あの頃、夏帆はまだ小学生だった。  
弱虫、べそかき、ネクラ、とにかく色々なあだ名をつけられては同級生から避けられ、苛められていた。  
彰彦もまたそのひとりで、芋虫!と叫びただの糸屑を足元に投げて驚かせたり、黒板を書き写している夏帆のノートにくだらない落書きをしては泣かせた。  
そんな自分の行動が、好きな女の子を苛める少年のそれであったのだと、あの頃の彰彦にはわからなかった。  
恐らく、そう指摘されたら真っ赤になって否定しただろう。  
夏帆は、どんなに苛められても、赤い目を擦りながら懲りずに彰彦の後ろをついてまわった。  
彰彦は、そんな夏帆を鬱陶しがるふりをしながらも、内心は誇らしく、嬉しかった。  
 
中学生になって、二人の間に見えない隔たりが出来た。  
年齢もあって、さすがに彰彦は以前のように子供じみた悪戯をしなくった。  
それなのに、心なしか夏帆は彰彦を避けるようになった。  
目が合えば慌てたように逸らし、廊下ですれ違えば身を縮こまらせる。  
――自分は、夏帆に嫌われている。  
彰彦の直感は、確信になりつつあった。  
 
 
 
廊下の先に彰彦を見つけ、夏帆は思わず身を硬くした。  
彰彦は、隣にいる友人と何かを話していた。その隣を、静かにすれ違う。  
目も合わせない。背中に、彰彦と友人のことさら大きな笑い声が届いた。昨夜のテレビの話題のようだった。  
小学生の頃から、消極的な自分とは正反対に、持ち前の明るさとお調子者の性格で、誰とでも仲良くなれた。  
どこへ行ってもいつの間にかムードメーカー的存在になる彰彦を、夏帆は遠目に眺めていることしかできなかった。  
彼が舞台に立つ主役だとしたら、夏帆は脇役も与えられずに、ひとり取り残された観客だった。  
自分を苛め、からかいながら、それでも毎日一緒に帰ってくれた彰彦。  
怪我をしたら、ドジ、のろま、と言いながらも、渋々手当をしてくれた。  
時折垣間見えるその優しさに、いつのまにか惹かれている自分がいた。  
だからどんなに悪戯をされても、それが彼との接点になるようで嬉しかった。  
 
自分なんかが傍にいるのは迷惑だ、と気付いたのは中学にあがる頃だった。  
彰彦にからかわれなくなった代わりに、周りから陰口を叩かれる。  
幼馴染だからって調子にのるなよ――見知らぬ生徒に耳元でそう囁かれたこともある。主役と観客の差はあまりに大きい。  
だから、夏帆は自分の想いを隠して、彼の元から離れることを心に決めた。  
 
それなのに、二人は奇しくも同じ高校にあがった。  
 
 
「数学」  
「え……」  
「数学の教科書、貸してくれない」  
「あ、」ぼんやりと窓際の席にいた夏帆の机の前に、突然、彰彦が立ちはだかった。  
とりとめもないことを考えていた夏帆の頭の中は、瞬時に真っ白になった。  
どうして彼がここに――隣のクラスなのに――  
そんなことを考える暇もなく、夏帆は動揺を隠すように、机の傍に置かれた通学鞄を必死であさった。  
鞄に突っ込んだ指先が混乱で震え、何度も数学の教科書に触れては離れた。  
「あの、これでいい……?」  
ようやく掴み取った教科書を恐る恐る渡すと、彰彦は受け取った教科書を顔の前に掲げ、目線も合わせず「……どうも」と言った。  
会話はそれきりだった。  
「あの子って喋るんだ」  
「何あのありえない組み合わせ……」  
ひそひそと、時折耳に届く声をかき消すこともできずに、夏帆は呆然として机の上を見ていた。  
違う、と自分に言い聞かせる。  
自分は今、彰彦にとって少し都合の良い存在になった、それだけのことだ。  
 
 
夏帆から、教科書を借りた。  
何年かぶりに間近で見た彼女は、驚くほど綺麗になっていた。  
胸元まで伸ばした真っ黒な髪、長い睫毛の伏せがちな目。うっすらと紅く染まった頬。  
夏服のブラウスから出た腕の白さを見て、彰彦は思わず触れてしまいそうな衝動に駆られた。  
冷たくて、それでいて暖かそうな彼女の腕。  
 
「なあ、夏帆、ってさ」彰彦は、目の前にいる友人に向かって問いかけた。「今、どうしてんの?」  
「はあ?どうしてんのって隣のクラスでしょ……別に普通だよ。  
まああの子、無口だし私くらいしか友達いないし……影みたいな存在だけど、なまじ見た目がいいから目立つんだよね」  
悪びれずにそう言ってのける和美に、彰彦は思わず閉口した。  
彼女はオブラートに包んだ言い方をしない。  
悪意があるととられかねない言葉をさらりと言ってのける彼女を見ていると、はらはらするような清々しいような、妙な気分になる。  
 
「いきなり夏帆のこと聞いてどうしたの?あ、もしかして武郎の影響?」  
「――武郎?」唐突に出てきた友人の名前に、思わず身を乗り出していた。  
「違うの?」  
「何だよ、武郎がどうしたんだよ」  
「夏帆さあ、これまでも何人か男子から告られたことあるけど、全部断ってたんだって。  
それで、今度は武郎がアプローチかけて、まあ最初は案の定振られたんだけど、ほらアイツ諦め悪いでしょ?それでも懲りずに夏帆に迫っててさ、ひょっとしたら落とせるんじゃないかってあたしも・・・・・  
って、もしかして彰彦、このこと知らなかった?やば、あたし言っちゃったよ」  
心臓が、大きく脈打った。  
「・・・・・・ああ、いや、思い出した。そういえばそんなこと言ってたな」  
彰彦はそう言って笑った。武郎。気がつけば頭の中が、その名前を何度も何度も反芻していた。  
 
 
告白を断るのは勇気が要る。  
下手に断って相手を傷つけてしまうのは怖いし、気を持たせるような言い方をするのも失礼だ。  
断るときはいつも胸が痛い。  
相手よりも緊張した声で、私なんかを好きになってくれたのに、本当にごめんなさい。気付いたら何度も謝っている自分がいる。  
落胆した表情で去って行く相手の後ろ姿を見ると、自分がとてつもなく悪いことをしたようで、胸が張り裂けそうになる。  
それでも好きな相手がいる限り、夏帆は違う誰かの告白を受け入れるわけにはいかなかった。  
 
しかし、そうやっていつものように断っても、武郎はなかなか引き下がろうとしなかった。  
「ごめんなさいって、どうして?」  
「え……」  
「他に好きなヤツでもいんの?」  
「あ、あの……」  
「あ、じゃあさ、友達から始めればいいと思わない?ね?」  
「友達、なら」「でしょ!決まり!じゃあ俺たち今日からオトモダチな!」  
武郎はそう言って無理矢理自分の手を握った。  
驚いて手を引っ込めると、ひでえ、と言って武郎は笑った。  
――どうしよう。友達ならいいのだろうか?  
「でも、友達なんて……私なんか、一緒にいても面白くないのに」  
「んー、だって夏帆ちゃん可愛いじゃん?」いかにも軽い調子で投げかけられる賛辞。  
喜ばなければならないのに、素直に受け止められない自分がいた。  
自分を可愛いなどと思ったことはない。髪を染めてスカートの丈を短くしている同級生と比べて、自分は遅れていると常に思っていた。  
――だから、あの人に近付けない。  
夏帆は武郎に向かって、曖昧に微笑んで見せた。しかし、胸の内は複雑だった。  
 
 
彰彦はフェンス越しに、目の前の光景を呆然として眺めた。  
武郎に向かって微笑みかける夏帆。照れたように頭を掻く武郎。並んで歩く二人  
――ああ、そうか。  
和美の言ったことは本当だったんだ。  
 
 
この時間、あらかたの生徒は帰ってしまっている。  
運動場のフェンス付近は、人目につかないので通らないようにと念を押されているが、この道を通らないと大幅な遠回りをすることになるので、彰彦も夏帆も毎日そこを通って帰っていた。  
それでも今まで二人が言葉を交わし合うことはなかった。  
たまたま鉢合わせたとしても、どちらかが気まずそうに何歩か離れるのが普通だった。  
 
その壁を、武郎はいとも簡単に破った。  
ふつふつと、何かが湧きあがってくるのを感じた。  
二人の歩く姿が、何度もループする。  
畜生、と呟くように言った。――ずっと好きだった。何年も想っていた。それをどうして、出会ってたかだか半年の武郎に奪われなければならないのか。  
彰彦の足運動場の端まで言って、武郎と夏帆は別れた。  
夏帆は、学生鞄を抱え直して、学校の敷地を横切って道路に出る道を、ひとりで歩いていた。  
彰彦の足は、半ば無意識のうちに夏帆へ向かっていた。  
ここで踏みとどまっていれば、あるいは彼の人生は全く違うものになっていたのかもしれない。  
しかし、彼が夏帆の前に立ちはだかり、久しぶり、と声をかけたときには、もう何もかもが遅かった。  
 
 
「久しぶり」  
「あっ」夏帆は突然目の前に現れた影に驚き、思わず後ずさった。  
「ひ、久しぶり。元気だった?」  
上ずりそうになる声をなんとか抑えながら、夏帆はつとめて明るい調子で言った。  
「今日の昼会ったろ。……数学、ありがとう」  
彰彦は、表情もなくそう言った。その硬い声色に、夏帆の浮き立っていた心は少しずつ萎んでいった。  
「あ、ううん。……どういたしまして」  
「なあ、夏帆ってさ、武郎と付き合ってんの」唐突な問いかけだった。  
「えっ!?……ち、違うよ。付き合ってって言われたけど、断ったら、じゃあ友達で、って言われたから、友達なら、って……でも、やっぱりダメだよね、そんなの」  
「ふうん。……ちょっと話があるんだけど、屋上来てくれないかな。無理ならいいから」  
「あ、うん、大丈夫……」  
 
夏帆は、素直に彰彦の後ろについて歩いた。  
小さい頃よりも、身長の差はずっと広がっていた。自分の目線が、彰彦の肩の位置にある。  
両手をポケットに入れて、いかり肩で歩く彼の背中は、驚くほどがっしりとして逞しくなっていた。  
昔は、馬鹿にする彰彦のことを泣きながら小突き返したこともあった。  
もう一度あの頃に戻りたい。  
叶わぬ片想いでもいいから、一緒にいて、他愛なく話せる関係になりたい。そう願うのは、おこがましいことだろうか?  
 
 
「あの、話って……」  
彰彦は、屋上の手摺に掴まって、空を仰いでいた。  
羽毛布団のように拡がる羊雲の中を、飛行機の軌跡が真っ直ぐに横切っている。  
空はそろそろ橙色に染まりかけていた。いつまで経っても話を切り出さない彰彦に、夏帆は躊躇いながら声をかけた。  
それでも、彰彦は黙ったままで、手摺に頬杖をついて空を仰いでいる。  
「あの!」「五月蠅い」  
びくりと、彼女の肩が震えたのが分かった。  
――昔からこうだった、と彰彦は思った。低い声を出すと彼女は委縮して、出しかけた勇気を引っ込めてしまう。  
 
自分が、武郎のように彼女の心を手に入れることは、この先永遠にないのだろう。  
彰彦は茫然とした頭でそう考えた。  
あの光景が再び頭の中で渦巻いた。  
このまま、彼女は武郎の恋人になる。武郎は、自分が望んでもできなかったことを、夏帆にする。彼女の中の全てを、あの男が掠め取ってゆく……  
罪悪感も怯む気持ちもどこかへ消し飛んだ。  
彰彦は、立ち尽くす夏帆の右肩を片手で掴むと、力づくで引き寄せて唇を奪った。  
 
夏帆の肩が、びくりと震えた。声をあげる隙も与えなかった。  
「――――っ!」無防備な歯の隙間に無理矢理舌を捻じ込もうとすると、精一杯の力で、彰彦は押し返された。  
唾液がつと二人の間に光り、消えた。  
夏帆は苦しげに咳き込みながら、目を白黒させて彰彦を見た。  
構わず、彰彦は彼女の腕を掴んだ。白い腕は、彰彦の掌にそのまま収まってしまいそうなほどに細かった。  
 
そのまま、貯水タンクの影まで引き摺りこむ。  
校庭からは死角になる位置。  
手摺の先には、古い民家の廃墟と、荒れ放題の雑木林だけが拡がっている。  
「ど、どうしたの……?」  
夏帆が、恐る恐る彰彦を見上げた。大きな黒い瞳が不安げに揺れていた。彰彦は彼女の両手首を掴み、コンクリートの壁に叩きつけた。  
痛い、という夏帆の声を聞いたとき、彼の身体はぞくりと震えた。自分でも気付かないところに隠れていた強い嗜虐性が、昂った血に溶けて指先まで湧き上がるのを感じた。  
 
ペイズリー柄のリボンに手をかけ、袈裟斬りのように斜めに向かって引き裂いた。ぶちぶちと、何個かの釦が外れ、足元に転がる。  
釦のあった部分からは細い糸がみすぼらしく垂れた。  
彰彦は引きちぎったリボンを、困惑する夏帆の口に押し入れた。  
「ンッ!・・・・・・」  
校則通りに膝丈に穿いたスカートをたくし上げ、手探りでブルマとショーツをずり下ろし、固く閉じられた腿の隙間に乱暴に手を差し入れた。  
抵抗すると、殴られるとでも思っているのか、夏帆は時折、喉の奥でくぐもった悲鳴をあげる他は、ただ無防備になった全身を小刻みに震わせるだけだった。  
 
――こんな形でしか、彼女に近付けない。  
彰彦は苦笑した。何も、今に始まったことではない。幼い頃から、自分はずっとそうだった。  
好きだという気持ちを隠し、言えない言葉を裏返し、いたずらに夏帆を傷つけ、怯えさせてきた。  
 
自分が彼女に選ばれなかったのは、当然の報いだ。  
それなのに、自分はまだ、こんなに愚かなことをしようとしている。  
 
微かに湿って熱を帯びたそこに、乱暴に指を差し入れる。  
「ん……ふぐ」リボンを噛まされた口から、精一杯の声が漏れた。  
痛がっているのか、よがっているのか。そんなことはどうでもよかった。  
指先で手前の突起を探り当て、それを親指でぐりぐりと刺激すると、夏帆はくぐもった悲鳴をあげた。  
奥の方から、じわりと粘液が漏れたのが分かった。粘液を絡めつけて指で揉むと、夏帆はビクンと大きく震え、力無く地面に崩れ落ちた。  
彰彦は無抵抗になった夏帆のブラジャーを外した。あられもない格好になった彼女の姿を夕陽が照らした。  
雑木林から聞こえるツクツクボウシの大合唱が、屋上の静寂を破って響いた。  
「んッ・・・・・・くッ、ぐぅっ・・・・・・ンっ、」  
突起を刺激し続けると夏帆は電気を流されたようにガクガクと両足を痙攣させた。強すぎる刺激のためか、時折苦しそうに顔を歪めた。  
彼女の、同級生に比べて少し小ぶりな胸に触ると、痛ましいまでに硬くなった乳首に指先が触れた。  
凸凹のしこりがある乳房を潰すように揉みしだかれ、夏帆は大きく身体を捩った。  
刺激の強い前戯は、経験のない彼女にとっては苦痛でしかなかった。  
夏帆の胸は、大きく上下していた。悲鳴に似たくぐもった声をあげるたび、荒い息が彰彦の手にかかった。  
 
彰彦は気まぐれに前戯をやめると、肩幅に開いた脚の隙間に指を入れ、肉襞を左右に押し広げた。  
とっさに脚を閉じようとする夏帆を押しとどめ、真っ赤に膨らんだ突起をめがけて、自身の欲を押しつけた。  
俗に素股とよばれる体位で、彰彦は彼女を犯した。  
「――ッ!・・・・・・グッ・・・・・・ンッ、んんーッ・・・・・・」  
いやいやをするように頭を振りながら、夏帆は襲いかかる痛みにも似た快感に必死で抵抗した。  
卑猥な水音が静かな屋上に響く。小さな泡が弾ける音がする。  
溢れ出した潤滑液が、脚を伝い、足下にポタポタと垂れて小さな染みをつくった。  
「お前、嫌がる顔して、自分から腰振ってんじゃねえか」  
夏帆は赤面した。激しすぎる刺激から逃れるあまり、無意識のうちにそうやって動いていたのだった。  
彰彦は、夏帆の腰を両手で掴み、何度も表面の敏感な部分を擦った。  
夏帆はせめてもの抵抗のように、その彰彦の手首をぎゅっと掴んでいた。  
 
彰彦が、夏帆の背中に手を回し、彼女と密着すると、そのまま二、三度全身を痙攣させ、果てた。粘液が、彼女の白い内腿を汚した。  
彰彦は、夏帆の口から濡れたリボンを引きずり出した。  
「ゲホゲホッ、は・・・・・・ゲホッ、はあッ・・・・・・はあ」真っ赤に上気した顔で、空気を求めるように喘ぐ夏帆に向かって、彰彦はまだだ、と呟いた。まだ、終わらせない。  
冬服のベストを脱いで、それを地面に敷くと、その上に夏帆を押し倒した。  
財布からある物を取り出した。友達と、お守りだと言って冗談で入れていたコンドーム。こんな場面で使うとは、彰彦自身も夢にも思っていなかった。  
 
腿を掴んで、左右に大きく広げる。  
「やめて!」夏帆が必死で、両脚に力を込めて抵抗した。  
しかし、男である彰彦の力に勝てるはずもなく、彰彦の力ずくに、彼女の身体はいとも簡単にねじ伏せられた。  
「どうして、って聞きたいか」  
彰彦は、そう言って夏帆を見下ろした。  
夏帆の頬には、乾いた涙の跡がいくつも伝っていた。  
「好きだからだよ」  
「えっ……」  
「でも、苛めっ子だった、最低の人間だった俺にそんなこと言われるなんて、嫌だよな」  
「そんな、そんなこと」  
慌てて何かを言いかける夏帆を遮るように、まだひくひくと痙攣している夏帆のそこに亀頭の先を当てた。  
既に十分に濡れているにも関わらず、彼女の『中』は異物をかたくなに拒んだ。  
「つっ……」夏帆の顔が歪んだ。痛みを堪えるような顔だった。  
「だから俺は、とことん最低になってやるよ」  
狭く閉ざされたそこをこじ開けるように、強く腰を打ちつけると、夏帆は逃れるように大きく身体を捩った。  
歯を食いしばり、声にならない悲鳴をあげた。  
 
 
狭い肉襞をこじ開け、自分でも触れたことのない部分を乱暴に突かれる。  
始めは苦痛でしかなかったその行為を、少しずつ身体が受け入れ始めるのを、夏帆は感じていた。  
眠っていた身体の奥が目覚め、欠伸をするように細かく痙攣する。  
普段は蚊の鳴くように細い声の彼女は、自分でも驚くほどにいやらしい嬌声をあげていた。  
「い……やっ、あっ、あっ、うんッ……」  
 
見上げると、彰彦がいる。子供の頃の面影をまだ少し残した顔。――思わず目を逸らしていた。  
時には、一緒に帰ったり、テレビゲームをしたりする友達でもあった彰彦と、こんなことをしているという事実を頭が受け入れられなかった。  
誰にも見られたくない痴態、自分の恍惚とした表情を見下ろされていると思うと、羞恥で胸が砕けそうになった。  
 
「ひゃっ!――」  
突然、彰彦が先ほどよりも膨らんだ突起を、親指と人差し指でぎゅっと摘まんだ。  
指の腹で潰し、円を描くように擦る。それと同時に、激しいピストン運動をやめ、ゆっくりとなぶるように出し入れを繰り返す。  
夏帆の反応は明らかに今までと変わった。脚をがくがくと痙攣させて、荒い呼吸を繰り返す口はだらしなく開いている。  
「うあッ、あ……お願い、やめてッ――でる、でちゃう……おねがい……!」  
 
繋がっている場所に、暖かい感触があった。  
ちょろ、と短く漏れでた黄色い液体は、彼女の内股を通り、下に敷いたベストに染みをつくった。  
「あ……や!ご、ごめん、ごめん、なさい」  
夏帆はかっと赤くなった顔を両手で覆った、手の中で、ぼろぼろと涙をこぼした。  
もう絶対に顔なんて合わせられない――死んでしまいたい――泣きながら、夏帆は自分の中に残っていた最後の自尊心が崩れ落ちるのを感じていた。  
 
彰彦は、そんな夏帆に向かって低い声で囁いた。  
「許さない」  
そう言って、繋がったまま彼女を立たせ、手摺を握らせる。獣の交尾のように、後ろから貪欲に責め立てた。  
別の角度からの快感に、夏帆は何度も脚の力を失いかけた。手の力を抜くたびに、彰彦に突き出した臀部を叩かれた。  
「俺が満足するまで、立ってろよ。――イクときは、イキます、って大声で言え」  
 
夏帆の腰が、さらなる快楽を求めるように、ゆっくりと突き出された。  
手摺りを掴んだ手がずるずると力無く降りてゆく。  
二人の足元には、既に絶頂の波が満ちようとしていた。  
「はッ……い……いきます」夏帆が、涙混じりの声でそう言った。  
「もっと大声で!」  
「いっ……イキますッ!いくっ――やっ……うあああっ…………」  
 
膣内が、昂ったそれを抱きしめるようにぎゅっと締まって、二、三度大きく痙攣した。その刺激に導かれるようにして、彰彦は焼けるように熱い彼女の中で、長い長い時間をかけて精液を吐き出した。  
二人の身体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。  
 
 
「どうして、逃げないんだよ」  
 
彰彦は、貯水タンクの影に蹲っていた。夏帆は、彰彦から乱暴に渡された彼の制服を肩から羽織って、彼の隣に座っていた  
「軽蔑した目で逃げればいい。悲鳴をあげればいい。俺のこと殴ってもいいんだぜ。それなのに、何でさっきから、何も言わないんだよ」  
夏帆はしばらく何も言わなかったが、やがて躊躇うように、小さな声で言った。  
「本当に、悪い人に対してだったら、そうする。  
でも……彰彦くんは、私の知ってる彰彦くんと変わってないと思ったから。……その、本当に襲おうとしてるなら、つける、なんておかしい、と思って」  
そして、彰彦に向かってえへへ、と無理矢理に笑って見せた。  
「そんな理由でっ――」彰彦は、そんな夏帆をまっすぐに見据えながら、子供のように叫んでいた。  
 
「バカ!アホ!マヌケ!」  
「…………」夏帆は、驚いたように彼の顔を見た。  
「俺、いつもそんなこと言って、夏帆を泣かせて……あの頃みたいに、もう一度あの頃みたいになりたかったんだ、それなのに、どうしてこんな……」  
押し殺した声で、彰彦はごまかすように手の甲で乱暴に目を拭った。  
しかし夏帆には、彼の頬に伝った涙がはっきりと見えた。  
昔から負けん気が強くて、決して人前で泣こうとはしなかった彰彦。  
その彰彦が、夏帆の前で泣いている。泣きながら、何度も呻くように繰り返していた。ごめん、こんなことして、本当にごめん……  
 
そんな彰彦を茫然として眺めながら、夏帆は自分の胸の内に問いかけた。  
どうして私はまだ彼を好きなんだろう?  
――襲われたことは嫌だった。こんなことを無理強いされるのは、彰彦が相手でも怖いに決まっている。  
しかし、彼が冗談であれ、自分を好きだと言ったとき、夏帆は彼を許してしまった。そのような言葉をかけられ、彼と繋がることは、夏帆が長らく望んでいたことのひとつだったからだ。  
そのようなことを考える事実が恥ずかしくて、自分自身でも否定してきた望みだった。  
 
こんなことがあっても彼を好きでいる自分は、おかしいのかもしれない、と夏帆は思った。  
彰彦がどういう真意で自分に襲いかかったのかはわからない。  
しかし、今、かつて子供だったときのように泣きじゃくっている彼に、せめて自分の本当の想いだけは伝えたい、と思った。  
彼にとってそれが慰めになるのか、ならないのか、そんなことは、考えないことにした。  
 
「私は、」  
言いかけて、声が詰まる。怖い。勇気が出ない。でも、それでも、  
自分の中にある全ての勇気を振り絞って、夏帆は彰彦の肩を抱いた。  
「私も彰彦くんのことが好きだったから」  
肩越しに、彰彦が顔を上げた。  
「だから、こんなことした責任、取ってくれるよね?」  
 
頭上を通った夕雲が、二人の顔に影を落とした。橙色の空は最後の輝きを放ち、蝉の声は止み、屋上には既に夜の帳が訪れようとしていた。  
 
お互いの顔は見えない。しかし、彰彦が頷いたのを、夏帆は確かに感じていた。  
肩を抱く二人の腕に力がこもる。  
それはあがなうべき罪の重さであり、二度と離れることのないように願う思いの強さでもあった。  
二人の影を、雲がかき消した。  
 
終  
 
 
 

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