すれ違う人々の中に、君を見た。  
どれほどの夢で追い続けたか、どれほどの想いで探し求めたか。  
橙色の街灯を反射する雪の中、雑踏がその姿を隠してしまう。  
振り返れば、もういない。  
 
 
25.湯けむり旅情のおもらし天使  
 
 
――新幹線の車内  
窓の外には知らない景色が流れていく。  
東京駅を経由して、新幹線で秋田へ。  
2月。他クラス親睦旅行。  
カナエと、るーあと、それからわたし。  
秋田玉川温泉班。  
「だ、だうと!」  
「はずれ〜。リアちゃんまたはずした〜」  
「リア弱過ぎよー。そんなことじゃ戦場では生き残れないゾ☆」  
るーあですらテンションが上がっている。こんなるーあ見たくなかった。  
・・・・・・今更気づいたけど、るーあって軍隊オタク・・・・・・?  
「私の勝ちぃ〜! お菓子もらうね!」  
「くそう・・・・・・。さあとれとれ!」  
あぁ、わたしのチョコ鯛焼きが・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
「そろそろつくぞー。荷物確認、忘れ物、ゴミチェックー」  
先生の声が通路に響く。安藤利美先生。今年三十路の婚活中。A組担任。  
J班の担当の先生だ。  
「カナエ、ゴミは片づけた? リア、カバン出せる?」  
「ばっちりだよ!」  
「そこまで背は低くないんですけど・・・・・・」  
侮りすぎだし。  
「・・・・・・」  
とれねえ。  
「る、るーあさん・・・・・・。カバンとってください」  
「・・・・・・ちっちぇえな」  
うるせっ。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
そこからまた電車に乗って、今度はバスへ。お尻が痛い・・・・・・。  
「お、おぉー。なんかすごい山ー」  
山の中を走るバス。窓の外には銀世界。  
これだけなら見慣れてるけど、やっぱり山ってそうそう来ないからなぁ。  
「リアちゃんりあちゃん! あれ! キツネ!」  
「かわいい! あっ、いっちゃった・・・・・・」  
すげー。あきたすげー。  
「あ、ねえるーあ、こっからどのくらいで旅館つくの?」  
「んー、10分くらい走ったから・・・・・・、あと1時間くらいかな」  
「「・・・・・・」」  
お尻が・・・・・・。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
――旅館敷地内、キャンプ場  
それからだいたい1時間。  
やっとついた・・・・・・。  
バスから出て、伸びをして。  
「ん、んー・・・・・・。あだだだだっ」  
ばきっていった! 背骨ばきっていった!  
『全員集まれー。鍵配るぞー』  
「「「はーい」」」  
今回、わたしたちは旅館内の客室に泊まることはない。山小屋みたいな部屋で自炊体験なのだ。  
全室トイレなし。森の中のちっちゃいトイレか本館のきれいなトイレ。  
小屋はキャンプ場の広場にあって、当然いちばん近いのは森のトイレ。どっちに行けばいいかな・・・・・・。  
なんでついて早々こんなことを考えているかというと、  
「る、るーあ。わたしトイレ・・・・・・」  
「え!? はやくいきなさいよ!」  
ヤバイ。もっちゃうもっちゃう。  
きれいなトイレは諦めよう・・・・・・。ええと、森トイレは・・・・・・。あった。  
「なんでこんな鬱蒼としてるんだろう・・・・・・」  
キャンプ場から100メートルくらいしか離れてないのに、雑木林で辺りが暗く感じる。  
木組みのドアを開け、個室に入る。つーんとしたにおい。やだなぁ。  
鍵を閉めて、和式の便器に座り込む。ショーツを下げて・・・・・・。うわ、これが世に言うぼっとん便所・・・・・・。  
「この体勢、つらいんだよなぁ・・・・・・」  
膝とかいろいろ、痛いのだ。  
「ん・・・・・・」  
ちょろろろ・・・・・・  
溜まっていた尿を外に出す。うわ、すきま風。どないなっとんねん。  
お尻を冷たい風に撫でられながら、用をたしていく。長い・・・・・・。  
「ん・・・・・・、ん?」  
あれ、この風おかしい。これ、ホントに撫でてないか?  
「え、え。なにこれ」  
ぜったい撫でてる。物質的に。てことは・・・・・・。  
「デ、デスパイア!」  
「きづいたかや?」  
ぬ、と便器の底から白い女の顔がせり上がってくる。日本史の資料集に載っているような、昔の髪型。  
「く、この・・・・・・」  
迎え撃ちたいものの、まだ小水は放出中だ。止まる気配はなし、動くに動けない。  
と、躊躇している内に、  
「どれ、妾が手伝ってやろう」  
と伸びてきた4本の手で抱え上げられてしまう。幼児に用をたさせるような格好で、宙に浮く。  
「ほれほれ、金色の水が弧を描いておるぞ? 人前で恥ずかしくないのかね」  
「こ、このぉ・・・・・・」  
そうする内に排尿の勢いが無くなり、ちょろちょろと尻を伝って落ちるようになる。  
 
「おやおやはしたない。どれ、飲んであげようかの」  
「なにを・・・・・・、ひゃあ!?」  
女の首がわたしのソコに吸い付き、ごくごくと音を鳴らして尿を飲む。ちろちろと舌で鈴口を突かれ、背筋が伸びる。  
「や、やぁ・・・・・・」  
「ぷはっ、ふむ、いい味だったぞ。次はこの穴だの」  
膀胱の中を飲み干したデスパイアが、わたしの股間をじろじろと見やる。  
・・・・・・あれ、チャンスじゃね?  
隙、発見。  
「変身!」  
「な、なにぃ!? おぬしまさっ」  
「ていや!」  
ぱこん、と気の抜けた音を立てて銃弾が額にめり込む。はやっ。  
「最後までいわせい・・・・・・、おぬ」  
「うりゃっ」  
もう一発。死んだかな?  
わたしを掴んでいた手から力が抜け、放り出される。ショーツが引っかかって、うまく着地できずに尻餅をついてしまう。  
尻餅というか、便器にはまった。  
「・・・・・・」  
さらさらと消えていくデスパイア。はまったわたし。  
わたしの尿でぐしょ濡れのショーツ。  
「・・・・・・わーお」  
どうしよう。  
10分後、様子を見に来たるーあに救助されるまで、わたしは嵌ったままだった。  
 
 
――本館お風呂場  
おもらしちゃんの称号をもらいました。この年で。  
違うのに・・・・・・。ちゃんと耐えたのに・・・・・・。  
先生の計らいで、わたしの班だけ先にお風呂。みんなの視線で泣きそうだった。  
てか泣いた。  
「リアちゃん、元気出して・・・・・・。ほら、あんなに長時間バスに乗ってたんだから仕方ないよ」  
「うぅ・・・・・・」  
カナエが背中をごっしごっし洗ってくれる。気遣いが悲しい。  
「みんな気づいてないわよ、ほら、早く出てご飯食べに行こう?」  
「るーあぁ・・・・・・」  
カナエの後ろからるーあの声が聞こえる。気遣いが悲しい。  
ざばぁー、と泡を流して浴槽に向かう。広っ。  
「それじゃあ、100数えたらでよっか」  
「「はーい」」  
るーあ、なんか古くさい・・・・・・。  
「「「いーち、にーい・・・・・・」」」  
・・・・・・あ、あれ?  
「カナエって、おっぱいおっきくない?」  
「そ、そぉ?」  
いやでっかい。メグミさんレベルでは無いにしても、結構ある。  
「て、るーあもでっかい・・・・・・」  
「それはリアがちっちゃいだけじゃない?」  
「なにおう! これでも成長したんだぞ!」  
んにゃー! ばしゃばしゃばしゃ・・・・・・  
誰もいないのをいいことに、わたしたちはのぼせるまで温泉を楽しんだ・・・・・・。  
 
 
――キャンプ場、バンガローの中  
ご飯を食べて、お休みタイム。  
明日の朝は早いのだ。  
るーあ、わたし、カナエの順で川の字になって寝る。  
わたしたち3人の小屋には、おおきなベッドひとつしかなかったのだ。  
狭くはないけど、  
「ふふ、リアちゃんちっちゃーい」  
「髪の毛さらさらねー」  
「う、うぅー」  
逃げ場がない・・・・・・。  
「あ、もう11時ね。明日は山登りをするんだから、もう寝ましょ」  
「は〜い」  
「んー」  
あれ、なんでわたしに抱きついてくるのふたりとも。抱き枕?  
「すーすー・・・・・・」  
「くぅ・・・・・・」  
ねつきはやっ。  
「・・・・・・」  
身動きとれないし、やっぱり狭いし。  
けど、なんだか。  
なんだか、あったかい。  
 
 
――メグミのアパート  
『はい、いえ、はい――』  
「・・・・・・?」  
なにやらメグミがこそこそと台所で電話をしている。なんだろ。  
あの日から、なんとなくいっしょに寝るようになった布団が、メグミひとり分ぽっかりと空いている。  
『来週、ですか? そんな――』  
「・・・・・・」  
なんの話をしているんだろう。そんなにうろたえるほどなのか?  
『・・・・・・私は、いえ、私たちは――』  
「・・・・・・」  
・・・・・・。  
電話が終わったのか、メグミが布団に戻ってくる。その顔は影になって見えない。  
「メグミ、今の電話、なに?」  
「・・・・・・」  
むくりと体を起こしてメグミを見つめる。彼女の唇から、言葉が紡がれる。  
「私とあなたに、派遣要請が出されたの。この町に永住する意志がないのなら、派遣するって」  
「え!?」  
衝撃的な言葉。この町を、離れる。  
いつの間にか馴染んで、当たり前に歩いていたこの町。そこから、離れる。  
店長や美優ちゃん、そのお母さん、常連の人たちが頭をよぎる。この町で親しくなった人たち。  
そして、リアちゃん。町から離れれば、彼女に会えなくなってしまう。  
そうしたら、あの娘はまたひとりだ。  
けど、助けを求める人がどこかにいる。派遣要請。救援じゃないから、ここを離れて別の場所なのだろう。  
見知らぬ誰かを助けるのが、アタシたち天使の使命。  
「メグミは、メグミはなんて答えたんだ?」  
「私は、私は――――」  
 
なにかが悲しくて、なにかが怖くて。  
アタシたちふたりは、またあの日のように身体と心を慰め合った。  
 
 
 
湯けむり旅情のおもらし天使.end  
 
 

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