まだ20年そこらの人生だけど、まさかストリーキングをやる羽目になるとは思っていなかった――。  
 
 
私、五十嵐久美(いがらし くみ)は派遣介護士として働いている。  
派遣されるのは一人暮らしの高齢者の家が多く、気苦労は絶えない。  
それでも、人と対話しながら世話をするのは好きなので、この仕事には向いているんじゃないかと自分では思っている。  
 
このたび、勤務先が訪問入浴サービスを開始することになり、私もそのスターティングスタッフとして名乗り出た。  
仕事の内容としては、通常の訪問介護業務に加えて、お風呂に入るのを手伝ってあげる仕事だ。  
そして、一番最初に担当することになったのが、今年で85歳になる伊津井ことの(いつい ことの)さんだった。  
伊津井さんは手足が不自由だけど、頭はしっかりしていて当分ぼける心配はなさそう。  
気性は非常に大人しいけれど、それどころか非常に頭の良い人で、つい尊敬してしまう面も多々あるくらいだ。  
絵に描いたような、可愛らしいおばあちゃんだった。  
そんな伊津井さんの息子さん家族が近くに住んでいて、孫娘が中学2年生になるとか。  
伊津井さんの息子にあたる男性はよく伊津井さんの面倒を見に来てくれていて、決して私に任せっきりにはしなかった。  
 
そんなごく普通の温かい家族だったのに。  
伊津井さんの息子さん一家が家族旅行中に、居眠り運転の車に追突されてしまい、孫娘を除いて一家全員が帰らぬ人となってしまった。  
そして、いきなり家族を失ってしまった伊津井さんの孫娘、伊津井慶子(いつい けいこ)ちゃんが伊津井さんと一緒に暮らすようになった。  
家族を突然失ってしまった悲しみに暮れていた慶子ちゃんだったけど、最近はどうにか立ち直ってきたみたいだった。  
私が伊津井さんの家に行った時は、伊津井さんと慶子ちゃんと私の3人でご飯を食べる。  
慶子ちゃんが一緒に暮らすようになり、しかも慶子ちゃんがめきめきと家事を覚えてきたこともあって、私は訪問入浴専門で伊津井さん宅にお世話になることになっていた。  
 
伊津井さんの服を脱がせ、身体を流し、湯船に注意深く浸からせる。  
因みに、勤務先からは介護入浴の際は自分も裸になることが推奨されていた。  
被介護者が入浴に際して、自分だけが裸にされるということに対してストレスを感じる人が多いらしい。  
確かにその気持ちはわかるのだが、とは言え、推奨されたり強要されたりするととても従う気にはなれなかった。もちろん私にだって、裸にはなりたくないという羞恥心があるからだ。  
けれど、私は伊津井さんの人柄が好きになっていたので、伊津井さんを介護入浴させるときには私も裸になって一緒に入浴することにした。  
……実際のところは伊津井さん家のお風呂が広くて、自分も入ってみたかったってのが第一だけど。  
最近は慶子ちゃんと私も仲良くなって、3人でお風呂に入ることもよくあった。  
家族を失った悲しみはこの中学生の女の子には大きすぎる筈なのに、慶子ちゃんも健気に伊津井さんを介護していた。  
 
 
さて、私がストリーキングをする羽目になってしまったお話をしようと思う。  
今から思い返せばもう忘れてしまいたいくらいに恥ずかしい体験だけど、そのときはそんなことに構っていられなかった。  
冗談でもなんでもなく、本当にすっぽんぽんで路上を走っていたのだ。  
 
「慶子ちゃん、背中流してあげる」  
いつも通り、私は派遣先の家で、介護相手のお婆さんとその孫娘の3人でお風呂に入っている。  
「あ、久実さん、ありがとうございます」  
まだ少し幼さを残すけれど、確実に大人に近付いていっている女の子の身体。慶子ちゃんはそんな艶かしい背中を、私に預ける。  
 
最近は、お風呂で慶子ちゃんとお話するのが本当に楽しくなってきていた。  
親元を離れてそれなりに長い私にとっては、年の離れた妹ができたみたいに新鮮に感じられた。  
慶子ちゃんの方も多分同じで、特に家族を亡くしてしまった寂しさを埋めるためにも、私を大切に慕ってくれていた。  
伊津井さん(お婆さん)は、ゆっくりと湯船に浸かっている。  
一応、今は伊津井さんの介護入浴という業務時間中なので、伊津井さんがのぼせたりしないようにだけは気をつけておかなくちゃいけない。  
 
「うひひっ、慶子ちゃんは相変わらずいい肌してますなあ」  
「く、久実さん、手つきがやらしいですよ?」  
……私はよくレズっ気があると言われる。  
もちろん本格的に女の子に恋したりするわけじゃないけど、でも、……女の子の裸って、良いよねw  
「よーし、そんな肌理(きめ)細やかな慶子ちゃんの身体は、タオルなんか使わずに私の手で直接洗ってさしあげましょう!」  
「えっ、そ、そんな、……ひゃああっ!そ、それはセクハラ……!」  
「う〜ん、これはいい触り心地……(もみもみ)」  
「んぁっ、それ洗ってないです、揉んでます……」  
「……何か、もう私くらい大きくなってない?こりゃ将来が楽しみだわい(コリコリ)」  
「ふえええ……ひゃっ!そ、そこはほんとダメです!」  
「ああもうほんといい身体ね、そんな身体してるのが悪いのよ」  
「久実さん、そんな百合ん百合んな発言はやめてください……!」  
「まっ、この子ったらどこでそんな言葉覚えたのっ!?」  
 
じゃれ合う(?)私たちの方を見ながら、伊津井さんはずっとにこにこしている。  
就職に際して親元を離れて一人暮らしをしていた私にとって、伊津井家は第二の家族のような環境になっていた。  
 
「……久実さん、次は私が洗います。背中を向けてください」  
「ん、ありがと。お願いね」  
「……(キラーン☆)」  
「ん?ひゃああ!!」  
「痒いところはございませんか?」  
「わ、腋なんか痒くないって……ひゃはははははっ!!」  
「じゃあこの辺なんかどうですか?」  
「だめええ、脇腹も弱いのおおひゃははははは!!」  
「久実さん、細くっていいなあ……」  
「お腹はやめてお腹は、そこほんと弱いから……でもおへそはもっと弱いからやめ、あひゃああ!!」  
 
……慶子ちゃんに笑顔が戻って本当に良かった。  
 
広いお風呂で贅沢なお湯を堪能し、3人揃ってお風呂からあがった。  
私は自分の身体より先に伊津井さんの身体を拭き、服を着せた。  
そして、私も身体を軽く拭き、まだ乾ききっていない髪と身体にそれぞれバスタオルを巻き、伊津井さんをリビングとくっ付いた縁側に誘導した。  
「五十嵐さん、今日もありがとうございます」  
「いえいえ、こちらこそいいお湯をいただいちゃいまして……」  
「いつもいつも親切にしてくれて、本当にありがとうございます」  
「そ、そう言ってもらえるなんて……それより、いい風ですね」  
「ああ、本当ですね。今日も夜風が気持ちいいですね」  
自分の身体を拭く前に伊津井さんを縁側に座らせて涼ませ、自分はまたお風呂の脱衣所に戻って髪を乾かしたりする。これがいつもの流れだ。  
慶子ちゃんはまだ長い髪を乾かしている頃だろう。さて、どんな悪戯をしてやろうかな……ウヒヒっ  
 
仕事として派遣された、一応は勤務先としての廊下。バスタオルを巻き付けただけの姿で歩く私。  
「誰も見ていない」ことと、「プライベート性のない場所である」こととが合わさると、人間つい奇行に走ってしまうものだ……  
(例えばエレベーターに一人で乗ったとき、ついつい奇声をあげたり自分のスカートを捲ってみたりしないだろうか……あれ、私だけ?)  
 
身体に巻いたバスタオルを取っ払い、素っ裸で廊下を歩いてみる。  
他人様(ひとさま)のお家で裸になっているというほんのり軽い刺激に、薄く笑みが溢れる。  
バスタオルを背中に回して両端を手に持ち、変質者がコートを広げるように、廊下の上でバッと広げてみせる。  
うひひっ、何やってんだろ私。こんな他人様のお家でさあ……  
 
ダン、  
ダン、ダン、ダン、  
 
ドオオオン!!!  
 
廊下の途中に、今の私からは左手に見える階段。  
ここは一階。上から黒い大きな物が、大きな音を立てて落ちてきた。  
 
な、なに?なにこれ?  
 
落ちてきたものは苦しそうに低く呻き、顔を上げた。  
私はやっと、それが大人の男性だと認識した。  
 
「きゃああああああああ!!」  
私は叫んだ。叫んだと同時に、慶子ちゃんが真っ裸のまま廊下に飛び出してきた。  
私は両手に持っていたバスタオルで身体を覆い隠した。  
 
男は黒づくめの服装だった。露出している顔以外の部分は黒一色で覆われていた。  
黒いジャージに、黒い長袖のTシャツの裾を入れている。黒いソックスに、黒い軍手。  
手に持っているのは、純金製の懐中時計。慶子ちゃんが亡くなったお父さんの形見として見せてくれた、思い出の懐中時計。  
 
恐らく、男はさっきまで二階に居た。二階から忍び込み、二階の部屋を漁っていた。  
そして迂闊なことに、廊下の途中にある階段で足を踏み外し、転落してきたのだろう。  
……私は咄嗟に、その男が泥棒だと認識した。  
 
男の向こう側には慶子ちゃんがいる。私たち2人で、男を挟み込んでいた。  
男は起き上がり、慶子ちゃん目掛けて突進した。  
慶子ちゃんは裸の胸と股間を手で隠し、身を縮めた。  
男は慶子ちゃんに強烈な体当たりをかました!  
慶子ちゃんの裸身が吹っ飛ばされた!  
「慶子ちゃん!」  
隠す物も隠せず横たわる慶子ちゃんの横を男は通り過ぎ(こんなときに何不謹慎なこと考えてるかなあ私……)、玄関に向かって走った。  
「あいつ、時計……」  
膝と腕を立てて仰向けのまま顔を上げて、慶子ちゃんは私を見上げている。  
(慶子ちゃん、股広げてるから、見えてるよ!……へー、慶子ちゃんのって、こうなってんのかあ。私より襞浅くない?)  
「ま……慶子ちゃん、大丈夫!?」  
慶子ちゃんの目に薄く涙が滲んでいた。  
慶子ちゃんはそのままの体制で顔を後ろに向け、玄関の前にいる男に向かって声を荒げて叫んだ。  
「時計返せ!お父さんの形見の時計、返せええええ!!」  
普段はどちらかと言うとややおとなしい、おしとやかな女の子の慶子ちゃんが出した鬼気迫る怒声に、私の身まで竦みそうになった。  
(慶子ちゃん、こんな声出るんだ……)  
 
そして、その時計が盗まれようとしていることに対して慶子ちゃんが激怒しているのは、至極当然だった。  
慶子ちゃんはほんの数ヶ月前に、お父さんとお母さんと弟を、つまり自分以外の家族を全員亡くした。  
亡くなったお父さんを、家族を思い出すことの出来る貴重な時計だと言って、慶子ちゃんはその時計を自分の机に大切に飾っていた。  
慶子ちゃんのお父さんは時計コレクターで、生前はその時計を、純金製な上に骨董品的価値のあるお気に入りなのだと慶子ちゃんに言い聞かせていたらしい。  
慶子ちゃんのお父さんの自慢の時計……しかし、目の前の泥棒にとってはそんな思い出の品も、金銭的な価値のあるものでしかない。  
 
階段を転落しながらぶつけた脚が痛むのか、やや走りにくそうにしながら男は玄関前に辿り着いた。  
そして慌てた辿々しい手つきで、玄関の扉の二箇所の鍵を、カチャッ、カチャッ、と開けた。  
そして男は、最後に残ったチェーンキーに手をかけようとしていた。  
 
慶子ちゃんは起き上がり、男目掛けて駆け出した!  
男の手がチェーンキーを外した。扉が開いた。  
開いた扉の隙間に、男の身体がするっと滑り込んでいった。扉が閉じた。  
慶子ちゃんが裸足のまま玄関の下足所に足を置いたときには、男の姿は外の闇夜に吸い込まれて消えていた。  
私はバスタオルを方に羽織った状態で、その光景を見ながら呆気にとられていた。  
 
そして、この話を下司(げす)な観点で見るならば、ここからがハイライトされるところであり。  
下足所にいる慶子ちゃんはサンダルをもどかしそうに履き、傘立てに立てられていた安物のコンビニ傘を手に取ると、  
 
 
次の瞬間、慶子ちゃんは、全裸のまま家の外に出てしまったのだ!  
 
 
男は家の外の門を開けるためにまた足止めを食らっていた。  
外に飛び出した慶子ちゃんは、傘を振り上げ、男に殴り掛かろうとしている。  
 
 
どうする私――。  
このまま放っておくと慶子ちゃんが危ない。  
でも、私まで慶子ちゃんと一緒に外まで飛び出してあげる必要はあるのだろうか?  
そもそも伊津井さんを放ってどこかへ行くのはよくない。職務放棄だ。  
それに、もしあの泥棒に仲間がいるなら、私まで外に飛び出したなら、  
身体が不自由な伊津井さんだけが家に残されてしまうことになり、伊津井さんまでも危険な目に遭ってしまう――。  
しかし、――自分が裸であることも気にせずに、お父さんの形見を必死に取り返そうとしている慶子ちゃん。  
何より、そんな格好で見知らぬ暴漢に立ち向かって行くのだから、最悪の事態すら考えられる――。  
 
私は、バスタオルを身体に巻き付け、腋の下で縛りながら、縁側にいる筈の伊津井さんに聞こえるように、大声で叫んだ。  
「泥棒があの時計を奪って逃げました!慶子ちゃんが追っかけて外に出ました!私も慶子ちゃんを追っかけます!」  
伊津井さんの返事は聞こえない。縁側の戸締まりもできないままだけど、気にしていられない。  
履いてきたスニーカーに素足を通し、慶子ちゃんと同じように傘立てからコンビニ傘を手に取り、  
私もバスタオルだけのまま外に飛び出した!  
 
慶子ちゃんは男の服にしがみついていた。  
男も時計を大事に抱え込んでいるので、せいぜい身を捩ることでしか慶子ちゃんを振りほどくことが出来ない。  
そこに私も、傘を振り上げて男に殴り掛かった!  
「久実さん……!」  
次の瞬間、男が乱暴に身体を揺すり、慶子ちゃんを引きはがした!  
私の傘は男の後頭部に直撃したが、大したダメージにはならなかったみたいで(軽い傘だから、突かないと大して痛くないだろう)、  
男は門の外に出て行ってしまった!  
「慶子ちゃん、大丈夫!?」  
暗がりの中、家からの光を受けて目映い裸身に私は駆け寄る。  
慶子ちゃんの綺麗な長い髪が、地面に無造作に撒かれている。  
「久実さん……あいつが、あいつが!!」  
そして身体を完全に起こしきる前に、足をもどかしそうに縺れさせながら、傘を片手にまた男を追いかけ始めた。  
男は少し先を走っていた。さっき階段で打ち付けたせいか、あまり足は速くない。  
 
……私は決意した。  
慶子ちゃんのためにも、絶対にあいつから時計を奪い返してやる!  
自分が素っ裸であることすらお構い無しに外に飛び出した慶子ちゃんのいじらしい努力を、決して無駄にはしない!  
14歳の女の子が、裸で路上に出たのだ。慶子ちゃんが恥ずかしくないわけがない。  
門を出た慶子ちゃんを追いかけ、私も門を出る。  
慶子ちゃんに追いつき、横に並び、目配せする。  
「……」  
何か言いたげに口を開きかけた慶子ちゃんの口元は決意を秘めた微笑みに変わり、そして男を睨む凛々しい横顔を私に向けた。  
 
そのとき、私の身体に巻いていたバスタオルが、解けて、はらりと落ちた!  
一瞬そのバスタオルを拾おうかと考えたが、……私にとってそのバスタオルは却って邪魔だった。  
慶子ちゃんが健気に素っ裸で頑張っているのに、私だけがバスタオルを巻いたままだったというのが気に掛かっていた。  
慶子ちゃんと同じ立場に立ちたかった。  
当たり前のことだけど、誰も好き好んで路上を裸で走りたくなんかない。  
それなのに、今の私は、慶子ちゃんと一緒に、裸になりたかったのだ。  
私、本当に慶子ちゃんのことが好きなんだなあ……大丈夫。慶子ちゃんだけに恥ずかしい思いはさせないから!  
こうして、裸の女が路上に2人。傘を振りかざし男を追いかけている。……何てシュールな光景だろう。  
(あと、この非日常的な経験に、「素っ裸で走った」という更なる彩りを添えたかったことも言っておこう。  
私だって決して痴女じゃないから、本当に恥ずかしいのだ。その昂りがこの経験を更に刺激的に仕立ててくれるのだ……)  
 
夏の夜。  
湿気を帯びた夏の夜風が、真っ裸になっている私の全身にねばねばと絡み付く。  
身体が露出しているから感じる、外気。  
外気が、剥き出しの肩を、腋を、腰を、お腹を、おへそを、……胸元とその先っぽを、そして股の下を、嬲るように弄りながら通り抜けていく。  
靡く自分の髪が、肩や背中をむずむずとくすぐる。  
全身からにじむ汗が外気に触れ、すぐに冷えていく。  
何より、下着によって押さえつけられていない剥き出しの胸が、何の慎みも無く大袈裟に揺れまくっている。  
私の意に反してばいんばいんとはしたなく弾む乳房と、乳房の振動と一緒に弧を描く薄茶色の先っぽ。  
揺れる乳房が痛い。  
――それら全ての感触が生々しくて、私が今路上で全裸になっているということを片時も忘れさせてくれない……。  
うわ〜ん、バスタオル拾ってくれば良かった〜////////  
慶子ちゃんへの同情や、興味本位なんかで私も全裸になってやろうなんて、変な気を起こすんじゃなかったよぉ……///////  
……とんでもなく、恥ずかしい。  
この辺は人通りは少ないところだから、どうか、他の誰にも見つかりませんように……!  
 
私に並走している慶子ちゃんの横顔を眺める。  
目元に薄く涙を滲ませながらも、目の前の男を強く睨みつけている。  
口元は一文字にキリッと結ばれているが、……その顔はのぼせたように赤い。  
私と同じように、みっともなく弾む慶子ちゃんのおっぱい。はっきり言って、その弾むおっぱいだけを眺めたとしたら、笑えるくらいに可笑しい。  
しかし、その弾むおっぱいが、今の私自身の弾むおっぱいの状態をはっきりと教えてくれる……。  
先端には薄桃色の可愛らしい突起。その突起は散々外気に嬲られ続けたせいか、固く隆起している。  
慶子ちゃんの長い髪の先端は腰元まで届き、丸出しの小さく可愛いお尻をこしょこしょとくすぐり続けている。  
……間違いなく、慶子ちゃんは恥じらっていた。  
多分私と同じで、路上を裸で走るという初めての経験がもたらす五感への刺激によって、自分が裸だということを嫌というほど思い知らされているんだろう。  
あられもなく肌を晒しながら走る女の子に、絶え間なく与えられ続ける羞恥心と屈辱感。  
(もちろんそれは私だって同じだ。こんな風に、他人事のように客観的な懐述を挟まないと、私だって恥ずかしくて耐えきれないのだ)  
でも、恥ずかしさで泣きじゃくりたいのを我慢しながら、慶子ちゃんは目の前の男を必死で追いかけていた。  
 
――絶対、時計を取り返そうね、慶子ちゃん!  
慶子ちゃんの含羞の表情の奥にある決意の表情に、私も少し涙を浮かべながら改めて決意した。  
ヤらしく、みっともなく丸出しのおっぱいを弾ませる2人の女は、目の前の悪漢を全力で追いかけ続けた。  
 
高校時代に運動部所属だった私の足の速さをなめてもらっては困る。  
ましてや、相手は脚を痛めているんだ。  
並走している慶子ちゃんを追い抜き、私は男との距離をぐいぐい縮める。  
もう容赦しない。手にしているこの傘で、とことん痛めつけてしまおう。要は時計を奪い取ってしまえばいいんだ!  
私は傘を両手で持ち、槍を突き立てるように構えた――  
 
えっ!?  
 
確かに、ここがいくら人通りの少ない地域だと言っても、それは当然のことだった。  
前方の交差点から人がこっちに歩いてきたのだ!  
男の子。学ラン。中学生か高校生。  
こっちを見て、驚いてる。裸の女2人の姿を見て、驚いてる!  
「ひっ!!」  
突如現れた男の子と視線が合い、思わず怯んでしまった。  
……見られた、見られた!  
彼氏でも何でもない男の人に、裸見られた……///////  
……警察とか呼ばれちゃうかなあ。  
いや、むしろ警察呼んでもらったらいいんだよね、きっと。  
でも、私たちの方が逮捕されちゃいそうだなあ……何しろ、パンツも穿いていない真っ裸だからなあ……  
うああああ〜、恥ずかしいよお!早く捕まえなきゃ!!  
 
「い、伊津井……!」  
「高津くん……!」  
あれあれ、まさか、慶子ちゃんのクラスメイト!?  
うわ〜、私なんかより、慶子ちゃんの方が悲惨だなあ……  
知ってる人に、ましてや男の子に、こんなストリーキングを見られちゃうんだもんなあ……  
でももちろん、今はそれを気にしてはいられない。  
 
男が交差点を右に曲がった。差が少し広がってしまった。  
少し怯んだ私に、慶子ちゃんが追いついた!また2人で一緒に走って追いかけていく。  
 
 
男はうねうねと路地を曲がって行く。  
私たちはそれに食らいつく。  
今はこんな人通りの少ない住宅地の路上だけど、そっちの方向は。  
地方都市によくあること。人通り少ない路地を曲がれば、すぐそこに人が犇めく繁華街。  
男の進む方向に行けば、このまま行けば――。  
 
前方に、アーケード街の明かり。  
男は無情にも、アーケード街に入って行った。  
人がいっぱいいるアーケード街の中に、全裸のままで私たちも入って行かなくてはならなかった――。  
 
暗い路地を抜け一転、夜も明るい繁華街。  
往来を闊歩する、夜行性の人々。  
眩い光と衆目に。私たちの裸が、晒された――。  
 
「ひいいいいいいっ!!!」  
やだっ!人、人がいっぱいいる!!  
街行く人みんな、ほんとにみんな、こっち見てる!  
いきなり登場した不審な裸の女2人に、そこにいる全員の視線が注がれる。  
 
 
もうずっと見続けている、黒づくめの男の後ろ姿。  
人ごみの中は走りにくいから、男を見失ったら終わりだ……!  
意識は、何としても男に集中――  
 
うあああん、無茶だよそんなの〜!  
見てる、見てる!みんなこっち見てるよ〜〜!!!  
全裸で人犇めくアーケード街の中に闖入した、不審な私たちの方を!  
見るな、見るな、見るな〜!私たちだって、やりたくてこんなストリーキングやってるわけじゃないっての!!  
目立ってる……でも、せっかく人がこんなにいるなら。目立ってしまっているなら!  
私は、叫ぶことに決めた。でも……  
「泥棒……時計が……」  
駄目だ……疲れて大声が出せない。頭も回らない。  
私はただ、うわ言のように「泥棒、泥棒」と繰り返し続けることにした。  
心ある協力者の行動に一縷の望みを託して。  
 
私たちの裸身は、相変わらず衆目を集め続けている。  
ある人は、不審者を訝しむ目を。  
ある人は、突如現れた裸の女の身体を愉しむ目を。  
その視線は、揺れ続ける乳房に、無防備な股間に、丸出しのお尻に、遠慮なく注がれ続けている。  
気にしないようにしてたけど、恥ずかしさで顔が熱くなってくる……涙が滲んでくる……。  
気にしちゃダメだ……走れ!今はただ、時計を奪い返すことだけ考えなきゃ!  
なのに、なのに……  
みんなが見てる!私たちの裸を、遠慮なく見てる!視線が刺さる!!  
うわあああん、お願い、見ないでください!お願い、見ないで!  
 
もう無理かも……全速力で走れるのも限度がある……  
男との距離は、縮んだり離れたり。  
男だって疲れてるはずなのに。やっぱり体力や持久力では男にかなわないのかな……  
 
走り続けてアーケード街の終端。  
バスロータリー。バス停にある大きなデジタル時計が示す時刻は19時59分。  
毎時00分から15分おきに出発する、市内バス。  
 
男は、バスに乗り込んだ。  
バスは、間もなく出発する。  
これは、やはり疲労の限界だったであろう男の、恐らく、最後の賭け。  
このバスを逃したら、私たちは、男に撒かれてしまう!  
 
慶子ちゃん――同じく顔を赤らめ、涙顔で必死で走っている――息も切れ切れだけど、一緒に、バスに乗ろう!  
あのバスにさえ乗れれば、私たちの勝ちなんだから!  
顔を見合わせ、頷き、そして、最後の力を振り絞って走り出した!  
 
デジタル時計が示す時刻は、まだ19時59分。  
まだ変わらないで。20時丁度には、もう少し時間があるはず!  
 
ラストスパート。なりふり構わず、ひたすら、前へ。  
デジタル時計の時刻が、今、変わった。  
微かに聞こえる、バス車内の音声案内ボイスの「発車します」  
待ってください!私たち、乗ります――  
 
 
 
座席が埋まり、立っている乗客が何人かいる程度の乗客率の、20時丁度発車のバス。  
バスに、乗り込めた――。  
「開けろ!ここを開けろ!」バスの前方で、男が運転手さんに叫ぶ。  
そうはさせてたまるか!  
息切れと疲労の限界のなか、全力を振り絞って、私は叫んだ。  
「その男、……泥棒です!……捕まえてください!……開けないで……!」  
 
バスの乗客にとっての日常を打ち破る、泥棒と裸の女2人の、いきなりの登場。  
衆人環視が、刺さる……。  
男は、バスの前方ドアをドンドンと蹴り始めた。無理矢理こじ開けようとしている。  
「開けろ!あの変態の女の言うことなんか聞くな!開けろ!」  
『変態』というその一言に、私の顔は恥ずかしさで一瞬の内に紅潮する……。  
運転手さんにドアを開けられたら終わりだ!運転手さんが、男の言うことを聞いちゃったら――  
 
「狂言じゃありません……、(男が)取り乱してるのが、証拠です……」  
慶子ちゃんが口を開いた。  
息も切れ切れだけど、車内の人には聞こえるくらいの音量だった。  
その発言は、『変態』のレッテルによって立場が弱くなっていた私たちが優位に立つために有効なものだった。  
……そして。  
どこにそんな体力が残っていたんだろうってくらいの大きな声で、  
普段はおとなしいはずの慶子ちゃんが、涙声で叫んだ。  
 
「お父さんの形見の大切な時計、返してください!!」  
 
 
「ぅおい、バス壊れるやろが」  
運転手さんが立ち上がり、バスのドアを蹴っている男を羽交い締めにして引っ張り上げた。  
男が片手でずっと持っていた時計が零れ落ちた。  
そして運転手さんは男を自分の方に向かせて、太い腕で男の頬を討ち抜いた。  
一瞬だった。殴るというより、射抜くという表現の方が正しいかもしれない。速くて重い一撃だった。  
男の身体はその一撃で倒れ、動かなくなった。  
運転手さんは、動かなくなった男をうつ伏せにして、その背中の上にしゃがみ込んだ。  
 
強面の(多分、前科でもありそうなくらいに恐い顔の)運転手さんがこっちに向かって、微笑みもせずに言い放った。  
「姉ちゃん達、待っとけや。警察呼んだる」  
そして運転手さんは、男の背中の上にしゃがみ込んだまま、無線で連絡を取り始めた。  
「ええっとぉ、強盗?が逃げようとしてバス蹴りよったんで、殴って黙らせました。110番してもらえますか?」  
太く低い、ものすごく無愛想な声だった。  
 
私たち2人は直立不動でその様子を眺めていた。  
とりあえず、時計は男の手から離れた。男はもう、動けない。  
無線での連絡を終えた運転手さんが、時計に目を向けながら私たちに話しかけた。  
「形見の時計いうのはこれか?」  
「あっ……は、はい!」  
運転手さんは時計を拾い上げ、私たちの方にゆっくり放り投げた(!)  
凄くびっくりしたけど、その時計は慶子ちゃんが、胸元で丁寧に受け取った。  
 
「あ、ありがとうございましたっ!!」  
私たち2人は、声を揃えてお礼を言った。  
私は、慶子ちゃんと顔を見合わせた。顔が嬉し涙でくしゃくしゃになっている。  
「久実さんも、ありがとうございました!こんなところまで、付き合わせてしまって……」  
私は、慶子ちゃんの裸の身体をしっかりと抱きしめた。  
「慶子ちゃん、よく頑張ったね!ちゃんと取り戻せたね!」  
おっぱいがそれなりに膨らんでいる以外はまだまだ小柄で幼さを残す身体を、しっかりと抱きしめる。  
……ああ〜、たまらないわぁ。  
大好きな慶子ちゃんのその汗を帯びたすべすべの肌が、私の肌と直に密着する感触がたまらなかった(こらそこ、ズーレとか言わないっ!)。  
 
運転手さんは車内放送で、非常事態につき警察の到着まで待機してもらいたいとの指示を乗客にアナウンスしていた。  
その後、運転手さんの尻の下で組み伏せられていた泥棒が意識を戻し、運転手さんにドスの利いた声で詰られていた  
(ついでに2、3発殴られてたみたいだけど……)。  
もう後は、警察の到着まで待っていればいいんだ――。  
 
 
「あ〜、つかれたぁ……」  
私はすっかり安心し、その場に四つん這いになってへたり込んだ。  
もう、立っていられない。掌と膝を床に付き、頭を垂れ、大きく深呼吸する……  
 
……何やら不穏なざわめきを感じる。  
「く、久実さん……あの……」  
今の私の姿勢。疲れ果てて手と膝を床に付き、お尻を上げている。  
忘れていた。裸だったことを!  
この姿勢だと、お尻の穴もあそこも、丸見えになってしまうことを!!  
 
警察が来るまでしばらくの間は、私たちはバスの中で裸で過ごさないといけない。  
これが、今日の私たちの、最後の関門だ。  
うああ〜、今日は何てついてないんだ――。  
 
 
何とか腕と脚に力を入れ、自力で起きようとする。  
しかし、一度へたり込んでしまったら、もう自力で起き上がれない。  
結局また、膝立ちで上半身を前傾させた姿勢で倒れ込んでしまう……。  
人間が、特に女が、一番恥ずかしくて一番無防備なところを、こんなにあっさりと、曝け出してしまっている――!!  
……ええい、もう!見えるんだったら見せちゃえ!  
私はほんと疲れてるんだ。私はこのままの姿勢でサービスしてあげるから、見たけりゃ勝手に見ればいいよ!  
そのかわり、後でどんな人が私のあれを見たのか、その顔をじっくり見せてもらうからね。  
『ああ、こんな人が私のあそこをじっくり見たのかぁ』って、後で思い出してニヤニヤしてやる……!  
 
……などとふざけたことを考えていたら、吊り革に掛けていた方の片手を慶子ちゃんが私に手を差し出してくれた。  
掴まれってことだよね。ありがとう、慶子ちゃん。  
自分も疲れていて、立つのもやっとのはずなのに。ごめん、甘えるよ。  
やっとのことで立ち上がり、すぐさま体重を吊り革に掛けた片手に預ける。  
動いてもないバスの中、裸の2人は吊り革に掴まっている。   
 
このバスのシートは、電車みたいに横長(進行方向に平行)なものが備わっている。  
だから、吊り革に掴まって立っちゃうと、シートに座っている人の目の前になってしまう……!  
私の目の前には、スーツを着た20代くらいの中肉中背の男の人。  
男の人の目の高さに、私の股間……。  
私の陰毛が、彼にとって思いっきり凝視できる位置にある……////////  
男の人は、訳もなく私の顔を見上げて、胸を凝視し始め、そしてまた定位置の股間に視線を戻した。  
うう……恥ずかしい。裸で立っているのも恥ずかしいかも……。  
さっきまで裸で往来を走って、もう散々色んな人に見られてきた筈なのに、  
しかもさっきはついうっかり四つん這いの姿勢までとって、見せちゃいけないあそこまで見せちゃったのに、  
どうしてまだ、こんなに恥ずかしさがこみ上げてくるんだろう……/////  
目の前の男の視線は遠慮がない。視線を慌ただしく、首と一緒に動かしている。  
見ないでくださいと注意してやりたかった。でも、口を開く方が一層恥ずかしく思えて、何も言えなかった。  
私は内股になり、もじもじと脚を摺り合わせた。今さら手で股間を隠すのも却って恥ずかしいように思えた……。  
 
「どないしたんや君ら、裸んぼで」  
私の斜向い、慶子ちゃんの身体を真ん前にして、同じくじろじろ眺めているおっさん(と呼ばせてもらう!)が、大声で話しかけてきた。  
縒れた汚らしい私服に、酒で紅潮した脂ぎった顔。50代くらいかな。仕事はしてなさそう。  
「えっ、あの……、あの人が私の家に泥棒に入って、これ(懐中時計)を盗んで行ったんです。で、私たちも追いかけて……」  
慶子ちゃんが説明してくれた。  
「それで、何で裸やねん。大事なんはそこや。がっはっは」  
「いや、丁度私たち、お風呂上がりだったから……」  
「服着る間もないくらい大切なもんやったんか?」  
「は、はい!この時計、私の亡くなったお父さんの形見なんです!」  
裸のまま、身振り手振りを加えながら慶子ちゃんがおっさんに説明する。  
身振り手振りとともに、慶子ちゃんのおっぱいがおしとやかに揺れる。  
私はその揺れる乳房を半分うっとりとしながら眺めていると、  
私と同じ目つきで(……いや、つっこまないで)おっさんが慶子ちゃんのおっぱいを眺めていた。  
 
「それにしても君らなあ……」  
おっさんが大声で続ける。私たちに雑談してる気力がないことくらい、わかってほしいのに……。  
いや、違う。このおっさんは、私たちにイヤらしい言葉を投げかけて、反応を愉しんでいるだけなんだ!  
慶子ちゃん、そんなおっさんに律儀に返事しなくていいよ!  
「人様の前で裸んぼは失礼やろ。君らいくつや?」  
「え、わ、私は14歳です」  
私は断固、口を噤んだ。  
「14歳やったら、もうお外を裸で歩けへんわなあ。もう君も、おっぱいおっきいし、毛も生えとるねんから。がっはっは」  
慶子ちゃんの顔がまた赤らんできた。もう半泣きだ。  
おっさんの言葉が癇に障る。私の羞恥心もいちいち煽られる。  
……誰か、このおっさんを何処かに追いやって!  
折角、慶子ちゃんの時計を泥棒から取り返してめでたしめでたしなんだから、最後に泥を塗らないで!  
だいたい席に座っている誰か一人でも、私たちに席を譲ってくれたらいいのに……。  
「君ら、すっぽんぽんで恥ずかしないんか。見られて嬉しいんか。嬉しいんやな?ぶははははっ!」  
慶子ちゃんの目元は、今にも堰を切って溢れそうな涙を必死で堪えている。  
……もう、我慢できない。  
 
「……ええ、とっても恥ずかしいですよ」  
涙目の慶子ちゃんを放ってはおけない。おっさんの口撃の矛先を、私に。  
「ん?君はこっちの子のお姉ちゃんか?」  
「え、ええ、そうです(説明も面倒だ)」  
「似た者姉妹やねんなあ、恥じらいもなくすっぽんぽんでバスに乗ってくるなんて。ぶっはっは」  
「……ですから、……すっごく恥ずかしいんですけど。無神経な誰かさんのせいで!」  
私はおっさんを睨みつけながら言い放った。それがおっさんの癪に障ったみたいだ。  
「おいおい、君失礼やろ。若い女の子が年上の男にそんな口利いたらあかん」  
『若い』『女の子』だから何だって言うんだこのおっさんは!  
「私、若くても、女だろうと、礼儀は弁えているつもりです!少なくとも、今の私たちに喋りかけてくる誰かさんよりは!」  
「く、久実さん……」  
慶子ちゃんが涙目で私を制止した。  
……そうだ、私が熱くなっちゃいけない。もうすぐ、もうすぐこの悪夢は終わるんだから。  
 
「だいたい君ら失礼やろ?男やったらちんちん付いとる場所を隠しもせんと、俺の目の前で見せびらかしとるわけやで」  
慶子ちゃんがおずおずと、今まで隠すのを諦めていた股間と胸を、両手で隠してしまった。  
同時に、私の前の男が、うっかり垂らしてしまった涎をジュルジュルと啜る音を立てた。  
私がおっさんと言い競り合いしている間、この男は遠慮なしに私の身体を眺め続けていたらしい!  
……私もつられて、胸を股間を両手で隠した。  
この格好、厭なんだよなあ。なんか余計恥ずかしくて……。  
「そんななあ、汚いところを人様に見せつけて。変態か君ら。がっはっは」  
いちいち挟まれる下品な高笑いに虫酸が走る。  
……殴ってやりたい。このおっさんを、思いっきり殴りつけてやりたい!  
「……っく、ひっく、……」  
ああ、慶子ちゃんが泣き出しちゃった!  
頑張って、慶子ちゃん。もうすぐ、もうすぐ警察も来てくれるんだから!  
 
 
「っああ、お客様ぁ!」  
運転手さんのドスの利いた声が車内に響いた。運転手さんはその凶悪な表情をおっさんに向けている。  
「え〜、当バスの品位を貶める下品な発言はおやめくださぁい!当バスの乗客としてふさわしい態度をお願いしまぁす!」  
おっさんの発言に、運転手さんも苛々してたみたいだ。おっさんはシュンとなって黙り込んだ。  
また運転手さんに助けてもらった……。ありがとう、運転手さん!  
 
 
ほどなくして、警察がやってきた。  
警察は泥棒の男を連行し、私たち2人も事情聴取のために一緒に連行されることになった。  
警察の人は私たちが裸なのを見て、毛布を用意してくれた(常備してるのかな?)。  
身体を隠せるものを手に入れて、やっと心の底から安心することができる――。  
 
 
その後、私たちは事情聴取を受けた後、わざわざ慶子ちゃんの家まで送ってもらった。  
泥棒に入った男は初犯の単独犯だったらしい。たまたま泥棒に入った伊津井家で純金製の金目の物を見つけて、手放したくなくなったそうだ。  
確かに純金製の形見の時計は、もし売るならばもの凄い値段が付くと思う。使用されている金の量だって半端じゃない。  
私も慶子ちゃんも、伊津井さんを放って来てしまったことが心配だったけど、無事に私たちの帰りを待っていてくれた。  
私は大袈裟なくらいにお礼を言われた。慶子ちゃんは少し叱られていたけど、私がかばった。  
私は派遣先の家を盗難から防いだということで勤め先から褒めてもらえないかなあと期待していたら、逆に訓戒されてしまった……。  
この事件は新聞記事にもなった。  
しかも、私たち2人が素っ裸で犯人を追いかけたということが面白可笑しくハイライトされてしまていて、  
新聞の見出しも記述も、とてもセンセーショナルなものだった……。  
 
何はともあれ、凄く恥ずかしいけど、私にとってはいい思い出だ。  
慶子ちゃんもあれから、内心すごく恥ずかしいはずなのに、健気に毎日を送っている。  
慶子ちゃんが途中で直に裸を見られちゃったあの男の子(高津君だったかな?)には、慶子ちゃんは何て説明したのかな。  
慶子ちゃんが学校で気まずくなっていないことを願うけど、でも、慶子ちゃんにとってはそんなことはきっと些細なことだろう。  
慶子ちゃんにとってはきっと、時計が無事に手元に戻って来たことの方がよっぽど大切なことだから。  
 
 
「慶子ちゃん、戸締まり大丈夫?」  
「はいっ!」  
今日も慶子ちゃんは、伊津井さんの介護入浴に一緒に入ってくる。  
あんなことがあったから、入浴時の戸締まりは念入りにすることにしている。  
今日も私は伊津井さんの身体を洗い流し、湯船に注意深く浸からせる。  
「……久実さん」  
「……ん?」  
「今度2人で、温泉にでも旅行に行きませんか?久実さんとゆっくりお話したいです」  
私は不覚にもときめいてしまった。何て可愛いことを言うんだろうこの子は!  
「う、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でも、伊津井さんに留守番してもらっていいのかな?」  
「私は構いませんよ。慶子もお姉さんができたみたいだって、いつも喜んでますから」  
「おばあちゃんなら大丈夫ですよ。私、行きたい温泉があるんです」  
「……うん、行こっか!」  
 
 
 
終わり  
 

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