街の喧騒から離れた早朝の山の中、そこにある神社の舞台で、私は一人、舞を舞う…  
この神社は、この町で一番高い山の頂上にあり、江戸より遥か昔から続く、由緒正しき神社で、祭られているのはアメノウズメ様。  
ウズメ様は、日本神話において、天岩戸にお隠れになったアマテラス様の気を引く為、踊りを踊った事から、芸の神と言われてる女神様。  
稲の収穫前のこの時期、台風が来て稲が倒れては困るので、アマテラス様がお隠れにならない…つまり、天気が悪くならないよう、アメノウズメ様の故事に倣い、巫女が舞う神事が行われる。  
その舞は三部構成で、最初は、アマテラス様がお隠れになった憂いの一の舞、次がお隠れになったアマテラス様の気を引く、かなり動きのある滑稽な二の舞、そして最後は、アマテラス様がお出でになった喜びを表した優雅な三の舞。  
最大の見せ場は、二の舞と三の舞との転換部分で、舞台中央で行う、前方抱え込み宙返り…つまり、その場前宙を行う。  
私…山崎 小夜子は、学生時代に体操競技をしていて、全国大会に出た事もある。  
その腕を買われ、舞を舞う巫女…舞姫と言う大役を仰せ遣ってる。  
今年で三度目の舞姫で、舞は頭に入っている。  
でも、その神事の当日が近付くと、舞わずにはいられない…絶対に、失敗は許されないから…  
 
 
「小夜子ちゃん、精が出るわね」  
「あ、美嬉絵さん、おはようございます」  
今、話し掛けてきたのは、この神社の神主様の娘の美嬉絵さん。  
どんな時でも笑顔を絶やさず、見ているだけで、こちらもほんわかしてくるような方…性格も面倒見もよく、私をよく気遣ってくださる。  
「あまり、根を詰めちゃダメよ。当日に疲れが出ちゃったら、あなたが困るでしょ」  
「大丈夫です…それに、動いてないと落ち着かなくて…」  
「ふふ…小夜子ちゃんらしいわね。でも、そろそろ6時になるわよ」  
「もうそんな…じゃあ、一旦家に帰って出直してきます!」  
「はい。じゃあ後程。」  
 
家に帰り、シャワーや朝食を済ませると、神社に戻る。  
私は舞姫以前に、この神社で働いている。  
境内の清掃やおみくじ、御守りの売り子などをしている。  
そして夕方、勤務時間が終わると、また舞の練習へ戻る。  
そんな毎日を積み重ね、無事、神事の当日を迎えた。  
 
ここは神社内の一室。  
正装した美嬉絵さんと向かい合って座る…私の目の前には、澄んだ水を湛えた桶と手拭い。  
私達は一礼し、私は巫女装束を脱ぎ、全裸で立ち上がる。  
美嬉絵さんは桶に手拭いを浸して絞ると、肩から私の体を拭いていく。  
「冷た…」  
「ごめんなさいね…少し我慢しててね」  
桶の中の水は、早朝、神社裏の泉から汲んできて、神主様が祈祷を捧げた水…これで、舞姫となる私の体を浄める。  
病気でもない限り、他人に体を拭かれる事はないので、凄く恥ずかしい…  
しかも、自分の力加減ではなく、他人のそれだから、何だか全身がむずむずしてくる。  
手拭いは肩から離れ、背中、そして乳房へ…手拭いが先端を掠める…思わずふっと息が出る。  
美嬉絵さんの手が一瞬止まり、また動き始める…私の息遣いが変わるたびに美嬉絵さんは気にしてくれてるみたいだけど、気にされるたびに、恥ずかしさが増していく…  
手拭いが、私の下腹部へ…女陰は、特に浄めねばならない…らしい。  
私はそっと肩幅に脚を開く…手拭いがそこへ滑り込んでくる。  
美嬉絵さんの綺麗な指に少し力が入れられ、私の女陰に、手拭いを押し付けるように二度、三度と往復する。  
「ふんっ…」  
「ごめん…痛かった?」  
「い、いえ…だ、大丈夫ですから続けて下さい…」  
は…恥ずかしい…  
お願いだから、私には気にしないでくださいよ…  
…こういう、恥ずかしくて消えてしまいたい時に、声はかけないでください…  
足先まで浄められると、美嬉絵さんは元の位置に、私はその場に座り、もう一度一礼…これで浄めは終わり。  
 
浄めが終わると、檜の箱に入った、巫女装束が持って来られる…もちろん、これも祈祷済み。  
今度は、美嬉絵さんに着せてもらう。  
まず白衣を着させられ、美嬉絵さんに腰紐を絞めてもらう。  
「痛っ…」  
「美嬉絵さん、まだ治らないんですか?」  
「うん、まだちょっとね…でも、大丈夫だから」  
一週間程前、境内の石段で落ちそうになった子供を庇った時、美嬉絵さんは手首を捻挫していた。それが、帯を絞める時に痛むみたい…  
白衣が終わると、その次は緋袴。  
最後に、髪をとかして結っていただき、ちょっとした装飾品を付けて完成。  
「毎年見てるけど、小夜子ちゃんが着ると、やっぱり神々しいわね」  
「…私は、美嬉絵さんの方が似合うと思います…穏やかな笑顔で見守られてるような…」  
「そうかな…私は小夜子ちゃんみたいな、凛々しい感じの方が、説得力あると思うけど」  
「そ、そうですかね…」  
「私みたいなほにゃ〜とした顔じゃダメだよ…さ、行きましょ」  
私達は部屋を出て、舞台へ向かった。  
舞台袖から覗くと、舞台には神楽の奏者の方々、そして、結構な数の見物人が、今か今かと待ち構えてる…ほとんどお年寄りだが、ちらほら、家族連れも見える。  
「小夜子さん、大丈夫かい?」  
私に気遣ってか、神主様がお声をかけてくださる。  
「はい、大丈夫です。任せてください」  
神主様はにっこりして頷くと、舞台に上がって行かれた…始まりの時が来たみたい…  
 
舞の前に、神主様が舞台上で空に向かい、アマテラス様へのお言葉を述べられる…今から舞をお見せしますので、アマテラス様もお楽しみください。そして、我々の為に、お隠れになりませんよう、お願いいたします…というような内容。  
それが済むと、神主様と入れ替わりで、私が舞台に上がる。  
拍手が鳴り響く境内も、神楽の演奏が始まると、水を打ったかのように静まり返る。  
まず一の舞…体全体で、アマテラス様がお隠れになった憂いを表現して舞う。  
見物のお年寄り達も、神妙な面持ちで見守ってる。  
一の舞が終わり、二の舞へ。  
もし、私に恋心を抱く男性が見たら、百年の恋も冷めてしまう程激しく、そして滑稽に舞い踊る。  
見物の方々に、天に届くほど大声で笑っていただくという意味合いがある。  
事実、私が滑稽な表情や動作をすると、凄い大きな笑い声が響く。  
そんな舞を舞っていると、体に違和感を覚えた…帯が緩くなってる気がする…  
緋袴の帯は、胸の真下で結ぶのだが、今、明らかにお腹の上にある…美嬉絵さん、怪我のせいで強く結べてなかったんだ…  
このまま脱げちゃったらどうしよう…下着はもちろん、二の舞で動きにくいから、裾除けすら付けてないのに…  
でも、舞を中断するわけにはいかない…あと少しで二の舞は終わる…それまで保ってくれれば、三の舞は乗り切れる…はず。  
しかし、私の気持ちとは裏腹に、激しく舞えば舞うほど、緋袴が少しずつ落ちていく…裾も、完全に引きずり出した。  
そして、二の舞最後の見せ場、その場前宙返りへ。  
私は緋袴の帯が解けないよう祈りながら、勢いよく飛び上がった。  
 
前宙返りを決めると、いつもの拍手喝采が…起きなかった…  
着地を決めて、前を見据えた私の目に飛び込んできたのは、呆気に取られてる見物の方々と、見物席の前に降ってきた緋色の布…  
まさかと思い、下半身に目をやると、膝丈の白衣と脚に足袋…緋袴が…飛んでいった!?  
しかも、白衣の腰紐も、緩く解けかかってる…紐が落ちて白衣の前が開いたら、私の裸が晒されてしまう…どうしよう…でも…この舞は止められない…  
私は意を決し、三の舞を舞い始める…驚いていたと思う神楽の奏者も、演奏を再開する。  
三の舞は全然激しくはないけど、それでも少しずつ腰紐が緩くなっていく…  
もし解けちゃったら、街の人達に、どんな顔して接すればいいの?街の人達は、どんな顔して接してくるの?  
街の人達の好奇と軽蔑の眼差しが思い浮かぶ…そんなの嫌だ!お願い!解けないで!  
…そんな私の願いも虚しく、程なくしてその時が訪れた。  
腰の辺りにあった、緩く絞め付ける感触がなくなり、私の汗ばんだ体に心地よい風の感触…解けた…  
今私は、ここにいる人達全員に、裸を晒してしまった…まだ誰にも…父にさえ見せた事のない裸…乳房もお腹も…アソコも…  
お年寄りとは言え、お爺さんも男…家族連れの若いお父さんだっている…そんな彼らの好奇な視線に晒される…お願い…見ないで…  
私は唇を噛みながらも、舞は止めなかった。  
本当は、泣き出して取り乱して…死んでしまいたいくらい恥ずかしい…でも、この祭事…豊作の祈願に来ている方々の為にも、私は自分を押し殺して舞い続けた。  
 
私が舞っていると、日の光がさらに強まってきたようで、舞台の前にある大檜の木から、木漏れ日が一すじ、二すじと、舞台に差し込んできた…まるで神話のように、アマテラス様が、私に…ウズメ様に手を差し伸べてくださってるかのように…  
その光景を最前列で見ていたお爺さんが、うわごとのように何か呟く…次の瞬間、はっきりと聞き取れる大きな声で叫んだ。  
「ウズメ様だ!ウズメ様が、この巫女さんに降りてこられた!」  
……え?  
お爺さんの言葉を聞き、見物の方々が口々に「ウズメ様が!?」「何とこれは!」とどよめき出す。  
そして、みんなが舞台の方に正座で座り、手を合わせ始めた…先程までの好奇な視線はどこへやら、涙を流す方まで…  
私はそれを見て、恥ずかしさより、この舞を、見事に舞い切ってみせようという気持ちが強くなった。  
私は、羽織っているも同然の形の白衣を脱ぎ去り、舞台袖へと放り投げた。  
今私が身に付けているものは、髪を結ってる白い帯状の紐と頭に付けた装飾品、それと足袋だけ…その姿を見た見物の方々は、より一層、強く手を合わせた。  
裸のまま舞い終わった私は、皆さんに一礼すると、出て来た時と同じように、ゆっくりと舞台袖に歩いていった…舞台に贈られる歓声や賛辞の声は、しばらく鳴り止まなかった。  
舞台袖には、私に白衣をかけてくれる神主様の奥様と、泣きじゃくって平謝りの美嬉絵さんがいた。  
 
 
「んふ…おいしい♪」  
ここは駅前の喫茶店。よく美嬉絵さんとお茶をしに来る。  
私の目の前には、特大パフェ…一度、食べてみたかったんだ…  
「小夜子ちゃん…本当にこれだけで良いの?」  
申し訳なさそうに美嬉絵さんが聞く。  
この特大パフェは、美嬉絵さんの奢り…あの時の舞台袖で何でも言う事聞きます!って言われたから。  
「本当に良いですよ。過程はどうあれ、神事は大成功で参拝する方も増えましたし…パフェもおいしいです」  
「本当に小夜子ちゃんは甘いもの好きね…何で太らないんだろ…」  
美嬉絵さんがそう言ってため息をついた時、喫茶店の中へ入ってくる人達が…農家のお爺さん達だ…  
「おお、ウズメちゃん!ここにおったか!」  
「天気予報で、明日から雨だと言っとる…ウズメちゃんの力で、何とかならんかの!?」  
あの神事以来、町の方達が私をウズメちゃんと呼び、事あるごとに、天気を良くしてくれと訴えてくるようになった…  
「だから、私はウズメ様じゃないから、私の力じゃなんとも…」  
「それなら、また裸でパーっと踊れば…」  
「裸では舞いません!」  
「私も、近所の奥さんらと山菜取りに行くんだけど…何とかならない?」  
え!?こんなおばさんも!?  
「ウズメさん!今度の日曜に、お父さんが遊園地連れてってくれるんだ!雨が降らないように裸踊りしてよ!」  
こ…こんな子供まで!?て、裸踊りって言うな!  
「だーかーら!私の力じゃどうしようもないんですって!…ああ、もう!」  
 
ウズメ様、アマテラス様、あの時の私は、間違ってたのでしょうか…  
 

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