外には雪が降っており、冷え冷えとした空気が広がっていた。  
にもかかわらず、町の至る所に人の姿が見えた。  
とりわけ、カップルの姿が目に付く。それもそのはずで、今日はクリスマスだからだ。  
人々の間には、寒さを忘れてしまうくらいの暖かい雰囲気が満ちていた。  
寒さを与えるために降り注ぐ氷の結晶も、この日ばかりは多くの喜びをもたらす天からの贈り物となっていた。  
 
 
「飾りつけはこんなもんでいいだろ」  
「あとは星だけだね」  
 
暖房の効いた温かい室内で二人の男女の会話が聞こえる。  
女の子――沙希<さき>が星を手に取り、それをツリーの頂点に乗せた。  
 
「これで完成っと」  
「よし、終わったな」  
 
二人は仕事を終えてコタツにもぐりこんだ。その上にはケーキが乗せられている。  
食べる前に男子――武<たける>が沙希に声をかけた。  
 
「あーあ、父ちゃんと母ちゃんがいれば、こんな飾りつけなんてしなくてすんだのに」  
「仕方ないでしょ。おじさんもおばさんも今年は遅くまで仕事なんだから」  
「しっかし、沙希はツリーの一番上まで届くような年齢になっちまったんだなー、俺も老け込むわけだ」  
「どうしたの、急に親父くさいこと言って。まだ17歳でしょ」  
「そうは言っても、昔の俺ならこんな雪の日は真っ先に外に出て遊んだんだけどなー。今じゃそんな元気は出ねぇんだよ」  
 
そう言われると自分も老け込んだような気がしたが、それは雪を見てもはしゃがない年齢まで立派に成長したのだ、と沙希は思うことにした。  
 
「まぁ、確かに。子供の頃は雪を見るとすぐ外に飛び出していったもんだよね」  
「雪合戦したり、雪だるま作ったりしたなー」  
「かまくらとかも作ったよねー」  
「作った、作った。中に入った途端、崩れたりしてな」  
「あれはホント・・・死ぬかと思った」  
二人は顔を見合わせて笑った。  
 
ケーキを嚥下し終わると、沙希はツリーのほうへと視線を向けた。  
 
「このツリー、もう十年以上使っているよね」  
「悪かったな。買い換える金がねぇんだよ」  
「あっ、いや、そういう意味じゃなくて。私達が子供の頃から――」  
「ひひひ、冗談だよ。そうだな、昔からずっとこのツリーを飾って、家でクリスマス会をやってたもんな」  
 
武の言葉を聞いて、沙希は感慨深くなった。このツリーは何十年も二人の成長を見てきたのだ。  
 
「私達のことを、ずっと見守ってくれたんだよね」  
 
沙希は思わず感懐を口に出した。  
その途端、武が噴き出し、ついには声を上げて笑った。  
 
「な、なに!?」  
「だって、マジ顔で語っちゃってんだもん」  
 
武にそう言われて、沙希は赤面した。急に自分のことが恥ずかしくなった。  
 
「『私達のことを、ずっと見守ってくれたんだよね』」  
 
武が沙希の声色を真似て台詞をなぞった。沙希はあまりの羞恥から今にも卒倒しそうだった。  
 
「や、やめてよ〜」  
 
沙希の懇願を無視し、武は再び同じ台詞を言った。  
 
「やめろーー」  
 
沙希は大声を出して、武の口を塞ごうとコタツから勢いよく出た。  
無我夢中で飛び出したためか、片足をコタツの脚にひっかけ、バランスを崩してしまった。  
床に倒れこむ、と思った刹那、座っていた武が沙希の体を受け止めた。  
難を逃れた沙希は、下敷きとなってくれた武に謝罪とお礼を言おうとして、彼の胸から顔を上げた。  
その瞬間、武の顔が間近に現れた。こんな近距離で顔を見合わせたことなど一度もなかった。  
 
「うわぁっ!」  
 
沙希は思いがけない事態に声を上げた。その顔は、またも赤面していた。しかし、今度は別な意味の恥ずかしさからだった。  
胸に手を当てて、高鳴る鼓動が落ち着けようとしていた。  
 
「何だよ、人の顔みてそんなに驚くなんて失礼じゃねーか。・・・まぁいい、それより大丈夫か?」  
「う、うん、ありがと・・・」  
 
沙希はコタツに戻ってしばらくうつむいていた。  
今はまだ、目の前にいる男子を直視できなかったからだ。  
 
「そういや、さっきの話の続きだけどよ」  
「さっきの話?」  
 
あんなことがあったため、沙希はすぐに思い出せなかった。  
 
「ほら、昔から俺ん家でクリスマス会をやってたこと」  
「あ、ああ、うん」  
「前はもっといっぱい人がいたんだよなー」  
「そうだね。武の友達とか、私の友達とかも集まってたし」  
「それが去年からか、ついにお前と二人だけになったのは」  
「うん」  
 
最もそれは沙希にとって嬉しいことであったが。  
 
「高校に入ってから、何故かみんな彼女ができちゃったんだよな」  
「私の友達も、ほとんどが彼氏持ち」  
 
次に武が放った一言は、沙希をどきりとさせた。  
 
「お前は彼氏つくらねーの?」  
「えっ・・・わ、私は・・・」  
 
沙希は言いよどんだ。実は目の前の人を彼氏にしたいなどとは言えなかった。だから何とかごまかすため、逆に訊いてみた。  
 
「そ、そういう武はどうなの?」  
 
そう言った瞬間、沙希は後悔した。  
もし彼女が欲しいと熱望していたり、最悪いまいる好きな人でも聞かされたら、とてもじゃないがこの場で平常心を保つことなど無理に思えたからだ。  
 
「お、俺かっ・・・そうだな・・・」  
 
武は沙希を見つめた。沙希はまた胸が高鳴った。  
 
「俺は・・・いいかな、彼女なんて。面倒くさそうだし、金かかりそうだし」  
 
沙希は思わず頬が緩ませた。そして、お茶をすすってから穏やかに言った。  
 
「そっか、そっか」  
 
沙希に応じて武がしみじみと言った。  
 
「そうだ、そうだ」  
 
二人は再び笑いあった。  
 
「沙希、クリスマスプレゼントはちゃんとサンタさんに頼んだか?」  
 
急に話題を変えて、武が話しかけてきた。  
沙希はそれを聞いて危うくお茶を噴き出しそうになった。  
 
「私、高校生ですけどー!?」  
 
サンタなど今時の小学生でも信じていないのに。まして高校生が――。  
 
「何だよ、ノリが悪いなー」  
 
そう言われて沙希はムッとした。本当に欲しいものを今すぐ言ってやろうかと思った。  
しかし、無論そんな勇気などなかったので、それはしかるべき機会にとっておく事にした。  
代わりにあることを思いついた。  
 
「・・・がほしいかな」  
「えっ、何だって?」  
 
沙希の声が小さかったので、武は聞き返した。  
その瞬間、沙希は後ろに置いておいた物を武の目の前に見せた。  
 
「勝ち星がほしいかな!」  
 
沙希の手には携帯ゲーム機が握られていた。後で武と一緒に遊ぼうと持ってきたものだった。  
 
「はっ、おもしれぇ。また返り討ちにしてやんよ」  
「どうかな。私はあれから一生懸命育てたんだよ」  
「そいつは俺だって同じだ」  
 
二人は対戦を始めた。お互いのモンスターを1体ずつ戦わせて、相手の持っている6匹全部のモンスターを倒したら勝ちというゲームだった。  
しばらく両者とも口を開かず夢中にゲームをしていたが、やがて沙希の顔が強張った。  
それを見た武がすかさず沈黙を破った。  
 
「俺はまだ6匹残っているけど、お前はあと2匹だな」  
「・・・・」  
「降参したほうがいいんじゃないか」  
 
勝負は、言うまでもなく武の勝ちだった。  
 
「やっぱり俺の勝ちだったな」  
「ふふっ、ふふふ」  
 
沙希が突然笑い出した。その様子をみて、武は狼狽した。  
 
「おい、どうしたんだよ急に・・・」  
「ごめんごめん、やっぱり楽しいなーって」  
「楽しいって・・・負けたのに?」  
「負けたのに」  
 
そう言って、沙希は武に微笑んだ。その顔をみて、武はどぎまぎし、顔を背けた。  
 
 
 *  *  *  *  *  *  *  
 
 
サンタに頼んで願い事が叶うのなら、私はこうお願いするだろう。  
 
『この幼馴染みと、いつまでもこんな仲でいられますように』   
 
 

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