物事は一度目より二度目の方が難しい、という格言があったような気がする。  
 ところで一度目を憶えてない場合、それはどうなるんだ?  
 
 
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 
 
 買い物に出かけたのは、昼の一時を過ぎてからだった。  
 華乃との話が済んだときにはもう十一時を回っていた。身支度を整えて朝食兼昼食を  
摂るころには、すっかり午後になってしまっていた。  
 戸締りをして、部屋を後にする。俺たちの住む部屋は一階奥の105号室で、廊下をまっ  
すぐ抜けるとそのままマンションの出入口に出ることができる。  
 外は快晴だった。空には雲のかけらさえなく、絶好のお出かけ日和だ。  
 華乃はそんな空を仰ぎながら、ニコニコしている。  
「なに笑ってんだよ」  
「んー、いい天気だしね」  
「晴れの日はいつもニヤニヤするのかお前は」  
 気持ち悪いだろ。  
「そんな不審人物になった覚えはないよ。そうじゃなくて、お出かけするの久しぶりだから」  
「……そうか?」  
 俺たちは並んで商店街へと歩き出す。  
 華乃はなかなか規則正しい生活を送っている。講義もサボらず毎日出席し、バイトにも  
精を出している。夜更かしは、してもせいぜい日付が変わるころまで。朝も七時には起き  
るし、約束通り食事の用意も欠かさない。食事に関しては俺は別にそこまで律儀に守ら  
なくてもいいと思っているが、料理は好きだからと、華乃がそれを怠ることはない。  
 そんなわけで、華乃は活動的な毎日を過ごしている。外に出ない日はない。だから  
華乃の久しぶりという言葉に違和感を覚えた。  
「久しぶりだよ。涼二と一緒にお出かけするのは」  
 あ。  
「……そういえば最近ないな」  
「そうだよ。誰かさんは本当に生活が不規則だもんね」  
「すまん」  
 俺の最近の生活は実に大学生らしいものだ。  
 はっきり言ってしまうと、遊んでばかりだ。合コンには行かないが、友達とよく呑みに行く。  
週に一回は麻雀も打つ。タバコはやらないが、酒や賭け事はそれなりに好きなのだ。  
 それが原因で、華乃とは一日顔を合わせないこともある。  
 華乃の作った料理を冷蔵庫から取り出すとき、いつも申し訳なく思うが、しかし俺はこの  
生活を改める気はあまりなかった。  
 部屋にいると、どうしても華乃を意識してしまうためだ。  
 夜などは特にその思いが強くなる。華乃は俺の前だと無防備な姿をよくさらすし、幼馴  
染みだからか遠慮がない。それが俺の心を大いに乱す。  
 精神衛生上、大変よくない。そう思って夜遊びをするようになったのだが、しかしそんな  
俺の意図も夕べの件で無駄になってしまった。  
 まあ憶えてないので実感自体は薄いわけだが。気まずさだけがあるというのも理不尽な  
話だ。  
 
「でも、これからはもう少し控えることになるんじゃない?」  
「? なんで」  
「だって、これから夜は忙しくなるよ」  
 呼吸が鈍った。  
「何驚いた顔してるの? 今から買いに行くのだって、それが目的でしょ」  
 まったくその通りである。  
 食料の買出しも兼ねてはいるが、一番の目的は、その、避妊具を買いに行くことだったり  
する。  
「い、いや、それは」  
「……うーん、覚悟が足りないなあ」  
 華乃は腕を組んで、わざとらしく唸った。  
「もう少し度胸が必要だね。じゃないと、いざというとき女の子をリードできないぞ」  
「悪かったな」  
「ふふ、でもちょうどいいかもね」  
 華乃は小さく笑った。  
「何がだよ」  
「涼二にとっても、いい練習になるってこと」  
 俺は咄嗟に言葉が出ない。  
「お互いこれで経験値を上げてさ、素敵な相手を見つけられればいいんじゃない?」  
「そういうのは複数の相手とすることで鍛えられるんじゃないか?」  
「それができるほど涼二クンは女の子の扱いに長けてるのかなー?」  
「……」  
 お前はどうなんだよ、と言いかけてなんとか止まる。  
 こいつが他の相手と付き合うところを想像して、嫌な気分になったのだ。  
 今のところ、それはないはず。大丈夫だ。  
「まずはあれだ。服装から変えていく必要があるかもな」  
「え?」  
 俺は彼女の全身を上から下に順に眺めやった。  
 無地のブラウスにジーンズ。体にフィットして活動的な華乃にはよく似合っているが、  
ファッションとしては簡素にすぎる気がする。  
「いつもジーンズ着てるよな」  
「んー、そんなことはないと思うけど」  
「スカートとか着ないのか? ワンピースとか」  
 それを聞いて華乃の口元がUの字をうっすらと描いた。  
「ほほーう、涼二クンはスカート姿をお望みかね」  
「ちょっ、なんだその嫌な笑みはっ」  
「いやいや、なるほどねー」  
 華乃は腕を解くと、ブラウスの裾を軽くつまんだ。  
「これくらいの軽い服装の方が、重くなくていいんだけどね。でも涼二がそう言うなら着て  
みてもいいかな」  
「別に俺は、」  
「前にメイド服姿をご所望だった憶えがありますけど?」  
「……」  
 閉口するしかない。  
 
「男ってどうしてそんなにスカートが好きなんだろうね。今からの時期は寒いだけだよ」  
 華乃はおかしそうに笑う。  
「……スカートはともかく、シンプルすぎる服装はどうかと思うって話だ」  
「涼二だって同じようなものじゃん」  
 自分の服装を顧みる。ジーンズにジャケットを合わせた格好は、いかにも普通の組み  
合わせだ。  
「上着いっつも黒だし。もっと色合いを考えてさー」  
「と言われてもな」  
「無彩色ばっかり。たまには明るい色とかどう? 赤とか黄色とか。私の見立てでは  
オレンジが似合いそう」  
「そうか? なんかイメージしづらい」  
 自分の容姿や服装のバランスを客観的に見るスキルは、俺には備わっていない。  
だから色も無難なものを選んでいる。  
「いや俺よりお前の話だよ。好きな奴にアタックしたかったら、もう少しおしゃれした方が  
いいんじゃないか?」  
 すると、華乃はぐっと顔を強張らせた。  
 はっきり傷ついた表情を見て、俺は口をつぐむ。  
 華乃はふいっ、と視線を前に戻す。  
 前方に駅前の踏み切りが見えてきた。カンカンと鳴る音が響いてきて、遮断機が降り  
ていく。  
 俺たちは無言のまま歩く。  
 踏み切りの前で止まったとき、華乃は言った。  
「私は、別に告白する気はないよ」  
 音に負けないようにだろう、やや張り上げた声だった。  
「……なんで?」  
 俺もまた大きな声で訊き返したが、それは単純に驚いたせいでもあった。  
 練習って言ったじゃないか。  
「いいの。私は今でも十分満足だから」  
 華乃の表情は平静そのもので、ひどく落ち着いていた。先ほど見せた動揺も収まって  
いる。  
 その内心を推し測るのは難しかった。いくら幼馴染みといっても、心まで見透かせる  
わけじゃない。むしろわからないことだらけで、俺は戸惑ってばかりだ。  
 ただ、その顔は、  
「私は……あなたが」  
 電車の音が言葉をさえぎった。  
 十両編成の車両が目の前を轟音とともに駆け抜けた。空間を突き抜けるような衝撃が  
空気の震えから伝わり、思わず身を引いた。腹に響く振動は、電車の質量を実感させる  
ように重い。  
 特急だったのか、電車は駅には停まらず、そのままホームを通り過ぎていく。  
 音が過ぎ去ると、またのどかな町の空気が戻ってきたような気持ちになった。耳に  
微かに金属音が残っている。  
 華乃は遮断機が上がるのを穏やかに見つめ、それからゆっくりと歩き出した。  
「……華乃?」  
 さっき何か言いかけたように思ったのだが、気のせいだろうか。華乃は俺の呼びかけに  
「ん?」と反応したが、何も言い出さない。  
「あ、いや……」  
 うまく訊き返せず、俺は口ごもってしまう。  
「変な涼二」  
 おかしげに微笑む彼女の表情は、いつもと同じように柔らかかった。  
 
   
 商店街は線路を越えた反対方向にある。  
 基本的に食料品・日用品などの買い物はここで済ませるが、アレが置いてあるのは  
コンビニや薬局だろう。この辺りに薬局はあっただろうか。  
「ゆっくり回ってみればいいんじゃない」  
 華乃の適当な提案にうなずき、とりあえずぶらぶら歩き続けることにした。  
 日曜日ということもあってか、スーパーへの買い物客が多く見られた。しかし商店街  
全体で見ればそこまでにぎわっているわけではない。寂れているというより、のんびり  
した空気が漂っている。靴屋、金物屋、米屋に八百屋、様々な店舗が建ち並んでいたが、  
そちらにはあまり客は入っていない。何か作業をしながら、隣人同士で談笑していたりも  
する。のどかな町並みだ。  
「雑貨屋に置いてあったりするかな?」  
 古本屋の隣にある店に目を向けながら、華乃はぽつりとつぶやいた。  
「いや、どうなんだろう。というか、このあたりは全然わからん。スーパーにしか行かないし」  
 帰り道、たまに買い物を頼まれることがあるのだ。  
「入ってみようよ」  
 華乃は楽しそうだ。  
 そんな彼女を見ていると、不意に懐かしい思いにとらわれた。  
 小さいころは二人でいろんなところに出かけた。小さな町の近所に限ったことでは  
あったが、小遣い片手によくお菓子を買いに行ったものだ。  
 家々の隙間や知らない道を一緒に歩くのが、妙に楽しかった。  
 その思い出が穏やかな空気に交じって頭に流れ込んでくるような、そんな気分だ。  
 促されて雑貨屋へと足を向ける。  
 入口の前には花が並んでいた。中に入ると少し空気のこもったような埃っぽい匂いが  
した。どこかで嗅いだことがあるように思えるのは気のせいだろうか。食品やお菓子  
類は保存の利くものばかりで、カップラーメンやクッキーがそれなりに多く陳列していた。  
奥には文具と事務用品が並び、隅の方に電池やカセットが置かれていた。  
 俺たち以外に客の姿はなかった。たぶん近くのスーパーに客を取られているのだと思う。  
「あ、これ懐かしい」  
 声に誘われて見ると、ビスケットの入った袋が華乃の手にあった。一つ一つがアルファ  
ベットの形をしたもので、昔よく食べた憶えがあった。  
「食べ始めると止まらなくなるのね。だから涼二よく怒られてた。憶えてる?」  
「……いろいろ言われたな。あまり食べ過ぎないようにしなさいって注意されたけど、  
つい、な」  
 節分の時に落花生を食べるのにも似た感覚だ、あれは。特別美味いわけでもないの  
だが、中毒性があった。  
「でも子どもはみんな好きだと思うよ。こういうお菓子」  
「かもな」  
「うん。これ買おう」  
 華乃はそれだけを持ってレジに向かう。  
「おい、他にはいいのか?」  
「ざっと見た感じ、アレはないみたいだし、いいよ」  
 とはいえ、俺は異性と付き合った経験が舞いので、アレの入った箱というものをじっくり  
見たことはないのだが。ぱっと見でわかるものなのだろうか。一応見回してみたが、確かに  
それっぽいものはなかった。絆創膏と湿布薬の箱が無造作に置かれてあるだけだった。  
 俺はシャーペンの芯が残り少ないのを思い出して、それを買った。レジにいた店番の  
中年女性は愛想のいい顔を見せていたが、あれはひょっとしたら俺たちみたいな若い  
客が物珍しかったのかもしれない。  
 今度からここに寄ってみるのも悪くない気がした。  
   
 
 しばらく二人で適当にぶらついた。  
 目的のものはそっちのけで、いろいろなところを回った。節操なく冷やかして、何も買わ  
ずに店を出る。それだけでなんとなく楽しかった。華乃の隣にいることが居心地よかった。  
 思えばそれは久しぶりのことだった。最近の俺は華乃の隣にいることに気まずさばかり  
感じていて、それをどこかで疎ましく思っていたのかもしれない。  
 華乃は楽しそうに微笑んでいる。それは俺の知っている昔からの笑顔に限りなく近かった。  
 大人になった分だけ、差異が出ているのかもしれない。俺たちは昔のように一緒になって  
近所を走り回ることができない。  
 それでもこうして一緒にいるのは、やっぱり仲がよかったためだろう。いくら幼馴染み  
でも、普通は同棲まではいかないと思う。  
 いつから俺はこの幼馴染みが好きだったのだろう。  
 はっきり意識したのは同棲し始めたここ最近だが、それ以前からもなんとなく「いい」  
とは思っていた。  
 昔から華乃は明るいやつだった。活発というよりは快活な女の子だったと思う。はっきり  
ものを言う性格だったし、俺に対しては遠慮も少なかった。その一方で細かい気遣いも  
できる奴だった。  
 一言で言えば、かっこよかったのだ。  
 別に運動が人一倍できたり、成績が抜群に優れていたわけではない。俺よりは優秀  
だったが、それもまあ並の範疇に収まっていたと思う。  
 ただ、華乃はいつも堂々としていた。  
 自分というものをはっきり持っていたのだろう。何かに流されたり、負けてしまったり、  
そういうことがほとんどなかった。  
 小学生のとき、クラスのいじめに正面から立ち向かったこともあった。俺は華乃に加勢を  
したが、教師を介さずに解決させた辺り、華乃はいじめ側にも公平に動こうとしていたに  
違いない。  
 小林華乃は、つまりはそういうやつだった。  
 自分の中に確かな芯を持っていて、それがぶれないでいる。  
 どうして彼女がそうあったのかは知らない。しかしそれは同年代の中で少し違って  
見えた。それが俺の目にとてもかっこよく映っていたのだ。  
 俺は普通だ。自分でもそう思うし、周りもそう見ていたと思う。華乃はよく「涼二は優しい  
よね」と言ってくれたが、それは褒め言葉じゃない気がする。  
 だからだろう。彼女が他とは違うように見えて、それに憧れた。元はそんな幼心が理由  
なのだろう。  
 今でも基本的に彼女は変わらない。そんな彼女に、俺は今恋をしている。  
 
「薬局、ないね」  
 しばらく歩き回ったが、結局アレの置いてそうな店はなかった。  
「離れてるけど、線路沿いに行ったところにコンビニあるだろ。あそこに行くか?」  
 いつもは徒歩ではなく自転車を使っていく場所だ。1qは離れているのであまり気は  
進まないが、この際仕方ない。  
「その必要はないでしょ」  
「え、でも」  
「あそこにあるんじゃないの?」  
 華乃はすっ、と斜め前の建物を指差す。  
 さっきから度々話題に上っていたスーパーだ。まだまだ客の出入りは途切れそうもない。  
 俺はきょとんとなった。  
「え、置いているのか? あそこに」  
「え? 置いてないかな?」  
 華乃は不思議そうに首をかしげる。  
「最近はああいうところにもあるんじゃないの?」  
「そうなのか? ……だったらなんで俺たちこんなに歩き回ってたんだよ」  
 早く教えてくれればいいのに。  
「もう、馬鹿。できるだけ入りたくないからに決まってるでしょ」  
「どうして」  
「……涼二、何を買うか本当にわかってるの? 恥ずかしいじゃない」  
「……」  
 確かに多くの客が出入りする場所で避妊具を買うのは恥ずかしい。いや、慣れれば  
そうでもないのかもしれないが、できれば避けたいと思うのは至極もっともな意見で。  
 別に忘れていたわけではない。ただ、まだ実感が伴わないために、そういうことに  
まるで気が回らなかった。華乃と歩くのが楽しくて、そこに意識が行かなかったのも  
あるが、  
 ……今さらながらに、俺は隣に立つ彼女のことを意識した。  
 さっきまでの思い出に浸るようなセンチメンタルな意識ではない。もっと現実的な、  
鼓動が脳髄に響くような緊張を伴う意識だ。  
 今朝の感触がよみがえる。裸の彼女が隣にいて、腕に、背中に感じた肌の温かさが、  
「……エッチなこと考えてる?」  
「えっ!? あ、ちが、」  
「スケベ」  
「――だ、だから違う、そんなんじゃ」  
 華乃はくすりと笑った。  
 それから耳元に唇を寄せると、囁くように言った。  
「部屋に帰ったら、涼二の好きにしていいから」  
 心臓が止まりかけた。  
 慌てて華乃を見るが、すでに身を引いて視線を前に戻している。  
「……」  
 俺はカラカラになった喉を潤すために、何度も唾を飲み込んだ。  
   
   
 リビングのソファーに座り込み、俺はふう、と息をついた。  
 華乃は買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞っている。俺は雑貨の入った袋からおもむろに  
『それ』を取り出した。  
「……」  
 そっけないデザインの箱。コンドームの箱はタバコのそれに似ているという話を聞いた  
ことがあるが、今俺の手元にあるものは、タバコの箱よりは大きかった。白を基調とした  
シンプルなデザインは、どちらかというと今日雑貨屋で見た絆創膏のものに近い。ぱっと  
見ただけでは、コンドームとはわからないと思う。おかげで買いやすかった。  
 夕べのことを、俺は憶えていない。  
 たぶん中に出してしまったのだろう。罪悪感が拭えないのはそれも理由の一つだ。もし、  
できていたら……。  
 責任ならいくらでも取る。しかし華乃がそれを望むかどうかは別だ。俺はあくまでただの  
幼馴染みで、彼氏ではない。そんな俺が責任がどうのと言ったところで、華乃に拒絶され  
たらそれで終わりなのだ。  
 だから、避妊に関しては相当気を遣う必要がある。華乃のために。  
「検査とか、行かなくていいのか?」  
 冷蔵庫の整理を終えて戻ってきた華乃に、俺は問いかけた。  
 華乃は首をかしげる。  
「夕べ俺は、お前に、その……」  
 そう言うと思い至ったようで、華乃はああ、と声を上げた。  
「別に大丈夫だと思うんだけどね」  
「いや、大丈夫なわけないだろ」  
「うーん、涼二がそう言うなら行くけど」  
 何を呑気なことを言っているのだろうか。危機感がない。  
「アフターピルって72時間以内に服用するんだっけ」  
「さあ……いや、とにかく早めに行った方がいいだろ」  
「今日はもう時間がないよ。明日明日」  
「お前な……」  
 俺のせいではあるのだが、それでも言うべきことはきっちり言っておかないと。そう思って  
口調を強くすると、華乃はじっと俺の方を見つめてきた。  
「別に責任取って、なんて言わないから。安心してよ」  
「……」  
 胸の内側が絞られるように苦しく、痛む。  
 その言葉が俺にとってどういう意味を持つのか、こいつは知らない。  
 そんなことを言われたら、俺はどうすればいい。  
「華乃」  
「ん?」  
「シャワー浴びてくる」  
「……ん、わかった。じゃあ私はごはん作るから……」  
「いい」  
 声が幾分低くこもる。  
「え?」  
「すぐ上がる。その後お前も入れ」  
「……う、うん」  
 華乃の戸惑った声に少しだけ安心した。まだ俺の言葉はこいつに届いている。  
「明日、ちゃんと病院行こうな。一緒に」  
 そう付け足すと、華乃は不安げな顔を崩して笑った。  
「しつこいね、涼二は」  
「ああ」  
 まったくだ。  
「……うん、ちゃんと行くから。ありがとう、心配してくれて」  
 その言葉を聞いて、胸の痛みが治まった気がした。  
   
   
 バスルームから出てリビングでしばらく待っていると、シャワーを浴び終えた華乃が  
ゆっくりと姿を現した。  
 パジャマ姿だった。ピンクのそれは何度も見ているもので、しかしいつもより色っぽく  
映る。風呂上がりのせいだろうか。  
 華乃はそそくさと近寄ってきて、俺の隣に腰掛けた。  
 彼女がいつも使っているリンスの匂いが、いつもより刺激的に感じる。  
 華乃はそっと顔を伏せて、しばらく目を合わせなかった。  
 ただ、ぽつりと言った。  
「……部屋、行こ?」  
 心臓の音がやけにうるさく響いた。  
 しかし一方でどこか感覚が遠い。血液の流れが悪くなったかのように、全身が麻痺を  
している、そんな気分にとらわれている。  
 俺は震える手で華乃の手を取ると、そのまま立ち上がり、彼女の部屋へと入った。  
 電気を点けると、白い光が部屋を明るく照らした。クリーム色の絨毯を踏み越えて、  
正面のベッドにたどり着く。  
 手をつないだまま、二人して腰掛ける。  
 触れ合う手のひらを通して、互いの体温がほんのり伝わってくる。この緊張が相手にも  
伝わっているかもしれないと思うと、どうにも気恥ずかしい。  
 華乃はまた、今度は幾分深く、息を吐いた。  
 ゆっくり首をめぐらして、こちらを見つめる。  
 体格の分、少し見上げる形だ。自然と上目遣いになっていて、微かに赤くなった両頬が  
いつもと違った印象を与える。  
「……」  
 特に言葉はなかった。ただ、訴えるような目が俺を突き動かした。  
 上気した頬にそっと手を添えて、視線を間近で正対させる。  
 華乃は俺にすべてをゆだねるように、目を閉じた。  
 また、唾を飲む。  
 しかし止まらない。俺はそのまま顔を近づけていく。  
 顔をわずかに斜めに傾けて、小さく突き出した形のいい唇に、自分のものを重ねた。  
「……」  
 瞬間、華乃の体が少しだけ強張った。  
 しかしすぐに体の力を抜くと、自分から唇を押し付けてきた。俺もそれに応えるように、  
さらに深く求めた。  
 心臓がますます音を強くする。  
 柔らかかった。弾力のある唇はいつまでも塞いでいたいほど味わい深く思った。味わいと  
いう言い方は過剰でもなんでもない。俺は華乃のみずみずしい唇を味わっている。  
 名残惜しくも唇を離すと、華乃は息切れしたように呼吸を乱していた。キスをしていた  
時間はせいぜい10秒くらいだったと思うが、興奮が息遣いを激しくさせていた。  
 俺も少し息が速い。  
 たまらなくなって、華乃を抱きしめた。  
 それは愛しさに押された行動だった。想いが募りすぎて、気が狂いそうだ。  
「……涼二?」  
 予想外の行動だったのだろう。しかし俺は答えない。  
 口を開けば、閉じた想いが一気に溢れてきそうで。  
 華乃の体を抱きしめながら、膨れ上がった気持ちをゆっくり鎮めていく。この想いを伝え  
ないように、俺は心の奥の小さな箱に、それをすべて封じ込めた。  
 
 ごまかすように、華乃の腰へと手を伸ばす。  
「――」  
 息を呑む気配。華乃の体が再び強張り始める。  
 パジャマ越しに尻をなでると、今度ははっきりと震えた。その反応もまた新鮮だった。  
 少し体を離して、隙間を作る。尻肉を右手で撫でながら、左手をその隙間に入れた。  
「んっ」  
 胸をつかんだ瞬間、華乃の口からとうとう声が洩れた。  
 パジャマ越しにもはっきりわかるふっくらとした感触は、性欲をダイレクトに掻き立てる  
ほどに強烈な快感を生んだ。まるで華乃への刺激が俺自身にも直結しているような、  
そんな錯覚さえ起こしそうなほどに気持ちよかった。  
 片手だけでは足りない。右手を腰から離し、もう一つのふくらみに触れる。  
 肉に指が沈む様子は視覚的にもヤバいくらいに興奮する。鼻腔を甘くくすぐる匂いも、  
口から微かに洩れ出る声も、何もかもが俺の心を煽るようだ。  
 暴力的な欲が脳を支配する。まどろっこしいことはやめて、今すぐこいつと繋がりたい。  
押し倒して、征服したい。そんな思いが俺の中にあったことに驚く。いや、あって当然だ。  
俺だって男なんだから。こいつは本当にそのことをわかっているのか?  
 体がむずむずする。指先に自然と力がこもる。  
「涼二……痛い」  
 華乃の声にはっとなった。  
 思わず胸から手を離すと、華乃はなぜかはにかんだ。  
「……なんだよ」  
「ううん。やっぱり涼二は涼二だなあって、そう思っただけ」  
 言っている意味がわからなかった。  
 華乃は笑ったまま俺の手を取る。  
「私にも興奮するんだね」  
「……そりゃあ、な」  
 お前だからこそだ。  
「でも、我慢してくれてる」  
「え」  
「本当はもっといろいろやりたいんでしょう? でも涼二は、私を気遣ってくれる。それは  
ちょっと嬉しいかな」  
「……」  
 なんだか随分都合よく解釈されているようだ。俺はうまく返答できない。  
 そんなことを言われたら、意地でも理性を保つしかないじゃないか。  
「華乃」  
「うん」  
「脱がすぞ」  
「うん」  
 華乃は素直にうなずくと、ベッドの上に上がった。  
 俺も後に続き、華乃の真正面で膝立ちになる。華乃は邪魔にならないようという配慮か、  
膝を斜めに畳んでいる。その体勢はいかにも女らしかった。  
 ボタンに手をかけた。大きめのボタンは外しやすく、思ったより簡単に剥くことができる。  
 前立てを開くと、下には何も着けておらず、白い素肌が露わになった。  
 今朝も見たはずだが、改めて正面からしっかり見た体は、やはり惚けてしまうほどに  
美しかった。  
 欲を忘れそうなほど綺麗な体に見とれつつも、俺は衣服を剥ぎ取る。華乃は顔を朱に  
染めてはいたが、体を隠したりはしなかった。  
 
「どう、かな」  
 軽く上目遣いにこちらを窺う。俺は正直に答えた。  
「綺麗だ」  
「……似合わない台詞だね」  
「練習が必要、か?」  
「あまり言い慣れすぎるのもよくないかもね。たまに言うからぐっと来るんじゃない?」  
 注文の多い幼馴染みだ。  
「そんなに使う機会に恵まれるとは思えない」  
「こら、私がいるだろ」  
「たまに言うからぐっと来るんだろ」  
 普段は、こんなこと言えない。  
「こういうときでもないと、カッコなんかつかない」  
「大丈夫。今の涼二はかっこいいと思うよ」  
「……」  
 じっと彼女を見ると、華乃は恥ずかしそうに目を伏せた。  
「……あは、なんだか変だね。朝はあまり気にならなかったのに、今は……」  
 どうしてだろう、とつぶやく。その赤らんだ顔には戸惑いの色が混じっている。  
 それは今の状況に慣れていないせいだろう。ただの幼馴染みだった自分たちがこう  
いう関係になるということに、まだ頭のどこかでついていけていないのだと思う。少なく  
とも俺はそうだ。提案した側とはいえ、華乃だってそれをすんなり受け入れられるとは  
思えない。  
 それでも俺がこうして向き合っていられるのは、欲と想いがあるから。  
 こいつが欲しいんだ、俺は。  
「んっ……」  
 二度目のキス。まだ慣れないが、それでもさっきよりは自然にできたと思う。華乃に  
抵抗は見られなかった。  
 口唇が唾液とともに深く繋がり合って、そのまま体に覆い被さるように押し倒した。  
 さっきよりも大胆に求めた。唇を吸い、唾液を味わい、舌でなぶっていく。  
 華乃は俺の肩をぎゅっと耐えるようにつかむと、キスにぎこちなく応えた。おずおずと  
唇を開き、舌を受け入れ、自らのそれを絡ませていく。  
 興奮のボルテージが一気に上がり、下半身が痛いほどに主張し始めた。寝巻き  
代わりのジャージを内側から押し上げて、華乃の太ももに食い込むように当たっている。  
キスをしながら思わずこすりつけると、一層気持ちよさがこみ上げてきた。  
「ん……あ、涼二……それ」  
 俺のものに気づいて、華乃が唇を離した。唾液が端から微かに糸を引いて、それが  
いやらしく光る。  
 華乃は俺の下半身にじっと視線を合わせている。俺は気まずくなって腰の押し付けを  
止めた。  
「……脱がないときつくない?」  
「……」  
 それはまあその通りなのだが、正面から言われると、反応に困る。  
「……って、おい。何やってる」  
 華乃の手が俺のジャージに伸びている。  
「脱がすよ」  
「いい。自分で脱ぐ」  
「脱がしたいの。涼二ばかりずるいもん」  
 そういう問題なのか。女も男を脱がしたいと思うのか。  
 引っ掛かりを外すようにジャージのゴムが華乃の手によって引っ張られる。  
 手術でもするかのように慎重な手つきでジャージがトランクスごと下ろされていき、  
逸物が姿を現した。  
 先ほどのキスや太ももの刺激もさることながら、幼馴染みに脱がされるという状況が  
あまりに倒錯的で、もうすっかり俺のものは屹立していた。  
「……綺麗な形じゃないよね、はっきり言って」  
 確かに、客観的に見たらグロテスクなことこの上ない気がする。  
 
 と、  
「っ」  
 細い指が逸物をおもむろに撫でた。  
「おい、華乃っ」  
 慌てて制止の声を上げたが、しかし華乃の手は動きを緩めない。  
 白い指先が下から上に皮ごと肉をなぞる。  
 背筋がぞくりと震えた。  
 華乃はただ俺のものを熱心に見つめ、上下にしごいている。  
「う……」  
 俺は快感に打ち震えながらも、それに負けないように動いた。  
「えっ!?」  
 俺の手が華乃の股間に伸びる。華乃は慌てたように俺の体を押しのけようとするが、  
二人並んで横になっているこの状態では、ろくに力を入れることもできない。  
 華乃の慌てふためく様子に構わず、まだ残っていた下のパジャマをショーツごと一気に  
下ろした。  
「ば、バカァ! 変態! なんてことするのよ!」  
「いきなりズボン脱がして勝手にいじくってきた奴がそれを言うか?」  
「そ、それはそうだけど……ひゃあっ!」  
 剥き出しになった股間におもむろに手を入れると、華乃はびくっと身を強張らせた。  
 手が太ももの内側に入る。  
 すべすべした肌はしっとりと柔らかく、温かかった。  
「そこはダメ……ダメ、なの……」  
 どこかで聞いたことがあるような喘ぎ声だったが、俺はまたも無視して手をさらに上へと  
すべらせる。  
「涼二のバカ……変態」  
 華乃は恥ずかしそうに顔をそむける。  
「うっ」  
 しかしそんな顔の態度とは裏腹に、華乃の手は俺の逸物をつかんだまま離さなかった。  
 反撃をするように再び上下にしごき始める。油断していた俺は、その刺激に思わず声を  
洩らした。  
 顔をそむけながら華乃はつぶやく。  
「そっちがそのつもりなら、私も勝手にするからね」  
 細指が優しく躍る。俺の下半身で。  
 指先が紡ぐ刺激は強烈で、俺は下っ腹に力を入れて懸命に耐えた。  
 波が収まるのを待って反撃に転じる。  
「ひゃっ」  
 初めて触れたそこは、すでに潤んでいるようだった。  
 どこか心許ないくらいに柔らかいそこは、熱と湿り気を帯びていて、また興奮を掻き  
立てる。  
 華乃の手が止まった。俺は秘部に指を這わせると、割れ目に沿って開くように撫でた。  
「――っっ!」  
 短い嬌声が部屋に響いた。  
 こうも敏感な反応を見せられると逆に不安になる。何か間違ったことをしてしまったの  
ではないかと。  
 
「か、華乃?」  
 指の動きを緩めて、そっと声をかけた。すると華乃は、激しく息をつきながら言った。  
「……おかしい」  
「え?」  
 ぎくりとする。  
 華乃はまどろむようにぼうっ、とした目で俺を見つめる。その目はひどく扇情的に映った。  
「すごくドキドキしてる……」  
 膝まで下ろしたパジャマパンツが妙にエロい。  
 俺はうまく答えられずに、口をつぐんだ。  
 ただ、体は素直に動いた。  
「あ……」  
 そうしたいと思ったときには、俺はもう華乃を抱きしめていた。そのときの華乃があまりに  
かわいく見えたから。  
「……昔と変わらないね」  
「……?」  
 何のことかわからないでいると、幼馴染みはおかしげに笑った。  
「小さいころ、困ったときにはこうやって私を抱きしめてたんだよ。憶えてない?」  
 ……そうだっただろうか。というか、そんな恥ずかしいことをやっていたのか俺。  
「こんないやらしい場面ではなかったけどね」  
「……当たり前だ」  
「そうだね」  
 華乃は俺の胸をわずかに押しやって、隙間を作った。そうすると互いの目が適度な  
距離で向き合えるようになった。  
 間近で、俺たちは見つめ合った。  
「でも、今はもう大人だから」  
 こういうこともできるんだよ、と。  
 彼女からのキスは、俺が彼女にするより何倍も優しく、嬉しかった。  
 
 
 
 残った服をすべて脱ぎ去り、俺たちは生まれたままの姿で向き合った。  
 仰向けに横たわる彼女の体をさえぎるものは何もない。白い明かりの下で、ほくろ一つ  
ないその体は、ただ純粋に見とれてしまうほどに美しかった。  
 芸術品に出会えたようなその感慨も、直接触れた瞬間、泡のようにはじけて消えた。  
 きめの細かい肌は、指に溶けるようになめらかだ。  
 奥から返ってきた弾力が、ともすれば夢心地になりそうな意識を現実に引き戻すように  
妖しく誘う。  
 頬をなで、髪をなで、華乃の体に俺のことを徐々に慣れさせていく。  
 ぐっと顔を近づけて、胸の先端に口付けた。ぴくりと身じろぐ華乃の反応が嬉しい。  
 左手で胸を揉みながら、右手を下腹部に差し込んだ。抵抗はなく、スムーズにたどり  
着けた。  
 潤いはまだ保たれている。これなら入るかもしれない。いや、こいつは痛くなかったと  
言っていたが……。  
 
「……まだ……しないの?」  
 華乃が控えめな口調で訊ねてきた。  
「私は、大丈夫だよ」  
「……具合がわからん」  
「具合って」  
「実質初めてなんだ。つい慎重になってしまう」  
「……怖い?」  
「……」  
 最初はそういう思いも多少あったかもしれない。だが今は、  
「他の相手だったらそう思ったかもしれない。だけど、お前なら大丈夫だ」  
「遠慮しなくていいってこと?」  
「いや。お前が変に気を遣ってうそをつく女じゃないってことを、俺は知ってるから」  
 こいつは気遣いのできる女だが、下手なうそはつかない。つくならもっと上手に、優しい  
うそをつく。相手を傷つけないうそをつく。  
「私だって、けっこううそをつくよ」  
「それは誰も傷つけないうそじゃないのか」  
 すると、華乃は寂しげに目を細めた。  
 どきりとする。以前にも、そして今朝も、同じような顔を見た。  
「うん……そうだったら、いいな」  
「……華乃?」  
 華乃は不意に俺の首に腕を回すと、唇を重ねた。  
 戸惑いながらもそれに応える。抱きしめなおして、深く繋がり合った。  
 急に不安になった。俺はひょっとして、何か勘違いをしているのではないか。こいつが  
こういう態度を見せるのは、何か重大な理由があって、それは俺にとっても大事なこと  
なのではないか。  
 俺が知らないだけで、どこかで誰かを傷つけたことがあるのかもしれない。  
 しかしわからない。いくら幼馴染みでも、心の内側までは読めない。  
 ただ、どんなにわからなくても、こうやって抱き合えること自体はどこまでも本物で、  
確かなぬくもりが感じられた。  
 唇を離すと、華乃は薄く微笑んだ。  
「今の、すごく気持ちよかった」  
「今のって」  
「キス」  
 微笑んだまま、華乃はささやく。  
「私、もう我慢できないかも」  
「……俺も、かな」  
 がちがちに硬くなった逸物は、華乃の太ももに当たる感触もあって、すぐにでも射精  
してしまいそうだ。  
 俺は一旦離れると、買ってきたコンドームを手に取った。一つ取り出して自分のそれに  
装着する。初めて扱うそれは意外なほど薄く、心許なく感じられたが、着け終えると具合は  
悪くなかった。  
 じっと待っている華乃の両脚を、ゆっくりと開いた。  
 まともに正面から見るそこは、よく手入れがされていた。陰毛が綺麗に整えられている。  
脚をさらに大きく開くと、毛群のやや下側に秘部がはっきりと見えた。  
 さすがに恥ずかしいのか、華乃は声も出さない。  
 俺も無言だ。いよいよとなると、心臓が止まりそうなほど痛くなる。  
 
 両脚の間に体を割り入れた。  
 そのまま腰を持ち上げて、華乃のそこに、  
「んんっ」  
 思ったよりもずっと楽に入った。  
 最初の一呼吸で半分くらいまで入り、そこからゆっくり奥に進入していく感じだった。  
締め付けはあるものの、それほど苦ではない。むしろ襞々が先のくびれに引っかかる  
感触が気持ちよく、気を抜けば瞬く間に放出してしまいそうだ。  
 華乃はぎゅっと目をつぶっていた。  
「……痛いのか?」  
 心配になって訊ねると、華乃は首をゆるゆると振った。  
「頭がヘンになりそう……」  
「……どういう意味だよ」  
「……言わせないでよ。これでも、恥ずかしいんだから……」  
 声に熱がこもっている。息が少し上がっていて、肌から伝わる熱も高いように思った。  
 本当に気持ちがいいのだろう。  
 俺も気持ちいい。相性がいいというのは本当かもしれない。  
 ろくに経験のない俺が、好きな女の子を喜ばせることができるなんて。  
 偶然が働いたのだとしたら、俺は運がいい。少なくとも華乃を失望させることはない。  
 奥まで到達したとき、言い知れぬ満足感が俺を包んだ。  
「華乃」  
「ん……涼二」  
 繋がり合ったまま、またキスを交わす。  
 それが気持ちを高めたのか、華乃の中がぐっと締まった。たまらず呼気を洩らす。  
 腰がうずく。ゴム越しにも華乃の締め付けはなんともいえない快楽をもたらす。これで  
動いたら一体どれほど気持ちよくなるのだろう。  
「華乃、動くぞ」  
「うん……」  
 言うが早いか俺は腰を動かし始めた。  
「あんっ……!」  
 華乃の高い声が俺の耳を打った。  
 同時にその響きが下腹部にまで伝わるような錯覚を覚えた。  
 ゆっくりと体を引き、またゆっくりと腰を入れる。先端が奥に当たる瞬間が心地よい。  
 亀頭だけじゃなく肉棒全体が絞られているようで、直接中で触れ合っているわけでも  
ないのに、相当な快感だった。  
「あっ、あ、あ、ん、んう、んん……っ」  
 華乃の口から快楽の声が洩れる。  
 その声に合わせるかのように、腰の動きが次第に速まっていく。  
 華乃は羞恥からか、指を軽く噛んで声を抑えようとしている。しかしリズミカルに送り  
込まれている衝撃に耐えられるとは思えない。案の定、華乃の口は開いていき、その  
隙間から再びあえぎ声がこぼれ出した。  
 目元が潤み、熱に浮かされたように惚ける華乃の顔は、今までに見たことがなく、  
その姿にますます興奮した。  
 
 もっと深く繋がりたい。俺は無意識のうちに華乃の体を両腕で抱え、自分のものを  
深々と突き入れた。  
「あああっ!」  
 甲高い嬌声が部屋に響いた。  
 いわゆる対面座位の体勢だ。俺はさらに腰を振り、体ごとぶつけるように亀頭で奥を  
叩いた。  
 膣奥に突き刺すたびに肉の当たる音が鳴り、内側も合わせるように蠕動した。  
「ああっ、あんっ、あっ、あっ、んん、やあっ、うん、あぁっっ!」  
 華乃はもう羞恥などどこかに吹っ飛んでいるようで、俺の苛烈な攻めにひたすら声を  
上げ、乱れた。  
「華乃……華乃っ」  
 何も考えられない。この高ぶりを満足させるために、ただただ彼女を犯した。  
「だめ、りょうじ……だめ……っ」  
 俺の名前を呼ぶ華乃。しかしその言葉もあまり意味を成しているようには見えない。  
湧き上がる快楽の波に流されながら、とにかく俺の名前を呼んだだけのようだった。  
 突いては引き、突いては引き、何度も性器をこすりつけ、睾丸にまで伝わるような  
性感をひたすら味わった。  
「りょ……じ、わたし、もう……っ」  
 息も絶え絶えの様子で、華乃が訴えた。  
「ああ、俺も限界……」  
 動きを緩めることはしなかった。とにかく絶頂を迎えたくて、汗が滴るのにも構わず、  
俺は全力で動いた。  
「あああ、んっ! りょうじ、あっ、あっ、あぁんっ!」  
 華乃も汗まみれになりながら、必死に俺の動きについてくる。みだらに腰を動かし、  
乱れに乱れた。  
 数瞬後、その高ぶりがようやく弾けた。  
「ううっ!」  
 ペニスの奥が震えた。呼吸さえ止まりそうな刺激に耐えられず、俺は膣奥で思う存分  
射精した。  
「うあっ……あああ、……ああ……」  
 遅れて華乃が震えた声を出して、俺の体にしがみつく。  
 俺は断続的に欲望の塊を吐き出し続けた。奥に残った液を最後まで搾り出したくて、  
ペニスをぐい、ぐい、と二度三度奥にこすりつけた。  
 ゴムの中とはいえ、華乃の膣内に入れたまま射精をするのはたまらなく気持ちよかった。  
 すべてを吐き出し終えると、どっと疲れが襲った。全力で動いたために、呼吸も短距離を  
駆け抜けたときのように荒かった。  
 華乃は俺の胸に頭を預け、肩で息をしながら目を閉じていた。  
 俺もぎゅっと彼女の体を抱きしめ、しばし余韻に浸った。  
   
   
 後処理をしてしばらくすると、華乃がぽつりとつぶやいた。  
「すごかったね……」  
「……ああ」  
 本当にすごかった。  
 俺にとって実質初めての性交は、夢のような出来事だった。  
 幼馴染みを抱くということだけでも信じられないほどなのに、まさかここまで気持ちいい  
ものだとは思わなかった。華乃の言ったことは大げさでもなんでもなかったのだ。  
 相性がいい。いや、よすぎる。  
 射精によって出た精液の量はいつもより多かった気がするし、男根の付け根辺りには  
まだ少ししびれが残っていた。こんなこと、生まれて初めてだ。  
 華乃はパジャマを羽織りながら、にっと笑った。  
「どう? 『はじめて』の感想は」  
「……どう答えりゃいいんだよ」  
 いきなりの質問に頭が働かない。いや、働いたとしてもそんなこと答えられるか。  
「私はよかったよ、すっごく」  
 訊いてもいないのに華乃は感想を述べる。ちょっと顔が赤い。  
 まったく。  
「……病み付きになる奴の気が、よくわかった」  
「……ハマっちゃいそう?」  
 俺はそれには答えず、ベッドから降りると、ジャージをはき直してドアへと向かった。  
「飲み物取ってくる。アクエリでいいか?」  
「あ、うん」  
 ドアを開け、外に出ようとしたとき、  
「涼二」  
 華乃に呼び止められた。  
 振り返ると、華乃は穏やかな笑顔を浮かべながら、言った。  
「ありがとう。初めてがあなたで、よかった」  
 咄嗟に返事ができず、俺は小さくうなずくことしかできなかった。  
 
 
 
 <続く>  
 
 

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