たとえば純真な少女。  
鏡の向こうに知らない娘。  
川の中には街があって。  
妖精たちは、夜踊り出す。  
そんな、純真な少女に、真実を教えたならば。  
鏡面はただ光を反射しているだけ。  
水面にこちらが映っただけで。  
妖精などは、この世にいない。  
そうしたならばどうなるだろう。  
幻想だと。仮初めだと教えたら。  
少女は、どうなるのだろう。  
哀れな、母は。  
 
 
『貫殺天使リア』  
5.銃と救済  
 
 
 
――メグミのアパート  
「・・・・・・結局、部屋でぐうたらしてたの?」  
ヤバイ。メグミさん怒ってらっしゃる。  
18歳、元大学生のおねえさまの髪が、メデューサみたく逆巻いてやがる。  
「えぇーと、これには訳がありまして・・・・・・」  
「聞きましょう」  
やべえって。即答だよ。口調戻ってるよ。  
「え、えーっとですねぇ」  
訳なんてねーよ。あ、冷蔵庫のプリンも食べちゃってる。ばれたらまずいよな・・・・・・。  
「あのっ、ほら! 疲れが! 疲れがたまってぇ!」  
「・・・・・・そう」  
お!! いけたか!? ナイス判断! さすがアタシぃ!  
「それじゃあ、冷蔵庫のプリンとヨーグルトと、作り置きのハンバーグと、  
その他もろもろ食べ尽くしたことの弁明を聞きましょうか」  
「・・・・・・おいしかったもので・・・・・・」  
その日、アタシの頭にタンコブがひとつ出来た。  
 
 
――深夜の公園  
甘い甘い腐臭に包まれ、わたしは土のベッドに身を置く。  
何日かぶりにみる彼の陰茎は皮脂で汚れ、よだれを誘う悪臭を発していた。  
「ウルル・・・・・・」  
その汚棒をわたしの顔に差し出す。わたしは身をかがめ、  
犬の下にもぐりこんで舌を伸ばす。  
竿の奥、中程。ちろちろと舐める。  
頭がくらくらする。甘い。苦い。酸っぱい。  
「ぺろ、ぺろ・・・・・・じゅるっ、ぅん・・・・・・」  
自ら口でくわえると、入念になめ回す。  
くびれた部分までなら口に収まる。特に味とにおいの濃い穴を舐めると、ぴくんと反応した。  
「ウル、ウルルルル」  
もう充分だとばかりに陰茎を引き抜くと、四つんばいに体勢を変えたわたしの後ろに回ってくる。  
待ちきれない。待ちきれないよ。  
肘を落とし、膝で腰を支えるわたしの上に、とうとう彼がのしかかる。  
肉球が肩に当てられる。彼の熱さがわたしの熱さにふれる。  
ぐちゅ!  
「あぁ!」  
入ってきた。まだ亀頭かな? 久し振りだね。  
ず、ずずず。  
びちゃん!  
「あはぁん!」  
ゆっくりと挿入していた彼が、突然奥まで差し込んでくる。  
ああ、この感覚。この快楽。  
「ウル! ウルルラァ!」  
「あんっ、ひゃっ! はげっ、しいよう!」  
求めていたもの。あのときよりもきもちいい。  
「いいっ、よ! 好きに、あたしをめちゃくちゃにしてえ!」  
ぱん! ぱん! ぱん!  
わたしのお尻と彼のおまたがぶつかる音。  
ぐちゃ! ぐちゃ! ぐちゃ!  
わたしの泉と彼の竿が紡ぎあう音。  
「あぁ! んあっ! あっ、くる! あぁん!」  
絶頂の予感。彼の肉棒も太くなってきている。  
「あっ、あっ、あっ、・・・・・・あぁーーーーーーーーー!」  
どぷどぷどぷん!  
白濁。意識を手放す。身体を反らせる。  
「・・・・・・っ、はぁっ、はあっ、はぁ・・・・・・」  
息切れ。浮遊感。多幸感。  
以前と同じように、彼の根本が膨らんできた。体位を変える。  
どぷどぷどぷどぷ!  
「あぅ! あっ、あぁーーーー!」  
再びの絶頂。意識が遠くなる。  
ビュ! ドビュビュ!  
「きゃうん! あっ、あぁ!」  
また射精。今度はたくさん。  
満たされてる。わたしの中が。  
「あぅっ、はぁっ、あっ、あぁーーー!」  
頭が白くなる。まぶたが閉じていく。  
薄れいく意識の中、わたしはふたり分の足音を聞いた。  
 
 
――深夜の公園  
「らっったぁ!」  
長杖で犬の背中をぶったたく。  
「ウリュァ!」  
奇怪な叫び声を上げて、犬の背骨が折れた。  
「きたねえもんぶちこんでんじゃねぇよ!」  
アキラが犬の肉棒を根本から断ち切る。おそろしい行動だが、彼女の腕前あってこそだろう。  
「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」  
「・・・・・・ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・」  
アキラに抱えられた少女は軽くだが反応した。命に別状はないようだ。  
「ヂチイ! ヂチイ!」  
「ガア! ガア!」  
「ウルルルルルルアァ!」  
四方八方から花を咲かせた動物たちが集まってくる。狙いは、この娘だろう。  
確かにこの数は危険。だが、こいつらはあくまで傀儡。本体さえ倒せば終わりだ。  
「アキラ! ブルーメはどこ!?」  
「そ、それが・・・・・・」  
何を焦っているのか。みれば――。  
少女の首に巻かれたツタ。それは、地面へと繋がっていた。  
「地中・・・・・・!」  
「どうしよう!? これじゃあ届かない!」  
なんて、なんて。  
なんて、浅はかな。  
「その娘のツタを切って、跳びなさい!」  
おう、と困惑しながらもツタを断ち切る。とんっ、とアキラの身体が宙に浮いた瞬間――。  
「はぁぁぁ!」  
杖を大地に打ち付ける! 魔力を解放!  
ドガガガガガガッ!  
ゴォン!  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
――メグミのアパート  
「いやー、まさかおねいさんがあんな必殺技持ってたなんて・・・・・・」  
「魔力を浸透させて爆発させただけよ。たいしたことはないわ」  
いや、クレーターだよ? 公園の半分が大穴だよ?  
なんだあれ。技術とか関係ない荒技だよ。超力業だよ。みたことねえよ。アイアン・グラビレイかっつーの。  
「ふぅ・・・・・・こんなところかしら。お布団敷いてくれる?」  
「ほいさっさ」  
あのあと、メグミが一撃でブルーメを討伐したあと、フィリアちゃんは部屋に運び込まれた。  
もちろん、犬の棒は引き抜いて。  
「明日になったら、病院に連れて行きましょう。  
たしか、滋賀に病院と研究所をかねてるところがあったから、そこに」  
風呂に入れてさっぱりさせたフィリアちゃんを寝かせながら、提案された。  
「はいな。病院っつても、顔色はすこぶる良さそうだけどな・・・・・・」  
そう、この娘の顔色は、そんじょそこらの適当なパンピーよりも健康なのだ。  
今はセックスの後でぐったりしているが、たぶん健康体だ。  
「そう。元気よ。見た目はね」  
「――――改造、か」  
外見は普通に見えて、中身は、奴らのいいようにされている。  
それが、ブルーメに襲われた女の身体。  
「データベースに載ってる情報だと・・・・・・改造用の種は時間とともに体に溶けて、  
完全に一体化するみたい。元に戻す方法は、まだないわ」  
分厚い辞書みたいな本をめくって、メグミが絶望的な言葉を吐く。  
「そんな・・・・・・一生このまんまって・・・・・・そりゃあねえだろ!?」  
「落ち着きなさい・・・・・・とにかく、明日。詳しく調べてもらいましょう」  
すうすうと寝息を立てる少女を見やる。  
「ダニエラ・・・・・・いいこ、いいこ」  
幸せそうに、そう呟いた。  
 
 
――明くる日、大型病院  
三年前、京都にあった、大型研究施設と総合病院。そこが大量のデスパイアに襲われ、壊滅した。  
そこで、研究施設、及び患者を各地の大型病院に分配して、一応の解決をみた。  
そのうちのひとつが、この滋賀特別総合病院である。  
その医務室。待合室にリアとアキラを待たせ、メグミは医師の説明を受けていた。  
「――――すると、日常生活に支障はないと?」  
「はい。これまで通り学校にも通えます。乳房の張りと母乳の出も、デスパイアの刺激がなければ  
2,3日で収まるでしょう」  
「よかった・・・・・・」  
ふう、とメグミは安堵の息を漏らす。ブルーメの改造は異常な環境でのみ効果を発揮するのだ。  
「ですが、問題はあります。まあ、これは彼女次第なのですが・・・・・・」  
「問題、とは?」  
メグミの顔に厳しさが戻り、医師の言葉を待つ。  
「心、です。心の問題です。天使と言えど、心は人と同じです――」  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
――個人病室  
「うぅ、うぅぅ・・・・・・」  
自分を抱えるように、自分を守るようにしてフィリアちゃんは病室の隅にうずくまっていた。  
真実を教えた。余すことなく。  
受胎も、子も。愛も、母も。家族も、幻だったと。  
暴れて暴れて、暴れた。  
枕を投げ、布団を暴き。  
花瓶を投げつけ、耳を閉ざした。  
真実から。  
自分を、守るために。  
がたがたと、震えて。  
現実を、拒絶した。  
あぁ、だめなのか。自分は失敗したのか。  
それでも、信じる。  
彼女は、天使だから。  
信じるから、突きつける。  
「フィリアちゃん。聞きなさい」  
自分の口からこんな声が出るとは思わなかった。  
なんて、冷たい声。  
「あなたの“錯覚上の”子供のうち、一体を、私たちは先日討伐したわ」  
「・・・・・・ゃ・・・・・・やめ・・・・・・」  
「聞きなさい!」  
腕を取り、顔を合わせる。  
ビクリ、と目を背けられた。  
おびえている。震えている。けれど、突きつける。  
「眼を合わせなさい!」  
「ひっ」  
「お、おい。メグミさん、やりすぎじゃ・・・・・・」  
「あなたは黙ってて!」  
「は、はい!」  
数瞬眼を泳がせ、フィリアちゃんの青い双眸がこちらを向く。  
なんて弱々しい。なんて頼りない。  
「もう一度言うわ。あなたが子供だと思っているデスパイアを、私は殺した」  
「ひ・・・・・・ぁぅ、わたしの、あかちゃん・・・・・・」  
「しっかりしなさい! あなたはなんなの!?」  
「・・・・・・ぇ、ぁ・・・・・・」  
なんなんだろう。わからない。そんな瞳。  
「あなたは、デスパイアに犯されるだけの非力な子供!? ちがうでしょ!?」  
「・・・・・・ぁぅ・・・・・・」  
「デスパイアの子を持つ母親!? ちがうでしょ!?」  
「・・・・・・ぁ・・・・・・」  
「みんなを守る天使! そうじゃないの!?」  
「・・・・・・・・・・・・」  
蒼い双眸。じっと見つめる。  
とん、とつきはなして、ベッドに寝かせる。  
「あなたの想いが決まったら、教えて。どんな答えでもかまわないわ」  
涙を浮かべ眼を合わす。涙など枯れているだろうに、それでも。  
「でも、思い出して。天使になったあの日、何を誓ったか」  
そう言ってドアを開け、アキラを押し出す。  
「――――待ってるわ」  
スライドドアが、ひとりでに閉まった。  
 
――帰りの車内  
「フィリアちゃん、復帰できるかねぇ」  
「あら、やっぱり心配なのね」  
「そらぁ心配だろ。おまけにメグミさんは怒鳴りだすし」  
「なによ、こわかった?」  
「いーや、ずぇーんぜん」  
「あらあら、これは一度味あわせないとだめかしらー?   
・・・・・・あの娘なら、大丈夫よ」  
「そうか? あたしゃあアフターケアなんかやったことねーからわかんねーけど、あれはまずくね?」  
「いいえ、大丈夫。なぜなら――」  
 
「あの娘は、天使だから」  
 
 
――それから三日後、深夜の雑木林  
「いい? 触手はアキラが全て切ってくれる。だから、あなたはとどめを刺すだけ」  
「はい、わかりました」  
昨日、病院から連絡があった。  
フィリアちゃんから話したいことがあると。  
そして今日、彼女はここにいる。  
決めたと。決意したと彼女は言った。  
もう一度、天使にならせてくれ。  
友達を、救うために。  
病院に無理を言って、この日だけ外出させてもらった。  
彼女の心を、救うために。  
 
子を、自分の手で、殺させる。  
 
ブルーメの子は、新たな親株となる際、一定期間完全に動けなくなる。  
その間、もちろん媚薬花粉も使えないし、移動も出来ない。  
ただ地面に埋まった、滑稽な姿で。  
そのブルーメを、殺させる。  
もちろん安全のため触手は切り離す。  
自らの手で、家族だと思っていたものを破壊する。  
決別する。  
幻と。  
 
「そろそろ、はじめましょう」  
顔が青い。心なしか震えている。  
それでも。  
「はい」  
彼女は凛と、前を向いた。  
 
犬が、地に倒れ伏して寝ているようにしかみえない。  
背中の大きな植物を除けば。  
ガチャリ。  
銃口を、犬の眉間に突きつける。  
「・・・・・・ダニ、エラ」  
ふと、犬が鳴いた。  
「ウリュゥ」  
まるで母親に甘えるように。当然のように。  
彼女は、震えて、迷って、惑って、迷って、  
「ごめんね」  
引き金を、引いた。  
 
タン。  
 
救えたのだろうか。彼女の心を。  
わからない。それはきっと誰にもわからない。  
けれども。  
 
「ありがとう、ございました」  
 
純真な少女の瞳には、光が戻っていた。  
 
 
 
銃と救済.end  
 

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