深い深い、海の底。  
鯨さえ入れぬ、深海魚もいない、人の目など届くはずもない、  
海の底。  
ずるり、と影が蠢く。  
光も届かぬ暗黒の中、それは確かに存在していた。  
ぬめる体表に障壁を作り、異常な水圧にも耐えるその存在。  
デスパイア。  
それは、吟味している。  
偶然手に入った興味深いもの。  
何百年何千年と生きていながら、気にもとめていなかったもの。  
偶々補食したデスパイアに大事に保管されていた、人間の卵子。  
今は、そのスライムの体を利用して状態保存している。  
これを、どう使うべきか。  
深い海の底、彼は考える。  
母なる、海で。  
 
 
『貫殺天使リア』  
12.天使たちの休日  
 
 
――メグミのアパート  
「寒いわ・・・・・・」  
早朝、キッチン。  
私は困惑していた。  
今日の日付は9月13日。今までならまだ夏のはず。  
「ここ、寒すぎ・・・・・・」  
この町に越してきてから、そろそろ一ヶ月。  
舐めていた。これが日本海側・・・・・・。なんだ、太平洋側ってこんなに恵まれてたのね・・・・・・。  
「・・・・・・」  
とんとんとん、と大根を切り始める。みそ汁の用意。日本人の朝はやはりこうだろう。  
出汁は、昆布。味付けが薄すぎるとアキラに言われたが、  
アキラの作る料理は逆に濃すぎる(というか謎の組み合わせをしてくる)。  
あれが東北の味・・・・・・。埼玉に行ったときに食べたラーメンにも驚いたが、やっぱり地域差はあるものか。  
そうだ、こっちのみそ汁はどんな味付けなのだろう。今度リアちゃんに作ってもらおう。  
「リアちゃん、ね・・・・・・」  
昨日、夕暮れの時間。  
この町に人食いデスパイアが3体降り立った。  
その内1体、連中の親玉を、彼女は倒した。  
あり得ない。  
確かに私は魔法の使い方の基礎を教えた。彼女はセンスもあり、すぐに結果を見せることが出来た。  
だが、それでも基礎だけだ。  
弾丸1発の威力を上げ、マシンガンの球数を増やしただけ。  
その程度の進歩の彼女が、A級(親玉はSの可能性もある)のデスパイアを倒せるわけがない。  
――『あのとき、天使さんの体が金色に光っていたんです』  
救助された少女に効くことが出来た、そのときの光景。  
突然輝きだし、巨大な銀の光を放ったのだとか。  
銀の光は、弾丸だろう。おそらくカノンモードだ。  
問題は、金の光。  
体全体が金色に輝き出すなど、聞いたことがない。  
いや。  
魔力を大量に保有する人間がその力を解放したとき、人の目には色彩のイメージとして感じられるという話があったか。  
例えば、アキラの遭遇した人とデスパイアの融合体。  
どす黒い魔力、と言っていた。  
あれは比喩でなくそのままを言っているのかも。  
だとすればあのとき感じた彼女の違和感、そして今回の件。  
もしかして、あの娘には莫大な魔力が――  
 
 
ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ!  
「あら、炊けたわね」  
ジャーが出来上がりを知らせる。ここから15分ほど蒸らし、完成だ。  
その時のことは、リアちゃん自身はよく覚えてないのだとか。ならば焦ることはないのか。  
なんにしても、この町の残りの危険は黒いデスパイアだけ。  
カレンちゃんを捜すのを手伝ってあげたいけど、他の町へまた派遣されるかもしれない。  
この町にいるのも、あとわずか。  
「アキラ、ご飯。起きなさい」  
「ぅ・・・・・・あと二日・・・・・・」  
ごん、と頭を叩いて無理矢理起こす。  
「あら、晴れてきたわね・・・・・・」  
今日は、買い物でもいこうかしら。  
 
 
――グローデン家、リアの部屋  
「んっと、これでいいかな」  
姿見で格好をみて、チェックを済ます。  
黒のカーディガンにフレアの花柄ワンピース。  
花かごみたいなバッグを持って、近頃東京で流行っているらしいコーデの完成。  
森ガール。  
花の高校生は、おしゃれに敏感なのだ。  
「金髪でよかった・・・・・・」  
こればっかりは自分の血に感謝だ。染めた髪はやっぱりどこか不自然だもんね。  
時刻は9時半。メグミさんに買い物に誘われたので、おでかけ用の服選び。  
「・・・・・・よしっ」  
ぺったんこブーツをはいて、玄関を出る。施錠、がちゃり。こんなトコでも防犯は大事なのだ。  
「たしかバスがあったはず・・・・・・」  
大きめの道路に出て、バス停の時刻表をチェック。  
メグミさんのアパートは、ちょっと遠い。  
バスがくるまで、あと少し。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
バスに揺られて30分。この町の、どちらかと言えば寂れた区域にメグミさんのアパートはなかった。  
「・・・・・・」  
いや、探し当てていないだけなんだけど・・・・・・。  
細い路地を進むと、知らない人の家の玄関だったり、行き止まりだったり。  
わかりづらっ。  
「・・・・・・」  
ぴ!  
ぷるるるる・・・・・・  
ガチャッ!  
「どうしたの? リアちゃん」  
「迷いました」  
9月13日土曜日、イチゼロヒトサン。  
命を繋ぐ、救命電話。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「?」  
山岳部1年生の山平由香理は、山中で不思議な音を聞いた。  
「なんの音だろう・・・・・・」  
踏み固められた山道、それを越えた木々の中から、その音は聞こえる。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「ゆかりー、なにしてるの、はやくー」  
「あ、はーい! まってくださいせんぱーい!」  
あわてて先輩のもとへ駆け寄る由香理。音のことは気にしないようにしたらしい。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
がさごそ。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
がさごそ。  
音は続く。ゆかりたちを追って。  
 
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
 
 
――町の主要道路  
「いやー、地元民でも迷うもんだなー」  
「あの地区には行ったことがなかったんで・・・・・・」  
今は、メグミさん保有の車(青の軽。おしゃれ)の中。持ち主運転、アキラさん助手席、わたし後ろ。  
ガソリンスタンド帰りに、救助された。  
「ごめんなさい。私たちがリアちゃんの家に行けばよかったわね・・・・・・」  
「あ、いえいえ。わたしが迷っただけですし・・・・・・。ていうかメグミさん、車持ってたんですね」  
「ああこれ? 貰い物よ。助けた人に、どうしてもって言われちゃって」  
メグミさん。黒のユルふわ巻き髪を肩過ぎまで伸ばした、元大学生。165センチくらい。  
天使になると、紺のライダースーツ(ツーピース)で長杖を振り回す、頼れる19歳のおねえさん。  
今日のファッションは白いブラウスにこっとんカーディガン、カーキ色のパンツ、編み上げブーツ。  
大人向け。  
「これからどーする? リアちゃんも腹はまだ減ってねーだろ? 少し買い物すっか?」  
「そうですね・・・・・・はい、そうしましょう」  
アキラさん。茶髪混じりの長めのショートヘア。大学へは進学しなかったらしい。168センチくらい。  
天使状態は、長ラン長スカート胸にサラシの、ヤンキーおねえさん。  
今日のファッションチェック。ゆったりしたベージュのブラウスにジーンズ生地のオーバーオール、白いスニーカー。  
甘辛ミックス。  
どっちもわたしに似合わない・・・・・・。  
「はぁ・・・・・・」  
「どった?」  
「いえ、何でも・・・・・・」  
くそう、うらやましい。せめて160センチあれば・・・・・・。  
「アキラさん、どうしたらそんなに身長伸びるんですか・・・・・・?」  
「・・・・・・牛乳、とか?」  
飲んでる。毎朝飲んでる。  
「別にリアちゃんくらいの背丈でもいいじゃない。それに成長期の間はまだ伸びるわよ」  
「そうですかね・・・・・・」  
あと8センチ、誰かくれないだろうか・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
運転中、道行く女子高生を何人か見かける。部活だろうか。  
それにしても・・・・・・。  
「リアちゃん、ここら辺の学生さんって、みんなこんなにスカート短いの?」  
「? そうですか? 普通だと思いますけど・・・・・・」  
これが普通・・・・・・。なんだろう、私の地元でこんなにしたら怒られたものだけど・・・・・・。  
「あ、ほら。あの娘ぐらいが私と同じスカート丈ですよ」  
えっと・・・・・・、あの娘?  
「!?」  
え、ちょっと短すぎない? あ、こらバカ。そんなので屈んだら見えちゃうじゃない!  
「リアちゃん・・・・・・、直す気はない?」  
「ないです」  
即答・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
「おいしいですねー、ここ」  
昼食に入ったイタリアンレストラン。  
たらこスパゲティ。  
つぶつぶとほどよい塩辛さが好きなのだ。  
「おーそうか・・・・・・アタシは失敗だ・・・・・・」  
アキラさんは“塩ネギカルビパスタ”なるものに挑戦して、見事はずしていた。  
においからしておいしくなさそう。  
「まともなのを選びなさいよ・・・・・・」  
そう言うメグミさんは、“和風醤油パスタ”。確かに安全牌。  
「ちょっとこれから冬物選びにつきあってくれる? 冬が来るのが思ったより早くて・・・・・・」  
「いいですけど、まだそんなに冬来てませんよ?」  
「さすがね・・・・・・」  
なにがだろう。  
「あー、あとスーパー行こうぜ。お菓子がもうねーよ」  
「それは帰りね。うーん、あとはどこ行こうかしら・・・・・・」  
あ、そうだ。  
「それなら映画観ません? ケータイクーポンあるんですよ。ちょうど3人ですし」  
「あ、いいなそれ。んじゃあ映画観て、服買って、スーパー行って終わりだな!」  
「そうなるわね。なにがやってるのかしら?」  
「えぇっと・・・・・・」  
ケータイ画面をスクロールしていく・・・・・・。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
道なき道を、駆け下りる。アレから、逃げる。  
「ひぃ、はぁっ、はっ」  
息が乱れる。横腹の当たりが痛い。  
たった3、4分ほど前、私たち登山グループは、化け物に襲われた。  
あのときの音、それが追ってきたのだ。  
「ひっはっ、はぁっ」  
走る、走る、駆け下りる。  
「ッ!」  
どしゃ!  
「いったぁ・・・・・・」  
転んでしまった。右足が痛い。捻挫したかもしれない。  
「・・・・・・ふぅ」  
息を整え、周りの確認をする。あの不快な音は、聞こえてこない。  
「・・・・・・ここ、どこだろう」  
しまった。パニックで場所もわからず走ってきてしまった。  
まずはケータイで先輩たちに連絡――  
「ダメだ・・・・・・」  
何度かけても、誰にかけても出てくれない。先輩たちは、アレらから逃げ切れただろうか。  
いや――  
――『山平! 逃げろ! 早く!』  
  『由香理、他の人たちに知らせて!』  
先輩たちは、私を逃がすために・・・・・・。  
「そ、そうだ! 助けを呼ばないと!」  
山でも通じる会社のケータイ。それで、麓と連絡をとらないと! えっと、こういう場合は消防に・・・・・・。  
『はい、消防です。まずは落ち着いてください。火事ですか? 遭難ですか?」  
「あ、あのっ! 薬師岳です! で、でっかいお化けに襲われて! 先輩たちとはぐれて!」  
『お化け・・・・・・? 山道のどの辺りか、場所はわかりますか?」  
「先輩たちはキャンプ場から1キロくらいのところで・・・・・・。私は、めちゃくちゃに降りてきてしまって、今はどこだか・・・・・・」  
『近くになにか目印になるものは・・・・・・』  
と、そこで。  
かち、かち、かち、かち。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「ひ、ひぃぃ!? きた! やだやだぁ!」  
『!? 落ち着いて! 落ち着いてください!』  
無我夢中で駆け出す。足が痛い、なにか言われた、そんなの知らない!  
かち、かち、かち、かち。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶ  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
『なんだ、この音・・・・・・?』  
9月13日土曜日、イチロクニイイチ。  
救急要請。  
 
 
――県都市部の歓楽街  
「買ったなー」  
「そうですねー」  
おしゃれな服屋におしゃれな鞄屋。  
今日はいっぱい回った。  
「でもいいんですか? その・・・・・・」  
「あぁ、気にしないでいいわ。どうせ魔法を使ってるもの」  
隣をちらりと見ると、片手に5袋ずつ、軽10袋の買い物袋を持つメグミさん。  
中身は、全部服。重量はけっこうあるはずなのに。  
魔法ってすごいなぁ。  
「いっとくけどリアちゃん、たぶんあんたは無理だぜ。肉体強化のセンスなさ過ぎ」  
「うっ・・・・・・」  
おととい夜、アキラさんに魔法をみてもらったのだが、その時の一言。  
――『こんなに才能ない奴は初めてだぜ・・・・・・。リアちゃんおめぇ、格闘はあきらめな』  
なにやら本当に壊滅的らしい。わたしとしては剣や杖で戦う先輩たちにちょっとした憧れがあったのだけど・・・・・・。  
いいもん。銃の腕はすごいもん。  
「んー・・・・・・駐車場はもうちょっと先だったわね」  
きょろきょろと周りを確認するメグミさん。やっぱり慣れないところだと土地勘も働かないのかな。  
あんなトコに住んでるのに・・・・・・。  
「あ、あったあった」  
車を見つけたメグミさん。そ、そろそろ腕が痺れて・・・・・・。  
「ふぃー、どっこいしょ。ほら、よこしなリアちゃん。入れてやるよ」  
「ありがとうございます・・・・・・」  
ちなみにわたしの持ってた袋は2袋。大きいのと小さいの。  
体、鍛えた方がいいのかなぁ。  
「あー、ちっとまった、まだキー入れないでくれ。行きたいトコあんだ」  
乗り込もうとしたメグミさんを制するアキラさん。行きたいトコって、どこだろ。  
「いやー、最近きつくなってきてさー」  
・・・・・・・・・・・・?  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「い、ひぃぃ!」  
うしろから迫る音、逃げなきゃ、逃げなきゃ!  
どん!  
「あぅ!」  
うしろから当てられ、また転んでしまう。痛い。手を擦りむいてしまった。  
かち、かち、かち、かち。  
「あ、あぁぁ・・・・・・」  
目の前に、それが現れる。  
黄色い頭に大きな顎、薄く透明な羽根、黒と黄色の縞模様の腹。  
スズメバチ。それも犬くらいの大きさの。  
かち、かち、かち、かち。  
顎が音を発する。あんなハサミみたいなので咬まれたら・・・・・・!  
「に、逃げ・・・・・・!」  
体を翻して後ろを向くと・・・・・・  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「え・・・・・・?」  
いち、に、さん・・・・・・、5匹もの蜂が私を見下ろしていた。  
とすん!  
「いぁ!?」  
刺された。誰に? 蜂に。毒? 毒だろう。意識がぼんやりして眠くなってくる。  
「だれか・・・・・・だれか・・・・・・」  
ふらふらとした頭で助けを呟き、私の意識は闇に沈んだ。  
 
 
――県都市部、繁華街  
「こ、この店ですか・・・・・・?」  
ガラスのショーウィンドウ、マネキンにはブラとショーツだけ。  
看板は黒の縁取りで背景色はピンク、白染め抜きで『Moon Night』と書かれている。  
ランジェリーショップ。  
噂には聞いていたけど、これがその・・・・・・ッッ!  
「いやー、この頃またでっかくなってきてさー。そろそろ換えなきゃなんだよねー」  
「私のもけっこう古くなってきたし・・・・・・。そうね、新しいの買っちゃいましょうか」  
「!?」  
え、なに、今の会話!? この人たち普通に入ろうとしてる!?  
「だ、ダメですよ! わたしたちまだ未成年ですよ!?」  
「・・・・・・?」  
「・・・・・・?」  
「・・・・・・あれ?」  
え、なんでそんな不思議そうな目?  
「えっと、リアちゃん・・・・・・、なんでダメなんだ・・・・・・?」  
「え、だって・・・・・・、カレンが『こういうエッチな店は20歳になってから』だって・・・・・・」  
「・・・・・・」  
「・・・・・・」  
「・・・・・・あれ?」  
え、ちょっと、カレン? なにアンタ。  
「リアちゃん、ひとこと言わせてもらうぞ?」  
「だまされてるわ」  
「・・・・・・」  
・・・・・・・・・・・・。  
「んにゃーーー!!」  
その日は、わたしにとっての初ランジェリーショップ記念になった。  
なんだそれ・・・・・・。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
由香理は、暗く涼しい空間で目を覚ました。  
手足には樹脂のようなものがついており、それで土壁に体を固定されている。  
上半身は、長袖のシャツが腹の部分が破り取られていた。  
そして下半身のジーンズがベルトごと股の部分を引き裂かれ露出している。  
「え・・・・・・ここ、どこ・・・・・・?」  
薄暗さのせいで状況がよくわからない。体もまだ動かない。なぜこんなことになっている?  
「ぁ・・・・・・そうだ、大きな蜂に・・・・・・」  
そこで彼女は思い当たる。連れ去られたのか、と意外と冷静であった自分の頭で判断した。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「!」  
また、あのおとがする。しかしそれほど近い場所ではない。  
『ぃゃぁぁぁぁっぁぁぁ!!』  
「!?」  
今度は、悲鳴。女の声だ。  
「まさか・・・・・・先輩?」  
少女の頭にひとりの顔が思い浮かぶ。自分のよく知る、気のいい先輩。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
深いな音が近づいてきた。悲鳴は反響してまだ聞こえている。いったい何をされるのか、少女の身は固くなった。  
かち、かち、かち、かち。  
「ひぃ!?」  
突然現れた蜂。暗闇で距離がわからなかったらしい。  
かち、かち、かち、かち。顎を鳴らせ、大の字に広げられた由香理の体にのしかかる。  
ぴと、と腹部にある吸盤を由香理のむき出しの腹に密着させる蜂。生物的な恐怖をあおる顔が眼前に迫る。  
ぐし!  
「いぃ!?」  
産卵管が変化した大きな針が、由香理の露出したそこに当てられる。ぐりぐりと、入れるべき場所を探し始めた。  
「いや! やめて!」  
かちかち、がちん!  
「ひぃぃ!?」  
少女を顎の威嚇で黙らせると、蜂はまた捜索を続ける。  
――あった。  
 
ぐぐい、と針先で丁寧に穴に進入していく。母体は傷つけてはならない。  
ぐぐぐぐ、ぐ!  
「ぃぃい!? やめ、いやぁ!」  
体に比して細い、5ミリほどの針が最奥を突く。子宮にねじ込み、産道を確保した。  
がし、と蜂は少女のくびれた胴を抱きしめる。まるで、ふんばるように。  
「ぅ、え、なにこれ・・・・・・!?」  
はじめに感じたのは違和感。自分のソコの一歩手前に何かある、そんな感触がする。  
その感触が、少女を襲う。  
「――!?」  
ぐぐ、それが体内に入ってきた。弛緩して、抵抗の出来ない体に。  
大きさ5センチ、半透明の球状。  
それは、卵。  
この蜂は女王蜂で、産卵場所としてこの近辺の人間の女を狙っていたのだ。  
「あぁ、いや、いや・・・・・・」  
まったくほぐされておらず、無理矢理破瓜の証を焼き付けた産道を卵は進む。  
痛みが少女の脳を焼く。じっとりとした脂汗が額に浮かぶ。  
ぐぽん!  
ひとつ。卵は子宮に到着した。小さな小さな、それでいて確かな存在が由香理の腹に鎮座する。  
ぐぐ、ぐぐぐぐ!  
「いや・・・・・・いやぁ・・・・・・」  
絶望の顔で、少女はうめく。その身体に、ふたつ目の命が埋め込まれていく――。  
 
 
――ランジェリーショップ『Moon Night』  
「これなんてどーだ?」  
「こっちの方が似合うんじゃない?」  
初めて入った大人のお店。  
そこでわたしは、天使のおもちゃにされていた。  
「リアちゃんにはピンクのがあうだろー」  
「あら、そろそろリアちゃんも大人なんだから、黒でもいいと思わない?」  
「あの、いや、ちょっと、えと」  
なんだあのスケスケのショーツ! あんなの穿けないって!  
「あ、これはどう? 黒にピンクのふりふり」  
「いーじゃんそれ。リアちゃんよかったな、初ランジェリー!」  
「いやいいです! そんなのつけられません!」  
店員さんも笑ってないで助けてよ! くすくすしない!  
「えー、なにがだめなんだよー。言ってみ? ほらほら」  
「あぅ・・・・・・、その、なんていうか、えと、見えちゃうっていうか・・・・・・」  
最後の方はもはや消えかかっていた。なんだこの恥ずかしさ。  
「あんなにスカート短いのに・・・・・・。まあしょうがないわ。別の探しましょ、アキラ」  
「そだなー」  
そう言ってスケスケ売り場から立ち去っていくふたり。すごい楽しそう。  
その手のカゴには、先ほどのランジェリーが入れられていた。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
「ぅ・・・・・・」  
ぎゅぽん!  
産卵管が由香理から引き抜かれる。無事生み付けは終わったようだ。  
合計19個。今、彼女の中に入った卵の数。  
ぶぶぶぶぶぶ・・・・・・  
飛び去っていく蜂。次の犠牲者のところへ行くのだろう。  
「お、終わり・・・・・・?」  
恐怖と痛みの時間が終わりと知り安堵する由香理。  
しかし、その時間はまだ終わっていなかったことも、また知る。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「ま、また・・・・・・」  
新たな蜂の登場。今度は少しばかり小さい。  
同じようにして、腹と腹を合わせる。そして先ほどの陵辱で少し開いたままの膣に、自分の生殖器をあてがう。  
ぐちゅ、ずぷぷぷ!  
「あぁぅ!」  
蜂の生殖器から白く、ぬめり気を帯びた棒が伸ばされ、ふたつの身体を連結する。  
多少の水気があるとはいえ、それでも痛みは持続する。快楽は、ない。  
ぐし!  
再びの子宮口との衝突。今度の相手は、違う目的だが。  
ぶぷ! ぶびゅるるるる!  
「いぁ!? なに、なに!?」  
勢いよく注がれる精液。欠けた遺伝子が組み合い、その命をこの世に生み出す。  
卵はこの瞬間、世界に息づく存在となった。  
「ぁ・・・・・・え・・・・・・なんか、頭が・・・・・・」  
突如訪れる浮遊感。思考が宙に浮く。  
ずずず、ぎゅぽ!  
「あん!」  
生殖器が抜かれた瞬間、得も言われぬ幸福感が全身を襲った。  
ぶぶぶぶぶぶぶ・・・・・・  
蜂が、さっていく。  
ごろん。  
 
「ぁ・・・・・・」  
胎内で卵の動く感覚、それさえ身体が静かな至福の感覚を覚える。  
身体が麻痺し、子宮の卵から甘く緩やかな快感が送られる。  
それは、卵が孵るまで続く幸福。  
卵が孵るまで、一生。  
一生。  
富山県薬師岳にて、遭難者。教師、生徒あわせて6名、内男3名、女2名。  
中学校の部活で訪れていた模様。  
指定危険生物に襲われた可能性アリ。  
現在、捜索中。  
 
 
――日本海溝の底  
それは気づく。新たな進化の方法に。  
それは狂気的な、新たな方法。  
ヒトを、造る。  
ゆらり、と影が動いた。  
 
 
天使たちの休日.end  
 
 

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