雪女 B面
「誰かが……死ぬ?」
ある雪山で、人の命が尽きるのを感じた。
正確にはまだ尽きていないが、吹雪の山の真ん中にいるこの人物に宿る灯火は段々と小さくなる。
おそらく生きて下山する事ができないのが瞬時に分かった。なぜなら私は“雪女”だから。
どこで生まれたのか、どこへ消えるのか分からない。気が付いたら存在していた自分。
その自分が雪女だということは、なぜか認識できた。
今まで何度も人の命が尽きるのを感じてきたが、生きているうちに自分で何かすることは無い。
人は雪山で死ぬと心の灯火が消え、魂は凍えたまま山に束縛される。
私の仕事はその凍えた魂を救い上げ、天に返すことだから。
存在したときからずっとそうしてきた事で、今まで何の疑問も持ったことは無かった。
だが、ある時疑問が生じた。
(私は幾つもの魂を天に還してきた、でも、私はいつになったら天に還れるのだろう?)
自分と言う存在への疑問、“人”という存在への関心……いや、興味といったところか。
人を知れば自分が天に還る方法も見つかるかもしれないと考えたとき、消えそうな灯火を見つけたのだ。
「行こう、行けば、何かが変わるかもしれない」
今まで本能的に行う事のなかった、生きた人間との接触。
意を決してその山へ行くと、人が倒れていた。
残された僅かな命を振り絞って立ち上がろうとしているのを吹雪の合間に眺める。
「!!」
ふと、目が合った。
目が合った瞬間、今まで感じた事の無い不思議な感覚が心の中に流れ込んできた。
人が立ち上がり、一歩、二歩とこちらへ近寄ってくると、心の中から何かが沸きあがってくる。
人という存在に接触しようとしている自分への警鐘、いや、“恐怖”に近い感情かもしれない。
自分も退くことを考えたが、人は三歩目を踏み込んだ直後に再び倒れこんでしまった。
見ると、人は生きることを止めようとしているのが分かる。
「今はまだ、死んでもらっては困る」
せっかく人を知る機会にめぐり合えたというのに、目の前の人は死のうとしている。
人は目を少し開いてこちらを見たが、すぐに力尽きてしまった。
倒れた人のそばによると、首筋に手を伸ばし、触れた。
だが、肌に触れた瞬間にビクッと反応するとすぐに手を離してしまう。
「今の、何?」
今まで感じた事の無い“何か”を感じ、不思議そうに自分の手を眺める。
それは人間の“温もり”というものだが、それが何か分からないのだ。
それが何かは分からなかったが、なぜか、人の生きている証拠だということは認識できた
「連れて行ってあげる、私の家へ……」
天を仰ぐと、眼前に“扉”を出現させる。自分の住処への入り口だ。
そのまま吸い込まれるように扉に入ると、その空間はすぐに閉じてしまった。
山は、何事も無かったかのように吹雪いていた。