「…おい」
「?」
「何してんの」
「寝顔見てた」
起きぬけに思わずふかーく溜息をつく。起きたばかりでいきなり強烈な疲労感を味わい、
布団から出る気が一気に萎える。目を覚ました最初の光景の疑問を尋ねてみれば、この返答である。
「授業は…って、連休か」
「祝日忘れるまでゲームとかよくないと思う」
「うっせ」
昨日は少しばかり夜更かししすぎた。
やはり一人暮らし+新作ゲーム+バイトのない日+休日という組み合わせはよろしくない。
実によろしくない。好きなことを好きなだけしてしまえば、生活リズムを大きく崩すという代償が
待ち構えている。
「せっかく可愛い幼なじみが起こしにきてあげたのにー」
「起こしてないだろ」
同じ大学を受験し共に合格し一緒に上京してからもう2カ月になる。性別が違うのでお互い別々
の寮に部屋を借りたのだが、香菜ときたら地元に住んでた時と同じようにわざわざ来てはこうして
勝手に俺の部屋に上がりこんでくる。寮の面子と食堂で飯を食う時、「毎日お楽しみですね」と
いわれるのが辛い。
「だってあまりにも気持ちよさそうに寝てたから。疲れ取れたでしょ?」
「起きてすぐ疲れたわ」
仰向けの姿勢で目を覚まし横を向くと、視界に飛び込んできたのはこちらとは逆にうつぶせに
なってじっとこちらを見つめる幼なじみの顔である。にやつくわけでもなく、普段の表情のまま
淡々と答えられるのが相変わらずちょっと怖い。
「……」
背中を向けて寝返りを打つ。壁沿いに布団を敷いてるので、回り込まれる嫌がらせを受ける
心配はない。
「浅助さん」
「なんでしょうか香菜さん」
「寝顔が見えません」
「見せません」
まだ起きる気は毛頭ない、どうせ休みである。今日はもう寝てやる、すぐ寝てやる。無視だ無視。
「……」
「……」
「“あさすけ”」
「“せんすけ”だよ」
あ、しまった。早速反応してしまった。
「買い物行きたい」
「…自分とこの寮の友達か一人で行けよ」
「浅助と行きたい」
駄々こね入りました。ほとんど無表情ななくせして頑固だから始末におけない。
「その心は?」
「荷物持ちがほしい、こんなこと浅助以外に頼めないから」
布団に入ってくるな布団に、さみーよ。
「断る」
「えー」
「昨日の続きがあるんだよ」
「ひどい」
「お前の買い物付き合うよりよっぽど大事なんだよ」
「ひどいひどい」
わぁっと喚いてからしくしくと泣き始めた。両手で顔を覆ってるんだろうけど、間違いなく嘘泣きです。
付き合い長いんです、見なくてもそのくらい分かります。
「私とは遊びだったのね」
「確かに遊びの約束はしてたな」
「私以外に本命がいるのね」
「人じゃなくてゲームだけどな」
ああもうクソ、寝れねぇ。
仕方ない起きよう。腹減ってないし休日は飯出ないしな。朝飯は無しということで。顔洗ったら
昨日の続きだ続き。昨日は確か7,8時間はやったから、今日はその限界を更に超えてみよう。
「もてあそばれたー、もてあそばれたー」
「うるせぇ、裾を掴むな裾を」
無理にでも振りほどこうとするが、しっかりとつかまって引きずられながらも手を離そうとしない。
「後ろから抱き締めておっぱい背中に当ててあげるから―」
「お前トップ80未満な上にAAカップだろ」
「大丈夫、乳首がある」
「こっちが引くようなこと言うな」
顔つきは割と可愛い方だと思うのだが、背がちっこくて胸もちっこくて表情があまり表に出なくて
言動がこんなのばっかりだから、どれだけ過度なスキンシップをとられようとも劣情を催さない。
我ながら悲しい話だ。
「こんなこと浅助にしか言わないよー」
「ならもっと別のことを俺だけに言ってくれ」
思春期だった頃は、そりゃ色々妄想したこともないわけじゃない。ただ、終始こんな調子の奴に
そういった雰囲気を期待するのは無駄だと気付くのもあっという間だった。
「告白だって何回もしたじゃんー」
「ムードのかけらもない時にされても冗談としか思わんわ」
「冗談なんかじゃじゃないよ。小学校の卒業文集にも“浅ちゃんのお嫁さんになりたい”ってしっかりと」
「おいその話はやめろ」
文集が出来上がった際、クラスメイト全員にニヤニヤされながら詳細を聞かれたり無駄に祝福され
まくったのは今でもトラウマなんだよ。
「『将来の夢、6年2組宮森香菜。私の将来の夢は、服部浅助君と結婚することです。理由は今までも
ずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒にいたいからです』」
「朗読すんなよ! つかなんで文集持ってきてんだよ!」
なんなのこいつ! ほんとなんなの! 馬鹿じゃないの!? 頭おかしいんじゃないかしら!!
「オネエ言葉になってるよ浅助」
「うるさいわね!」
まったく何なんだよこいつは!
あー、まったくやだやだ、こんなのに付き合ってるとこっちまで頭がおかしくなってくる。こいつが
部屋に居座るなら出かけよ出かけよ。
「あ、出かけるんだ」
「お前と部屋にこもってると気が狂いそうになるわ」
「それはよかった。ちょうど買い物に行きたかったのだ」
「は?」
「でも一人じゃさびしいのだ。荷物持ち欲しいのだ」
「何言ってんのお前?」
「出かけるんでしょ? 付き合ってくれるんでしょ?」
「今はお前と同じ空気吸いたくないから出かけるんだよ、付き合わねーよ!」
香菜の元から逃げ出したいのに、一緒に買い物に出かけるとか本末転倒にもほどがある。
「そんなこと言うなんてひどい。ただ一緒に出かけたいだけなのに」
「……少しはめげろよ」
「嫌、一緒に買い物行くの。来なきゃダメ」
急に子供っぽくなった、こっちの方が年相応に見えるからなんていうかアレだ。
「俺にメリットがねぇ、だから行かない」
「こんなに可愛い子と付き合っていると周りに勘違いしてもらえるよ。今ならそれが現実になるおまけつき」
「罰ゲームじゃねぇか」
「……むー」
やんわり言ってもダメージ受けないなら思いっきり言ってやるしかない。
「そこまで言うなら買い物はやめだ」
「……今日俺と一緒にいる気か」
もう一度言うが、こいつは極めて頑固だ。もし意見を変える時があるなら、その時はまず裏がある。
「小さい頃先生に言われたでしょ? 人が嫌がることをすすんでやりましょうって」
「意味が違う!」
こうして、俺の時間は刻々と削られていく。ほんと、難儀な付き合いだ。