「久しぶり、いきなり呼び出してごめんね」
「ううん、ちょうど私も報告したいことあったから」
某高級ホテルの最上階のディナー。
目の前にいるのは、高そうなスーツに身を包んだ見事なエリートサラリーマン。
でも、メガネの奥の瞳がやさしそうに微笑んでいて、人に拒絶させないやわらかな雰囲気をまとっている。
目の前の人間は、デキスギクンだった。
今も女性客が振り返るほどの、イケメンで。
そしてこの不況の中、誰もが名前を聞いたことのある一流企業に勤めてる。
学生時代はテニスでインターハイに出るほどの腕前で、スポーツ万能。
語学も一年の留学で英語はネイティブかと思うぐらい堪能。
私の知る限り、彼ができないということは一度も見たことがなかった。
反対に私は大学卒業後は就職決まらず、いまだに派遣社員の平平凡凡な女。
彼といると女の視線が痛い、通行人その一ぐらいの十人並みのスペックだ。
もう十分に慣れたけど。
そんなスペックの違いすぎる私たちがなぜ一緒にいるのか。
理由はもちろんある。
私は彼の、義理の姉だからだ。
彼から呼び出されたのは、理由は何となくわかってる。
わかっているけれど、やさしい義理の姉を演じている私としては相手を立てて、初めて聞いたという顔をしてあげるのが正解だろう。
そう思って、相手が話し始めるのを待っていたら、先になに? って顔をされる。
「ううん、侑大から話してよ」
「いや、聞きたいな」
「…………じゃあ、先にいうけど」
「うん」
「私、結婚することにしたの」
やさしげに、相槌を打っていた、侑大の顔が固まる。
晴天の霹靂といった表情に、私は少し溜飲が下がる。侑大はかなりの時間が経ってからやっと言葉を発した。
「相手……相手は誰?」
「えっと、柿崎君覚えてる?」
「……中学の時の?」
柿崎君は中学の頃、一年間だけ一緒のクラスだった男の子だった。
そんな彼との突然の再会。
久々にあった彼の姿はむさいおっさんって感じで、ひげもそってないような感じだったけど。
変わらない、温かい笑顔と、誰でも許容してしまう温かい空気。
なにより彼は私にとって、特別な存在だった。
それはなぜかというと……彼は私と侑大を比べない人だったからだ。
私はこの目の前にいる完璧超人の義弟が、本当は………大嫌いだった。
私は、目の前の侑大と仲の良い姉弟を演じているに過ぎない。
初め弟として紹介された時は、こんなにかわいく素晴らしい弟が自分にできるなんて、しっかりしなきゃとかすごくうれしかった。
でもその気持ちは一年ぐらいしか続かなかった。
なぜなら、この光り輝くほどの弟のそばにいると、私の存在なんてかすんでしまうのだ。
何をするにも侑大の姉だから。
侑大の姉らしく。
侑大はできるのに……。
そうことごとく比べられ続けて……まだ、侑大が嫌な奴だったらよかったのに、侑大はこんな十羽一絡げの何も取り柄のない私にも純粋にやさしく、姉として敬った。
私のゆがんだ嫉妬心は、吐き出す場所がなくだんだん心の中でたまっていく。
その淀みが支えきれなくなり、破裂しそうなほど苦しんでいた時に、まるで換気をするように空気を抜いてくれたのが、転校生の柿崎君だった。
柿崎君はすごく風変わりで、両親を亡くしてカメラマンのおじさんに引き取られているといっていた。
そのおじさんの都合で一年しか一緒にいられなかったけれど、私を侑大の姉としてではなく一人の女の子として見てくれる。
多分、柿崎君に会っていなかったら、私はもっと歪んだ人間になっていただろう。
そんな彼に再会したのは、飲み屋でぐだぐだに酔っぱらっているときだった。
社会人になって一人暮らしをはじめて、侑大の影響からは抜け出たと思っていた。
派遣先にはもちろん侑大のことなんて知っている人なんていない。
それだけで、羽が生えたように心が軽くなった。
それなのに、突然私の派遣先が侑大の会社と提携することになり、屈託なく私に話しかける侑大にどういう関係? と聞かれて……。
私は、「私」の居場所がなくなってしまうと感じた。
また侑大の付属物になってしまう。学生時代のトラウマがよみがえる。
……それで、やけ酒を飲んでいたところ、偶然にあったのだ、柿崎君と。
初めは思い出の男の子と、目の前のひげもじゃで大柄のくまさんのような人物が、同一人物だとは思えなかったけど。
柿崎君はおじさんの影響で海外を飛び回る写真家になっていた。
ひげをあまりそらないのは、ひげがないと成人男子として認めてもらえない国にもいくから、らしい。
私に再会して、「君はいままでどうしてた?」と聞いてくれるのは、彼だけだった。
皆、私に久しぶりに会うと「侑大君どうしてる?」と聞いてくるのが当たり前なのに。
やっぱり柿崎君は柿崎君で、私は年甲斐もなく泣いてしまった。
それから、彼が日本にいるときは何度か飲んで、今度は長期で外国に行くと言っている彼に、私も行ってみたいなと言ってしまった。
どこでもいい、侑大がいない場所に行きたい。
すると、柿崎君はまるで近所のコンビニに行くような気軽さで私にいった。
「じゃあ俺と結婚して、一緒にいくか?」
すごく大変なことなのに……私はすぐに「うん」と答えていた。
「柿崎先輩か……」
「うん、偶然会って。それで、彼写真家なんだけど仕事の都合で、結婚したら一緒に海外に…」
「ダメだ! 許さない」
「!!」
私は初めて、侑大が声を荒げるところを見て、びくっとする。
どんなときにもニコニコやさしい彼が、しかもこんな公衆の面前で大声を出すのはらしくない。
案の上、私たちは店内で注目の的だった。
でも、突然カメラマンなんて職業の人種と結婚するなんて言われたら、家族はきっと反対しても仕方がない。
けど、今まで私の言うことをなんでも聞いてくれた侑大は応援してくれると思ってた。
ずるいけど、こういう時は侑大さえ味方につければ、両親の陥落はすぐだと思ったので、侑大に先に話したのに。
これだけの拒絶は予想外だった。
「ちょっと、侑大?」
「…………」
侑大は私の腕をつかむと、私の抗議の声を無視して店を出る。
このまま、実家に連れられてお説教コースなのかも。そう思ったのに、侑大は私には無言のまま腕を離さずタクシーに乗り向かった先は侑大のマンションだった。
私が一人暮らしするといって家を出た後に、侑大も就職が決まって一人暮らしすることになった。
私の収入では細々としたアパートだけど、侑大は高級マンションだ。
侑大は一緒に住もうと言ってくれたけど、一緒にいたくないなんて言えなくて家賃折半できるほどのお金はないという理由で断った。事実折半しても私のアパートより高い金額で。
いつでも来ていいよ、と合鍵を渡されたけれど、私は一度も使っていないし、使う気もなかった。
「カメラマンと結婚するなんて言うと心配だろうけど、柿崎君は意外とすごい人でねびっくりしちゃった、写真集とかいっぱい出てて……」
騙されてるんじゃないのかとか言われそうだなと思っていた私は、柿崎君がそれなりに有名であることを説明する。
事実、私は柿崎君は売れないカメラマンだと思ってた。
でも有名じゃなくても、貧乏カメラマンでも、私は柿崎君のプロポーズを受けていただろう。
「知ってる」
「え?」
「柿崎……姉さんが唯一気にしていた男だったよね、忘れるわけない」
「知ってたの?」
私が柿崎君のことを好きだって知ってたなんて、びっくりだった。
だってそんな話、侑大だけじゃなく誰にもしてなんかない。
柿崎君との思い出は私の中で別格で、ほかの誰にも知られたくない宝物のようだったから。
「ど、どうだっていいでしょ、とにかく。私柿崎君と結婚するから」
「僕がいやだって言っても?」
「どうして、侑大の許しがいるの?」
まるで大切な思い出を踏みにじられたような気分になっていた私は、いらだっていた。
目の前に侑大がいるのに、もう柿崎君との未来しか考えられなくて侑大から逃げきった気分でいた。
「私が誰と結婚しようと、侑大には関係ないでしょ!」
「弟がこんなに頼んでも?」
「本当の弟じゃないくせに!」
売り言葉に買い言葉だったので、私のいつもの本音がするりとでた。
弟だなんて思ってない。侑大は私のコンプレックスを刺激させる元凶の男だってだけだ。
「そうだよね、本当の弟じゃないよね、僕は…………だから、いいよね。姉さん」
泣きそうな顔だった。そして、私の姉を演じている仮面がはがれたのと同じように、侑大の仮面もはがれた。
「!!」
異変を感じて逃げるのが遅れた私は、壁を背にしてあっさりと侑大の腕の中に納まってしまう。
「ちょっと、姉さんに何をする気!」
姉の仮面を最初に脱ぎ捨てたくせに、それにすがる私。
状況は最悪だった、嫌いな人間に触られる嫌悪。
「ずっと、ずっと好きだったんだ……姉さん」
「い、嫌! やめてっ私は侑大のこと嫌い、嫌い、大嫌い!!」
何をされるか……わかっているけどわかりたくなくて……なぜか私を好きという侑大に混乱している私は、もうかなぐり捨てて本音を吐露する。
「知ってたよ」
私の動きが止まった。
侑大は情けない顔をしている。
「だからもう、これ以上嫌われても変わらないなら……とことん嫌われるよ」
「やだ、やだやだっ!!」
ゾッとした。
嫌いだけど……弟だと認識していた人間から、性的な目で見られるなんて。
抵抗してみても、男の力にかなうわけない。
手が侑大のメガネにあたって、床に派手な音を立てて転がったが、侑大は気にも留めないで私の首筋に唇を這わす。鳥肌が立った。
壁を背にしながら……足を侑大の体で押し広げられ、スカートはめくりあげられて、ショーツの隙間から大事な場所を指でじかに触られる。
今まで侵入されたことのない場所に異物が入ってくる感覚に耐え切れず、体は硬直しずるずると私は床にへたり込むと、そのまま侑大は私に覆いかぶさっていく。
怖い……なんで、どうして、こんなことされているのか。
私が嫌いって知っていたのに……侑大は私のことが好き? ありえない。
おとなしくなった私の服はいつの間にやら脱がされて、あらわになった胸が外気に触れる感覚にびくっと震える。
「っ!」
胸の先端を口に含まれ、舌で弄られると、何とも言えない感覚が体中に走る。
まるで、食べるかのように、侑大は私の胸を好き勝手にする。
嫌いな男に、犯されてるのに……。
ぴちゃぴちゃといつの間にか、下半身からは粘着質な音が聞こえていた。
こういうことは初めてだけど、濡れてる意味はさすがに分かる。
柿崎君とはまだハグしあったり、手をつなぐだけの関係で、満たされたのに。
侑大から触られても、ただただ違和感しか心は感じない。
でも体は裏腹にほてる。
嫌なのに、嫌なのになぜこんなに体は反応するんだろう。悔しくて涙が出てくる。
「や、やぁ! いやぁんっ!」
毅然と「嫌だ」と言っているつもりの自分の声に、自分でびっくりした。
触られている個所から熱と疼きがわく。刺激を与えられるたびに反応してしまう自分の体に考えられなくなりそうになる。
今まで痛かった中に入れられていた指の感覚さえも、痛さとは違った感覚がだんだんと強くなっていた。
「ひっ!」
押し広げるように、指を抜かれると、代わりに熱くてかたいものが当たる。
入り口でじらすようにこすりつけられて、私はそれがなんなのかわかっているから視線を向けられない。
「い、いや」
「……入れるよ、姉さん」
「やめて……っ! お願いだから」
「僕のお願いは聞いてくれなかったのに」
「くうっ!」
容赦なく侵入してくる熱いものに、私はたまらずうめき声を漏らす。
痛い、痛い、痛い!!!! みしみしと押し広げられる感覚に息もできない。
「っ……力を抜いて、姉さん。食いちぎられそうだ……」
「っはっ……うっ!!」
力を抜く? どうやって、こんなに痛いのに痛い、痛い……私は痛みをこらえることしか頭になかった。
「姉さんっ……はっ、好きだ、好きだ、好きだったんだっ……」
「ん、んっ!! くっ、あ、はっ……」
熱のこもった声で好きだというたびに、侑大は私の中で動く。中で暴れる熱い熱の塊。
私は痛くて、その言葉を言われるたびに嫌になる一方的な行為。
ぐたぐちゃとつながっている所から、音が嫌に響いて……その責め苦は、気が遠くなるように長く感じた。
気が付けば、裸のまま侑大に抱えられてベッドの中。寝ていても逃がさないというかのように、侑大はがっちりと私を離さない。
体中が痛くて、特に胸と……乱暴にされた体の中がしみるように痛い。
どろどろに足についていた、精液や血なんかは寝ている間に拭かれたのだろうきれいになっていた。
自分のわからないところで触られていたと思うと、気持ち悪いし悔しかった。
何とか逃げようと、腕を起こさないようにほどいてベッドから出た瞬間。体の中から自分の意志とは関係なく流れる液体に、愕然とした。
気持ち悪い。
嫌だ……柿崎君……。
柿崎君の事を考えて、私ははっとして、合わせる顔がないと思った。
弟に犯された私なんて、会えない、会えるわけない。
どうして、どうしてこんな目に? なんでこんなことするぐらい私を好きなんだろう、この完璧な弟だったら選び放題だろうに。
今日、侑大から呼び出された理由は、昇進と彼女ができたって報告だと思ってた。
昇進の話は、うちの会社でも持ちきりだったし、うちの会社でも女優さんかと思うほどの美女と、付き合っているという噂が流れていたから。
このままここにいたら、侑大に何をされるのか怖くて、洋服を拾い集めて着た。犯された痕跡が残る服に嫌悪感がつのったが、この服を着ないと帰れないから仕方がない。
とにかくここから逃げたかった。逃げて自分の狭いアパートに逃げ込みたかった。
ふと、顔を上げるといつの間にか侑大が起きていた。ひっ、と悲鳴をあげそうになる。
「姉さん……」
「こ、来ないで……嫌」
すごく悲しそうな顔をして私を見る侑大の表情にも、もう私の心は動かない。侑大はどうしたらいいかわからない顔をしてから、決心したように眼をつぶった。
そして、何を考えたのか、携帯で電話し始める。
「誰に、かけ、てる……の?」
嫌な予感がした、本当ならその携帯電話を奪いたいのに、侑大に近寄りたくなくて私は問いかけるしかなかった。侑大は答えない。
しばらくすると、相手が出たようだ。
「あ、義母さん? ごめんこんな早い時間に。大事な話があるんだけど」
何で、今こんな時にお母さんに? 私はびくっと震える。
「実は僕、結婚しようと思うんだ……え、相手?」
ちらりと、侑大が熱い視線でこっちをみた、じっとりとその場に縫い取られたように私は硬直する。
「姉さんと……実は姉さんと僕、付き合ってたんだ」
「!!」
う、嘘!! そんなウソ。そういいたいのに声が出ない。
「ちょっと言いにくかったんだけど……やっぱり責任を取りたいと思って」
嫌な予感は、あたった。
「うん、姉さん僕の子供……妊娠してるかもしれないから」
私は、侑大の強い視線を感じながら、自分のお腹を抑える。
散々吐き出された侑大の精が自分の中に存在していると、さっき嫌というほど思い知らされたばかりだ。
そのあと、どんな話をお母さんと侑大がしていたのか、全く耳に入らずに私はひたすらお腹を押さえていた。
いつの間にか、侑大は電話を切って、私のそばに来て私のバッグから携帯電話を取り出すと操作をしていた。
「ごめんね姉さん。もう嫌われる覚悟を決めたんだ……姉さんを僕のものにする」
浮かぶのは泣きそうな笑顔。泣きたいのはこっちだ。
そして私は、侑大が今まで成し遂げようとしたことを一度も成し遂げられなかったことはないと思い出し、にげられないことに気が付き絶望した。
終。