に手を入れると、ブラとお揃いの水色のパンツが落ちる。  
秘所に触れているであろう部分が幾分か濡れていたが、康之はそれを言及することなく、突然ローターのスイッチを切った。  
 
「……何のつもり?」  
「な、なあ。もう終わりにしないか?」  
「は?」  
 
康之の提案に対し、満月は蔑む様な目で暗に異論を唱える。  
 
「なんか、冷めちまったよ。ゲームで自棄になられると、なんつーか……」  
「何、嫌がったり恥ずかしがってくれないと燃えないとか?」  
「まあ、そんなとこっつーか……」  
「好きな女をただ犯すのは気が乗らない?」  
「ああ、そういう……って、ちょ!?」  
 
思わず正直に答えてしまい慌てる康之を見て、不適に微笑む満月。  
 
「仮にもチェスプレイヤーよ。何となく程度になら、人の心を読めもするわ」  
「ああそうかよ……チクショウ」  
「第一あんた、好きでもない女の体弄って喜ぶほど、節操無しでもないでしょ?」  
「うっせーよ……」  
「そして私も、嫌いな男の馬鹿げたゲームで快感覚えるほど、痴女じゃないわよ」  
「だから馬鹿げたとか言うのは……は?」  
 
生返事しかけた康之は、満月の言葉を理解するのに時間がかかったようだ。  
 
「ほら、早くバイブ寄越しなさいよ。それとも、あんたが入れてくれるの?」  
「……ハハッ、成る程。そーゆー事か! アーハッハ!!」  
「何馬鹿笑いしているのよ、気持ち悪い」  
 
康之はノートPCの蓋を閉じ、スキャナーを回収する。  
 
「そうだよな、勝負は最後まで判らない方が面白いよなぁ?」  
「何のつもりよ? 今更」  
「忘れてたんだよ。ゲームってのは、自分の手で勝たねーと楽しく無いもんだよな」  
「……黒のクイーンが残り4つ。まあ、相手があんたなら、ハンデとしては足りないかもね」  
「忘れてないか? 今はローターのスイッチ切っているし、俺も揉んでない。そしてこれからコイツも入るんだぜ?」  
 
康之はスキャナーを鞄に仕舞い、変わりにバイブを取り出す。  
満月はそのバイブを受け取り、康之に背を向け秘所に入れる。  
 
「んっ……これで、ようやく五分ってところかしら?」  
「んじゃ悪いが、7:3にさせてもらうわ!」  
 
康之が再びローターのスイッチを入れる。   
 
「うあ!? んあぁぁぁあっ! ひぁあ……やぁぁ!!」  
 
レベル3で……  
 
「あぁぅ、ぁぁ……いいわよ、少々不利なくらいの方が、燃えてくるってモノよ!!」  
「へっ、とっくの昔に股の間は濡れてるんだろ? 入れてるバイブ落とすなよ!!」  
 
満月はポーンをルークにプロモーションさせる。ローターのスイッチが切られる。  
そのルークを討とうと、クイーンを斜め付けする康之。  
 
「単純ね、状況を見たら?」  
「ちぃっ!!」  
 
そのクイーンをビショップで撃退する満月。残る黒クイーンは3つ。  
 
「どうせ斜め付けしても、次の手で逃げられれば意味が無いでしょうに」  
「その指導は余裕のつもりかよ!?」  
 
康之は最後のポーンをプロモーションさせないためにクイーンを仕向ける。  
 
「良いのかしら? 王様の護衛を離れさせちゃって……チェック」  
「くそっ!」  
 
じっくり楽しむために残しておいた満月のクイーンにチェックを決められ焦る康之。  
仕方なく、キングを端の方へ逃がす。  
 
「まあ守りに入っても、ナイトがガラ空きだけどね」  
「んなっ!?」  
 
そのままクイーンでナイトを一騎討ち取る満月。  
彼女は完全に、康之を手玉に取っていた。  
 
「見事に私の思い通りに動くわね」  
「だろうな。 でもだからって、取れる駒を見逃すのは性に合わないんでね!」  
 
それも満月の策と判りつつも、クイーンで最後のポーンを取る康之。  
 
「ええ、あなたならそうすると思った」  
 
そう言いながら満月がシャツを脱ぐと、彼女の上半身が、  
ブラジャーに隠された胸元以外の、細い腕や白い首筋が露になる。  
 
「良い眺めだぜ♪」  
「第一発言まで予想通りね」  
「あとはルークを取れば、その邪魔くさい下着ともおさらばして、ついでにレベル5で再起動だ」  
「ちょっと、何勝手にまたレベル上げようとしてんのよ!?」  
「おお、それよりもスカート脱ぐ方が先か? 俺はどっちでも構わないぜ?」  
「前言撤回。 予想以上のド助平ね……」  
 
残る駒は康之(黒)側がクイーンが3個とナイト、そしてキング。  
満月(白)側がクイーンとビショップ、ルーク、そしてやはりキング。  
駒数、駒の価値合計共に、満月が圧倒的不利な状況に未だ変わりは無い。  
 
「ド助平で結構。 予想ってのは裏切るもんだ」  
「今から裏切って間に合うのかしら?」  
「まだ盤面じゃあ俺の方が数段有利なんだぜ?」  
「数と質で負けているなら、策で挽回するだけよ!」  
 
ナイトを叩くために満月が動かしたビショップに対し、クイーンを差し向ける康之。  
満月が更にその対処としてルークで牽制するが、康之は敢えてそれを無視して更にビショップの死角へクイーンを運ぶ。  
 
「言っただろ? 裏切るってさぁ!!」  
「な……!!」  
 
斜め方向からクイーンが来てルークを仕留める。  
このルークはポーンがプロモーションした存在、つまり……  
 
「ルークを取った……やっとこさご開帳だぜ――」  
「チェックメイト!」  
 
ブラジャーを掴もうとする康之の右手を左手で押さえ、高らかに叫ぶ満月。  
 
「……へ?」  
「私の勝ち、合計獲得金額¥47500。もうちょっと、搾り取りたかったけどね……」  
 
盤面を確認する康之の目に映ったものは、たった今ルークを討ち取ったはずの黒のクイーンが、白のクイーンに切り捨てられた光景。  
黒のキングはそのままクイーンに攻撃されており、その逃げ道は白いビショップとキング、そして……黒いクイーンが塞いでいる。  
キングの逃げ道が何処にも無い、まさに完璧な『チェックメイト』だった。  
 
「そんな、どうして……」  
「二重三重に策を練っていたのに、1度目の挑発であっさりかかるなんてホント、『予想外』だったわ」  
「まさか、ルークを囮に……?」  
「相手が裏をかこうとする事まで読み、嵌ったフリをして誘い出し、本陣を討つ。サクリファイスの1つ、『ルアーリング』よ」  
 
勝敗が決し肩を落とす康之に対し、満月は親切丁寧に自分の作戦を明かす。  
康之が改めて、目の前の女性の恐ろしさを思い知った瞬間だった。  
 
「ここまで来て、かよ……」  
「自駒に関しても、私の駒に関しても、クイーンを軽んじ過ぎたわね」  
「丁寧な指導をどうも……」  
「元気出しなさいよ、何か奢ってあげるから」  
「ついさっきまでの俺の金で、か」  
「落ち込みすぎよ、ふぁっ……クシュッ!」  
 
康之が愚痴をこぼしながらチェス盤を片付ける後ろで、満月はクシャミをしながら肌寒そうに腕を擦る。  
 
「それにしても、勝負中は気にしなかったけれど、流石にこの格好は寒いのよね」  
「その中身を直接拝めなかったのが、心残りだぜ本当……」  
「何時まで変態発言やってるのよ。寒いって言ってるでしょ、さっさと暖めてよ……康之」  
 
驚き振り向いた康之が見たものは、恥ずかしそうに頬を赤らめ自分を見つめる、艶かしい満月の姿だった。  
先ほどまでの意気消沈は何処へやら。満月の後ろへ回り込む康之の顔は、とても嬉しそうである。  
 
「……満月の頼みとあらば喜んで♪」  
 
手早くホックを外されブラが落ちそうになるが、  
満月は両手で胸元を隠すように落下を防ぎ、微笑を浮かべ呟いた。  
 
「……馬鹿」  
 
 
ゲーム終了(完)  
 
 

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