部屋に帰り着くと、いつものように彼女が出迎えてくれる。  
「おかえりなさい」  
 ただいまと返して、俺は自室に戻る。荷物を置いて、洗面所で手洗いうがいをして、リビ  
ングに入ると華乃がテーブルに料理を並べていた。ご飯、味噌汁、豚の味噌漬、グリーン  
サラダにマッシュポテト。出来たての温かい匂いが鼻腔をくすぐった。  
 華乃とともに手を合わせて箸を取る。いただきますと言う習慣は俺にはなかったのだが、  
華乃と暮らすようになってから、きちんと言うようになった。華乃はおそらく食べ物に、俺は  
作り手に対する礼として。  
 かつお節で出汁を取った味噌汁は、冬の外気で冷え込んだ体を内側から温めてくれる。  
連日厳しい寒さが続くので、本当に生き返る瞬間だ。  
「じゃがいも入れたんだけど、くずれてない?」  
「ん、大丈夫。いつもどおりおいしい」  
「よかった。今日は余りもので作ったから、あまりバランスのいいメニューじゃないと思った  
んだけど」  
 たぶんじゃがいもが余ってたのだろう。肉じゃがとかカレーの方が消費しやすいんじゃ  
ないかと思うが、料理のできない俺にはわからない工夫があるのだろうか。まあついこの  
あいだカレーは作ったばかりだから。  
「もう12月だね」  
「ん? ああ、そうだな」  
 味噌漬を箸でうまく切りながら、華乃が言った。特に思い入れはないので適当に相槌を  
返すと、  
「……来年も同じようにいられるかな?」  
 そんな意味深なことをつぶやいた。  
 どう返したものか咄嗟に判断がつかず、俺は黙り込んでしまう。  
 華乃は返事を期待していたわけでもないのか、黙々と食事を続ける。  
 やがて、ごちそうさま、おそまつさま、と二人して食事を終えると、華乃はなんでもなかった  
かのように食器を片付け始めた。俺も一緒になって手伝うが、特にこれといった会話が交わ  
されることはなかった。  
 俺と華乃が順番に風呂に入り終えると、時刻は九時過ぎだった。俺は胸の鼓動が激しく  
なるのをうまく抑えられない。それは僅かながら期待というのもあったが、しかし今はそれ  
以上に気まずさが強かった。  
 別にさっきのやり取りが原因じゃない。ここ最近の互いの関係がその気まずさを生んで  
いた。  
「おやすみなさい」  
 お風呂上がりの甘い匂いを残して、華乃は自室へと戻っていく。見慣れたパジャマ姿は  
俺の情欲を掻き立てるには十分すぎるものだったが、俺はその気持ちを抑え込んだ。  
 ため息をついて俺も自室へと引き上げる。ドイツ語の課題があったのでそれを済ませて  
しまおう。期限は来週だが、早めに終わらせた方が楽だ。  
 とはいえ全然集中できる気がしない。  
 隣の部屋にいる幼馴染みのことがどうしても気にかかる。いや、正確には今の俺たちの  
関係が気になる。  
 今日も、何もなかった。  
 もう一度、ため息をつく。  
 俺は一ヶ月近く、彼女を抱いていない。  
   
 
   
      ◇   ◇   ◇  
 
 
 
 最後に彼女を抱いたのは先月のことだった。たしか、一緒に酒を飲む前日だったはず。  
 関係を持って以来、俺たちは大体週に二、三度、ときには毎日肌を合わせていた。生理  
周期の関係で一週間ほど間を開けたことはあったが、それ以外は結構なペースで回数を  
重ねていた。  
 しかし一ヶ月前を境に、その時間が消えた。  
 特に関係を解消した覚えはない。  
 何が原因なのか、俺にはわからなかった。華乃が俺を、華乃が言うところのパートナー  
と認めなくなったのかもしれないし、あるいは他に理由があるのかもしれない。  
 別に関係が解消されたところで、要は元に戻るだけだ。何も問題はない。――そう思え  
たら楽だっただろう。しかし俺はひどく焦りを覚えていた。  
 華乃が俺を必要としなくなったということは、つまり「練習」の必要がなくなったという  
ことではないのか。  
 この関係を始める際に華乃は言った。「男の人と付き合うための練習」と。  
 それがなくなったということはつまり。  
 思い過ごしかもしれない。ただ気が向かないだけなのかもしれない。しかし不安は拭え  
ない。  
 直接訊けば答えてくれるだろうか。だがそれをする勇気はなかなか起こせなかった。  
薮蛇になったら、という思いが働いて、動けなかった。  
 そうするうち冬になり、今年も残すところ半月ほどになった。  
 クリスマス、正月とこれからイベントが目白押しだ。そのイベントを華乃は誰と過ごすの  
だろう。一ヶ月前まではなんとなく一緒に過ごすことになるんだろうな、と思っていたが、  
こうなるとわからない。  
 去年のクリスマスは、華乃が俺の部屋に押しかけてきて、自作のケーキを振舞って  
くれた。  
 それを食べながら一晩中ゲームをするという、実に色気のない夜を過ごした。  
 そんな気安い間柄でも俺は嬉しかったのに。  
 一度関係を持ってしまうと、もうあの頃には戻れなかった。  
   
   
 それからさらに四日後の朝。  
「ごめん、涼二! 今日ちょっと帰り遅くなる」  
 華乃の言葉に俺はどきりとした。まさか、  
「友達と飲みに行くの。忘年会というか、そんな感じの」  
「……酔っ払うなよ」  
 内心ほっとしつつ返すと、華乃はにっこり笑った。  
「大丈夫。女の子ばっかりだし、そんなに飲まないから」  
「女ばかりで帰り大丈夫か?」  
「あはは、平気だよ。場所は駅に近いし、遅くても日をまたぐことはないから」  
「呼べば迎えに行くぞ」  
「え、本当?」  
 華乃の表情がぱっと明るくなる。反応を見るに、友達同士で飲むのは本当のようだ。  
華乃のことを疑うようで、そういうことを気にしてしまう自分が実に情けないと思った。大体、  
華乃が誰と会おうと、俺に何かを言う権利なんてないのに。  
 そんな俺の心情など気づいていないようで、華乃は笑顔でうなずいた。  
「じゃあ、お願いしようかな。あ……涼二の夕食どうしよう」  
「適当に腹に入れるから心配するな。今日くらい休め」  
「ごめんね」  
「いつも作ってもらってるんだ。謝ることなんか少しもない。で、どこに迎えに行けばいい?」  
「えっと……」  
 聞くとそこは大学近くの学生通りにあり、俺もよく友達と飲みに行く店だった。了解と答え  
ると、華乃は行ってきますと元気に出かけていった。  
 今日の講義は午後の二つだけだ。華乃の用意してくれた朝食を食べながら、俺はぼん  
やりとテレビを眺めた。  
 星座占いの運勢は最下位だった。  
 
 
 二つ目の講義を終えたとき、時刻は四時過ぎだった。当初は家に帰るつもりだったが、  
課題のレポートを休みに入る前までに提出しなくてはならなかったので、普段は入ることも  
ない図書館へと向かった。  
 中は盛況だった。勉強机は満席で、仕方なく資料を探しながら空くのを待った。二十分  
ほどしてようやく隅の席が空き、俺は静かに荷物を置いた。  
 しばらくレジュメとノート、資料本とにらめっこをしつつ、適当にまとめていく。しかしニーチェ  
やハイデガーにいきなり取り掛かってもまるでわからない。もっと簡単にまとめている本は  
ないものだろうか。たぶん講義をしっかり聴いていれば、一番理解が深まったのだろうと  
思う。二時間で一つの難解な思想を解説しようというのだから。先生方は偉大だ。偉大  
すぎて眠くなる。しかし今は眠るわけにはいかない。  
 こんがらがった頭を整理するのにしばらく無駄な時間をかけて、なんとか要点をまとめ  
終えたとき、もう時刻は七時近かった。仕上げは帰ってからパソコンでしよう。  
 外に出るとすっかり空は光を失っていた。夜風がコートを巻き上げるように凪いでいく。  
思わず体が震えた。早く帰りたい。  
 と、そこで思い出す。華乃を迎えに行かなければならない。華乃が言っていた店はこの  
近くにある。このまま帰っても二度手間なので、どこかで食事でもして時間をつぶした  
方がいい。  
 学生通りに入ると、人の波が激しくなった。歩けないほどではないが、車が通れない  
くらいにはにぎわっている。店々の明るい光が闇をかき消すように通りを照らしている。  
無断駐輪の自転車群が幅を取って、人を追い越す際にひどく邪魔くさい。  
 通りを半分ほど過ぎたところに、件の店があった。春先にできたばかりの店で、派手な  
装飾のないシンプルな外観は一見飲み屋には見えないが、豊富なメニューと入りやすい  
雰囲気で人気が高い。実際今も入ろうとする一団が見えた。華乃の姿は見当たらない。  
既に中にいるのだろうか。  
 俺は向かいの小さな料理屋に入った。半分は飲み屋のような店だが、正面にできた  
新店舗のせいで、夜は客足が遠のいているらしい。少しは売上に貢献してやろう。  
 一番奥の席に座って、メニューを開く。定食でもよかったのだが、時間はまだまだある。  
幸い持ち合わせがあるので、単品をいくつか頼むことにした。ついでに酒も一杯。迎えに  
行くのに酒を飲むのもどうかと思ったが、まあビールくらいなら。  
 待つ間、俺は華乃のことを考える。  
 華乃は俺のことをどう思っているのか。これまでに何度も自問し、しかし自答できない  
問いだった。  
 俺があいつのことを好きだというのは間違いない。いまやこの想いは確かな形となって  
俺の中に息づいている。  
 だがあいつは? 少しは何か特別な気持ちを抱いてくれているだろうか。それとも特別  
じゃないから、夜をともに過ごさなくなったのか。  
 俺はどうすればいいのだろう。  
 ……いや。そもそも俺は、何かやってきただろうか。  
 ただそばにいるだけで、華乃にはひたすら世話になりっぱなしで、俺が華乃にしてやった  
ことなどほとんど何もない。華乃はボディガードと言ったが、そんな大層な役を務めた実感は  
まったくなかった。  
 それは、夜の時間も同じだ。  
 振り返ってみて初めて気づいた。何度も夜をともにしながら、俺の方から華乃を誘った  
ことが一度もなかったことに。  
 いつも華乃の方から誘ってきて、俺は流されるだけだった。いや、流されると言うのも  
違う気がする。俺は華乃の行動に甘えていなかったか。  
 「華乃がそれを望むから」という理由付けに甘えて、俺は何もしてこなかった。  
 想いを告げるわけでもなく、華乃にもたれかかっている。そんな俺をあいつはどう見て  
いたのだろう。  
 料理が運ばれてきた。唐揚げ、チンジャオロースー、シーザーサラダにライスとオニオン  
スープをつけて、中ジョッキでビールが一杯。いざ料理を目の前にすると、空腹を強く感じ  
られた。さっきまで頭脳労働をしていたせいだろうか。胃袋が少し締め付けられるように  
苦しかった。  
 とりあえず、食欲を満たすのが先だ。俺は箸を取り、香ばしい匂いを感じ取りながら皿を  
手元に寄せた。  
 唐揚げとビールの組み合わせは、うまかった。  
   
 注文した料理はすぐに食べ終わった。  
 まだ七時半くらいだ。華乃からいつ電話がかかってくるかわからないが、九時前という  
ことはないだろう。遅くなると言ったのだから、おそらく十時以降になるはずだ。  
 俺は少し迷った。また追加で何か注文するか、それともここを出てネットカフェにでも  
入って時間をつぶすか。  
 しかしこの店であと三時間も過ごすとなると、暇で仕方がない。酒も頼めないし、他の  
ところで待った方が得策だろう。俺はもう一度時刻を確認しようと、入り口近くの時計に  
目をやった。  
 そのとき、入り口の扉が開いた。  
 グループ客が入ってきた。同じ大学生くらいの一団で、女ばかりだった。  
 その市五人ほどの一団の中に見知った顔があることに気づいた。  
 華乃だ。  
 幼馴染みは楽しそうに談笑しながら、店員に誘導されて真ん中あたりの大きなテーブル  
席に座る。こちらに背中を向けていて、俺の存在には気づいていないようだ。  
 俺は華乃の登場に戸惑っていたが、少し考えればそういうこともあるのだろう。予約を  
取り忘れたか何かで、店に入れなかったのだ。それで急遽向かいの店に入ることにした  
のかもしれない。  
 華乃の後ろ姿が見える。セミロングの黒髪がふわふわ揺れている。  
 俺は座り直して、近くの店員に声をかけた。  
「フライドポテトと、生一つ」  
 このままここで待っていよう。  
 
 
 
 何を話しているかはわからなかった。  
 周りの客が増えてきて、喧騒が一段と増したためだ。夜は入らないと思っていたが、そう  
でもないのだろうか。ひょっとしたら向かいの店からあぶれた客が、こっちに流れてきている  
のかもしれない。  
 新しく持ってこられた小さいグラスに、ビール瓶を傾ける。黄金色の液体が微かにはじ  
ける音を立てながら、グラスを満たしていく。ポップコーンが膨らむように、真っ白な泡が  
湧き立ったが、長くは続かずに徐々にしぼんでいった。  
 グラスに軽く口付けながら、俺は斜め向かいに視線を送る。  
 そこでは女子の一団がかしましく酒を飲んでいた。ぱっと見たところではビールやらカク  
テルばかりだ。カクテルも意外とアルコール度数が高かったりするので、飲みすぎには  
注意してほしい。  
 華乃のグラスはあまり動かない。箸はそれなりに動いているので、たぶん意識して抑え  
ているのだろう。少しだけほっとした。この間みたいにテンションが変な具合に上がったら、  
連れて帰るのに苦労しそうだ。  
 周りに妙な客はいない。席は埋まっているが、みなそれぞれに食事や酒を楽しんでいる。  
変な男に引っかかることもなさそうだ。俺はほっとして、同時にため息をついた。まったく、  
告白する勇気もないくせに、独占欲だけは強い。  
 また客が入ってきた。男が四人。テーブル席はもう残っていないようだが、座れるのか。  
店員が困ったように席を見回している。  
「こっちこっちー」  
 不意に声が響いた。見ると華乃と同じ席の女子が手を上げて男たちに呼びかけている。  
 おい。ちょっと待て。  
 男たちは呼ばれた方向に目をやり、笑顔を見せた。俺はその顔に不安を覚える。  
 当然のように相席になって、大きなテーブル席が埋まる。五人だと少し大きく思えたが、  
九人となると少々狭い。  
 華乃が隣の友人に話し掛けている。その横顔には戸惑いの色があった。  
「聞いてないんだけど!」  
 はっきり声が聞こえてきた。慣れ親しんだ声には珍しく苛立ちが混じっている。  
 友人が何かを言った。華乃はそれに対して顔をしかめた。華乃は女同士で飲むと言って  
いたが、たぶん知らされてなかったのだろう。彼女が嘘をついたとは思えなかった、今の  
反応を見るに。  
 俺はどうするべきか迷っていた。このまま華乃のところに行って、連れ出してしまおうか。  
しかしいきなり介入して大丈夫だろうか。華乃にも華乃の付き合いがあるわけで、迷惑を  
かけるわけにもいかない。  
 
 とりあえずは様子見だ。俺はまたビールを傾ける。  
 苦味が胸を熱くする。高揚しているわけではない。不安な気持ちが渦巻いて苦しい。  
 対面に座った男が華乃に話し掛けている。何を話しているのだろうか。華乃が首を振った。  
男はそれを見て嬉しげに笑ったが、どう見ても下心のあるものにしか見えなかった。  
 背中しか見えない席位置は、気づかれないでいるには最適の場所だ。しかし今はそれが  
仇になっていた。華乃の表情が見えない。時折横顔が見えるものの、極端に大きく動かない  
ために、どういう状態かはっきりとは窺えなかった。  
 目線を自分のテーブル上に戻す。あまりじろじろ見ていると、向こうに気づかれる。グラスを  
口元に運びながら、ポテトを睨みつける。自分の不機嫌さをぶつけるように、フォークでひと  
まとめに突き刺した。トマトケチャップを擦るように適当につけて一気に口に入れる。あまり  
苛立ちはまぎれない。  
 斜め向かいのテーブル席は、楽しげな雰囲気で程よく盛り上がっていた。華乃も硬さが  
取れたのか、肩を震わせていた。笑っているのだろう。手元を見ると透明なグラスにこれ  
また透明な飲み物が注がれていた。日本酒か、はたまた焼酎か。  
 嫉妬心が沸き起こる。同時に自己嫌悪も生じる。華乃は悪くない。あいつは単に友人と  
酒を飲んでいるだけで、何も悪くない。男たちも悪くない。彼らも誘われてきただけかも  
しれないし、こういう場なら多少の助平心も仕方がないだろう。こんなことで腹を立てても  
何にもならない。  
 だが、もちろんそんな理性的な余裕は持てなかった。今すぐあそこに行って連れ出したい。  
 しかし俺にそんな権利があるのか。俺は華乃の幼馴染みで、一緒に住んでいて。  
 だけど、恋人じゃないんだ。  
 体だけのつながりにずっとむなしさを覚えていた。  
 今は、その体のつながりさえ途絶えている。  
 華乃は俺を信頼していると言ってくれたが、その言葉にどれほどの意味があるだろう。  
 一番背の高いのっぽな男が華乃の隣に席を移した。華乃は椅子をずらしてあまりくっつか  
ないようにしている。のっぽは気にした風もなく、メニューを開いて華乃に注文を聞いている。  
肩が触れ合うほど近い。  
 気づいたらビールを飲み干していた。顔が少し熱い。駄目だ、精神状態が不安定なせいか  
いつものペースを保てないでいる。  
 俺は席を立ってトイレに入った。男性用のトイレは小と大の場所がそれぞれ一つずつ  
備え付けられていて、俺は個室に閉じこもった。尿意だけなので別にその必要はなかった  
のだが、気持ちを落ち着かせるために一人きりになりたかった。  
 用を足し終えて身なりを整えると、多少一息つけた。喧騒の届かない狭い空間で、宙に  
向かって大きく息を吐く。大丈夫。酔いはまだそこまでひどくない。あとは水でも飲んで  
いよう。携帯で時間を確認すると、九時前だった。  
 そのときドアが開く音がした。誰かが入ってきたようだ。一瞬外の騒がしい音が耳に  
入り、ドアが閉まる音とともに遮断された。  
 二人組のようだった。静かな室内で、二人の声がやけに大きく響く。  
「飲みすぎてない?」  
「俺は大丈夫だよ。それよりマッキーがさ」  
「あいついつも飲ませすぎるもん。自分はあんまり飲まないくせに」  
 俺はなんとなく外に出るタイミングを逃した。黙って二人の会話を聞いていた。  
「マッキー絶対あの子狙ってるって。目がさ、いやらしい感じ」  
「いや、普通にかわいいと思うし。ぼくもちょっといいなーって思うから。小林さんだっけ?   
なんかちょっと硬そうな感じだったけど」  
 思わず顔を上げた。  
「慣れてないんだろ。合コン初参加って城戸ちゃん言ってたし」  
「焼酎に抵抗ない女子って珍しい気がする。お酒強いのかな?」  
「いや、もう結構きてる気がするぞ。城戸ちゃんは煽るし、マッキーのせいでペース速いし」  
 ……それは、かなりまずいんじゃないか?  
 俺は、さっきまでのとは別の不安を覚えた。華乃は嫌なことは嫌だとはっきり断る性格  
だが、酒が絡むと人は正常な判断を下すことが難しくなる。ましてや大勢で飲むと、その  
雰囲気に流されてもおかしくない。  
「あんまり酔わせると後が怖いと思うよ」  
「酔っ払いの扱いって難しいんだよなー。俺知らないから」  
 フォローする気はないらしい。俺は会話を聞きながら、次第に決心していた。  
   
 二人組が出てから少し遅れて、俺は席に戻った。  
 テーブルには空のビール瓶と皿の上のわずかなポテトのみ。俺はポテトの残りを次々  
と口に入れると、一気に咀嚼して嚥下した。  
 片付け終わったところで荷物をまとめる。上着を着直し、バッグを肩にかけて椅子を  
戻した。  
 そして、斜め向かいのテーブル席にまっすぐ足を向けた。  
 後ろから見る華乃の様子はおとなしいものだった。しかし隣の男がしきりにべたべた  
しているにもかかわらず、反応しないところを見るに、かなり酔っているのだろうと思わ  
れる。俺がたまたまこの店に入らなかったら、お持ち帰りされていたにちがいない。  
 ぐっと歯噛みする。あごに力が入る。  
 怒りを抑えながら、華乃の真後ろに立った。  
 しばらく声をかけずにじっとその黒髪を見つめた。いつもながら綺麗な質感で、つい見  
惚れてしまうが、今はそんな場合ではない。  
 隣の男がふと俺の存在に気づき、不審そうな目を向けてきた。右手を華乃の背中に  
回して、こっそり髪先を撫でている。さっきからがんがん飲ませているこいつが、たぶん  
『マッキー』だ。  
 俺はとりあえず、そいつの手をつかんで離させた。  
 急な俺の行為に目を剥いて、そいつは俺をはっきりと凝視した。  
「誰?」  
 俺は答えなかった。ただじっと男を見据える。てめえこそ誰だよ。その指折るぞ。  
 不穏な空気を感じ取ったのか、周りが一斉にこちらに注目した。その中で華乃だけ  
反応が鈍い。俺は華乃の肩に手を置き、呼びかけた。  
「華乃」  
 俺の声を聞くや、幼馴染みはぱっと振り向いた。  
「あ、涼二!」  
 華乃の顔は特にいつもと変わらない様子だったが、俺の姿を見ると嬉しそうな笑顔に  
なった。  
 俺は小さく笑いかける。  
「連絡寄越さないから心配したんだぞ。言ってた店と違うし、なんか男も混じってるし」  
 牽制するように大声で言うと、左隣にいた友人が「やばっ」と声を洩らした。  
 まったく。  
「ほら、帰るぞ。お前ちょっと飲みすぎだ」  
「ちょ、ちょっと待て」  
 マッキーが慌てて立ち上がる。俺は華乃を立たせながら、静かな声で聞き返した。  
「何ですか?」  
「急にやってきてなんなんだよ。カノちゃんは俺らと飲んでるんだけど」  
「こいつ、あんまり酒強くないんですよ。このままだと心配なんで連れて帰ります」  
 慇懃無礼に言葉を返すと、男は声を荒げた。  
「待てよ! だいたいお前誰だ? カノちゃんとどういう関係だよ?」  
 自分の目が細まるのを感じた。  
「こいつの彼氏だよ」  
 もう言い切ってしまうぞ。華乃がどう思おうと知るか。  
「昔からの幼馴染みで、今は同棲してる。なんの手違いがあったか知らないけど、人の  
女にちょっかい出すのやめてくれないか」  
 男は明らかに鼻白んだ。  
「そういうわけで連れて帰るんで。お金はここに置いていくから。帰るぞ、華乃」  
 一息に言うと、俺はテーブル上に一万円札を置いて、それから華乃の手を軽く引いた。  
 
 と、  
「!?」  
 そのとき、急に華乃が抱きついてきた。  
「おい、華乃!?」  
 華乃は返事をしない。  
 ただ黙って俺の肩に顔を押し付けている。俺は予想外な華乃の行動に、何度もまばたき  
した。  
 やがて、囁くように問い掛けた。  
「今の言葉……どういう意味?」  
 華乃の表情は窺えない。  
 俺はどう答えたものか困り果てた。てっきり酔っているからスルーしてくれると思って  
いたのだが。  
 しかしごまかすわけにはいかない。男たちに啖呵を切った以上、押し通す必要がある。  
そのことを華乃が認識してくれているかどうか。  
 ただ、そういうこととは別に、もうそのまま想いを吐露していいんじゃないかとも思った。  
「そのままの意味だよ。俺はお前の彼氏だって」  
 頭を振られた。  
「そんなのうそ。涼二はずっと私の幼馴染みじゃない。ただの、幼馴染みじゃない」  
「幼馴染みだよ。幼馴染みで、恋人だ」  
「……私でいいの?」  
「……え?」  
 どういう意味か、わからなかった。  
 華乃はかまわず続ける。  
「あなたを好きになっていいの? もう悩まなくていいの? ごまかす必要はないの?」  
「華乃……?」  
「ずっと好きだったの。でも言い出せなかった。あなたはいつも遠慮してたから。関係を  
持ってもあなたは一歩引いていたから。言えなかった。あなたを憎らしくも思った。でも  
そんな風に思うのはお門違いだから。私がはっきり言えないのが悪いから。言えない  
自分が情けなかった」  
 華乃は周りが見えていないのか、少しも声を抑えない。酔っているせいだろう。感情が  
オープンになっている。  
 だが俺もそんなことは気にしていなかった。  
 酔っ払いのたわごととは思えなかった。その言葉が本当だとしたら、俺は今までこいつ  
の何を見ていたのだろう。  
 華乃の体はひどく小さく、不安げに震えていた。  
 まったく、馬鹿だな、俺は。  
 そっと、背中を撫でてやった。  
「俺も好きだよ。ずっと好きだった」  
「本当に?」  
「好きじゃなかったら、あんな関係持つかよ」  
 酒の過ちから始まった奇妙な関係だったけど。それが良かったのか悪かったのか、今  
でも判断は着かないけど。  
 でもこうしてこいつを抱きしめていられるのも、酒のおかげだというのなら、少しは感謝  
してもいいかもしれない。  
「ごめんなさい。私が馬鹿な提案をしたから」  
「俺も悪かった。最初からきちんと言っておくべきだったんだ」  
 華乃がゆっくりと顔を上げた。  
 その目は微かに潤んでいて、でもはっきりと笑っていた。  
「……あー」  
 そのとき横から呆れたような声が割り込んできた。見ると、華乃の左隣にいた女が席を  
立ち、こちらを見やっていた。腕組みをして、笑みを浮かべている。  
「華乃、もう帰る?」  
「あ……うん」  
「そ。悪かったね。騙すような感じになって」  
「ううん、もういいの」  
 友人はうなずいた。そして、  
「オッケー。幸せそうでなによりだ。じゃあ……さっさと帰れこの裏切り者ー!」  
 やけに悲しく聞こえる叫びが、店内に響いた。  
 
 あとで聞いたところ、最近彼氏と別れたばかりだったそうだ。  
   
 
 師走の夜風は冷たかった。  
 しかしつないだ右手から伝わる華乃のぬくもりのおかげで、少しも寒くなかった。  
 華乃は思ったより酔ってはいないらしく、しっかり歩調を合わせて歩いている。  
 夜道を歩きながら、ただ互いの体温を感じ取り、その熱と感触に気持ちがどんどん  
通じ合うような感覚さえ覚えた。  
「なんだか馬鹿みたいだね」  
「……何が?」  
「今日の私たち」  
 華乃はどこか嬉しそうに喋る。  
「お酒のせいだよ、たぶん。酔いが回って浮かれてるの」  
「かもな」  
 見上げる星は、暗い暗い空の向こうではるかに遠い。  
 そのはずなのに、俺はそれを簡単につかめそうな気がした。酒のせいではない。隣に  
華乃がいることが、俺の気持ちを高揚させていた。  
 どれほど酒を浴びようと、こんな気持ちにはなれない。  
 あとから思い返したらきっと馬鹿みたいだと思うだろう。でも今は、この高揚感にただ  
ただ浸っていたかった。  
 ふと、気になった。  
「なあ」  
「ん?」  
「華乃が前言ってた好きな奴って、俺のことだよな?」  
 華乃はきょとんとなった。  
 それからぷっと吹き出すと、盛大に笑い出した。  
「な、なんだよ」  
「ううん、すっごく涼二らしいって思っただけ」  
 このタイミングで訊く辺りが特に、と華乃は一人ごちる。  
「……なんか気になったんだよ」  
「さっきはすごくかっこよかったのに」  
「いやあれはその場の勢いみたいなもので」  
 また華乃は笑う。  
「私はずっとあなただけを見ていたよ」  
 どきりとした。  
「こんな風に」華乃はつないだ手をそっと持ち上げる。「一緒に帰ってたあの頃から、ずっと」  
 暗がりの中を、ともに家まで歩いた小さい頃。  
 その記憶は俺にとって大切な思い出で、華乃も同じように大切に胸にしまっていたの  
だろうか。  
 嬉しかった。  
 本当に嬉しくて、胸が締め付けられた。葛藤していたときの苦しさにも似た、しかし少しも  
苦ではない感覚だった。  
 ごまかすように応える。  
「俺も、ずっと好きだったよ」  
「……うん」  
「確信したのは最近のことだけど、でもずっと見続けてきたから。そばにずっといたいと  
思ってたから」  
 形だけじゃなく、丸ごとそばにいたかったから。  
 華乃の手に力がこもった。  
「いるよ。ここに」  
「……」  
「たとえこの手を離しても、いなくならないよ。それはあなたも同じでしょ?」  
「……今は離したくないな」  
 甘えん坊だね、と笑う。  
「いいよ。私はあなたの専属のお手伝いさんだからね」  
「改めてメイド服を要求する」  
「……そのうちねっ」  
 華乃とそうやって笑い合えることが、幸せだった。  
   
   
 部屋に入った瞬間、俺は華乃の腕を引き寄せた。  
「えっ!?」  
 優しさより欲が強かった。この一ヶ月間、若いたぎりを少しも解消していない。  
 ぎゅっと抱きしめると、華乃が掠れたような息を吐き出した。  
「りょ、涼二?」  
「外じゃこんなことできないだろ」  
 絹糸のような髪を撫で上げる。さらさらとした質感が心地好い。  
 腕を伸ばし、壁にあるスイッチを押す。明かりが点いて、互いの姿がはっきりと視界に  
現れた。  
 華乃は、顔を真っ赤にしていた。  
「見ないで」  
「何恥ずかしがってるんだよ」  
 軽口を叩くが、華乃はそのままうつむいてしまう。  
「華乃?」  
 俺の胸に頭を押し付けて、顔が見えないようにしている。  
 その状態で10秒ほど静止し、それから小さな声でつぶやいた。  
「……こんなにくっつくの、久しぶりだから」  
「……」  
「だから……恥ずかしい」  
「お前、さっき衆人環視の中で抱きついてきただろ」  
「あれは、ちょっと酔ってたし……それに嬉しかったから」  
 華乃は顔を伏せたままぼそぼそと答える。  
 そんな華乃の様子は珍しくて、俺の顔はついほころんでしまう。  
 膨れ上がる愛しさを抑えるように、強く抱きしめた。  
「……困ってる?」  
「いや」  
 困るとこうしてごまかすくせがあると前に指摘されたが、今は困っているのだろうか。  
「……どうすればいいのかわからない」  
「……何でも、していいよ」  
 華乃の手が俺の背中に回った。  
「今は、何でもしていいの」  
「……心臓に悪いこと言うなよ」  
「お返しだよ」  
 つぼみから花が開くように、顔がゆっくりと上げられた。  
「私だって恥ずかしいんだから」  
 俺の手の力が緩んだ隙に、懐から抜け出す。  
 靴を脱いでリビングへと消える華乃の後ろ姿を、俺は誘蛾灯に誘われるように追い  
かけた。  
 リビングにはいなかった。電気は点いていたが、姿はない。華乃の部屋から明かりと  
暖房のスイッチを押す音が聞こえた。そっちか。荷物をソファーに放り投げてから、俺は  
華乃の部屋のドアを開けた。  
 エアコンの音がする中、華乃はベッドに仰向けになって、ぼんやりと天井を見上げて  
いた。  
 
「眠いのか?」  
 んーん、と小さく首を振る。  
「ちょっと、緊張しちゃって」  
「緊張?」  
「だって……するんでしょ?」  
 ストレートな言葉に苦笑いした。  
「なんだ? ひょっとして嫌か?」  
「そんなことないよ」  
「逃げただろ、さっき」  
「場所を移しただけだよ。前みたいなことはこりごりだったから」  
「前?」  
「涼二と初めてしたとき」  
 言葉に詰まった。俺はそのとき酔っ払っていて、事の詳細をよく憶えていないのだ。  
「玄関で押し倒されるのはさすがにね」  
「俺、そんなことしたのか。……いや、さすがに今日は分別あるし、心配いらないぞ」  
「うん。ちょっと落ち着きたかったのもある」  
 華乃はまた深々と息を吐いた。  
 いつもの飾らないジーンズ姿は、とても合コンに行った直後の女子とは思えない。合  
コンの件は知らされていなかったらしいが、それにしても女の子らしい服装とはいえな  
かった。  
 正直俺はほっとしていた。華乃がスカートなど穿いて、他の男たちに見られるのは嫌  
だった。みにくい嫉妬だが本心だ。  
 華乃は軽く目を閉じながら、何度も深呼吸を繰り返す。  
「涼二のせいだからね」  
 唐突になじられた。俺は首をかしげる。  
「何が」  
「一ヶ月もご無沙汰だったこと」  
 さらりと言われたことに軽く衝撃を覚えた。  
 いや、それよりも、  
「俺のせいなのか?」  
「涼二が何も言わないんだもん」  
 目を開けて、上体を一息に起こした。女の子には腹筋が弱くて出来ない子もいるらしいが、  
華乃は運動神経もそれなりにある。  
 頬を膨らませてこちらを見やる。じっとりとした目は非難がましいものだった。  
 気まずい思いがしたのは、自分でもそれに気づいていたからだった。  
「いつも誘うのは私ばかりで、涼二は一度も私を求めてこなかったもん。じゃあ私が何も  
言わなかったらどうなるのかなと思って、試してみたんだけど、それでも一向に何も言って  
こないから、腹が立って腹が立って仕方なかったよ。もうこうなったら意地でも誘うもんかと  
思った」  
「……あー……」  
 俺は華乃のじと目に冷や汗をかきながら、どう答えたものか必死で考えた。  
 しかしこういうときに限って俺の頭はまともに働いてくれない。  
 
 結局平謝りした。  
「ごめん……。俺も華乃と、その、すごくしたかった。けど、そんなこと言い出せなかった。  
最初のときにあんなことをした負い目もあったから」  
「……私ばかりしたがってるみたいで、すごく恥ずかしかったんだよ」  
 それは確かに嫌だろう。男はまだそういう生き物として見られるが、女はそういうわけには  
いかない気がする。知らないが。  
「じゃあ、どうすればいいかわかるよね」  
「え?」  
 華乃はにっこり笑って促してくる。  
 その笑みはこちらを試しているみたいで、優しげにもかかわらず怖かった。  
 俺はまた頭をフル回転させる。早く。早く何か言わないと。  
 しばらくして、決めた。  
 ベッドに腰掛けて、華乃の目をじっと見つめる。  
「華乃。お前を抱きたい。俺のものにしたい」  
 華乃は大した反応を見せなかった。  
 ただ一つうなずくと、おもむろに顔を近づけてきた。  
 ちょん、と。  
 軽い口付けにあっけに取られた。  
「私はとっくにあなたのものだよ」  
 そう宣言して、幼馴染みは微笑んだ。  
 
 
 
 服を脱がすときいつも思うのは、彼女が着痩せをすることだった。  
 スタイルがいいのは知っている。しかし今こうして目の当たりにしている体は、どこも  
かしこも柔らかそうで、健康的な肉付きをしていた。  
 自身は冗談めかして「肉だらけ」というが、細すぎるよりこっちの方がいい。快活な彼女  
らしい。  
 下着だけの恰好になると、華乃も俺の服に手をかけた。互いの服を脱がすのが、  
不思議と暗黙の了解になっていた。  
「……やっぱり脱がすの好き」  
「俺はものすごく恥ずかしいんだけど」  
「かわいい」  
 わからない。だけど、俺も華乃の服を脱がすのに興奮するし、似たようなものかもしれ  
ない。違うか。鼻息荒く脱がされたら怖いか。  
 華乃は俺の服を丁寧な手つきで脱がせていく。暖房が効いているので寒くはないが、  
熱のこもった華乃の目が気になる。  
 五分ほどして、俺の体を覆うのはトランクスだけになった。  
「いつも思うんだけど、痛くない?」  
 大きくテントを張っている股間を見て、華乃は妙に真面目くさって言った。俺としては  
苦笑するしかない。  
「こういうものだからな……別に痛くはないぞ」  
「苦しそうだけどね」  
 おしゃべりをしながらも、興奮は高まっていく。  
 互いに下着は着けたままだ。それでも近づき、寄り添い、愛撫を重ねていくと、性感が  
刺激されて、息が荒くなっていく。鼓動が、早まっていく。  
 
 俺は華乃の背後に回り、覆い被さるように抱きしめた。  
「んっ」  
 首筋に唇を落とし、鎖骨に沿うように舌を滑らせた。手は豊かに実った二つの膨らみに  
回して、揉み込んでいく。  
「ん……涼二って、この体勢好きだよね」  
「……な、なんで?」  
 図星を指されてうろたえてしまった。  
「胸、揉みやすいもんね」  
「……俺、そんなにわかりやすいか?」  
 そんなに何度もこの体勢でしたわけではないのだが。  
「手つきからわかるよ。ああ、好きなんだなーって」  
「……」  
 俺は沈黙するしかない。それでも手が止まらないのは、あれだ。魔力だ。おっぱいの。  
「まあ涼二が喜んでくれるなら、私も嬉しいけどね」  
「……なんか、外面を取り繕うのが馬鹿らしくなってきた」  
 華乃はくすくすとおかしそうに笑う。  
「いまさらかっこつけても意味ないよ。私は涼二のかっこ悪いところ、たくさん知ってるん  
だから」  
 それでもかっこつけたいのが男だけどな。  
 華乃の手が俺の股間に伸びる。  
「くっ」  
 何度か手でしてもらっているので(口でも二度ほど)、触られるのも珍しいことではない  
のだが、華乃の手の柔らかさに毎度毎度反応してしまう。一向になれない様子が、華乃は  
おもしろいみたいだが。  
 白魚のような指が、トランクスの上から逸物を撫でさする。指の腹で上下にしごかれる  
のがたまらなく気持ちいい。  
 俺も負けじと、華乃の下腹部に右手を差し入れた。  
「ん、やっ」  
 ショーツの隙間から人差し指を差し込むと、秘部はしっとりと濡れていた。  
「なんだよ、お前も興奮してるじゃないか」  
「恥ずかしいこと言わないでよ……」  
「さっきの仕返しだ」  
 今度は中指も一緒に入れてみる。人差し指より力が入る分、遠慮なく中に進入した。  
「ひゃあっ!」  
 嬌声がこぼれ、華乃の手から力が抜けた。  
 ぬるぬるとした感触の中で、指を大きく動かす。俺の体だけを受け入れてきたそこは、  
実に素直に俺の愛撫に応えてくれる。蜜が溢れて指先を濡らし、ショーツにまでしみを  
作る。  
「んっ、やっ、だめ、そんなにかき混ぜちゃだめ、あっあっあっ、ああっ、だめっ」  
 華乃はもう俺への愛撫など考えられないようで、甲高い声を出して悶えた。  
 膣内の具合は十分だった。肉は柔らかくほぐれていて、俺の物を簡単に受け入れる  
だろう。このぬかるみの中に挿入することを想像しただけで、たまらない気持ちになる。  
 このまま指でイかせてもいいのだけど。  
「あっ、あっ、あっ、んんんっ、あん、あああっ、ああっ」  
 首をいやいやと振って、刺激に耐えている。その乱れようがかわいくて、俺は横を  
向いた華乃の頭を左手でしっかりと押さえ、唇を奪った。  
「ん――」  
 舌が絡み合う。愛液と唾液それぞれの音が重なって、いやらしさに拍車がかかる。  
 華乃の体からはすっかり力が抜けていた。  
「そろそろ入れたい」  
「ん……」  
 指の動きを止めて言うと、華乃は小さくうなずいた。  
 火照った頬の赤みが、幼馴染みの高ぶりをそのまま表しているようだった。  
   
 先端を膣口に押し当てただけで、俺は果てそうな気分だった。  
 ゴムに包まれた逸物は、硬さを保ちながら少しも萎える様子はない。むしろ今からつな  
がると思うだけで、硬度が増す気がした。  
 ぐちゅ……と、濡れた秘部めがけて男性器が突貫する。  
 ゆっくりと腰を押し進めると、ひりひりと痺れるような感覚が脳まで響いた。  
 久しぶりの感触だった。  
 正常位で奥までしっかりつながると、華乃と目が合った。  
「……気持ちいい?」  
「……なんか、前よりずっと気持ちいい気がする」  
 華乃は不思議そうな顔で俺を見つめた。  
「……久しぶりだから?」  
「それもあるかもしれないけど……」  
 たぶん気持ちが通じ合ったからだと思う。  
 肉欲だけじゃない。心が満たされているから、空しくないのだ。  
 何よりこの気持ちを、もう隠さなくていいから。  
 口には出さないが、華乃もきっとそれを感じているだろう。さっきから膣内の締め付けが  
強烈で、痛いくらいだ。  
 腰を動かし始めると、また刺激が格別だった。  
 電気が走ったかのような痺れが、熱とともに途切れることなく続く。一つ突き入れるごとに  
内側から熱がどんどん上がっていって、下半身から頭の天辺まで、体の隅々に刺激が伝播  
していくような、快感の波が全身を襲った。  
 俺はその快楽に染められていく。  
「あっ、あああっ、んん、刺激、強すぎ……っ」  
 華乃も興奮していた。愛液が洪水のように溢れて、腰を振ると中でじゅぷじゅぷ水音が  
鳴る。性器と性器が擦れ合う度に、華乃の喘ぎ声が耳朶を打った。  
「あっ、あんっあっあっ、やぁんっ! 激し……ん、ああっ!」  
 まずい。本当に気持ちいい。  
 快楽に際限がない。この気持ちよさはどこまでも上っていけそうな気がして、逆に怖く  
なった。このままおぼれて沈んだら、二度と抜け出せなくなりそうな。  
 幼馴染みが必死で俺の体に抱きついている。  
 指が背中に食い込む。吹き出る汗が肌と肌の間で滑り、光沢を生む。  
 目の前の女の子は俺のものなのだ。こんなに淫らに喘いでいる彼女が、俺だけのもの  
なのだ。  
 体を動かして快楽を貪る度に、そのことを実感した。  
 
「華乃……」  
 幼馴染みの名前を呼ぶ。  
「華乃、好きだ……」  
 今まで言えなかった想いを、ひたすら言葉にして吐き出した。  
「好きだ、好きだ……華乃」  
 潤んだ瞳が俺を捉えて離さない。  
「んっ、私も好き……涼二が好き……」  
「もっと聞きたい。華乃の口から聞きたい」  
「すき、すき、だいすき。ずっとずっと好きだったの……」  
 溢れ出す気持ちを止められない。  
 爆発しそうな想いを胸に抱えながら、恋人を強く抱きしめた。  
 深く深く、呑み込むように唇を押し付けた。今はとにかく彼女のすべてが欲しかった。  
 腰の動きが一段と激しさを増した。肉のぶつかる音がより生々しく聞こえ、この行為を  
一層煽る。  
 睾丸が飛び出そうなほど、逸物全体が快感に痺れた。もういつ発射してもおかしくない。  
「華乃、もういく……」  
「んっ、ああっ、あ、うん、きてきて、いっぱい出してえっ!」  
 直後、お湯が噴出するように、溜まりに溜まった精液が勢いよく飛び出した。  
「ん、あああ、んん……」  
 華乃も同時に一際甘い声を洩らした。  
 ゴムの中に吐精しながら、腰をぐうっと奥まで押し付ける。搾り出すように精液を放出し、  
完全に出し切ると、疲労感でいっぱいになった。  
 体がやけに重く、華乃の上からなかなか動けない。二ヶ月前に初めて味わった快感を、  
さらに上回る衝撃だった。  
 華乃は疲れきったように目を閉じている。  
 俺は彼女を抱きしめたまま、しばらくじっと動かなかった。  
 ベッドの上に残ったのは、互いの温もりと、確かな愛しさだけで、それで十分のような  
気がした。  
 
 
 
 髪を撫でると、華乃は嬉しげに目を細めた。  
「涼二の手、優しい」  
 うっとりした様子でつぶやく華乃は、すっかり甘えん坊になっている。  
 体をくっつけながら、しばらく互いの体を触ったり撫でたりしていたが、やがて華乃が大きな  
あくびをした。  
「眠いか?」  
「うん、ちょっと」  
 つられて俺もあくびをしてしまう。思わず吹き出したが、しかし考えてみれば、酒に酔い  
ながらさらに激しい運動をしたわけで、眠くならない方がおかしい。  
 抱き合いながら、俺と華乃は一緒の布団を被った。  
「おやすみ、涼二」  
「おやすみ、華乃」  
 目を閉じて、しかし抱き合う腕の力は少しも緩めない。  
 このまま目を開けると、今日のことが夢に終わりそうな、そんな錯覚にとらわれる。  
 でも。  
 たとえ夢だとしても、俺は目が醒めたとき、すぐに華乃に想いを告げるだろう。  
 そのときもきっと、幼馴染みは微笑んでくれるに違いない。  
 触れ合う肌から伝わる想いは、勘違いなどではないから。  
 行為の中で、華乃の気持ちがはっきり伝わってきたから。  
 俺は自分と、そして華乃の想いを胸に抱きしめながら、ゆっくりと眠りについた。  
 ようやくつかんだその想いを、俺は決して離しはしない――。  
 
 <続く>  
 
 

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