楔と魔法少女達 第二話 あいしょうのもんだい
01
「只今帰りました、しら…隊長」
基地に帰って開口一番、そう発したのは佐久良だった。基地と言っても、ある男の住まいなだけであるのだが。
魔装は既に解除され、今は学校の制服になっていた。
そしてそれは桑原も同じであった。
「ああ、おかえり佐久良、桑原も。ご苦労だったね」
「そう思うのなら何かくれ。ちなみにアタシは腹が減って死にそうだ」
「くーちゃん、あまり隊長の前でワガママは…」
「いや、僕も研究が一段落したらお腹が減ってね、何か作るよ。佐久良も食べていくよね?」
隊長と呼ばれた青年が笑みを向けると、佐久良は急に赤くなって俯きながらボソボソと何か言い出した。
「し、白鳥さんの手料理…手料理を食べさせてもらえるなんてこれはもう私たち恋人を名乗っても――
ううん、寧ろ結婚を前提としたプロポーズととっても全然…」
「佐久良?」
「ひゃい!?」
白鳥と呼ばれた男が佐久良を覗き込むと、ビックリしたように跳ね上がった。
その様子を見ていた桑原は、うんざりした様子で腕を頭の後ろで組み、しかし茶化さずに見守っていた。
「ま、アタシは人の好意に云々言えるほど偉い人間じゃねーし、せいぜい頑張ってくれ」
「ん、桑原?何か言ったか?」
「なぁーんにも、アタシはいい加減にお腹と背中がくっついて人として見てられない姿になりそうなんで、先に台所行ってるぜ」
手を振りながら台所に先行する桑原に続いて、白鳥もそれに続く。残ったのは妄想が爆走している佐久良のみであった。
「し、白鳥さん、駄目ですよ、そんな…口でだなんて…でも白鳥さんのものなら…あれ?二人は?」
佐久良が漸く暴走から戻った時には、既にご飯が出来ていたのだった。
ついでに桑原がそのご飯をすべて平らげてしまい、佐久良が怒りのあまり魔装を纏おうとしていたのも追記しておくとしよう。
02
桑原円と佐久良亜沙美について、そろそろ説明が必要だろう。
桑原円(クワバラ マドカ)は雷の魔法少女である。髪は金髪のポニーテール、目はつり目で怒ると相当目つきが悪くなる17歳の高校生だ。
「おい、誰の目つきが悪いだって?」
武器は短剣と小銃、魔力の大部分は武器を扱うときに支障のない程度の筋力と移動速度の上昇へと当てている。
彼女の移動速度は正しく「雷」であり、その速度での移動しながらの攻撃は、相手が攻撃されたと気づくことすら無く絶命させる。
主に中近距離が戦闘範囲であり、彼女のスピードが生かされる最も最適な距離でもある。
魔装は黄色を基調とした無駄な装飾のないフォルム。というより、初期にあった無駄な装飾は全て桑原が剥ぎとってしまったのだが…。
紺のブーツはほぼ黄一色である魔装の色感を邪魔せず、静かに彼女の脚線美を映えさせる。
ミニスカートの下に黒のスパッツを履き、動きやすさを最大限に考慮した魔装である。
その分、武器による一発の重さや速度を捕えられた際の防御力には若干の不安が残る。
佐久良亜沙美(サクラ アサミ)は水の魔法少女である。水色のおかっぱで少々タレ目なところがある。
小柄な体格で貧乳、いや殆ど無いということも追記しておこう。
「誰ですか!この紹介をしてる人、訴えますよ!」
魔具はスナイパーライフル、移動をあまり行わず魔具の保持と弾丸の生成に魔力を使っている。
彼女の武器は銃であり、また「水」であるため、自分の知識下ならば近中遠限らず相当の数の武器の生成が可能である。
主に遠距離戦闘を主体としているが、武器の形によっては中近距離を戦うことも出来る万能戦士。
魔装は明るい青を基調としたフォルム。桑原と違い、黒っぽい装飾が多くついており、明るめの青を更に強調させる。
ロングスカートに茶色いストッキングと、魔装からも想像出来るようにあまり機敏な動きは得意ではない。
そのため、素早い敵には少々苦戦を強いられることだろう。
「でだ、正直言ってこのままでいいのかよ?」
「なんでくーちゃんは私や隊長のご飯まで平らげて、追加で作られたご飯まで私より進んでいるのかしら?」
「こまけえことは気にすんな。で、隊長さんよぉ、実際どうなのよ。アタシたちはこのまま雑魚を掃討していけばそれで世界の平和とやらは守られるのか?
それだと実際ちょっと辛いぜ。なんせこっちは後手後手に回らないといけないからな、どうしても被害0ってわけにはいかなくなっちまう」
なんでこの子は基本馬鹿なのにこういう所は鋭いのかしら…と、佐久良はボソリと言った。
「そうだな…確かにこのまま現れては倒しを繰り返していたらジリ貧だ。桑原も佐久良も無限の体力や魔力を持っているわけじゃないからね。
下級の部下を生成している幹部のような奴らを倒せれば、魔物のこれ以上の進行は止まるはずだよ」
「じゃあそうしようぜ。後手に回るってのはアタシは好きじゃないんだよ」
「くーちゃんって肝心なときに鋭いかと思ったけど、やっぱり基本馬鹿ね。
考えてみなさいよ、そもそもその幹部の場所が割れてるならとっくに強襲でも夜襲でもかけて一網打尽に出来るじゃないの。
それが出来ないってことは、そもそも場所がわからないってことでしょ?」
ですよね、隊長、と佐久良は白鳥に振り向いて言う。
「勿論それもある。が、たとえ場所が割れてたとしても今の君達を送り出すわけにはいかないよ。
幹部って言うからにはそれ相応の強さを持っていると考えていい。それこそ今まで君達が倒した敵なんか比較にならないくらいね。
だから君達には、今は後手に回ったとしても実戦での経験値を上げていってもらいたい」
「まあ、しゃーないか。さすがに何もわからねえ奴らに向かっていくほどアタシも馬鹿じゃねえや」
「本当かしらね、頭に丸めた新聞紙が詰まっているようなお馬鹿娘のくーちゃんなら突撃していきそうだわ」
そうしてまた、食卓での第二戦が始まろうとしていた。
一時の平和、それがすぐに崩れ去ってしまうことも知らずに――
03
「暇」
桑原の独り言である。
「あのオタクどもめ、仲良く秋葉原に行きやがって。それに行った理由がなんだ?『装備の充実』と『ボディーガード』だと?
そう言うのをデートって言うんだよ。あー暇だ暇だ暇だ」
ついでにもういっちょ暇だ、と暇と4回言った桑原はとある繁華街を歩いていた。パトロール等ではなく、本当にただの暇つぶしなのだ。
「ここらでいっちょ雑魚の一匹や二匹でも…」
そう言いかけた瞬間、桑原は異常に気づいた。
「…静かだな、以前の不定形野郎とは違う。もっと張り詰めた、刃物みてえな魔力だ」
しかもご丁寧にこちらがわざと気付くように垂れ流ししてる感じまであらあ、と続ける。
「どうすっかな…流石にアタシの脳をさぞ靴がよく乾きそうな物体呼ばわりしたあのアホチキンの言い分に従いのも癪だが、これはちっと強さ未知数だぜ。
余計なこと言うんじゃなかった」
軽い口調の桑原だが、その肌からは知らず知らずのうちに汗をかいていた。冷や汗である。
それだけ相手がやばい奴かもしれないと本能で告げているのだ。
「いや、やっぱ防戦とか様子見とかは性に合わねー。こっちから攻めて行ってやるよ」
そう言うと、桑原は魔力の中心地へズンズンと歩き出していった。
魔力の中心地は人気の無い、だだっ広い場所であった。そこに男が一人、そして後からやってきた少女が一人。
男は道着のような服を着て、袴を履き、刀をぶら下げているという、おおよそ来る時代を間違えたかのような格好であった。
「初めまして」
「初めまして」
二人はそうあいさつを交わした。続いて男が一方的に話しだす。
「俺は今回この世界を攻めた奴らの幹部の一人、ブルークス・グレンスフォシュと言う。
仲間内からはルークと、魔界では主に『後制攻撃』(リベンジ)と呼ばれている。そちらも好きに呼んでくれて構わない」
男、ルークは重い口調でそういった。
「…へえ、まさかいきなり幹部様のお出ましとはね。アタシ達の力を存外買ってくれてのご出陣かな?」
「残念ながらそうではない。君達の力は人にしては驚異的ではあるが、俺達がわざわざ出向く程の強さを感じはしない。
俺は別の用事があって、君に直接コンタクトを取りに来たのだ」
いつもの桑原なら弱者扱いされたことで既に飛び出しているところだが、彼女は攻め込めないでいた。
(くそっ、わけ分からねえ。隙だらけに見えるのに「攻めるな」って本能が警告してるみてえだ…)
「ふむ。特に話がなければ質問に移ろう。君達を束ねている人物は誰だ?知らぬとは言わせぬぞ。
以前の戦いの時に着ていた魔装、アレをこの世界の技術で作ることはまだ不可能だ。加えて根源魔力に目覚めた人二人に対する的確な装備配布。
余程魔力について知っている者であろう。人間にそのようなものが居るとは考えづらいのでな」
ルークは次々と話しかけたが、そのほとんどが桑原にとってわけの分からないものであった。
(…隊長の技術とかについては後で聞いてみるとしても、根源魔力ってのはなんだ?)
「はっ、敢えて言わせてもらうけど知らねーよ。アタシ達だって、アイツのことをまだ根掘り葉掘り聞いたことはねえんだ。
アイツはただのアニオタでゲーオタで魔法少女オタで研究オタのアタシ達の隊長だよ」
どう聞いても侮蔑にしか聞こえないような言葉であったが、それでも彼女のやる気を再び引き出すには十分であった。
(ふん、アタシとしたことが。まな板水女に言われたことを一々気にしてたんだな。そうだな、アタシが例え負けてもアイツがいるし、隊長もいる)
思考が終わると、桑原は両手で頬を強く叩く。その目には、先程の恐怖に支配されたときにはなかった光が宿っていた。
「…ほう。俺に立ち向かって尚そのような目ができるか」
「ジッとしてるのは苦手でね。それにアタシは一人じゃない。
そういやまだ自己紹介、してなかったな。アタシは桑原円、雷の魔法少女だ。あだ名とかはまだないから好きなふうに呼べよ」
そう言ってブレスレットに集中した桑原はたちまちの内に魔法少女モードへと変わっていた。その顔には不敵な笑みすら浮かべていた。
「ところでアンタ、幹部なんだっけ。だったらちょっとだけ――遊んでいけよっ!」
桑原がそう言うやいなや、彼女はその場から超高速で移動し、真正面から、右手の短剣でルークの首を掻っ切ろうと、左手の拳銃でこめかみを撃ち抜こうとした。
そしてそれは二つの金属音と共にあっさりと止められた。
「やっぱり獲物は刀か。まあこれ見よがしにぶら下げておいて使いません、なんて言うはず無いもんなぁ」
ルークは桑原の超高速からの短剣での一撃を刀で、銃での二撃目を鞘でそれぞれ防御していた。
しかし止められたことに対しては、桑原はそう驚いていなかった。
「やはりお前もそう思うのか」
「……?」
この言葉に対しては、桑原は違和感と何か言いようのない不安、そして何か他に感じるものがあった。
「ふんっ!」
そしてルークが刀を振り抜くと、桑原はあっという間に吹き飛ばされた。しかし彼女は空中で身を翻して、猫のように着地した。
「どうやらお前もまだ力を隠しているらしいな。ならばその力、この魔物で顕にしてみせよう」
そう言ってルークが刀を地面に刺すと、地面には黒い渦のようなものが広がり、そこから鎧に包まれた小さなビルほどもあるオーガーが現れたのであった。
オーガーは一回大きく咆哮すると、ゆっくりとした動きで戦闘態勢に入った。
「今日はこれで引こう。お前が生きていれば、また会って死合うこともあるだろう」
「てめえ!逃げんのかよ!」
「挑発は結構だが、まずは目の前の敵をどうにかするべきだと思うがな」
桑原の言葉を軽く流すと、ルークは黒い霧に包まれてその場から姿を消した。
そして彼の残した置き土産は、非情な事に桑原にとって相性最悪な敵であった。
04
「…佐久良、感じるか?」
「え!?そんな、隊長…感じるか、だなんて。でも隊長の肌なら感じてみたいような…それと、佐久良なんて他人行儀じゃなくて亜沙美って呼んで…」
「君が何を言っているのか僕にはよくわからないけど、今は魔力を集中させてごらん」
「え…は、はい」
そう言って佐久良は周囲の音が聞こえなくなるほど集中する。
「…これってまさか」
「どうやら誰かが魔物を召喚したらしい。それもこの魔力値、並の魔物じゃない。こんな化物を召喚できる主の方もまた然り、か」
そして佐久良は今度は腕につけたブレスレットに集中する。
「…くーちゃん、変身してるみたいですね。魔物の近くにいるか、既に戦闘態勢か。どちらにしろ少々ヤバイかも知れません」
「桑原が対処できるかは魔物によるが…彼女は猪突猛進なところがあるから」
「早く行きましょう!隊長は基地でサポートお願いします!」
「…ああ」
覇気のない返事を返す白鳥だが、佐久良はそれを気にする前に走りだした。
(こんな化物を召喚できる奴は魔界でもそういない。しかしここに進行してきた理由は何だ?僕がいると知っているのか、それとも知らないのか…。
知っているならば何故こんなことを…いや、今は桑原と佐久良のサポートが優先だ)
そう言うと、白鳥は基地に向かって走りだした。
05
状況は彼らが思った以上に最悪だった。
「ハァ…ハァ…クソッ、デカブツめ。アタシはこう言うパワー系は苦手なんだよ…」
桑原の短剣と小銃という武器の性質上、触手などの細いものには強いが、防御が硬い敵は苦手になる傾向にあるのは先程述べたとおりである。
オーガー自体は図体が大きく動きは鈍いが、その分圧倒的な攻撃力と防御力が有り、
桑原の攻撃では多少の傷は追わせられても致命傷に至るものはまるでなかった。
その上鎧まで着込んでいるのだから、彼女の武器ではお手上げという他ないのだ。
(このままじゃジリ貧どころか負け確定だ。せめてどこかに傷でも追わせてアイツの負担を軽くしてやらねえと…)
そう考えると、桑原は呼吸を整え、眼を閉じてオーガーのある一点を思い描きがなら集中した。
(狙いは人体急所のこめかみだ。あの巨体じゃ死角な上に対処しづらい。人と同じかは知らねえが、届けば少しはダメージになるだろ)
瞬間、彼女が消える。そしてオーガーに、それを感じる暇はなかった。オーガーが感じたのはただ一点、頭、いやこめかみへのダメージだけだった。
「ガアアアアァァァァァッ!」
「ビンゴ!やっぱり急所は人と同じらしいな。…って、あれ?抜けな…」
狙いは良かった。確かに桑原はオーガーに対し大ダメージを与えることには成功した。
しかし、そのダメージもまた、ただの大ダメージどまりなのであった。
寧ろ状況は更に最悪となっていた。オーガーの頭の肉に短剣が包み込まれ、全くと言っていいほど抜けなくなっていたのだった。
「おいおい、マジかよ。何だこのギャグマンガみたいな展開は!」
悪態をつきながら必死に引っぱるが、そもそもパワー系でない彼女にそれが出来るわけもなかった。
そして暴れていたオーガーの手は頭で必死になっている桑原をまるでハエのようにたたき落とした。
「がっ…!」
唸り声を上げることすら出来なかった。
辛うじて魔装の自動防御で致命の傷を追ったわけではないにしろ、桑原の戦闘不能は明らかであった。
それを見たオーガーは地面で潰れた蛙のようになっている桑原をその手で掴んだ。
彼女が平穏無事に戦闘を終えることは、既に夢物語となってしまったのだった。
第三話or桑原円BADENDへ続く