――市街地  
黒い壁を解除して、外へその全貌を顕したデスパイア。その巨大な姿に、人々は恐れおののく。  
パニックに陥り逃げまどう群衆に、デスパイアはスライムの雨を降らしていった。  
黒い壁を撮影しに来たテレビクルーが、それに襲われる。  
リアの金の魔力を得たデスパイアは、その体格を30メートルの化け物へと成長させていた。  
民家を破壊し、ビルをなぎ倒す。自分の力を確かめるように。  
それが、5分ほど前。  
そのデスパイアは、今は動きを止めていた。  
臨戦態勢を露わにし、敵意を前方に向けている。  
今まで戦ってきた天使3人、それらより強大な魔力を彼方から感じる。  
黒い殺意。それが、遠くからでもわかるほど発せられていた。  
高速で近づくその存在を、迎え撃つ体勢をとるデスパイア。  
12月24日。天候は、吹雪に近い雪。  
ホワイトクリスマスに、過去最悪の戦いが繰り広げられることとなる。  
 
 
――デスパイアの体内  
青く生臭い心臓に、リアは磔にされ陵辱を受けていた。  
口、膣、尻穴に3本の触手が収まっている。その中の1本、尻の触手が突然違う行動を始めた。  
ぼんやりと虚空に漂わせていたリアの碧眼が、不信の光を点す。  
太い触手が、解れているような気がする。  
リアは、自分に埋まる触手は全て同じものだと思っていた。しかし、実は違う。  
尻の触手は、排泄物の管理を兼ねていた。  
それは、少女を永遠の牢獄に閉じこめる為の装置。少女の排泄物さえデスパイアは奪っていく。  
直腸内でばらけた極細の触手たちが、リアの尻にたまった汚物を吸い上げる。  
「ん、んんーーー!? んんっ! んーーー!!」  
いやいやと首を振りこれまでにない感覚を拒絶しようとするリア。しかし、淫楽にとけた身体は吸引の感覚も悦楽として享受する。  
ずるるるるる・・・・・・  
全てを吸い取り、アヌスから抜け出る触手。尻にぽっかりとした喪失感を感じる。  
今度は、口だった。  
触手の先端が割れ、繊毛のような触手がいくつも顔を出す。  
それらがリアの舌へと絡みつく。優しく激しく、舐るように貪るように。  
「んん・・・・・・、じゅる、ん・・・・・・」  
とろんとした瞳で悦びを受け入れるリア。与えられる淫液は、全て残らず飲み下す。  
白い肉の壁は、今や完全にリアを包み込んでいた。喪失感を埋めるように尻にまた触手が入り込む。  
今度は、抵抗しなかった。  
膣に入った触手がピストン運動を再開する。牝の本能として悦びで受け入れる。  
子宮口へノックを繰り返す触手に、リアは自ら腰を振って答えた。  
彼女の子宮のその先、卵巣。  
かつて妖花によって改造された部分が、その快楽に反応した。  
卵子を排出し、受精に備える。  
一突き一突きに小さな波を味わい、リアの身体はその時に備える。  
触手が、太くなってきた。  
――ああ、出される――  
どうしようか、あらがうべきか。  
そんな迷いなど吹き飛ばすかのように、熱い子種が注ぎ込まれた。  
「――――っ!! んんん〜〜〜〜〜!!」  
腹が膨れるほど精を吐き出される。待ちわびた、絶頂。  
子宮の中、リアの揺りかごに向かって泳ぐ精子たち。目指すは、少女の卵子。  
卵子に、デスパイアの精子がたどり着いた。ヒトとデスパイアの垣根を越え、受精を果たす。  
リアの2度目の懐妊だった。  
ちょろろろろろ・・・・・・  
リアの秘所から小水が零れ、触手はそれすら糧とする。  
どろりと子宮に収まりきらない精液が、膣からあふれ出した。  
金の魔力は白に奪われ、リアは奴隷としての立場を存分に果たす。  
恋人とのキスを楽しむように、リアとデスパイアは舌を絡め合う――。  
白い壁に、紅い亀裂が走った。  
 
 
――市街地  
それは、唐突な出来事だった。  
デスパイアの前方100メートルほど、中空から巨大な紅い剣が横薙ぎに襲いかかる。  
ビルを薙ぎ払い障壁を裂き払い、デスパイアに直撃――すると思われた。しかし、間一髪、鏃での防御に成功する。  
いや、成功はしていなかった。バキン、とアキラの斬撃にも耐えてきた鏃が粉砕される。  
「なん・・・・・・だと」  
驚愕を隠せないデスパイアの前に、それは姿を現す。  
人間型、長い尻尾に爪。浅黒い肌をした少年。  
黒い、デスパイア。  
「よぉ――――好き勝手、やってくれてんじゃん」  
道路の中央に仁王立ちし、黒は高らかに宣言する。  
 
「お前、殺すから」  
 
 
 
『貫殺天使リア』  
20.白と黒と金と、それから親子と恋心  
 
 
 
――市街地  
うねる触腕の連打を跳ね駆けかわす黒。自分の3倍もある触腕をいとも簡単に回避していく。  
スピード。超大型に対するに最高の組み合わせ。  
「チィ! 障壁展開、15枚!」  
「破ァ!」  
一斉に張られたバリアも通常サイズの剣で切り裂かれる。  
斬撃。メグミの多重障壁は、実際のところ衝撃には強いが斬撃には弱いのだ。  
黒いデスパイアの持つふたつの特徴は、白いデスパイアにとって最悪の相性であった。  
「ぐうぅ! 行け、スライムたちよ!」  
触手の表面に空いた穴から、弾丸のごとくスライムが打ち出される。  
しかし、標的にあたる寸前で雲散霧消していく。水を魔力で固めただけの存在は、より強い魔力のオーラで溶けてしまう。  
「飛天なんたら流、くずりゅーせん!」  
間の抜けた声とともに、10本の剣が白に飛来する。かろうじてもう片方の鏃で防御することができた。  
そこで、気づく。確かに速さは驚異だが、主武器の剣は初撃の巨大な剣でもなければ防御可能であると。  
――ならば、魔力集中にさえ気をつければよい。  
  集中の瞬間、動きが止まった時を打ち抜けばいい話――  
リアの能力、<グレート・ホワイトシャーク>。一撃だけの技だが、敵を確実に倒すにはこれが適任だ。  
白いデスパイアは、その時を待ち続ける。  
一方、黒いデスパイアも、相手の狙うタイミングは看破していた。  
――奴が俺を殺す一撃を放つ瞬間、それは俺にしか集中していない瞬間!  
  頼むぜ、相棒!――  
それぞれの思惑を隠し、黒と白の距離は縮まっていく――。  
 
 
――市街地、ひとつ横の道路  
走る、走る。黒の初撃で散乱した瓦礫が自分を隠してくれている。  
愛する母のため、母を取り戻すため。  
黒と取り決めた約束。黒の提示した作戦。  
――俺たちは1体だけじゃあ絶対にあいつには勝てない――  
戻ってきたこの町で、出くわしたデスパイア。  
それは、母を救うのに協力してくれと言った。  
――だったらさ、2体いれば――  
望むところだと答えた。その結果は予想していた。  
母を想う自分。母を想う黒。  
――まあ、相打ちくらいならいけんじゃね?――  
 
想い人を助けるのに、命などいらない。  
 
 
――デスパイアの体表面、鎧のない肉の露出した場所  
デスパイアの腰にあたる部分、触手の網に囚われていたメグミは眼を見開いていた。  
眼前の光景。ビルが崩れ、人が壊れていく情景。  
白と黒、青と紅が交錯する。  
まるで怪獣映画だ。そのような感想しか抱けなかった。  
黒いデスパイア――アキラが取り逃がし、またリアに愛の告白をしてきたという風変わりなデスパイア。  
なぜ、ここに?  
決まっている。リアを、助けるためだ。  
なぜか、そう判断できた。真摯で愚直で、必死な眼がそう思わせたのか。  
リアがデスパイアに取り込まれたとき、一度捨てかけた希望。  
「まだ、何とかなるかもしれない」  
天使の瞳に、光が灯る。  
 
 
――市街地  
その時が近づいていた。  
吹き荒れる吹雪の中、ついに黒は射程に入る。  
狙いは慎重に。白の胸部、その中からリアの気配が漏れ出ている。  
これほど離れていても、感じられる魔力。まだ生きていることがわかる。  
「だらぁ! ミサイルばりぃ!」  
四方八方に、剣を放つ。触手が弾かれ空間が広がる。  
――集中、あの鎧を壊す強さを、あの娘を傷つけない大きさで。  
  いけるか? いけ。あいつも魔力を集中している。チャンスは――  
白の口元に魔力の高まりが感じられる。それを受ければ自分の命はないこともわかる。  
それでも――  
――今だ!――  
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」  
「<グレート・ホワイトシャーク>、ファイア!」  
剣が振り抜かれる。青い奔流が黒に届く。  
青い奔流は、剣に両断される。わずか10ミリだけ。  
鎧を切り裂く。下から上へ、真っ直ぐに。  
青い軌跡が腕に届く。人と変わらぬ強度の体は簡単に崩壊を始める。  
剣先が胸の鎧を寸断する。彼の友が、四つ足で駆け上るのを見た。  
半身が吹き飛ぶ。青に埋まった視界に、少年は微笑う。  
「――やるじゃん、わんころ」  
最後に捕らえた景色の中で、頭に花を咲かせた犬が白の体内に飛び込んでいた。  
 
 
――白い壁、デスパイアの心臓  
わたしは凝視する。白いデスパイアと違う、その紅くて黒い魔力を。  
誰かが亀裂から押し入ってくる。懐かしいにおい。  
犬の体に、背中にはツタ。頭に大きな妖花を咲かせた、  
「ウルルルルルルアァ!」  
「ふ、フリーダ!?」  
わたしの、こども。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
白は勝利を確信した。直撃。あの魔法光線をくらい生き延びる者など皆無だ。  
生死の確認をしようと、探査の触手を遣わそうとする。  
と、違和感。心臓部がおかしい。  
寸断されたのは外部だけ、内臓器官には届いていなかったはず。  
「ぐ、おぉぉ!?」  
ばりぃ! 強烈な痛覚が走る。  
「ば、ばかな――!?」  
そこには、  
「ウルルルルルルアァ!」  
青いスライムでべっとりとした金髪をもつ天使が、犬に背負われ飛び出す姿があった。  
とっさに、犬を触手で貫く。それでも犬は体を丸めず、天使の体勢を維持することに勤める。  
心臓に傷、患部が剥き出し。  
そして天使は、犬の背の上で銃を構えていた。  
「や、やめろぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!」  
「<グレート・ホワイトシャーク>、Feuer」  
金の魔力を吸い尽くし、銀の鮫が敵を食い尽くした――。  
 
 
――市街地、崩れたビルの傍  
「フリーダ、フリーダぁ!」  
アスファルトに伏し、ぜぇぜぇと苦しそうな呼吸をするフリーダ。  
わたしたちは、爆風に飲まれ吹き飛んで、道路に叩きつけられていた。  
「フリーダ、返事をして! フリーダぁ!」  
おかしい。いくら上空から叩きつけられたとしても、こんなに弱るわけがないのに。  
「ウリュウ・・・・・・」  
「フリーダ!」  
よかった、生きてる! この子は強い子、すぐによくなるはず・・・・・・!  
べちゃ。  
「・・・・・・え?」  
背中に回した手が、不可解な感触を伝える。べっとりと張り付くような、粘っこい水の感触。  
「ね、ねぇ。フリーダ?」  
「ウリュ・・・・・・」  
赤い。真っ赤。これなに? やだよ、やだよこれ。  
「やだ、やめてよフリーダ。ねえ、起きて?」  
「・・・・・・」  
のそりと首だけ動かして、わたしの頬を舐める。ぴちゅぴちゃと、甘えるように。  
それは、あの日の心残りを埋めるようで。  
「フリーダ・・・・・・」  
「ウル・・・・・・」  
膝枕で、頭を支えてあげる。大きな花。すごいよ、たくさん育ったね。  
「ありがとうね。おかあさん、すごく嬉しかった。でも、とっても悲しいよ」  
「・・・・・・」  
わかってる。この感情は偽物だ。そのくらい、わかってる。  
でも、今だけ。今だけは、親子でいさせて。  
「そうだ、おかあさん、フリーダが恋人できたか知りたいな。  
 あれから4ヶ月もたってるんだよ? ひとりくらい、できたよね?」  
「うる、ウルルル・・・・・・」  
よかった。本当は心配してたんだ。  
「フリーダ・・・・・・?」  
「・・・・・・ウル・・・・・・」  
 
目に見えて元気がなくなってきている。もうすぐなのかな。やだな。やだよ。  
ぽろぽろと、ぼろぼろと。涙が頬に伝う。せっかく会えたのに。せっかく、せっかく・・・・・・!  
「ごめんね、ごめんねフリーダ。だめなおかあさんで、ごめんね・・・・・・!」  
「ウリュウ!」  
顔を上げ、フリーダは抗議した。そんなことはないと、ただ、おかあさんのためだと。  
そして、わたしに成長をみせて、喜んでもらいたかっただけなのだと。  
「・・・・・・! フリーダ・・・・・・」  
「ウリュ・・・・・・ぺろ、ぺろ・・・・・・」  
涙に舌を伸ばし、舐め取ってくれる。そうだよね、おかあさんが泣いてちゃ、だめだよね。  
「フリーダ、ありがとうね。おかあさん、嬉しかったよ」  
「ウル。ウリュリュリュリュ・・・・・・」  
頭を撫でる。こうされるのが好きって、おかあさん知ってるんだよ。  
「ふりーだ、ねえフリーダ・・・・・・」  
「リュ・・・・・・」  
きみたちに、毎日言ってた言葉。最後に、もう一度言わせて。  
「・・・・・・・・・・・・、大好きだよ、フリーダ」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
フリーダ、ねえフリーダ。  
大好きだよ。愛してるよ。  
返事をしてよ。花がしおれてるよ。息をしてよ。  
「う・・・・・・う・・・・・・」  
泣いちゃだめ。フリーダに、怒られちゃう。  
でも、でも。  
「うわぁぁぁぁぁん、ひぐっ、ひっ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」  
どうしてかな、涙が、止まらない。  
「うぁぁぁぁぁぁっ、えぐっ、うぁ、うぁぁぁぁぁぁあん」  
フリーダ、ねえフリーダ。  
わたしの、いとしいこ。  
 
 
――瓦礫の散りばめられた市街地、ビルの隙間  
黒い少年が、アスファルトに身を投げ出していた。  
大の字に、ではなく。右半身は消し飛び、腰から下もない。左上半身と一部が欠けた頭部のみで。  
空を、眺めていた。  
煤けた空。雪がやんで、残ったのは灰色の雲だけ。  
「・・・・・・」  
喧噪が戻ってきている。人々がこの爆心地に近づいて来ているのかもしれない。  
「・・・・・・」  
死を感じる。もう間もなく、彼の命はこの世から消え失せるだろう。  
じゃり、とビルの破片を踏んで女性が歩んできた。見たことはないが、雰囲気からして天使とわかる。  
「・・・・・・礼は、言わないわ」  
「必要ない。それより、あの娘は助かったか?」  
自分より何より、少年は恋する天使の安否を聞く。黒い輪郭が、崩れ始めた。  
「あなたが、例のデスパイアね? リアちゃんなら、無事よ」  
「・・・・・・よかった」  
魔力の装甲がとけ、同時に認識阻害の魔法が消える。その程度の魔法さえ、少年の残りの命では賄えない。  
「・・・・・・! あなた、クラスにいた・・・・・・!」  
「? おねーさん、俺のことしってんの?」  
メグミは気づく。あの文化祭、目当てのクラスかどうか質問した、あの生徒。  
「なあ、おねーさん。後生の頼みだ。あの天使は、だれなんだい?」  
「・・・・・・」  
教えてやるべきか、どうか。相手はデスパイア。死の直前でも、油断はできない。  
けれど、メグミは信じる。少年は、自らの命より少女の命をとった。その誠意に、答える。  
「あなたのクラスの、リアちゃんよ。フィリア・グローデン」  
「・・・・・・! そうか、そうだったのか!   
 なんだ、あれだな。幸せはすぐ傍にあるとか言って、本当のことだったんだな」  
驚き、けれど笑顔を見せる少年。腕から先は、もう消えていた。  
 
「そうだ、最後にお願い。適当なときに、俺は退治されたっていっといてくれ。  
 デスパイアに助けられるとか、あんまり気持ちいいもんじゃないだろうし」  
「わかったわ。引き受ける」  
少年はにっと笑い、空を見上げる。  
雲が切れる。いつの間にか昇っていた月が、そこにはあった。  
「あの娘が助かったってことは、あいつも成功したってことだし・・・・・・、うん、やっぱり家族っていいな」  
「・・・・・・あなた・・・・・・?」  
月明かりに照らされ、少年は消えていく。最後まで自分以外を気にして。  
「じゃあ、おやすみ。あいつに、よくやったっていっといて」  
風が吹いて、黒い塵が舞っていく。  
綺麗な月の下、散歩でもするような軽やかさで少年は去っていく。  
メグミの足下に残ったのは、彼の制服に縫いつけられたネームプレートだけだった。  
 
月が、でていた。  
小さな、月が。  
子は親を想い、助け。  
人と変わらぬ恋は、届かない。  
けれど、彼らは幸せだっただろう。  
きっと、きっと。  
 
 
 
白と黒と金と、それから親子と恋心.end  
 
 
 

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