「In vino veritas.EX」
我が家にメイドがやってきた。
紺色のワンピースに白のエプロンを上から着けて、同じく白のカチューシャが黒髪を
押さえている。
色合いを考えると、派手さに欠けることこの上ないが、しかし全体のバランスを見れば
統一が取れていて、落ち着いた雰囲気を作っていた。
学生マンションの一室である。
というか俺の部屋である。
突如現れたメイド服姿の女に、俺の目は釘付けになっていた。
まあ幼馴染みなんだけど。
「どうかな?」
小林華乃は、はにかみながら小首を傾げた。
純白のヘッドドレス(ホワイトブリムと言うらしい)が陽のようにまぶしい。
俺は呆気に取られたまま、機械的に視線を上下させた。
どう見てもメイド。まごうことなくメイド。
それも風俗店などで見られるような露出の多いデザインではなく、実用性を重視した
動きやすい恰好である。本物と言うと誤解があるかもしれないが(そもそも何を持って
本物と言うかわからない)、より「らしい」感じが漂っていた。
知り合いに借りたらしい。
「似合う……と思う。たぶん」
俺は曖昧に答えた。どう答えればいいのかわからない。
華乃はおかしそうにくつくつと声を洩らした。
「呆けちゃって、間が抜けた顔になってるよ」
「いや、呆けもするだろ……帰ってきたらいきなり『メイド服借りてきた』だぞ」
反応に困るのも仕方ないと思うが。
「大体、何者なんだよその友達は。演劇サークルでもやってるのか?」
華乃はゆるゆる首を振った。
「その子ね、メイドさんやってるの。その人の制服を貸してもらったんだよ」
「……メイド喫茶でバイトでもしてるのか?」
「違う違う。本物のメイドさん」
意味がわからなかった。
「なんだよ本物って」
「なんかね、大きなお屋敷で住み込みで働いてるとか。だから、要するに小間使いだよね。
それって本物じゃない。メイドでしょ?」
「……」
メイド服をわざわざ着せる意味はあるのか。なんともその屋敷とやらに怪しさを覚えた。
「まあそんなわけで、服も機能性重視だし、生地も丈夫そうだし、私が凄いねって言ったら
貸してくれたの。同じ服を五着も持ってるんだって」
「……汚したらまずいんじゃないか?」
話を聞く限りでは仕事着だろう。気軽に借りていいものなのだろうか。
華乃はにやりと口の端を吊り上げた。
「んー? ひょっとして、汚すようなことをしたいの?」
「なんだよそれ」
「私は別に構わないよ。いろいろ交渉して許可は取ってるし」
「取ってるのかよ」
頼み込む方も頼み込む方だが、受諾する方も受諾する方である。豪気な話だ。
他人事みたいに言っているが、俺に関わる話なわけで。それも生理的欲求に。きわめて
ダイレクトに。
気持ちが変に高ぶりそうで、俺は深呼吸した。
「目がちょっと怖いよ」
「そうさせてるのはお前だ」
「まあ夜まで待ちなさい。とりあえずごはん作るから」
華乃はそう言うと、鼻唄交じりに台所へと消えた。俺はソファーに座って、もう一度息を
吐く。
今は何も考えないようにしよう。深く体を沈め、静かに目を閉じる。
やがてトントントンと、小気味よい包丁の音が聞こえてきた。
なんとも穏やかな時間だった。
◇ ◇ ◇
「……ゅじんさま、ほら、起きてください」
誰かが体を揺さぶっている。俺はおもむろに目を開けた。
「……華乃?」
ぼんやりとした視界に、幼馴染みの顔が見えた。
服装は変わっていない。メイド服のままだ。ホワイトブリムが頭とともに動く様を見て、
俺は思わず押し黙る。かわいいのは確かなんだが、コメントしづらい。
華乃はこちらの内心には気づかなかったようで、俺が目覚めたのを見てにっこり笑った。
「お食事の用意ができました。どうぞ、お召し上がりください」
いつの間にか寝ていたらしい。体を起こしてテーブルを見ると、既に夕食の品が並んで
いた。ご飯に野菜スープ、グラタン、揚げ出し豆腐、脇にサラダとたけのこの佃煮が並ぶ。
いや、それより、
「なんだよその言葉遣いは」
なぜに敬語。
華乃はうやうやしく一礼した。
「私は使用人ですから。ご主人様に敬語を使うのは当然かと」
「ご……」
返事に詰まった。
華乃の顔に楽しげな色が混じっている。俺をからかっているのは明らかだ。
どう答えたものか迷っていると、出来立てほやほやの料理の匂いが鼻腔をくすぐった。
「グラタンいいな」
一際香ばしい匂いを漂わせるのはマカロニグラタンだ。俺の好物の一つでもある。
「ご主人様はホント子供みたいですね」
「何だよそれ」
「カレーにパスタにグラタンに唐揚げに……お好きなものがお子様レベルです」
「悪かったな」
仕方ないだろ。
「お前がおいしく作るのがいけない」
「あらお上手」
「なんだその手は」
華乃は招き猫のように手を縦に振った。近所のおばさんか。
「とりあえずいただきましょう? 冷めると味が落ちますよ」
言葉遣いはもう放っておくことにする。席について卓を囲む。いただきますといつもどおり
手を合わせて、俺たちは夕食を取り始めた。
野菜スープを一口。
いつも思うことだが、温かいスープや味噌汁はやはり一番最初に飲むに限る。冬場は
特に、冷えた体がじわりと温まっていき、安心する。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます。私もお相伴に与りますね」
その言い方なんとかならないのか。気にしたら負けか。
ご飯を一口食べてから、俺は本丸のグラタンへと手を伸ばす。揚げ出し豆腐もうまそう
だが、今日のメインはこいつだ。
ところが華乃の手が、先に皿を奪い取った。
「おい、何だよ」
華乃はスプーンでグラタンの真ん中辺りをさっくり割った。そのまますくった一口分を
こちらに差し出してくる。
「どうぞ、ご主人様」
俺はもちろん大いに戸惑った。可憐な笑顔の奥に、こちらの反応をおもしろがるような
本音が垣間見えて、ため息をつきそうになる。
「あのさ、華乃」
「はい?」
「普通に食べたい」
「駄目です」
にべもない。つい顔をしかめてしまう。
こういう風に食べさせてくれたことは前にもある。だからそれ自体に抵抗はない。しかし
今の服装がいけない。日常からかけ離れた恰好が、こちらを倒錯に追い込む。
俺の反応とは対照的に、華乃はノリノリだった。恰好は似合っているのだが、いつもの
快活で、どちらかというと男前な彼女の性質を知っているために、口調まで変えられると
違和感しか覚えない。
華乃の目がじっとこちらを見つめる。どうやら拒否は許さないみたいだ。俺はため息を
つくと、あきらめて口を開けた。
口の中に入ってきたグラタンをゆっくり味わう。妙なシチュエーションでも、グラタンの
濃厚な味はいつもと変わらない。俺の好きな、華乃の料理の味だった。
「どうですか?」
「おいしい」
「本当に?」
「ああ」
頷いてから、少し素っ気なかったかと気まずく思った。
言い直そうと口を開こうとすると、華乃は嬉しそうに目を細めた。慌てて口を閉じる。
俺の様子には頓着せず、華乃はにこやかに言った。
「いつもありがとうございます」
「……ん?」
何のことかわからなかった。首を傾げると、華乃は俺の目を再び見つめた。
「料理は心、とよく言いますよね。実際その通りなんですけど、心を篭められるのは、
相手からの「おいしい」がいつもあるからなんですよ」
「……」
「ですから、ご主人様の「おいしい」は、私にとってとても嬉しく、力になるんです。褒め
られると応えたいじゃないですか。もっとおいしいって言ってもらえるように」
「……」
「あなたの「おいしい」は私の原動力になるんです。ですから、ありがとうございます」
俺は思ってもみなかったことを言われて、ごまかすように頬を掻いた。
「どっちかって言うと、逆のような気がする」
「え?」
「ありがとうは俺が言うべき言葉じゃないのか。いつも作ってくれてありがとう、だ」
華乃は小さく笑った。
「それはいつもいただいております」
「は?」
「口に出さなくても伝わります。言葉にするまでもありません」
言い切られて、また俺は口をつぐんだ。
今日は戸惑いっぱなしだ。
まったく。
「ほら、冷めちゃいますよ」
再びグラタンをすくう華乃。
「あとは自分で食べるから」
「駄目です。はい、あーん」
有無を言わさぬ笑顔を向けられて、俺はもう逆らわなかった。口を開けて濃厚な味を
受け取る。
食べさせてもらうのも手間がかかり、結局すべてを食べきるのにいつもの倍の時間を
費やしてしまった。それでもなぜか普段よりおいしく感じられたのは、きっと目の前で咲く
笑顔の花が絶えなかったからだろう。
俺はいつもより心を込めて、ごちそうさまと言った。
それが伝わったかはわからないが、華乃も一際輝いた笑顔を見せてくれた。
◇ ◇ ◇
華乃が後片付けをする間に、俺は先に風呂に入った。
「お背中お流ししましょうか」という申し出は丁重に断り、俺はさっさと体を洗って入浴を
済ませた。
「あっ、もう上がったの!?」
リビングに戻ると、ちょうど皿を洗い終えた華乃に見咎められた。
「せっかく乱入しようと思ったのに」
「敬語忘れてるぞ」
慌てて口を手で覆う。意識していないと忘れてしまうらしい。
「……ご主人様」
「無理するな」
「してませんっ! ……ええと、すぐに私も入ってきますので、お部屋でお待ちください」
食事の時と違って、どこかぎこちない。
「なあ華乃」
「はい」
「俺としては、普通に喋ってくれた方がいいんだけど」
「……でも、それだとメイドにならないですよ?」
お前のメイドに対する認識はまず敬語ありきなのか。
「あのな、俺は確かにメイド服を要求したけど、それは半分冗談みたいなものだぞ」
「それは承知してます」
なら適当でいいだろ。
まあ本人に乗り気があるからやるんだろうけど。
「でもな、俺はお前にメイドになってほしいとは一言も言ってない」
「……」
言ってない。確か。
「だから、メイド服を着るのはともかく、メイドになりきられるのは、俺の本意じゃない」
「……嬉しくなかった?」
不安げな目を向けてくる華乃に、俺は首を振った。
「気持ちは嬉しい。けど、俺はやっぱりいつもの、そのままの華乃が好きだ。もちろんその
服は似合っているけど、振る舞いまで変える必要はないよ。それにいつも身の回りの
世話をしてもらっているから、やってることはあまり変わらないしな」
「……似合ってなかったかなあ」
華乃はため息とともにうなだれた。
「お前だって俺がいきなり敬語で喋り出すと戸惑うだろ」
「……まあ、確かに」
その様子を想像したのか、くすくす笑い出す。絶対にやらないことをひそかに誓った。
「まあ、たまにはこういうのもいいかもな。結構楽しかったし」
そう締めくくって、俺は部屋に戻ろうとした。
しかし、一歩を踏み出す前に手を掴まれた。
「勝手に終わりにしないでほしいな」
「ん?」
華乃は、不敵な笑みを浮かべると、掴んだ手を引っ張り、俺の耳元に口を寄せた。
「まだ、夜のご奉仕が残ってますよ?」
耳朶に温かい息がかかり、俺は思わずのけぞる。
その反応を見て、幼馴染みはどこか余裕を取り戻したように目を輝かせた。
メイド服姿の幼馴染みが、抱きつかんばかりの距離で、すぐそこに立っている。握られた
手から柔らかい感触と温かみが伝わってきて、意識を強めてしまう。
普段ならありえない恰好。
露出も少ない、装飾も控えめの服なのに、どうしてこうまで魅力的に映るのだろう。
性的に訴える服装ではない。どちらかというと、そういう風に見てしまうことに抵抗を
覚える。機能的に洗練されて、清楚さに包まれているためだ。しかしそれを汚したい
気持ちも少なからずあった。嗜虐心のような、背徳感のような、そんな生々しい感情が。
虐めたいわけじゃない。しかし、こいつを欲しいと強く思った。
咄嗟に手を離した。
「涼二?」
これは一種のトラウマなのかもしれない。かつて、この幼馴染みがまだ恋人じゃなかった
頃、彼女に対して犯した過ちを、俺は今でも後悔している。
結果的にはよかったのかもしれないが、それとこれとは別問題だ。そういう肉欲をその
ままぶつけることは、俺の本意じゃない。
だから、俺は彼女を、理性を振り絞るように優しく抱きしめた。
「りょう……じ」
「……」
これは俺の昔からの癖なのだという。困り果てた時、気持ちを落ち着かせるためにこう
いうことをやっていたのだと。
事実、安心する。こうして正面から温もりを感じると、ほっとする。
高ぶった気持ちさえも、沈めることができる。
「本当に、あなたは優しいね」
華乃の手が俺の頭をそっと撫でた。
「少しは欲望に素直にならないと、ストレスたまっちゃうぞ?」
「お前を抱けるだけで十分満足できる」
「本当に?」
「ずっと好きだった女の子を、自分の腕の中に収めることができるんだ。そんな奇跡的な
ことに、満足できないわけがない」
華乃も、俺と同じようにずっと俺のことを想っていてくれたのなら、きっとその充足感も
わかるはずだ。
包み込まれるように回された腕の内側で、華乃ははっきりと頷いた。
「満ち足りるって、こういうことなのかもね……」
下から見上げてくる華乃の顔は、母親のように穏やかで、その瞳は吸い込まれそうな
ほど深かった。
僅かに赤みの差した頬に右手を添え、静かに唇を寄せた。
柔らかい口唇の感触と、ほのかな熱を通して、彼女の深い愛情が浸透してくるようだった。
◇ ◇ ◇
自室のベッドで俺は恋人の来室を待っている。
女の風呂は長いというが、華乃はそうでもない。せいぜい三十分ちょっとといった
ところか。早い時は十五分くらいで上がってくるので、こういう場面で待たされたことは
なかった。
果たして、華乃は二十分ほどでやってきた。
いつもならお気に入りのパジャマ姿か、気軽なショートパンツで来るところだ。しかし
今日は今までとは違った。
「……もう一度着直したのか」
華乃は風呂に入る前と同じメイド服姿だった。脱いだ服を着直すというのは、いつもなら
まずしない。借り物で一着しかないから、今回は特別だろう。華乃は照れたようにはに
かむと、そのまま歩いてきて、俺の隣に腰掛けた。
「改めて見ると、やっぱり似合ってるな」
「それって褒め言葉?」
単なる感想だ。そもそもメイド服が似合うって、褒め言葉になるのか?
「涼二に言われたら何でも嬉しいんだけどなあ」
「ただ思ったことを口にしてるだけだぞ」
「そこがいいの。あなたは変に取り繕ったりしないから」
華乃は俺の右腕を取ると、すがるように抱きついた。
付き合い始めてから、こうしてくっつかれることが多くなった気がする。甘えられることが
多くなった気がする。
俺が憧れた女の子は、まだまだ俺の知らない一面を持っていた。
そう言うと華乃は目を丸くして「それはこっちのセリフだよー」と苦笑いしていたが。
風呂上がりのリンスの匂いがたまらない。
左手を頬に添えて、またキスをした。
何度この感触を味わったかもう数え切れない。しかし飽きることは決してなかった。
唇の柔らかさも、唾液の味も、舌のざらつきも、隙間から洩れる吐息も、俺の興奮を
簡単に高めてくれる。甘い匂いが鼻腔の奥をくすぐって、求める気持ちが強くなる。
抱き寄せると、厚手に作られた藍色の布地の手触りが感じられた。
素材がいいのだろうか。丈夫だが、かといって硬すぎない、触り心地のいい生地だ。
抱きしめる腕に知らず知らずのうちに力が入る。
「……っ」
夢中でキスを続けていると、華乃の体が苦しげに震えた。慌てて拘束を緩める。
「悪い、強すぎたか」
「……ん、平気。痛くはなかったから」
そう答えて微笑すると、抜け出るように懐から離れた。
俺は息を吐いて気を落ち着かせる。華乃も強張った体から力を抜くようにほう……、と
大きく息をついた。
「ねえ、そんなに違うものなの?」
「……何が」
言わんとすることはわかるが、俺はとぼけた。
「この服、やっぱり効果あるんだ」
「……」
それは、まあ。
素直に認めると癪なので言わないが。
まったく。
「続き、いいか?」
「ん」
今度は正面から優しく抱きとめる。
柔らかい髪をそっと撫でると、華乃はくすぐったそうに首をすくめた。そのまま力を抜いて
俺の胸に頭を預けてくる。
横髪をかき上げると、丸く綺麗に整った耳が現れた。俺は耳の上端を唇の先で挟むように、
軽く咥える。
「や、ちょっと、くすぐったいよ」
耳を舌先でちろちろと舐め回した。華乃は体を強張らせながらも、その愛撫を受け入れて
いる。俺は右手を腰に、左手を胸元に持っていった。
服の上からでも、その細さ、柔らかさははっきりと伝わる。本人は太ったなどと言う
ウエストは、しかし健康的なくびれを持っていて、抱き心地の良さにため息が洩れそうな
ほどだ。豊かなふくらみを持つ胸も、マシュマロのように柔らかく、一度触ればなかなか
手放す気になれない。
「ん、ご主人様……」
消え入りそうな声でつぶやく華乃。その微かな響きに、思わずどきりとした。
俺は手の動きを止めて、まじまじとその顔を見つめる。
「今の……」
「え? ……あ、いや、ちがっ、間違いっ」
「……」
こちらに聞かせるような声ではなかった。どうも、無意識に出た言葉らしい。
「……ナチュラルにつぶやかれると、結構来るな」
「な、何が?」
「お前がかわいいってことだよ」
さっきまでのわざとらしい響きとは違い、今のは真に迫るものがあった。そのせいか、
刺激が段違いだ。違和感がないのが大きいのかもしれない。
華乃は不満げに頬を膨らませた。
「なんか嬉しくない」
「なんでだよ。褒めてるのに」
「だって、さっきまではあんなに文句言ってたのに。変だとか、気持ち悪いとか」
言ってないぞそんなこと。
「やっぱり演技じゃダメなんだよ。素でご主人様って呼ばれたら、さすがにクラッと来るぞ」
「……つまり、意識せずにやれってこと?」
「やれといわれてできるものじゃないだろうけどな」
今のはちょっとした偶然のようなものだ。そういう意味では役得といえるのかもしれない。
一生のうちに、演技じゃなく自然にご主人様と呼ばれる機会が、果たして一度でも訪れる
だろうか。普通はまずありえない気がする。どう頑張っても演技になってしまうだろう。
突然手の甲を叩かれた。
「ん、どうした?」
「……続き」
華乃は叩いた手をそのまま掴んで、自分の胸に強く押し付けた。
「せっかく……その、いい感じだったのに、途中でやめるから……」
脚をもじもじと動かす。
すまん、と一言謝ると、俺は右手でエプロンの紐を解いた。
そのまま剥ぎ取ると、ワンピースの胸元に手を伸ばす。
ボタンを外すと中のドレスシャツが覗いた。
意外と面倒な作りになっていて、どうにも思ったようにはいかなかった。服を着せたまま
胸だけを出させようとしたのだが、案外窮屈な構造で、うまくいきそうにない。ワンピースが
邪魔なのだ。しかしこれを脱がすと意味がなくなる。せっかくだから着たままの彼女を抱き
たい。
俺は華乃の背後に回ると、その体を抱え込んだ。胸元に手を突っ込んで、ドレスシャツの
ボタンを一つ一つ外していく。
「脱いだ方が早いような……」
「いや脱ぐな。このまましたい」
困惑気味の華乃を言いくるめて、その間にボタンを三つ外した。それより下は体勢的に
ちょっと届かない。しかしもう、胸に直接触れることはできた。
ブラの隙間に手を滑り込ませて、俺はその柔らかい感触を味わった。
「ひゃっ」
乳首を摘むと華乃が短い悲鳴をあげた。俺は構わず弄り続ける。先端が硬くなっていく
のがはっきりとわかる。
「だめ……涼二、ちょっと強すぎ……ああ……」
華乃の息が次第に荒くなっていく。俺の手も止まらず、揉みほぐすように指使いが大胆に
なっていく。
服の上からでもその柔らかさはすばらしいものがあったが、やはり直に触るのとでは
全然違う。手に余る大きさのそれは、俺の手の中でいくらでも形を変えることができた。
真ん中にある突起物はその中で唯一硬く、指先で転がすと華乃の体は電気が走った
ように震えた。
「涼二……胸だけじゃ、なくて……」
華乃の声が切なげそうにこぼれる。俺は下の方に手を差し入れようと、スカートを捲り
上げた。
ガーターベルトとストッキングを律儀に着けていた。もちろん華乃は、普段そんなものを
身に付けない。しなやかな脚に、それらはよく似合っていた。太股のラインが強調されて
いて、思わず撫で回したくなる。
美脚の内側に右手を差し込む。それだけで華乃は身じろいだが、左手で胸の先を押し
潰すように摘むと、脚の抵抗が緩んだ。その隙にショーツの中心部に指をあてがい、軽く
なぞる。
「は……んん」
呼気が唇から洩れる。その様が色っぽい。胸から手を離すと、今度は華乃の頭に添える。
それを支えに顔を振り向かせて、俺はその瑞々しい唇を奪った。
「んむっ、んんん」
気持ちが高ぶるのを抑えられない。荒々しく彼女の唇を貪りながら、右手で秘所を弄り
まわす。ショーツをずらして、直接陰部に触れる。すでに潤いに満ちていたその奥に、
中指をずぶずぶと侵入させていくと、華乃の目がその刺激に耐えるように堅く閉じられた。
膣内はお湯のような熱さで充満していた。指に襞が絡みつき、拘束するように締め付けて
くる。その圧力の中を解きほぐすようにかき混ぜると、華乃は嬌声を上げようとした。しかし
キスで封じられた口では、その声を外に出すことも叶わない。
「んーっ! んんっ、んんんっ」
口内と膣内を同時に犯す快感。俺は強烈な嗜虐心にとらわれながら、攻めに没頭した。
中指だけじゃなく人差し指も一緒に合わせて、中をかき回した。堅かった内部が柔らかく
ほぐれていく。それにつれて指の動きも次第に早まっていく。
唇を解放すると、途端にその口から声が上がった。
「ああっ、んっ、いやあ……っ」
抑え込まれていた快楽の声をここぞとばかりに部屋に響かせる。その喘ぎに俺はまた
興奮を掻き立てられたが、その気持ちを表には出さず、右手の動きを止めて華乃の耳元で
囁いた。
「かわいいな、お前は」
「……ふえ?」
頭がうまく働かないのか、華乃はとぼけた声を出した。その様子がまたかわいくて、
俺は華乃の額にキスをした。くすぐったそうに目を細める華乃は、まるで小動物のようだ。
額から目元に、それから頬にもキスを降らす。
右手の動きを再開する。二本の指で中を蹂躙しながら、親指もそこに参加させる。陰部の
上にある突起物を押し潰すように愛撫した。中と外を同時に弄ると、嬌声が一段と高く
なった。
「一度イカせるから」
「あん……え?」
返事を聞かず、右手の動きを一気に速めた。指の動きに合わせて水っぽい音がこぼれる。
火傷しそうなほどに熱い愛液が指にまとわりつき、その熱さに溶かされそうな錯覚を覚えた。
華乃の体が快感で震えている。その感覚が指先から俺の脳髄にも伝わってきそうで、
たまらない気持ちになる。
華乃の手が弱々しく俺の脚を、チノパンの裾を掴んでいる。喘ぎながらも必死で俺の
愛撫を受け入れようとする健気さに愛しくなる。細い腰に左手を回し、より密着するように
強く抱きしめた。背中越しに受け取る彼女の体温が、俺にはとても温かく、優しい。
虚空に向かって放たれては消える喘ぎ声。それからどんどん余裕が失われていき、
やがて一際高い嬌声とともに、華乃は絶頂を迎えた。
「ああ、やあああ! あん、んんっ……ん」
艶っぽい響きが収まっていく中で、華乃は俺の胸に体を預けるように、後ろに倒れ
込んだ。受け止めるその重みがどこか心地良い。
彼女の中から指を抜いて、それから放心状態の顔に微笑みかけた。
「気持ちよかったか?」
「は……あ……なんか……」
言葉を紡ごうにも、その声に力はない。体を抱き直しながら訊き返す。
「どうした?」
「……いつもより、ちょっと攻めっ気が強かったような……」
返事に詰まる。力が入らないでいるその様子に、俺はちょっとやりすぎたかと反省した。
「……別にいいよ。涼二が喜んでくれるなら、私何でもするから」
「……いや、今日はちょっと特別というか」
いつもより興奮の度合いが強い。それは今の彼女の恰好と無関係ではないだろう。
乱れた服装はそのままだ。エプロンは脱がされ、ボタンは外され、スカートはめくれて、
ショーツも愛液でぐしょぐしょになっている。
その姿がまた艶かしく映り、俺の興奮を再び煽った。
「……さっきから、ずっと大きいままだよ」
華乃の手が俺の股間にそっと触れる。
俺の逸物はチノパンの中でずっと硬度を保ったままだ。華乃を抱きしめている時も、
柔らかい尻に押し付けていたのだから、気づかれない方がおかしい。
急に恥ずかしくなって、俺は顔を背けた。しかし華乃の次の言葉が、背けた顔を元に
戻した。
「次は、私がしてあげるね」
華乃の声には、いつも感じられる楽しげな響きはなかった。どちらかというと真摯さが
感じられた。率直に、ただ尽くしたいというような、奉仕の思いが伝わってきた。
正面に向き直って、見つめる。服装を簡単に直すと、華乃は小さく微笑んだ。
「あなたも、気持ちよくなってほしい」
敬語ではなかったが。
その姿勢はメイドのそれに近い気がした。
ホワイトブリムを着けた頭が、ゆっくりと沈む。
俺の下腹部に顔を近づけると、チノパンに手を掛けた。
「えっと……脱がすね」
腰を浮かして脱がせやすいようにする。ゆっくりとチノパンが下ろされ、テントを張った
トランクスが現れた。そのトランクスも同じように脱がされる。
剥き出しになった逸物が、華乃の眼前で上下に揺れるように跳ねた。
「……」
真剣な目でまじまじと見つめられる。なんだかくすぐったいような恥ずかしいような。
別にこれが初めてではない。数えるほどだが、何度かしてもらったことがある。舌使いは
決して上手いものではなかったが、こちらも耐性が高いわけではなく、前回は見事にイカ
されてしまった。ポイントを覚えられてしまったようだが、今回はどうだろう。
「それじゃあ、その……します」
なぜに敬語、と思うより先に先端を咥えられた。
「っ、いきなり、」
華乃の口腔内に亀頭がまるごと呑み込まれた。歯を当てないように、口元をすぼめて
いるのがひどくいやらしい。
中に入った先端の割れ目を、舌で沿うように舐められた。瞬間、背筋にぞくぞくと快感の
波が駆け抜けた。
「う、くっ」
丹田に力を入れて堪える。油断するとあっという間に達してしまいそうだ。
華乃は口を離すと、今度は伸ばした舌で丁寧に舐め始めた。先っぽから裏筋、竿や
袋に至るまで、全体に丹念な奉仕をしていく。
「あむ……んん、気持ちいいですか?」
どうも言葉づかいには気づいていないらしい。そんなことってありうるのか?
華乃の顔は紅潮しており、夢心地な様子はなんだかトランスしているみたいだった。
しかしそれを追求する余裕は、今の俺にはなかった。ひたすら幼馴染みの奉仕を味わって
感じるのみだ。
再び亀頭が呑み込まれる。今度はさらに根元まで、棒全体を呑み尽くし、俺の逸物は
完全に華乃の口腔内に収まってしまった。
苦しくないのだろうか。俺は心配になるが、しかしすぐに激しいストロークが始まり、そんな
余計な意識はあっという間に吹き飛んだ。
呑まれたペニスが唾液でどろどろになっていく。それを潤滑油に華乃の口はリズミカルに
動いて、俺を慰撫し続けた。
根元どころか、その奥の液、果ては魂まで吸い取られそうなほど、彼女の口戯は俺を
快楽の海に落としこんだ。
たまらず華乃の頭を抱える。両手で鷲掴んで固定し、うずうずして仕方がない腰を思い
切って突き出した。
「んん!? んんん――っ!」
突然の事態に華乃の首が苦しげに悶えた。しかし俺の腰は止まらない。暴力的なまでに
激しく動いて、とにかく刺激を求めた。
「んん、んむうう――っ、ん――!!」
華乃が苦しげにうめいている。すまない、華乃。あと少しだから。
精液が駆け上がってくるのを感じた瞬間、俺は我慢することなく性器を奥に押し込んだ。
それと同時に熱い白濁液が勢いよく飛び出して、喉の奥を容赦なく汚していった。
二度三度と断続的に精液を吐き出すと、波が引いていくのを感じた。脱力感が一気に
全身を襲う。とんでもない快感の余韻に浸りながら、俺は深々と息をつく。
華乃が苦しげに俺の脚を叩いた。
「あっ、わ、悪い華乃!」
慌てて固定していた頭を解放する。華乃は何度も咳き込み、無理やり出された白濁液を
喉の奥から必死に吐き出した。
「か、華乃」
「ごほっ、んぐ……」
涙目になりながら、華乃はのろのろと顔を上げた。はっ、はっ、と短距離走を走りきった
ばかりのような短い呼吸を繰り返しながら、じっと俺を見やった。
気まずい思いにとらわれながらも、俺は目を逸らさなかった。幼馴染みの目に妙な色が
混じっているように見えたからだ。
「大丈夫か、華乃?」
「平気……ごめんなさい」
なぜか謝られた。
「な、何が?」
「ちゃんと、できなくて」
「は?」
「……きちんと飲めなかったから」
本当に申し訳なさそうに、華乃は答えた。
「な、何言ってるんだよ。あんなの飲むもんじゃないだろ」
「でも……」
「かなり気持ちよかったから、そんな風に言わなくてもいい」
「……本当に?」
華乃の目が嬉しそうに和らいだ。
「本当だ。それよりごめんな。急にあんなことされて苦しかっただろ」
「……あなたが気持ちよくなってくれたのなら、いいんです」
また口調が変だ。俺は苦笑して、恋人の頭を撫でた。
「無意識か? その敬語は」
「え? ……え、あ、また、」
素で驚いた顔をしている。どうやら本当に気づいてなかったらしい。
仮説を立ててみた。
たぶん、役に入りきってしまうのだろう。メイド服を着ているために。
ただし今の状況限定だ。セックスに及ぼうとする、今のような倒錯しやすい状況じゃ
なければ、とてもこんな風にはならないに違いない。実際、夕食の時の振る舞いはわざと
らしかった。
ベッドの上でしか、こんな風にはならないのではないか。
「華乃」
「は、はい、じゃなかった、う、うん」
「もう、いいか?」
華乃がごくりと喉を鳴らした。
「いい、よ」
俺は用意していたコンドームを手早く装着した。出したばかりだったがすでに復活して
いて、今すぐにでも抱けそうな塩梅だ。
「ちょっと抑えが効かないかも」
「……うん、私も、涼二に早く抱かれたい」
そうつぶやいて座り直すと、華乃は自らスカートをたくし上げた。
「あの、それじゃあ、……来てください」
真っ赤な顔でおずおずと求められて、我慢できるはずもない。
俺は華乃の肩を掴んで押し倒すと、そのまま抱きしめて、深い深いキスを送り込んだ。
少しだけ精液の臭いがかぎ取れたが、絡み合う舌の気持ちよさの前ではまるで気になら
ない。
華乃の両手が俺の背中に回る。
口付けを交わしながら位置を確かめると、ぬかるんだその場所に屹立した肉棒をゆっくりと
沈み込ませた。
甘い声が耳に気持ちよく響いた。俺は体を密着して、えぐるように腰を動かしていく。
内側の肉がゴム越しに絡みついて、強く締め付けてくる。一度出していなければ、すぐに
果ててしまったかもしれない。今日の華乃の中は格別な良さだった。
華乃も淫らな声を上げて、快感に打ち震えている。
「好き……涼二、好きなの……」
彼女が鳴くたびに俺も満たされていく思いがする。
ホワイトブリムの着いた頭を優しく撫で、綺麗な質感の髪の毛に口付けする。開いた胸元
から乳房の上にもキスマークをつけた。首筋を舐めようと顔を埋めると、頭を抱きしめられて
柔らかく甘ったるい匂いに包まれた。
どこを触っても、どこを弄っても、華乃の体は敏感に反応した。俺が動いて欲望をぶつけ
ればぶつけるほど、華乃もそれに応えるように俺を気持ちよくさせてくれる。中の締め
付けはとどまるところを知らず、本当にいつ達してもおかしくないくらいの刺激を受け続けた。
すぐ目の前で、メイド服姿の恋人が淫らに喘いでいる。
その光景は現実離れした感があって、しかし受ける気持ちよさはあまりに現実で、頭の
中が沸き立っておかしくなりそうだ。
不意に限界が訪れた。
「華乃、そろそろ……」
「あん、りょうじ、はやくきて、わたしももう、ああっ」
陰嚢の奥からせり上がってくる感覚に、頭がくらくらと揺れる思いがした。
短い呼気を洩らすと同時に精液が勢いよく飛び出し、ゴムの内側で弾けた。粘り気の
ある液がペニスを汚していく。
「あああ、いい……きもちいいよお……」
華乃が絶頂に浸りながら、俺の体にしがみついてくる。
その抱きしめる腕の力が華乃の愛情を表しているようで、俺は優しく彼女を抱きしめ
返してやった。
そのまま溶け合って一つになるような、そんな感覚の中で、俺たちはもう一度キスを
交わす。
……いつもならそれで満足するのかもしれないが。
俺は華乃の中から性器を引き抜くと、コンドームを外した。口を縛って捨てると、また
新しいのを取り出す。
ぼんやりと見ていた華乃が、俺の様子を見て目を丸くした。
「え……あの、何やってるの、涼二?」
「一回じゃ満足できない」
新しいゴムを取り付けると、横になったままの華乃の上に、再び覆い被さった。
「……今すぐ?」
「したい」
華乃は困ったような顔でじっとこちらを見つめてきたが、やがてあきらめたように嘆息
した。
「……ん、かしこまりました、ご主人様」
「あ、今の響きはいいな」
「ばか」
下からぎゅっと抱きしめてくる恋人の温かさを感じ取りながら、俺は快楽の波に溺れて
いった。
◇ ◇ ◇
後日談というか、一応話にはオチがある。
華乃がメイド服を借りた相手は、確かに「汚してもいい」と許可を出したらしい。
ただし、その許可は「いろいろ交渉した」結果である。
当然見返りが求められ、華乃はその見返りをむしろ嬉々として相手に差し出した。
見返りの内容は「メイド服をどのように使ったか」教えること。
要するに、そういうことだ。
その相手はどうやらそういう猥談が大好きらしく、華乃に俺たちの睦み合いの詳細を
求めたのだった。
それを知った時、もちろん俺は文句を言った。
「なんでそんな条件をOKしたんだよ」
「んー、そりゃ相手が男の人だったらさすがにちょっとためらうけど、女の子同士の話だし」
「俺にとっては全然知らない相手なんだぞ」
「知らない人に性癖知られるのはイヤ?」
当たり前だ。
「って、なんだよ性癖って! 俺は別に普通の、」
「普通のコスプレ好きだよね」
「違うわ!」
「でも、涼二がメイド服見たいって言ってたから、借りてきたんだよ」
「……」
俺のせいか。
「まあいいじゃない。いい思いできたんだし、よかったでしょ?」
「それは、確かによかったけど……」
「夢中になる涼二、かわいかったよ」
「――」
赤面する俺を見て、華乃はくすくす笑う。
「大丈夫、その子の口は堅いから」
「……仕方ないか」
「必要な時はまたいつでもどうぞ、だって」
「もう借りねえよ!」
まったく。随分高くついた気分だ。
華乃は楽しそうに微笑んだ。
「私も、すごく気持ちよかった」
頬を赤らめる幼馴染みに、俺の心臓はどきりと跳ねる。
その内心を見透かされたように、華乃はいたずらっぽく囁いた。
「また気持ちよくしてくださいね、ご主人様」
「……」
弱みを握られてしまったようで、俺は盛大なため息をつくのだった。
……いや、だから借りないって。