例えば、日本にはこんな話がある。
――ある侍が母を鬼に殺された。その鬼に復讐するため、侍は山で修行し、
そして山に住む鬼に打ち勝った。けれど、里に帰ってきた侍は鬼と化していた――
人が、化け物に。
ある少年は魔物の力を手に入れた。
彼には、大したことではなかったのか。
人を、捨てること。
人が、人を捨て化け物に。
余談だが、侍は鬼と化した自分を知り、自害したという。
『貫殺天使リア』
7.リアのクラス
――メグミのアパート
「人とデスパイアが融合することは、あるわ」
夜。帰ってきたメグミに質問をぶつけた。
あのデスパイア――、人とデスパイアの融合体を、結局アタシは逃がしてしまった。
速かった。天使の中でも身体能力の強化が強いアタシ、奴の以前の姿。
それらより、さらに。
「身体能力なんかは、ほぼ足し算で上がる。より速くなったっていうのは、やっかいね」
「ああ、元から速いんだ。正直あんな長距離走じゃついていけねえ。短距離もあいつの方が速いと思う」
「でも確か、攻撃力は弱いんでしょう?」
「おう。バトったんだろうカエルの死体を見たが、爪痕はそこまで深くはなかった」
そこで、思い出す。少女を抱えおこしたときに見た、驚愕の光景を。
「けど、あいつは魔法を使える」
「なんですって!?」
「魔力の剣が五本、刺さってた。リアちゃんの弾丸みたく魔力が形をとどめたタイプだ。
大きさは、幅が辞書の縦くらい。長さはゴルフクラブくらいかな。鍔がこう、十字架みたくなってた」
「武器の具現化・・・・・・。戦闘タイプね」
「なあ、あいつは魔法なんて一回も使わなかったし、魔力も大して強くなかった。どうしていきなり強くなってんだ?」
少なくともあんなどす黒い力は持ってなかった。
「身体能力は足し算ってはなしたでしょう?」
「ああ。じゃあ、魔力も足し算か?」
「いえ・・・・・・もちろん上がるのだけど、強い方をベースに、弱い方の半分くらいが足される感じね。
それに、魔法は素体のセンスの問題。制服を着ていたのでしょ?
私たちが普段人間として生活しているように、そいつもベースは人間ね」
「・・・・・・つまり、クソ強い魔力とセンスをもった人間と出会って、自分を全部空け渡したってことか」
「そう。いつもは人として暮らして、裏ではデスパイアとして跳梁する・・・・・・」
「かなり、やばくね?」
「かなり、やばいわ」
うわーお。これアタシのせい?
「あー。そだ。リアちゃんにはいつ話す?」
「もう寝る時間でしょうから・・・・・・、明日のパトロールにでも話しましょう」
「おう。ったくめんどくせーことになったな・・・・・・。寝るか」
「切り替え早いわね・・・・・・、ところで」
「あん?」
「バイト、どこでしてるの?」
「・・・・・・ぜってー、おしえねー」
寝よ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――1年B組
「ほぁ・・・・・・のりきったー!」
「数学のせんせー、いきなり授業はひどいよぉ〜」
今は6時間目の休み時間。次のロングホームルームで終了だ。
「ねーるーあ、つぎってなにやんのー?」
「文化祭のクラス係決め。あなた達も委員会に入ってないんだから、選ばれるかもよ?」
「えー、なんもしたくなーい。働いたら負けー!」
「そぉだそおだー! 学級委員会めー!」
「風紀委員だから・・・・・・。いい加減覚えてよカナエ」
「えへへぇ〜。小学校のイメージが強くて・・・・・・」
このふたりは小学校以来のつきあいらしい。高校までいっしょとはなかなかすごい。
「てゆーかクラス係とか意味わかんなーい。文化祭委員がいるんだからその人がやりゃいいじゃん!」
「そういう決まりなんだし・・・・・・。それに、委員の人は文化祭全体の指揮を執るんだから」
この学校の文化祭は、文化祭全体のイベント(開会式とか中夕祭とか)を委員会、
クラスの出し物はクラス係がやるものらしい。
今日知った。
その係は、委員会をやってない人、部活をしてない人がやることになる。
つまりわたしたちみたいな。
「くそう・・・・・・。横暴だー! もっとやる気のある奴にやらせりゃいいんだー!」
「そぅだそぅだー!」
「リアに投票するね」
「なんですと!?」
なぜ。
そうだこんな時たすけてくれるのは・・・・・・!
「カレン! カレンもやりたくないよねー!?」
いつも通り右側をみる。いつでもわたしを助けてくれる親友。
誰も、いなかった。
わたしの隣には、だれも。
「ぁ・・・・・・」
いつもそこにいた笑顔。いつもそこにあった顔。
いない。
こわい。
「だいじょぉぶ。だいじょぉぶだよ、リアちゃん」
ぎゅっと、カナエに抱きしめられる。震えていたらしい。
「私たちはいなくなったりしないから。大丈夫」
こつん、とるーあのおでことわたしのおでこがあてられる。
「・・・・・・おちついた?」
「うん、ありがと」
この娘たちが友達で、よかったな・・・・・・。
『サンカクユリキタデゴザルー!』
男子うぜぇ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「では、挙手で投票してください。まず青木君・・・・・・3票。次、大田原君・・・・・・」
今、投票の時が来た。決戦だ。いきっのーこりたい、いきっのーこりたい、まだプーでいたくーなるー。
「・・・・・・。男子のクラス係は津南君に決まりました。つづいて女子を決めたいと思います」
来るなよ、来るなよ・・・・・・。
「江頭さん・・・・・・0票。グローデンさん」
『へいへいへぇい!』
『ウチのクラスのマスコットー!』
『ブヒッブヒッ』
『やっぱリアちゃんでしょー!』
「!?」
なんだこの人気。なんで男女から支持を受けてるんだ。マスコットってなんだし。
「一列目、二列目・・・・・・」
列単位!?
「21票。決定です」
まさかの大得点。大抜擢。どんな人気者だよ。
「八百長でしょこれ! いやおかしいでしょ!」
「一応他の人もとります。佐々木さん、0票。滝上さん・・・・・・」
『イチオウテイコウスルデゴザルヨ!』
「8票。千島さん、0票。ていうかクラス全員でそろったし終わりでいいですよね」
「いや聞いてよ! この得票数はおかしいでしょ!」
「まあまあ。それではここからは、係に任せたいと思います。リアちゃーん、おしごとでちゅよー」
「おもしろいなあんた! はったおしたい!」
「リアちゃーん、がんばってぇ〜!」
『そうだ負けるなー!』
『カワイーよー!』
『ミニマムミニマム!』
「応援してるのけなしてるの!?」
何このクラス。
「ロリア・・・・・・フィリアちゃん、そろそろ始めない?」
「あ、ごめん津南君・・・・・・ロリア!? 何そのあだ名!?」
「それでは出し物の案を出してくださーい。ロ・・・・・・フィリアちゃん推しはなしで」
「無視すんなって! ちょっと!」
『お化け屋敷ー!』
『ドーナツ屋ー!』
『タピオカー!』
『ネコミミラゾクバー!』
「ほらほら、はやくかいてって」
「え、あ、もう! お化け屋敷に、ドーナツに・・・・・・!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――夜、パトロール
「ぶはははは! それで係に、ぶはははははは!」
「笑い事じゃないです! あれは陰謀ですよ!」
結局なし崩しに係りに。ついでにあだ名と扱いも発覚して、完璧にマスコット扱いになった。
しかもるーあ、諸々のことを知っていたらしい。
――『よかったね。わたしが投票するまでもなかったじゃん』
あれは絶対なにか知ってる。休み時間、わたしの震えが止まるまで抱きしめてくれていたカナエを残し、
クラス中を歩き回っていた。なにかしたんだろう。
「ぷぷっ。でもよかったじゃない、自分の知らないトコで変な扱いされるよりいいでしょう? ぷっ」
「メグミさんまで笑わないでください!」
マジメな人だと思ってたのに・・・・・・!
「――でも、寂しくはなかったでしょう?」
「・・・・・・そう、ですね」
正直、あの時間、寂しさはなかった。
「いい友達をもったわね」
「はいっ」
あの娘たちが友達で、よかったな・・・・・・。
――中国地方、寂れた町の廃屋
「リアちゃんが、心配です」
ご主人様と抱き合い横たわりながら、言葉を紡ぐ。
「あの娘、わたしがいなくなっても元気にやっているのかな・・・・・・」
ご主人様の硬く猛々しい獣毛を撫でて、言葉を紡ぐ。
「いつか、会いに行ってあげなくちゃ」
右手で、ご主人様の雄々しさを撫でる。
「会いに行って、そして・・・・・・」
「女の悦びを教えてやる、か?」
「はい!」
やっぱりご主人様はすごい。わたしのことなんか何でもお見通しだ。
「その前に、まずは俺たちで一発しめこもうや」
「はい・・・・・・。待ってました」
体を起こし、ご主人様の体にまたがる。服はスカートだけを具現化させ、上半身は裸だ。
もちろん、ショーツなんてつけていない。
「なんだ・・・・・・もうびちょびちょじゃねえか。カレンは淫乱だな」
「そうです・・・・・・。わたしはご主人様の前だと牝犬になっちゃうんです」
そういいながら、ご主人様の隆起したそこに蜜壺をあてがう。
ずりゅ!
はいった。はいってきた。
快感。満たされる悦び。あのとき教えられた、女の幸福!
「っあぁ、うごきます!」
腰を前後に、左右に、上下に動かし幸せを噛みしめる。
「あん! あぁ! いい、ご主人様ぁ! 気持ちいいです!」
この愛を、はやくリアにも知って欲しい。
赤い首輪は、ご主人様とのエンゲージリング。
カレンは、リアが偽りの愛を乗り越えたことを、知らない。
――東北日本海側の島、村の祠をまつる洞窟
「さなえー、やめようよー」
「だいじょぶだよ。あんなの大人のうそだって」
夕刻、島の南端。
深い森の奥に、その洞窟はある。
「で、でも、暗くなってきたし・・・・・・ひゃっ!?」
「ただのカラスだって。それにほら、かいちゅう電灯ももってきたし」
小学6年生。好奇心旺盛な藤堂早苗。
同じく6年生。早苗にいつも振り回される鵜崎千春。
ふたりは、祠に肝試しに来ていた。
「そろそろのはず何だけど・・・・・・あった!」
獣道をたどり、ついに目的の洞窟に至る。
大人ひとり程度の穴に、穴の前に立てられた鳥居(ふたりはわからなかったが、本土と装飾が違う)。
暗い入り口が、口を広げている。
「電池も・・・・・・つく。それじゃいってみよー!」
「さ、さなえぇ、やっぱりダメだよ・・・・・・」
「なにいってんのー。おいてくよー?」
「あ、まって! おいてかないで!」
ふたりは洞窟へ入っていく。
何が祀られているか、知らないまま。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぴちょん。
水滴が落ちる音がする。
翼を広げ、壁に張り付いた鳥。
それが早苗たちの第一印象だった。
胸、足、それに翼が大きな杭に打たれ、口にお札のようなものが貼られている。
口。そう、それは鳥ではなかった。
「羽がないし・・・・・・こうもり?」
「きょ、きょうりゅうじゃないかな?」
まるでプテラノドンのような体。頭は、翼竜ではなくラプトルのような小型恐竜に近い。
翼を含めた全景は15メートル程。明らかに大人より大きい。
その怪物が、祠の最奥に封印されていた。
ぴちょん。
水滴が落ちる音がする。
「ね、ねえ千春。これが大人たちのひみつかな?」
「そうかも・・・・・・。それよりさっ、もうもどろうよ! こんなとここわいよ!」
「・・・・・・」
少しばかりの迷い。早苗は怪物を見上げ、千春に視線を移し、
「あのおふだ、とってみない?」
と提案した。
ぴちょん。
水滴が落ちる音がする。
「も、もうちょとだから・・・・・・」
「さなえちゃん重いよ〜」
「なんですって!?」
いやがる千春に頼み込み丸め込み、早苗は肩車をしてもらっていた。
狙いはもちろん、口のお札。
「うぅ、もうだめぇ」
「あと少し・・・・・・とれた! ってわあぁ!?」
札をはがした瞬間、千春はバランスを崩し早苗ごと転倒する。
「いったぁ・・・・・・。あ、とれた! 千春、おふだとれたよ!」
「あぅ・・・・・・。ほら、もう取ったんだからいこ? ね?」
ぴちょん。
水滴の落ちる音がする。
「なーんもおこんないの。いいや。かえろっか」
怪物はぴくりとも動かず、早苗はがっかりした様子で踵を返す。
「さ、さなえ・・・・・・、あれ・・・・・・」
「へ?」
振り返ると。
目を赤く光らせ、首をあげてこちらを睨む怪物の姿があった。
リアのクラス.end