「新しい牝獣の受け入れは久しぶりだな」
アンカレジ区のロジャースパークにある慰安所の検査室に、
一頭の牝犬が運び込まれていた。
ここではかつて人間だった獣化人の女性は、「牝獣」と呼ばれる。
15マイル離れたイーグルリバーに住んでいた女性、
可愛らしいウルフ・スピッツの体を持つ獣人、ケイティ・パーカー。
彼女には黒い毛のベルジアン・シェパードの青年、ジェイクという恋人がいた。
この慰安所で働く検査官は、偶然、そのジェイクという青年と同じ容姿をしていた。
話し方の違いに注意しなければ、誰もが同じ人物だと思うだろう。
もちろん、本人たちは出会ったこともなければ、お互いの存在すら知らない。
ジェイクにそっくりな顔立ちの検査官が、
搬入された牝獣を後ろ足で立ち上がらせ、検査用のスタンドから首輪で吊り下げる。
牝獣は発情の熱に冒された身を持て余し、荒い息を吐くばかりで、
おとなしくされるがままになっている。
目に映る、恋人に似た男の姿は、彼女に何の感情も引き起こしてはいなかった。
「20分ほどで済むからね。早くしたくてたまらないだろう?」
交尾を──。
検査官が牝獣の頭を撫でると、彼女はキューンと鳴いて尻尾をパタパタと振った。
くりくりとした可愛い、丸い瞳。
ちょこんと飛び出した立ち耳に、巻き上がった大きな尾。
ふかふかの灰色の毛に包まれた縫いぐるみのような犬の体。
その胸から下腹部にかけて綺麗に並んだ8つの乳房が、
ハッハッという荒い呼吸に合わせて揺れている。
検査官は一緒に運び込まれたデータシートをぱらぱらとめくって目を通すと、
へぇ、と声を漏らした。
「驚いたな、これがあのケイティ・パーカーだとは……」
料理人として有名な彼女がレシピを作った配給食を、誰もが一度は食べたことがある。
牝獣の体にされたということは、何か犯罪を犯したのか、あるいは自殺志願か。
彼女がそんなタイプには見えなかった。データシートを繰ると、
「内分泌異常による発情抑制不全で治療するも効果なし」
と書かれており、検査官はそれを見て納得する。
珍しい例だが、過去に何度かそういう女性を見ていたからだ。
「ケイティ・パーカーだって?」
検査官より少し背の低い、白黒で耳の先が少し垂れたボーダーコリーの青年が、
牝獣の顔を覗き込む。
彼は新しく来た慰安所の職員で、今は検査の補佐役として呼ばれ、ここに居た。
「あー、ホントに本人なんだ。俺、彼女の写真、持ってますよ」
青年がベストのポケットから出した紙切れには、
手のひらサイズの料理──スズキの香草パイを手に乗せてにっこりしている獣化人、
ケイティ・パーカーが写っていた。
目の前の犬の顔と見比べ、間違いない、と頷く。
「配給食の広報の切り抜きか? 何でそんなものを」
「彼女は可愛いし、料理は美味いし。
同じ地区だから共有登録できないので引っ越そうかと思ってたくらいで……」
青年は、へへへ、と下品な笑いを浮かべる。
こいつはボーダーコリーのくせに、仕事は適当で頭が軽い。
同じ牧羊犬ベースの獣人とは思いたくないな……。
検査官は心の中で彼を皮肉った。
「きれいなおっぱいだなぁ。形が揃ってるし、色もきれいだし。
料理してる姿もいいけど、裸だともっと可愛いな」
じろじろと全身を舐め回すように眺められた牝獣は、彼の言葉に、
「ワンッ」
と鳴いて答える。
「褒められてるのが分かるのか? 賢いな」
それは、人間がペットに対してかける言葉と同じ。
青年は獣化処置を受ける前の人間だった頃に犬を飼っており、
そういったペットとのコミュニケーションは、そのときの習慣だ。
目の前にいる牝獣が、本当に理解してるとは思っていない。
彼女は永久に、知性を取り戻すことはないのだから。
「愛称を付けないとな。彼女はもう元の人間じゃない」
「ケイでいいでしょ。ケイ・ロジャースパーク」
牝獣は、愛称と慰安所の名前を合わせて呼ばれるのが慣例だ。
「それだと、元の名前が分かってしまいそうだがな」
「本人かな、と思わせるのがいいんですよ」
「まあ、それでいい」
こうして彼女は「ロジャースパーク慰安所のケイ」という牝獣になった。
検査官が、首輪の斜め後ろの部分にある金属の履歴プレートに彼女の新しい名前を彫り付ける。
そこには、牝獣が慰安所を移転するとまた新しい名前が刻まれる。
「おっと、識別カラータグを切らしちゃってるよ。
犯罪者あがりの赤しかない」
青年が言うのは、首輪に巻き付けて牝獣を分類するプラスチック製の印のことだ。
新しい牝獣が来ることは滅多に無いので、備品の在庫を切らせたままにしていた。
これを使っちゃいましょう、と言う青年を、検査官が咎める。
「だめだ。管理局に新しいのをもらってくるんだ。
元犯罪者だと思ってしまえば、扱いが荒くなる。
よく怪我をさせられてここに連れてこられるのはそういう牝獣だ。
耳を食い千切られた例だってある」
「酷いなあ」
「わざわざそんなものを付ける理由は、そういう"使い方"をしろっていうことだ。
彼女には正しいタグを付けるんだ」
「記憶を失っても、咎は消えないってことかぁ」
恐ろしい会話が交わされているが、当の本人はきょとんとした表情で、
2人のやりとりを見守っていた。
タグは後で青年に取りに行かせることにして、検査官はケイの体を調べ始める。
8つある乳房を順番に押し潰すようにして揉み、牝獣を喘がせる。
疾患が無いかを調べるのと同時に、性的な感度も確かめている。
次に検査官は牝獣の性器に手を当てた。
赤く膨らんだ外陰部の窪みに人差し指と中指を揃えて突っ込み、
ゆっくり力を込めて指を開く。
「うん、張りのある健康な膣だ。膣壁も反応してよく動く、極上品だ」
牝獣ケイは、陰部を開かれ品評されるという人間ならば耐え難い辱めを受けながら、
性感を無理に刺激される戸惑いを感じているばかりで、抗議の素振りも見せない。
粘膜の合間から、とろりと液体が溢れ出し、糸を引いて床に垂れる。
それを反射的に舐め取ろうと首を曲げる仕草は完全に犬のものだ。
スタンドに固定された首輪に邪魔されて頭を下げられない牝獣は、
キュウゥン、と困ったときの鼻声を出した。
「膣のアンケート評価はすごくいいので、特に整形の必要はないね」
検査の行為を羨ましそうに見詰める青年を横目に見て、検査官は言った。
整形とは、彼の仕事の一つであり、利用者の要望に合わせて牝獣の体を調整することを言う。
膣周辺の筋繊維を引き延ばしたり、樹脂を注入して締まり具合を変える。
また、神経を発達させる薬剤で増感処置を行うなどして、
飽きられずに長く利用される牝獣にする。
膣の整形を行えば、本人の感じ方も変わってしまうため、しばらくは反応が悪くなる。
だから、ここぞというときにだけ処置をして、あまり頻繁にはしない。
「でも、いずれはやるんだよねぇ……」
青年は検査官の言葉を聞き、恋心さえ抱いていた牝獣の行く末を憐れみつつ、
多少の欲情も募らせながら、検分が終わった彼女の傍に寄った。
「……うーん、この子、やたらと耳をパタパタさせてるね」
「言われてみれば、そうだな」
それは犬が、耳に何か触れたときに反射的にくるりと回転させる動きで、
彼女は特に何も近くに無いにも関わらず、激しいときは数秒おきに耳を動かしていた。
「気にし始めると気になって仕方ないな」
「神経質なのかなぁ、この子」
彼らは、それが意味することを知らない。
恋人のことを彼女が思い出すことができるかもしれない、万に一つの可能性。
人であった時代に受けた強い印象と同じ刺激を与えられることで、
一時的に人の心を取り戻せるかもしれない。
それは奇跡に近い出来事なのだが、彼女はそこに一縷の望みを見出した。
恋人が彼女の中に分身を収めながら、耳を優しく舐め、甘噛みをしてくれる甘美な愛撫のされ方を、
彼女は決して忘れないと誓った。
記憶を全て失くしてもなお、その想いが無意識のうちに耳を動かしているのだ。
牝獣が記憶を取り戻すという事例が僅かながら確認されていることは、
ごく一部の研究者にしか知らされていない。
二人の男は、これはちょっと珍しい癖を持った牝獣だな、と話し合った。
「膣の整形はしないけど、このままでは使えないな」
「どうしてさ?」
検査官はデータシートに記載されている共有者に対するアンケートの中から、
彼女に対する悪い評価をピックアップする。
「こう見えて、感度が良くないそうだ。
気持ちよさそうにはするが、喘ぐばかりでイかせることができないって。
男の愉しみが半減する、と不満の声が上がってる」
「じゃあ、どうするの」
「性感帯を常に刺激する装身具を着けて様子を見よう。
これでひとまず受け入れ処置は終わりだ」
検査官は、「ピアスを出して」と青年に指示した。
「ああ、これも在庫が切れそうだ。あとで買っておかなくっちゃ」
牝獣は、桃色の乳首をアルコール綿で消毒されても、
鋭く刺す匂いに鼻をひくひくさせるだけで、自分の身に何をされるのか理解できなかった。
検査官は彼女の右の乳房を強く掴み、乳首を浮き立たせると、
その根元にピアッシング用の器具(ピアサー)の針をあてがった。
人間的な感情を持たない牝獣の体に穴を開けることに、彼が躊躇するはずもない。
手慣れたいつもの作業だ。
パチンという音を立てて器具の先端が閉じられると、針が乳首を貫通していた。
牝獣がキャーンという甲高い悲鳴を上げる。
しかし、胸に走る痛みと検査官の行為に因果関係があることを理解できない彼女は、
検査官本人ではなく、彼が手にしている器具を見詰め、ウウッと恨めしそうに唸るのだ。
検査官は手際よく左の乳房にも穴を開け、
それぞれ、乳首の根元に細い金属のバーを通すと、両端に金属の球を取り付けた。
バーベルピアスと呼ばれる形状のもので、乳首を常に隆起させたままにする効果がある。
牝獣は慣れない乳首の疼きに、キュンキュンと鼻声を立て、異常を訴える。
常にそこを弄られているような感覚があるのだろう。
「へえ、おっぱいに飾りを付けてもらった姿も可愛いじゃない」
青年はそう言って、銀色のアクセサリーを着けられた彼女の乳房の腹を撫でる。
獣化人としてデザインされた体は人間より、そして犬よりもずっと治癒能力が高い。
半日も経てば充分、傷痕は塞がるが、
ピアスを通されたばかりの乳首を直接刺激するのは良くないと彼も知っている。
牝獣は戸惑いながらも乳房を撫でられる気持ちよさを感じ、
嬉しそうに尻尾を振る。
「半日寝かせてから、プレイルームに連れていってやれ」
検査官が指示を出す。
すぐに利用できるようにするつもりが、予定が狂った。
それでも、この後、牝獣を待ち受ける運命は変わらない。
プレイルームに繋がれ、彼女は体に施された調整の効果をたっぷりと思い知るだろう。
「在庫はあと1つだよ。使い切っちゃおう」
青年がピアスの入っていた箱を振り、カラカラと音を立てる。
検査官は「まあ、ついでだからいいか」と手を差し出したが、
青年はピアスのパーツを渡そうとせず、指に摘まんで、にやっと笑う。
「俺にやらせてくれよ」
好きだった女性の体に何か自分の爪痕を残しておきたいという歪んだ想いか。
(つくづく、物好きなやつだ)
オスの持つ本能的な支配欲、所有欲というものだろう。
犬の体になってそれが以前より強くなっていることを自覚している検査官も、
彼の気持ちが分からないではなかった。
「きれいに開けてやれよ。見栄えが悪いと客の評価が下がって彼女が可哀想だ」
牝獣の股間が消毒され、ピアサーの針が当てられる。
小さな検査室に、ひときわ高い悲鳴が響き渡った。
最後に着けられたピアスは凶悪なものだ。
発情して膨らんだ牝の性器に埋もれていた陰核の根元を貫き、
無理やり抉り出そうとする。
牝獣ケイの陰核は常に性器の表面に露出したままの状態にされてしまった。
充血した陰核は小さな赤い果実か宝石を思わせるほど艶々としている。
しばらく放心していた牝獣は、股間の異常に気付き、何度もそこを確かめようとして、
拘束された体でもがく。
検査官が様子を見ようとして顔を近付け、彼の鼻息が軽く陰核を撫でただけで、
牝獣は手足を突っ張って震え、勢いよく小便を漏らした。
「これはまた、随分と敏感になってしまったな。多少は慣れるだろうが……」
「ふふん、この子はこの慰安所で一番の淫乱な牝獣になりそうだね──」
あのケイティ・パーカーが、と青年は繰り返し呟いた。
──白黒の毛並、耳の先が少し垂れたボーダーコリーの獣化人の青年は、
慰安所の受付窓口に居た。
職員は持ち回りで、雑用から受付までこなさなければならない。
専任者の居る牝獣の世話はそれなりの労働になるが、彼はその担当ではない。
青年は、窓口に現れた利用客──黒い犬の獣化人を見て、目を円くする。
(あれっ? 今さっき、検査室に入ったんじゃ……)
この慰安所の検査官は、今、乳房を噛まれて出血した牝獣の治療に当たっているはずだ。
目の前に居る黒いベルジアン・シェパードの男性が彼でないことにやっと気付き、
喉まで出かかっていた間抜けな台詞を飲み込んだ。
(驚いたなぁ、あの人にそっくりじゃないか)
着ているのが作業衣でなく、ベージュ色のベストであるところを除けば、
その客は、まったく瓜二つといっていいくらいこの慰安所で働く検査官そっくりなのだ。
受付の前で、落ち着かない様子で辺りを見回している。
「お客さん、初めてかい? まずどの子がいいか、選んでよ」
受付は、写真の一覧から好みの牝獣を選んで指名するシステムだった。
客は、百数十頭の牝獣の中から、即座にケイを選び、指差した。
「ああ、ケイね。彼女は人気あるんだよ。でも、残念。そろそろ休憩させるんだ。
30分だけでいいなら、今日最後の利用ってことで入れるけど、どうだい?
ただ、片付けも手伝ってもらうよ。こっからインタホンで指示するからさぁ──」
ケイティ・パーカーの恋人、ジェイクが最後に彼女を見てから10日が経っていた。
これまで少なくとも2日に一度は顔を合わせてスキンシップを取っていた相手と会えないことが、
これほど辛いものだとは思わなかった。
あの日、暗い地下の一室で、2人は人として最後の交合をした。
犬の体による長い射精が終わるのを感じたのか、彼女は何度かジェイクの顔を舐め、
嬉しそうな顔でひと声、ワンッと吠え、抱かれたまま意識を失った。
あのときの彼女はすでに犬だったのか、それとも……。
3日後にはもう、彼女は慰安所に収容されたと聞いた。
すぐに会いに行きたかったが、完全な犬になったケイティを見るのが怖くもあった。
ジェイクは口実を見つけ、意を決すると、ようやくここに足を運んだのだ。
慰安所が思ったよりずっと清潔で管理の行き届いた施設だったので、ほっとする。
慰安所には元犯罪者も多いが、他には自殺志願者だけでなく、
獣化処置に失敗した女性の中で命を失わなかった者も収容されていると聞く。
家畜のような扱いは受けていないだろうという予想は当たっていた。
個室に入るとまず、利用者用のシャワースペースがあり、そこで服を脱ぐ。
奥の扉の向こうに牝獣とのプレイルームがある。
淡いベージュ色の壁は共有寝所のイメージと変わらないが、ベッドはなく、
例の止まり木と洗い場が奥に並び、その手前のスペースが牝獣を使用する場所となる。
4メートル四方ほどの狭い部屋の中央に、床の金具に結わえられた鎖に繋がれた犬、
灰色のふかふかした毛並のウルフ・スピッツの姿があった。
休憩に入るところだったので、鼻輪にぶら下げる鎖と口輪は外してある、と聞いていた。
その牝犬は、飼い犬がご主人を迎えるときのようにお尻をぺったりと床に着けて座り、
嬉しそうに尻尾を振りながら、ワンッとひと声吠えた。
せっけんの香りがする。きれいに体を洗われて毛繕いをされた牝獣が客を迎える。
四つ足で立ち上がり、擦り寄せてくる牝獣の頭を抱いて、
ジェイクはそれがケイティ・パーカー本人だということを確かめた。
懐かしい手触り、小さな頭の可愛らしさ。間違えようがない、愛しい彼女の体だ。
ジェイクは、今の彼女が言葉を理解できないことを充分承知しながらも、
話しかけようとする。
彼女が人口管理局に出向く前に出品していた、料理の品評会の結果を伝えようと思っていた。
彼女が最後に作った料理は高い評価を受けていた。
ただ、それを作ったケイティの戸籍は消滅しているため、別の女性の名義になっているのだが。
「ケイティ、僕は──」
声をかけながら全身を抱き締めようと体を寄せるジェイクに合わせ、
ケイティだった牝獣は、後ろ足で立ち上がり、ジェイクの肩に前足をかけようとする。
彼女の胸から下腹部にかけての8つの乳房、そして開き気味にした両足の間の様子が露わになる。
変わり果てた恋人の裸身に、ジェイクは言葉を失った。
そこにあるのは、乳首と陰核、体の急所に金属のバーベルピアスを埋め込まれ、
常に沸き起こる刺激に荒い息を吐き、
伸ばした舌からたらたらと涎を垂れ流して喘ぐ惨めな牝獣の姿だった。
桃色の乳首は銀色の金属球に挟まれ、充血し、硬くなって飛び出していた。
彼女が獣化人として暮らしていたときより妙に足を左右に開いて立っているのを不審に思い、
股間を見ると、長い太股の毛に隠れて、ここにも金属の装身具がぶら下げられていた。
普通に立てば強い刺激を受けるため、足を閉じられないのだ。
(なんて酷いことを……。これじゃ、発情した犬どころじゃないじゃないか)
ジェイクは立ち上がろうとする牝獣を四つ足の姿勢にしてやり、首輪に目を止める。
金属プレートには、「ケイ・ロジャースパーク」と刻まれていた。
半月ほど前、石かまどから料理を取り出し、
嬉しそうに手渡してくれたあのケイティ・パーカーは、名実ともに、もう居ないのだ。
「ちくしょう、まいったな……」
共有寝所に比べて、やはり慰安所での女性──牝獣の扱いは非情なものだ。
人間性を無視しておきながら、一方で選択された死を認めないという矛盾。
発情した体が精神を蝕んでしまわないように交尾を続けなければならないという牝獣自身の業。
あらゆる事情が複雑に絡み合ってこの状況を作り出している。
自分にはどうにもできないやるせなさがジェイクを襲ったが、
茫然としてるばかりではいられない。
ジェイクは、ピアスのことについては関係者に抗議する意思を固めた。
見たところ、構造的にはいつでも外せそうだ。
外してしまえば、開けられた穴はすぐに塞がる。
今、しなければならないことは別にあった。
目の前の灰色の牝獣は、体を横にしてお尻をぐいぐいと寄せてくる。
発情した牝犬の催促のポーズだ。
彼女は客の姿を見て、臨戦態勢になり、興奮し始めてしまっていた。
今のこの彼女の状態を思い遣らねばならない。
すっかりその気になっている牝犬は相手をしてあげなければ欲求不満になる。
「30分だけというので、少し話ができるだけでもいいと思ったんだけどね……」
理解されないと分かっていても、言葉をかけてしまう。
ジェイクはふっと溜息をついて、すぐ思い直したように彼女の体を後ろから抱いた。
ジェイクはいつもしていたように、小さな牝犬の体を背中から抱きながら、
床に腰を下ろした体勢で、相手の体を深く貫く。
牝獣は何度も嬉しそうに振り向き、愛想を振り撒きながらも、
目を直接合わせないようにジェイクの視線から顔を逸らす。
愛する者が見詰め合わないのは、人と犬のコミュニケーションの取り方の大きな違いだ。
(本当に犬になってしまったんだな……)
獣化人のときの彼女は、発情して知性を失くしていても、
どこか人間らしいところが残っていたように思う。
違っているのはそういった行動だけではなかった。
獣の激しい生殖本能が、オスから精子を搾り取ろうと牝獣の体を必死にさせるようだ。
自分から腰を揺すり、断続的に締め付ける彼女の動きで、
ジェイクはあっという間に射精していた。
牝獣も同時にビクビクと体を震わせて絶頂を迎える。
これは体のあちこちに着けられた性具の効果なのだろうか。
彼女の体は以前よりずっと感じ易くなっている。
前は耳を甘噛みしてあげなければイけなかったというのに。
今日も時間があれば、そうしてあげるつもりでいた。
アレンが与えてくれた、2人の儚い希望。
彼女が記憶を取り戻すかもしれない、魔法の合図。
しかし、ジェイクは今ここで彼女を正気にさせることを躊躇った。
今の彼女の心は、眠り姫のように、ずっと眠っている。
ジェイクが揺り起こしたときだけ、目を覚ますはずの彼女。
目覚めの度に、自分の体が惨めに、淫らに造り変えられているとしたら……?
そんな恐ろしい思いを彼女にさせたくなかった。
「ごめんな、ケイティ……、ケイ。
今日は交尾だけにしておこう。
またすぐに会いにくるよ。体に着けられたものも、なんとかしてあげるから」
「ワンッ」
(返事をしてくれるのは嬉しいけど、
意味が分かってるわけじゃないんだよな……)
ジェイクは何かのはずみで彼女が意識を取り戻してしまったときのことを考え、
体を繋げたまま体勢を入れ替え、抱き直す。
向かい合って抱き締めていれば、仮に意識が戻ったとしても、
体に施された惨めな装飾を目に入れないようにしてあげられる。
牝獣は、ジェイクの胸に自分の体を押し付け、気持ちよさそうな表情を浮かべる。
ジェイクは彼女の乳房が硬く張ってきているのを肌に感じた。
下腹部の乳房の膨らみも、以前に比べるとずっと大きい。
これは抑制剤が効かなくなった牝獣の体に必ず起きる変化で、ジェイクも聞かされている。
子孫を残せない獣化人の体にも、機能として残り続けているもの。
与える相手が居ないにも関わらず、母乳が自らの存在を主張するかのように溢れ出してくるのだ。
これも何とか止められないものか。
ジェイクは、人口管理局で獣化人の技術改良を続けている兄、アレンに相談してみようと考えた。
ジェイクはいつもよりずっと早く射精が終わったことに驚く。
それだけ牝獣ケイが頑張って相手をしてくれたという証拠で、
こんな姿になった彼女もまた愛しいとジェイクは思うのだ。
プレイルームの入口に設置してあるインタホンから、連絡が入る。
「……時間が過ぎてるんだけど、もう終わった?
さっきも言ったけど、片付けを手伝ってもらえるかな。
牝獣の体をきれいにして、休憩させるんだ」
その日最後の客には、こういうこともよくあるらしい。
ジェイクは声の指示に従い、ケイの膣を洗浄し、毛並を乾かしてやる。
慰安所では、23時間ローテーション制という体制で、
牝獣は15時間の交尾時間(洗浄と食事、排泄など、職員による世話も含まれる)と、
8時間の休息を繰り返すことになっている。
こうすることで、多くの利用者に機会を与えることができるという理屈だ。
休息といっても、内分泌が完全に狂ってしまっている牝獣の体には、
常に交尾を続けていると思い込ませる必要があり、そのために「止まり木」が用意されている。
その名の通り、小鳥が羽を休める足場を思わせる、木材を組み合わせた台のことだ。
ジェイクは一度、人口管理局の地下でケイティが止まり木に固定された姿を見ているが、
それは惨めなものだ。
強制的に直立させられた姿勢で、剥き出しの乳房が喘ぐ吐息とともに揺れる。
横木に押し付けられた陰核は常に刺激されているし、本当に休息になるのか疑問だ。
野生動物はほとんど睡眠を取らないという。彼らと同様、頭脳を休める必要がなくなった牝獣は、
体を固定して疲れを取るのが合理的だという理屈か。
止まり木にケイの体を固定することを、ジェイクは躊躇する。
しかし、インタホンの声に急かされ、愛していた者の身を苛む作業を開始した。
前足の足首に枷を嵌め、首輪から吊り下げる。
止まり木から突き出した横木に据えられたディルドは、
獣化人の男性の勃起した状態の性器をかたどってある。
実際は少し小さめに作ってあるのだが、
生身の性器は相手の体内に収まってから完全に膨らむものなので、
獣化人の男はそのサイズを自覚せずにいるのが普通だ。
こうして改めて見ると、あまりの大きさに溜息が出る。
(女の子の体はこんなものを受け入れなきゃならないのか……)
再び係員の声に急かされ、ジェイクは仕方なくケイの体を抱え上げ、
ディルドの上にゆっくりと下ろす。
想像通り、彼女は亀頭球の部分が膣口を通るときに悲痛な鳴き声をあげたが、
完全に体の中にディルドが収まってしまうと、また尻尾をパタパタさせて愛想を振り撒いた。
ジェイクにとっては、ずっと対等な存在として付き合ってきた彼女が、
抗議の言葉ひとつも口にしないことが、寂しかった──。
「だからさぁ!」
慰安所の受付で、ボーダーコリーの青年は少し語気を荒げる。
さっき来た利用客が、牝獣の体からピアスを取ってやることはできないかと抗議しているのだ。
「次回ご利用時に申し出てくれれば、そんときだけ外すって」
「そういうことじゃない」
「ああっもう、面倒な人だなぁ!」
相手は簡単に引き下がる気はないようだった。
理由さえ説明すれば、この石頭も理解するんだろうか?
「彼女はそのままじゃイけないらしいからああやって刺激してるだけで、
イき癖がついたら外してやってもいいんだよ。
感度が良すぎても文句出るしさぁ」
「本当か?」
嘘ではない。ただ、その判断をするのは自分じゃないが、と頭の中で吐き捨てる。
「あんた、あの牝獣の知り合いなの?
元恋人だった、とかさぁ?」
図星だったようで、利用客は押し黙り、青年を睨み付ける。
「ああ、いい、いい。
別に、慰安所の利用に制限は無いんだ。
恋人だろうが、兄妹だろうが、自由さ」
男はようやく納得したのか、
「とにかく、彼女が慣れたらすぐに外してやってくれ」
と言い残して立ち去って行く。
「もっと飾り付けしてやっても可愛いと思うんだよな……」
彼に聞こえるか聞こえないかの声で、青年はわざとらしく呟いた。
それにしても、あの検査官とそっくりの男が、牝獣ケイの恋人だったとは。
だが、と青年は思う。
(ケイはさ、検査室であんたとそっくりの男の顔を見ても、
何の反応も示さなかったんだぜ?)
男の気持ちは分からないでもないな、と思った。
ケイは可愛い。
そして、あの牝獣はきっと自分のことを気に入っている──。
青年は、牝獣ケイが慰安所に収容されてから3番目の交尾の相手になっていた。
職員であるのをいいことに、勤務時間の終わりに自分の予約を入れ、
憧れのケイティ・パーカーだった牝獣を客として使用したのだ。
興奮で挿入前からかなりの大きさになった男性器を、牝獣の中へ無理に押し込む。
抵抗する牝獣を肉食獣が狩りをするように口で押え付け、
ピアスが着けられたばかりの乳首と陰核を弄んだ。
そこを刺激されることで何故、体中が快感に包まれるのか理解できない牝獣は、
目を見開いて半ば怯えた表情を見せる。
嗜虐心を存分に満たした青年は、長年膨らませ続けた欲望を、彼女の中に注ぎ込んだ。
素晴らしい才能を持っていた女性の人間性を冒涜する歪んだ行為。
初めはその妖しい感情に浮かれていた彼だったが、完全に結合を果たし、
牝獣を抱き締めているうちに気持ちが変化していく。
体の中に自分の精液を優しく受け止める牝獣が、
獣の純粋で深い愛情を持った存在であることに気付く。
牝獣ケイは、どんなに酷い目に遭わされようとも、受け入れた相手を全力で愛そうとしていた。
青年はこれまで淡々と利用していた慰安所の牝獣に初めて魅せられていた。
「まさかね、俺がこんな風に牝獣にハマるなんてさ……」
あのときからもう、5回も彼女を抱いた。
自分が顔を見せる度に、彼女の喜びようは激しくなっていると思う。
初めて交尾したときの「あれ」がよかったのか。
パタパタと目障りな耳を押さえつけて甘噛みしてやると、驚いたような表情を浮かべ、
それからは向かい合って交尾をすることを彼女からせがんでくるようになった。
よほど、ああされるのが気持ちよかったんだろう。
利用者アンケートの、ある項目に注目するとはっきりする。
それは、牝獣を利用するときの「体位」だ。
ほとんどの牝獣は後背位でしか交尾しようとしない。犬なのだから、当然だ。
牝獣ケイの場合も全ての利用客と後背位で交尾をしている。
唯一、この自分だけを除いて、だ。
(これは、たまんないな……)
ケイが可愛くて仕方がない。
小さな牝犬の骨盤は、正常位であっても男の股の内側にすっぽりと収まって、
互いの秘められた部分が強く密着する。
人間の体より、ずっと交尾に適したデザインなのだ。
牝獣はこうして愛されるために生まれてきた生き物としか思えない──。
想像を繰り広げながら、青年は備品のカタログをめくっていた。
首輪や枷、ピアスなどの在庫を揃えておかねばならない。
「ふーん、永久リングピアス……か」
彼女に対して優しくしてやりたい、という気持ちと裏腹に、
再び、妖しい衝動が青年を襲う。
これをケイの宝石みたいな陰核にぶら下げてやれば、どうなるだろう。
本来、犯罪者あがりの牝獣に装着するものらしい。
こんなものを着けられた牝獣は、いったいどんな扱いを受けるのだろうか。
利用者にそれを引っ張られ、惨めな思いをさせられても決して外すことはできないのだ。
あの敏感すぎる体で死ぬまで過ごさなければならないのだ。
(でも、俺だけは優しくしてあげるよ、ケイ)
今の立場なら、彼女を自分好みに調整していくことだって、
やろうと思えばできるだろう。そうしてやりたい。
そして、あの男なんかよりずっと、彼女と深い関係になってやる──。
青年は、ふと我に返り、ははっと笑う。
自分は、ケイの元恋人に嫉妬している。
人間だった頃は、いい加減に生きていた。色恋沙汰にも強い感情を持つことはなかった。
これはきっと、犬という種族が持つ本能だ。
「犬ってなぁ、飼ってるときは単純で誠実で可愛いやつらだと思ってたけど、
自分がなってみるとまぁ、なかなか複雑なもんだねぇ……」
青年はそう呟いて、手元に置いてあった配給食のパイに手を伸ばす。
パイを大きく裂けた口で頬張ろうとしたとき、内線で呼び出しがかかった。
あの検査官が仕事を手伝って欲しいと言っていた。
検査室へ出向くと、先ほど休息の時間に入ったはずの牝獣ケイが、
最初にこの検査室に来たときと同じ姿で、スタンドに吊り下げられていた。
「新作の生姜とミートのパイ、もらってきたんだ。食べるかい?」
半分齧ったパイの残りを、牝獣の口へ押し込む。
青年は、それがケイが人として生きていた頃の最後の作品であることを知らない。
ケイもまた、それが自分の考えたレシピで作られたものだと、
思い出すこともなかった。
普段の餌よりも美味しい人間用の食べ物を与えられた牝獣は、
嬉しそうにそれを咀嚼し、尻尾を振る。
「で、何で彼女を連れてきたの?」
「クレームが23件も来ている。利用者の3割が文句を言ってるんだ」
「えっ? 何でさ?」
検査官が言っているのは、彼女が頻繁に耳をパタパタと動かすあの癖のことだ。
目障りだという苦情が集まっていた。
「神経を除去する簡単な手術をする。
耳はもう動かせなくなるし、噛まれても何も感じなくなるだろうね」
「ふーん……」
「ついでだから、膣にも少し手を入れておこう。
締め付けが強すぎるっていう意見がある」
「あー、なんだ、せっかく俺の形を覚えさせたのにさ」
「まだ何度も使うつもりなんだろう? すぐにまたお前のを覚えるよ」
検査官は、青年に手伝うよう指示を出す。
全身麻酔をかける前に扱い易くするための催眠スプレーを手にしてケイに近寄り、
ペットに言い聞かせるように囁く。
「さあ、みんなにもっと愛される体になろうね──」
頭を優しく撫でられた牝獣は、尻尾を大きく振りながら、
「ワンッ」
と嬉しそうに吠えた。
(おしまい)