波布島の北の端にある岩礁には、人魚の棲家があるという。  
 
 そんなお伽話を、地元民の折原怜奈は子供のころから知っていた。昔々、世を儚んで岩壁から身を  
投げた娘を、偶然通りがかった海の主が憐れに思って妻とした。彼女は人魚となって主の子を産み、  
その末裔は今も波布島の海底に巣食い、時折海面に姿を見せては漁師を驚かせて云々。  
 
 日本の海洋民話にしては、人魚が悪者で無いだけ珍しくもある。だが話の筋は特に目新しくも  
無い、ありがちなものだ。この辺りは潮の流れが速く複雑で、昔は海の事故が多い場所だった  
から、そんな俗話が生まれたのだろう。今でも、強い離岸流の存在を理由に、付近は遊泳禁止  
区域に指定されている。  
 
 もっとも、わざわざ好き好んでこんな場所へとやって来る人間はいなかった。波布島は何の  
面白みも無い岩だらけの無人島だ。潮流が海底の泥を巻き上げるため透明度も低く、  
モノ好きなダイバーすら近づこうとしない。そして実際、船外機付きの小さなボートで上陸した  
怜奈の周りに、人っ子一人見当たらなかった。  
 
 そんな所へやってきた怜奈は、別にダイビングが趣味でもなければ、自殺願望がある訳でもない。  
彼女は慣れた手つきでボートの舫いを繋ぎ留めると、麻袋を担いでさっさと島の奥へ歩き出した。  
 急峻な斜面をひょいひょいと調子よく登って行く背中で、艶やかな長い黒髪が小刻みに跳ねる。  
その後ろ姿は、肩に担ぐ野暮ったい袋と、趣味の悪い水着の柄さえ何とすれば、振り向いて欲しいと  
思わせるに十分な魅力を持っている。  
 そして実際、振り向かせた者を落胆させるような顔立ちでもないのだが……。  
 今に限って怜奈は自分の姿に全く頓着していなかった。どうせ周囲には誰もいないし、  
一度でダメにすると分かっている水着は、五百円ワゴンでも高いくらいだと思っている。  
 
 三十分ほどして、彼女はようやく北側の崖へとたどり着いた。そこから海面までには十メートル  
以上の距離があり、普通の人間が気軽に踏み出せる様なところでは無い。そして怜奈自身、  
この高さには尻ごみする事大であったりするのだが、岩だらけの海岸をえっちらおっちら周り込む  
のに比べると、このルートはとても楽な道のりなのだ。  
 
「すー……。ん、よし」  
 一つ、深呼吸をして、麻袋をしっかり抱き抱える。それから、ギュッと目をつぶると、彼女は  
思い切り良く崖の上から身を投げた。  
 
 胃が竦み上がるような浮遊感の後、強烈な衝撃が怜奈を襲った。まっすぐに入水したため  
身体は一気に深みへと沈み、透明度の低い水中で陽の光はすぐに見えなくなる。だが、  
元から怜奈は目など開けてはいなかったし、宙を浮く感覚は恐ろしくとも、水に沈みこむ感覚  
には全く恐れを感じ無かった。身体を固くし、ただ麻袋をぎゅうと懐に抱き締めたまま、その時が  
来るのをじっと待つ。  
 
 十秒。二十秒。三十秒と経ち、次第に息が苦しくなる。もし、生きて水面に戻りたければ、  
早急に行動を起こすべき頃合いだ。それでも、彼女はじっとしていた。まだ間に合う処に  
いる間は、「彼」は絶対にやっては来ない。  
「っんん……ぐぐっ…ぼ…」  
 やがて、意志とは無関係に口から呼気がこぼれ始める。袋を掴む腕の力が自然に緩んで、  
水面に向かって掻きだそうとする。それを抑えつけていた怜奈の意識が、とうとう生存本能に  
屈しようとした瞬間。強烈な力が、彼女の両脚を引きこんだ。  
 
「うわばっ……がっ…ぼぼ…がぼごぼぼ」  
 足を掴まれた拍子に、怜奈は思わず水を飲む。が、彼女の脚を捕えたそれ──二本の、  
長く強靭な触手は、娘の様子など気にも留めずに、一気に奥へと引き込んだ。そして、  
水底に開いた小さな岩の割れ目へ、ひょいと彼女を放り込む。  
 
 内側は、無数の触手で埋め尽くされていた。長さも太さも様々な肉手が、結構な広さ  
の空間にぎっしりと詰まっている。イメージとしては、岩に群生した無数のキソギンチャクを、  
スケールを大きくして裏表逆さまにしたような感じだ。  
 
 その中を、触手の蠕動運動で運ばれて行った怜奈は、やがて大きな気嚢の口へと辿り  
着く。直径三メートルはあろうかという袋に、下からぎゅむと押し込まれた彼女は、一分と  
十秒ぶりに新鮮な酸素を口にした。  
 
「がほっ! げっほっ…う゛えっ……、はあ、はふー。……お、お久しぶりです、水神さま」  
『毎度々々騒がしい娘よ。もう少し静かに来れんのか』  
「……溺れるまで放置するくせに、無茶言わないで下さいよ」  
 水の底で空気を湛える奇妙な袋に、異形の嗤い声がこだました。  
 
 *  
 
 折原怜奈が初めてその姿を見たのは、十歳の時だった。  
 漁師の父に遊覧へ連れ出して貰った、帰り道のこと。甲板の影でこっそり漁具に悪戯を  
していた彼女は、不意に食らった横波のせいで、魚網に絡まったまま海の中へと放り出された。  
半日後、怜奈は奇跡的に波布島に打ち上げられたところを発見され、無事一命を取り留めた。  
 しかしその後暫くの間、周りの大人たちは、臨死体験の後遺症と思われる症状に、苦心する  
こととなる。  
 病院で意識を取り戻した彼女が、「海ヘビのお化けに助けられた」と言って聞かなかったのだ。  
 
 数か月に及ぶ両親と教師の説得の末、怜奈も最後には、それが幻だったと認めた。十歳の  
女児の現実認識にしては不自然な点が多すぎると、町の大病院へ脳の精密検査に回される  
三日前のことだった。  
 
 それから、八年後の今年初夏。実のところ、全く納得など出来ていなかった彼女は、  
トラウマ克服のショック治療だと自分の理性に言い訳をして、この波布島へとやってきた。  
 本当は、今でも鮮明に記憶に残っている、それとの『約束』を果たすために。  
 
 
「そんなわけで、今月のお供えです」  
 そう言って、怜奈は麻袋から一升瓶を取り出した。すると気嚢の下の口がさっと開いて、一本の  
触手が酒瓶をすっと抜き取っていく。それからしばし、何となく正坐して彼女が酒の感想を待って  
いると、やがて渋い声が袋の部屋に響いた。  
 
「またえらく安い酒だな」  
「あ゛う……。今回はペットじゃなくて、ちゃんと瓶入りのお酒なんですけど。駄目ですか」  
「あんなものは酒と云わん。全くおぬし、御神酒の意味を分かっておるのか」  
「分かってますよぅ。ただ、貧乏学生にはどうしても限界と言うものがありまして」  
「嘆かわしい。まあ、今回は酒なだけマシか」  
 
 そう言い終わるや否や、空になった一升瓶が、ポンと気嚢の中に放り込まれた。あまりの  
早さに、怜奈は思わず呆けた表情を見せる。と、尊大ながらもどこか気まずげな声色が、  
袋の内側に控え目に響いた。  
 
「別に捨てたわけでは無い。儂の頬はぬしらのものとは比較にならぬ。一先ず口に収めた  
だけだ」  
「あ、いえ、そんな事を疑ったんではなくてですね。ただ、私の血と汗と涙のバイト代の  
結晶ですから、出来ればもう少し味わって飲んで頂きたいなあと」  
「……お主の理解が及ばぬのは、神酒では無く供え物の意であるようだな」  
 
 嘆息するように異形が言う。すると、気嚢の口が再び開き、今度は足の生えたイソギンチャク  
のような、無数の触手の集合体が、いくつも中に飛び込んできた。  
「あ、ちょ、水神さまっ」 慌てたように、怜奈は言った。「えーと、先月頼まれたものですとか、  
まだそっちの袋に入っててですね、そちらの方を先にっ……きゃっ」  
「後で構わぬ。一月ぶりで若い衆はいい加減我慢が効かぬようだし、先にぬしの身体を  
供えて貰おう」  
「いや、でも、今回のはんぁっ…!」 勢いよく飛びかかってきた触手に押し倒される形で、  
彼女の言葉は中断された。それらは早速膝を割って、娘の秘部へと食指を伸ばす。そこで  
彼女の貞淑を守っている安物の布地は、もう幾許も無く異形の攻めに屈しようとしていた。  
 
「やあっ……と、その、色々説明が必要でして、とても色々とされちゃった後じゃ、うまく申し  
上げられっ……んぐぅ!?」  
「どうでもよろしい。まずはおぬし、そうやって供え物の意味を学び給えよ」  
 それでも、未練がましく言い訳を募る怜奈の口を、"水神さま"は、触手の一つを放り込んで  
黙らせる。  
 
 *  
 
「助けても好い。但し、此の恩はぬしの身を供えにして報いて貰おう」  
 八年前、"水神様"は──異形をそう呼んでいるのは、実のところ彼女だけだが──十の  
怜奈にそう言った。海の底で、どうして息が吸えるのだろうと首を捻っていた彼女は、最初、  
それが自分に掛けられた言葉だと分からなかった。  
 
「おい、おぬし。聞いておるか」  
「え、あ、はい先生!」 思わずそう言って、反射的に立ち上がろうとし、彼女は足元の触手に  
躓いて転倒した。 「あいたた。すみません聞いてませんでしたっ」  
「誰がおぬしの先生じゃ」 水神はくつくつ笑って言った。「まあよい。おぬし、ここから生きて  
帰りたいか」  
「は、はい。もちろんです。ああでも、帰ったら絶対お父さんに怒られる……」  
「この後及んで、中々余裕な娘よな」 呆れたように、水神は言う。「だが、今時はその方が  
都合も良かろう。宜しい、望み通り、ぬしを陸へと返してやろう。だが、この恩に報いるべく、  
ぬしの体が熟した時。必ずここへ自身を供えに戻って来るのだ。好いな?」  
「はい。いや、でも、やっぱ質問があります」  
「……何ぞ」  
「ええと、自身を供えるっていうのは、私を供えるっていう意味で、ええと、だから、私は  
いけにえなるんですか?」  
「そうとも云えるな」  
「えーと、私いけにえになるんじゃ、結局、助けてもらっても意味無いんじゃないかと」  
 
 昔話で、生贄とは、確かそのために命を捨てるとかいってたような。そんな事を思って、  
ごくごく素直に、怜奈は訊いた。だが、彼女のその問いは、波布島に沈む古の異形に、  
津波でも起こすかのような哄笑をもたらした。  
 
「くっはははっ! いいぞ小娘、儂もまさか、この場で交渉をする者が現れようとは思わなかった。  
よかろう、お嬢さん、他に何が御望みとある?」  
 突然笑いだした相手に対して、怜奈は大いに戸惑った。だが、聞かれたらまず答えなさいと、  
日頃の教育の甲斐あって、彼女はとにかく自分の希望を口にした。  
 
「え、えと、お父さんに怒られたくないっ…て、そじゃなくて、死にたくないってことですっ!」  
「ほほう、ではずっと此処に居れば好いな。死にもしないし、父君に叱られることも無い」  
「え、あ、でもでも。お腹もすくし、ええと、普通に帰って、普通に生きて、それから普通に  
怒られないのがいいですっ」  
「くっく。成程、確と承ったよお嬢さん。おぬしの陸での処世を保障しよう。その代わり、  
機が熟したらおぬしは此処を訪れて、その身と誠意を捧げなさい。これで好いかな?」  
「はいっ、はい、多分それで、お願いしますっ!」  
 
 何とかそう答えると、海中で怜奈を捉えた触手が、再びその身を包み始めた。先ほど、  
苦しい所を救ってくれたそれに、恐怖を覚えることはなかったが、ここで何となく、蛇みたい  
だなと彼女は思った。  
 
「あ、ちょと、待って下さい」  
「……まだ何かあるのか」 嘆息しつつも、完全に面白がるように水神は言った。   
「ええと、お父さんのこと……。それから、えーと全然関係ないんですけど、何があんなに  
おかしかったんですか?」  
「くくく。父君はおぬしに謝ろうとも、責めることなど有るまいよ。  
──それから、此れはな。こんな小生意気な娘との逢瀬すら、惜しいと思うほど人恋しくなった  
己の身の果てを笑っておるのだ。  
 だから、おぬし、約束だ。再び此の水の底を訪れて、儂の慰みとなってくれ」  
 
 そう言った瞬間、怜奈の身を包んだ触手が、いっとき、ぎゅっと縮まった。今までの傲然とした  
態度が嘘のような、寂しさすら覚える肉手の仕草。齢は僅か十にして、人のそれすらまだ十分に  
悟ることのできない怜奈だったが、彼女はその時、確かに水神の寂寥を、感じ取ることが  
出来たのだ。  
 うん、約束。 と、怜奈は応えた。  
 お礼に、必ず戻ってきます。だから、安心してまっててね?  
 
 次の瞬間、彼女の身体はロケットのような勢いで、夜の海面へと打ちだされた。  
 
 
 
 そうして、八年後の今年六月。彼女は半信半疑で海に潜った彼女は、素人装備であっさり  
下降流の渦に巻き込まれ、再び溺死しそうになった所で、やはり再び水神さまのお世話に  
なった。  
 そこで、『約束』通り、怜奈は水神にその身を捧げることとなった。無論、十八になった彼女は、  
当時の水神の言わんとしたことを何となく理解することが出来ていた。だが、存在自体を疑って  
いた段階で、異形に身体を開く覚悟なぞ当然持っている筈もなく、最初の一回は訳も分からず  
あたふたしている内に犯された。そのまま気を失うまで無数の触手に責められ続け、気付いた  
時には何時ぞやのように、波布島の岸辺に打ち上げられていたというわけである。  
 股間に残る重い疼痛が無かったら、再び幻覚を見たのだと疑いたくなるような体験だった。  
 
 その晩だけは、さしもの怜奈の我が身を襲った事態に恐怖した。胎に残る異形の残滓を必死に  
なって外へ掻き出し、これを持ってそのまま病院へ行くべきか真剣に悩んだ。が、町に一つだけ  
ある病院と言えば、八年間に彼女を脳外科送りにしかけたあそこしかないし、事情を知らない  
余所のところへ行ったとて、どう説明すべきかは見当も付かない。そもそも、この場合行くべき  
なのは、病院なのか、保健所なのか。あるいは、大学の専門の研究所だろうか。一体全体、  
どうやってそんな場所に話をつけることが出来るのか。  
 そうして大騒ぎしている内に、『また』周りから頭のおかしい者の扱いを受けるのか。  
 
 そんなことを、ぐるぐると当ても無く考えている内に、二日経ち、三日経ち、無事月のものも来て、  
そう言えば安全日だったと思い出し、いやいやそう言う問題じゃないと思い直したりして、早一月  
近くが経った頃。  
 怜奈は、自分でも驚いた事に、再び島の岸壁に立っていた。  
 
 実際のところ、異形の仔を孕んでいないと分かった時点で、恐怖心は不思議なくらいに  
薄まっていた。妊娠の恐怖を除いても、あんな人外に好き放題に弄られた記憶は十分に  
トラウマになってよいはずなのに、そのこと自体には何故か惧れを抱かなかった。事情が  
余りに突飛なために、彼女自身現実感が薄いのだろうと、怜奈の理性は結論を出した。  
 それに、本心から納得したわけでは無かったが。  
 その上で、とにもかくにも事態の打開するためには、もう一度あれに会うしかないと、彼女は  
決心をしたのだった。幸い、相手は人語を介し、どうやら交渉も出来そうである。他の人間に  
話せないなら、当の人外と話をするほか選択肢は無い。その上で、今後の身の振るまい  
を考えよう。  
 
 ただ、一つ、明らかなことは。命の恩人の寂しくさせないと誓った自分の約束は、本物だった  
ということだ。  
 
 そんなこんなで、七月のある日、色々と覚悟をきめて水神の巣に乗り込んだ怜奈の話に、  
件の異形はあっさりと答えた。  
「以前約束したろう、おぬしの陸での暮らしを保障すると。全くつまらぬ憂いを持ったものだな」  
 以来、毎月『お供え物』という名の土産を持って、折原怜奈はこの岩礁を訪れている。  
 
 *  
 
 そんなこんなで、怜奈がこうして水神さまの供物となるのも、かれこれ三回目だ。だから、  
彼女はこの不思議な異形の事情について、以前より少しだけ通じるようになっている。  
 
 とはいえ、慣れてきた、かどうかは、また別問題であるのだが。  
「んんぁっ……はん…ひゃうっ!」  
 今、怜奈の身体に群がっている触手達は、岩窟内で『水神さま』を長とするコロニーにおいて、  
最年少の者たちだ。水神さまの二世代後の生まれになるので、人間の血は八分の一程度しか  
入っていないはずなのだが、若さゆえか性欲の強さだけは群れ一番である。  
 一体あたり、数グラムから精々数キロ程度の彼らは、数に任せて怜奈を気嚢の底に押し倒すと、  
邪魔な布地を押しのけるようにして、早速その肌を耕し始めた。  
 
「ふぁうっ!…・と、皆さ…っ…わたし脱ぎます、脱ぎますからちょとまんんっ!」  
 身銭を切った水着の最後の断末魔を聞いて、彼女は思わず声を上げた。しかし、そんな  
供え物の身勝手に触手達が耳を貸そうはずが無い。結局、哀れな合成繊維は一分と持たずに、  
古の神々の物理力の前に敗れ去った。  
 無論、こうなる事が分かっているから、怜奈も出来るだけ安物を選ぶようにはしているのだが。  
 
「うぅ、私のごひゃくえん……って、ひゃあっ!?」  
だが、彼女の懐事情など知ったことでは無い触手達は、切り開いた生肌へ我先にと身を這わす。  
熟した重みと若々しい張りを重ね持つ、二十歳前の娘の形の良い乳房は、彼らの一番の好物  
だった。他の個体の機先を制した最初の四、五体が、二つの丘を思い思いに歪めていく。  
 
 獲物にあぶれた残りの者は、腹を伝って下半身へと下りて行った。そのうちの何体かは、尻や  
脇腹、ふくらはぎなどの柔らかい場所を、乳房代わりに揉み始める。そして残りの大部分は、  
彼女の股間から太股にかけてに集まった。  
 胸への刺激にわあわあ言って暴れている怜奈の足を、彼らはしっかり協力して固定する。  
そうして露わになった娘の密壺へ、三本ほどが我慢ならぬとばかりに飛び込んだ。  
 
「はう゛うっ!!……っくぅー…いっーたたっ…」  
 準備不足の娘の胎で、触手は強引な抽送を開始する。些か性急過ぎる挿入のせいで、  
怜奈の顔は少しばかり苦痛に歪んだ。が、これが最初の少しの辛抱だと知っている彼女は、  
努めて身体の力を抜く様にして、触手の責めを受け入ていく。  
 
 すると、怜奈の読み通り。数十秒もしないうちに、早くも最初の一体が体奥で傘を開いた。  
「うわっ……とっ……ひゃんっ!」   
 吐き出された大量の白濁は、抽送を続ける他の触手で、内壁に満遍なく塗り込められる。この  
おかげで、潤い不足に伴う痛みは、随分と軽減されるのだ。胎の固さは如何ともし難いが、元々  
このぐらいの触手たちは二、三本束ねてようやく人のモノのサイズとなるので、耐えられないと  
いう程では無い。  
 加えて、胸部や股間で順番を待つ触手のうねりは、ツボを得たものとは言えないものの、  
確実に娘の身体を解す方向で作用している。  
 
「やんっ…ふぃっ…な、何か、毎度々々上達してきてる気が……んんっ」  
「それはそうだろう。此の若い衆どもは、おぬしが初めての相手だからな」  
「へっ? そうだったん…っ…ですか?」  
「"乳母"の乳なら吸わせたこともあるが。仔を成せるまでに熟してからは、人に触れる機会が  
無かったのでな」  
「な、なるほど……きゃん!」  
 ヤケにおっぱいに拘るのはそういうわけか、などと怜奈が一人で納得している内に、  
吐精を終えた中の触手が、外で待っていたものと入れ替わる。  
 
 
 こうして半時間ほどの間。水神が"若い衆"と呼ぶ触手群は、代わる代わる怜奈の身体を  
犯していった。一個体当たりが交わりにかける時間は短いのだが、何せ彼らは数が多い。  
若い触手達がようやく一段落着いた頃には、胸や股から溢れた精で、気嚢の内側には  
小さな水たまりが出来ていた。  
 
 けれど、本当に大変なのはこれからだという事を、怜奈は経験から知っていた。最近上達して  
きたとはいえ、若い衆たちの交わりは、あくまで自分本位のものなのだ。怜奈を感じさせようと  
する要素は少ないから、基本的に受け身で耐えていればいい。  
 しかし、今、気嚢の口から姿を見せ始めた"先輩"の触手達は違った。過去、怜奈と同じような  
「生贄」の娘達を抱いてきた経験がある。女体の貪り方だけでなく、楽しみ方を知っている者達だ。  
 
 彼らはまず、袋の底で大きく息を突いている怜奈をひょいと持ち上げ、空中で両脚を開かせた。  
次いで細めの触手を奥に差し入れ、中で吐精したままへたっている若い衆たちを掻き出していく。  
「んっ……くはっ、はふー。どうもです……」  
 ぬちゅり、と鈍い水音と共に、最後の一匹が引き抜かれた。胎の楔が消えて、呼吸が少し  
楽になる。その解放感に、怜奈は何となくに礼を言った。彼らは邪魔ものをどかしただけで、  
感謝する筋では無いだろうとも思ったけれど。  
 
 しかし、そんな謙虚さに気を良くしたのか、歳かさの異形達は触手で空中に簡単なベッドを  
作ってやった。そこへ娘を横たえると、寝台に身体を固定しながら、楽な姿勢を取らせてやる。  
 袋の底だと、溜まった精で溺れる心配もあったから、この配慮は怜奈としても有難い。  
「うわぁ…これ楽チンです。やっと一息つけるー」  
 身体の力をくたりと抜いて、娘は一時、肉手の床に身を任せた。ここ一二時間の重労働で、  
全身の筋肉には結構な疲労がたまっている。触手のマットは、徐々にその内側へ怜奈の  
身体を沈ませていったが、適度な拘束感が今の彼女には気持ちよかった。  
 
「あふ。マッサージみたい………っん」  
 だが、もちろん異形達は慈善事業で整体師をしている訳では無い。彼女の気がすっかり  
抜けたところを見計らって、一本の触手が、するりと股奥に入りこんだ。  
 
「ひゃんっ!い、いきなりはびっくりしますよー…」  
 そんな、不平とも感想ともいえない言葉を、触手たちは勿論無視して、次々に細めの触手を  
差し入れる。怜奈は気付いていなかったが、それらは二種類の触手から成っていた。  
 一種類は、内に骨格を持つ強靭な触手。そしてもう一種類は、先端が枝毛状に分岐し  
それそれが繊毛上の感覚肢を持つ、触角だった。  
 異形達はまず、骨付きの触手で娘の中を割り開いた。次いで感覚肢を内壁全体に  
満滑らせ、若い衆が踏み荒らした胎の様子を丹念に探る。  
 
「ん……っく」  
 体内を羽毛で撫ぜるような愛撫。しかし、怜奈の反応は芳しくなかった。先程の行為で、  
内側が軽く炎症を起こしており、性感よりもひりつく痛みが勝ってしまう。  
 それに気付いた異形は、いったん感覚肢を下がらせると、また別の触手を差し向けた。  
今度は、太さが普通の男のものと同じくらい、ただし先端に大きな開口部を持ストロー  
状のものだ。  
 それは、細かい蠕動を繰り返しながら、これ以上少女を傷付けないように慎重に胎を  
遡っていく。そして先端が体奥にとどくや否や、大量の粘液を吐き出し始めた。  
「はん……ん……きゃっ…あれ?」  
 突然、内に注がれる感触に、怜奈は思わず戸惑うような声を上げた。"先輩"達の射精  
にしては早すぎるし、お腹の中の感触がいつもと違う。  
 実際、管状の触手から出されたものは、異形の精ではなかった。半透明でより粘度が  
高く、ゼリー状の分泌物。それには、粘膜に対して消炎作用を持つ物質が含まれていた。  
「やだ、ちょっと冷た……っん…。な、何なんですかこれぇ?」  
 そんな、娘の戸惑いをよそに、異形は触手をゆっくりと引き抜きながら、空いた隙間を  
特製の軟膏で埋めていく。  
 
 彼女の中が塗り薬でいっぱいになると、局部の触手達はいったん大人しくなった。  
 代りに動きを見せ始めたのが、寝台状に寄り集まって彼女の身体を支えていた者たちである。  
 肉のマットから一本、二本と立ち上がっていき、順々に四肢を固定していく。やがて両手足を  
完全に縫いつけてしまうと、今度は指の間一つ一つにまで触手を這わしはじめた。  
「やんっ、これはちょっとくすぐったっ……!」  
 むずがる怜奈を身じろぎしても、拘束は一向に緩まない。文字通り指先一本まで自由を  
奪うと、いよいよ女体への攻めが始まった。  
 
 胸に集まった触手達は、自身の粘液と若い衆の精でその身を複雑に滑らせながら、二つの  
膨らみを丹念に捏ね上げる。その頂きを、繊毛上の触手がつまむと、柔肉の奥で横隔膜が  
跳ねた。  
 呼吸が荒れ始めて、半開きになった口元にも、触手達が集まっていた。唇の端でこじるように  
うねり、意を得た怜奈が口を開くと、そのまま数本が纏めて入ってくる。  
「ふぐっ!……んぅっ……んくっ」  
 好き勝手に暴れるに触手へ、怜奈は一生懸命舌を這わせた。異形達からそうしろと  
言われたわけではないが、自分は『供え物』なんだから、奉仕しなけらばいけないんだろう  
と思う。  
 とはいえ、その奉仕が効果を上げているかは疑問だった。彼らは怜奈の舌使いなど  
お構いなしに、好き勝手に娘の口を蹂躙していた。上顎の裏にその身をこすりつけるもの。  
舌の付け根の唾液腺を啜りあげるもの。奥歯と頬の間で、扱くように抽送するもの。  
 しかしながら、喉奥を使っていたずらに苦しめようとするものはいなかった。それが、  
少女を気遣ってのことなのか、あるいは生贄の性感を冷ましたくないだけなのかは、  
怜奈には知る由もなかったけれど。  
 
「んぶっ……れるん……ひぐっ!?」  
 口での奉仕で怜奈がいっぱいいっぱいになり始めた頃、下半身の触手も行動を再開させた。  
尻や太股を覆う触手は、それまでの按摩師のような揉み上げから、一点して艶めかしい動きで  
娘の肌を舐っていく。感覚肢も股座に戻り、内襞をめくってゼリー越しに中の様子を確かめる。  
 数百年の歴史を持つ異形の処方箋は確かだった。激しい抽送で受けた腫れはすっかり  
引いて、内側は健康的な紅桜色を見せている。  
 
 ここに至って、漸く自分の仕事に満足した異形達は、とうとう牡の本体を挿し入れた。  
 太さは人とそう変わらず、長さは較ぶべきもない異形の一物が、ゆっくりと怜奈の肌を  
押し広げていく。若い衆とは明らかに違う、ぬっしりとした異物感が、外側を縛る触手以上に、  
少女の身体を縫い止める。  
「ん…くふっ」  
ふさがった口から、押し出される様に吐息が漏れた。しかしながら、それは苦しくとも苦痛  
ではない。娘の胎は、つい先刻まで常軌を逸した凌虐を受けていたとは思えないような、  
瑞々しさを取り戻していた。  
準備の整った二十歳の潤いと締め付けが、異形の牡を歓待する。  
「ふくっ……んんっ……じゅる……はう゛ん」  
 規則的な抽送に合わせて、怜奈の呼吸も短く早くなってきた。しかし異形が戯れに  
調子を乱せば、娘の身体が引き攣るように跳ねる。逆にゆっくりと深く出入りすれば、  
呼吸もその時だけ深くなる。  
 
 少女の身体は、今や内側からも外側からも、完全に触手に支配されている。  
 
 「ふぅん……んぐっ…んっ…ひんっ!」  
 やにわに、異形の抽送が激しくなった。入口で激しい水音を立て、奥まで一息に突き上げる。  
 触手で雁字搦めにされた身体では、上へ逃げることもできないかった。力強い突きを、  
全部胎奥で受け止める。臓腑がグイと持ち上げられ、反射的に縮こまる肉の刺激を、肉手が  
こじ開けて楽しむ。  
 そんな異形の乱暴さにも、怜奈の興奮が冷めることは無かった。若い衆の時とは違って、  
全身を覆う触手が娘の身体を十分に高めていたのだった。背中から尻にかけては、粘液と  
精に濡れた触手が、絶えず舐め上げるように蠢いている。乳房に絡みついた触手は、  
弱すぎず強すぎず、その膨らみを絞りあげ、先端の蕾を吸い上げている。  
 
 そして今、下腹を巻き上げていた触手のうちの一本が、敢えて放っていた敏感な実に  
喰らいついた。  
「ひゅぅぅぅんっ…!」  
 口内を犯す触手の束の隙間から、掠れるような悲鳴が漏れた。どんな乱暴な攻めも、  
数をこなせばそれなりに慣れる。しかしこの刺激は、経験すればするほどに、逆に耐性が  
無くなっていく気がしている。  
 「ひゃっ……あう゛っ……んんーっ」  
 一突きごとに上がる吐息に、悦びの色がのってきた。触手の傘は引き戻される度に、大量の  
蜜を掻き出している。それは少し白濁しながら股坐に溢れて、実を弄る宿主にぬるみを与える。  
 入念に下拵えされた身体は、直接的な刺激を受けて、一気に高みへと走り出した。  
息が浅くなり、視界が白む。全身がビリビリと痺れたような感覚になり、その癖胎を暴れ回る  
触手の感覚だけがはっきりとわかる。  
 そして、ひと突きひと突き毎に、お腹に奥に熱がたまっていく感覚。  
「んぶ゛うっ!?ー……ぷはっ!……ひゃうんっ!」  
 だしぬけに、体奥へ深い一突きを喰らって、怜奈は何とか咥えていた触手も吐き出した。  
少女の唾液と異形の粘液を濡れる触手が、整った目尻をぬらぬらと汚す。  
 しかし、それに頓着する余裕は、もはや彼女にも異形にも無い。  
 
「やあぁんっ!……あうぅうっ!……ひぁ……きゃんっ!」  
 口枷が無くなった娘を、触手は音高く掻き鳴らす。抽送を強めながら実を弄り、柔らかく跳ねる  
双丘はとぐろ巻きにして、頂を摘む。捕まえた三つの蕾を同時に啜り上げれば、少女の音色が  
一オクターブ上がった。  
「ひぃぅううぅんっ!」  
 ひくひくと痙攣しながら、全身の筋肉が縮こまる。しかし身体を閉じることは、絡みつく無数の  
触手が許さない。大きく股坐を開いたまま、異形を包む肉襞だけが、内へ内へと中の触手を  
抱き締める。  
 しとどに濡れて奉迎を続ける生贄に、古の異形にもいよいよ終わりが近づいた。身体を包む  
触手の一部に、痕が残るほどの力が入る。胎の触手にも技巧が無くなり、ただ真っ直ぐに娘の  
胎奥へ穿ち込む。  
 相手をまるで顧みない強引な攻め。けれど、十分に仕込みを終えた生贄の身体は、それでも  
高みへと昇っていった。  
「や……あうっ…だめっ……いっちゃっ……」  
 太股が小刻みに震え出す。顎が上がり、舌が下がり、閉じた筈の瞼の裏が白々と霞む。  
自分の上下すら分からなくなり、それでも触手のおしまいだけは、女の本能が教えてくれた。  
「おねがぃっ……いっしょっ…にっ……!  
 最後の最後に、少女の口から、初めて誘いの言葉が漏れた、その瞬間。  
 胎奥に埋めた触手の傘が、膨らみ爆ぜた。  
「やぁっ……ふぁあああんっ!」  
 成熟した異形の量は、若い衆とは比較にならないほど多かった。五度、六度と、最初の  
勢いのまま吐き出し続け、やがて咥えこんだままの入り口から白濁が音を立てて噴き出してくる。  
「も……むり……溢れてますよぉ……」  
 朦朧としたまま、少女がつぶやく。その言葉を解したかは定かではないが、異形は満足げに  
触手を引きぬいた。  
 
 胎の楔を取り払われて、怜奈はようやく人心地をついた。高みから下りかけた身体を、  
気だるい疲労と温かい触手が包んでくれる。このまま眠れたらどんなに幸せなことだろう。  
 けれど、生贄相手にそうは問屋が卸さなかった。むしろ、ここからが本番なのだ。何せ、  
今のでやっと、先輩触手の『一人目』が終わったとこなのだから。  
 幾許もなく、次の触手が下腹へとおりる。激しい交わりを終えたばかりのそこは、  
精のぬるみもあって容易く次鋒を迎え入れた。  
 しかし、だからと言って怜奈が楽なわけではない。達したばかりで過敏になっているところへ、  
中いっぱいに着き入れられて、彼女は早速悲鳴を上げた。  
「ひぃぅっ!……あ、あの、出来ればちょと休けっ……っあん!」  
 若い衆と交代した時、ぱっと数えた先輩触手の数は、軽く十五は超えていた。でも、  
どうせ半分もいかない内に、意識なん飛んじゃうから、あんまり数には意味無いかなぁ。  
下手に休憩しないで、さっさとやられちゃった方が楽なのかも…  
 そんな不遜な物思いをする暇もあらばこそ。さっそく二体目の攻めが始まり、怜奈の意識は  
真っ白な嵐に吹き飛ばされた。  
 
 
  *  
 
 
 温かい、というのが一番初めの感想だった。まだ出たくない、もう少しまどろんでいたい、  
と娘は思う。  
 冬場の寝起きの感覚と似ている。けれど、肌を包む感触が、布団のそれとは異なっている。  
 もっと熱い。もっと力強く、もっと柔らかい。  
 もっと安心出来る。  
 小さい頃に、添い寝してもらった母の腕の中で目を覚ましたときのような。強いて例えると  
そんな感じだろうか。自らが溜めた熱だけでなく、与えられる人肌を感じる。  
 それが、抗い難いほど心地よい。  
 だから、思わず彼女はつぶやいた。  
「ずっと、このままいたい」  
 娘の言葉に、身体を内側を貫く触がひくりと引き攣った。しかし、夢うつつに微睡む少女は、  
異形の動きを気にした風も無い。  
  やがて、巨大な溜め息のような風音が、部屋の内側に響き渡った。ややあって──  
 
「ほれ、いい加減に起きぬか」  
「ひぁう゛っ!………ぁれ?」  
 胎奥に、ズシンと重い一撃をくらって、怜奈は夢心地は吹っ飛んだ。とはいえ、すぐには自分の  
状況を思い出せず、瞳をぱちぱちとしばたたかせてから、きょろきょろと当たりを見渡した。  
 
 蛍火のような淡い燐光が、球形の洞穴を照らしている。しかし、壁面は岩肌ではなく、もっと  
生々しい肉の色を呈し、周期的に蠕動している。  
 そうだ、ここは波布島の底、水神様の気嚢の中だ。  
 目線を下ろすと、触手の海だった。自分の大小無数の触手が、気嚢の底面をみたし、怜奈の  
首から下はその中に浸かっている。視覚的には、そんな感じだ。  
 しかし、全身の感触は少し違っていた。ただ異形の中に沈んでいるのではなく、しっかりと  
包まれている感じがする。  
 さしずめ、触手で編んだ寝袋に潜り込んだような、そんな感触。  
 そっか、先の夢の感触はこれだったんだ、と思い当った時、再び腹の内側が叩かれた。  
   
「いつまで寝ぼけておる」  
「きゃんっ!……やや、もう起きました、起きましたからっ!」  
 二度目の突きを喰らって、怜奈は今度こそ自分の状況を思い出す。  
   
 二体目の異形にあっさりと意識を飛ばれた後も、断片的ながら記憶は残っている。  
大きく膨らんだ触手の傘が、体奥に精を叩き付けた瞬間。やや力を失った触手が引き抜かれ、  
次の者と入れ替わる瞬間。或いは、口腔の触手達が矢庭に吐精し、溺れそうになりながら  
必死に飲みほした瞬間。  
 だが、その合間合間は、快感だか苦痛だか分からない、滅茶苦茶な真っ白しか覚えて  
いない。つまり、異形は生贄の意識の有無に関わりなく延々と交わり続けたのだと、怜奈は  
経験から理解した。  
 そして、今も彼女の中に入ったままの、ひと際大きいそれは、"水神様"本人のモノだろう。  
   
「えーと、すみません、また最後まで持たなくって……」  
「最後どころか、序盤の序盤でお主は気をやっていたようだがな」  
「うぐっ。……いや、あんなの人間に耐えられるわけありませんってば。ぜったい」  
 恨みがましく呟いた後、娘は異形に挿し込まれたままの下腹に手を当て、さすりながら  
上目遣いで訊いた。  
「えと、それで……おたのしみ、いただけました?」  
 とたんに、中の触手がぴくりと跳ねた。それを誤解した怜奈は、慌てて取り繕うように言う。  
「あわわわ、ごめんなさい!寝たままご奉仕とか有り得ないですよね。今すぐ、もう一発  
いきまっっ…はう゛っ!」  
「ええい、違うわ!……まったく、年頃の娘がもう一発などと」  
 胎の触手で三たび娘を小突いた後、古の異形は少しわざとらしい溜め息をついた。しかし、  
そんな人外の機微に気付くわけもなく、怜奈はこれ以上怒らせまいと必死に考える。  
 
 お腹の奥に、触手とは違う感触のしこりがある。脚を閉じで太股をすり合わせると、  
ぬっちゃりと強く引き合った。水神様の精は、ほかの者達と比べると粘度が高いので、  
注意すればそれと分かる。  
 そういえば、最後の最後で、この大きな触手で盛大に注がれたような気がしなくもない。  
少なくとも、一度は満足していただけた、ということだろう。  
「あの、じゃあ、もうよろしいので?」  
「ふん。それより、今日は別の頼みもあったろう」  
 娘の質問に答える替わりに、異形は一つの気嚢のから、彼女が持ってきた麻袋を  
下ろしてきた。生贄を抱いている間に、精塗れにならぬよう、上の方に吊るしておいたのだろう。  
「あ、ああっ、そうでした」  
 怜奈も今度は、異形の不興を買う前に自分の仕事を思い出した。麻袋の口を開き、ビニールで  
厳重に防水された包みを取り出して、今訪問のプレゼンの準備をする。  
……でも、ちゃんといってくれたんなら、労いの言葉の一つも掛けてくれたっていいのになぁ。  
水神様を受け止めるのって、すんごく大変なのに。  
 "寝ながら奉仕してすみません"という謝罪は早々に棚に上げ、心の中でぶつぶつと  
愚痴りながらも、怜奈は健気に手を動かした。  
 
「こちらが、例の"郷土博物館"なる場所で借りてきた本の写しです。」  
そう言って、怜奈は一枚のコピー紙を差し出した。彼女の身体を包む触手の一本が、  
器用にそれを摘まむと、気嚢の奥の方へ持っていく。  
 そういえば、水神様の瞳って見たことないな。顔とか、どこについてるんだろう。そんな感想を  
覚えながら、怜奈は続けた。  
「昔話に出てくる八人の人魚ついては、水神様から伺った以上の話は何もありませんでした。  
逆に、人魚伝説を史実的に否定するような小話なら幾つか…」  
「申してみよ」  
「ええと、二百年前くらいに、波布島の沖で大きな商船が難破したことがあるそうです。数日後、  
ここの浜にも数人が死体で上がったんですが、その際、第一発見者が人魚と見間違えたそうで」  
「ほう?」  
「うーんと、ちょっとグロい話になるんですが……その骸の足には、昆布やらなんやらの  
海藻が絡み合っていて、遠目には尾のように見えたとか」  
「………」  
「で、身投げして波布島に打ち上げられた娘たちの死体も、海藻が絡んで遠目にはそんな風に  
見えたんじゃないかって学説が、今は有力だそうです」  
 
「……ふむ」  
 ややあって、異形はそう返事した。いっとき、先を続けるべきかどうか逡巡したのち、  
彼女は再び口を開く。  
「で、先月水神様からお聞きした"ハツ"という女性ですが」  
 
 そこで、怜奈は胎に収められたままの触手が身じろぎするのを感じた。しかし、彼女は  
気付かないふりをして、先を続ける。  
「こちらは、記録がありました。人魚伝説の方は駄目だっんですけど、地元の有力氏族の  
資料を徹底的に洗ったところ、とある商家の日記の中にありましたよ!一四〇年前で、  
年代的にもドンピシャリです」  
「ほう。おぬしにしては、よく調べたな」素直に感嘆の声音で、異形は言った。  
「えへへ、それほどでも」 鼻の頭をかきつつ、怜奈は応じた。「実は、郷土博物館の  
案内人さんが、退官した民俗学の教授さんだったんですよ。地元出身の人で、老後は  
故郷の子供たちのためと思って帰ってきたらしいですけど、いまどきの子は郷土史なんかに  
興味を持たないって嘆いてました。ちょっと質問したら、もう自分から何でもかんでも調べて  
下さって。私、自慢じゃないですけど、ああいう寂しいおじいちゃんに取り入るのは  
大とくいぃっ!?……あん゛っ!……わたっ!……やあぁっ!?」  
 言葉尻とは裏腹に、いかにも自慢気に語る少女の胎へ、触手は四度目の仕置きをする。  
 
「お、大手柄なのに、怒られる理由が分かりません!」  
「ぬしのおつむでは解らぬだろうから、こうして身体に躾けているのではないか。で、続きは」  
「そんな、理不尽なー……。と、とにかくですね、彼女の記録ですが」  
 深呼吸して呼吸を整え、怜奈は報告を再開する。  
「身投げして一週間後、彼女は生きたまま浜に打ち上がりました。何たって有名人でしたから、  
当時は奇跡だと村中大騒ぎになったようですね。そして、元の約束通り、官吏の何たらって  
下級貴族さんに嫁ぎました。二月後、娘の懐妊も分かって、日記の主としては一件落着の  
はずだったんですが」  
 
 そこで一息ついて、彼女は持ってきた資料を見直した。お腹の中は、先の抽送のせいで  
ちょっとジンジンしていたから、触手の様子は分からない。  
 だから、怜奈は平調に続ける。  
 
「臨月を過ぎても、一向に出産する気配がない。結局、妊娠十二ヶ月を過ぎたところで、  
彼らも異常妊娠だと認めました。それ以上かかって、まともに産まれた例がないことから、  
実家では堕ろそうという話もでたそうですが……当時の堕胎技術ってアレですからね。  
せっかく嫁いだ娘が死んでは、文字通り元も子も無い。婿さんの頑張りもあって、暫くは  
そのままだったそうですが、周囲の目に耐えきれなくなったのか、ハツさんは再び  
入水自殺を図りました。  
 但し、今度は崖の上からではなく、子守道具を満載した小舟に乗って」  
 
──たぶん、ここまでは水神様も知っている。その先をどう話したらいいのか、怜奈は  
ここ数日ずっと悩んできた。  
 すっかり砕けた腰に、ふっと力を入れる。そうして、胎内の異形をぎゅっと包む。それに  
どれだけの代償効果があるかなど分かりはしないが、今、異形を抱きしめるには、  
これくらいしか仕様がない。  
 救命の恩として、寂しくさせないという約束だけは、絶対に果たせなければならない。  
 
「二週間後、ハツさんはまたも浜に打ち上げられて生還します。しかも、お腹はすっかり  
元通りになっていました。水に入った刺激で堕りてしまったんだろうと、日記の主は商家らしく  
現実的な分析をしています。その後、娘は貴族の家に戻り、  
 二男一女の子宝に恵まれたということです。ちゃんちゃん、でした」  
 
 
「……そうか」  
 耳慣れない、掠れた声が、気嚢に響いた。  
「あやつは、ちゃんと帰っておったのか」  
 
 はい、と 、声だけは先と変わらぬ平調で、怜奈は返事することが出来た。しかし、誤魔化  
せたはずがない。全身を包む触手にも、身体を貫く触手にも、彼女の震えは伝わっていただろう。  
 困ったように、異形が言う。  
「おぬしが泣く道理ではなかろう」  
「まったくですよ」もはや震えを隠そうともせず、怜奈は言った。「どうして、私だけ泣いて  
るんですか。どうして、帰しちゃったんですか! 一四〇年前も、八年前も、二ヶ月前も!」  
「無論、ぬしらが人だからだ。そして、半人の異形たる私は──それでも、人の仔だからな」  
 
「ばかっ!」  
 間髪いれず、恭子が言った。これには、流石の異形も苦笑を洩らす。  
「……おぬしめ、形だけでも儂を神と崇めていたのではなかったか」  
「そうですよ。でもばかですよ。だって、私がバカだから分るんです」  
 触手の寝袋から半身を起こして、娘は言う。  
「私がバカだから。ばか過ぎて、家族にも水神様を信じてもらえないバカだから。友達とも、  
話が合わなくて、一人浮いているバカだから。一人がどんなに寂しいか、解るんです!」  
 
 一度目に浜に戻った時、人魚に間違えられたのだと、ハツは言った。  
「その時、嗚呼、私はこの子を産めるのだと、確信したのでございます」  
 産み落としたばかりの異形に乳を与えながら、彼女はころころと笑って言った。  
 彼は、それをハツが初めて口にした冗談なのだと思って、一緒に笑った。だが、ハツは  
後にも先にも、戯れ言など言った例が無い。どうしようもない莫迦正直な性質だった。  
 やはり、あれは冗談ではなかったのかも知れない。  
 
 なぜなら。  
 
「帰るなって、言えばよかったじゃないですか」  
 百数十年ぶりに、再び戻ってきてくれた娘の姿が、  
 
「水の底に閉じ籠めて、一生儂の慰み者に成れって、言えばよかったんです」  
「おうおう。おぬしはそれでいいのか?」  
「よかないですよ。そりゃあ、泣いて帰してって懇願しますよ。でも、でもっ」  
 腰から下を触手に束ねられたまま、白い裸身を晒して黒髪を振り乱すそのさまが、  
 
「あ'な'た'は、私が帰ってこなかったら、どうするつもりだったんですか!」  
 彼には古の伝説通りの人魚に見えて、仕方が無かったから。  
 
 *  
 
「それでですね、こちらが今月のメインお供え……もろ味噌胡瓜です!」  
 半時間ほど経って、生贄の娘はすっかり元通りになったように見える。麻袋の口に顔を  
突っ込み、いそいそとタッパーをあさる姿は、つい先ほどまで泣きはらしていた娘とは思えない。  
 目じりの端が、未だ赤いことを除いては。  
「……散々勿体つけて、もろきゅうか。」  
「そんな略称までご存知なんて…これ、昔からあったんですか?由緒正しい御供物とか?」  
「もろきゅうなんぞに、そんなけったいな歴史があるか。……どれ」  
「ふふふ、絶品でしょう。もろみが自家製なんですよー……って、ぎゃーっ!いっぺんに丸呑み  
しないで下さい!」  
「器量に乏しい娘よな。全く、ハツは手料理を食われて、喜びこそすれ嘆いたことなどなかったぞ」  
「む」  
 これには、怜奈も憮然として押し黙る。相変わら挿し込んだままの触手で、異形は娘の腹に  
力が入るのを感じた。  
 
「ほう。一丁前に嫉妬しておるのか」  
「いや、そんなんじゃ無いですけど。なんというか、水神様が昔の女を引き合いに貢ぎ金を  
強請るヒモのようなことをおっしゃっ……ひゃんっ!……ぐぇっ!……ごめんなさいっっ!」  
「おぬし、もしかして分かってやっておるのではあるまいな?」  
 
 だが、まなじりに先ほどとは別の涙を浮かべた娘は、ふるふるとかぶりを振った。  
「そんなわけないですよぅ。ていうか、ツッコミ代わりにでお腹の中をつつくのは、さすがに  
勘弁していただきたいと……そこ、女の子の一番大事なとこなんですから」  
「何を言う」再び触手を前後させて、ただし今度は深くゆっくり抜き差ししながら、異形は笑う。  
「ここは元々、斯様に牡と牝を交じらせる場所だろう」  
「ふぁあん…ぅ……それは、そうですけどぉ……」  
 面と向かって言われると恥ずかしい、などと目を逸らす娘を眺めながら、五度、六度、と  
異形は抽送を積み重ねる。  
 
 先ほどから、こうして身体を繋げたまま益体も無い話をして、時々思い出したように  
交わっている。敢えて終わりまではしない。互いの身体が冷めないように、ただし走り出す  
一歩手前で止めで、再び睦言未満の戯れを繰り返す。  
 内奥を小突かれて不平を漏らした娘も、そのこと自体には文句を言わない。  
 だが、それもそろそろ限界だった。小さなうねりの中をいつまでも漂える女と違って、  
牡の異形はある閾値を越えれば、一度終わるまで止まれない。  
 
 このまま、終わろうか。それとも、あと一度だけ戯れようか。  
 そう逡巡した瞬間、ふと、生贄が口を開く。  
 
「でも、やっぱり……んぅ…私は嫉妬したのかもしれません」  
 あまり続きを聞きたくなくて、異形は意識して交わりを強めた。  
 しかし、そんなことでは、娘の言葉は止められない。  
「偉そうな事言って……はぅ……何ですが……私は今すぐ、水神様の仔を宿す勇気は  
ありません。陸の生活を捨てる決意だって、……んぁ!……持てないです」  
 じゅくじゅくと、激しい水音が気嚢に響く。交わりは、もうとっくに戯れの域ではなくなっていた。  
激しい抽送を続けながら、二本の太い水神の少女の身体を吊り上げる。白い裸体が  
触手溜まりから抜け出て、青白い燐光に照らされる。  
 無数の触手で雁字搦めにしていた時には気付かなかった、真っ白な曲線と豊かな黒髪の  
コントラスト。それが、彼の律動に合わせて柔らかに跳ねる。  
 思わず食い入るように見つめる異形の顔を、知ってか知らずか、少女はしっかりと見返していた。  
 
 拙いな、と異形は心内で思う。  
「でも、そこまでして何でって……い゛うっ!……思うんですっ……子供まで作っておいて、  
何で……何で、あなたを見捨てたのってっ!!」  
 抽送の激しさは、戯れに娘を小突いていた時の比ではない。怜奈の口を封じたいからではなく、  
純粋に興奮から、胎奥へたたきつけることを止められない。  
 人外の力で臓腑を激しく揺さぶられつつ、それでも怜奈は言葉を紡ぐ。  
「私はっ!……絶対に見捨てませんっ……あの人はたった二度、でも私はもう三度も戻ってっ…  
…くぅっ!…来ましたっ!」  
 吸い寄せられるように、異形は頭部を娘の身体へ寄せていく。間近に覗き込んだ生贄の瞳は、  
快感にも苦痛にも負けず、しっかりと意思の光を湛えていて、  
 
 「拙いな」、と異形は口に出して言った。  
「これからも、……たとえ何年空いたって、たとえ十年空いたって、ぜったいっ、絶対に、  
戻ってきますから!」  
 体幹を突き乱す暴虐に負けず、怜奈はなんとか両腕を上げると、その胸に異形の頭を抱き寄せる。  
 柔らかい二つの膨らみに、一半世紀振りに顔をうずめて、異形は認めた。  
 
 拙い。此の誰もいない水の底で、  
 己は再び、人魚に溺れる。  
 
「だからもう、寂しがらないでっ……!」  
 耐え切れるはずも無く、抉るように突きこんだ娘の奥で、異形は呆気なく傘を開いた。  
挿し込まれた触手を目に見える勢いで精の塊が遡り、少女の体奥に打ち付けられる。  
粘性の高い水神の精は容易に逃げ場を探せず、一度は胎奥を圧し広げて怜奈に悲鳴  
を上げさせた後、触手と肌の隙間からところてんの様に染み出してきた。  
 
「はあっ……ふぅっ……ふうっ……」  
 およそ、性感よりも苦痛のほうが大きかっただろう。正気に戻った水神は、吊るされたまま  
肩で息をする生贄をあわてて下ろして、柔らかく抱きとめる。  
 しかし、そんな異形へ上目遣いに微笑んで、怜奈は言った。  
「はあっ…、はあぅー……。へへっ……  
 ……こ、今度こそ、おたのしみいただけましたか、水神様?」  
 
 古来より、人魚に誘われて堕ちなかった海人はいない。  
 たとえ彼女に足があろうと、尾がなかろうと。  
 
  *  
 
 波布島の北の端にある岩礁には、人魚の棲家があるという。  
 そこへ、また新たな人魚が一匹、人知れず棲みついたのだった。  
 
 

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