死の間際、少年の頭をよぎったもの。  
ひどく虚ろで、虚しくて、虚々しいもの。  
けれど確かに、彼は納得した。  
そして、少年は旅立つ。  
満ち足りた想いを胸に抱いて。  
 
 
『貫殺天使リア』  
ex.語られなかった物語  
 
 
後に黒いデスパイアとなり、天使を救うこととなる少年。  
彼には、家族というものがなかった。  
父親も、母親もいる。けれど、ふたりは夫婦で完結していて、少年には見向きしなかった。  
虐待、ではない。ネグレクト、でもない。  
ただ、興味がないだけ。運動会には来なかった。授業参観も来なかった。  
小学生の時、初めて夜の散歩に出かけた。気づいていたはずなのに、なにも言われなかった。  
中学生の時、テストで学年一位をとった。意気揚々と報告したら、面倒そうな顔をされた。  
金がかからないよう公立の学校に行け。進路を相談したとき、そう言われた。  
高校の入学式。当たり前のように父母はそこにいなかった。  
夏休み。いつの間にかふたりは旅行に行っていた。  
その時点で、少年には彼らへの興味というものがなくなっていた。  
胸にはぽっかりと穴が生まれる。それがなんなのかはわからない。  
そして、デスパイアとなる。  
自分が変わった気がした。自分は人とはちがう、特別な存在だと思った。  
そうして、寂しさを誤魔化した。  
ある日、少年は恋した。  
相手は敵である天使。一目惚れだった。  
外見に、ではない。言葉にできない『なにか』に惚れた。  
それからはずっと天使のことばかりが頭にあった。  
ふと、気づく。クラスにいるとき、なぜだか安らげている。  
文化祭をともにつくる仲間たち。彼はここで必要とされていた。  
少女。隣の少女。  
なぜか、彼女といると嬉しさと安心を味わえた。  
なぜだろう。この少女にも天使と同じ『なにか』を感じる。  
文化祭が終わり、聖なる夜。  
強大な敵の気配。自分より大きい魔力。  
勝てない。戦えば死ぬ。その確信がある。  
ああ、あの天使も戦うのだろうか。それは、いやだ。傷つく姿は、みたくない。  
走った。その場所へ。  
途中、奇妙な犬と出会った。  
母を助けたい。母が戦っている。そう、言われた気がした。  
この犬に、賭けようと思った。  
 
戦った。幸い、敵の能力とは相性がよかった。  
それでも、力の差は歴然。思った通り、死を直感する。  
知っていた。自分が死ぬことくらい。  
覚悟があれば乗り越えられる。託した想いは、犬が受け取った。  
青に埋まる視界の中で、彼は賭の成功を確信した。  
事実、それは成功だった。  
吹き飛んで。別の天使に遺言をして。  
からだが軽くなる。喜びも悲しみもなく、あるのは大きな寂寥感。  
ふと、下界に目を落とす。  
あの天使が、子のために泣いていた。  
――ああ、そうか――  
その時、少年は理解して納得した。  
意識が薄れていく。あの世はどんな場所なのだろうか。  
――俺は、『おかあさん』が欲しかったんだな――  
寂しさは流れ、胸の穴は埋まり。  
安らぎの中、少年は天へと消えた。  
 
行方不明者  
男性  
16歳  
津南賢児  
 
後、死亡扱い  
捜索届けは、出されなかった  
 
 
 

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