かわいい我が子を撫でる。
貫殺天使リア。当年とって16歳。
母親になってまだ23日。
しかし、それでも。
母が、子の、
健やかな成長を見るのは喜ばしいものだった。
『貫殺天使リア』
4.別れ
――妖花、ファミリィブルーメ。
家族の花。
植物として異例なことに、自家受精が出来ない。
なぜなら、自らの雄しべとなるものが存在しないからだ。
そのため、多種の雄性生物(昆虫、植物以外)の脳を乗っ取り、傀儡とする。
そして、傀儡の精子と自らの種子を受精させ、雌性生物の子宮内で育成させる(特性上、ほ乳類に限る)。
繁殖に最低二匹が必要であり、とにかく数が増えにくい。
そこで、改造だ。
雄は、だんだんとDNA配列を変えていく。
今回犬とデスパイアの受精が成ったのもこれだ。
本体からの指令をこなす役割も持つ。
雌は、脳と身体をいじる。
高純度高密度の魔力を生み出す母乳。
快適な育成環境を提供する子宮。
そして母性。
とらえた雌を、母に変えるのだ。
こうすることでより積極的に育児に参加し、花に都合のいい存在と勝手になってくれる。
この花の繁殖方法は、これに加えて、成長した子がひとりだちし、各地に新たな花を植え付けるだけだ。
面倒な方法である。
面倒な方法であるが、成功した場合の繁殖規模はかなりのものだ。
実際、他国で生まれたこの花が、日本へやってくるのだから。
母を養う父と、子を愛する母。いつの日か巣立つ子。
この花が、家族と呼ばれる由縁だ。
――ある街角
天使メグミは悔やんでいた。
なぜもっと強く諫めなかったか。
救援要請を発した天使と、連絡がつかない。
ウルフにやられたか。その可能性が強い。
どうやら16らしい。ならばそんな行動をとるのが普通だろう。
すれ違う人にぎょっとした顔をされた。
何かと思い、ファミレスのガラスで顔を映す。
とても恐い顔。こんな顔をしていたら誰だってああなるか。
「て、いうか。こんな顔して往来をあるってたのね・・・・・・」
表情を緩め、また歩き出す。
まずはともあれ、捜索だ。
――八月半ば、夜の公園
この子達を産んだ日から、20日程度がたった。
やっぱりデスパイアの子は成長が早いのか、もう成犬くらいの大きさになっている。
ぴちゃ、ぴちゃ。ちゅうちゅう、ちゅうちゅう。
「ん・・・・・・いいこ、いいこ」
おっぱいを吸っているダニエラをなでる。
ダニエラは、子供達の中でいちばんの甘えん坊さん。
お乳をねだる時間も一番多い。そしてその分、いちばんからだが大きい。
「ウルルルルァ!」
「ウル、ウルルルル!」
四男のヨハンナはいっとう元気がいい。今も、ギゼラと戯れている。
「ヨハンナ、ギゼラが困ってるよ。それほどにしなさい」
「ウリュリュリュル・・・・・・」
わたしの声に耳を伏せ従うヨハンナ。まだまだ遊びたい盛りだもんね。
ダニエラ、ギゼラ、ヨハンナ。みんな元気。でも・・・・・・。
「フリーダ、どうしたの・・・・・・?」
次男のフリーダが、ここ2、3日様子がおかしい。
わたしから離れて遊んだり、遠くから見てたり。
かと思えば、突然甘えてきたり。
フリーダ。四匹の中でいちばん魔力が強く、ツタも18本がすでに生えている。
あんまり比べるものじゃないけれど、頭もよく、リーダー格になっている。
今日のフリーダは、今までと違う目をしていた。
遠くから見ている、というのは同じ。
でも、寂しいような、それでいて何かを決意したような強い眼。
「ウルルルルル・・・・・・」
フリーダが、近寄ってきて鼻をこすりつける。
ぐし、ぐし。
「フリーダ・・・・・・?」
「ウルル・・・・・・」
眼を合わせる。我が子と。
ああ――。
「そっか。そろそろなんだ」
いつかこうなると思っていた。それが、今日。
「ほら、おっぱい飲んで。これが、最後だから」
「ウルルル・・・・・・ちゅぱ、ちゅぱ」
巣立ち――。
他の子達も気づいたらしい。みな一斉に甘えてくる。
「ちゅぱ・・・・・・」
フリーダが飲むのをやめる。みんなに譲る気らしい。
「ふふ、もう大人だね」
頭を、なでる。これが最後だと思うと、涙が出てきた。
ダニエラ、ギゼラ、ヨハンナにも最後の授乳。
「ダニエラ、甘えん坊さんもおしまいだね。これからも元気でいてね」
「ルゥ・・・・・・」
「ギゼラ、あなたはしっかり者。いいお嫁さんを見つけてね」
「ウゥルァ」
「ヨハンナ、元気はいいけど、周りに気をつけなさいね」
「リュウア!」
それぞれに一撫でしてから彼らを送り出す。
四匹とも別々の出口から。
振り返りはしない。そんな弱い子達じゃない。
彼らのいない公園に、ぽつん。
寂しさから嗚咽を漏らしてしまう。
慰めるように、ツタがわたしを絡め取る――。
――夕暮れ時、いつかのファミレス
カラン。アイスコーヒーの氷が動いた。
「それじゃあ、この街に新たなデスパイアが入り込んだ可能性が高い、というわけですね?」
「ああ、高い、というか間違いない」
すこし茶色の混じった髪をショートにまとめ、
パンツルックにシャツを羽織った目の前の彼女は断言する。
断楼天使アキラ、と名乗った彼女。年の頃は17,8か。
「戦闘力は高くない・・・・・・ぶっちゃけ弱いが、とにかく逃げる逃げる」
「はぁ・・・・・・それで、岩手からわざわざここまで」
「おぅ。てかすげぇな関東。だいぶ気温ちげえぜ」
そうだろうか。話を聞くに、ただ季節が変わっただけな気がする。
それに、多分ここ関東じゃない。どこかといわれると、どこだろうってなるけど。
山梨じゃないんだからさ。
カラン。アイスコーヒーの氷が動いた。
「でぇ、おねいさんはここに来て2週間、だっけ?
その間被害は出てねーの? あいつ、ボロボロだから補充をそろそろするはずなんだけど」
「出ていませんね。本命のウルフも音沙汰なしです。
移動したか、もしくは潜伏しているか。
私はあと最低十日・・・・・・夏休みが終わるくらいまでは探すつもりです。
この街に留まるなら、いっしょに捜索をお願いしたいのですが」
「いーぜ。てか他人行儀なねえちゃんだねえ。もうちょっとこう、フランクにさあ。
そんなんじゃ男も逃げちゃうぜ?」
というか、この娘があけすけすぎるだけじゃ・・・・・・。
「はぁ・・・・・・あなたはもう少し品格を持ってください。
蓮っ葉な態度をとっても、処女臭にじみ出てますよ」
「んがっ!? な、なんでてめぇ!?」
「あら、鎌かけただけなのに・・・・・・。まだおぼこなんですね」
「・・・・・・あんた、けっこうお茶目だな」
「そうですか?」
必殺営業スマイル。
「・・・・・・あんた、こえーわ」
カラン。アイスコーヒーの氷が動いた。
少し、シロップが底にたまっていた。
――夜の住宅街
「いたぁ!」
捜索ではなく、パトロール。そこで、デスパイアを見つけた。
大型犬の姿に、肩、尻尾、足の所々から植物のツタのようなものを生やしている。
「ウルルルルルルアァ!」
ツタをのばしての反撃。触手のタイプには、私の長杖『コントレイル』は分が悪い。
けれど。
「スラァァァァァシュ!」
アキラの武器は長剣だった。私は刀に詳しくないが、たぶん日本刀であってるか。
コスチュームは、二昔前の不良のような、長ラン。
Bほどの胸をサラシで撒いて。
・・・・・・なんだこいつ。天使じゃなくて普通にヤンキーじゃないの?
いや、私もけっこう人のこと言えないけど、これは・・・・・・。
「ウルルルルルルアァ!」
「ッシャァ! ゥッゥゥ、スラァァァァァシュ!」
一太刀一太刀がツタを、触手を切り去っていく。強い。格好はどうあれこの娘は強い。
「ウル・・・・・・ウゥルルルァア!」
「シャッ、はぁっ、ラァ!」
武器のなくなったデスパイアはついに自らの爪で襲いかかってきた。
そして。
「さよならだ・・・・・・『朽ち桜』」
一瞬、刀を、振り下ろす。
「スラァァァァァシュ!」
――――。
音はなかった。それほどの緊張を味わい、
べちゃり。デスパイアが地に伏せる。身体の正中線からまっぷたつだ。
「へん、どんなもんよ」
胸を張り見せつける彼女に一言。
「騒がしすぎるわよ」
周りの家の電気が、ちらほらとついていた。
――メグミのアパート
「ファミリィブルーメね」
と、断定する。あのあと死体を調べた結果だ。
「あん? えーと、いんぐりっしゅは苦手なのですが・・・・・・」
「ドイツ語よ。『家族の花』という意味ね」
「はぁ・・・・・・さいですか」
「それで、特徴なんだけど――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うぇぇぇぇぇ! きもちわる! なにそれ! えぇぇぇぇぇ!?」
「いままで確認されたのは全てアメリカ。実はまだ五件しか報告されてないのよ」
「あれ冷静!? いやいやいや、何で突然日本に登場してんだよ!」
「壁が薄いんだから叫ばないで? おおかた鳥にでも寄生したんでしょう」
「あー、それで日本に・・・・・・。渡りの季節くらい守れよ・・・・・・」
「デスパイアにそんなの関係ないでしょう。それに重要なのは、そこじゃないわ」
そう、進入経路などどうでもいい。問題は。
「最低ひとり、捕まってるよなあ・・・・・・」
そう、そこだ。
昨晩倒したデスパイアは明らかに成長途中。まだ巣立ち間もない頃だろう。
ブルーメは、親元からある程度離れた場所で新たな親株になる。
つまり、あれの親株は誓い場所にあるはずだ。
そして、子供がいたということは、必然的に雌が囲われているということに繋がる。
あのデスパイアからは高い魔力が感じられた。
雌は、人間だ。
それも、天使の。
「ウルフにブルーメ・・・・・・。この街のデスパイアは変態揃いね」
「性欲トカゲも入荷しいてますぜ。スリーセブンじゃね」
全く嬉しくないし、うまくもないのにやってやった顔をされると腹が立つわね・・・・・・。
「今夜からは親株探しね。それじゃ、そろそろバイトに行くから」
「おー。アタシも職探しがんばるわー」
ひらひらと手を振って外へ出る。
2歩歩んだところで、ドアを開けてひょっこりとアキラが顔を出した。
「敬語、抜けてね?」
「・・・・・・あなたに使うのがバカらしくなったのよ」
そっかー、と今度こそアキラは部屋に戻る。
こうした態度をとるのは、久し振りな気がする。
――深夜の公園
誰もいない公園。私の子供達は、もういない。
「はぁ・・・・・・んっ」
じっとりとした汗をかいている。花は地面に隠れて出てこない。
今、私を縛り付けるものは、首に巻かれ地中に繋がる太いツタだけ。
「あぁ・・・・・・やぁっ・・・・・・ん」
身体を風がなでるたび、胸の奥のもやもやが熱くなる。
この感覚は覚えがある。あのとき――犬と交わったとき。
あのときほど強くない。それでも、うだるように焦るように身体が火照る。
「んん・・・・・・」
知らず、手が胸を触っていた。子を孕み大きくなった胸。その頂の周りを撫でさする。
「はぁん・・・・・・ぁ・・・・・・」
撫でて、まわして、時々揉んで。
そのたびに熱いもやもやが加速する。
「あぁ・・・・・・ひぃん!」
いつの間にか硬く上を向いていた乳首を触る。電流が走った。
「ああ、いいよう・・・・・・」
こらえきれず右手を股間へ。
くちゅ。水音がなった。もう濡れてたんだ。
「あっ、うんっ、きゅうっ」
人差し指を中に入れ、かき混ぜる。
じんわりと広がる甘い香り。
身体が喜びをかみしめる。
でも。
「足りない・・・・・・」
あのときの快楽には及びもつかない。
ガサリ。
草むらから、わたしのいつかの恋人が姿を現す。
「ウルルルル・・・・・・」
来てくれた。来てくれたんだ。
あたりには、何か腐ったような、甘い甘いにおいが立ちこめていた。
別れ.end