月が出ていた。  
明るく、丸い、暗闇に浮かぶ月が。  
鼓動が高鳴る。心が疼く。  
いい夜だ。  
そうだ、今日もまた散歩に出かけよう。  
扉を出て、家人の目を盗み外に出る。  
少し肌寒い空気が身にしみる。  
街灯のない、夜に紛れて。  
月が出ていた。  
月が、出ていた。  
 
 
『貫殺天使リア』  
13.The scarlett fullmoon night  
 
 
――1年B組  
月曜日、7時間目。  
ついにこのときが来た。文化祭のクラスの出し物、その投票日。  
お化け屋敷、甘味処、ネコミミラゾクバー、劇、縁日、タピオカ。  
明らかにおかしいのが混じっている。このクラスならやりかねない。  
しかし自分には、それを止める権限もない。  
「それでは開票します。リアちゃん、俺が読み上げるから黒板にカウントしてって」  
「はーい」  
いよいよその時が来た。白い紙に書かれた文字が読み上げられる。ラゾクバーは嫌だ、ラゾクバーは嫌だ・・・・・・。  
「えーと、いち枚目・・・・・・。メイド喫茶」  
「・・・・・・・・・・・・?」  
「・・・・・・・・・・・・?」  
津南くんとわたしの目が点になる。なにそれ。  
『ほら早く次いけ次ー』  
「でも先生、こんなの候補になかったですよ?」  
「「「ちいせえことは気にするな!!!」」」  
「わひっ!?」  
クラス中からの怒号! 日本番長!?  
「・・・・・・リアちゃん、一応メイド喫茶増やしといて・・・・・・」  
「うん・・・・・・」  
かっ、かっと、黒板に新たな文字が書き足される。メイド喫茶。  
このクラス、やっぱまともじゃない・・・・・・。  
「次・・・・・・母乳バー」  
「・・・・・・」  
「・・・・・・」  
これは・・・・・・。  
「ふざけんなてめえら!」  
「わひっ!?」  
津南くんが怒鳴った!? い、意外と恐い!  
「母乳なんてこの歳じゃでねぇだろ! 俺だって飲みてぇわ! けどダメなんだよ!  
せめておしっこバーとか書けよ! バカじゃねぇの!?」  
「・・・・・・」  
あ。この人もまともじゃない。  
「あぁ、もう! 次! 次いって津南くん!」  
「え、あぁ、はいはい。まったく・・・・・・ぶつぶつ」  
とりあえず母乳バーは牛乳バーにしておこう・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
お化け屋敷4  
ネコミミラゾクバー4  
劇4  
甘味4  
縁日4  
メイド喫茶4  
牛乳バー3  
結託してる。絶対結託してるよこれ。  
あり得ないもん。票並びすぎだもんこれ。  
「ずいぶん並んだわけですが・・・・・・、牛乳バー以外で決選投票を行いたいとおもいます」  
『その必要はねぇっす!』  
やおら大田原くんが立ち上がる。なにこの人。  
「みんなの・・・・・・、みんなの思いを無駄にしない方法があるはずッス!」  
「はいすわってー。投票するよー」  
『そうだ! 俺たち弱い意見にも耳を貸すべきだ!』  
『そうだそうだ! たったあと1票だったのよ!』  
何人もの人が立ち上がる。なにこの人たち。  
「すわれー。とうひょうするぞー」  
『俺たちにはまだ方法があるはず!』  
『そうだ! 全部の意見を取り入れればいいんじゃないか!?』  
『それだ!』  
『そうだそうだ! それにしよう!』  
「おいこら。落ちた意見は黙ってろって」  
「「「知ったことか!!!」」」  
「わひっ!?」  
「こ、これが友情パワーか」  
クラス全員(先生含む)の怒号!  
なにこのクラス・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
縁日演劇風ネコミミメイド牛乳甘味お化けバー。  
これで決定。  
・・・・・・聞いたことない・・・・・・。  
聞いたことはないけど、決まったからにはやるしかない。  
「だからシンデレラがネコミミ着けてたらおかしいだろ!」  
『おかしくないわよ! ドレスにネコミミ、最高じゃない!』  
あっちの方では津南くんが演劇ネコミミメイドチームと話し合いをしている。  
とりあえず班に分けて、それぞれの意見をまとめていこうという算段。  
まともそうな人を班長にして、みっつの班に分けられた。  
甘味牛乳チーム班長。  
カナエがいるのだ。  
るーあは、縁日お化けチームの班長に推薦してあげた。わたしを嵌めたんだから、それくらいの苦労はしてもらおう。  
「えっとー、お菓子は土御門さんに作ってもらってー、あのお店の人にも協力してもらってー」  
「いや、そのケーキ屋さんはさすがに無理じゃない?」  
「まぁとにかくウチは協力するよ」  
茶髪ギャル髪の土御門灯子さん。ルーズソックス。雰囲気ギャルで、実際そんなに悪い娘じゃない。  
雰囲気ギャルっていったら怒るけど。  
「牛乳なら親が卸業の人だから、手伝ってもらえるかも」  
黒髪ストレート、前髪ぱっつんの萩明菜さん。なにげにクラス一の巨乳。くそぅ。  
「荷物運びは任せるッス! 男子の仕事ッス!」  
部活無所属なのに体育会系しゃべりの大田原くん。  
以下、甘味と牛乳に入れた人たち。  
こっちはネコミミチームと違っていい感じの人たちだ・・・・・・。  
『魔法少女ぉ!? フェレットなんてもちこめねーぞ!』  
『モモンガもアリだと思うの!』  
ネコミミの話じゃなくなってる・・・・・・。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「あいつね」  
梢の向こう、ドーベルマンサイズのオオスズメバチが飛んでいる。  
私、矛盾天使メグミと断楼天使アキラは、応援に呼ばれてこの山に来ていた。  
昨日、ここで大きな蜂を見たという情報が入ってきたのだ。  
更にその前日、女性の行方不明者がでている。  
デスパイアで確定だ。  
オオスズメバチ型のデスパイア。大火蜂。それが調べて出てきた名前。  
体調1メートルから1.5メートル。姿はオオスズメバチと酷似。  
針には麻痺毒があり、それを武器とする。  
また、オスの生殖器からは通常の催淫毒ではなく神経毒が発射される。  
曰く、身体が火であぶられたように熱くなり、意識が朦朧とするのだとか。  
女王蜂が卵を産み付け、オスがそれに精液をかけることで受精させる、昆虫型のスタンダード。  
その他の特徴は普通のオオスズメバチと同じ。  
巣は、地面の下に作る。  
「お、移動するみたいだぜ。追うか」  
「ええ」  
その巣を見つけるため、私たちは蜂の1体をつけているのだ。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
「なぁ、やっぱりリアちゃん連れてきた方がよかったんじゃねぇか? 銃なら相性いいだろうし」  
「だめよ。あの学校にはデスパイアが紛れ込んでるわ。警戒は解けない」  
そう、リアちゃんの学校の制服を着たデスパイア。それは学校に潜んでいるはず。  
人とデスパイアの、融合体。黒いデスパイア。  
リアちゃんの学校にいる、というのは彼女には伝えていない。よけいな緊張をすれば先に相手に感づかれる。  
今は、尻尾を出すのを待つしかない。  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
すっと、蜂が下方に消えた。  
「あそこだな」  
まずは、こいつらの殲滅を考えよう。  
 
 
――町境、夜の土手  
「遅くなっちゃった・・・・・・」  
通い慣れた道を、水上美波は走る。  
陸上部。遅くまで残って練習していたら、もう8時だ。中学生の出歩く時間ではない。  
最近この町にも、おそろしい怪物が現れたようだし、あまり暗がりにひとりでいるのは心細い。  
怪物――デスパイア。  
秋田の島をひとつ全滅させた、恐竜のような化け物。  
あのとき現れた恐竜たちは、全て駆除されたと聞いた。それでも恐いものは恐い。  
「はっ、はっ」  
「――こんな時間にひとりとか。あぶねーぜ? 送ってやろうか」  
「え!?」  
ばっと振り返る。そこには暗闇しかなかった。  
いや、ある。  
夜の闇より、闇の黒より、  
何よりも黒いソレが、そこにはあった。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
「で、だ。どうするよ」  
巣穴の前で、アキラが言う。巣の発見はしたものの、どうやって駆逐したらいいものか。  
「そうね・・・・・・。とりあえず入って皆殺しね」  
「こわ! 皆殺しってえ・・・・・・」  
「いいから突入するわよ、アキラ。あぁ、あなたの障壁じゃ頼りないから、私にちょっと抱きつきなさい」  
「・・・・・・へ? なんで?」  
「いいから」  
うしろから腰に手が回る。もじもじしちゃって、まあ。  
「さて・・・・・・いくわよ!」  
穴に身体を滑り込ませる! 浮遊感。天井は10メートルほどの、大きな空間にでる。  
いち、に、さん・・・・・・。自分の真下に何体かの蜂がいるのを確認して・・・・・・。  
「障壁全力展開、15枚!」  
体の周囲に16面体の魔法壁を作り出す!  
ぐしゃぐしゃぐしゃ!  
落下にあわせ降りる壁と大地に挟まれ、真下にいた蜂共の命を刈り取る!  
「障壁、解除」  
すとん、と地面に降り立つ。  
「おっおう・・・・・・、すげぇ・・・・・・」  
「ふぅ、さて、次よ」  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
かちかちかちかちかち!  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
かちかちかちかちかち!  
一斉に目の前の空間から大量の蜂が現れた。どうやら威嚇をしているらしいが・・・・・・。  
「障壁全力展開、15枚!」  
もう一度全体防御の盾を張る。これで蜂の針は届かない。  
「メグミ、確かにこれなら安全だろうけどよ、守ってばっかじゃ勝てねーんじゃ・・・・・・」  
「いい加減離れなさいよ・・・・・・。それに守ってばかりじゃないわ」  
奥の方からも蜂がよってきた。そろそろか。  
「15から14、障壁反転解放!」  
外側の2枚が、一瞬震え・・・・・・割れはじけ飛ぶ!  
どしゅどしゅどしゅ!  
がががががが!  
砕けた障壁の欠片が鋭い刃となり、蜂たちを串刺しにしていく!  
「えっ、えぇー」  
「さ、いくらでもかかってきなさい」  
あと、50体程度!  
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ  
かちかちかちかちかち!  
「13から12、障壁反転解放!」  
   
 
――町境、夜の土手  
美波は、黒にのしかかられていた。  
首に尻尾を巻かれ、息がしづらい。叫べない。  
「ひ・・・・・・、あ、ぁ・・・・・・」  
「んー、やっぱ制服は残しといた方がいいよなー。パンツはこう・・・・・・足首に絡めて・・・・・・」  
なにやら下でされている。しかし、暴れることは出来ない。  
美波の頭に、2、3分前の言葉がよみがえる。   
――『暴れたり叫んだりしたら、首、絞めちゃうから』  
本気だった。あの目は、本気だった。  
恐怖に震える身体で、美波は恥辱を受け入れる。  
「よし、完成。タイトルは・・・・・・“囚われJC、私を犯さないで・・・・・・”だな!」  
セーラー服を縦に裂き、スポーツブラを上げてふくらみを露出させた格好。  
下は、ショーツだけが足首に巻かれ、他はいっさい手を付けられていない。  
「あー・・・・・・自分で言っててないと思うわ・・・・・・。まぁいいや、試食試食」  
「ひぁ! う、うぅー!」  
黒が彼女の薄い茂みに口づける。ぺろぺろと、くちゃくちゃと。  
「んーんー、無理矢理ってのもそそるけど・・・・・・。まぁ処女っぽいし、いい思いさしたげますよ」  
軽い調子で言葉を投げると、黒はその牙を少女の太ももに突き刺した。  
「いい!? ひ・・・・・・いたい!」  
「だぁいじょぶだって。だんだんよくなるから。ほれ、効いてきたろー?」  
とくんと心臓が高鳴る。顔が熱い。全身が100メートル走をしたあとのようだ。  
「な・・・・・・なに、これ・・・・・・」  
「惚れ薬だよ・・・・・・俺のチンコへのな! ・・・・・・つまんねえわ。ダメだ俺、センスない」  
ひとりで勝手に落胆し、黒はその指を少女のほとに這わす。  
くちゅ・・・・・・。  
唾液とは違う、新たな液体が早くもそこを潤していた。  
「んー、いいかんじ? それじゃあアムロ、いっきまーす!」  
「や、やめ・・・・・・あひぃ!?」  
いきなり根本まで突っ込まれる。痛みはなく、情熱的な快感が走る。  
「おーおー締まる締まる。いいねぇ中学生!」  
「あぅっ、ひぁっ、んん!」  
引いては突き、引いては突き。子宮から頂がせり上がってくる。  
「ほい! ほい! ほい! 緊張感ねぇな俺!」  
「んぁ! あぁ! あっ、あぁ!」  
強烈で暴力的で、そして――!  
一瞬、彼女の頭に思い焦がれる男の子が映り、  
「あぁーーーーー!!」  
びく、びくんと身体を震わせ絶頂を迎える。  
「はぁっ、はぁっ・・・・・・ごめんね、明石くん・・・・・・」  
「あれ? 彼氏いたの? ごめんねー。あと俺まだイってないから、つづけるよーん」  
ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら、その陵辱は続く・・・・・・。  
 
 
――富山県薬師岳、山中  
「これで全部かー?」  
「ええ、終わり」  
あの後、奥で隠れていた女王蜂を見つけ殲滅し、今は救助活動。  
あっけない仕事だった。  
「しっかし、なんというか・・・・・・。メグミさん、すごいッスね」  
「そう?」  
確かに私の固有能力は強いのだろう。というか6年間の修行が詰まっているのだ。強くなくては困る。  
「ほいっと・・・・・・。いちにいさん・・・・・・、数も合ってるな」  
「それじゃ、山道までいきましょ。そこで救急が待機しているはずよ」  
ここまで強くなるのに、6年。  
それまで、何度も負けた。何度も苦汁をなめた。  
そして今、ここにいる。  
私の障壁は、武器であり盾。だから、矛盾天使。  
デスパイアを倒すための、力。  
「おねーさーん、顔が恐いよー。リラックス、リラックス」  
「・・・・・・うるさいわね」  
けれど、それはこれからは守る力だ。  
この喧しく姦しい少女、あの明るく元気な少女たちを。  
「もう夜になってるわね。今日はここで一泊して、明日帰りましょう」  
「あ、リアちゃんにおみやげ買わないとなー」  
大きな月が出ている。  
月が、でていた。  
 
 
――町境、夜の土手  
ぱぁん!  
「うお!? いてぇ!」  
命中! けど、あんまり効いてない・・・・・・障壁持ちか!  
パトロール中見つけた、デスパイア。何となく黒くて、長い尻尾を持っている。アキラさんの話していた奴だ!  
「いっつぅ・・・・・・。くそ、天使か!」  
女の子から離れ、わたしと対峙するデスパイア。確かに、ヤバイ感じがする・・・・・・!  
と、そこで。なぜかそいつがきょとんとした顔を作った。  
「・・・・・・なによ」  
「セーラー・・・・・・戦士?」  
「違う!」  
わたしのコスチューム。明るい青のセーラー服に同色のプリーツスカート。  
制服の色が変わっただけともいう。  
「つーかふたりもいたのか・・・・・・。んー、痛いの嫌いだから逃げさしてもらうぜ」  
「逃がすわけ、ないでしょ! <サーディン>!」  
ダガガガガガガガガガ!  
「あぁっぶねぇ! なんだそれ!」  
「黙って、死ね!」  
「こえぇロリッ娘だなおい!」  
・・・・・・・・・・・・。  
「ん? なんか悪いこといった? 俺」  
「・・・・・・し」  
「し?」  
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」  
ダガガガガガガガガガ!  
「キレた! 天使キレた! やべぇ!」  
「おらぁ!」  
「ちょっ、しかたねぇなぁ!」  
――――寒気、ゾクリ、跳びずさる。  
たたたたた!  
「!!」  
「ありゃ、外した」  
さっきまでわたしがいた地面に、5本の紅い剣が突き刺さっていた。  
「そんじゃ、まったね〜」  
「あ! こら待て!」  
だっと、土手を駆け下り川を跳び越えるデスパイア。速すぎる、わたしじゃ追えない・・・・・・!  
「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」  
「! 待って、すぐ助けるから!」  
被害者に駆け寄る。特に乱暴された痕はない。  
月明かりがわたしたちを照らす。  
月が、でていた。  
 
 
――少年の家  
まさか、あれ以外にも天使がいたとは。驚きだ。危険がました。  
だが――  
「ふふん、かわいかったな、あいつ。名前聞くの忘れちった・・・・・・」  
一目で、恋した。  
胸が高鳴り、あの少女で頭がいっぱいだ。  
なれば、行動はひとつ。  
「早く、犯してぇなあ・・・・・・」  
少年はどこまでも人間で、どこまでもデスパイアだった。  
月が、でていた。  
真っ黒な空に、紅い月が。  
 
 
 
 
 
The scarlett fullmoon night .end  
 
 
 

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