彼女と出会ったのは、俺が4つかそこらの頃だったと思う。  
小さい頃の記憶は、おぼろげなものなのでよく覚えていないことが多い。  
その秋の夜、俺がなぜ外に出たのかも――  
でも、斜向かいの家の玄関に立ち、夜空を見上げていた女の子を見たこと。  
その子と話し、そして月を一緒眺めたことは今でも覚えている。  
 
俺はその家まで歩いて行き、女の子の前に立った後、  
「何しているの?」  
と躊躇することなく話しかけた。  
「・・・・」  
顔を俺の方に向けてくれたのだから聞こえていないはずはないのに、彼女は黙ったままだった。  
仕方がないので、俺はもう一回  
「なーにしてるの?」  
と聞いた。  
するとしばらくして、彼女は人差し指を空に立て、伏し目がちで  
「・・・おつきさま・・見てるの」  
と、すぐに消えてしまいそうなか細い声を発した。  
その指差すほうを見てみると、立派な満月が夜空に光り輝いていた。  
「おーー」  
俺ははじめてみるであろうその月のきらびやかな姿に感動し、彼女に振り返って、  
「すっごい月だね」  
と言った。  
彼女は相変わらず目を伏せていたが、すぐに俺と話してくれた。  
「ちゅーしゅーのなんとか・・・っていうみたい」  
「ちゅー・・・何?」  
「・・・よく分からないけど、ママが今日はおつきさまがきれいな日だよって」  
「ふーん」  
そんなことを話した後、俺達はしばらく一緒に月を見ていた。  
今なら分かる。俺は運よく中秋の名月を見れてたのだ。  
 
やがて彼女が  
「そろそろお家に入らなきゃ・・」  
と言ったので、月見はお開きとなった。  
「そっか、じゃあ」  
そこで俺はまたもためらううことなく、  
「明日またあそびにきていいかな。明るいうちにだけど」  
と、約束を取り付けようとした。多分、近くにいていつでも遊べる友達がほしかったのだろう。  
彼女は少し困惑したみたいだったが、何秒かして  
「いいよ」  
と言ってくれた。  
「ほんと、じゃあ行くね・・・あっ、そうだ」  
俺はそこで、自己紹介していないことにやっと気付いた。  
「ぼく、津嶋雄也っていうんだ。きみは?」  
「・・沢木理恵」  
「じゃあ、また明日ね理恵ちゃん。バイバイ」  
「・・・・」  
理恵は小さく手を振ってくれた。  
 
これが、俺と理恵の出会いだった。  
 
俺は保育園に、理恵は幼稚園にかよっていたから、一緒の学校になったのは小学校に入学してからだ。  
理恵と初めて同じクラスになったのは3年生のときだったけど。  
といっても、出会ってからはほぼ毎日一緒に遊んでいたので、今更クラスが一緒だからどうしたというわけでもない。  
 
ある日、『わたしの目標』という作文をクラスの全員がみんなの前で発表した。  
口数は多いほうでなく、大人しくて恥ずかしがり屋な理恵にとっては苦行のものであっただろう。  
現にその発表は実に淡々としていて、その上聞き取るのに苦労させられた。  
でも、内容はたとえ聞こえなくとも分かっていたと思う。ずっとそれにつき合ってきたから――  
『私の目標は、全部の星座を見て、できれば全部の星をみることです』  
要約すれば、こんなことを言っていたのだろう。  
幼い頃から星の世界に心惹かれ、機会があれば星々を追っていた理恵と一緒に、俺も夜を視ていたのだ。  
 
「そんなに気にするなよ」  
帰り道、俺は作文発表の失敗を引きずっている理恵を元気付けようとしていた。  
「でも、後ろの席の人に『何を言っているか分からない』って言われた。先生にも・・・」  
確かに、そんなに離れていない席の俺も聞きづらかった。理恵は後で先生にも注意されていた。  
「いつまでも気にしててもしょうがないって。嫌なことはすぐに忘れよーぜ」  
「・・・うん」  
そういったものの、明らかに理恵は浮かない表情だった。  
この頃の理恵は、失敗をくよくよと気にし続ける子であった。見かねた俺は、  
「あーっ、もう。よし分かった。ちょっと俺の家に来い」  
「えっ」  
「いいから」  
やや早歩きで俺の家の前に行き、そして俺は玄関で待っているよう理恵に伝えた。  
自分の部屋に行き、小さいリボンがついた紙に包まれた箱に手をかけた。  
そのまま紙を破り、箱の中身を取り出し、それをもって玄関へ向かっていった。  
 
「ほら、これ」  
俺は手に持っていたモノ――双眼鏡を理恵に手渡した。  
「・・・・」  
「お前が前に『双眼鏡があればもうちょっと遠くの星も見れる』って言ってたからプレゼントしてやる、感謝しろ」  
理恵はずっとほしがっていたようだが、こいつは親にモノをねだるような奴ではなかった。  
「いいの?」  
「当たり前だろ、男に二言はねぇよ」  
理恵はしばらく双眼鏡を見ていた。そして  
「・・・ありがと」  
と俺の顔を見て珍しく微笑んだ。  
「ったく、さっきまでの暗い顔が嘘のようだな。でもこれで来週のお前の誕生日にはプレゼントなしだからな」  
「えっ、じゃあ――」  
「本当はその日にやろうと思ってたのに。今年、お前はプレゼントの箱を空けるワクワク感は味わえません」  
といったものの、理恵は十分にワクワクしていた。  
「明日は休みだし、今日はそれで星でも見て元気だしとけ。じゃ、またな」  
そう言って俺は家の中に入ろうとしたら、  
「雄也」  
と理恵が声をかけてきた。  
「今日も一緒に見てくれる?」  
「・・あぁ、いいぜ」  
それは、この頃の俺達の恒例のやり取りだった。  
だから、俺はその言葉を待っていた。小学校に入ってからは、週末の天体観測を俺達はいつも行っていたから。  
「先週は俺の家だったから、今日は俺がお前の家に泊まりに行くよ」  
「うん」  
「せっかく双眼鏡があるんだしさ、どうせなら遅くまで起きて観測してようぜ」  
「・・・お母さんに怒られちゃうよ」  
「いいじゃんかたまには。交渉しようぜ」  
「そうだね、してみよ」  
「そんじゃ、また後でな」  
「うん」  
 
理恵との天体観測はその年の翌年までは途切れることなく続いていたと思う。  
でもいつしか、一緒に観測する日は2週に1度、月に1度となっていき、その間隔は長くなる一方だった。  
年を重ねるにつれて、男友達と遅くまで毎日バカをやって遊んでいたからだろう。  
だから、俺達が中学にあがってからは、二人で夜空を見上げることは一度もなかった――  
 
 
月日は流れて、現在俺は高校2年生になっている。  
 
 
教室にチャイムが響き、本日の授業が全て終わったことを告げる。  
それまで静かであった教室は、突如として喧騒に包まれる。  
「津嶋、この後どうせ暇だろ」  
俺の前の席に座っている男――竹之内がいきなり失礼な言葉を俺に吹っかける。  
「何だよ、『どうせ暇』って。・・・確かに暇だけど」  
俺は帰宅部なので放課後には自由な時間が有り余っている。  
「じゃ、カラオケでも行こうぜ」  
「お前と二人でか?あんまり盛り上がらないんじゃ」  
「いや、井上も一緒だ。そして、聞いて驚くな。女子も一緒だ」  
「えっ、マジで!?」  
「ああ、井上がうまくやってくれてよ。当然行くだろ」  
「当たり前だ、サンキュー」  
女の子とのカラオケなんて夢のようだ。素晴らしき高校生活。  
「礼を言うなら井上にだな。メールでも打っとけよ、参加するって。最もお前が来ることは想定済みらしいが」  
「ああ、分かった」  
先生がきて帰りのホームルームが始まったが、俺は話を聞き流しながらメールを打ち、そして送信した。  
 
「井上のクラスに集合だから、早く行こうぜ」  
井上のクラスというと4組だ。  
竹之内が4組の扉を開けて中に入っていった。その後に、俺も続く。  
すると、帰りの仕度をしている理恵の姿があった。もちろん、理恵が4組なのは知っていた。  
理恵とは今でも普通に話したりはするが、子供のころのようにいつも一緒にいたりはしてない。  
向こうも俺に気付いたので声をかけようと思ったが、井上の呼ぶ声がしたため断念する。  
 
カラオケに行くメンバーは、俺と竹之内と井上、そして4組の女子3人の計6人である。  
俺と竹之内と女の子3人は初対面であるから、まずは自己紹介をそれぞれした。  
その後しばらく、俺達は談笑した。俺達はうるさいくらいに盛り上がっている。  
そして、俺は会話に参加していないときに、ふと理恵の方を見てみた。  
――理恵と目が合った。どうやらこちらの様子を見ていたらしい。  
目が合った瞬間、理恵は目をそらし鞄を持って教室を出て行った。その顔が、少し切なそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。  
その様子がなんとなく気になった俺は、「トイレにいってくる」といって理恵の後を追った。  
 
「理恵」  
声をかけると、歩くのを止め、こちらを振り返った。  
「どうしたの」  
と、その顔は少し微笑んでいた。  
「いや、その・・」  
「・・・・」  
「お、お前も来ないか。さっき見てただろ。あいつらと一緒にカラオケいくんだ」  
そう言ったが、理恵は首を振った。  
「ありがとう。でも遠慮しとくね。私これからバイトだから」  
「そうか、残念だな。何かお前、教室で暗い顔してたから嫌なことでもあったのかと思って。こういう時は――」  
「大丈夫。何にもないよ」  
「なら、いいんだが。・・・バイトの方は順調か」  
「うん、だいたいは。はじめてもう1年たったから」  
理恵は高校に入ってすぐにバイトを始めた。  
理由は聞いていないが、あの理恵がバイトを始めたことには少し驚かされた。  
内気な自分を変えるためだろうか。でもその割には、あまり成果は出ていないように思われる。  
なぜなら、失礼だが、友達は多くはないからだ。廊下とかで見かけても、一人でいるか、あるいはいつも同じ女友達としかいない。  
「そんなら、もうバイト先で後輩とかも――」  
「雄也」  
当然、俺の名前を呼んだ。  
「な、なに」  
「そろそろ、行かなくていいの?トイレにしては長すぎると思うけど」  
「なぜ、トイレだと・・・」  
「抜け出すときの雄也の常套句。・・・ベタだけど」  
理恵はまた微笑んだ。こんな短期間で2回も微笑みをみたのは初めてだ。  
「じゃあ、またね」  
「お、おう」  
 
その後、6人でカラオケを堪能した。  
いや、正確にいえば5人だ。井上たちには悪いが、俺はなぜかあまり楽しめなかった。  
もちろん、そんな素振りは見せなかったが。  
――あんなに女子とのカラオケを楽しみにしていたはずなのに。  
――思い描いていた理想の高校生活に一歩近づいたはずなのに。  
俺の頭に終始あったのは、明るく歌う可愛い女の子達ではなく、幼なじみの切なげな顔と微笑みだけだった。  
 

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