始まりは三日ほど前、お兄ちゃんと対戦ゲームをしていた時。  
ただの対戦じゃつまらないから、負けたほうに罰ゲームをしよう、ってことになったんだ。  
結構良い勝負になっても、負けちゃうことが多くて、  
つい、悔しくて罰ゲームのこと、忘れてたんだよね。  
気付いたころには、お兄ちゃんに罰ゲームの権利がドッサリとあったんだよ。  
そこで、お兄ちゃんが言い出したのが、「次の勝負を受けたら、罰ゲームはチャラにしてやろう。  
ただし、負けたら一日、どんな命令にも従ってもらう。負けてもチャラだぞ、優しいだろ?」だって。  
冷静に考えれば、たかが対戦ゲームの罰ゲーム、せいぜいオヤツ取られたり、  
掃除とか押し付けられたり、どう考えても大したことさせられるとは思えない。  
でもね、一つ一つは大したことなくても、それがドッサリとあるんだよ。  
その時の私には、『チャラ』の言葉はとても魅力的に聞こえたんだ。  
後先考えずに「その勝負乗ったぁっ!!」って飛びついたんだ…  
うん……負けちゃったんだよね…  
後になって考えてみれば「どんな命令にも従う」これって相当ひどいよね…  
「負けてもチャラ」…この言葉が、とってもお得に聞こえたんだ。実際には命令が待ってるんだけどね…  
はぁ…憂鬱だよ…  
でも、いくらどんな命令でも従うって言ったって、そんなに酷いことはしないはず。  
うん、お兄ちゃんはなんだかんだ言って、私を大切にしてくれてる。  
だから、きっと、大丈夫……だよね?  
 
 
「あ〜、今日もやっぱり暑いね〜」  
私はいつものように畳に寝転がって、団扇で扇ぐ。  
いくら夏休みだからって、猛暑猛暑猛暑じゃ、何もする気がなくなるよ。  
「お〜い、るみ〜。今からプール行くぞ〜」  
「プールには行きたいけど、暑くて動きたくな〜い」  
「ん〜、それは無理だな、どんな命令でも聞く約束、覚えてるだろ」  
「あ…」  
忘れてた。忘れたままでいたかった。  
でも、何でプール?ていうか人前で何かされるの!?  
「あの、お兄ちゃん…さすがに人前はちょっと…」  
「大丈夫だ、俺は何もしない、ただちょ〜っとプールで遊ぶだけだ」  
信用できるわけ無い。絶対何か企んでる。  
「まあ、諦めろ。あ、水着はこっちで用意したから」  
水着…相変わらず、嫌な予感しかしないよ…  
「水着って…変なヤツじゃないよね?」  
「信用無いな…お前は着たこと無いだろうが、ちゃんとした市販品だよ」  
じゃあ、ビキニとか?私が着ても似合うわけ無いじゃん。  
「服は?」  
私はちょっと不機嫌な声で言った。  
「ん、いや、別にいつも通りでいいよ」  
服は普通でいいんだ…ならテキトーな半袖のシャツと、短パンでいいよね。スカートも少しはあるけど、あんまり好きじゃないんだ。  
ブラはまだだけど、最近丸みが出てきたんだ。あと一年もすれば、きっと立派な女の子。  
…でも、その頃には、もうこんな格好できないかも…そうなったらちょっと残念…  
まあ、一年後のことはおいといて、早く着替えてプールに行こうか。  
どうせ行かなきゃならないんだし、だったら開き直って、涼しいプールを満喫しようじゃないか。  
 
私が着替え終わると、お兄ちゃんに玄関で待ってろ、って命令された。  
別に命令なんてしなくても、待ってて、って言われれば待ってるのに…  
しばらくすると、お兄ちゃんが大きめのバッグを持ってきた。  
水着とかタオルとか、必要なものは全部入ってるんだって、だから私は手ぶらで楽チン。  
お金も全部出してくれるんだって、ひどい命令するようだったら、ワガママ言って困らせてやろ♪  
さ、これで準備完了、出発進行〜♪……なんかテンションおかしいな……熱にやられたのかも。  
「うわ〜、やっぱ外は暑いね」  
いきなり太陽が照りつけてくる。やっぱり部屋の中って、あれでもまだマシだったんだね。  
早く行かないと干乾びそうだ。私はいつものプールのほうへ歩き出した。  
「あ、いや、今日はそっちじゃなくて、ちと遠いあっちのプールに行くんだ」  
 
「え〜、何でわざわざ遠いほうに」  
「命令」  
「は〜い、わかりましたよ〜」  
ほんとにワガママ言ってやろうかな?  
 
 
で、目的のプール。  
ここのプールは私がいつも行くプールより、大きくて人も多い。  
何で遠い上に、人の多いプールを選んだんだろ?…まあ、そんなことより今は  
「ああ、これでやっと涼める」  
やっと、この暑さから解放されるんだ。  
私達は、早速料金を払ってロッカーのキーを受け取り、更衣室へ向かう。  
「で、お兄ちゃん、私の水着は?」  
歩きながら、水着の催促をする。  
「ん?この中だが」  
お兄ちゃんが、さも当然とした顔で答える。  
「うん。だから、私の水着入れとタオル、そろそろ出してよ」  
「何言ってんだ?着替えは更衣室でするもんだぞ?」  
なんか…いや、すごくおかしい。これじゃ、まるで……  
「なんか、お兄ちゃんがなに考えてるか…わかった気がする」  
「お〜、するどいな。じゃ、一緒に行こうか、更衣室に」  
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」  
あ、大声出しちゃったから、人が見てる。  
私はお兄ちゃんを連れて、隅っこのほうへ行って小声で抗議する。  
「さ、さすがにそれはまずいでしょ!」  
「大丈夫、大丈夫、ばれないって」  
なんて能天気なんだ、このバカ兄は…  
…確かにさ、私、少し男の子っぽい見た目してるよ。  
髪は短いし、胸も無いし、着てるものだってシャツと短パンだし。  
でも女の子なんだよ?そんな所で着替えたくないよ…  
「ばれるばれないの問題じゃないよ!」  
「このために、知り合いがいなそうな、こっちのプールにしたのに」  
そんな気遣いはいらないよ。どうしてこんなこと思いつくのかな…  
「この前のお医者さんゴッコだって、兄ちゃんの言うこと聞いてくれたじゃん」  
「あ、あのときは…お兄ちゃんしかいなかったから……」  
「今だってそうだぞ、るみ、お前を見てるのは兄ちゃん…いや、俺だけだ、わかるか」  
いきなりお兄ちゃんの声が真面目になって、私に言い聞かせるように、ゆっくりと話す。  
いつの間にか、私の肩に両手を置いて、私が逃げられないようにしてる。  
「わ、わかるかって言われても…」  
うう…この流れ……まずいなぁ…  
「いや、実際そうなんだ。ここには大勢の人がいるが、俺達を気にしてる人間なんて一人もいない」  
ズルイよなぁ……いきなり、こんな真面目っぽく話し出すんだもん……  
「……」  
「なあ、るみ、お願いだ…命令なんかじゃない…嫌ならはっきり断ってくれて構わない…  
 だから、もう一度だけ言う、お願いだ、るみ」  
お兄ちゃん…すごく真面目な顔で、真剣に話してる…  
はぁ…やっぱり、結局こうなるんだ…  
小さい頃から、こんな感じなんだよね…  
お兄ちゃんが本気で決めたら…私にとって、それは……命令と同じなんだ…  
だから、ほんとは…「どんな命令でも聞く約束」なんて意味がないんだ…  
お兄ちゃんが決めたことに…私は…逆らえないんだから…  
「……わかったよ…お兄ちゃんの好きにするといいよ…」  
うう……私って、ダメだなぁ……弱いなぁ…  
でも、ひどいよね……だってさ…  
「よし、それじゃあ行こうか、男性用更衣室へ!!」  
動機がこれだもんね……なにが「お前を見てるのは俺だけだ」よ……  
私が恥ずかしがってるの見て、面白がってるだけじゃない…  
「大丈夫だ、るみ。今のお前なら、胸だって目立たないし、十分男の子に見える!」  
 
……私、女の子なんだけど?…それって、結構傷つくんだけど?…  
はぁ…私、もう、逃げられないんだね……  
 
 
私は重い足取りで、男性用更衣室に向かうお兄ちゃんについて行く。  
心臓がドキドキ言ってる……そうだよね…これから、人前で裸になるんだ…  
更衣室の前で、一度、大きく深呼吸をする。……私、これからどうなるんだろう?  
……もし、人が大勢いたら……その中で……裸になったら…  
もし、もしも、ばれちゃったら……そのときはお兄ちゃん、助けてくれるよね?……守ってくれるよね?……  
「るみ、大丈夫か?」  
お兄ちゃんが私の手を握って、優しく言う……私はこの声が…スキ……この声を聞くと安心する…  
「……うん、大丈夫だよ」  
私は手を強く握り返す……もう、怖くないよ…お兄ちゃんと一緒なら…  
私はお兄ちゃんと一緒に、更衣室に足を踏み入れた。  
……  
良かった、誰もいないよ……中途半端な時間だからかな?  
私、人前で着替えなくていいんだ…少しだけ、ほっとしたよ…  
「誰もいなくて良かったな。誰か来ないうちに、とっとと着替えちゃおうな」  
「うん、そうだね」  
そうだねって、簡単に言ったけどさ、これから誰か来るかもしれない場所で着替えるんだよね…  
「お兄ちゃん、私の水着は?」  
「ああ、今出す…心配するな、ただのスクール水着だ」  
……うん、予想はしてたんだ……場所が場所だしね…  
お兄ちゃんの手には、今、私が穿いてる短パンと大して変わらないものが握られていた。  
…私、今からこれを…これだけを穿いた姿で、人前に出るんだ…  
「あの、お兄ちゃん、タオル頂戴」  
「るみ、俺はお前が恥ずかしがってる姿が大好きだ。という訳で命令、タオル無し」  
うう…ひどいよ…でも、お兄ちゃんの前で着替えられないようじゃ、  
あの水着で、人前になんて出られないよね?…それに…命令だから…従わなくちゃ…  
「…あれ、何でお兄ちゃん着替え終わってるの?」  
私がちょっと目を離した隙に、なぜか着替え終わって、イスに座ってくつろいでる。  
「ん、下に穿いてきたからな。ごわごわして、ちょっと嫌な感じだったぞ」  
下に穿いてきた?…私をこんな所で着替えさせて?…私って……実はいじめられてる?…  
「お、おい、そんな泣きそうな顔するな。兄ちゃん、るみが大好きだから、ずっと見ていたいんだ。  
 着替えなんかしてたらもったいない!」  
ああ…要するに、着替えをじっくり見たい、と…少しは見られる方の身にもなってほしい…  
見られてることを意識しながら脱ぐのって、すっごく恥ずかしいんだよね…  
たまに一緒にお風呂に入るときは、お兄ちゃんも着替えてるから、あんまり見られてる感じがしないけど、  
今、お兄ちゃんは何もせず、ただ私だけを見てる…意識しないなんて無理…  
 
私が躊躇ってもじもじしてると、お兄ちゃんが声を掛けてくる。  
「あ〜、るみ、急かすようで悪いけど、あんまり時間かけないほうがいいぞ」  
そうだった!早く着替えないと、誰か来るかもしれないんだった!  
大丈夫、お、お風呂にだって…一緒に入ることもあるんだから…  
着替えくらい…ら、楽勝だよ…うん…  
「なあ、るみ、どうせなら目の前で着替えてくれないか?」  
それも命令…なんだよね?……命令…そう、これは命令なんだ…  
命令だから、しょうがない  
そう思い込むと、気持ちが少しだけ楽になった気がする…  
何でもいいの…なにか、脱ぐ理由が欲しいの…  
お兄ちゃんはイスから床に座りなおしてる…下から見る気なんだ…  
私はお兄ちゃんの目の前で短パンに指を掛ける。  
なんか、この前のお医者さんゴッコみたいだ……これ…やっぱり恥ずかしいね…  
でも、命令だから…命令だから躊躇っちゃダメ!  
私は一呼吸してから、一気に短パンを脱ぐ!  
「お、今日のパンツ、ちょっとかわいいヤツか?」  
「うん…人前で着替えると思ったから、一応…」  
今日のパンツは、リボンのワンポイントがついた奴、やっぱりこれにして良かった…  
お兄ちゃん含め、誰にも見せる気なかったんだけどね…  
 
「短パンしまっちゃうから、こっちに貸して」  
短パンしまっちゃうんだ…じゃあ、もう誰か来ても、短パンは穿けないね…  
「うん……わかった」  
私、今、変な格好してる…上はいつもどおり男の子っぽいのに…下はいつもより女の子っぽいパンツだけ…  
なんか…パンツだけ、かわいいのが…すごく…恥ずかしい…  
私はシャツの裾を下に引っ張ってパンツを隠しながら、短パンをお兄ちゃんに渡す。  
「ねえ、お兄ちゃん…ほんとにタオル…ダメ?」  
「ダメ。それからパンツ隠し切れてないぞ」  
…お兄ちゃん、私だってそれくらいわかってるよ…でも、それでも恥ずかしいの……  
……まだ、途中なんだよね…これからが本番なんだ…  
「なあ、るみ、できるだけゆっくり脱いでくれないか?」  
お兄ちゃん…見たいんだ…私が脱ぐとこ…  
「それも、命令?」  
「いや、お願いだ」  
…それじゃダメだよ、お兄ちゃん…  
「お願いじゃ、い〜や♪」  
お兄ちゃん、気付くかな?  
お兄ちゃんが少しだけ笑った気がした。  
「そうか、なら命令だ、できるだけゆっくり脱げ」  
命令なんだから、しょうがないよね……やっぱり理由があったほうが楽なんだ…  
私は少しだけ前屈みになって、パンツのゴムに親指を掛け押し下げていく。  
少しずつ、少しずつ下げていく…  
…もう、後ろから見たら、お尻見えちゃってるね。…前の方も…あと少しで見えちゃう…  
「お、後ちょっとだな。るみ、目、閉じちゃダメだよ」  
…目、閉じた方が楽なんだけどな…これも命令だよね…  
お兄ちゃん、じっと一点を見てる……ダメだよ…少しは遠慮してよ…  
でも…いくらゆっくりって言っても、そろそろ脱がないとダメだよね…  
私は親指を少しだけ前にずらして、パンツを下げ始める。  
すぐに、アソコのあたりにス〜ッとしたものを感じ始める。  
もう、何も覆うものがなくなった証拠…  
お兄ちゃんは床に座ってる…まっすぐ前を見るだけで、自然とそこが目に入る。  
見えてるよね……確実に……絶対に…  
私は少しずつパンツを下げ続けている。もうパンツとアソコは触れてすらいない。  
…ねえ、お兄ちゃん…今どれくらい見えてるの?…影になって見えないかな?  
それとも…全部見えてるの?…  
…ねえ…お願いだから…なにか、言ってよ…  
何でもいい…それで恥ずかしい思いをしてもいいの…少しでも気を紛らわしたいの…  
でもお兄ちゃんは何も言わずに、ただ、そこを見つめ続けてる。  
もうダメだよ…恥ずかしくて、我慢できないよ…  
「お、おにぃ…ちゃん」  
「あ、いや、すまん、ちょっと感動しちゃって」  
感動って…それって褒められてるのかな?  
あ…手が止まってる…脱がないといけないんだよね…  
「ね、ねえ、まだ…ゆっくり脱ぐの?」  
「ん、そうだな、じゃあもう普通に脱いでいいぞ」  
良かった…いや、あんまり良くないけど、こんなじわじわ脱ぐくらいなら一気に脱いだほうが楽だ。  
私はスルスルとパンツを下ろしていく。  
なんか、これだと脱いでいいって言われたから、喜んで脱いでるみたい。  
しょうがないんだよ…だって…見られながら少しずつ脱ぐのって、ほんとに恥ずかしいんだから…  
私がパンツを脱ぎ終わったとき、更衣室のドアが開く音がした。  
誰か来る!どうしよう!私、何も穿いてないよ!  
「お兄ちゃん!速く水着!」  
私は小声で水着を要求する。  
「るみ、とりあえず、手に持ってるそれを渡して」  
私は急いでパンツを渡す。そうすれば、すぐに水着を渡してくれると思ったんだ。でも…  
「じゃあ、命令、隠してもいいからそこで立ってて」  
今日のお兄ちゃん…なんか変、いつもより酷いよ…  
 
後ろから男の人達の話し声が聞こえる。  
 
私は今、後ろの人達にお尻を向けて立ってる。前はお兄ちゃんがいるだけでその向こうは壁。  
だから、お尻さえ隠せば後ろの人達に、見られる心配はあんまり無いんだけど…  
でもその代わり前からは見放題なんだよね…シャツの裾が短いから両方を隠すどころか  
お尻をしっかり隠すためには、腰を少し突き出さないと隠せないんだ…  
いくらお兄ちゃんでも、見られるのは恥ずかしいけど…それでも…知らない人に見られるよりはずっといい…  
私は後ろの裾を引っ張って、腰を少し突き出した。  
「良い子だね、るみ。まるで見て欲しくてそうしてるみたいだ」  
お兄ちゃんが小声で話しかけてくる。私が恥ずかしがってるのを見て楽しんでるんだ…  
私、見て欲しいんじゃないよ……こうしないとお尻が見えちゃうから……  
しょうがなくなんだよ……お願いだから…いじめないで…  
後ろの人達、着替え始めたみたい。あと少しで終わる、あと少し我慢すればいいんだ…  
「るみのアソコ、まだ毛がないんだね。ぷっくりと膨らんで、すごくエッチだ」  
お兄ちゃん、やっぱり変……無表情で、なんか怖いよ…  
「なあ、るみ、もし今、隠さずに後ろを向けって命令したら……どうする?」  
お兄ちゃんが怖いこと言う…いくらなんでもそれは無理だよ…  
「む、無理…無理だよお兄ちゃん」  
私は首を横に振りながら答える。  
「じゃあ、隠していいからって言ったら」  
それでも嫌!…嫌だけど…でも、もし命令されたら  
私はどうするの?言うことを聞くの?それとも逆らうの?  
…うん……たぶん……そのとき…私は…  
「…お兄ちゃん…命令するの?」  
怖いけど聞いてみる……もしも、本当に命令するなら……  
お兄ちゃんは、ふっと優しい表情になった。  
「大丈夫だ、命令はしないよ」  
…良かった……ほんとに良かったよ…  
やっぱりお兄ちゃん、私が本気で嫌がることはしないんだね。  
「じゃあ、そろそろ着替えようか」  
お兄ちゃんが私に向かって海水パンツを差し出す。  
…うん…やっぱり、ひどいね…もう少しくらい待ってくれてもいいのに…  
まだ、後ろに人がいるのに……このまま水着を穿こうとしたら  
私は後ろにお尻を突き出すことになるよね……もし見られたら…女の子だってばれちゃうよ…  
ううん…ばれるのも嫌だけど見られることの方が嫌!知らない人なんかに見せたくない!  
…ちょっと恥ずかしいけど…見られたくないし…お願いしてみようかな?…  
「あ、あの、お兄ちゃん…」  
「ん?どうした?」  
「お願い……水着…お兄ちゃんが穿かせて…」  
私は少しだけ右足を上げてお願いしてみる。  
あれ?…お兄ちゃん、なんか驚いた感じになってる…  
「お、おう、わかった」  
私なんか変なこと言ったかな…いつもなら茶化した感じになると思うんだけど…なんでそんなに緊張してるの?  
 
お兄ちゃんがしゃがみこんで、片足ずつ水着を通す。  
少しずつ水着が上がってくる。視線も上がってきてるんだよね…  
……今、気づいたんだけど……これって、パンツ穿かせてもらってるのと何も変わんないじゃん!  
…そりゃお兄ちゃんも戸惑うよね。妹とはいえ、女の子にパンツ穿かせてなんて言われたら…  
水着は膝を通り越して太股を通過し始める…たまにお兄ちゃんの指が当たってくすぐったい。  
わざとなのかな?…それとも…上のほうに気をとられてるからかな?  
水着穿かせてもらうために…少し足開いてるしね…  
もう…目の前だもんね……気になっちゃうよね…  
……私も……こんなに近くで見られるのは初めてだから…すっごくドキドキしてるよ…  
「あ〜、後ろの手…どけてくれるか?」  
お兄ちゃんが遠慮がちに言う…お尻が隠せないけど、これはしょうがないね…  
私はシャツの裾から手を離して、お尻から手をどかす。  
…ほんの僅かな時間だけど、今が一番無防備かも。  
下半身だけ裸で…前も後ろも何も隠していない…  
そんなことを考えてるうちに、お兄ちゃんが水着を穿かせてくれた。  
 
「ありがと、お兄ちゃん」  
「あ、ああ、いや…うん」  
お兄ちゃんまだ照れてる…私もなんだか恥ずかしくなっちゃうな…  
後ろからドアが開く音がする。後ろにいた人達が着替え終わって出て行ったみたい。  
「もう誰もいないし、服、一気に脱いじゃっていい?」  
「ああ、早いとこ用意して、とっととプールに行くか」  
私はシャツを一気に脱ぐ……もうじわじわ脱ぐのはやりたくない。  
私は改めて自分の体を鏡で見てみる…そこには海水パンツだけしか身に着けていない私がいた。  
本当に女の子ってばれないかな?胸もよく見ると少し膨らんでるし、先っぽも……少し立ってるし…  
でも、ここまできたんだから、そろそろ覚悟決めないと……  
「大丈夫だ。さっきも言ったけどこんなに大勢の人がいるんだ、誰も俺達のことは気にしないよ」  
お兄ちゃんが優しく言ってくれる……うん、私はお兄ちゃんを信じればいいんだよね?  
「お兄ちゃん、何かあったら守ってね」  
「あ〜、まあ努力はするよ」  
こういう時ってもっとはっきり言うもんじゃないの?……まあ、お兄ちゃんらしいかな?  
お兄ちゃんは私の手を握って、更衣室のドアの前に行く……いよいよ、この格好で人前に出るんだ…  
「じゃあ、行くぞ」  
「……うん」  
お兄ちゃんはドアを開けて、私を更衣室の外へ連れ出した。  
 
 
更衣室の外に出ると強い日差しが照りつけてくる。その光に改めて、自分が屋外にいることを実感する。  
周りに大勢の人がいるのに、私が身に着けているのは海水パンツだけ。  
…ダメ、やっぱり恥ずかしいよ…  
思わず両手で自分の胸を抱きしめる。  
私、こんなに人がたくさんいる所で…ほとんど裸なんだ…  
「るみ、胸隠してたらばれるぞ。男の子は隠したりしないだろ」  
…そうだよね…男の子は胸隠さないよね…私今、男の子なんだから…  
私は何回か深く呼吸してから、ゆっくりと手を下ろす。  
まだお兄ちゃん以外の人には見せたことのない、私の胸が日の光に晒される。  
お兄ちゃんの言うとおり、私を気にしてる人はいない…でも、気にしていないだけで  
大勢の人に私の胸が見られてることに変わりはないんだ…  
…私、ほんとは女の子なのに…胸だって、ほんとは好きな人にしか見せちゃいけないのに…  
でも、隠してたらほんとにばれちゃうから…ばれるのは絶対に嫌だから…  
どんなに恥ずかしくても……今は男の子になりきらなくちゃ…  
「るみ、大丈夫か?」  
私はもう一回、大きく深呼吸をする。  
「……うん、もう大丈夫。それより早く泳ご♪」  
うん、今の私は男の子なんだから、遊ぶことだけ考えてればいいんだ。  
私達は軽く準備運動してからプールに入った。  
なんか変な感じ。いつものプールなら胸に水着が張り付いてるけど、今は何もないから胸に冷たい水が直接触れてきてる。  
お風呂のときも何もつけてないけど、お風呂と違って水に動きがあって、胸に水が触れるのがよくわかる。  
あ…いけないいけない、そんなこと考えてるとまた恥ずかしくなっちゃうよ。  
胸のことは忘れて遊ぶことに集中しなきゃ。  
「とりあえず泳いでくるね」  
私はお兄ちゃんに一声かけて泳ぎだす。  
何かしてないと、今の格好ばっかり気になっちゃうよ。  
 
……でもさ、やっぱり格好が気になっちゃって、あんまり周りのことまで気が回らなかったんだよね。  
「うわっ」  
わわっ、何かにぶつかった!く、口の中に水が!  
「ぶはぁ」  
どうも、人にぶつかったらしい。目の前に少し年下くらいの男の子がいた。  
「ご、ごめんなさい!その、周りよく見てなくて」  
私はすぐに頭を下げて謝る。これは明らかに私が悪い。  
「ど、どこか痛いところない!?」  
「あ、いえ、痛いところは…それに僕もぼ〜っとしてて、周り見てなかったから…」  
見たところ、痛がっている様子はないみたい…怪我がなくて良かった……ぶつかっといて良かったは無いか…  
 
「本当にごめんなさい。じゃあ、もういくね」  
私は男の子にもう一度謝ってから、お兄ちゃんのところに戻る。  
「あ〜失敗だよ…男の子にぶつかっちゃった…」  
「ああ、見てたから大体わかる。それよりあの子、あんまり楽しそうじゃないな」  
え、そうなの?ちょっと見てみると、確かに浮かない顔してる。  
「よし、ちょうどいい。今日はあの子と遊ぼう」  
は?男の子と遊ぶ?この格好で?  
「お兄ちゃん、それは…ほら、相手の都合とかあるし…」  
「ああ、ちょっと誘って無理だったら、もういいよ。また別のこと考えるから」  
別のこと…それはそれでちょっと遠慮したいな…  
「つ〜ことで、誘いに行くか。あ、声はお前がかけてくれな。さっき少しだけど話したみたいだし」  
話なんてほとんどしてないよ…謝ってただけだし。  
まあいいか、無理に誘わなくてもいいみたいだし。ダメもとでやってみようかな。  
 
あの子まだ浮かない顔してるね。どうかしたのかな?  
「ねえ、ちょっと、そこのキミ!」  
「あ…さっきの人…」  
私は男の子に声をかける。お兄ちゃんは私の少し後ろをついてきてる。  
「あんまり楽しそうじゃないけど、どうかしたの?お父さんかお母さんは?」  
「えっと…お母さんと弟と来たんだけど…弟、まだちっちゃいから…」  
お母さんが弟に付きっ切りで、一人で遊ぶことになっちゃったのかな?  
「一人で遊んでてもつまんないでしょ。一緒に遊ばない?」  
「え…でも……」  
やっぱり悩んでるみたい…まあ、知らない人にこんなこと言われたら怪しいよね。  
……少し待ってみるけど、まだ返事がない…これは無理っぽいね。  
「う〜ん…やっぱダメかな…無理に誘って、ごめんね」  
「…ま、待って!」  
私が諦めようとしたとき、男の子が少し大きめの声で止める。  
「あ、あの…僕も遊びたいです」  
「え、いいの?良かったぁ。それじゃ、まず自己紹介…」  
「そ〜か、一緒に遊びたいか。で、少年、キミの名前は?」  
「え!?…あ、ユウですけど…」  
いきなりお兄ちゃんが出てきて、男の子…ユウ君に話しかける。ユウ君すごいびっくりしてるよ。  
もし、誘うときお兄ちゃんがいたら断られただろうな…すごく怪しいよ…  
「あ〜、えっと、びっくりさせてごめんね。この人、お兄ちゃんなんだ…それよりも、私るみ。よろしくね!」  
私も自己紹介をする…あれ、ユウ君はまた驚いた顔してる。  
「え…私?それにるみって?…お、女の子!?」  
……マズイ…マズイよ…そういえば私、今海水パンツしか着けてないんだった…  
それなのに普通に自己紹介しちゃったよ!ど、どうしよう…  
あ…ユウ君が私の胸見てる…もし今隠したら、女の子って認めるようなものだよね…だから隠しちゃダメだ…  
あ〜、どうしよう…私はお兄ちゃんに視線で助けを求めるけど、なんか嫌な笑い方してるよ…  
「なあ、ユウ君。るみって名前…どう思う?」  
「え……女の子…みたいな名前だと思います」  
お兄ちゃんはユウ君の隣で、私の胸を見ながら話す。私は胸を見られても隠すわけにはいかない…  
どうしよう…胸を隠せないから、手をどこにやったらいいのかわからないよ…  
私の手は、お腹の辺りで意味も無く指を動かしてる。  
「女の子みたいか…じゃあ、言葉遣いは?」  
「…それも…女の子みたいです」  
やだ…やだよ…ユウ君、私が女の子って気付いてるよ……ユウ君の目が…チラチラ胸を見てるのがわかる…  
私、男の子が見てるのに…見てるってわかってるのに…それでも隠せない……  
本当は隠しても、いいのかもしれない…でも、それは、ユウ君に自分が女の子だって言うようなもの…  
隠さなければ…私は男の子でいられるかもしれない…だって、胸を見られて平気な女の子はいないんだから…  
そう…平気なわけないんだよ、お兄ちゃん?…  
…今日までお兄ちゃん以外の男の人に、胸を見せたことなんて、無かったんだよ?……  
今日のお兄ちゃん、やっぱりひどいよ…どうして守ってくれないの?  
何かあったら守ってくれるんじゃなかったの?……ねえ、本当に…信じていいの?  
 
「…今から言うことは秘密だぞ…るみが女の子っぽいのはな…」  
 
お兄ちゃん、ほんとに言っちゃうの?…私が女の子だって…  
私の胸…少しだけど膨らんでるから…もう誤魔化せないのかな…  
あ…胸の先っぽ、さっきより少し大きくなってる…ダメなのに…見られてると思うほど  
胸の先っぽはピンと立って、私が女の子だって主張してるみたい…  
「じつは、るみはな…」  
ゴクリ…ユウ君の喉が鳴る……ユウ君はもうじっと私の胸を見つめてる…真剣に……でも隠しちゃダメ…  
ユウ君にはばれちゃってるけど…ここには他にも大勢の人がいるんだから…  
「……うちの親は女の子が欲しくてな〜」  
「え!?…あれ……え?」  
お兄ちゃんが予想外のことを言う。私もびっくりしたけど、ユウ君もまたびっくりしてる。  
「だから女の子っぽい名前で、女の子っぽい話し方なんだ……ところでユウ君よ、さっきからどこ見てた?」  
お兄ちゃんが一応、私を助けてくれた……もっと早く助けてよ…  
……でも…ありがと…  
あ、そうだ、私も何か言って誤魔化さなきゃ。  
「お、お兄ちゃんもったいぶりすぎ…でも、ユウ君って結構エッチなんだね」  
私は茶化す感じで、胸を両手で隠しながら言う……こ、これなら自然だよね…胸隠しても変じゃないよね…  
…やっぱり…胸が隠れてると思うと、少しだけほっとする…  
「あ…その…僕てっきり、女の子だと…ごめんなさい」  
ユウ君は顔を真っ赤にして謝る。  
「いいよ、気にしてないから…今のは思わせぶりに言った、お兄ちゃんが悪いし…」  
……ほんとはすごく恥ずかしかったし、女の子なんだけどね…  
「で、でも二人ともひどいです…特にるみさんはすごく恥ずかしそうで、本当に女の子なんだと思いましたよ」  
……うん…それ、本当に恥ずかしかったんだよ……  
「…そうですよね。女の子がそんな格好してるわけ無いですよね」  
…私は別にしたくてこんな格好してるんじゃないよ……うん…命令だから仕方なくだよ…  
あ…ユウ君また胸のあたりを見てる…隠したままじゃ変だよね…私、今は男の子だもんね…  
「ねえ、そんなに女の子に見える?」  
私は手を体の後ろに回して、胸を少し突き出す。  
…少しやりすぎかもしれないけど、女の子なら絶対しないことをすることで、男の子だと思わせなきゃ…  
「ええっと……その…」  
ユウ君ははっきりとは言わないけどまだ顔が赤いし、やっぱりチラチラ胸を見てる…誤魔化しきれてないのかも…  
「まあいいか。じゃあ何して遊ぼっか?」  
やっぱりまだ疑ってるのかもしれないね…  
 
私は改めて自分の体を見る…海水パンツだけを穿いた私…ほとんど裸の私…  
もしも今、私が女の子だってばれたら…どうなっちゃうのかな…  
きっとみんな私を見る…そのとき一番視線を集めるのは…少しだけ、ほんの少しだけ膨らんだ……私の胸…  
水着の女の子が隠していて…今の私が隠していない唯一の場所…  
ユウ君一人にばれそうになっただけで、あんなに怖いのに…もしも、みんなにばれたら…  
うん…ばれないために…もっと男の子になりきらなくちゃ…  
 
 
私達は三人で何して遊ぶかを話し合った結果、鬼ごっこをしようってことになった。  
お兄ちゃんが言うには「とりあえず、体を使った遊びをしよう」だってさ。  
また私を恥ずかしがらせようとしてるんだろうな…鬼ごっこだからね……む、胸とか触られちゃうかも…  
範囲はかなり狭くて、人の少なかった小さめのプールの中だけ、それから泳ぐと誰かにぶつかったりして危ないから  
泳いで追ったり逃げたりするのは禁止だってさ。人数も少ないし、ほとんど追いかけっこだね。  
ジャンケンで鬼を決めた結果、最初の鬼は私がやることになった。  
「お兄ちゃん、本気で逃げるとか大人気ないことしないよね?」  
「ん、なに言ってる、男は何時だって全力だろ」  
私があきれた顔で見てると、お兄ちゃんは少し真面目な顔になった。  
「いや今のは冗談だが、俺がお前と遊んでもいつもと変わらんだろうが」  
小声で私だけに聞こえるように言う。まあ、そうなんだけどさ…  
すでに私の格好がいつもと違うんだけど…でも、お兄ちゃんの言うこともわかるかな。  
「わかったけど、ちゃんと参加してよ」  
「ま、そのうちな。そろそろ始めようか」  
そうだ、小声でいつまでも話してたらユウ君に悪いよね。  
 
「じゃあ、始めるよ。ユウ君準備いい?」  
「はい。よろしくお願いします!」  
ユウ君さっきより元気だね。やっぱり一人は寂しかったんだろうな…  
 
私は目を閉じてから、十数えて周りを見てみる。  
お兄ちゃんは…ずいぶん逃げてるね、捕まる気ゼロだね…ユウ君は…ほとんど逃げてないね…追いかけて欲しそうにしてるよ。  
「それじゃあ、いっくよ〜!」  
私はユウ君目がけて走り出す。ユウ君も逃げるけどあんまり速くないね…これなら、すぐ追いつくね。  
「つ〜かま〜えた」  
私はユウ君の背中に軽く触れる。  
「あははっ、次は僕が鬼ですね!」  
ユウ君はさっきと比べて別人じゃないかってくらいに元気になってる。  
こんなに喜んでくれると、誘って良かったなって思える。  
 
ユウ君との鬼ごっこは本当にただの追いかけっこだったけど、すごく楽しかった。  
だって…私、今日ここに来てから、恥ずかしいことばっかりで…ううん、今だって恥ずかしいんだ。  
だけどユウ君と遊んでいるうちに…ユウ君が普通に接してくれることで、  
私も自分の格好のことを忘れて楽しむことが出来たんだ。  
私は自分で思ってるよりも、ずっと不安で怖かったのかもしれない。  
だけど、ユウ君が普通に遊んでくれることで、安心出来たんだと思う。  
 
 
それからお兄ちゃんも混ざって一緒に遊んで、だいぶ時間が経ったとき。  
「あ!あの、僕楽しくて、時間忘れてて…ごめんなさい、そろそろ帰らないと…」  
あ、もう?結構時間経ってたんだ…  
「ううん…私もとっても楽しかったよ。ありがとう」  
「はい。僕も楽しかったです。ありがとうございました」  
ユウ君はぺこりと一回お辞儀をしてから顔を上げる。  
その顔は出会ったときとは違う、ちょっとだけ悲しそうな笑顔だった。  
 
 
ユウ君とお別れしてから、私はお兄ちゃんに連れられて人混みの中を歩く。  
お兄ちゃんはわざと人の多いところを歩いてるように感じる。まるで私を見せびらかすように…  
今の私は海水パンツを穿いただけで、胸を覆うものは何もなくて、  
女の子なのに…胸が…丸見えで…でも、こんな格好だから隠せない…  
誰も私の胸をじっと見たりはしない…しないけど、それでも…みんなが私の胸を見てることに違いはない…  
男の子みたいだから、意識してないだけ…  
たぶん、私を見て女の子だと気付く人はいないと思う…ユウ君には疑われたけど、それは名前とか言葉遣いからで、  
それでも誤魔化せた……だから、きっと誰も気付かない。  
………  
それでも…  
大勢の人に見られてるのは…やっぱり怖いよ。  
ユウ君は気付かなかった。そのことで安心できたし、遊んでるときは気にならなかった。  
…でも、気付かれそうになったときは、本当に怖かった。  
人混みの中で知らない人とすれ違うたびに、その時の不安を思い出して、  
この人には私が女の子に見えているかも?とか、胸を見ておかしいと思われてるかも?とか、  
そんな疑問が次々に溢れ出してくる。  
目が合うたびに、視線が自分に向けられるたびに、みんなが私の胸を見ている気がしてくる…  
でも、それでも、胸を隠しながら歩く男の子はいないから…私に出来ることなんて、ほとんど無い…  
私にできるのは少し体を丸めて歩くこと…それで隠せるわけじゃないことぐらいわかってるけど…  
顔を俯けること…ただ人と目が合わないだけで…誰かが見てても、私にはわからないだけ…  
そのくらいの…気休めしか出来ない…  
「るみ、胸を張ったほうがいい。その方が自然に見える」  
お兄ちゃんが小声で話しかけてくる。  
「…うん…わかってるよ…わかってるけど…それでも、怖いの…」  
「少し休もうか」  
お兄ちゃんは私の返事を待たずに手を握って、人のいないほうに歩き出す。  
 
着いた場所はプールからだいぶ離れたところで、私達の周りに人はいない。  
「お兄ちゃん…ありがと」  
「いや…少し話でもするか」  
お兄ちゃんはまだ手を握っててくれてる。ただ、それだけで守られてる感じがしてくる。  
 
私達は他愛もない話をする。この前見たテレビのこととか、対戦ゲームのコツとか。  
そんな本当になんでもない話しをしているうちに、私はだんだん落ち着いてきた。  
「なあ、るみ。今日のこと、その…怒ってるか?」  
少し話した後に、お兄ちゃんは真剣な声で切り出した。  
「ううん、そんなことないよ」  
嫌なこともあったけど…でも、プールに連れて来てもらうの、ほんとはちょっと嬉しかったし、楽しいこともあった。  
「ユウ君と遊ぶの、楽しかったし…年下の子ってあんなに可愛いんだね」  
今ならお兄ちゃんの気持ちもちょっとわかる。もしも私に弟がいたら、私もいろいろちょっかい出しちゃうかな。  
お兄ちゃんも、私が可愛いからこんなことするのかな?  
………  
可愛いから、こんなことするんだよね??嫌われてるんじゃないよね?  
お兄ちゃんの愛情表現が変なだけだよね…うん…  
「年下の子って言っても、お前とあんまり変わらないけどな…それより、ユウ君と遊ぶのは平気だったのか?」  
私はユウ君に自己紹介した時のことを思い出す。  
「うん。それでも最初は嫌だったし、怖かったよ…すごく……お兄ちゃん、助けてくれないどころか、ばらそうとするし、  
 ユウ君が胸を見てるのわかってるのに、隠したら自分から女の子だって言うみたいだから、隠せないし…本当に…怖かった…」  
私はだんだんあの時の感情が溢れてきて、思わずお兄ちゃんに抱きつく。  
あの時はこんなことできる状況じゃなかったから…今なら甘えられるから…思いっきり、甘えたい…  
「そうか…そんなに怖かったか…ごめんな」  
お兄ちゃんが私の頭にポンッと手を置いて撫でてくれる。それだけなのに心がほんわかしてくる。  
「…うん…でもね、お兄ちゃんと一緒なら、平気だよ…」  
お兄ちゃんは私が抱きついてる間、頭を撫で続けてくれてる。  
…やっぱり、私って大切にされてる…  
そう実感できて……嬉しい…  
………  
そう、私は大切にされてるから…だから…きっと大丈夫…  
「あのね、お兄ちゃんにお願いがあるの」  
私はお兄ちゃんを見上げて、その目をまっすぐに見つめる。  
「私が、逃げられないように……命令して…」  
…私は勇気がないから…臆病だから……何か…私を縛る、何かが欲しい…  
 
 
私は人混みの中、手を後ろで組んで胸を張って歩く。  
出来るだけ、胸が目立つように…  
それはお兄ちゃんの命令…命令には逆らえないから仕方がない、そう思い込むだけで心が楽になる。  
少しだけ突き出された小さな胸は、そんなに目立つわけじゃないけど…  
自分から少しでも目立つようにするのは、やっぱり恥ずかしい…  
私の、少しだけ…ほんの少しだけ膨らみ始めた胸は、まだ男の子とほとんど変わらないけど、  
でも…先っぽはプクンと膨らんで、私が女の子だってみんなに主張してる。  
私のすぐ側を知らない人達が通り過ぎていく。その人達の目には私の胸が見えてるはず。  
気にされてないだけで、私は自分から胸を見せ付けて歩いてるんだ。  
私は名前も知らない人達に、自分から体を見せて周ってる。  
でも…これは命令…命令には従うって決めたから、逆らっちゃダメ…  
命令だから逆らえない…それが私を後押ししてくれる…少しだけ、私を大胆にしてくれる…  
あ…お兄ちゃんが私を見てる…なんだか見守られてる感じがして安心する…  
…でも、お兄ちゃんに見られるのが、一番恥ずかしいんだよね…だって、私を女の子として見てる、ただ一人の人だから…  
…恥ずかしいけど…でも、お兄ちゃんなら、ぜんぜん嫌じゃない…  
私はそのまま、手を後ろで組んだまま歩き続ける。  
いろんな人とすれ違って、たまに見られてるのがわかるんだ。だから、心臓はドキドキ言いっぱなしだよ。  
「るみ、大丈夫か?」  
お兄ちゃんが小声で話しかけてくるから、私も少し肩を寄せて小声で話しながら、ゆっくりと歩く。  
「…うん…大丈夫だよ…私からお願いしたことだから…」  
 
でも、改めて考えるとすごいことしてる…だって、知らない人達の前で上半身裸なんだもん…  
女の子なのに、男の子の振りするなんて…  
でも、私が落ち着いていられるのは、周りの人に女の子として見られてないから…  
もしも、周りの人に私が女の子だってばれたら…そう考えると、今でも怖い…すごく…  
…でも、お兄ちゃんの命令があれば平気…私は一人じゃないから…  
 
 
それから、適当に歩き回ったり遊んだりで帰る時間になった。  
私はお兄ちゃんに手を引かれて、当然のように男性用更衣室に入る。  
まあ、この格好じゃ、女性用更衣室に入れないよね。  
更衣室の中には、来たときとは違ってたくさんの男の人がいた。  
着替えてたり、雑談してたりで、私達を気にしている人はいないね。やっぱり今の私は女の子には見えないみたい。  
私はタオルで体を拭いていく。知らない人達の前で足とか胸とかを拭いていく。  
普通の女の子なら、きっと一生しない経験だよね…  
お兄ちゃんは私が体を拭いてるところを、わざとにやけた顔で見てるけど、早く拭いて着替えてしまいたいから、  
気にしないようにする……するんだけどさ…やっぱり気になっちゃうんだよね…  
胸の上を柔らかいタオルがさわさわと撫でていく。  
ただ、拭いてるだけなのに、お兄ちゃんが見てる前だといけないことしてる感じがしてくる。  
お兄ちゃんが見てる目の前で、自分の胸を撫で回してるんだもん…  
やましいことなんてしてない、本当にただ拭いてるだけ、それなのにすごく恥ずかしいよ…  
拭き終わったけど…でも、胸から手が退けられない…  
「るみ、ちゃんと拭けたか、俺に見せてごらん」  
「…うん…わかった…」  
私はこれも命令なんだと言い聞かせて、胸を隠していたタオルを取って、どこも隠さずにお兄ちゃんの前に立つ。  
お兄ちゃんの視線は私の体を、嘗め回すように…特に胸の上を見てる。  
お兄ちゃん…さっきまでとは別人だよ…さっきは私を守ってくれて、ちょっとカッコ良かったのに…  
「るみ、やって欲しいことがあるんだ」  
「それって…命令?」  
お兄ちゃんは何も言わずに頷く。  
 
私は深呼吸して前をまっすぐ見る。  
私はまだ海水パンツだけを穿いた姿で、握った手を下に向けて開く。  
チャリン、チャリ〜ンと更衣室内に高い音が響き、周りの視線が音の発生源である私の足元に…そして私自身に集まる。  
たくさんの目が、視線が、私に絡み付いてくる。  
大勢の男の人が私を見てる…そう意識するだけで、私の中を恐怖が満たしてく…  
頭は動けって言うのに、言ってるのに…私の体は全然動いてくれない…  
「あ…あの…あの…」  
ダメ…うまく言葉が出ない…ど、どうしよう…  
「あ、すいません…ほら、お前も謝って」  
私が立ち尽くしてるとお兄ちゃんが、私の頭にポンッと手を置いて撫でてくれる。  
…お兄ちゃんの手って、すごい…撫でられるだけで心が落ち着いてくる…  
「あ、あの…ご、ご、ごめんなさい!」  
私はなんとか頭を下げて謝るとほとんどの人はすぐに、何事もなかったかのように私から視線を外す。  
私はすぐにしゃがんで、小銭を拾い集める。  
「どうだった?」  
お兄ちゃんもしゃがんで集めるのを手伝ってくれる。  
「…聞かなくても、わかるでしょ…」  
私たぶん顔真っ赤だよ…自分から注目集めるようなことしちゃったんだもん…それに、あんな…動けなくなるなんて…  
「はい、これ」  
知らない若い男の人が、小銭を拾ってくれたんだけど…その人の顔が目の前にあって…私は胸を隠してなくて…  
きっと、その人からは胸が丸見えで…  
「…あ、ありがとう…ございます…」  
やっとのことでお礼だけは言えたんだけど、不意打ちだったから心臓はバクバク言ってて、  
顔もきっとさっきよりもひどくて、耳まで真っ赤になってると思う。  
小銭を拾い終えても、まだ心臓がドキドキしてる。  
「…ねえお兄ちゃん、もう服着てもいいよね?」  
 
「…そうだな…少し残念だけど」  
何か言われるかと思ったけど、お兄ちゃんは素直にシャツを渡してくれた。  
私は素早く受け取って、すぐに頭から被る。やっと胸を隠せて、ほっとしたよ。  
「お兄ちゃん、これから着替えるんだけど…タオル使ってもいいよね?」  
「ああ、いいよ。さすがにこの中じゃな」  
周りには男の人がいっぱいいて、この中で隠さなかったらさすがにばれるね、きっと。  
私は巻きタオルを腰のところで固定してから海水パンツを脱いで、お兄ちゃんからパンツを受け取る。  
隠しながらとはいえ人前でパンツを脱いだり穿いたりするのは恥ずかしいけど、  
もう恥ずかしい思いはしなくてすむと思うと、すごく安心する。  
 
「さて…じゃ、これが最後の命令かな」  
私がパンツを穿き終えたら、お兄ちゃんが唐突に言い出した。  
「……うん。なに?」  
…決めたんだ…もう、逆らわないって。  
「これを穿いてくれればいいよ」  
お兄ちゃんがバッグから取り出したのは、私があまり穿かないごく普通の膝丈スカート。  
何でこういうのだけ、用意がいいんだろ…  
…これを穿くと私は女の子に戻る…周りからの認識が女の子に…  
今までの私は周りから見たら男の子だったけど、これから女の子に戻るんだ…  
そして、さっき私の裸を見た人の中では、男の子だった私の裸は、きっと女の子の裸に変換される…  
「…わかった」  
私はスカートを受け取って、足を通す。  
スカートってすごく足が無防備な感じがして落ち着かないから、あんまり好きじゃないんだ。  
今から巻きタオルを取って、スカート姿をいろんな人に見せるんだ。  
わざわざ注目させたのは、このためなんだろうな…  
私がタオルを取ると、何人かはすぐに気付いてみたいで、驚いた顔をしてる。  
お兄ちゃんがゆっくりとした動作で帰り支度をしてる横で、私はただじっと待つ。  
驚いた顔の人、不思議そうな顔の人、少しにやけた顔の人、たくさんの視線が私に向けられる。  
「じゃあ、帰るか」  
お兄ちゃんが私の手を取って歩き出すと、周りからひそひそとした声が聞こえてくる。  
女の子?とか、さっき裸でとか、明らかに私のことを話してる…  
早くここから出たい…だけど、お兄ちゃんは私を見せびらかすように、あくまでゆっくりと歩くんだ。  
…私が逃げられないように手をしっかりと握りながら…  
服を着ているんだから、さっきより恥ずかしくないはずなのに……すごく…恥ずかしいよ…  
今、私…女の子として見られてる…注目されてる…さっき裸を見せた人達に…  
あの人達の中で、私は女の子で…だから…きっと…さっきの裸も女の子にものになってて…  
…私…たくさんの男の人の中を…裸で歩いてるみたい…  
周りを見るとさ…いろんな人と目が合うんだ…みんな私を見てるから…  
当たり前だよね…たくさんの男の人の中で、私一人だけスカート姿で女の子だよって、主張してるんだもん…  
しかも、さっきまで裸で…目立つようなことした子が…  
自分から、女の子ですって言ってるんだもん…  
男の人なら、誰だって見るよね…  
あ…あの人…さっき、小銭を拾ってくれた人だ。  
すごく驚いた顔で、私を見てる…きっと、この人の中でも、私の裸は女の子のものになってるんだ…  
 
更衣室の中にスカート姿でいた時間は、極々短い時間だったんだろうけど…  
私にはものすごく長い時間に思えたんだ…  
 
 
帰り道、私はずっと黙ったまま歩き続ける。  
 
「…あ〜、るみ、そろそろ機嫌直してくれないかな?」  
「……」  
私は怒ってるわけじゃないんだ…命令に従おうと思ったのは自分だし、  
お兄ちゃんは私が本気で嫌がったら、それ以上しないのはわかってるし…  
…でも…それでも…ちょっとショックだったんだ…  
男の子でいられたときは、自分に言い訳が出来た…みんな気付いてないんだからって…  
でも、スカートなんて穿いたら…言い訳なんて出来なくて…  
どこにも、逃げられなくて…心細くて…怖くて…  
「……ねえ、どうして…どうしてスカートなんて穿かせたの?」  
私の声…ちょっとだけ…声が涙声っぽくなってる…  
「…見せびらかしたかったから…かな……俺のるみはこんなに可愛いんだぞって…」  
お兄ちゃんは真面目な顔なんだけど、照れくさそうに視線を逸らしながら言う。  
…か、可愛い…私が?…  
「ほんとに?私、女の子っぽくないよ?」  
お兄ちゃんは真剣な顔で私を見つめる。まだ照れくさそうだけど、目を逸らしたりせずに…  
「…るみ、お前は可愛いぞ。俺にはお前以上に大切なものなんて無いぞ」  
可愛い…可愛いんだって…  
…嬉しい……うん、すごく…嬉しいな…  
スカートとか、女の子っぽい格好も…もう少し…もうちょっとだけ、するようにしても…いいかもしれない…  
……  
私って、実はすごく流されやすいのかも…  
「…あ、ありがと……でもね、お兄ちゃん」  
「ん?なんだ」  
「私、もうこんなこと…やだからね」  
私はこんなことしたくてしてるんじゃないって、はっきりさせておかないと。  
「大丈夫だ。俺はるみが嫌がったら、強制はしないだろ?嫌がるなら、それ以上はしないよ」  
「そうだけど…でも」  
「それに、何かあったら必ず守る、絶対助けるから、な?」  
お兄ちゃんはまっすぐに私を見つめてる…  
……  
ああ…  
私って…  
やっぱり弱い子だ…  
「……あんまり、いじめちゃ…やだよ?」  
「おう!いじめるけど、やり過ぎないようにしよう。俺はるみが大好きだからな!」  
…やっぱりひどい…  
私は一つ、大きなため息をついた。  
 
 
終わり  
 
 

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