朝の通学路
誰かの視線を感じる
というかまあ確実に見られているんだが
後ろを振り向くと案の定叶理(かなり)がいた
長い黒髪が顔にかかり、某映画の井戸から這い出てくるアレを彷彿とさせる少女
俺たちの通う学校で「井戸から出てこない貞子」の称号をほしいままにしている(?)俺の幼なじみである
「よう」
「お、おはょぅ…」
ぼそぼそと、どもりつつ挨拶を返す叶理
コイツはとにかく昔から暗いヤツで、友達と呼べるような奴は俺しかいない
特にこのビジュアルとどもり症のせいで随分損をしてきていると思う
「あ、あの…きょ今日も、す澄人くんの分のお弁当、つ作って来たから…」スィーとまるで幽霊のように俺の手に弁当を握らせる叶理
小さい子がこれやられたら泣くな
「あっ」
その時ぶわりと吹いた風が叶理の前髪を吹き上げ、その素顔を露出させた
その誰が見ても美少女な顔を見て、俺は今日も「お前、そろそろ髪切れよ…」と言うのだった
彼はよく、ぶっきらぼうに「ちょっとは髪切れよ」とわたしに言っていた
わたしの変化を見て、驚くだろうか
あの日、砂場で一人ぼっちだったお化けに一人だけ出来た友達
『おれはおまえのほごしゃだからな』
『しかたねえな』
『メンドイなぁ』
そんな言葉が口癖の、いじわるでぶっきらぼうで、優しい幼馴染
「澄人くん・・・」
彼は、なんと言うだろうか
わたしは長く伸びて、その顔を覆う髪の毛を黒い簡素なヘアピンで留めた
久しぶりに見る自分の顔
「ぅ・・・」
途端に顔が赤くなる
普段素顔を晒さないのは、わたしは酷い人見知りで、赤面症だから
幼馴染の澄人くんにさえ緊張して真っ赤になってしまうというのに、これで一日過ごせるのだろうか
思わず、手がヘアピンに伸びる
でも
「か、変わらなきゃ・・・」
わたしはヘアピンを着けたまま、荷物を手に取った
後ろから視線を感じる
いやまあ確実に見られているんだが
というかこの間もあったなこれ
振り返るとそこには叶理が___居ない
いや居た、電信柱に隠れている(しかし残念ながら肩がはみ出ている)
メンドイ、これはとてもメンドイ
「何やってんだお前」
「っ・・・」
声をかけるとびくりと震える叶理
「ぉおはよよう・・・」
いつもどおりどもった挨拶が聞こえて、電信柱からひょっこりと顔が覗いた
どきり、と胸が高鳴る
男に性を受けたものなら誰もが見とれてしまう愛らしさ
「お前、その前髪・・・」
叶理は、いつもは顔を覆っている髪をピンでまとめていた
「そその・・・澄人くん・・・どう?」
「どうって・・・」
叶理の問いに俺は答えに詰まる
もちろん文句なしに可愛い、だが、幼馴染にそれを言うのはなんだか気恥ずかしさの方が勝ってしまう
「別に・・・いいんじゃないか?」
結局、俺はそんな風にしか答えられなかった
その日、叶理と昼飯を食いに屋上へ向かう途中
「よぉ有村(ありむら)、イメチェン?似合ってるよ」
「・・・・」
有村、というのは叶理の苗字だ
「どうしたの?彼氏できた?」
「・・・・・」
目の前には金髪の男子、綾乃瀬(あやのせ)
名前は知らん
叶理と同じクラスで、女子人気は本校一位のイケメンである
「さっきから喋んないね?具合悪いの?」
そして綾乃瀬は、何故かさっきから俺たちの後についてきて叶理に話しかけ続けている
当の叶理は、俺を盾に綾乃瀬を避けるようにポジショニングしていた
俺を中心にぐるぐると美少女を追うイケメン、追われる美少女
何だこの状況
とにかく叶理は人見知りだ、これ以上は叶理にとってストレス以外のなんでもないだろう
それ以前に、叶理はどう見ても嫌がっている
(仕方ないな・・・)
「叶理、お前今日職員室に用あったろ?」
ここは幼馴染として、助け舟を出してやることにした
昼飯はまぁ、少し遅くなっても仕方がない
「え・・・あ、うんっそうだった」
きっかけを掴めばこっちのものだ
次の瞬間には叶理は走り去っていた、中々の素早さである
運動神経良いんだよな、アイツ
「なぁ」
屋上に向かおうとして呼び止められる
振り向くと、綾乃瀬が俺を見つめていた
この目は苦手だ
何処か、見下したような目
「お前、有村とどういう関係な訳?」
「・・・・幼馴染だ」
「ふぅん」
俺の返事を聞くと、綾乃瀬は興味無さ気にそう言って何処かへ去っていった
屋上に出ると叶理がいた
「ささっきは・・・あありがと」
真っ赤な顔でお礼を言う叶理
「別にいいが・・・綾乃瀬と知り合いなのか?」
「ううん、知らない・・・いつもは喋りかけてこないよ」
となると髪をまとめて美少女化した叶理を狙い始めたってことか
確かに、叶理は男どもからすれば狙い目だろう
男の経験も無ければ、気弱で好きにしやすく、且つ校内一の美少女とも言っていい容姿
しかも今までノーマークだったために邪魔な虫も少ない
(はぁ、まったく男ってやつは・・・)
この間まで陰で貞子貞子と罵っていたと思ったら、急に掌を返す辺りもう何と言っていいのやら
「そっか、まぁイケメンに言い寄られて良かったじゃないか」
モテモテだなあ、良かったなあと茶化しながら、心の奥で思った
コイツはきっとこれから色んな男に言い寄られるんだろう
その中から、好きな男を選んで、見つけて
そうしたら、俺の保護者ゴッコももう終わりだ
俺は、もう叶理の傍にいる必要はなくなる____
「・・・っ」
そう思った時、ちくりと突然胸が痛んだ
苦しくて、辛くて思わず叫びだしそうになったとき
「全然良くないよ」
はっきりと聞こえた、叶理の声
叶理らしくない、きっぱりとした否定の言葉
「えっ・・・?」
俺は思わず間抜けな声を出してしまう
「わたし・・・そんなの嬉しくない」
何故、叶理はそう言ったのだろう
それを問うことは、俺にはできなかった
そして、何故俺は
どうして俺は、その言葉を聞いて安心しているんだ?