「――え?」  
 時は十月の三十日、夜。  
 自分の耳に聞いたことが信じられずに、広瀬・武人はそう間抜けな生返事を返した。  
「ですから。呼び出しがありましたので帰らないといけなくなりましたので」  
 それに面倒臭そうにしながらもしっかりと答えを返し直したのは、オレンジ色のカボチャ頭に黒い外套という出で立ちの奇天烈な少女――ウィル。  
「人手が足りないそうです。そこで天才である私に助力の要請が来たと」  
「人手って――ハロウィンの?」  
「それ以外に何がありますか」  
 鈴が鳴っているような声色には、隠さない不機嫌さがありありと出ていた。  
 カボチャ頭を包んでいる緑色の炎も僅かに橙色を帯び、この少女がそれなりに機嫌を損ねているのが分かる。  
「何やら、ハロウィン普及の一環としてハロウィンパーティーなるものを開催するそうでして。身体を貸せ、と」  
「はあ……」  
 彼女の家族か一族かは知らないけれど色々考えているのだな、と武人が思ったのも束の間。  
 気付けば橙色の炎をそのカボチャ口と目の中に湛えているウィルが武人の目の前にいた。  
「お兄さんに最初にしたようなことをしろということです」  
「ああ…… え?」  
 このカボチャ少女ウィルが武人に最初にしたこと。  
 Trick or Threat? そう言って血の桶の応酬かもてなしかを要求し、そして精を、と――  
「え――」  
「あまり好きじゃないんですけどね、誰でもいいってのは。私だって選り好みぐらいはするんですよ」  
 自分の考えに呆然とする武人に、その想像を肯定するようにウィルは答えて踵を返す。  
 すたすたとその小さな足取りで廊下を抜けて玄関へ向かい、扉を開ける。外は既に夜の闇で一杯だった。  
「――ちょ、ちょっと待ってくれ!」  
 ウィルがそこまで行ってから、ようやく全ての意味を飲み込めたのか武人が動いた。  
 しかしウィルは振り向くことすらせずに、外套の内から伸ばした陶磁器のような細く白い指先をぱちりと鳴らす。  
 それを合図に、馬の嘶きと共に緑炎に燃える馬が忽然と現れた。  
「それではお兄さん、元気でいてくださいね」  
 緑炎の吐息を漏らしながら言って、ウィルはひらりと馬に跨る。それと同時に緑炎の馬は勢い良く駆け出し、あっという間にマンションの外通路の手摺を乗り越えて満月の空の向こうに飛んでいく。  
「ウィル! 待って、待ってくれ!」  
 素足のままに飛び出して追いかけるも、当然と言うべきか武人に空を飛ぶ手段はない。  
「嘘だろ……!?」  
 がつんと手摺を叩き、武人はウィルが消えていった満月を睨み付けた。  
 
 
 結局その晩は眠るに眠れず、武人は悶々とした夜を過ごした。  
 ウィルが来てからというものの、ほぼ毎夜のように少女のその尻の穴で激しい性交を重ねていただけに、少女のいないその夜は性欲が不満を訴えていた。  
 仕方なく自前でウィルのことを想像しながら抜いたものの、慣れ親しんだ本物の感触には及ばない。  
 そして三十一日の朝。およそ一年振りに少女のいない朝を武人は迎えた。  
 
「……くそ」  
 誰にともなく悪態を吐いて、燻る眠気に焦がされるようにベッドに転がる。  
 今頃ウィルは何をしているのだろうか。武人はウィルのことばかり考えて、朝食もまともに摂らなかった。休日であって幸いであったと言うしかない。今の武人はとても何かが出来る様子ではなかった。  
 武人は部屋を見回す。  
 ウィルが残していったものはそう多くはない。というのも、少女は自分の私物というものをほとんど持たなかったからだ。  
 武人に買い物を要求することはあっても、それは殆ど消耗品の類。確かな形として残り続けるものではない。  
「……」  
 あの格好故か、ウィルは休日であっても武人と交わるばかりで外に出ようとはしなかった。  
 だから一緒に買い物などに出かけたことはなかったし、その類の思い出もない。  
 自分から言い出してエスコートするべきだったのだろうか。そう武人は思うも、その生涯でデートの経験など一度もなかった武人にその正誤が測れるわけもない。  
「……くそっ」  
 ベッドには僅かに少女の残り香がある。よく出来たカボチャ料理のような匂い。最初は慣れないこともあったが、近頃はその匂いがしないと落ち着かなかった。そして今は逆に落ち着かない。  
 そうして何が出来るわけでもなく、朝が過ぎ、昼が過ぎ、そして夜が来る。  
「……」  
 結局、武人は一日中ベッドに転がって、何をするでもなく過ごしていた。  
 時刻は七時頃。流石に身体が空腹を訴え、切ない不満の声を上げる。  
 自分の身体のことだというのに、武人は不機嫌極まりない顔で身体を起こし、外出の準備に入る。  
 今日はハロウィン。それらしい外食屋にはカボチャのひとつぐらいは飾ってあるかもしれない。それを目にした時、自分が果たして冷静でいられるかどうかの自信はなかったが。  
 と、コートを着込んだ際に、ふとあるものを目にする。  
 それはすっかり埃を被った、古い蝋燭。  
「――これは、確か」  
 記憶を掘り返す。あれは一年前。カボチャの少女に出会う前に、老婆から貰ったもの。  
 結局、あの時言われた「憑いていたもの」がウィルのことだったとするならば、これはまるで効果がなかったのだろう。  
 それでも、これにそんな効果が少しでもあるのだとしたら――そう思って、武人は引き出しの中から使い捨てのマッチを取り出し、蝋燭に火をつけた。  
 埃まみれで放置されていた蝋燭はそんなことを思わせぬほどに大きめの炎を灯し、瞬く間に融けていく。数分も掛からずに灰皿の中でカーペット状になってその灯火を失せた蝋燭を見て、武人は廊下から玄関へと足を進めた。  
 そして、扉を開ける。  
「――え?」  
 扉の向こうには何かが立っていた。巨大な、通路の天井まで届きそうな人型。  
 その全身は光を吸い込むような漆黒。背中には巨大な剣を帯び、鞘が床に届きそうなほど。  
 そして何より、呆然と武人がその人物と視線を合わせようと見上げた先には、頭が存在しなかった。  
「――」  
 人型が、甲冑鎧が動く。がしゃりと音を立て、左足を一歩前へ。そして左手が背中に回り、剣の柄を掴む。  
 がちゃり、と背中で金属音がした時には、しゃりん、と鋭い音を立てて大剣が抜刀されていた。切っ先が武人の鼻先に突きつけられ、そしてゆっくりと振り被られる。不思議と、その剣の刃はまるで幽霊のようにマンションの壁をすり抜けていく。  
「う、あ……」  
 それらの光景をしっかりと現実のものだと認識しながらも、武人は逃げ出せなかった。  
 逃げてもどうしようもないということが確信出来ていたからだ。  
 これは、確か――  
 首なしの甲冑騎士のことを武人が思い出している間に、剣の振り被りは頂点に達した。そして振り下ろされる。  
「――何をしているのですか、叔父上」  
 しかし、それは武人を唐竹割りにする直前で、鈴が鳴るような声に押し止められた。  
「え……?」  
 武人がその聞き覚えのある声に見れば。武人と首なし騎士がそうして対面しているマンションの通路右側に、緑炎の馬を従えたカボチャ少女の姿があった。  
 その姿を首なし騎士も認めたのか、すっと剣を引くと背中に戻し、がちゃがちゃとどこか慌てたような、気不味げな様子で武人の前を左側に譲る。するとそこへカボチャ少女はすたすたと自然に割り込んできて、すっと首なし騎士を見上げた。  
 カボチャ頭を包む炎の色は、完全な橙色。  
「お引き取りください、叔父上」  
 凛と言うと、首なし騎士はくるりと踵を返し、がっちゃがっちゃと逃げ出すように駆けてマンションの通路の手摺を乗り越え、その向こうに消えていった。落下音はない。  
 
「――さて、では改めまして」  
 カボチャ少女はそう前置くと、その頭を包んでいた炎を、すう、と緑色に変え、そして自身のカボチャ頭に手をかける。  
 持ち上げると、ふわり、と金から橙へ綺麗なグラデーションを持つ長い髪と、人形のように整った顔に小悪魔的な微笑みを浮かべた少女の頭が現れ――  
「Trick or Threat?」  
 そう、呆然としている武人に問うた。  
「ほら、イタズラして欲しいんですか? それともおもてなしをしてくれるんですか? 言わないと、帰っちゃいますよ?」  
 呆然としている武人の顔が気に入ったのか、くすくすと笑いながら歌うように言うウィル。  
 そこでようやく現状を理解したのか、武人の顔が喜と怒を足して割ったような何とも言えない表情になり――  
「こ…… このっ!」  
 と、ウィルの細腕を掴むと、強引に玄関の中へと引きずり込んだ。  
「――わ、ちょ、ちょっと、お兄さん?」  
 いつになく強引な武人に、流石にウィルが戸惑いを見せる。しかしそれに一切構うことなく、武人は玄関の壁にウィルを抱き締めつつ押し付けると、取り出した逸物をその小振りな尻に押し付けた。  
「あ、ご、強引ですね。まあ、そういうのも嫌いじゃないですけど」  
 豊満ではないが十分に柔らかい尻肉に擦付けて、武人の逸物は瞬く間に剛直へと勃ち上がる。いつものようにローション代わりとしてウィルの縦筋から溢れた愛液を絡めようとして、武人はウィルのそこがいつもより格段に濡れていることに気付いた。  
 しかしそれが何故なのかを考える前に、武人はウィルの菊門に剛直の先端を押し当て、一息に押し込む。  
「あ、おっ……! お兄さんのおちんぽ、あっ、入ってきます……!」  
 ウィルの尻穴は本来そこに入っているべきものを受け入れるかのように限界まで開き、武人の逸物を苦もなくぐぷぐぷと飲み込んでいく。  
 そして直腸が武人の肉棒で埋め尽くされると、多量の腸液を溢れさせ、まるで生きているかのようにきゅうきゅうと締め付けてくる。  
「は、あっ、あぁ……! 硬くて、太くて、おっきくて…… あは、お兄さんのおちんぽが、やっぱり、私のアナルにはぴったりです、あっ、お、あ……! もっと、お腹の中、いっぱい擦ってください……!」  
「っ、く……!」  
 あまりの快感にすぐに出してしまいそうなのを堪えつつ、武人はウィルの尻穴に猛烈な挿送を加える。  
 それと同時に、この一日で溜め込んだ思いをそのままに吐き出していく。  
「こっちの気も、知らないで……! 心配、したんだぞっ……!」  
「あっ、あ、っあ、それは、光栄ですね…… お、ひっ、あ、あっ! あ、あんまり捻るのはっ」  
「っ、く、あ……!」  
 先端から根元まで抜き差しを繰り返すような深いストロークを繰り返す内、瞬く間に腰に溜まったものが逸物を駆け上ってくる。  
 視界が瞬くのを感じながら、武人は最後に剛直をウィルの尻穴へ根元まで強く捩じ込み、そこで射精した。  
 どくり、どくりという脈動に合わせて、多量の精液をウィルの直腸の最奥、結腸のあたりに注ぎ込む。  
「っあ、お兄さんの、精液で、お浣腸されてますね…… ふふ、とても気持ちいいです……」  
 蕩けた表情で蕩けた吐息を漏らしながら、ウィルが呟くように言う。  
 その表情はとても反省しているようには見えず、先日までの少女と何も変わらないように見えた。  
 だから――  
「っ、もう一回、出すぞ……!」  
「あ、うっ、ふふ、いっぱいおもてなししてくれるんですね…… あっ、おっ、あ、ふふ、やっぱり、こうじゃないと、あっ、あ、あっ!」  
 自分の物だという証をこの自分勝手なカボチャ少女に刻みつけようと、武人は再び全力で挿送を開始した。  
 
 
「――というわけで、ちゃんと仕事はしてきたわけです。っあ、あの時の顔はなかなか見物でしたよ」  
 数十分後。ふたりは繋がったまま部屋のベッドに場所を移し、ゆっくりと会話を交わしながら身体も交わらせていた。  
 ウィルが下になり、武人がその華奢な背中に覆い被さって、彼女の尻肉の間に逸物を突き刺している。ふたりの間ではあまり経験のない体位だ。  
「……じゃあ、別の男の相手はしてないわけなんだな?」  
「勿論ですよ。ふふ、焼き餅焼いてくれてるんですか? 大丈夫ですよ、私のお尻の穴はお兄さんの童貞おちんぽ専用なんですから」  
「童貞は余計だっての…… っ、く」  
「ふふ…… あっ、また、出てますね…… 熱いです。お腹の中がお兄さんの精液でたぷたぷ言ってますよ。お尻の穴もしばらく閉じそうにありませんし…… ベッドの上でお漏らしして欲しいんですか?」  
「君がしたいなら構わないけど」  
「流石にちょっと恥ずかしいですね」  
 話によれば、ウィルはハロウィンパーティーで一仕事した――肥えた中年親父に悪戯を希望されたので、それに応えて血が一杯に入った桶をぶち撒けた――後、別の妖精がこちらに訪問しに来る前にと飛んで戻ってきたらしかった。  
 自分と同様に、ウィルも武人のことを想ってくれていたのだと知って、武人はウィルを愛したい気持ちで一杯になる。  
 お兄さんのおちんぽが欲しかったですから、というのは彼女の身も蓋もない弁だが、それでも全く構わなかった。  
「ところで――この後、良かったら外にお散歩に行きませんか?」  
「へ? いいけど…… 唐突だね」  
 ふとウィルが口にした提案に、武人は丁度良かったと思いつつも疑問を口にする。  
 するとウィルは、彼女にしては珍しくほんのりと頬を朱色に染めて、  
「いえ…… 単にこうしている以外にもお兄さんと接点があった方がいいかなって今日改めて思っただけですよ。ほら、買い物とか、旅行とか――お兄さんは嫌ですか?」  
 そう問い返してきたのだった。  
 
 その後、夜に買い物が出来る時間ぎりぎりまでふたりが交わっていたのは、至極当然の話である。  
   
 
 

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