美奈は健一郎を立ち直らせることを、考えていた。  
 
 ……それだけとは、主張しない。  
 この爛れた日々のなかには、美奈にとっての幸福がたしかにあったから。  
 
 健一郎は美佳が――美奈の姉がいたころには、優しくはしてくれても決して振り向いてはくれなかった。それが、どんな形にしろ今は美奈を求めてくれるのだ。  
 今の状況を終わらせたくないと浅ましい願いが芽生えていた。  
 
 代償は、それなりにあった。  
 自分でも知らなかった淫らな本質を引き出されることになったのだ。  
 
「温雅で物静か、体が弱くたおやかなお嬢様」――美奈は周囲にそう思われていた。  
 が、そう評価した者たちが、健一郎に抱かれているときの美奈を見れば、恋情と官能を激しく燃焼させる彼女の、あまりに淫麗な狂いように唖然としただろう。  
 
 美奈は健一郎の愛撫で、肉体そのものが変えられたのかと思うほど、女としての業を引き出させられた。  
 被虐的な快楽の妙味を覚えさせられた。無垢なところ、彼の精液を浴びなかったところは残っていない。  
 彼に抱かれること自体に抵抗はなかったが、淫らな女と軽蔑されるのは嫌だった――だから、最初は快楽と戦おうとした。けんめいに肉の反応を拒んだ。  
 
 けれど毎回、最後は必ず、いじめられる悦びの前に屈服させられて、気がつくと惑乱の声をあげながら双臀を揺すって止まらない絶頂に泣き叫んでいる自分がいるのだ。  
「何を言ってもお願いには含めないから言っていいぞ」と許可を与えられるや、恥もなにもなく媚声で「許してください、これ以上気持よくしないでください」と哀願してしまうほどに肉を堕とされてしまった。  
 朦朧としながら男根を唇と舌で掃除させられると、考える力もなく残り汁をジュルジュルと吸い上げて、それを美味しいとさえ感じるようになってしまった。  
 
 美奈は自分の体が破廉恥なほど快楽に弱いことを認めざるをえなくなった――そして、堕とされることを受け入れた。  
 いったん受け入れてしまえば、それすらも後ろ暗い幸福の一部となった。それは甘い毒のように美奈の肉体も精神もむしばみ、倒錯した深い悦楽をもたらした。  
 
 こうやって乱れるわたしのほうが、本当のわたし。  
 あの人に教えられた、本当のわたし。  
 蔑む言葉をかけられ、もてあそばれる奴隷の扱いを受けることにも、ひそやかな喜びを覚えるようになった――被虐性癖の開花だけではない。  
 彼の手で変えられていくことが、嬉しかったのだ。  
 
 時間が迫っているのはわかっているけれど、もうすこし。もうすこしだけこの毒に浸かっていたい。彼のそばにはべっていたい。  
 
 その美奈のささやかな幸せも、この秋の日、終わることになった。  
 
   ●   ●   ●   ●   ●   ●  
 
 窓をおおったカーテンが、受け止めている西陽を透かしてオレンジに燃えている。  
 琥珀色の淡い夕闇の室内、美奈は口づけに酔いながらぼんやり考えた。  
 苦しい。心が。  
 
 もともと、今日、きつめに抱かれることは覚悟していた。  
 危険日よりも、安全日のほうが健一郎の責めは容赦なくなる。それでも避妊具無しのことはほとんどない。  
 ……するときには、一日かけ徹底して、膣出しされる官能を植えつけられ、美奈の理性が溶けて自分から膣内射精をねだるまで精神を堕とされるのが常だが。  
 そして今日はおそらく膣内に出される日だろうと、予測がついていた。  
 
 けれど、いま苦悩しているのは、そういうことではなく――  
 
(こんなに優しく抱かれることが、一番つらいなんて思わなかった……)  
 
 健一郎の愛撫で官能の愉楽にあえがされているのは同じだけれど――その日の交合は、いつもとは違った。  
 導入からしてそれまでと様相が違っていた。  
 
 まず、姉の美佳の服を着なくてよいといわれた。学園の制服のまま部屋に来いと。  
 
 ベッドに座る健一郎の膝のうえに横座りさせられた。  
 すぐに脱がされるのではなく、制服の上から優しく愛撫されながら、何度も何度もキスされた。  
 ひたいや頬やまぶたや唇に触れるだけの軽いキスの雨をたくさん降らされ、それから唇と唇をしっとり深く重ねられた。  
 
 まるで恋人同士が営みをはじめるときの手順――美奈は戸惑い、いぶかしんだが、疑問よりも圧倒的に大きかったのは、わきあがってきてしまう甘酸っぱい幸福感だった。  
 
 健一郎の右手が美奈の後頭部を抱いてきて、指で耳朶をくすぐり、つぷりと耳穴にさしこんできた。その時点で少女はわななき、ぶるりと腰をよじってしまっていた。  
 彼の左手で片方の乳房を丁寧に揉みあげられながら、彼の唾液を流しこまれると、体も頭の中も陶然とゆるんでしまった。  
 情感が高まって、うっとりと芯からほころびて、愛しい人にいただいた唾液をこくんと嚥下してしまう。犬ならぱたぱたと尻尾をふっていただろう。  
 
 けれど……  
 
「……『ミカ』」  
 
 キスの合間に、彼が目をつぶってぽつっと言った言葉に、幸福感は消し飛んでぎゅっと胸がつまった。  
 ああ、そうか――大事な者を扱うようなこの始め方は。  
 彼が、姉を抱いていた手順の再現なのだ。  
 
 悄然と涙がにじみそうになって、それをこらえる。  
 そうだ、自分で言ったことだ。姉の代わりにしていいと。なら、責任をもってやりとげないとならない。  
 
 また、深い、優しい口づけ――美奈の心が軋む。覚悟はあっても、やっぱり苦しい。  
 けれど体は反応して、自分からぴちゃりと舌をからめた。  
 
 ワンピース風の制服のスカート部をまくりあげられ、ショーツの上から股間を男の手に押さえられた。健一郎の手が下着ごしに陰唇をなぞって、秘部を前後に摩擦してくる。  
 いつもより丁寧な愛撫を哀しく思った――けれど美奈の肉はみるまに奥から濡れ、じわりと愛蜜をにじみださせた。  
 
 さすられる下着の底がクチュクチュ水音をたてだすと、健一郎のキスはむさぼるような情熱的なものになった。  
 
 美奈のうなじをおさえた右手でぐっと抱きよせ、力強く美奈の舌を吸い、からみあわせてねぶりはじめる。  
 そうしながら、左手では巧みに、する……と美奈のショーツを脱がせて、黒のニーソックスを穿いた脚から抜いた。  
 激しい口づけにうめき、それさえ唇で封じられてくらくらさせられる。酸欠になるほどの長いキスに、美奈はいつしか酩酊したように上気してしまっていた。  
 
 唇がようやく離される――銀の糸をひきながら。  
 あえぎ、ぽうっと酒を飲んだような顔色になっている美奈に、健一郎が命じた。  
 
「こっちを向いてまたがるんだ」  
 
 健一郎が導くままに体の向きを変えさせられた。  
 下着だけ抜き取られて、早々と結合させられる――腰掛けた彼にまたがらされ、向い合って抱きつく、いわゆる対面座位の格好。  
 
「ん……ふっ……」  
 
 そそりたつ男の先端をきつく締まろうとする膣口に当て、白い尻を下げる――  
 亀頭に押されて桃色粘膜の口径が開き、にゅぷっと肉棒の頭が押し入る。肉棒がじわじわ胎内を進むと、胎内の膣肉がさっそくぷりぷりからみつき、雄の肉をもてなしはじめた。  
 
 結合部をおおいかくす制服のすそを、腰の上まで引き上げられる。健一郎が、美奈の双臀を抱えてきた。  
 のっけから、彼女の膣内の勘所を知り尽くした細かい動きを送りこまれ、美奈はおもわず足指をきゅっと握ってしまった。子宮がじゅくっと甘痒くしこる。  
 
「今日は前戯はさほどしていないが……挿れたまま蕩かしてやる。すぐにそうなる。おまえはミカと、感じる場所も感じる責めも同じだからな」  
 
 ゆるやかな腰使いでじわじわ性感を煽られつつ、首元のリボンタイをしゅるりとほどかれる。  
 制服のボレロを脱がせ、少女の白いのどに顔をうめて、鎖骨の上にキスを降らしながら、健一郎がささやいた。  
 
「僕は『ミナ』には用がない。おまえが僕をどう思っていようが知ったことじゃない」  
 
 ――心が。  
 
「用があるのはこの体だけだ……ミカに似ているこの体だ。  
 すぐへたばることをのぞけば、おまえの体は僕には都合がいい」  
 
 千々に。  
 
「おまえは僕にとって、ミカの代わりでしかない。わかっていただろ?」  
 
「はい……」  
 
 首筋から耳の後ろまで舌先で舐め上げられて背筋をわななかせながら、美奈は虚ろに返事した。  
 体はとても丁寧に抱かれて、蜜に漬けられるかのような甘悦を与えられているのに――  
 胸の奥が、裂かれる痛みに悲鳴をあげている。  
 
 ……それでも、彼の宣告どおり、肉は蕩けてしまうのだ。  
 
 健一郎が蜜壺をならすように、一定リズムで奥を、小さくノックするように繊細に突き上げてくる。  
 同時に、まくりあげられたスカートすそからちらちらのぞく、丸く柔らかい美奈の尻たぶを、左右それぞれ手をかけてこねまわしてくる。  
 時間がたつうちに、出したくもないのにしぼりだされる艶声が徐々に高まってしまう。  
 
「……ぁ……」  
 
「……ん、ぁっ……」  
 
「うぁっ……ン、ふぅっ……」  
 
 美奈の白かった肌がうす赤く火照りだす。  
 白い尻房の双球が、男の手に媚びるように汗をにじませ、揉み心地をしっとりと良くする。  
 蜜壺の無数のひだが蜜をからめてざわめき、貫いてくる男の肉の表面をねぶりはじめる。  
 結合部からあふれた蜜が、べっとり彼の下腹から内ももを濡らしてしまっていた。  
 
 健一郎が耳元で命じてくる。  
 
「脚をこっちの胴に回せ」  
 
 ……まるで下から男に抱きついて射精を受けるときのように、黒のニーソックスを穿いた美脚で、彼の腰をきゅっと巻きしめさせられた。  
 健一郎もまた、手をかけていた美奈の尻をぐっと引き寄せてくる。  
 
 座位による結合がより深まり、性感帯と変えられた子宮口をなおさら刺激された。羞恥と悦感のあえぎが美奈の唇からこぼれる。  
 それだけではなかった。体前面の密着が強まった結果、陰核が彼の恥骨で押しつぶされ、快美のしびれが神経を走った。  
 
「ンンっ……や、……やぁ……」  
 
 恥知らずな肉豆が恥毛にこすれて勃起し、さらにトクトク脈うって膨らんでいく。  
 
「当たってるだけでわかるくらい勃起しているぞ、恥ずかしい粒が」  
 
 健一郎がささやいて、また唇を重ねてくる。  
 同時に、腰の前面をすりあわせて、美奈の陰核をコリコリすり潰すような動き。  
 
「〜〜〜〜!」  
 
 恥丘の下のその一点から刺激が流れっぱなしになり、美奈は目の焦点を散らして、くぐもった叫びを唇と唇のあいだで漏らした。  
 子宮が痙攣する。まぶたの裏でぱちぱち閃光が散る。  
 反射的に腰を引こうとしたが、彼の手に双臀をぐっと引きつけ直された。またすぐ恥骨をこすりあわされる羞恥の密着体勢にもどってしまう。  
 
 刺激されつづける陰核が限界まで充血する。包皮がにゅるりと向きあがってつやつやした肉真珠がこぼれでる。  
 少年の硬くはえそろった恥毛が、ぞり、と敏感すぎる剥き身を摩擦した。その一瞬で、電流があっけなく美奈の脳裏を焦がした。  
 
「ひああぁぁっ!」  
 
 痛みか快楽かすら判別できないうちの、瞬間的な絶頂だった。隠すこともできなかった。唇を離して叫んでしまっていたから。  
 健一郎が淡々と言った。  
 
「ほら、な? 反応が同じだよ。気持よかったか?  
『ミカ』。……いっそ、これからはそう呼ぶか」  
 
 彼のその呼びかけに、  
 
「わ……わたしは」  
 
 ……受け入れると覚悟したはずだったのに、のろのろ舌が動き、否定の言葉が切れ切れに出た。  
 
「わたし、は……ミナで……」  
 
「……ミナじゃない。『ミカ』だ。そう呼ぶぞ、この時間は。いいんだな?」  
 
 いやです。美奈の内で、冥い深淵がそう叫んだ。  
 
 わたしの名前を呼んでください。  
 お姉ちゃんの代わりでいいと言ったけれど、本当は、本当の本当は、こうしている間ほんの少しはわたしのことも見てほしかったんです。  
 あなたがわたし自身をかけらも見てくれなくなるくらいなら、前のように鎖と首輪をつけられてひきずりまわされて、罵られているほうがずっとずっと幸せなんです。  
 
 押し殺して、承諾した。  
 
「…………わかり、ました……」  
 
 さすがに顔を上げていられず、暗然とうつむく。  
 ……どちらも、何も言わなかった。  
 美奈が顔をあげようとしたとき、健一郎の苦い声が聞こえた。  
 
「ばか……本気にするな」  
 
   ●   ●   ●   ●   ●   ●  
 
(わかりましたとか言うんじゃない)  
 
 健一郎の小細工は、あっさり失敗した。まさか、恋心をずたずたにするような一連の発言の後でも、美奈が受け入れるとは思わなかったのだ。  
 自分はいま、さぞ情けない顔をしているだろうなと思った。こらえきれない涙をにじませてうつむいている美奈を見つめる。  
 
(はやく僕に愛想を尽かせよ、この馬鹿娘)  
 
 健一郎は、美奈に、どうにかして彼への愛情を醒ましてほしかった。  
 ここしばらく、さんざん虐げていた美奈からの愛は、罪の意識で彼の胸をえぐるだけだったから。  
 
(それなのに、なんで耐えようとするんだ、こいつは)  
 
 かえって、罪悪感が増すばかりだった。  
 
「ばか……本気にするな、ミナ」  
 
 苦渋に満ちた声で、そう言うしかなかった。  
 美奈がきょとんと顔を上げて彼を見る。しかし、その目はすぐ、哀しげな色を浮かべた。  
 その表情に無理やり浮かべた微笑が広がるのを、健一郎はなぜか不吉なものとして見た。  
 
「ありがとう……いいんです、好きなように呼んでくださって」  
 
 無限の許容とひたむきな情愛の混じった目。  
 
(こいつ、はったりだったと信じていない。僕が本気で言って、こいつの様子を見てそれをひっこめたと勘違いした)  
 
 どう言えばいい?  
 本当はとっくに、美奈を美佳と重ねることに罪悪感を覚えているのに。  
 まして、美奈の想いにはっきり気づいた今は、それを試みるだけで、心痛は耐えられる限度を超えそうになる。  
 
 決して心の表面には出さなかったけれども……胸底でひとつの声がしていた。こんな奴を好きだなんて、ミナがかわいそうだ。  
 かつての健一郎は、美佳に恋する一方で、美奈については「幸せになってほしい」と漠然と思っていた。過去の彼が、ほのぐらい夢の中から、現在の彼を厳しく見つめている。  
 
 かといっていまさら優しく慰撫することもできず、結果、まったく関係なく嘲弄するようなことを言った。  
 
「おまえ……レイプまでされておいて、よく僕のような屑にそこまでへつらえるな? ご主人様が欲しい天性の犬体質かよ」  
 
 本音――なんであんなことをした僕なんかを好きなんだ。そこまでしようとするんだ。  
 こんなこと、おまえが「お願い」さえすればいつでもやめてやるよ、はやく嫌になって投げ出せよ。  
 
 ……美奈がぎゅっと健一郎の頭を抱いた。  
 
「ケン兄は、屑では、ありません」  
 
 仔羊のような彼女の温かみに、健一郎はあっけにとられ、それから顔が歪むのを感じた。  
 阿呆か。屑だよ。ほかの何だ。  
 おまえには、少なくともおまえにだけは十分すぎるほどひどく当たってきたんだぞ、ミナ。  
 
 耐え切れなかった――抱きしめてくる美奈の温もりが。  
 
 温かさを、過去のすべてを拒絶するように、健一郎は彼女の腕をふりほどいた。黒い心をかきたてた――それはかっと勢いを増した。消える間際の火のように。  
 体勢を入れ替えて、引き倒すようにベッドに美奈を転がしてのしかかった。小さく驚きの声を出した美奈の、濡れ羽色の黒髪がシーツに広がる。  
 
「……なるほどね。よっぽどいじめられる抱かれ方が忘れられなくなったというわけか? 淫乱なのは知っていたが、こんなにまでとは思わなかったぞ」  
 
 つながったままの腰を引いて、吸いついてくるような蜜壺からぬぽんと肉棒を抜くと、刺激をうけた美奈が今度は「んっ」と声をあげて腰を震わせた。  
 健一郎は眉を寄せて苛立った目で彼女を見下ろした。  
 
「このやり方はもうやめだ、いつものようにしてやるよ」  
 
 美奈の、すべてを許そうとする愛情に怯えた――逃げた――歪んだいつもの、お互いの関係に逃げこんだ。  
 まだしもそちらのほうが、自分にとっても美奈にとってもましだと思えたから。  
 
 そうだ……これは、型の決まった「お約束」なのだ。裏切っていなくなった美佳を挟んだ、幼馴染みの三人の。  
 美佳に重ねて、彼は嬲る。美佳に重ねられて、美奈は嬲られる。  
 美奈がやがて濃すぎる官能に限界を迎えれば、それを彼は察して、許しを乞わせる――その一連の流れ。  
 
 辱められることを宣告されて、美奈の整った小顔に安堵が浮かんだ。  
 それから、これから始まる隷属の時間を想像したのかうっすら赤くなり、妖しく蕩けた。  
 彼を抱きしめたときは澄んでいたつぶらな瞳が、愛欲のもやを帯びて艶めいていく。  
 
「はい……どうか、狂わせて……」  
 
 健一郎は気付かなかった――彼女の欲情に濡れた瞳の奥に、いつもより思いつめた色があることに。  
 
   ●   ●   ●   ●   ●   ●  
 
 制服を剥かれ、黒いニーソックスだけを残されて美奈は全裸にされた。  
 赤いアイマスクで目隠しされ、おもちゃの手錠で両手首を拘束された。  
 
 手始めに背面を愛撫されたときは、思考能力はまだ残っていたはずだ。後半はかろうじてではあるが。  
 美奈はうつぶせに寝かされ、うなじ、耳たぶ、背中、太もも裏、わき腹、つぶれた横乳、それに臀部などをゆるゆる愛撫されて、長い時間を焦らされた。  
 
 彼の手のひらや指先や唇が、触れるか触れないかのフェザータッチで柔肌の上を、あせることなく一定の速度で這いまわるのだ。  
 彼の枕に顔を埋め、あえぐうちに全身が総毛立ち……毛穴が開いて汗が噴き、ヒクヒクと尻が痙攣し……ベッドに押しつぶした乳房がじんじんうずき……  
 雪のように白かった肌が赤らんでいよいよ汗でぬめり……彼の手が内ももをスーッとなでたとき、ひざを開いてしまい……  
 円をかくように双臀の球面を撫ぜられたときは、なにかをねだるように尻をヒコッと持ち上げてしまい……淫らにふやけあえぐ膣口からこぽりと濃い愛蜜の滝をこぼし……  
 
 身体の奥のなにかを目覚めさせられ、肉体の発情状態を何段階も先に進められていくような前戯。  
 視界と手の自由を奪われているからこそ、より敏感に愛撫を受け止めてしまった。  
 また、その間ずっと健一郎の枕に顔を埋めていたせいで、呼吸が速くなるほど彼の体臭を感じさせられてしまった。自分を調教した愛しい雄のにおいに、全身の細胞が彼を求めてうずいてしまうのだ。  
 
 最後には、あまり体重をかけないようにではあるが背中にまたがられ、ボディオイルをわずかにつけた手で腋のくぼみをヌルヌルとこすられはじめた。  
 子供のころ、ふざけて取っ組み合いをしていた健一郎と美佳の二人の遊びに入れてもらい、押さえつけられて二人にくすぐられ、泣き出してしまったことを思い出させられる責め。  
 
 ……成長してからのこの腋責めでも、美奈は顔を真っ赤にし、首をふって悶え、すすり泣き、おさえこまれた身をよじってシーツに波のような皺をつくり、妖しい快楽でのよがり声をほとばしらせた。  
 美奈が枕を噛んでむせびを殺しながら、その異常な場所での絶頂に震える艶景を健一郎に見せるまで、その責めは続いた。  
 
 その後、決定的に自分の理性が飛んだのが具体的にはどのあたりだったか、美奈にはよくわからない。  
 
 包皮を剥かれたクリトリスを執拗に口唇愛撫でねぶられ、仰向けでベッドにのけぞって恥丘を彼の口に押しつけ、刺すような絶頂を間断なく極めさせられていたときか――  
 
 蜜壺に指をさし入れられ、陰核裏側のGスポットを粘っこい指使いで刺激され、脚をひらいて潮を繰り返し噴き、魂を引っこ抜かれるような肉悦に叫びっぱなしにされたときか――  
 
 健一郎の長い指で子宮口周りをまさぐられ、今度はまたイかせない焦らし責めを受け、子宮の発情を臨界点ぎりぎりまでおし進められて、わけがわからなくなりかけていたときか――  
 
 拘束された手を壁につかされて、立ちバックと呼ばれる後背立位でようやく挿入してもらえたときだったかもしれない。  
 子宮口焦らしでうずきにうずいていた膣奥を、後ろから貫く男の肉に一気に突き上げられた瞬間、美奈は快楽を爆ぜさせてしまった。よだれをこぼして切なく叫びながら。  
 
「イクッ! ひっ……ひいいっ……っ!」  
 
 しかも、健一郎もいいかげん我慢できなくなっていたようで、絶頂する蜜壺肉に卑猥に絞られてあっさりと最初の一発目を放った。  
 絶頂の最中にその射精を受け止めさせられて、美奈は脳が溶けそうになった。  
 以前にいやというほど仕込まれた膣内射精の快楽――久々にこってりと子宮に浴びせられると、丹念に準備された体がたまらなかったのである。  
 甘鳴きしながら太ももをすりあわせ、内また気味でひざをがくがく震わせて、続けざまに子宮で達した。  
 
 その体位がそれだけで終わるはずもなく、抜かれないまま責められ出した。  
 
 けれど、まだその腰使いは、躾けられた女体には物足りなさ過ぎるもので……奥に入れてくれてはいるが、抽送は2センチ程度の、それも決して速くはない腰づかい。  
 
 それに反して、上半身への愛撫は濃密にほどこされた。うなじにキスマークをつけられ、くれないに染まった耳たぶをかじられ、耳の穴を舌で犯された。  
 形のよい乳房をねちっこく背後からすくい揉まれ、胸愛撫で悶えさせられた。  
 小さめで薄い色だった上品な乳輪まで、興奮状態でぷくりと乳肌から浮いて膨れてしまった。それなのに、そこにコチコチの乳首を押しこむように指を埋められて、乳房ごと円を描いてこねくり回されるのだ。  
 酸欠になったように美奈はあえいだ。乳腺が開いてしまいそうな両胸からの快感に、簡単に胸だけで達しそうになってしまう。  
 
 そして、上半身への責めのすべてが下半身の情欲を煽った。  
 一度射精を受けたのに、美奈の体はまったく満足してくれていなかった。  
 かえって、子宮に直接媚薬を浴びせられたように、精液を詰め込まれた奥はじくじくうずきはじめたのである。  
 
(うごいてほしい)(突いてほしい)という肉の飢餓感で発狂しそうになり、結果、  
 
「自分で尻を振って……そんなに待ちくたびれたか?」  
 
「ひぃっ、だって、や、腰がぁ、うごいちゃっ……あんっ」  
 
 低い声で言われたとおり、男をくわえこんだ美奈の尻は、なめらかな肉感を背後に押し付けながら艶めかしくよじりたてられていた。  
 子宮口に亀頭を食いこまされたまま、左右にねっとりくねり、ときおり後ろにしゃくり振って、柔らかい桃丘を弾ませながら夢中で快感をむさぼっている。  
 意思をはなれて動く身体に愕然とするだけの気力ももうなく、美奈は濡れた羞恥の鳴き声をあげるしかできなかった。  
 
「いやぁ……あぁ、あぁぁ……っ」  
 
「嫌? とろんとしたエロ惚け声でなにを言ってる。……子宮、気持ちいいか?」  
 
 ようやく彼がスピードを上げてくれた。  
 小刻みな抜き差しは相変わらずだったが、とろけた膣奥でぐちぐちとそれが速まっていくと、刺激はたちまち子宮が燃えるような官能に化けた。  
 せりだした子宮口を亀頭が小突き、カリが膣奥の肉ひだを一つずつめくり返すたびに、美奈の思考も甘声もよじれていく。  
 
「ひぅ、胸の先つまんじゃ、ぁ、いきます、ああイクっ」  
 
 周到な前戯で、とっくに下ごしらえが済んで、女の肉がトロトロになっていたところだったのだ。  
 両乳首をコリコリと指でつぶされて軽く達してしまったのを皮切りに、そのまま細かい絶頂が止まらなくなり、  
 
「ふあああぁっ、なか、びゅーってぇ、すごいのくるのぉ、あぁぁあああああっ……!」  
 
 ドプンと二発目の精液を注がれたときはひときわ深い絶頂に陥ってしまった。  
 目隠しされた少女の眉が八の字に下がる。宙に突き出た舌がわななき、若い牝の発情香が甘く立ちのぼる。  
 絶頂する子宮口を亀頭でくじられながらドクドク注がれると、精液のとろみも熱さも勢いも、ほとばしるすべてが、子宮が溶けるような肉悦につながった。  
 
「あひぃ……い゙…………い……」  
 
 あれだけ噴かされた後なのにまた潮を漏らしてしまっていた。  
 可愛らしい尿口がぱくぱくあえいで、ピュッ、ピュッと潮液を飛ばす。子宮口に伝わる男の律動に同調した、リズミカルなほとばしりだった。  
 溶かされた腰の中身を尿道から飛ばしてしまっているような絶頂感が、断続的に訪れる。子宮口絶頂での重い余韻とあいまって、肉の桃源郷に放りこまれた心地だった。  
 
「あああ……あ……きもちいい……しきゅうに、ぶっかけられへぇ、イクの続いてますう……」  
 
 潮射精に連動して、勃起したクリトリスがヒクつきっぱなしになっていた。精通を迎えたばかりの小さな男の子のような有様――紅艶に上気した美貌がだらしなくあえぐ。  
 うごめく膣ひだが肉棒をしゃぶりたてる――男の腰におしつぶされるように密着した美奈の双臀は、しっとり汗をにじませて細かく震え、蜜壺で残り汁まで搾っていった。  
 
 震える少女の、ニーソックスの足の間――ぼたぼたと、精と愛蜜の潮の混合液が白濁溜りをつくっている。  
 壁についている手で体を支えられなくなり、くずおれる寸前に健一郎に抱きとめられた。  
 
「気をつけろ、手間をかけさせるんじゃない」  
 
 彼の焦った声。不機嫌な怒りを装った声――自分で気がついていないのだろうか、と美奈は夢うつつに聞いた。  
 美奈をこんなにも優しく抱きとめながらだと、どんなに苦々しげに言おうとしても、説得力なんてないのに。  
「いつものようにしてやる」と言いながら、彼の抱き方は、最初の頃と現在ではまったく違うものになっている。  
 
 それとも……気遣ってくれているのは、わたしの体だけだろうか。  
 
 先ほど、「必要なのはミカに似たこの体、ミナとしての意思はいらない」と言われた。彼はすぐに撤回したけれども、本当に望んでいたのかもしれない。  
 この人が望むならわたしはそうなろう。肉の人形にでもなんにでも。  
 心を殺すのは、簡単だ。  
 罪深いこの淫らな行いにとろけていればいい――あまりの気持よさでただ頭を真っ白にして、動物のように泣いて叫んで、彼の足元に仕えて、命じられたら彼に奉仕して……  
 
 ううん、違う――美奈はこくんと喉を鳴らした。  
 これはわたしの願望だ。いつまでも彼のそばにいたいから、楽な道を選ぼうとしてしまっている。けれどこの関係は、もうすぐ終わらせなければならないのだ。  
 そうとわかりながら、美奈はそっと彼の腕に触れた。  
 
 でも今日だけは……溺れていたい。最後になるかもしれないなら、なおさら。  
 
……………………………………………………  
…………………………  
……  
 
 日が落ち、宵の空に明星が輝いていた。  
 
 室内は、闇色の蜜溜りと化していた。  
 
 静かな、だが凄艶な色香がけぶって、天井へとたちのぼり……しとしと降る雨露のごとく、部屋全体にふりそそいでいく。  
 ベッドシーツはところどころ濡れ、大波小波の皺がよっている。  
 現在進行形でその皺はさらによじれ、新しい模様をえがき、陰影の形を変えていく。  
 しどろにほつれた黒髪が、汗みずくの白肌とあいまって、幻想的なほど艶めいている。  
 
 身をも髪をも乱れさせ、かつ悩ましくにおやかに、愛欲に耽溺しきった様をみせる少女――美奈が、のしかかっている健一郎を下から抱きしめて、甘く泣きむせんでいる。  
 
「ケン兄……ケン兄、ケンにいっ……」  
 
 ――ケンおにいちゃん。  
 
 激しく腰を使われて責め上げられ、官能を炎上させられながら、美奈は健一郎の名を呼ぶばかりだった。  
 
 赤いアイマスクは手錠とおなじく外されていたが、美奈の視界に映っているのは、やはり真紅……真っ赤な快楽だった。  
 時間の感覚も溶け失せて、淫虐の火の海にたゆたっている気がした。  
 
 実際、もうどのくらいの時をつながっているのかわからない。  
 幾度もの射精を受けた秘肉は、妖紅色にますます濡れ輝き、恋い慕うように肉棒をねぶり奉仕している。  
 
 うわごとのように彼の名を呼びながら、美奈はひっきりなしに達していた。  
 
 対して健一郎は、彼自身もこの肉の交歓に没頭しながらも、しだいに危惧を強めていた。  
 小さな体を軋むほど激しく責めたてながら、彼は彼でこれでも慎重に、美奈の限界を測っていた。  
 
(こいつ、今日はまだ、一言も「許して」と言っていない)  
 
 息苦しさにも似た恐怖感――どういうことだ、と健一郎は思った。  
 おかしい。いつもなら、そろそろ美奈が「もう限界です」と伝えてきてもおかしくないはずなのだ。  
 
 先刻、「なにを言っても『一つきりのお願い』には含めないぞ」と、すでに明言してある。  
 それは、これまで言葉にこそしなかったが「本当に限界なら身体が危なくなる前にストップをかける」という、嬲る彼と嬲られる美奈とのあいだにあった暗黙の了解であったのだ。  
 
(いつもと違う……こんなはずじゃなかった、今日はいろいろとおかしいぞ)  
 
 ……健一郎は動きをとめ、顔を近づけて屈みこみ、美奈の首筋に手をそえる――  
 彼は美奈の体調を測るためにそうしたのだが、美奈は別の意味に受け取った。  
 朦朧とした少女は、少年の首を腕で巻きしめて、花弁のような唇を自分から重ねた。  
 舌をひらめかせて彼の口内を掃除し、無我夢中で奉仕愛撫のための口づけを行っていく。  
 
 最初はためらっていた健一郎だったが、結局、あきらめて激しく口づけを返した。  
 どこかで、引き返せない泥沼にはまっている気が、した。  
 
(なんだよ、これは……)  
 
 この行為を彼からは、止めることができなかった。  
 もし誰かが知れば、馬鹿げていると思うはずだ。健一郎の意思しだいでいつでも止められるはずだ、と。  
 
(そうだ、責めたてているのは僕のほうのはずなのに……)  
 
 出来なかった。阿片を吸ったように、彼もどろりと思考を濁らせていた。  
 出しても出してもいつのまにか勃起していて、気がつけば身体も思考の大半も、蠱惑的に乱れる少女のほうへ強烈に誘引されていくのだ。  
 
 美奈の体は、彼女自身さえ知らない魔性を帯びているかのように、健一郎を呪縛し……妖しい力でもって彼をとどめ、この加虐行為から手を引かせようとしなかった。  
 健一郎は少女の白い裸身にぞくりと畏怖を感じた。妖術によって、自分が、腰を振る本能だけの、昆虫の雄にでも変えられたような気がしはじめていた。  
 
 そして畏怖よりなにより、彼女から伝わってくる想いに圧倒されていた。  
 組み敷いた年下の幼馴染みの呼気に、声音に、色づく肌に、くゆる女香に、男を搾る胎内に、そして潤む瞳に、恋を見た。尽きない愛が揺らめいていた。  
 
 命の薄い少女が、その命を燃料に恋の火を燃やし、みずからの身で雄をつなぎとめている。炎から火の粉がふりまかれるように、無音の声が室内に響いていた。  
 
 わたしを抱いて。  
 わたしを抱きしめて。  
 
 あなたが好き。  
 あなたが好き。  
 あなたが好き。  
 
(――やめだ!)  
 
 胸を貫く痛みに、健一郎は唐突にそう決心した。その決意が、甘やかな呪縛からわずかに精神を解き放ってくれた。  
 
(こいつをミカに重ねるのは、もうやめだ)  
 
 その「やめ」というのが、とりあえず今日はということか、それとも永久にということか――突き詰めて考えるのを後にして、彼はどうにか腰を引いて肉棒を抜いた。  
 尻もちをつくように彼は床に座りこんだ。瀕死のように横たわったままで荒い呼吸をついている美奈に、半ば悲鳴のような声をかける。  
 
「おい……苦しいときは、やめてとちゃんと口にしろ。お願いには含めないって言っただろ!?  
 いや、『やめて』というのがお願いだっていいんだ、なんでもいいから、おまえの体力が尽きる前に言えよ!」  
 
 お願い。  
 どこか遠くから聞くように、美奈はぼんやりとそれを認識した。  
 健一郎に聞いてほしい自分のための欲望……いくらでもある。  
 
 ――お姉ちゃんのことを忘れて、心から消して――  
 ――わたしを愛して、わたしだけ見て――  
 ――お姉ちゃんを忘れさせてみせるから、わたしのそばにずっといて――  
 ――お姉ちゃんを忘れられなくてもいいから、どんな形でもいいから、あんまり長く生きて束縛しないから、だからわたしを捨てないで――  
 
 美奈がこれまで夢想してきたいくつもの懇願が「お願い」となって、喉元まで出かかる。  
 少女の、残っていないと思っていた理性がかろうじて働き、すべて飲み下して封じ――  
 
「して……もっと、してぇ……」  
 
「……おまえ……」  
 
「やめ、ないで……」  
 
 許しを乞わない――これまでのときとは全く逆に、彼女は続行をねだった。  
 淫艶にぬめる裸身をよろよろと起こし、這うように身体をひきずり、座りこんだ健一郎のもとに近づく。  
 呪縛がまたしても健一郎をとらえ、彼は呆然と少女を見つめることしかできなくなった。美奈が近づいてくるほど、意思に反して股間のものがミキミキいきり立っていく。  
 
「ケン兄、好き……」  
 
 四つん這いの美奈が、とろんと濡れた瞳で健一郎を見つめてささやき、そっと触れるだけのキスを重ねた。  
 彼女にとってははじめての告白だった……言葉では。  
 
「あと……いっかい、だけ……させて、ください……」  
 
 健一郎の股の間に座りこもうとして美奈が双臀を向けると、しどけなく乱れた髪が濡れた背にはりついた。  
 ぽってりふくらんだ二ひらの大陰唇に指をかけ、彼女がみずから開く――くちゃぁと開いた膣口から白濁がごぽりと溢れ――美尻がねっとりとうねって、肉の泥沼がふたたび男根を呑みこんでいった。  
 背面座位で結合し、過敏になりすぎた奥までをみっちり男の肉に埋められて、少女はぶるッと腰をおののかせ、ほうと熱く吐息した。  
 
 ……そして、美奈は床に手をついて、健一郎の股間に押しつけた尻を使いはじめた。  
 ∞の形にうねらせ、左右にくなくな揺らし、前後にしゃくり、上下に振りたてるようにして淫らに肉棒を蜜壺で引きしごく。  
 
 しだいにその腰使いがこなれ、より妖艶になっていく。複雑さは少しずつ失せて上下に振る動きだけに収斂していくが、双臀の動き方はなめらかさを増していた。  
 男に快楽を与えようとしながら、美奈にとっても薄い、気だるい絶頂が延々と続いていた。もう、ほんの数擦りされただけで蜜壺が達してしまうような過敏状態なのだ。  
 淫楽にどうしようもなくとろけきった顔で、美奈は叫んだ。  
 
「ケン兄っ、わたし……インランでしょうっ?」  
 
「ミナ……」  
 
「おねえちゃん、よりっ、インラン、でしょう……っ?」  
 
 会えなくなる前に、なにかひとつ自分のことを、どんなことでもいいから、姉にくらべて強烈に覚えていてほしかった。  
 ――健一郎が、後ろから美奈の腰をつかんで動きを止めさせた。  
 
「ああそうだ、くそ……おまえは、ミカよりずっと淫乱だよ……!  
 すぐ終わらせるから、自分で動くな!」  
 
 ぐちゅっと突き上げられて、深く極めてしまい、「んひぃっ」と歯をくいしばった。  
 実をいうと前からされるより後ろからの体位のほうが美奈は弱かった。膣奥の特に弱いポイントに、後ろからだと亀頭がもろに当たるのだ。  
 そうはいっても彼は最後の一回を慎重に責めてきた――腰をぐりぐり押し回すようにして。  
 
「あんっ……ああぁ……あぁぁ……っ」  
 
 甘ったるく、天使的な官能だった。濃厚な悦びにひたらされる。  
 本来なら、女体をじんわりととろ火で煮込む責めだ――なのに、もうこれだけで子宮が達し続けて、骨が全部溶けたみたいになってしまう。  
 乱れた吐息にあふあふと恍惚のあえぎが混じった。  
 
「ふあっ……これぇ…………これ……こわいくらいぃ、いいですぅ……」  
 
 円運動で、子宮口周りをコリュコリュとほぐされる一秒ごとに、快美な肉悦が天井知らずに高ぶっていく。  
 蜜壷の最奥で味わわされる、穏やかながら深い、極甘の絶頂感。それは静かに大きな波紋を広げていって――  
 
「あ――…………」  
 
 絶頂のなかで失禁してしまった。  
 
「いやぁぁぁ……ごめ、なひゃ……はずかひ……」  
 
「……おまえの恥ずかしいところなんかもう全部見てるよ、気にするな」  
 
 やけになったような声で、背後の少年が美奈を抱きしめ、頭を撫でてきた。  
 ……たしかにそうで、夫婦でさえけっして見せないようなところを、健一郎には何回も見られてしまっている。  
 けれど、頭を撫でられ、はっきりと気遣われたこと自体が美奈には予想外だった。  
 これではまるで、昔の優しかった健一郎のような――  
 
「ふわぁぁ……ン……」  
 
 美奈の混濁した意識に、それは驚愕より先に至福感をもたらした。  
 飼い主に蹴られても足元を離れようとしなかった犬が、ある日いきなり可愛がってもらえたときに感じるような、幸せの感情。  
 健一郎がささやいてきた。  
 
「……これで終わりだからな」  
 
 ――びゅく。  
 量はさすがに少なくなったが、熱さは変わらない精液が子宮に浸透してくる。  
 
「――――、――――、――――」  
 
 自分がどんな言葉を叫んでいるのか、美奈は認識できなかった。イク、とか、好き、とかそのあたりなのはわかりきっていたが。  
 阿片を凝縮したものを、脳に直接ぽとぽとと垂らされているような気がした。  
 
【どぐん】  
 
 ――あ。  
 
 胸の奥で、  
 
【どぐっ、どく、どく、どくどくどく】  
 
 ――ああ……ちょっと、からだに、むりさせちゃったかも。  
 
「はっ、はっ、はふっ、ぁっ、はっ」  
 
 急に感覚が鋭敏になった――自分がせわしなくあえぐ声が、美奈にはやけに大きく聞こえた。  
 強すぎる快楽。苦しい。乱れる心脈。  
 きもちいい。くるしい。ああ、いくのとまらない。  
 
「……おい、ミナ?」  
 
【どっどっどっどっどっ】  
 
 不規則に心臓がはねる。さっきから妙な具合に暴れてる。  
 よだれが溢れるのが止まらない。どれだけ呼吸しても息が吸えない。  
 くるしいのもきもちいいのも、いままででいちばんすごい。  
 
「はっ、あ゛、ぁぁっ、あ、は、っ、はっ」  
 
「ミナ! ミナっ!」  
 
 あ……ケン兄が、わたしの名前を呼んでくれている。  
 わななき、ひきつる体をケン兄がずっとだきしめていてくれる。  
 ケン兄が耳元で、わたしの名前を呼びつづける。こんなにいっしょうけんめい。  
 
 焼けつくように、幸福だった。  
 
「はっ、はっ、はふ、ぁぁぁ――…………はひ……」  
 
 もろい肉体を破綻させかけた濃烈な肉の高みが、美奈からようやく通り過ぎていった。  
 
 健一郎の抱擁のなかで体の力を抜き、くったりと首をかたむけた。  
 全身が弱い電気を流されているみたいにヒクヒク動く。濃い余韻――桃色の裸身がねっとりと汗を噴き、艶美におぼろめいた。  
 死の一歩手前まで命を燃焼させた少女の恍惚――瞳から光の消えた美貌には、放心しきった淫麗な痴笑が浮かんでいる。  
 
「……あはぁぁ…………すご、かった……」  
 
「この……馬鹿……」健一郎が、胸がつまったような声をだして、彼女の肩をより強くうしろから抱きしめた。  
 彼女の体にまわされて震える健一郎の腕にのろのろと触れて、美奈は絶えそうな声で言った。  
 安心させようとして。  
 
「だいじょうぶ、です、よ……ちょっと、よすぎて、からだが、おどろいた、だけ……  
 かんたんに、しんだり、しません……ねだったのは、わたし、ですから、気に、しないで……」  
 
「――なんでだ!?」  
 
 健一郎がとつぜん叫んだ。  
 こらえてきたものが爆発するように。  
 
   ●   ●   ●   ●   ●   ●  
 
 限界だった。健一郎のほうが。  
 ぐったりした美奈を横抱きにして体の前に抱えなおし、歪んだ意地の最後の一片を投げ捨てて、彼は叫んだ。  
 
「なんで、僕にここまでするんだよ!」  
 
 今しがたの、発作のごとき美奈の体の変調で――こいつ「まで」失う、いや、こいつ「を」失う――その可能性に直面したとき、はっきりわかった。  
 
 もう、自分にはできない。  
 ミナへの罪悪感を消すことは決してできない。  
 ミカへと向けた憎しみを上書きしていく、こいつの優しさを、こいつの微笑みを、こいつへの罪の意識を、心から消すことができない。  
 これ以上、こいつを踏みにじろうとすることができない。  
 
 勝てないと思い知らされた――こんなに細くて壊れそうな体のこいつに、勝つことができない。  
 
「なあ、なんでここまで我慢する!? 死ぬところだったんだぞ――僕のすることなら、殺されるまで受け入れ続けるつもりかよ、おまえは!  
 『いつだって、ひとつだけなんでも言うことを聞いてやる』といっただろ!?  
 責める言葉を言え、僕を罰しろよ! ……せめて、『美佳の代わりにされるのはもういや』と言えよ……言ってくれ……」  
 
 血を吐くような声で彼は嘆願し、それから、  
 
「……いいや、もう、やめだ……こんなのは、こっちがおかしくなりそうだ……」  
 
 精神的に憔悴しきった声を出して、彼は、美奈の儚い体を正面から抱きしめた。  
 
「ミナ、僕にはおまえがここまでする価値なんて、ないんだぞ……  
 ……好意があったって、いままでされたことで醒めるのが普通だろ……おまえが怖い、わからないよ……なんで僕を責めて、憎んで、軽蔑しないんだよ」  
 
「……責めることなんか……できませんよ」  
 
「だから、なんでだ……!?」  
 
「お姉ちゃんが駆け落ちしたとき……ケン兄は、想いが醒めましたか……?」  
 
「っ……」  
 
「わたしも、ケン兄と同じだから……きっと、自分がその立場だったら、あのときのケン兄みたいになりました……軽蔑することなんか、できません……  
 それに……それにねえ……お姉ちゃんの駆け落ちは、わたしのせいでも、あるんです……」  
 
 耳元の声に、ざわりと、健一郎は血が引くのを覚えた。  
 体を離して彼女を見る――美奈の笑顔――困ったような、泣き出しそうな。  
 
   ●   ●   ●   ●   ●   ●  
 
 話すことを、ずっと美奈はためらってきた。自分勝手な想いで。  
 
 だがもう終わりだ――健一郎に話さなければならなかった。でないと、時期的に取り返しがつかなくなる。  
 力ない声で、語り始める。  
 
「むかしから、お姉ちゃんは、病気がちな妹のわたしを甘やかしてくれた……ぬいぐるみでも、お菓子でも、わたしがほしがったものは、なんでもゆずってくれた……  
 だからわたし……だれのことが好きか、隠したままでいなくちゃ、いけなかったのに……」  
 
 後悔にまみれた告白をつむぐ。  
 
「ケン兄とお姉ちゃんが付き合いだしてから、ずっとずっと心の中で、お姉ちゃんに嫉妬していたんです……  
 だから……あの日の前に、お姉ちゃんに相談されたとき……お姉ちゃんにはケン兄じゃない好きな人がいるって知ったとき……『許せない』って、思ってしまって……」  
 
 わたしがケン兄しか見ていないように、ケン兄はお姉ちゃんしか見ていなかったのに。  
 わたしは、お姉ちゃんにならしょうがないって思おうとしていたのに。  
 わたしのいちばん大好きなふたりならって、ずっと押し殺して、諦めていたのに……  
 
「かーっとなって、嫉妬むきだしで、お姉ちゃんだって辛かったことなんかぜんぜん考えず、いっぱい、ひどいことを言いました……  
 弱りきって頼ってきてくれたお姉ちゃんに……それまでわたしを守ってくれていたお姉ちゃんに……  
 お姉ちゃん、あれで間違いなく、わたしがケン兄のことを好きだと気づいたと思います……  
 きっと、それで、『自分さえいなくなれば』って、かんがえて……」  
 
 美佳が読みそこねたのは、捨てられたことで健一郎が壊れたことだったろう。  
 妹がどれだけ彼を好きかは察しても、彼がどれだけ自分を好きかは、姉は本当にはわかっていなかったのかもしれない。  
 
 だからといって、美奈は自分の責任を忘れることはできなかった。  
 お姉ちゃんをあんなふうに感情的に責めるのではなかった。せめて、ケン兄と話し合うよう取り持つべきだった。わたしがそうしていれば、もっと別の結末があったかもしれないのに……と。  
 姉がいきなり出奔した理由の一端は、まちがいなく自分にあると美奈は知っていた――それゆえに、姉にも、健一郎にも、美奈のほうこそが罪の意識を強く抱いていたのだ。  
 
 美奈は声をつまらせる。  
 
「ゆるしてください……」  
 
 美奈にはわかった。幼馴染みを見つめ続けてきた彼女には、同じ立場の健一郎の想いがよくわかった。彼がどれだけ衝撃を受けたかを思うと、慄然とした。  
 
 償おうとした。  
 姉が去って壊れた健一郎に、自分のすべてをさしだしてでも償うつもりだった。  
 最初は、自分の命にさえも無関心になった彼を、この世につなぎとめるところから始めなければならなかった。  
 
 健一郎がひきこもる部屋に入るとき、かつて姉が着ていたお下がりの服を選んだ。姉の香水をつけた。  
 出て行けと激昂する彼の腕にしがみつき、いっしょに部屋を出よう、せめてなにか口にしてと懇願する間も、体を密着させていた。  
 血走った彼の目に暗い情欲がうずまきはじめても、離れなかった――姉の服をまとったまま、ずっと体を押しつけていた。  
 
 なんとか彼の心を動かそうというくらいの意図で、襲われようと計画していたわけではなかった。  
 でも、“そうなってもいい”という思いが間違いなくあって、“そうなればいい”と思う心さえきっとあったのだ。ほかの家族のいない時間帯を無意識に選んだのだから。  
 結果として、彼に罪悪感を負わせてしまったが、彼を現世に引き止めることができた。  
 
 現世に引き止めつづけるために、それからも体を差し出した。  
 健一郎が抱く現世への執着は姉に関連することだけだろうと知っていた。だから、彼が、自分を通して姉を見るようにしむけたのだ。  
 
 笑顔でいようとしたが、苦しかった。  
 強引に犯されようが屈辱を強いられようが、健一郎にされているのだから、それ自体は耐えることができた。  
 彼の、姉への想いを、自分の体を通じて確認させられるのがつらかったのだ。  
 健一郎が見ているのは、どこまでも美佳であって自分ではない。あるときまではそう思っていた。  
 
 けれどそのうち、美奈は気づいた。  
 健一郎が、美奈への罪悪感をどんどん膨らませていくことに。  
 それから解放されるため、罰が欲しいと無意識に望んでいることにも気づいていた。  
 最初は居心地が悪かった。健一郎を安心させてやりたくて、自分のせいだということを何度も話そうとした。  
 
 ……だが、浅ましい私欲が入った。  
 罪の意識を抱いているとき、健一郎は「ミカ」ではなく「ミナ」を見ていてくれる。  
 それに気づいたとき、「話したくない」と思ってしまった。  
 すべてを打ち明けて話してしまえば、彼のその罪悪感を消すことになるかもしれない。  
 
(いやだ……消してしまいたくない)  
 
(罪悪感がなくなれば、たぶん、ケン兄はわたしのことを気にしなくなる)  
 
(きっと、わたしと一緒にいても、ずっとずっとお姉ちゃんのことを考えているようになる。  
 こんどこそ、わたしを通して、お姉ちゃんしか見なくなる)  
 
(――そうだ、罪悪感だけがただひとつ、かれの心に刻まれたわたしの――)  
 
「……だから、いままで話さなかったんです……  
 ねえ……ずるい女だと、言ったでしょう?」  
 
 虚ろな笑みを浮かべながら言った――後半は、湿った声に変わっていた。  
 石のように固まっている健一郎に力なくすがり、頬をかれに押し当てて美奈はすすり泣いた。  
 
「ごめんなさい、こんなことになって……お姉ちゃんを、失わせて……」  
 
 わたしが、あなたをほしがったから。  
 
「ごめんなさい、ケン兄……ずっと黙っていて……気に病む必要のなかったことを気に病ませて」  
 
 このまま、少しでもわたしを見ていてほしいと思ってしまったから。  
 
「ごめんなさい……好きです……ごめんなさい……」  
 
 彼の想いの行き先をずっと知っていながら、焦がれていた。  
 絶対に叶わないとわかっていたから、自分の想いを告げることなく、秘めたままためこんだ。最後は姉を糾弾して彼をゆずってもらった、卑怯者。  
 
 しかし、健一郎は、「違うだろ」と、美奈の体をそっとはがした。  
 
「おまえが謝ることじゃない。  
 それに、おまえが望んでいたからって、僕の責任がなくなるわけがないだろう。罪の意識が消えるわけがない……」  
 
「ケン兄、でも……」  
 
「僕を甘やかすのもいいかげんにしろ、ミナ。  
 僕はおまえの意思なんか確かめないまま、傷つけるつもりで押し倒したんだ。そのあとのことも……」  
 
 言いさして絶句した彼の顔が、沈痛に青ざめている。  
 これまで良心とともに心の底に押しこめられながら、育ちつづけていた悔恨が、一時に噴出してきたのだった。  
 
 ――やっぱり、昔のケン兄。  
 美奈は、後悔で言葉をつまらせた彼の態度に、そうと悟った。この人は元に戻りかけている。  
 では……本当にこれで、この日々は終わりになるのだ。  
 感傷を振り払って、彼女は言った。  
 
「それなら……ケン兄、やっぱり」  
 
 頃合いだ。  
 先延ばしにしてしまっていた、最後の仕上げの時が来ていた。  
 ――夕星のきらめきの下、窓から見える風見鶏のある赤い屋根で、夜のカラスが鳴いている。  
 その、物寂しげな鳴き声に混じって、なぜか、かつて姉と歌った歌が聞こえる気がした。「憐れみたまえ」の賛美歌が。  
 
(もう、わたしは十分に……)  
 
 主の憐れみをたまわった。体だけでもしばらく彼を独占できた。一生、思い返せる恋だった。  
 歪んだ幸せは、このあたりでおしまいにしなければならない。  
 彼女は言った――湿りが残る、しかし決然とした声で。  
 
「どうしても叶えてほしいお願いを、聞いてくださいますか」  
 
 健一郎は目を開き、迷う色もなく即答した。  
 
「言えよ」  
 
「はい」  
 
 美奈は、抱きついたまま伸び上がるようにして彼に唇を近づけた。  
 裸の胸と胸をぴったりくっつけ、互いの鼓動を重ねた。  
 心臓の音のなかで厳粛に誓わせるように。  
 
 そして、美奈は彼に願いごとを告げた。  
 
 

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