『日本鬼子は俺の嫁ッ!』  
 
 あ……ありのまま、昨晩起こったことを話すぜ!  
「節分の豆まきをしていたと思ったら、いつの間にか嫁が出来ていた」  
 な、何を言ってるのかわからねーと思うが、  
 俺も何が起こったのかわからなかった。  
 頭……より先にチンコが、現在進行形でどうにかなりそうだ。  
 
 「おや、婿殿、少しは回復してきたようじゃな。どれ……(ハムッ)」  
 
 ちょ、や、ヤメロぉ〜ジョ○カー!  
 あ、タンマ、当たってる、牙がアレに当たってる!  
   
 「おぉ、申し訳ない。なにぶん女子(おなご)になったばかりで、不調法でな。許してたもれ」ペロッ!  
   
 くはっ、ソコは……くっ、さすが元男だけあって、ツボを心得てやがる。  
 俺の精子(ライフ)はもうゼロのはずなんだが、早くも再起の予感が。  
 
 「それは重畳。フフフ……さぁ、婿殿、心ゆくまで愛し合おうぞ」  
 
 ボスケテ〜!  
 
 * * *   
 
 マイ・ワイフがマイ・サンを「元気づけて」いる間に、もう少しだけ詳しいことをお話ししよう。  
 昨日は2月3日。いわゆる節分の日だ。  
 とは言え、子供のいる家庭と違って、寂しい30歳独身男にとっては、せいぜい「恵方巻きを売ってる時期」くらいの認識しかなかった。  
 
 ところが、今年はたまたま近所の商店街で買い物したら、炒った大豆をオマケにくれたんだ。  
 「せっかくもらったんだし、30個食ってもまだ余るから、久しぶりに豆撒きでもしてみっか」  
 ……と考えた俺のことを誰も責められないと思う。  
 だが、そこでふと、一時期ネットで話題になった擬人化イラストのことが頭を過ったのは、まぁ、魔がさしたと言うべきか。  
 「鬼は萌え〜! 萌えは嫁!」  
 などというフザケたフレーズを連呼しながら豆撒きをしたのは少々大人げなかったと、今は反省している。  
 とりあえず、小袋に残った豆を萌えヲタにふさわしい台詞で撒き散らかして満足した俺は、掃除は明日にすることにして、そのまま布団に入ったんだ。  
 ところが。  
 電灯を消して15分程した頃か。うつらうつらしていた俺の視界がいきなり明るくなった。  
 「んぁ!? なんだ、いったい……」  
 眠い目を擦りながら、起き上がった俺の目の前……ってか、すぐそばの畳の上には、ちょこんと正座して三つ指ついてる、着物美人の姿が!  
 「へ?」  
 「おぅ、起きていただけたか」  
 腰どころかほとんど膝まで届きそうな長さの黒髪を揺らして、美人さんが笑う。  
 「美人の微笑」なんて男にとっては嬉しいはずの代物が、この時ばかりは何とも物騒なモノに見えたのは……まぁ、勘が働いたのかねぇ。  
 「だ、だだ……」  
 「──ダダ星人?」  
 「ちがーーーう! 誰だ、アンタ!? ついでにいつの生まれだよッ?」  
 そんなレトロなボケする奴ァ、初めて見たよ!  
 「ふむ。生まれは……正確には覚えておらぬが、おおよそ千年くらい前かの。そして、誰だと聞かれたなら……そうだな、お主の嫁だ、と言っておこうか」  
 「…………はァ!?」  
 
 とりあえず、このままではラチがあかないと見た俺は、起き上がってこの不法侵入者らしき女性とコタツをはさんで対峙し、話を聞くことにした。  
 で、和服美人が言うには、彼女はつい先程──小一時間程前までは、いわゆる「鬼」と呼ばれる存在だったらしい。  
 「鬼って……筋肉ムキムキで、角があって、金棒持って、虎縞のパンツ履いたアレ?」  
 「うむ。ホレホレ」  
 と彼女が指差す頭部には、艶やかな黒髪の合間から確かに牛みたいな角が伸びている。  
 「節分コスプレじゃないの?」  
 まぁ、どうせ鬼娘やるならラムちゃんのほうが、わかりやすくていい気もするけど  
 「疑い深いのぅ。では、触ってみりゃれ」  
 本人のお許しをいただいたので、彼女の頭部に手を伸ばし、恐る恐る角らしきモノに触ってみる。  
 「──本物だ」  
 「角」はしっかり彼女の頭から直接生えていた。  
 好奇心の赴くままにペタペタ触っていると、彼女が甘い吐息を漏らした。  
 「あン……そ、そこは敏感ゆえ、もそっと優しゅうしてくりゃれ」  
 「あわわわ、ご、ごめん!!」  
 慌てて手を離し、改めて座り直す。  
 「あ〜、その……嫁入り前の娘サンに、大変失礼いたしました」  
 「なに、構わぬよ。どうせ、じきにお主とは他人ではなくなるのじゃからな」  
 艶っぽい流し目を送られても、その、なんだ……困る。  
 「し、しかし、また、なんでそんな姿なの?」  
 いかにも大和撫子然とした、小造りで端整な顔立ち。  
 やや小柄な身長と華奢でたおやかな肢体。  
 一般的な鬼というイメージからは、いずれも程遠い。  
 「おそらく……いや、間違いなく、お主のせいじゃ」  
 「へ? 俺?」  
 「そうじゃ。お主、今夜の豆撒きで、妙な咒(まじない)を唱えたじゃろ?」  
 鬼娘が言うには、アレ──「鬼は萌え、萌えは嫁」のおかげで、本来「外」に祓われるべき「ケガレの象徴たる鬼」であったその存在が捻じ曲げられて、今の姿に具現化したのだと言う。  
 
 「えーーと、それはまた申し訳ないコトを……」  
 再び深々と土下座する俺。部屋主なのに立場よぇーな、おい。  
 「フフフ……謝らいでもよいわえ。むくつけき鬼と生まれて幾星霜。人に恐れられ、豆や刀もて追われる暮らしには飽き飽きしておったトコロじゃ。  
 それが、偶然とは言え、このような麗しき人間の女子に生まれ変われたとは、もっけの幸い。むしろお主には感謝しておるのじゃ」  
 はぁ、そういうモンすか。  
 「うむ。じゃなが故に……」  
 故に?  
 「恩返しをさせていただこう。今日から我がお主の嫁じゃ、婿殿!」  
 

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