「戯れなれば、やめていただこうか」  
 
ギロリと、少女は自分を組みふせている男を睨んだ。  
「敗軍の将の娘と、侮辱するか」  
たかだか乱波ふぜいめが、と少女は吐き捨てた。  
「顔も出さず、このようなやり方でしか女子を抱けぬか、浅ましい」  
軽蔑した眼で、自分を抑えつけたままの覆面男を見据える。  
部屋の隅にある小さな有明行灯の光が、少女の白い寝着と、男の眼元をわずかに照らしていた。  
「さっさと退け」  
なおも不快そうな少女の言葉に、くつくつと男が覆面の下から笑い声を洩らす。  
何がおかしいと少女が言う前に男は少女の顔ギリギリまで近づいて優しく囁く。  
「震えておりますぞ」  
虚勢を見破られ、かぁっと少女の顔が怒りと羞恥で赤くなる。  
ここで怒鳴って大暴れしてやろうかと思ったが、ぐっと堪えてまた虚勢を張る。  
「貴様のような男に触れられれば、身の毛もよだつわ」  
父も兄も戦場で敗死した、本来ならば少女も切り捨てられるべき存在であった。  
それでもなお、どこなのかもわからぬ場所の屋敷で、捕虜として扱われている。  
何かの価値か、どこかの将が情けをかけたのだと考えていた。  
自害も出来ず、ただ、いつ自分の運命が決まるか怯える日々を過ごすだけだったというのに。  
「あぁ……」  
ほぅ、と男は息を吐いた。生温かい息が首筋にかかり、少女は顔をしかめる。  
 
「よかった」  
 
心底安堵した男のその言葉に、少女はその身をぶるりと震わせた。  
「あれほど戦を終わらせたかったのは初めてだ、仕事の最中も気が気でならぬ。  
まことに、あなたは恐ろしいお方だ。俺をこんなにも狂わせる。」  
「気持ち悪い」  
少女の正直な感想に、ぐぅっ、と小さく男は呻く。が、気を取り直して澄まし顔に戻る。  
「お家は無くなり、貴女は囚われの身。生かすも殺すも俺次第、もはや貴女は俺のものだ」  
その言葉に、少女は大きく口を開け自らの舌を噛み切ろうとした。  
父上兄上、今、お傍へ  
そう思ったのに、歯を立てたのは目の前の男の指であった。口に手を突っ込まれて阻止されたらしい。  
「舌を噛んでも、そうそう死ねませぬぞ。それに」  
死んでも肉体は残りますからな?と意味ありげに男の眼元が笑いで歪んだのがわかった。  
死者の身体を弄ぶのか、この外道が!と喚く代わりに男の指を噛みちぎらんばかりに噛む。  
 
皮膚が裂け、口の中に血の味が広がる。  
こんな男の血が口に入るのかと思うと、すぐに吐き出したくなるが必死に耐える。  
「まるで尺八をされているようですなぁ」  
わけのわからぬことを呟き、男はうっとりとした顔でその様を見ていた。  
「あぁ、それと、童のようになんでも口に入れるのはやめたほうがよろしいかと」  
そう警告したと同時に、男は空いた手で少女の口に小さな丸薬を放り込んだ。  
これに驚いた少女はすぐさま男の手を離し、薬を吐き出そうとする。  
口に入れた途端、丸薬はほろりとくずれさり、口の中に広がってそう簡単に吐き出せない。  
男から顔をそむけて、何度もせきこんでその薬を吐き出そうと苦戦する。  
その無防備な少女の顔に、男の手が触れる。  
ぐいと、無理矢理顔を向かされたかと思えば、だらしなく開いていた少女の口に男の舌が入った。  
少女が咳き込んでいる間に覆面を下ろしたのだろう。  
がっつくように口吸いされ、少女は今度は男の舌を噛み切ってやろうとするが、  
頬を強く掴まれ、顎を強く固定されて口を閉じることもままならない。  
男の手で強く掴まれて頬が痛みと、初めての口吸いを奪われた事で、少女は悔しくて泣きそうになる。  
じたばたと暴れてみるが、男は石のように動きもせず、ただ少女の口内へ舌を這わせる。  
少女は舌で入ってくる男の舌を押し出そうとして、結果的に舌を絡めるような行為をしてしまう。  
「んっ……!」  
少女の心臓が高鳴るのは、恐怖のせいか、それとも口吸いで興奮しているせいか。  
ようやく口を離された時、自分の口から唾液の糸が男の口へと引いたのを見て、少女は唖然とする。  
「俺のものだ」  
ぞくりとするような、優しい声音だった。  
灯りに、男の素顔が照らされて、少女は驚いて間の抜けた声を漏らす。  
 
「お前は」  
 
それを続けようとする少女の口を再びふさぎ、男は引き裂くように少女の寝着を剥ぎ始めた。  
少女はそれに抵抗しようとするが、手が震えて力が入らない。  
抵抗の建前のように、男の身体を二、三度軽く押して、やがて、諦めたように力を抜いた。  
寝着を剥がれ、乳房に吸いつかれても、少女は何かを諦めたように、ぼぅっと天井を見る。  
 
「どうして……」  
 
かすれる様な少女の言葉が、涙の代わりに零れ落ちた。  
 
 
……―――  
「あれを、どこにやればよいかのぅ」  
主君の言葉に、男は内心動揺するが、表情を変えずに黙っている。  
嫁入りに良い年ごろとなった娘を、どこへ人質として、政略の道具として嫁がせるべきか。  
父ではなく、一国の主として主君は語る。  
この国は、近隣他国に攻め入る際に重要な地。そのため近隣諸国の一番強い国に取り入って来た。  
だから、あの姫を「貢物」として扱う事は当然なのだろう。  
「おぉ、それと、お前の育てた菊、あれは大変喜んでおったぞ」  
「ありがたきお言葉です」  
「なんでも、菊についた朝露は長寿の秘訣で、都におわす天上人も飲んでいると言って喜んでおったわ。  
ふむ、そうじゃ、あの菊と共に「贈れば」良いかもしれぬのぅ」  
たわいのない、主君の言葉だ。むしろ、男の表の仕事である園芸を褒めてもいた。  
お前の育てた菊はそれだけの価値があると、暗に言っているのだとは、男にも痛いほど分かった。  
分かっていたが、心には轟と、黒い炎が燃え上がる。  
 
あの菊は、あの方のために育てた。あの人への想いを込めて育てた。  
咲いた花や庭についてだけが、彼女に関われる唯一の手段だったというのに。それすらも奪ってしまわれるのか。  
 
一介の乱波が主君の娘を娶るなど、無理だと分かっていたはずなのに。  
 
男は考える。そうだ、高嶺の花だから、取れぬのだ。  
ならばその高嶺から、引きずり落としてしまえばいい。嶺ごと「なくなってしまえ」ばいいのだ。  
そうすれば、誰にも邪魔されず、誰かに摘み取られる心配もなく。  
 
あぁ――そうだ、そうしよう。  
 
そして男は、家臣の中で最も野心の強い男に近づき、策を授け、計を巡らせ戦を起こさせた。  
 
……―――  
「裏切ったのか」  
泣きそうな少女の言葉に、男は答えてやる。  
「はい」  
「……私は、お前の作った庭が好きだったよ」  
サツキやツツジも、綺麗に咲かせていて、特に大輪の菊を朝一番に見るのが好きだった。  
菊の朝露の話も、庭番をしていたこの男から聞いたのだ。  
惜しげもなく見事な菊の花をちぎって、男は少女に朝露を飲ませてくれた。  
それを思い出して、あの時の朝露のような小さな滴が、少女の頬を流れる。  
 
ぴちゃぴちゃと、獣が水を舐めるような音がする。  
男の顔が自分の股間に埋まっているのに、少女は天井を見上げていた。  
下剋上で国を奪われた父。その娘である自分にできることなど、何もない。  
お家再興だとか、仇討だとか、夢想はするが現実には程遠いことは世間知らずの少女でも理解できた。  
「あっ……」  
花芯を強く吸われ、少女は甘い声を漏らす。  
男の事が憎かった。どうして裏切ったと問い詰めてやりたかった。  
敗者の自分をここぞとばかりに、物にしようとするその心根に軽蔑した。  
 
では、今、浅ましく生きるためにこの男に取り入ろうとしている自分はなんなのだろう。  
 
生きていればお家再興、仇討も可能ではないかと考える。  
その一方で、ただ強い者に流されて生きていたいだけだろうと、自分を責める。  
知らぬ男よりも、かつては淡い恋心を抱いていた男ならいいじゃないかと、自分を納得させようとする。  
だが、この男は父や兄を裏切ったのだぞと、武家の血が怒りに燃える。  
 
愛憎渦巻く少女の胸の内を、男は知っていた。  
今にも泣き出しそうで、悔しそうで、恥ずかしそうな少女の表情に、興奮する。  
男の舌が、少女の花弁、花芯を味わうようにしてなぞっていく。  
舌を動かすたびに、少女が身体を小さく震わせるのが、なんと愛しいことか。  
紺色の忍装束の袴の下で、男根ははちきれんばかりに膨らんでいた。  
力なく、少女の手が男の頭を押しのけようとするが、すぐそれを諦めて、布団に爪を立てる。  
「……だ」  
少女は、小さな声で心の底から吐き出すように呟いた。  
 
「嫌いだ」  
 
その言葉に、男は舌の動きを止める。  
「もう十分に濡れましたな」  
先ほどの言葉など聞こえていないふりで、少女の秘所に指を入れる。  
突然の異物感に少女は驚いて眼を見開いた。  
「や、やめて」  
言っても無駄だと分かっていた。それでも目の前で下帯をほどき始める男を見たらそう言うしかなかった。  
もっと明かりが強ければ、少女は男の勃ったものを見てしまい悲鳴をあげただろう。  
先ほどより大きく足を開かされた。少女は唇を噛んで、眼をつぶった。  
 
「やっ、あっ、いやぁ……」  
 
大きなモノがめりめりとそこへ入り込んでいく。腹を押されるような圧迫感に、少女は歯を食いしばる。  
「っくぅ……よう締め付ける名器でございますなぁ」  
男の言葉に、少女はただ耐える。顔を見たくないとばかりにぎゅうと眼をつぶってそっぽを向いてしまう。  
その仕草にさらに男は腹立たしく、悲しくなる。  
 
「愛しているのに……」  
怒りを抑えるような、悲しそうな低い声だった。  
「こんなに愛しているのに、なぜ分かってくださらぬ。貴女が悪いのだ、貴女が俺を狂わせたのだ」  
ぎちりと、肉壁が擦れていく。乱暴に腰を動かし始め、力任せに少女を突き始める。  
「俺の手から離れれば、生きていけぬくせに。もはや家も何もないのに未だ姫を気取るか。小娘が、この小娘が!」  
激しい動きで内部で何かが裂けたような痛みが走り、少女は小さく呻いた。  
「俺のものだ、俺の子を産ませてやる。もう貴女には俺しかいない。俺のものだ」  
顔をそむけ続ける少女を無理矢理向かせ、乱暴に口吸いする。  
拒んでも、その白い首筋に征服の証として歯を立て、強く肌を吸って跡をつけていく。  
ぐちゅりぐちゅりと、男の杭が少女を責め苛み続けている。  
俺のものだ。俺のものだと、男がうわごとのように繰り返しても、少女は何も言わなかった。  
「あぁっ!」  
男が呻いたのと同時に、下腹部にさらなる違和感が訪れる。  
中に吐精されたのだと少女が理解した時、彼女の心で何かが音もなく砕け散った。  
男の顔を見据える。今にもよだれを垂らしそうな快感に酔いしれている顔だった。  
「まだだ、まだ続けるぞ」  
お預けを食らっていた犬のようにまた少女の身体を貪る。  
硬度を保っていた男根が、また動き始めて、少女は……  
 
「うあっ!うわあああああああああああっん!!!」  
 
小さな子供のように感情を爆発させて泣きだした。  
 
突然の耳をつんざくような鳴き声に、さすがの男も正気に戻る。  
恥も外聞もなく、彼女は眼からぽろぽろと涙を溢して泣きわめくが、それもわずかの時間だった。  
大きな泣き声は以外にもすぐに止まるが、彼女は目元を手の甲で覆い、ひっくひっくとしゃくりあげている。  
涙はまだ止まらぬようで、何度も手の甲で流れる涙を擦る。  
「もっ、もう、好きにしろっ……!」  
嗚咽を堪えながら、慰めもせず、ただ茫然としている間抜け男に少女は吐き捨てる。  
「お前な、ど、大嫌いだ、嫌いだ、馬鹿、馬鹿」  
泣きながら睨まれて、男はさすがに罪悪感というものを感じる。  
主君を裏切っても、任務や策略でどれだけの人間を殺しても、これほど罪悪を感じたことはない。  
「泣かないでくだされ」  
おろおろとして、男は少女にそう懇願する。  
「う、うるさい、だ、誰のせいだ」  
どう考えても男のせいだ。  
「あ、明日、市へ行きましょう。そこでかんざしでも扇でも着物でも買って差し上げますから」  
方向違いとしか言いようのない男の言葉に、ギロリとさらに強く睨まれる。  
「ひ、姫は死んだことになっておりますゆえ、市に出ても問題はないかと……」  
姫君の顔を知っている者はごく数名。それもほぼ全員が元主君側について討ち死にしたため  
 
もはや、姫の事を知っているのはこの男しかいなかった。  
戦を起こさせたあの野心家にも、姫だけは貰い受けることで話はついていた。  
「そういう、問題では、ないわ、馬鹿が」  
 
もっともな少女の言葉に、今度は男が泣き出しそうになる。  
すんすんと、少女が鼻をすすりあげる音が実に滑稽だった。  
「貴様の言うとおりよ」  
少女は自嘲するように男に笑ってやる。  
「家を滅ぼされた武家の女としての憎しみも、父を裏切られた娘としての恨みも、  
今まで培ってきた誇りも捨ててしまえば、残るのは、ただの小娘よ。しかも貴様にたった一つの砦も壊された」  
他国に仇討を頼みに行っても、傷物の姫ではないがしろにされてしまうかもしれない。  
それどころか、拾ってやったと恩を着せられるのが眼に見える。  
「どうせ、また、この国は戦が始まる」  
下剋上されたこの国を近隣諸国は品定めしている真っ最中だ。  
新しい国主はどう扱うべきか、うまくいけば攻め取れるのではと、舌舐めずりをして見ている。  
「ここまで用意周到な貴様のことだ。それも見越しておるのだろう」  
「……はい、すでに次に向かう場所は決めております」  
「なら好きにしろ」  
何かが吹っ切れたように、少女は男を睨みつつ言い放った。  
そうだ、生き延びるにはこの男のものになるしかないのだ。  
高嶺から降ろされた花は、開き直って雑草のごとく生きてやると覚悟を決めた。  
男の頭を掴んで無理矢理引き寄せると口吸いしてやる。  
がちりと歯が当たって血が出たが、どうでもいいとばかりになげやりに舌を絡めてやった。  
口を離せば、嬉しそうな男の間抜け面があった。  
 
「愛してなど、いないからな」  
 
勘違いしそうな男に、冷や水のような言葉を投げてやる。  
瞬く間に、悲しげな顔になる男が、なぜか、哀れで愛しく思えてくる。  
「……まぁ、今は。だ」  
少女は少しだけ、男に甘い言葉を投げてやった。  
それを聞いて調子に乗った男は、ぐいと、萎えかけていた息子を奥へと突き進めた。  
「ならば、愛していると、言わせてやりましょう」  
その言葉に少女は答えず、ただ、下腹部で生まれる熱と甘い疼きに小さく喘ぐ。  
「貴様が、悪いのだからな」  
少女は喘ぎながら、男を責めてぎゅうと抱きつく。  
「いいえ、俺を狂わせた貴女が悪いのです」  
それに答えるように、男は再び種を送り出すために腰を振り続ける。  
 
悪いのは、花を手折った盗人か、それとも人を盗みへと惑わせた花か。  
 
語るは無粋と言わんばかりに、二人はどちらが先に果てるか競うにように交わり続けるのであった。  
 
終わり  
 
 

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