俺の幼馴染の美幸は腰まで届く長い髪が印象的な女の子だ。  
 顔も可愛いし、小柄ながらバランスのよい肢体や温和な性格とも相まって狙ってる男子生徒は多い。  
 ま、俺がいつもそばに居るから変な虫は寄ってこないけど。  
 
 だけど昔の美幸はこんなに長い髪はしていなかった。  
 中学校に上がった頃はせいぜい肩に届く程度の長さだったし、今だって洗髪が大変だと良く  
言ってるくらいだし。  
 
 それでも長くしているのは数年前、いつもの美容室に行って髪を切ってもらっているとき、  
美容師の手元が狂って、運悪く耳たぶを鋏で傷つけてしまったからだ。  
 
 今でも美幸の耳たぶにはそのときの傷跡が残っていて、親や俺以外には余り耳を見せたがらない。  
 そしてそれ以来、美幸は美容院へ行かなくなってしまった。  
 
 最初の数ヶ月は髪を切ること自体を頑なに拒否していたので、伸びまくった前髪のせいでさながら  
ホラー映画の幽霊みたいになっていた。  
 余りに酷いので、せめておばさんに前髪だけでも切ってもらえよといったのだが、それも拒否  
された。曰く、「お母さん不器用だから……」だそうで。  
 ……確かに、おばさんはあんまり器用なほうじゃない。  
 また耳をチョッキンとやってトラウマになっても困るしな……なんて思っていたのだが、続けて  
美幸の口から出てきた言葉は、俺をさらにびっくりさせるものだった。  
 
「こーちゃん手先器用だよね……こーちゃんが切ってくれるなら、いいよ。」  
 
                   ◇  
 
 あれから3年、月イチで、俺は美幸の髪を切っている。  
 一番最初は前髪をまっすぐに切りそろえただけだったけど、何せこっちは素人。  
 髪を切るのは意外に難しくて、上手くそろえるのに何度も切りなおして、前髪が短くなりすぎて  
しまったのを覚えている。  
 
 場数を踏んだ今ではかなり上達して美幸の注文にもそれなりに答えられる余裕も出てきたし、  
最初の頃は絶対切りそろえさせてくれなかった耳の回りも切らせてもらえるようになっている。  
 とはいっても豪快にカットする度胸は無いのでせいぜい伸びた分毛先を切る程度だけど。  
 
 今日も美幸の家の庭に椅子を出して、ケープを羽織った美幸を座らせて鋏を振るっていた。  
 長い髪の先を櫛で梳かしながら、スキバサミですいて自然な感じでまとまるように気をつけながら  
長さを切りそろえていく  
 
 櫛通りのいいつやつやした黒髪を梳くたびに、美幸の髪からいい匂いがする。  
 その香りを楽しむのが、俺のひそかな楽しみだ。  
 堂々と女の子の髪に触れる機会なんてそう無いしね。  
 
 シャクシャクとスキバサミで長い髪の先をすいていると、美幸が話しかけてきた。  
 
「結構伸びてる?」  
「んー、いつもと変わらないけど。美幸髪伸びるの早いからなぁ。」  
「そうかな?」  
「うん。スケベは髪伸びるの早いって言うしな。」  
「すっ、」  
 
 美幸の背中がぴくんと動いて、そして少しして後ろから見える耳たぶが赤くなったのがわかった。  
 
「……私、スケベじゃないもん。」  
「うん、美幸は超オクテだよな。ちょっとエッチな話しただけで真っ赤になるし。」  
「……こーちゃんの意地悪。」  
 
 前髪を切ろうと回り込んでみると、美幸はちょっとだけふくれっ面になっていた。  
 でもそれがかえって可愛らしく見える。  
 
「前髪切るから、目閉じろよ。」  
「うん。」  
 
 美幸がふくれるのをやめて目を閉じる。  
 それを確認してから、俺は目にかかりそうになっていた前髪を手にとって櫛を入れる。  
 そして長さを眉に掛かるか掛からないかぐらいに切りそろえる。  
 
 目の前には目を閉じてすまし顔の美幸の顔がある……なんかこうやって見ていると、キスされるの  
待ってるみたいな……いや、何考えてるんだ俺は。  
 
 誤魔化すように白いつやつやのほっぺについていた髪の毛を指先でそっと取り除く。  
 美幸は今でも緊張するのか、長いまつげがふるふると震えていた。  
 
「まだ緊張する?」  
「うん、緊張してる。」  
「ハサミ、まだ怖いんだ?」  
「……そうじゃないんだけど。」  
「ちがうの?」  
「……」  
 
 なぜか美幸は少し赤くなっただけで答えなかった。  
 なんなんだ?  
 
 気を取り直して、鋏を動かす。  
 耳の手前のところは特に慎重に、美幸が怖がらないように丁寧に切っていく  
 一通り手を入れたところで、前や横からバランスを見てさらに少しずつ整える。  
 
 耳は傷があるので普段出して無いけど、髪を切る時だけは前髪のバランスを見るのにちょっとの  
間だけ出す事にしている。  
 指で髪を掻き揚げて耳の後ろに流してやると、耳の後ろがくすぐったかったのか少しだけ肩が  
ぴくっと震えた。  
 
「くすぐったかったか?」  
「……うん。ちょっとだけ。」  
「普段髪で隠してるから敏感になってるんじゃ無いか?」  
「こーちゃんの触り方がちょっとエッチなんだよ。」  
 
 さっきの仕返しか、美幸はそう言ってニマニマ笑う。  
 俺はそれを流しつつ、微妙に不ぞろいな毛先を鋏の先で切りそろえて整える。  
 これで完成。素人としてはまあ上出来だろう。  
 
「はい、出来上がり。」  
 
美幸の顔の髪を払って、手鏡を渡してやる。  
美幸は鏡の中の自分を覗き込んでからにっこりと笑った。  
 
「うん、やっぱりこーちゃん上手だよ。綺麗になった」  
「とはいっても素人だからたかが知れてるけどな。」  
 
 場数はそれなりにこなしたし、ネットで調べたりはしてるものの、正式に勉強したわけじゃない。  
 技術的な未熟さのせいでせっかくの美幸の魅力を引き出せていない気がする。  
 
「私は十分だと思うんだけどな……」  
「いや、美幸をもっと綺麗にしてやりたいし……」  
 
 おばさんが丁度いいタイミングでお茶を持ってきてくれたので二人で縁側に並んで腰を下ろした。  
 お茶菓子をつまんでお茶をすすりながら、前々から思っていた事をふと口にしてみた。  
 
「うーん、やっぱり高校卒業したら美容専門学校行こうかな。」  
「え?」  
 
 美幸がびっくりした顔で俺を見た。  
 美幸の事だけでなく高校も残りあと一年ちょっととなって、これからの進路をどうしようかと  
考えているときにふと思ったことだ。  
 学校に行って技術を学んで美容師になれば今よりももっと上手に美幸の魅力を引き出すことが  
出来るようになるかもしれない。  
 
 でも、なぜだかそれを聞いた美幸は少しがっかりしたような、ふてくされているように見えた。  
 
「私は……反対。」  
「え? ダメか?」  
「私は……こーちゃんと一緒に大学に行きたい。それに……」  
「それに?」  
「……なんでもない。」  
「……いや、なんか気持ち悪いなぁ。言いたい事あるんなら言ってくれよ。」  
「……笑わないでね。」  
「? ああ。」  
 
美幸は少しだけ赤くなって、こほんと一つ咳払いをしたあとで答えた。  
 
「……他の女の子の髪触ってるこーちゃんが、なんか嫌なの。」  
「へ?」  
「なんか、嫉妬しちゃうって言うか……」  
 
 そこまで言って美幸はうつむいてしまった。  
 
「あ、あー、えっと……」  
「さっきだって……前髪切ってもらってるときって、なんかキスしてくれるの待ってるみたいで、  
 なんか緊張しちゃうって言うか……私が一人でそう思ってるだけなんだけど。  
 ……やっぱり、私ってスケベな子なのかも。」  
 
美幸はもうすごい真っ赤な顔で茹で上がりながらそんな事を言っていて、俺は俺で頭の中が真っ白というか極彩色というかになっていた。  
 
「いや、まあ、さっき俺もちょっとそんなこと考えてたし……別にスケベってわけじゃ……」  
 
 ぐしゃぐしゃの頭をフル回転させて搾り出した言葉はまさに墓穴を掘ってるとしか思えないもので。  
 
「じゃあ、私だけがそう思ってたわけじゃないんだね……ん……」  
 
 そんな俺の言葉に、美幸は真っ赤な顔を俺に向けて目を閉じた。  
 
 そうまでされたら、俺のやることは一つなわけで……  
 なんて言ったら良いか……美幸の唇はすごく柔らかかった。  
 
                   ◇  
 
 その後、丁度お茶のお代わりを持ってきていたおばさんにその場を見られて二人で大パニックに  
陥ったりとか、まあ、色々あったりしたんだが……大学に進学した今でも俺は美幸の専属美容師を  
続けていたりするのだった。  
 
 

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