長い長いトンネルを抜けた。  
恐くて、苦しくて、嬉しくて、切なくて。  
夏休み。8月31日。  
明けて、9月1日。  
今日は、始業式。  
 
 
『貫殺天使リア』  
6.黒い人間  
 
――グローデン家、門  
「いってきまーっす!」  
見慣れた通学路。今日からは、ひとりで歩く。  
――『町はずれの廃工場に奴らの痕跡を見つけた。リアちゃん、わりいが、カレンちゃんは連れ去られちったみてえだ』  
  『そう、ですか・・・・・・』  
  『お父さんには、なんて言うつもり?』  
  『それは・・・・・・』  
  『お父さんには内緒なんでしょう? カレンちゃんの捜索願はもう出したから、それを伝えなさい』  
  『・・・・・・はい。何から何までありがとうございます』  
基本的に、デスパイアに襲われた人のプライバシーは徹底的に守られる。  
学校にも、カレンの失踪はデスパイアの可能性アリ、とだけ伝えられたらしい。  
――『なんにしたって下世話なやつはいるだろうさ。そんなばかには蹴りくれてやんな』  
とは、不良天使アキラさんの言葉。最近バイトを見つけたらしい。  
――『天使の仕事も大事だけど、学業もおろそかにしちゃダメよ?』  
これは、なんだか怖いメグミさんの言葉。  
隣の体温がないのは寂しい。けれど、いつか彼女を見つける日まで、わたしはもう迷わない。  
 
 
――全校集会  
「迷わないどころじゃない・・・・・・宿題やってない・・・・・・」  
やばい。いきなりつまずいた。カレンのを写すつもりだったのに・・・・・・。  
「――皆さんも西園さんに関する情報があれば、どんな些細なことでも教えてください」  
校長先生がカレンのことを話している。やはり行方不明扱いらしい。  
「それでは、集会を終わりにします。いちねんA組からクラスに戻ってください」  
ざわざわと講堂に喧噪が戻る。  
『わいわい』  
『がやがや』  
『ボクラノニシザワクンガー』  
『フィリアタソモエスモエス』  
『タキガミサンガサイコウデゴザルデュフフ』  
・・・・・・なんか不快なものが聞こえた・・・・・・。  
「リアー」  
うしろの方からるーあがやってきた。千崎瑠魅亞。すげえ漢字だけど純日本人。  
「えっと、その・・・・・・だいじょうぶ?」  
「うん、わたしはだいじょぶだよ」  
カレンとわたしがいっしょに暮らしてるのはみんな知ってる。るーあもそこを気遣ってくれたんだろう。  
「でへへー。ところでリアさん、頼みたいことがあるのですが・・・・・・」  
そのまたうしろからぽあぽあした女の子が駆け寄ってくる。瀧上叶。おっとりかわいい系の女子。  
どーせわたしと同じ用事だろう・・・・・・。  
「イヤーそれが・・・・・・カナエはどこまで進んだ?」  
「古典と日本史と国語を・・・・・・」  
「何でわたしと同じのなのよぅ!」  
こいつ、苦手科目をあとに回しやがった。なんて横着な・・・・・・!  
「リアちゃん! そんなときこそるーあちゃんだよ! ね!」  
「教えはするけど、写させないわよ?」  
「しょんな〜。るーあちゃん、おにぇが〜い」  
『デュフー!タキガミサンキタコレ!」  
『センザキカケルタキガミノホンハドコデスカー!』  
うちのクラスの男子、きめぇ。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
――1年B組  
「それでは、帰り道は気をつけること! おわり!」  
「きりーっつ!」  
「きょーつけ、れー!」  
「「「さよーなら!」」」  
ホームルーム、終了!  
「るーあさま! このとーりです! 教えて!」  
ダッシュでるーあに駆け寄り、頼み込む。  
「そんなに焦らなくても、教えてあげるって・・・・・・」  
「それじゃあ、リアちゃんの家でべんきょおかい! あたしおかしもってくねぇ〜」  
「遊ぶんじゃないんだから・・・・・・。リア、それじゃあ後で行くから」  
「はーい」  
校門をでて、家路につく。  
あれ、何でウチなんだろ。いつもはるーあの家で勉強会なのに・・・・・・。  
 
・・・・・・ああ、そっか。やっぱりあの娘たちは優しいなあ。  
 
ひとりの家は、寂しいもの。  
 
 
――グローデン家、リビング  
「でよー、つまりこいつはXとおんなじだろ? じゃあ代入していいてことだ」  
「おぉー! おねーさん頭いい!」  
「ほめろほめろ」  
なぜか、アキラさんがいた。バイトが終わったので、遊びに来たそうだ。  
それと、まさかの発見。数学が得意だった。わたしですら英語で勝てるのに・・・・・・。  
「thatを使うのは後ろに完全な状態の文が来るときで・・・・・・。リア、聞いてる?」  
「あ、うん。whatとwhichはなにか足りない文なんだよね?」  
「そう。だから、ここは?」  
「誰にするのか書いてないから・・・・・・what?」  
「正解。じゃあここのページ解いて。あとたった2ページだよ」  
「・・・・・・」  
すでに集中力が・・・・・・。  
「てかリアちゃん、英語苦手なんだな。すっげぇ得意そうな顔なのに。ハーフなんだろ?」  
「お父さんは英語圏の人じゃないんで・・・・・・」  
その上納豆大好きだ。信じられん。あんなにおいの強いもの、ご飯にかけるなんて・・・・・・。  
「英語はほとんどアタシと同じ成績だもんねー! すぅがくおわりい!」  
「わたしもあとちょっとー」  
「それじゃ、リアが終わったらおやつタイムにしましょっか」  
「まじかよ。おやつ持参!?」  
すごいテンション上がってる・・・・・・。  
えぇと、“トムは鉛筆を指さして『これはシャーペンですか?』ときいた”・・・・・・。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
「ケーキかよ・・・・・・。いや、普段は好きだけど、ケーキか・・・・・・」  
取り出されたおやつを見て、なぜかアキラさんがげんなりしていた。  
「甘いものはだめでしたか?」  
「いやぁ好きなんだけど、今はちょいと・・・・・・。バイトでいろいろありまして」  
甘いものがイヤになるバイトってなんだろう。  
「30分くらいしたら、再開するよ」  
「ふぁーい」  
「へーい」  
勉強会は、夕方までつづいた・・・・・・。  
 
 
――町境の田んぼ道  
トラクターを走らせるために作られた田んぼの中の道。  
中学校の帰り道、いつも通りそこを使って帰宅していた。  
『デスパイアは暗い路地裏や夜の住宅街によく出る』  
と聞いていた。じゃあ田んぼならだいじょぶじゃん。ここ突っ切った方が家近いし。  
そう思って道を歩いていた。  
豊かな金の実り。今年も豊作だろうか。  
ガサガサ。なにかが稲の中で動いている。ねこかな。  
そう思って近づいたら、ピンク色の、ぬめった着物の帯みたいなものが私の身体を絡め取った。  
一瞬で、稲穂の中に連れ込まれる。  
そこにいたのは、てらてら光る粘膜、背中のこぶ、巨大なヒキガエルだった。  
「お、おお、おとなしく、ししししろぉ」  
「な、なに!? ひぃ!?」  
しゃ、しゃべった! これがまさか、デスパイア!?  
「い、いやーーーーー! だれか! だれかたすけて!」  
「ゲロ、ゲロゲロゲロ、こんなとこ、だ、だれもこない」  
そうだ。人家も遠くにちらほら見えるくらい。これじゃ誰にも気づいてもらえない――!  
「ゲロ、ゲロゲロ」  
ジュワァ!  
肩口が、腹部が、腰部が、スカートが。  
デスパイアの舌が巻き付いているところのセーラー服が溶けていく。  
「ひぃ!?」  
「し、しんぱいするな。からだはとけない。・・・・・・さ、さっそく」  
舌が更に3本出てきた。四本もベロをもっているのか。気持ち悪い。  
その内2本が、足首に巻き付く。ぐるん! 3本の舌に絡まれた体は、一瞬宙に浮いて地に下ろされる。  
足を広げて膝を立て、うつ伏せの体勢。お尻を高く上げている。  
「ゲロ、じゃじゃじゃまな、ぬぬのだ」  
べちゃり。股に濡れた柔らかいものがあてられる。  
じゅぅぅ・・・・・・。  
「や、やめ・・・・・・いやっ」  
「あああ、けがはえてるのか。じゃまだ、とととかそう」  
ああ、やっと生えてきたのに。大人になってきたと思ってたのに。  
ぐにぐに、ぐぐ!  
私のソコを舐め回していた舌が、数回ほじるようにしたあと、ついに中に入ってきた。  
「い、ぎぃ!?」  
「ゲロ、しょじょか。いいぞいいぞ」  
グリグリと何度か中で舌をまわすと、それを引き抜く。  
代わりに・・・・・・。  
「そそ、それじゃあおとなになろうか」  
ぐい。そこに硬いものが押しつけられた。これって・・・・・・!  
「い、いや! それだけは! それだけはいやぁ!」  
「ゲロゲロゲロ!」  
めり、ぐし!  
「いぃ!? ひぎい!」  
痛い。それと、気持ち悪い。お腹の中が上がってくる。  
「ゲロゲロ! ゲロゲロリ!」  
「ひい! あぐ! い、いたぁい!?」  
ぐぐ、ぐぐぐ。まだ入ってくる。痛い!痛い!  
 
ぐっ、ぴと!  
「え、あ、終わった・・?」  
「そそ、そんんんなことはない。ここは、おおまえのしきゅうだ」  
「ぇ・・・・・・」  
「いく、ぞ」  
どぷん! ぐぐ、どぷん!  
「いひぁ!? あぁあ!?」  
身体が震える。なに? なんなの? わからない。 痛いしかわかんないよ。  
「ゲコゲコゲコ! これでおまえはおれの、お、およめさんだぁ!」  
「ぇ・・・・・・あ、ぃゃ、いやぁぁぁぁぁ!」  
ぐぷり。私のナカからソレが引き抜かれた。  
ずくん! 心臓が跳ね上がる。身体が熱い。  
――『デスパイアのせーえきってさー、オンナノコをエッチにする力があるんだってー』  
友達がそんなことをいっていた気がする。いやだ。いやだ。  
「イヤ・・・・・・いやぁ・・・・・・」  
身体を丸める。ぞくぞくする。欲しい。欲しい!  
「ぁあ・・・・・・」  
あたりに立ちこめる独特のにおいを吸い込む。胸の奥がカアっとなった。  
「それ、それじゃあ、にかいせんだぁ」  
「ぃや・・・・・・はぁっ」  
「いい、いただくぞぉ!」  
 
ザシュッ!  
 
「・・・・・・え、ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁ!」  
「・・・・・・?」  
くるべき感覚がこない。それどころか悲鳴が上がっている。  
震える身体で後ろを振り返る。  
黒があった。  
 
 
――町境の田んぼ道  
伸びた尻尾。太く大きな爪。  
少し膝を曲げて腰を落とし、尻尾とバランスをとっている。  
人間。  
では、ない。  
リザードマン。  
でも、ない。  
肌には鱗がないが、その代わりに不敵に笑う口元から牙が見える。  
何より、黒い。  
肌の色が黒い。  
そうではない。一般的日本人より少し浅黒い程度だ。  
黒いのは、暗いのは。  
雰囲気。魔力。  
その身からあふれる力が、まるで闇のように周囲を覆っている。  
「・・・・・・いいかんじだ」  
ザッシュッ!  
「ぎゃあ!」  
腕を一降り。カエルの体液が飛び散る。  
「お、おおまえ、なん、なんだぁ!」  
「魔力を使わなきゃこんなかんじか・・・・・・。じゃあ、魔法、やってみっか」  
敵を全く無視して、黒は続ける。  
自らの力の検証を。  
「イメージ。剣のイメージ」  
「おお、おまえぇ! ああ!」  
たまらずカエルが舌を伸ばし反撃する。その瞬間。  
トトトトト!  
「いいかんじぃ!」  
伸ばした舌、頭、もう一つ頭、首、腹。  
カエルの身体に、五本の剣が突き刺さっていた。  
色は、透明な、血色。  
ばたり。カエルの巨体が堕ちる。圧倒的。まさに圧倒的だった。  
「帰るかー。カエルなだけに・・・・・・。いや失敗だこれ」  
踵を返し道に戻ろうとする黒色。その耳に、少女のか細い声が聞こえた。  
「ぁう・・・・・・待って。待って・・・・・・」  
「そういや、いたっけ。うわきたね。せーえきたれてるよ」  
そう言いながら、火照る身体の少女に近づく。  
「まあいいよね。いただきまーす」  
その宣告通り、哀れな少女を犯し始める。  
白い半袖Yシャツ、黒のスラックス。  
黒色は、リアの高校の制服を着ていた。  
 
 
――町境の田んぼ道  
断楼天使アキラは走っていた。  
カナエを家に送り届けたあと、ぶらぶらと歩いて田園風景を楽しんでいたとき。  
魔力を、感知する。  
禍々しい、あまりにも黒い。  
はじめは、別のデスパイアのものだと思った。  
だが、あのリザードマンにあまりに似ている。  
似ていて、似ていない。  
明らかに奴の魔力でありながら、こんな恐怖をあおるような量と質の魔力など。  
近い。もうすぐだ。  
「ぁぁぁーーーーー!」  
少女のものと思しき絶叫が聞こえる。間に合わなかったか。  
「ッチ!」  
刀を抜く。もうデスパイアは立ち上がっている。  
その黒い影は、その場を離れようとしていた。  
「まちやがれ!」  
追いつく。回り込んで正面に立ちふさがる。  
「あ、やべ。天使かー」  
場に沿わぬ抜けた声を上げる黒色。その風体を見て、アキラは驚愕する。  
「な・・・・・・服だと、その魔力にその体・・・・・・。てめぇ、まさか!」  
「あぁ、ばれました? そうですよ、俺は――」  
 
「デスパイアと融合した、まごうことなき人間です」  
 
 
 
黒い人間.end  
 
 

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