彼がいわゆる(縁故物件)に住んで1週間になる。  
今のところ変わったことは何もない。  
前の住人は確か女の一人暮らしで、自殺で亡くなったらしいが  
詳しい事情は知らない。別に知りたくもない。  
彼がこの部屋に住んだのには訳がある。  
一つは保証人が要らなかったこと。  
もう一つは会社の近くにあるということ。そして最後に東京にしてみれば破格の2DKで5万円と駐車場で1万という安さから。勿論、これは縁故物件という関係もあるだろうが、それでも彼はこの広さでこの家賃には十分満足している。  
友永航平は26歳。ある大手のネット系会社のサービスエンジニアをしている。  
仕事柄帰りは深夜になったりすることもあるので、ほとんど部屋には(寝に帰っている)みたいなもんである。  
だから部屋を借りる時も、特に幽霊だとかそんなものに対しては恐怖も何もなかった。  
彼自身はそういうたぐいのものは一切信じないタイプであり、大学時代の友人曰く  
「お前は物事に対してドライすぎる」というくらいだ。  
今まで住んでいたマンションが急に取り壊しになったため、急きょ探して見つけた部屋だが  
広さも家賃も今までの部屋よりも彼は満足している。  
航平はあまり人と話したりするのは苦手で、どちらかというと仕事人間であり、友人も果たして友人と呼べるのか?というような関係であった。  
昔からどこか冷めている。大学時代には(あいつが笑ったところをみたことがない)などと噂されるほどだった。今でも付き合いがあるのは同じ会社に勤める飯沼洋二だけ。  
それもほとんど表面的な付き合いしかない。  
(人間なんて信用できないものだ)  
彼は常々そう考えていた。小さい頃からずっとそう思ってきた。  
 
いつも通り残業を終えて10時過ぎに家に戻る。  
途中コンビニで買った弁当とビールや発泡酒で夕飯を済ませ、簡単にシャワーを浴びて、しばらくダラダラとパソコンで得意先からのメールチエックや仕事関連の書類作成をし、ネットサーフインをして深夜1時にはベッドに横になる。  
そのままぐっすり熟睡するのが彼の日課だった。  
その日もベッドに入り、しばらくすると眠っていた。だが、その日だけは何かが違った。  
引っ越してから8日目のことである。  
深夜2時半ごろ、彼はその気配で目を覚ました。  
部屋に誰かいる。誰かが歩き回っている気配がする。  
本能的に(目を開けるな)と感じていたが、彼はそれに反するように目を開けてしまった。  
女だ。髪の長い、顔ははっきりと分からない、白っぽいワンピースを着た若い女が彼の寝室をうろうろと彷徨っている。  
足は素足だが、まるで軽やかに飛び回るように部屋から部屋をふわりふわりと床スレスレに飛んでいる。  
顔ははっきりとは分からないが、女はキョロキョロあたりを見回し、困惑しているようにも見える。  
航平の心臓はバクバクと音を立て、思いっきり瞼を閉じたが、でも目を開けて彼女の動きを追ってしまう。  
(頼むから消えてくれ!南無阿弥陀仏・・・)  
航平は心の中で念じながらも女を目で追う。と、彼女がふわりと向きを変えてこちらにやってきた。  
(!?)  
驚きのあまり慌てて眼を閉じる。どうか気づかれていませんようにと思いながら寝た振りをする。  
彼女はどうやら彼の顔を覗き込んでいるようだ。しばらく見つめられている感がした後、彼女の気配が再び消えた。  
(なんとかしないと!)  
航平はうっすら目を開けて彼女がいないことを確認すると、そろりとベッドから降りた。  
(台所に塩があったはず)  
恐怖心を抑えながら、航平は台所へ忍び足で向かう。  
台所にはいないようだ。よかった。航平は安堵のため息をつき、ほとんど使ったことのない味塩を手に取った。  
(・・・味塩で大丈夫なんだろうか?)  
ふと疑念が沸いたがこれも塩には変わらない。とりあえず撒くだけ撒いてみよう。  
航平は再び忍び足で寝室へと向かう。  
(!!!!!)  
寝室のドアを開けようとした時だった。居間のドアをすり抜けて女がこちらにやってきた。  
「うわあああああああ!!!!!!」  
恐怖のあまり声を上げ、その場にへたり込んでしまう。だが、意外なことに  
「きゃあああああああ!!!!!!!」  
同時になぜか幽霊であるはずの本人も悲鳴を上げ、後ろに飛んだ。  
(・・・・え?)  
航平は恐怖よりも幽霊が悲鳴を上げたことに驚き、唖然と彼女を見つめる。  
彼女はあまり航平と変わらない年齢のようだ。肌は幽霊だからかもしれないが白く、透き通るようで形の良いはっきりした眼鼻立ちをしている。  
なかなかの美人のようだ。  
黒髪ではなく、濃い茶色の髪の毛は背中まであり、白と思っていたワンピースはよく見るときなりに近い麻で夏物にみえた。  
(・・・・そうだ!塩!)  
一瞬のことであっけにとられていた航平だが、慌てて手にした味塩の蓋を開け、幽霊目がけて振りかけた。  
「え?・・・・きゃああああああ!?」  
彼女はびっくりしたようにふわりと飛びあがり、驚いた顔をした。  
「消えろ!怨霊!南無阿弥陀仏!」  
航平は味塩を振り回しながらひたすら南無阿弥陀仏と唱える。その先を知らないので繰り返すしかないのだ。  
「・・・ちょ、ちょっと何するんですか?」  
彼は驚いて彼女を見る。幽霊が声を出したのだ。  
「いきなり塩を振りかけるなんて、ひどいじゃないですか!」  
「・・・・な?喋った!?」  
「失礼ね!私だって話しますよ!」  
彼女は腰に手をあてて、ちょっとムスッとした顔をした。怒っているようだ。  
「あなた私の部屋で何してるの!?」  
「・・・私の部屋?」  
なるほど、この部屋のもとの主なのだろうか?航平はそう思った。  
「・・・悪いけど、ここはもう俺が住んでる。あんたは死んだんだ」  
航平は恐怖を抑え、精いっぱいの声を出した。  
「・・・私はまだ死んでないわ。一応はまだ生きてるもの」  
「え・・・?」  
「私は生霊よ」  
 
恐怖を感じつつも航平は幽霊の方に向き直った。心臓はまだバクバクと鼓動を打っている。  
彼女はふわりと下に降りると床スレスレで止まった。  
「・・・私はここの部屋の住人で今井瑠奈といいます。あなたは?」  
幽霊に自己紹介されて、彼も思わず自己紹介する。  
「俺は友永航平といいます。ここに住んで8日目です」  
「じゃあ、私が意識不明になってからここに来たのね?なんて大家かしら。もう私が死んだと思って部屋を賃貸に出したんだわ!」  
彼女は憤慨した様子で腕を組んだ。何だが思っていた幽霊像と違うので航平は恐怖というよりも違和感を感じていた。  
「・・・今月分の家賃も納めてあるのに!私が身内がいないことをいいことに勝手にして!」  
「あの、死んでないって、どういう」  
「今、意識不明の重体なんです。ここにいるのは私の意識体」  
彼女はそういうとふわりと一回転した。  
「まあ、もうすぐ本当に霊体になっちゃうんだけど」  
「・・・はあ・・・」  
彼は何がなんだか分からない。彼女を見つめながら頭がこんがらがっておかしくなりそうになっている。  
だが、ハッとして彼女に言った。  
「とりあえずここは今俺が住んでる。アンタは出て行ってくれないか」  
「・・・そうよね。もうここには私のものは何もないし。大家がリサイクルにでも出したのね」  
彼女は悲しげな顔を浮かべた。  
航平は一瞬彼女が気の毒に感じた。でも、こうなってしまっては仕方ない。  
「大変申し訳ありませんが・・・」  
「ねえ!」  
彼女は航平ににこやかな笑顔を向けた。  
「・・・は?」  
「お願いがあるんです!」  
彼女はにっこりして彼に言った。  
 
「冗談じゃない!!」  
航平はごめんこうむるという感じで両手を顔の前でブンブン振った。  
「成仏するまでの6日間同居させてくれって!?」  
「・・・お願いよ、私、行くところがないんです」  
「どこへなりとも飛んでいけばいいじゃないですか!」  
「だって外には怖い幽霊が一杯いるんですもの。あんな真っ青な顔した人たちや顔が潰れてる人たち怖くて近づけやしないわ。第一、私まだ死んでもないのに(なんで死んだの?自殺?)とかやたらしつこく死亡原因聞いてくるし」  
(何か近所の井戸端会議みたいだな)  
航平はふとそう思った。お孫さんいくつ?とか子供さんどこの学校?とか聞いてるようなものか。  
「とにかく、ここから出て行ってくれ」  
「嫌よ!」  
彼女は不意に強気になり、プイとむこうを向いた。  
「1週間くらいいいじゃない!あなたの邪魔はしないわ。昼間も夜も別に何も食べないし、場所だって取らないし、あなたに迷惑かけることもない、理想的な同居人じゃない!」  
「!?昼間?昼間もアンタはいるのか?幽霊って夜だけじゃないのか?」  
「昼間だって幽霊はいるわ。私は生霊でもうすぐ死ぬから死ぬまでの1週間、悔いのないように過ごすように昼間も動けるようになってるの。そういうルールなの」  
「へ・・・へえ・・・・」  
「とにかく、私、ここにいるから」  
彼女はそういうと床から少し浮いて正座した。  
「こっちが困るんだよ。幽霊と同居なんて何が起こるか分かったもんじゃない。アンタにとり殺される可能性もあるしな」  
「失礼ね!私、そんなことしないわ」  
「幽霊の言ってることなんて信用できない」  
「私はまだ幽霊じゃないわ!生霊、です」  
「どっちも同じじゃないか。心霊写真として扱われてるし」  
「同じじゃないわ!」  
そんなやりとりを繰り返しているうちに夜が明けてしまった。  
 
 
「今日はなんだか辛そうだな、友永」  
朝、あくびをこらえながらデスクについた航平に声を掛けてきたのは飯沼だ。  
会社で唯一、航平が親しく(表面上)している大学の同期である。  
「ああ・・いろいろあってな」  
「へえ?まさか女関係?彼女できたのか?」  
「・・・そんなんじゃないけど、まあいろいろ」  
「ふうん」  
飯沼は航平に書類の束を渡した。  
「おとついの納品分、あっちのオペレータのバイトがポカやらかして誤作動が一つあったのに気付かなかったらしいぞ。今日やり直しで帰ってきた」  
「・・・こっちも朝からついてないな」  
航平はふうとため息をついた。起ちあがってセルフのコーヒーメーカからブラックコーヒーをなみなみと注ぐ。  
「いるか?」  
「いや、俺はいい」  
「そうか」  
航平は椅子に腰かけるとデスクの上のパソコンを起動させた。  
「なあ、友永」  
「うん?」  
「お前、今度の金曜空いてるか?」  
「なんでだよ?」  
「合コン。A社の総務の子がしませんかって」  
「・・・俺はやめとく」  
「なんで?彼女いるのか?」  
「居ないけど、女なんて正直、今、めんどくさい。家に昨日から変なのいるし」  
「え?昨日?」  
「・・・いや、独り言。どっちにしろ、やれどこかつれてけだの、誕生日とかクリスマスに会えないのはおかしいだの、休日もゆっくり休めやしないし」  
「そらそうだけど、やっぱ一人身は辛くない?」  
「・・・別に。人間死ぬときは一人だし」  
「・・・お前ってさ・・・何か、変に冷めてるよな」  
「そうか?」  
「なんていうの?妙に冷静つーか・・・大学の時もサークルにも入らなかったし、教授主催の飲み会にも来なかった。卒業式の後の飲み会も来なかったし。なあ?なんでそんなに人と付き合うの避けるんだ?大学ん時もほとんど他の奴とつるんでるのみたことなかったぞ」  
航平はキーボードを打ちながら、飯沼に言った。  
「・・・別に意識してねーよ。あんま人と付き合うのが好きじゃないだけだ」  
「・・・そうか。でも、お前だってもう少し出会いの場を広げろよ」  
「・・・ああ、努力してみる」  
言いながら航平は心の中で(いらない世話だ)と小さく呟いた。  
 
正直、家に帰るのは辛かった。何のかんの理由を付けて会社に泊りこもうとしたが  
予想外に仕事のペースがはかどり、やり直し分と本日分の仕事までスイスイこなしてしまった。  
お陰さまで夜の10時には自宅前の玄関に立っていた。  
「おかえりなさい」  
悪夢だ。ドアを開けたら玄関で彼女がにっこり笑って浮いている。  
彼はため息をついてドアを閉めた。  
「お疲れ様♪」  
「あなたの顔みたらまた疲れました。いい加減出てって下さい」  
「まあまあ、そんな意地悪なこと言わないで。ホラ、私のことは空気と思ってくれていいですから」  
「残念ですが、そんなに存在感のある空気はいません」  
「そんなこと言ってると女性にモテませんよ?女の子には優しくしろって小さい頃言われませんでしたか?」  
「言われてません。ともかく出てって下さい」  
航平は背広を脱ぐと居間のフローリングの床にポイと投げ出した。  
「ちょっと!背広クシャクシャになっちゃいますよ!ちゃんとハンガーにかけないと」  
「疲れてるし、元から皺あるからいいよ。ちょっと静かにして」  
「元からあるからって・・・」  
航平はソファに足を投げ出すと買ってきたコンビニ袋から発泡酒を出して飲みだした。  
瑠奈は航平の傍でふわふわ浮いている。  
「だらしないですね」  
「ほっといてくれ。幽霊のアンタに言われたくない」  
彼はしばらくソファにねっ転がってテレビを見ていたが、気づけば瑠奈がいない。  
(どっかとんで行ったのか?)  
 
ふと視線をさっきの背広に戻すと、彼女は必死になって背広を掴もうと両手で抱えるポーズをしている。  
だが、悲しいかな、背広は彼女の手をするっとすり抜ける。  
彼女はちょっとムキになってまた同じように繰り返す。また背広がするっとすり抜ける。  
(・・・霊体が物体を掴むことはできないのか。それにしてはしつこくやってるな)  
思わず苦笑してしまい、ふと我に帰る。  
仕方ないなとため息をつき、瑠奈の横をすり抜けると背広を拾ってハンガーに掛けた。  
「元からそうすればいいんですよ」  
瑠奈はしてやったりという顔で航平に笑いかける。  
彼は彼女を無視してソファに戻ると買ってきたコンビニ弁当を開けた。  
「いつもコンビニで買ってるの?」  
彼女はいつの間にか航平の足元に浮いている。  
「・・・まあ・・・」  
「駄目ですよ。これ、思いっきり野菜不足じゃないですか」  
瑠奈はコンビニ弁当をマジマジとみて言った。  
「・・・ほっといて下さい」  
「少しは野菜を取った方がいいですよ」  
「なんで幽霊のアンタに言われなきゃならないんだ」  
「私、前は管理栄養士やってたんで」  
「・・・へえ」  
「ともかくもう少しバランスよく食べないと」  
「ちょっと黙っててくれる?いちいちうるさいんだけど」  
少しいらついて航平は言った。  
「これが俺の生活だし、アンタにいちいち干渉されるいわれはないし」  
「そりゃそうですけど・・・」  
瑠奈は何か言いたそうに口の中でもごもご言っている。  
「・・・何?」  
「いえ、一応、私同居人ですし、やっぱり住まわせてもらってる分には  
あなたの健康管理もしてあげたいかな、と」  
「結構です。とにかくどっか行ってください」  
「あなたって・・・」  
「・・・は?」  
「人の親切とかアドバイスとか素直に聞かないタイプ?」  
「悪かったな」  
「野菜とらないともっとイライラしますよ。身体にも影響するし」  
「取れるときに取るんでほっといて下さい」  
航平はプイと横むくと、空になった弁当を乱暴にコンビニ袋に突っ込み  
その場でYシャツ、ネクタイ、ズボンを脱ぎだした。  
「ちょっと?なんですか?」  
瑠奈は慌てて後ろを向く。霊体でも恥ずかしいようだ。  
「・・・シャワー浴びてくる」  
「だからってここで脱がなくても」  
彼女の顔が心なしか赤くなっている。  
「ここは俺んちなんだからどこで脱ごうが勝手だろ!」  
トランクス1枚になった航平は乱暴に言い放つと部屋を出て行った。  
 
(・・・私って、いらないことばっかしてるかな?)  
彼が出て行った後、瑠奈は脱ぎ散らかされた衣類を見つめてため息をついた。  
(うるさいでしょうね、きっと。私だって人にあれこれ干渉されるのは嫌だし)  
そう思いながら瑠奈はちらりと外を見る。  
やっぱり出て行くべきなんだろうか?顔や胴体のない霊体をみるのにも慣れ始めているが、やはり彼女はここに居たかった。  
今はもうない、彼女のお気に入りの家具のあった居間。  
大好きだったお気に入りの藤のチェストのあった場所。  
そして、大好きだったあの人。  
彼女の頬を涙を伝う。本当は泣いていない。泣けないのだ。  
だけど辛くて仕方ない。あの時のことを思い出しては悲しくて苦しくて。  
「・・・早く本当の霊体になっちゃえばいいのに。私・・・」  
瑠奈は呟いた。1週間がとても長く感じられた。  
 
シャワーから帰って居間に戻ってみると、瑠奈はいなかった。  
(どっか行ったのか?)  
航平は頭を拭きながら遠慮なしに下半身のバスタオルを取った。  
一応、下半身を見せるのには霊体とはいえ、女性の瑠奈には抵抗があった。  
「俺の家なのになにに遠慮してるんだか・・・」  
呟きながら居間に繋がる寝室のドアをガラッと開ける。  
「!?きゃあああああああ!?」  
ベッドに腰かけていた瑠奈が飛びあがった。  
「おわっ!?」  
慌てて航平は下半身をタオルで隠す。  
「なんでそんなとこにいんだよ!?」  
「だ、だって、私の顔見たくないだろうし」  
「とりあえず、着替え、そこのクローゼットにあるから、こっからでてって下さい」  
瑠奈はいそいそと彼の横をすり抜けると居間へと戻って行った。  
「・・・なんなんだよ、もう」  
航平は呟いて着替える。なんだか厄介なことになった気がした。  
(おせっかいな女だな。しかし、なんで死んだんだろ?)  
ふとそんな疑問が航平の頭に浮かんだ。正確には(まだ生霊)だが  
不動産屋から聞いた話は(自殺)大量の睡眠薬を飲んで海に飛び込んだらしい。  
けれど彼女はそんなことするんだろうか?だったら原因はなんでなのか?  
(下手に関わらないでおこう)  
彼はクローゼットの扉を閉めるとベッドに横になった。  
 
 
翌朝、眼が冷めて居間に行くと、相変わらず居間は脱ぎ散らかした服が散らばっていた。  
そしてもっと悲惨なことに  
「なんだ!?これ!?」  
台所で航平は声を上げた。瑠奈が隅っこで小さくなっている。  
「・・・朝ごはんくらい作ろうと・・・」  
どうやら彼女なりに苦戦したらしい。必死になって物を動かそうとしていたらしく  
フライパンやら鍋やらがあちこちに散らばっており、割れた皿が床に落ちていた。  
いわゆるポルターガイスト現象だ。幸い?なことに重たい冷蔵庫の扉は開けられなかったらしく卵などは割れてはいなかったが。  
「もう何もしないでくれ。頼むから」  
彼は乱暴に言い放つと簡単に台所をかたずけ、会社へと向かった。  
 
(全くどうにかしてる。幽霊に生活を滅茶苦茶にされるなんて)  
イライラしながら航平はデスクで仕事をしていた。キーボードを叩く音がいつもにもましてカタカタと激しく響いている。  
(あああっ!クソッ!腹が立つ!霊媒師でも頼むべきか?)  
頭を掻きむしりながら、いつもより濃く入れたブラックコーヒーを流し込む。  
パソコン画面の言語文字が反転している。  
「あのう、友永さん」  
遠慮がちに事務員の女の子が話しかけてきた。  
「え、何?」  
かなりぶっきらぼうだったのか、彼女がビクンと肩を震わす。  
「あ、あのっ、お電話が入っています。ご実家の方といわれる方から」  
「悪いけど用事あるから後にしてっていっといて」  
「・・・それが今朝から3回ほど掛って来てたみたいで、丁度友永さんがDK社に行かれてる時にも伝言があったようです」  
航平は大きくため息を吐く。  
「・・・分かった。こっちの電話に転送して」  
「あ、はい」  
事務員が戻った後、彼は受話器をとり(内線)と(303)と書かれている番号を押す。  
「・・・航平か?」  
一瞬、心臓がドキリと音を立てる。彼がこの世で一番憎んでいる男の声だ。  
「・・・元気か?」  
彼は黙っている。話したくない。胸の奥から憎しみの炎が沸いてきてくる。  
早く電話を切りたい。声を聞きたくない。  
「・・・会社には電話してくるな。あんたとは縁を切ったんだ。もう話すことはない」  
彼は乱暴に言い放つとそのまま受話器を置いた。  
 
やはり、というべきか昨夜から何回かに掛けて航平の携帯にも見慣れた番号の留守電が入っていた。あの男の病はかなり進行しているのだろう。  
(知るかよ!あんな男!あいつは俺たちを、母さんを!)  
彼は憎々しげにコンビニのフードコーナーを睨みつける。店員がちょっとギョッとした顔で彼を見ている。  
仕事を終え、彼は夕飯の買い物に帰宅途中のコンビニに寄っている。  
弁当を手に取ろうとして、彼はその手をふと下に置いた。  
(あの女の顔みるのもむかつくし、今日はどっかで食って行こうか)  
彼女が言う(6日間で霊体になり成仏する)が本当なら後3日間我慢すれば彼女は居なくなるということだ。  
だったらその間彼女を空気のように扱えばいい。  
(でも、今朝みたいにまた変な気遣いして家をグチャグチャにされてたら)  
そう思うとぞっとした。今朝の台所も簡単に片づけたのでまだ割れた皿の後始末が残っている。  
彼はため息をつくと弁当を手に取った。  
ふと棚の横をみると、なるほど、弁当以外にも野菜が取れるようにサラダがパックに入って何種類か売っている。  
OLの一人暮らしにはちょうどいいのだろう。  
(しょうがないな、あいつが居るまでの間だけだ)  
彼はぶつくさ言いながら(グリーンサラダ)を手に取るとそれも一緒に籠に放り込んだ。  
 
玄関のドアを開けると、やっぱり彼女はふわふわとドアの前で立っている。  
けれど今朝のこともあるのか少し端によって遠慮がちに飛んでいる。  
「あ・・・あの、お帰りなさい・・・」  
彼は彼女を無視すると、ドアを閉めた。居間に入ると朝の状態のままだ。どうやら彼女は本当に何もしなかったらしい。  
念の為、台所と寝室も見てみたが特に今朝と変わった様子はない。変な安堵感で安心すると彼はいつも通り背広を床にポイと投げた。  
今日は彼女は何も言ってこない。ただ、昨日と同じく再び背広の前に座り、すくおうとしては通り抜けを繰り返している。  
(・・・全く!犬っころかよ!)  
彼は少しいらついて彼女の身体を乱暴に通り抜けた。  
「ちょ!?何するんですか?気持ち悪いんですけど」  
彼は彼女を無視して背広を拾うと(やればいいんだろ)という風にハンガーに掛けた。  
「・・・今日は昨日にもまして機嫌が悪いのね。ごめんなさい。私のせいね」  
瑠奈は航平の近くによると少し頭を下げた。  
「・・・わかってんなら出て行ってくれ。顔も見たくない」  
その言葉に彼女は少し傷ついた表情を浮かべた。その時だった。  
彼の携帯が曲を奏でた。電話が入ってきたのだ。航平はいつもの仕事の癖でつい電話に出てしまう。  
普段なら番号を確認してから出るのだが、今日は瑠奈とのやりとりでそれを忘れてしまった。  
 
「・・・航平か?」  
あの声だ。彼はイライラして電話を切ろうとする。だが、今日はそのイライラをぶつけたかった。  
「二度と掛けてくるなって言ったはずだ!アンタはもう俺の親父じゃない!」  
その言葉に瑠奈がびくりと肩を震わせた。彼の方を見る。  
「・・・俺と母さんを捨てるようなマネしといてよくゆうぜ!母さんが死んだ時は葬式にも来なかった癖に!」  
「悪かった・・・悪かったよ・・・航平。本当にすまないことをした・・・」  
「悪かったと思ってるんなら電話してくるな!アンタのもう一つの家庭がなくなったからって・・・」  
そこで彼は息をのみ、憎しみを込めて言った。  
「・・・俺はアンタのもう一人の息子の代わりじゃねえ!あんな奴、義弟ともおもってない!もう二度と掛けてくるな!」  
「・・・航平、父さんな・・・もう半年の命なんだそうだ・・・だから・・・店のことも含めて・・・」  
「知るかよ!いらねえよ!あんな古い店!勝手につぶしちまえ!」  
勢いで怒鳴った後、彼は電話を切った。そのまま携帯を床に放り投げる。瑠奈は静かにそこでたたずんでいた。  
「・・・馬鹿にしやがって!」  
航平は言い放つとソファに乱暴に横になり、Yシャツのボタンをはずし、ネクタイを緩めた。瑠奈がそっと彼に近づく。  
「・・・今の」  
彼は彼女の言葉を無視する。彼女は再び続けた。  
「・・・お父さん?からの電話?」  
航平は無視を決め込む。だが、彼女は一方的に話している。  
 
「・・・どうしてあんな言い方するの?身内でしょう?」  
「黙ってくれ!アンタに関係ない」  
「・・・でも、あんなに怒鳴ることないじゃない」  
「あんな奴身内じゃない!」  
瑠奈は一瞬ハッとした顔になり、彼を見つめた。  
そして茶色の瞳でジッと彼を見ながら続ける。  
「何があったのかも知らないけれど、けど、親って永遠じゃないの。いつかは別れの時がくるのよ。  
その時、あなたはさっきみたいな言葉でお父さんを送り出すの?」  
彼は無視を決め込む。内心(おせっかいな女だ)と心で呟く。  
「・・・私は今、普通の人間じゃない。だから空気が話してると思って、よかったら少し聞いて・・・」  
そういうと彼女は語りだした。  
「・・・私、公園のごみ箱に捨てられてたの。まだ生後3カ月の頃だった。本当の親は顔も知らない」  
「・・・・・」  
「でも、私、そんなこと知らなかった。1歳の頃ある家に養子として引き取られたの。  
そこは年配のご夫婦がずっと子供ができなくてまだ幼児だった私を養子として迎えたの。本当の子供みたいに育てられたわ。  
何不自由なく、幸せだった。二人とも本当の両親みたいだったわ。少なくとも高校まではね。  
ある時、戸籍が必要になって自分で取り寄せたら、私の戸籍欄に(養女)と書かれていたの。私、ショックだったわ。なんで黙ってたのかって。  
それからは事あるごとに両親に反抗した。  
別に欲しくもないのにスーパーで万引きしたり、夜、ずっと帰らなかったり、そのたびに両親は私を怒って、心配して、泣いて、でも、私にはそれが(煩わしいことだ)としか思えなかった。  
ほっといてくれって思ってた」  
彼は聞くとはなしに彼女の話しに耳を傾けていた。  
「本当の親じゃないから、そんな風に(子供を愛してる)みたいな振りしてるんだろうって。けど、ある晩、出歩いていた私をつれ戻すため、両親が車で迎えに来たの。  
私はいやいや車に乗せられ、家に帰る途中だった。酔っ払いの運転手の乗ったトラックが反対車線から猛スピードでこっちの車に突っ込んできたのよ。私は後ろのシートに母親と座ってた。  
気が付いたら病院にいた。両親は即死だった。けど、母親は、お母さんは、私をとっさにかばおうとして私に覆いかぶさるような感じで亡くなってたらしいの。お母さんが衝撃から守ってくれたおかげで私は少しの怪我ですんだ。お母さんは命がけで私を守ってくれたのよ」  
航平はちらりと横目で瑠奈を見る。彼女はその時のことを思い出しているようだ。  
「すごく後悔したわ。後で分かったんだけど私は小さい頃激しい喘息があって、そのことから死に掛けたことも何回もあったみたいなの。最初、養子に迎えるときに両親には(この子は病弱の為、いろいろ大変ですがいいんですか?)みたいなことを話してたらしいの。  
両親はそれでもいいからって私を引き取ってくれた。  
なのに私が最後に両親と交わした言葉は(ほっといて!うっとおしいんだから!)だったんだよ。なんで、最後の最後まで親に優しい言葉一つ掛けてあげられなかったんだろうって」  
そういうと彼女はふっと息を吐いた。  
「大学に行って、資格をとって、初めて給料をもらっても、私はお母さんにもお父さんにも何もしてあげられない。たくさん受けてきた愛情の一つも返せてない。  
この年になって初めて親がどんなにおおきな存在だったかって分かったの。  
どれだけ謝っても許されるものじゃない。  
血の繋がりはなくても私にとっては大切な両親だった。私、もし向こうの世界で二人にあったら土下座して謝ろうと思ってる。許してもらえないかもしれないけど」  
彼女はそういうと彼をちらりと見た。  
「あなたの家庭のことは知らないけれど、でも、あなたがお父さんのことを許せない事情があるみたいだけど、本当にそれでいいの?」  
「・・・いいんだよ」  
「ねえ、私の存在は(空気)って言ったでしょ?だったら話してみて。気が楽になるかもしれないし・・・私は何も言わない・・・」  
彼は彼女を一瞥した。航平はずっと家庭の話を誰にもしてこなかった。同情されるのも嫌だったし、変な感情を持たれるのも嫌だったからだ。けど、ここに居るのは(人間)ではない。(空気)と話してると思えばいい。  
「・・・俺はある経営者の息子として生まれたんだ」  
 
「・・・・」  
「そこは代々続く和菓子屋で、俺は跡取りとして生まれた。小さい頃から(後を継ぐもの)として厳しく技術を教えこまれた。俺はそれを当たり前だと思っていたし、苦しいとも思わなかった。  
俺が10歳の時だった。  
店にバイトの女が入ってきたんだ。そいつは舞台女優崩れで、こともあろうにその女、親父に色目を使いだしたんだ。親父はいい年をしてその女に骨抜きにされて、家に戻らなくなった。  
ある時、その女が家に怒鳴りこんできたんだ。親父を連れて。  
俺と母さんにこの家から出ていけ、自分の腹の中に子供がいるんだって」  
その時のことを思い出して、航平は顔を歪ませた。あの時の母親の悲しみは未だに脳裏に焼き付いている。  
「女は地元でも有名な代議士の家系で、腹の子はもう臨月に近かった。結局、天涯孤独な母親は俺を連れて家を出た。弟ができたのはその後だ。親父はそいつを後継者にしようとしてたらしい。  
俺と母親は小さなアパートで暮らして、母親は昼も夜も働いて、必死になって俺を養ってくれてたけど、ある日、仕事場で倒れて、そのまま息を引き取った。俺が中学生の時だった。  
俺は親戚中をたらいまわしにされた。誰も俺を引き取ろうとはしなかった。結局、俺は親父のところに行くことになったんだ」  
そういうと航平は少し青ざめた顔をした。  
「最初、女は俺に嫌がらせをした。俺の飯だけなかったり、服がビリビリに破かれてたり、風呂に入れてもらえなかったり、苦しかった。家族のなかで俺だけが違う人間のような気がした。  
でも、まだ、それだけで我慢すればよかった。親父はあの女に骨抜きだったから何を言っても聞いてはくれなかったけど、でも、俺は中学を出るまでは耐えようと思ったんだ。  
弟とはあきらかに差をつけられてたけど、それでも良かったんだ。あの晩までは」  
彼はそういうと苦々しい顔をした。  
「あの晩、俺は寝苦しくて、夜中に目が覚めた。あの女がおれの前に立ってた。一瞬、何が起こったか分からなかった。女は全裸だった。  
あいつは(あんたの父さんでは満足できない。だから代わりになれ)そういって俺の布団に入ってきたんだ。俺は必死に抵抗した。  
だけど、女は俺の下半身を弄び(本当はしたいんでしょう)っていうと俺の上に乗ろうとしたんだ・・・」  
航平は顔を手で覆った。このことはだれにも言いたくなかった。思い出すたびに苦しくて、嫌な記憶しか残っていない。  
「・・・俺は女を突き飛ばして逃げた。きのみ着のままで、家を飛び出した。しばらく公園で野宿して、ごみ箱の求人誌を拾って、汚いかっこのままで面接に行った。  
幸運なことにすぐに採用してもらって、年をごまかして、工場の住み込みバイトを始めた。  
しばらくして、そこの工場主に俺が中学生だということがバレて、事情を話して、そこに住まわせてもらいながら中学と高校に通った。  
工業関係に興味を持ってプログラミングを勉強したいと思って、大学には推薦で行った。  
昼間は大学で勉強して、夜は工場で夜勤のバイトをした。卒業して、そこを出て、一人で東京で暮らすようになって、それでアンタのマンションを借りた」  
 
瑠奈は黙って話しを聞いていた。  
「就職してからしばらくして、あの女が弟と事故にあって死んだって聞いた。清々した。同じころ親父にガンが見つかって、あいつはすっかり憔悴しちまって、なんとか今俺を呼び戻そうとしてるって訳だ」  
「・・・大変だったんだね・・・」  
「別に・・・大したことない。だけど、もうあの家には関わりあいになりたくない」  
「・・・それで、いいの?」  
「は?」  
瑠奈は彼の眼をジッと見つめる。茶色の瞳に吸い込まれそうで、彼は慌てて視線をそらした。  
「確かに辛くて嫌な思い出かもしれないけど、一回ぐらいはお父さんに会った方がいい。私はそう思う。今のあなたならきっと、きちんとお父さんと話しもできるはずよ」  
「・・・アンタ俺の話し聞いてなかったのかよ?」  
「聞いてた。だからこそそう思う。きっとあなたのお母さんが生きていたら同じことをいったと思う」  
「・・・別にあんな奴どうでもいいよ」  
航平はそういうとソファにゴロリと横になった。心なしか、気が楽になったような気がした。今まで背負っていた重たい荷物をはずしたような、そんな気分だった。彼女は彼をしばらくジッと見ていたが、ふと彼の足元に投げ出されたコンビニ袋に眼をやった。  
「・・・あ、今日はサラダも買って来たんですね」  
「アンタがうるさいからな。一応な」  
「・・・本当は素直なところもあるんですね、あなたって」  
「俺はりっぱな社会人なんで子供みたいな言い方は辞めてください」  
「私よりも2歳も年下のくせに」  
そういうと瑠奈はクスクス笑った。  
「え?なんで?」  
「今日、寝室の本棚で高校の卒業アルバムの表紙、みたから。平成14年卒業って書いてた」  
「アンタ、28歳なのか?」  
「そ、これからもずーっとね」  
「28歳にしては落ち着きがない女だな。どうせなら女子高生の幽霊とかならよかったのに。よりにもよっておばさんかよ」  
「失礼ね!誰がおばさんよ!」  
「四捨五入すると30歳じゃないですか。それとちょっと静かにしてください。これから飯、食いますんで」  
「あ、ごめんなさい・・・」  
瑠奈は床から少し浮いて正座する。  
「・・・でも、私、少し嬉しかったです」  
「・・・は?」  
「あなたがなんとなく気が楽になったみたいだったから」  
 
見透かされて少しドキリとしたが、彼はそっぽを向いて言った。  
「別に楽になってません。とりあえず成仏してください」  
その時、床に放り投げた携帯から再びメロディーが鳴った。一瞬、父親かと思ったが、ディスプレイには(飯沼)と表示してある。  
「・・・よう、お疲れさん」  
「おお、すまん。こんな夜中に。実はさ、さっきDK社のSEから電話あって、明日の朝一の会議中止になったらしいわ。だから、明日はいつも通り出社してくれ」  
「ああ、分かった」  
「それとさ、こないだの合コンの話しなんだけど、やっぱ無理か?男の数が足んなくて」  
「悪いけど、やっぱ辞めとくわ」  
「そうか、じゃあまた都合のいいときにメールくれや」  
「おう、分かった」  
「じゃあな、お疲れさん」  
「ああ・・・」  
そういうと電話は切れた。傍で瑠奈がニヤニヤ笑っている。  
「・・・何?」  
「聞きましたよ、合コン、行って来ればいいじゃないですか?彼女とかいないんでしょ?」  
「アンタには関係ないです」  
「でも、優しい人なんですね、電話の人」  
「はあ?」  
「あなたの話し方、ぶっきらぼうだし、聞いてるとすごく腹が立つことがあるんですけど、電話の人はあなたを誘ってたでしょう?あなたの性格からすると会社でも浮いてそうだし」  
「アンタ、失礼だな」  
「気を使ってくれてるんでしょうね。ありがたい友達じゃないですか。大切にしないと駄目ですよ」  
「はいはい、そーですか」  
「そうですよ」  
そういうと彼女はにっこり笑った。  
 
 
翌朝、出社して紙コップになみなみコーヒーを淹れていると、飯沼がやってきた。  
「おはよう。昨日すまなかったな」  
「いや、こっちこそ」  
「何か取り込み中だったのか?誰かいるような気がしたけど」  
瑠奈の気配が分かったんだろうか?ふとそんな気がしたが、すぐにあり得ないと思った。  
「誰もいねーよ、悲しき一人身だし」  
「そうか。あ、DK社の会議日程な、来週の月曜に変更だそうだ。麻生さんからメールと電話来てたわ」  
「分かった」  
そういってコーヒーを持って自分の席に着こうとした航平だが、ふと、昨日の瑠奈の言葉を思い出した。  
「あのさ、飯沼」  
「あん?」  
「いつもありがとな。大学の時からお前にはいろいろ世話になって」  
飯沼はしばらく穴があいたように彼をマジマジと見つめた。  
「・・・友永、お前、何か変だわ」  
「あ?」  
「やっぱ、彼女とかできたんだろ?そうとしか思えない。急にそんなこと言い出すなんてよ」  
「いや、いつもありがたいと思ってたし・・・」  
飯沼はじろっと疑り深い目で航平を見つめた後  
「今日は昼飯付き合え。そこでゲロ吐かせてやる」  
とにんまりと笑った。  
 
会社近くの旨いと評判の定食屋で二人は昼食を取っていた。航平は本当は行くつもりではなかったのだが、無理やり飯沼に連れ出されたのだ。  
「さあ、吐いてもらおうか、友永。ほんとは女、いるんだろ?」  
「だからいないつーの」  
「ほんとにいないのかよ?おかしいぞお前。最近、イライラしたり、急にありがとうなんていいだしたり、熱があるとしか思えん」  
そういうと飯沼は腕を組んで、航平を見た。  
「私生活でなんかあったんだろ?そういや、お前、激安物件に引っ越したとか言ってなかったか?」  
「ああ、今のマンションな。自殺した女が住んでた」  
飯沼にいっても信用されないかもしれないが、思い切っていってみようかとふと頭に考えがよぎる。  
「・・・まさか、お前、幽霊に取り疲れてるんじゃ・・・?」  
飯沼が笑いを含んだ声で彼に投げかけた。  
「だからそういうとこは辞めとけっていったのに・・・まあ、冗談だがな」  
「・・・あのさ、飯沼」  
「あん?」  
「お前、幽霊、信じる?」  
「げ?まさか、本当に出たのかよ?」  
「ああ・・・」  
 
飯沼は机に身体を乗り出した。好奇心と恐怖が入り混じった顔で、彼をジッと見つめる。  
「どんな?血まみれの長い髪の女か?それとも頭がない男とかか?」  
「女だよ。初対面でいきなり俺にビビって悲鳴上げた」  
「はあ!?幽霊がか?」  
飯沼は拍子抜けした顔で航平をみる。  
「正式にはまだ死んでないから(生霊)らしい。俺が勝手に自分の部屋に住んでるってえらいムカついてた。  
その後成仏するまでの6日間、今日で後2日間だけ家に居させてくれって」  
「それで・・・」  
飯沼はごくりと唾を飲み込んだ。  
「お前が寝てる間に首締められたり、呪い殺すぞとか言われたりしたわけ?」  
「俺が寝てるときはなんかそこらをふわふわ飛んでるみたいだぞ。  
時々うちのベランダに野良猫がくるんだけど、その猫にちょっかい出してるみたいだ。  
何か、彼女の方は猫が好きなのに猫の方が嫌がって逃げるらしいってえらいめげてたな。  
ああ、後、野菜不足だ、サラダとか食えとかうるさく言うな。栄養バランスが悪いって。  
元栄養士らしいわ。一回、フリチンで部屋で鉢合わせした時はえらい顔真っ赤っかにしてぎゃーぎゃー叫んでたぞ」  
「・・・それ、本当に幽霊なのか?」  
飯沼は呆れたように言う。  
「ああ、うん。まあ、一応わな。本人ももうすぐ(霊体)になるって言ってたし。  
後、お前のことも褒めてたぞ。いい友達持ったから感謝しろって」  
「・・・人間臭い幽霊だな、て、いうかお前、それ作り話だろ?」  
「違うっての。ほんとの話し」  
「ああ・・はいはい、猫好きの元栄養士の彼女ができたってことね。一回紹介しろよ」  
「だーかーらー」  
「お前の話が本当なら、世の中の幽霊がみんな怖い話じゃなくて面白い話になっちまう」  
飯沼は半信半疑な眼で笑いながら箸を進めた。  
 
その日はコンビニ弁当が売り切れだったので、帰りにはカップラーメンを買った。  
だが、また瑠奈に怒られそうな気がしたのでサラダも一緒に買った。  
(それにしても・・・)  
航平は片手にもったビニール袋をちらっとみる。今日の昼、飯沼が定食屋の帰りに  
「彼女さんにプレゼントしてくれ」そういって定食屋の隣にある花屋で買ってきた小さな鉢植えを渡されたからだ。  
正直、彼女はいない、さっきの話は本当だと言っても、はいはいで返されてしまった。  
あげくの果てに「友永って意外と面白い奴だったんだな。なんか天然入ってる感じ」  
などと半分馬鹿にされてしまった。瑠奈は相変わらず玄関で浮いて彼の帰りを待っていたが、鉢植えを見ると大喜びした。  
「可愛い!やっぱり優しい人なのね。飯沼さんって人」  
触ろうとしても触れないので、瑠奈にも見えやすいようにテーブルの上に置いてやる。  
彼女は楽しげに床から少し浮いて膝を崩して座り、ご機嫌で鉢植えを眺めている。その様子を見ていると、なんだか航平も少し嬉しくなった。  
「ねえ、ずっと思ってたんですけど」  
「何?」  
「そこに藤のチェストとかおいたらどうかしら?」  
瑠奈はそういうとテレビの横の空きスペースを指差した。  
「私の部屋、そこに藤のチェストがあったんです。この部屋殺風景だし。観葉植物なんかもおいたら可愛いのに」  
「結構です。男の一人暮らしの部屋にそんなもんあったら気持ち悪いし」  
「素敵だと思うけど」  
「それはアンタの考えでしょう」  
航平はそういうと立ち上がって湯を沸かそうと台所へ向かった。  
瑠奈が後ろからついてくる。  
 
「ちょっと、駄目ですよ!カップラーメンなんて。お弁当もバランス悪いのに」  
「相変わらずうるさいな」  
「一応、ここに居る間はうるさくいいます。明日土曜ですよね?」  
「え?ああ、うん」  
「だったら買いだしに行きましょう!この近くに24時間スーパーがあるんです。  
今日は自炊しましょう。私が料理教えてあげます」  
彼女は胸を張って言った。  
「断る。疲れてるし、料理なんてめんどくさい」  
「駄目です!もし、あなたが結婚して、奥さんが妊娠でもしたら家事くらい手伝わないと三行半突き付けられますよ!  
今時は男子だって料理くらい作れるようにならなくちゃ!」  
そういうと瑠奈は航平の腕を取ろうとする。だが、相変わらずするりと抜ける。それでも彼女は何回もするり、するりを繰り返す。  
(しょうがないな・・・)  
航平は苦笑した。  
「今日だけですよ」  
彼女の顔がパアッと明るくなった。  
 
「懐かしいなあ、ここでよく買い物してたんですよ」  
彼女は心なしかうきうきしたような足取りで、スーパーの中をふわふわ浮いている。  
ここは24時間営業の激安スーパーで車で5分ほどのところにあるのだが、航平はここに来たことは一度もなく、今日が初めてだった。  
店内は広く、夜も11時を過ぎているのにもかかわらず、子供を連れた主婦がちらほら目立ち、籠に山盛り食材を買っている。  
サラリーマン風の男や、若いカップルなども居て、店内は結構にぎわっている。  
「コンビニと比べて安いでしょう?」  
「まあ、スーパーだから・・・」  
「ほら!これ、豚こま切れが100グラム100円ですよ!300買ったらカレーや肉じゃがにも使えるし」  
「何がそんなに楽しいんですか?ちっとも面白くない」  
「意外と料理は楽しいですよ。洗いものとか後かたずけは大変だけど、初めて作ってそれこそすごく美味しかったら、もう」  
「アンタ、食い意地張ってそうだもんな」  
「失礼ね!一般論を言ってるんです。私だって結婚して、毎日家族に美味しいご飯作ってあげたいじゃないですか!」  
「・・・それ、もう無理な話なんでしょう?」  
「う・・・それは・・・そうですけど・・・」  
瑠奈は言葉に詰まってこぶしを握っている。二人の間を年配の老婦人がジロジロと珍しいものでもみるようにすれ違った。  
 
「何か、俺、変なこと言ったかな?」  
その目線が気になって航平はキョロキョロする。  
「・・・そりゃそーですよ。私の姿、あなた以外には見えないんですから。傍からみたら独り言言ってるあやしい男ですよ」  
「そりゃどーも。さっさと買い物してここをでよう」  
「じゃあ、せっかくですから豚コマ買いましょう。後、玉ねぎとキャベツと・・・」  
彼女は買うべきものを次々口にしていき、そのたび、彼は売り場を回って食材を揃えていく。  
「これで何を作るんですか?」  
「まあ、作ってからのお楽しみです」  
「・・・とんでもないものができるんじゃないだろうな」  
「失礼ね!これでもずっと自炊してたんですよ!彼だっていつも美味しいって・・・」  
言いかけて瑠奈ははっと口をつぐんだ。航平は瑠奈を見た。  
「・・・彼氏、居たんだ?」  
「あ・・・まあ、昔の話です・・・」  
そういうと瑠奈は黙った。航平は彼女を見ながらわずかに心の中でざわつく気持ちになった。自分でもなんでかも分からなかったが、それでもむかつきにもにた気持ちが少し起こった。  
「・・・とにかく、今はいいじゃないですか。別れたんだし・・・」  
「・・・そう・・・」  
二人はしばらく黙って買いものを続けた。  
 
瑠奈の指導のもと、彼はぎこちないながらもほとんど使ったことのないフライパンや包丁を駆使し、夜も12時を回った頃、やっと遅めの夕食にありつけた。  
初めて作ったそれは豚の生姜焼きとキャベツのコールスローサラダ、豆腐の味噌汁だったが  
なかなかうまくできていた。  
「・・・俺にしては結構旨いな。味付けもなかなか旨いし」  
「先生がいいからですよ」  
胸を張って瑠奈は言った。  
「まあ、そういうことにしておきましょう」  
食べ終わると食器を洗い、簡単にシャワーを浴びて、買っておいたビールを航平は開けた。  
「・・・そういえばアンタは彼氏に会いにいかないのか?」  
「え?」  
瑠奈は顔をあげて彼を見つめる。  
「一番会いたいんじゃないの?好きだった相手だろ?」  
言いながらも航平は胸がムカムカした。話している自分を殴りたくなるような気分だった。  
「・・・いいんだ。彼は。終わったことだから。彼はもう、私のことなんて忘れてる」  
「そうなのか・・・」  
「うん・・・だからいいんだ。ここに居るだけで私、幸せだから」  
瑠奈は笑顔を航平に向けた。彼の心臓がトクンと胸打った。  
 
その夜はベッドに横になってもなかなか寝付けなかった。水でも飲もうと起き上がり、台所に行くと瑠奈が居間の窓の傍でぼんやり立っていた。窓からうっすらと差し込む月の明かりが彼女を照らし、瑠奈の茶色の髪の毛が光で輝いていた。  
端正な横顔はどことなくおぼろげではかなそうに見えた。彼はしばらく彼女を見つめた。生きているときはきっと綺麗な人だったんだろうなと思った。昔の瑠奈に会ってみたかった。  
もし、肉体がある彼女とならどんなことを話し、彼女はどんな風に笑うんだろうか、仕事のこと、今までどんな風に暮らしてきたか、何が好きなのか、そして彼氏はどんな奴だったのか。瑠奈がこちらに気がついて顔を向けた。  
「・・・眠れないの?」  
「・・・ああ・・・」  
彼はペットボトルの水を持つと彼女の傍のソファに腰を下ろした。キャップを外し一口飲む。  
「・・・なあ、アンタさ?」  
「うん?」  
「この部屋で長いこと住んでたの?」  
「うん。大学は寮に入ってたけどね。卒業してすぐここに来た。だから6年ぐらいかな?亡くなった両親の家は賃貸だったから今はもうないんだ」  
「・・・そっか・・・」  
彼は水をもう一口飲んだ。いつの間にか瑠奈がソファの航平の横に少し間をおいて座る形で少し浮いている。  
「・・・明日さ、どっか行こうか?アンタの行きたいところ」  
彼女は彼の方に顔を向けた。驚いて、そして嬉しそうな顔をした。  
「本当?」  
「・・・ああ。どこ行きたい?アンタどうせ昼間は家にこもりきりなんだろ?俺のいろんな(秘密)もしってそうだしな」  
「・・・だって知らない霊体に話しかけられたら怖いじゃないですか。もし誘拐でもされたら」  
「いい歳のおばさんを誘拐しないつーの」  
「おばさんじゃないです!今は28歳でも十分若いんです!」  
「・・・ああ、はいはい」  
「ご心配なく。もし知らない霊体にあなたのことを聞かれてもエッチなDVDを5枚くらいクローゼットに隠し持ってることや、夜中にこっそりテレビのエッチなチャンネル見てるのも黙っておきます。  
こないだトイレに行ってしばらく帰ってこなくて、しばらくしてトイレからエッチな本を持って帰って来て、すっきりした顔だったのも黙っておきます」  
「・・・どこまで知ってるんだよ!?アンタの前で抜いてるわけじゃないから別にいいだろ。これでも遠慮してるんだから」  
「私の前で変なことしたらそこらへんの霊体に言いふらしますよ。て、いうかそれこそ(変態)ってののしってやります」  
「・・・なんか(おかん)と同居してるみたいだなあ。とりあえずどこがいいか考えといてよ」  
「ふふふっ。明日は行きたいところいっぱいあるんです。たーっぷり付き合ってもらいますからね」  
そういうと彼女は嬉しそうに少し笑った。  
 
朝11時ごろ二人は車に乗って家を出た。助手席で瑠奈は(もっと可愛い服で出かけたかったなあ)とずっと自分の服についてぼやいていた。彼女は重体になったときの服のままなのだ。最初に二人がむかった先は意外にも近所にある墓地だった。  
瑠奈に頼まれて航平はお供えの花と線香セットを買った。彼女の後についていくとそこには彼女の亡くなった義理の両親の墓があった。二人の名前と没年月日が書いてある。汲んできた水でお墓を清め、花を供え、線香を立てて、両手を合わせる。  
いつの間にか瑠奈も同じように航平にならんで手を合わせていた。  
「・・・ありがとう。お父さんとお母さんも喜んでる。最後にどうしてもここに来たかったんだ。本当なら(お父さん、お母さん、この人が私の旦那さんよ)っていうんだろうけどね」  
「・・・縁起でもないこというなよな」  
「あら、本当は嬉しいんじゃないの?」  
「誰が。第一幽霊の嫁さんなんて聞いたこともない」  
「私はまだ(霊体)です!」  
「ああ・・・はいはい。次、どこ行こうか?」  
次に二人が向かったのは渋谷。車を臨時駐車場に預けて街を歩く。土曜日の街は様々な人が楽しげに行ききしている。  
彼も休日を誰かとすごすのは久しぶりだった。いろんな店を見て回った。雑貨屋や服屋では瑠奈は嬉しそうにふわふわあっちへいったりこっちへいったり、楽しげに飛び回っている。  
正直、女性の店では航平は入りづらかったが、彼女が楽しそうにしているのを見ると、なんだか恥ずかしいのもバカバカしくなった。  
結構、カップルも来ているのではたから見れば航平の姿は(服を選んでいる彼女を待っている彼氏)としか見えなかっただろう。  
中でも彼女はある店のワンピースに釘付けになっていた。可愛いギンガムチェックで瑠奈が着ればなかなか似合いそうな柄であった。  
「・・・欲しいなあ。今頃夏のボーナスが出てたら買ってたのにな。悔しいなあ」  
「買っても着れないじゃないですか」  
「だから悔しいんです!あーあー、こういうの欲しかったのになあ。」  
彼女はちょっと悲しそうにため息を吐いた。店をでて二人は近くの喫茶店で昼食を取った。彼女は食べることができないので彼が食べているのを正面で眺めているような感じなのだが  
「・・・何かそんなにみられると食べづらいなあ・・・」  
彼女はジーッと頬杖をついて航平を見ている。  
「だってうらやましいんですもの。お腹は空かないけど、食べたいなあ、美味しそうだなって思いますよ」  
「へへへー!うらやましいだろ」  
そういうと航平はわざと美味しそうにハンバーグをパクつく。  
「あああ!もう腹が立つ!呪ってやるんだから!取りついて耳元で(うらめしやあ)って言ってやる!」  
そういうと手をダランと下におろして横目で航平を睨む。  
「何かアンタが言っても怖いって思わないんだよな。何の冗談?って思っちまう」  
「ああああ!ムカつく!」  
そういうと瑠奈は頬を膨らませた。彼は思わず苦笑した。昼食後はほかにもいろいろ店を見て回ったり、花屋に行ったりした。航平は瑠奈が可愛いと言っていた観葉植物を数個買った。  
彼女は喜んでさっそく部屋に飾ろう!とウキウキしながら言った。  
「こんなのすぐに枯らしちゃいそうだけどな」  
「大丈夫ですよ。水やりさえちゃんとして日向においとけば長持ちしますよ。でも、あなたが観葉植物買うなんて意外だったなあ。あ、ひょっとして私の為?」  
そういうと瑠奈はニヤニヤしながら航平をのぞきこんだ。  
「違うっての。ただ、こういうのが欲しかっただけです」  
「ふーん。そう?へえー?」  
「・・・あのねえ、うぬぼれすぎですよ。俺だって選ぶ権利があります」  
「どーいう意味ですか?」  
あっと言う間に時間が立った。航平がトイレに行くといい、しばらく離れた後、二人はファッションビルの屋上にある観覧車に向かった。瑠奈が乗りたいと言ったのだ。  
「・・・幽霊でも高いところが好きなんだな」  
「何か気持ちいいじゃないですか、高いとこって。あ、あの降りてきたカップル、透けてるわ、死んで間もないのかな?」  
「・・・さりげなく怖いこと言わないで下さい。でも、男が一人で観覧車乗るって何か虚しいな」  
「・・・今度は彼女と来ることができればいいですね」  
そういうと彼女は寂しそうに笑った。観覧車はゆっくりゆっくりと上に登っていく。瑠奈は楽しそうに窓から外の景色を見ている。  
 
「・・・こうやってみると東京の街が小さく見えるわね」  
「ああ・・・」  
航平も窓の景色を眺める。明かりがつきだした街はまるで宝石のように綺麗だった。  
(こんな風に東京を見下ろすことなんてなかった)  
時間がゆっくりゆっくり流れていくような気がした。彼はとても穏やかな気持ちになれた。  
彼女は正面の席に座って(浮いて)ぼんやりと窓の外を眺めている。その姿は昨夜にもましておぼろげに見えた。  
「・・・カップルなら頂上でキスとかやるんでしょうね」  
彼女はクスクス笑いながら航平に窓の外を見るように指差した。丁度入れ替わりに降りてきたカップルらしき男女が熱烈なキスをしている。  
「見られてるのわかんねーのかな?」  
「多分、二人きりの世界なんですよ」  
二人は顔を見合すと小さく笑った。  
「ねえ・・・」  
不意に瑠奈がからかい半分の様子で口を開いた。  
「もし、私が生身の身体ならキスしてました?」  
その言葉に航平の心臓がドキドキと高鳴った。顔が赤くなる。瑠奈は本当に冗談で言ったようだが、なんだか彼にはそれが冗談に聞こえなかった。  
「・・・だから俺には選ぶ権利がありますので」  
「あっ?そーですか。年増で悪かったですね」  
彼女はプイと横を向いた。  
 
二人は10時過ぎごろにマンションに帰りついた。  
「ああー!楽しかった!今日はありがとう」  
瑠奈はソファで横になっている航平ににこやかに言った。彼は一日出歩いていて疲れたが、気持ちのいい疲れだった。なんだか充実した一日だった。  
「そっか。よかった。喜んでもらえて」  
彼はそういうとソファから起き上がった。買ってきた荷物の中から一つの紙袋を出す。瑠奈にぶっきらぼうに渡そうとした。  
「これ・・・」  
「え?」  
「プレゼント、ってもアンタは開けられないか」  
彼はそういうと彼女の代わりに紙袋を開ける。中から彼女がずっと見ていたあのワンピースが出てきた。  
「買う時ちょっと恥ずかしかったけど・・・サイズは分かんなかったけどMにした・・・」  
「・・・・」  
彼女は唖然とし、そして顔をあげて彼を見た。  
「ありがとう・・・すごく嬉しい。けど、私着ることができないのに何で?」  
「すごく気に入ってるみたいであそこでずっと張り付いてたからさ。見るだけでもいいかなって」  
「・・・ありがとう」  
彼女は本当に嬉しそうにしみじみとワンピースを眺めた。ソファに腰かけた航平の横に間を開けて座るような形でふわりと浮き上がる。  
「本当にありがとう。私、あなたに会えてよかった。死ぬ前にこんな嬉しいことはないわ」  
彼女はワンピースを眺めながら、感情のこもった声で言った。  
「・・・あなたは本当に優しくて、素敵な人。本当に会えてよかった。私、ここにきてよかった」  
その言葉に航平の中で何かが溶けた。  
 
「・・・瑠奈」  
不意に名前で呼ばれて彼女はビクリと身体を震わせた。彼が彼女を名前で呼んだのは初めてだった。  
驚いて彼の方を振り返る。彼もジッと彼女を見つめる。まっすぐに彼女を見つめ、思った言葉を口にする。  
「・・・俺は、アンタが好きだ」  
彼女は驚いた顔を一瞬浮かべ、戸惑い、顔を赤らめた。  
「俺は瑠奈が好きだ。ここに居て欲しい。これからもずっと」  
彼はまっすぐに彼女に自分の思いを告げる。  
「・・・私は普通の身体じゃない。それに明日には死んで消えてしまう」  
彼女は震える瞳で視線を下に落とす。  
「・・・私・・・」  
「・・・・・」  
「私も・・・・あなたが・・・・航平くんのことが・・・・好き・・・」  
瑠奈も顔を上げ、彼をまっすぐに見つめた。彼の心臓がドクドクと大きく音を立てて響いた。  
「・・・本当はすごく嬉しい。これが本当の身体だったらどんなに良かったか・・・もっと前にあなたに出会いたかった・・・」  
瑠奈の瞳から涙が零れおちた。涙は出ていないが、その両目からは本当に水滴がポロポロと落ちているように彼には見えた。  
彼は手を伸ばし、そっと彼女の顔に触れた。  
触れることはできない。透き通っているが、それでも彼には彼女の温度を感じられるような気がした。  
両手でそっと彼女の顔を包み込み、顔を近づける。瑠奈はそっと眼を閉じた。  
唇と唇が触れ合うように二人は顔をあわせた。皮膚が触れる感覚はなかったが、それでも二人はお互いの温度を感じていた。  
心臓の鼓動が響き、お互いに顔が赤く染まる。瑠奈の瞳は少し潤んでいた。  
「・・・今日はずっと瑠奈の傍に居る」  
そういうと彼は手を彼女の手に重ねた。  
「・・・駄目。ちゃんと寝ないと・・・」  
「眼が覚めたら瑠奈が居なくなってそうで怖いんだ」  
航平はそういうと再び彼女を両手で抱き締める。彼女はされるがまま彼に身をゆだねているような様子を見せた。  
「・・・どこにも行かないでくれ、瑠奈」  
「・・・駄目だよ・・・もう」  
「・・・諦めないでくれ、頼む」  
そういうと彼はもっと彼女をギュッと抱きしめた。  
「・・・俺と一緒に生きてくれ・・・」  
どれぐらいそうしていただろうか。夜が更け、次第に朝日が二人を照らしていた。  
瑠奈の姿は昨日よりもぼんやりとしていて、それは彼女の命が燃え尽きようとしているようにも見えた。  
彼女はずっと眼を閉じて航平の温度を感じていた。触れることはできない。けれど、彼女はずっとそうしていたかった。  
彼の温度、匂い、全てを感じられる気がしていた。  
「・・・・あのね、私・・・」  
瑠奈が口を開いた。  
「・・・うん?」  
「私ね・・・」  
彼女は口を開いた。  
「私・・・愛していた人に・・・殺されかけたの・・・・」  
 
彼女は航平の胸に顔をうずめるようにすると、そっと話しだした。  
「・・・私、両親が亡くなってから奨学金を借りて大学に進学したの。バイトしながら大学に通って、亡くなった母が料理が好きだったから、私もそういうことを勉強したいって思って。  
それで大学の管理栄養士科に入学した。バイトと勉強の両立は大変だった。ある時、バイト先に医大生の男の子が入ってきたの。その人は私よりも4つも年上だったけど、留年して勉強して医大に合格したの。  
彼も働きながら勉強してた。  
そして私は彼から(付き合って欲しい)って告白された。  
その頃になると私も彼にひかれ始めていたから嬉しかった。お互いの部屋で勉強しながら一緒に過ごした。苦労しながら二人ともなんとか無事に卒業できて、就職もすぐに決まった。  
だけど、彼は少しずつ変わってきた。医者というだけでいろんな女性が寄ってきた。  
就職して一年もたたないうちに彼は(遊び)を覚えて、いろんな女性と関係を持つようになった。私は怒って泣いて、何度別れようっていったか分からない。  
けど、そのたびにはぐらかされたりして辛かった。でも、結局、彼は最後には私のマンションに帰って来てくれた。  
私はそれでも彼が好きだった。  
いつかは彼と一緒になりたい、そう思ってた。彼は優しかった。優柔不断なところもあったけど、そういうところも含めて大好きだった。だからこそ彼を信じたかった。  
付き合いだして6年たって、彼からの(結婚)の言葉をずっと待っていたのだけれど、風の噂で彼がある病院の理事長の娘さんと結婚を決めたって聞いたの。私は彼に問いただした。でも、彼はまたはぐらかした」  
彼女はそういうとフッと息を吐いた。  
 
「・・・その時思ったの・・・もう彼は昔の彼じゃないんだ・・・別れようって。丁度その夜のことだった。  
マンションに一人の若い女の子が訪ねてきたの。彼女は妊娠してて、かなりお腹が大きかった。彼女は私に(自分は彼のもう一人の恋人だ。  
彼は二股をずっとしてた。この子は彼の子だ)そういったのよ。  
そして彼女は言ったの(彼がある病院の理事長の娘と婚約したと聞いた。お腹の中の子は絶対に認知してもらう。  
認知してもらえなかったら慰謝料を請求してやる。だから手を組まないか?)って。私は断った。彼女にも第三者を交えて彼と話をしたほうがいい、そう言った。  
でも、彼女の怒りは治まらなくて(絶対に許さない!あの男を破滅させてやる!)  
そう息まいていたの。その日はそれで終わったんだけど、次の日に彼から電話が掛ってきた。仕事帰りに会わないか?って。多分、別れ話かなってそう思った。  
夜、彼が車で迎えに来てくれた。そのまま彼の運転で初めてデートした海に行った。(すごく懐かしいよね、ここ。覚えてる?)彼はそういって笑った。  
そして彼は近くのコンビニで缶コーヒーを買ってきてくれた。二人で初めてデートした時みたいにいろんな話をした。  
コーヒーは何か変わった味がした。多分・・・何か薬が入ってたんでしょうね。  
しばらくすると私は意識を失った。次に気がついたら私は病院の集中治療室で上から下の自分の身体を見下ろしてた。  
自分でも何が起きたか分からなかった。  
戸惑ってる私の傍に一人のおじいさんが来たの。  
そして私にこう言った。(自分は死神の使いだ。アンタは薬を飲まされて、夜の海に重しを付けられて沈められた。偶然、重しが切れて漁師に発見された。でも、もう虫の息になっている)と。  
そして(あの夜、私を訪ねてきた女の子も彼に殺された)と。  
私、何がなんだか分からなくて、彼が私を殺そうとしたって聞いてあまりにもショックで胸が苦しかった。その人は言った。(お前はこれから死ぬ運命にある。でも、今は息をしている。  
6日間だけ時間をやる。その間に思い残しのないようにしておけ、その間にもし生きたいと思うのであればもう一度聞きいれる。  
ただ、その時はほぼ寝たきりで一生ベッドでの生活になる可能性がある)そう言った。  
とっさに、私は(もう生きたくない、死んでもいいです)そう答えた。  
その人は(ならばお前の望み通りにしてやろう)そう言って消えて行った。  
その瞬間、目の前がパアッとあかるくなって私はこのマンションの前に立ってた。正確には浮いてた・・・かな?  
そして、あの夜あなたと出会ったの。だから、その人がいうように、もし、生きていたいと願ったとしても一生寝たきりになるかもしれない。  
そんな状態であなたの傍には居たくない」  
航平は瑠奈をしっかりと抱きしめる。好きだった相手に殺されかけた瑠奈が可哀そうで仕方なかった。  
 
「・・・それでもいいよ。俺が瑠奈の面倒をみる。ずっと傍に居る。瑠奈が俺の前から居なくなるよりずっとマシだ」  
「・・・でも意識が無くなって、あなたのことも忘れるかもしれないのよ?普通に話すこともできなくなるかもしれない。日常のことが全部、自分ではできなくなるかもしれない。そんなの私は嫌。航平くんを私の為に縛りつけたくない・・・」  
瑠奈はかすかに震えていた。  
「・・・なあ、瑠奈・・・俺は今までずっと虚勢を張って生きてきた。ずっと自分一人だと思って生きてきた。でも、アンタと会って、俺は実はいろんな人間に助けられてきたってそう思ったんだ。だから居てくれるだけで、俺は救われるんだ」  
「・・・でも、もう無理よ。私は死をえらんでしまったから」  
「・・・もう一回その人に頼むことはできないのか?どうしても生き返らせてほしいって」  
「・・・おそらく無理だと思う。その人がどこに居るのかさえ、私は分からないから・・・ただ、6日後、迎えに来るとだけ言っていた・・・」  
「・・・どこなんだ?瑠奈のいる病院は?」  
「・・・それは・・・」  
彼女が言いかけた時、不意に部屋の中がパアッと明るくなった。そして、彼女の周りを光の渦が取り囲んだ。彼女が顔を上げる。  
「・・・駄目みたい・・・私・・・もう行かなくちゃ・・・」  
「・・・瑠奈!?」  
「・・・約束の時間がきたみたい・・・ごめんなさい・・・航平くん」  
瑠奈は悲しげな顔を浮かべ、立ちあがった。彼女の足元を光が包み込み、瑠奈の姿が光でかき消されていく。  
「・・・本当にありがとう・・・お願い・・・お父さんと話をしてあげてね・・・」  
「行くな!瑠奈!」  
彼は手を伸ばして彼女を掴もうとするが、彼女の姿はだんだん消えていく。  
「行くな!瑠奈!俺と生きてくれ!頼む!」  
彼は声を限りにして叫ぶ。ほとんど見えなくなった彼女の顔がわずかにほほ笑んだ。  
「瑠奈!愛してるんだ!もう一度生きてくれ!」  
「・・・私は・・・鄭和病院の集中治療室にいる・・・・私も愛してる・・・・さよなら・・・どうか幸せになって・・・」  
そういうと彼女の姿はかき消され、後には静寂が残った。  
 
すぐに航平はキーケースを掴むと、マンションの5階の階段を一気に駆け下りて、駐車場に向かった。車に乗り込んでエンジンを掛けるとカーナビで地図を検索する。(鄭和病院)はこの付近にあった。  
(瑠奈!死なないでくれ!)  
祈るような気持ちで車を走らせ、病院へと向かう。鄭和病院は大学付属の大きな建物であった。  
車を停め、病院受付へと走って向かう。受付で名前を書き、集中治療室のある2階まで階段で駆け上がる。  
ガランとした広い廊下を走り抜け、つきあたりの治療室の前にはだれもいないが、おそらく部屋の中で瑠奈の身体に何か異常が起こっているのだろうか。  
彼は壁の横に備え付けられているソファに座りこむ。  
(どうか、瑠奈を助けてください・・・・神様・・・どうか・・・)  
眼を閉じて必死に祈る。どうか、彼女を助けてくれ、心はそれだけで一杯だった。  
 
「・・・退院指導はもう受けた?」  
年配の看護師がベッドの傍で荷物の整理をしている彼女に声を掛けた。  
「・・・あ、はい。どうもお世話になりました」  
そういって彼女は深く頭を下げる。  
「しかし、あなたの生命力には驚いたわ。一時は危篤状態だったのに持ち直して、一般病棟に移って、あっと言う間に退院ですものね。大したものね」  
彼女はその言葉に照れたように笑う。  
「生命力が強いんですね。私」  
「そうね、頑張って生きなさいって神様が言ってるのかもね」  
看護師はクスッと笑う。  
「彼氏さんの為にも生きなきゃね。それにしてもいい彼氏さんね。仕事帰りに毎日あなたのところへ来て、意識が戻らないときはずっとベッドの傍であなたの名前を呼んでたのよ」  
彼女は顔を赤くして少しうつむく。  
「ああ・・・そういえばね・・・あなた、心霊とか幽霊とか信じる?」  
看護師はいたずらっぽい眼で彼女を見る。  
「え?」  
「あなたが一時、危なかった時にね、救命処置を取ってるときに、あなたの周りを何か白い靄みたいなものがグルグル包んでたって、そのときの看護師が言ってたの。先生もそれを見たんだって」  
「・・・・」  
「・・・そしたらね、その靄がでてからしばらくして、あなたの呼吸が持ち直して、バイタルが戻ってきたらしいの。もしかしたらあなたの大切な人があなたを守ってくれたのかもしれないわね」  
「・・・そんなことが・・・」  
「・・・ええ・・・あ・・・この話はするなって言われてたけど・・・内緒にしてね」  
「あ・・・はい・・・」  
「・・・そのワンピースすごく似合ってるわ。とっても素敵ね・・・」  
看護師は眼を細めて彼女を見つめる。  
「・・・彼が買ってくれたんです・・・」  
彼女は嬉しそうにワンピースの裾を少し持ち上げる。  
「あら、うらやましいわ。いいわねえ〜、うちなんて旦那はなーんにも買ってくれないし、私の誕生日すら忘れてるのよ。全くやんなっちゃう」  
「・・・あ、でも、その時私は着れなかったんですけど・・・事情があって」  
彼女はいたずらっぽく笑う。  
「え?着れないのに服をくれたの?彼氏が?」  
看護師は少し困惑した様子で考え込む。  
 
「・・・瑠奈、用意できた?」  
そういうと航平は病室に入ってきた。  
「・・・ええ、もうできてる」  
瑠奈はそういうと紙袋を掲げ、にっこり笑った。  
「どうも、瑠奈がお世話になりました。ありがとうございました」  
そう言うと彼は深く看護師に頭を下げる。  
「いえいえ、今井さんの生きる力が強かったんですよ。良かったですね」  
その言葉に航平と瑠奈は顔を合わせて少し苦笑した。  
「後、先生からお話があるからそれを聞いてから帰ってね。もう、ここに来ることになっちゃ駄目よ」  
「あ・・・はい。本当にお世話になりました」  
「あ、でも今度来るときは(産婦人科)のほうの受診かもしれないわね」  
そういうと看護師は肩をすくめて笑った。  
 
「懐かしいなあ・・・帰ってきたんだ、私」  
瑠奈はマンションの505号室の前でしんみりとした。  
「何やってんだよ?開けるぞ」  
「あ・・・ちょ、ちょっと待ってよ。今、ちょっとたそがれてたのにい〜」  
「あほらし・・・外でやらずに中でたそがれろよな」  
そういうと彼はくくっと笑った。  
「・・・ほら・・・早く入って」  
そういうと玄関を開ける。  
彼女は恐る恐る靴を脱いで部屋に入る。  
「お邪魔しまーす・・・なんか緊張するなあ・・・でも、何か不思議」  
「・・・何が?」  
「うん・・・何ていうの?昔、(霊体)でここに来た時は(どうして私の部屋じゃなくなっちゃったの?)って感じだったんだけど、今は航平くんの部屋が懐かしく感じるのよね」  
「そりゃしばらく住んでたからな」  
「・・・そうね・・・それもあるかも・・・あ!」  
居間にはいると彼女は嬌声を上げた。嬉しそうにテレビの横のチェストを指差す。  
「どうしたの?あれ?可愛い!どうしてここに?」  
藤の白いチェストがテレビの横に置いてある。  
「買うとき恥ずかしかったんだぞ、あれ。アンタが喜ぶと思ってさ。服とか入れるのに丁度いいだろ」  
「本当に素敵・・あ!観葉植物もちゃんと育ってる・・・」  
「枯らすと誰かさんがうるさいから・・・でも、水やってるだけでもちゃんと成長するんだな・・・」  
瑠奈は楽しげに観葉植物を眺める。彼はそんな彼女を少し嬉しそうに見つめる。  
「・・・よかったよ・・・」  
「・・・え?」  
「瑠奈が戻って来てくれて・・・」  
そういうと彼はそっと彼女を包み込む。  
「・・・お帰り・・・瑠奈・・・」  
彼女は航平の胸に深く顔を埋めた。  
「・・・ただいま・・・」  
「本当に・・・よかった・・・瑠奈・・・生きてて・・・元気になってくれて・・・」  
「・・・意識が朦朧としてるとき・・・声がしたの・・・帰ってこい・・・・戻ってこいって・・・あなたの声がした・・・その時・・・私・・・生きたいって思った・・・」  
「・・・こうして瑠奈を抱きしめてるなんて、何か夢みたいだ・・・」  
「・・・私もまだ夢を見てるみたい・・・足、地面についてる?」  
彼は顔を上げ、クスクス笑った。  
「着いてるよ。しっかりと」  
「よかった・・・」  
彼女はそういうと再び顔を彼の胸に顔を埋める。  
「・・・生きてるのがすごく嬉しい・・・航平くんの身体にこうして触れてるのがすごく嬉しい。こうしてここにまた戻ってこれたのが嬉しい・・・」  
彼はそっと彼女の顔を覗き込むようにして口づける。柔らかい唇の感触。瑠奈の身体に触れている。  
それがたまらなく嬉しかった。何度も何度も確かめるかのように唇を覆う。  
何度目かの口づけで、彼はそっと彼女の口に舌を侵入させる。彼女は少し驚いた顔をして、彼の舌を受け入れる。お互いに舌と舌を絡ませ今までよりもずっと深く、ピチャピチャと音がするぐらいに。  
「・・・瑠奈・・・どうしょう・・・ごめん・・・俺、我慢出来なくなってきた」  
航平の硬くなったモノが瑠奈の下腹部に当たっている。ジーンズ越しでもそれははっきりと分かるくらいに勃起している。  
「・・・大丈夫だよ・・・・私も・・・したい・・・・」  
「・・・退院したばっかなのに・・・大丈夫なのか?」  
「・・・平気・・・」  
彼女は悪戯っぽく笑うと彼の首筋に抱きついた。  
 
瑠奈は航平の愛撫に必死に耐えている。感じやすいようで服の上からでも彼女の息は荒くなり、フラフラと立ってもいられないほどになっている。  
「あん・・・あ・・・」  
頬を染めて、悩ましげな嬌声を挙げる瑠奈の姿は、航平から理性を奪った。できるだけ、退院まもない彼女を気遣うように優しくワンピースを下に脱がし、露わになった可愛いブラジャーをたくしあげて、ぷりんと音がしそうなくらい、白い乳房をゆっくり揉みしだく。  
「・・・胸・・・結構大きいんだ・・・ラッキーだな・・・」  
「もう・・・バカあ・・・あ!」  
航平は乳房の頂のピンク色の突起にむしゃぶりつく。彼女は声にならない声をあげて、より一層顔を赤らめる。  
「・・・胸だけでこんなんじゃ・・・ここは・・・すごいことになってる・・・」  
そういうと彼は彼女のワンピースの下から、手を入れて下着越しに瑠奈のソコを愛撫した。  
ショーツもグショグショになるくらい、彼女のソコは濡れて淫媚な音を立てている。  
「あ・・・そこ・・・駄目っ!あ・・・駄目駄目・・・・!」  
瑠奈の割れ目にそっと指で刺激を与え、彼女の反応を楽しむ。彼女は二人が抱き合っている航平のベッドのシーツを堅く握って、彼の意地悪な攻撃に必死に耐えている。  
「・・・すごい・・・洪水みたいになってるよ・・・瑠奈・・・ホラ」  
そういうと彼は彼女の膣から音を立てて指を引き抜き、彼女に見せつけるかのようにその指を視線の先に持っていく。それはヌルヌルとして、指から滴り落ちていきそうだった。  
「・・・やあ・・・やめ・・・見せないで・・・」  
彼女は恥ずかしそうに下を向く。その反応が愛しくて、可愛くて航平はもっと意地悪をしたくなる。  
「・・・すごく美味しいよ・・・」  
彼は指をそっと口に含む。瑠奈の顔が益々上気していく。  
「・・・瑠奈の・・・全部舐め取ってあげる・・・」  
そういうと彼女の下半身へと身体を降ろし、濡れたショーツを引き下げて、女性器を露わにする。  
「・・・や・・・やだ・・・やだ・・・見ないで・・・やだ!」  
「瑠奈のクリトリス・・・可愛いよ・・・ほら・・・」  
そういうと彼は指で突起をいじくり、舌で刺激を与える。瑠奈は身体をくねらせ、彼の舌から逃れようとするが、航平はしっかりと彼女の腰を抱きしめ、逃さない。  
「や・・・そんな・・・やめ・・・・そこ・・・汚い・・・・」  
「・・・瑠奈のは汚くなんかないよ・・・こうすると中まで丸見えだ・・・」  
彼は彼女の足をガバッと開き、膣の中を覗き込むように指で広げる。  
「・・・・!!!!やめて!やめて!恥ずかしい・・・!見ないで!」  
「・・・奥からいっぱい水が流れてくるよ・・・美味しい・・・」  
「あ・・・・ああ・・・はあん・・・・っ!」  
航平は彼女の膣に舌を入れ、上目越しに彼女を攻める。彼女の身体は上気して赤くなり、なんともいえない淫らな表情で瑠奈が切なそうに航平を見つめる。  
・・・俺ってサドの気もあるのかな・・・?  
航平はふと我に帰り、思わずそんなことを考えてしまう。瑠奈の反応がいちいち可愛くてつい言葉攻めをしてしまった。  
「・・・すごく可愛いよ・・・」  
思わず呟く。彼女はもう涙目になってこちらを潤んだ瞳で見つめる。  
 
痛いくらい勃起しているのが自分でも分かる。早く彼女の中に入れたい。  
彼は一気に彼女の服をはぎ取り、自分も全部服を脱ぎすてた。生まれたままの姿で二人とも抱き合う。  
瑠奈はもう乱れに乱れ、可愛い喘ぎ声をあげている。彼の理性はもう持たなかった。  
「・・・瑠奈・・・・もう我慢出来ない・・・入れるよ・・・」  
「あ・・・・・・!・・・そのまま・・・?」  
「・・・駄目?」  
彼はそう言うと勃起したモノを濡れぼそっている彼女の膣へとあてがう。クチュ・・・と音を立てるくらい入口に当て、上下に動かす。  
「・・・あ・・・あ・・・!」  
瑠奈はもう堪らないと言ったように、身体をくねらせ、航平の胸に顔を埋める。  
「・・・・駄目じゃ・・・ない・・・けど・・・」  
「・・・妊娠させたい・・・瑠奈・・・」  
彼女は顔をあげて、彼を見つめた。  
「・・・俺の子供・・・産むのは・・・嫌・・・・?」  
「ちが・・・でも・・・あ・・・っ!」  
彼のモノがゆっくりと少しだけ深く彼女の中に沈む。瑠奈も限界に達していた。  
「・・・欲しい・・・頂戴・・・・航平君の・・・」  
「俺の・・・?」  
「・・・あ・・・恥ずかしくて・・・そんな・・・言えない・・・」  
彼女は真っ赤になって俯く。彼の悪戯心が膨らんだ。  
「俺の・・・何・・・?」  
そういうとあてがっていたモノをそっと引き抜く。ちゅぽと水音がした。  
「あ・・・や・・・?ね・・・ね・・・お願い・・・・」  
瑠奈は少しだけ涙を溜めて哀願する。  
「俺の・・・何が欲しいの?言ってみて・・・瑠奈・・・」  
「・・・・頂戴・・・・おちんちん・・・」  
彼女は真っ赤になって彼に抱きつく。彼のわずかな理性は吹き飛んだ。  
できるだけ体重を掛けないように彼女にのしかかり、一気に奥まで肉棒で突き入れる。ヌルヌルの膣はたやすく彼を受け入れた。  
「ああああああっ!!!!」  
瑠奈は身体をのけ反らせ、航平の身体にしがみつく。中はまるで生き物のように航平の肉棒に絡みつき、グチュグチュと卑猥な音を立てる。その音と彼の下半身と瑠奈の下半身のぶつかる音が混ざりあう。  
「・・・ああ・・・瑠奈・・・気持ち・・・いいよ・・・」  
優しくゆっくりと抜き差しを繰り返す。彼女は恍惚とした表情で彼の唇を塞いだ。  
「ああ・・・・」  
だらりと一筋涎が垂れる。瑠奈の顔は上気して半開きの口からは吐息に似た喘ぎ声が漏れる。  
感じているのだ。  
「・・・・いい?気持ちいい・・・?瑠奈・・・?」  
「・・・うん・・・気持ち・・・いいよお・・・あ・・・あっ・・・中に・・・あたっ・・・て・・・・ああ・・・・おっきい・・・あ・・・・」  
彼女の蕩けそうな膣の感触と乱れる姿に耐えきれず、航平はもっと奥へと子宮を激しく突き上げる。  
「・・・あ!あ!・・・・っ!あ・・・!激しく・・・しないでっ・・・・!ひゃ・・・」  
彼の激しいピストンに瑠奈は息も絶え絶えに答える。乳房に舌を這わせ、腰に当てていた片手でそっと彼女の敏感な突起をいじくる。もう瑠奈はあ・・・っあっ!とビクビク涙を流しながら痙攣していて、我慢出来ないように上目で彼に訴えかける。イきたいのだ。  
それに合わせてもっと激しくピストン運動をする。瑠奈の泣くような喘ぎ声が一層高くなる。  
彼ももう限界だった。肉棒からは先走り汁が漏れている。  
「・・・あ・・・いっちゃ・・・いっちゃう!・・・・あ・・・・一緒に・・・・きて・・・あっ・・・・あ」  
「・・・瑠奈・・・・・・一緒に・・・・・う・・・あ・・・も・・・・出そう・・・・!」  
「・・・っ・・・あ・・・中に・・・出して・・・・・・・欲しいの・・・」  
「あ・・・瑠奈・・・瑠奈っ!もう・・・俺・・・イく・・・!」  
航平は彼女の身体を抱きしめ一層激しく腰を打ち付ける。彼女もビクン!ビクン!と身体を震わせる。  
「瑠奈・・・・っ!瑠奈!・・・もう・・・離さない・・・」  
「あ・・・中に・・・あ・・・あっ・・・出て・・・いっぱい・・・あああ!!!!」  
瑠奈は航平の身体にだきついて彼の精子を受け止める。激しく、そして沢山の彼のモノが彼女の膣を満たしていく。  
「・・・んっ・・・・航平く・・・・・・好き・・・・」  
彼女は涙声で彼に囁く。航平もギュッと彼女を抱きしめた。  
「・・・愛してる・・・瑠奈・・・大好きだよ・・・」  
 
瑠奈と暮らし始めて何十回目かの平凡な土曜日の朝。ベッドの中で航平はまどろみつつ、軽くあくびをする。台所からいいにおいが漂っている。おそらく11時は過ぎているだろう。のそりとベッドからでて、居間に向かう。  
「・・・おはよう。航平くん」  
エプロン姿の瑠奈が食卓に朝食兼昼食を並べている。昨日も何回も愛し合っていたので、二人とも眠ったのは明け方に近かった。おそらく、瑠奈も少し前に起きたのだろう。  
彼女の手にしたお盆には、湯気のたった大根とネギの味噌汁、ケチャップの掛ったオムレツ、ツナサラダ。皆、航平の好きなものばかりだ。瑠奈と暮らして、航平は初めて手料理の美味しさを知った。  
彼女の作る料理はみんな美味しかった。  
「・・・顔洗って、ご飯食べよ」  
そういうと瑠奈は笑う。そこにある愛しい人の笑顔。  
「ああ・・・運ぶの手伝うよ・・・」  
・・・今、俺は幸せなんだ・・・  
そう航平は思った。  
「・・・なあ、瑠奈」  
「・・・なあに?」  
「・・・今日、午後から親父に会いに行く。一緒に来てくれないか?」  
彼女は大きな瞳を見開いて、彼を見つめた。  
「・・・ホントに!?よかった・・・お父さん、きっと航平君に会いたがってる」  
瑠奈は笑顔を深くした。彼女の笑顔は航平を優しい気持ちにしてくれる。  
「・・・瑠奈と会って、考えが変わったんだ。きちんと親父にあっておきたい。・・・そして、瑠奈をちゃんと紹介したい。・・・俺の結婚する人だって・・・」  
コホン、軽く咳払いをして航平はあちらを向く。顔が真っ赤になっている。  
「・・・今・・・俺・・・何気に・・・プロポーズしたんだけど・・・分かった?」  
「・・・うん・・・分かった・・・」  
彼女も顔を赤らめて、にっこりと笑った。世界一の笑顔だ。  
改めて彼はそう思った。  
 
 

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