大慌てで服を着た私達は、錆びた鉄階段をのぼり始めた。  
二段抜かしで駆けあがり――といきたい処だったけど、生憎そうもいかなかった。  
あんまり派手に動くと、その、お股の辺りが痛くてどうにもならなかったのだ。  
「郁子、大丈夫か!?」  
「う、うん、ごめん。早く動けなくって……」  
内股でひょこひょことしか歩けない私は、思い切り足手まといになってしまっていた。  
「よし、こうしよう」  
私の醜態を見兼ねた守に、私の躰は抱えあげられ、横抱きにされた。いわゆる、お姫様抱っこというのをされたのだった。  
 
「ちょ、まも……うわぁ!」  
なっ、なんか、凄いんですけど!  
私を軽々と抱きあげてしまう、守の意外な腕力にも驚いたけど、この姿勢って……高い処でされると不安定な感じがしてかなり怖い。  
しかも守ってば、そうして私を抱いたまま、手すりもない階段を猛ダッシュし始めたのだから堪らない。  
「しっかり掴まってろよ!」  
言われるまでもなかった。て言うか、ここで振り落とされたらお屋敷の火事を見るまでもなく死んでしまう。何しろ凄い高さなんだ。  
全く不思議なことだった。  
私、この楽園に来る時には、「開かずの間」のマンホールみたいな穴を飛び降りて、傷一つなく底までたどり着いていたんだから。  
いったいこれは、どういう仕掛けなの?  
これもお屋敷の、ひいてはここに咲き乱れている、月下奇人の魔力のようなものなんだろうか?  
 
とにかく、そうこうしている内に鉄階段は途切れ、後は岩の足場から続く、長いはしごをのぼらなければならなくなった。  
「慌てるなよ。ゆっくりでいいから、ここは慎重に行こう」  
もうお姫様抱っこを続ける訳にもいかないので、私をおろして守は言った。  
そして、私の先に立ってはしごをのぼり始めた。こういう感じって、なんだか懐かしい。  
夜見島の鉄塔の頂点を、二人で目指してた時のことを思い出す。  
あの緊張感とか、怖くて不安な気持ちの中で、互いの存在を心の支えに頑張った、あの懸命さとか――。  
 
はしごの張りついた岩壁は、のぼって行く内に、細長い縦穴へと変化していくようだった。  
湿り気を帯びた自然の岩肌が、次第に人工的な、人の手で掘りさげられたような形状になっていく。  
「守……なんか、すでに焦げ臭くない?」  
縦穴が、コンクリ造りに変わった辺りで、私はそれに気がついた。嫌な臭い。それに、なんだかちょっと眼も痛い。  
私より上に居る守も、いち早く異変を察して不安な気持ちを増大させていた。  
(まずいな……もしもすでに火が二階にまで廻っていたら……脱出が困難になってしまうぞ)  
 
「開かずの間」のマンホール出口にまでたどり着くと、守の不安は、半分ばかり的中していた。  
未だ、火の手が廻っている気配こそないものの、すでに真っ黒な煙が充満していて、右も左も判らないような状態になっていたのだ。  
「ごほっ……ひどい煙!」  
「……あんまり煙を吸うと、一酸化炭素中毒になってしまう! なるべく息を止めて、躰を低くして進むんだ!」  
私達は地面に這いつくばり、ほとんど手探りで通路を通って、部屋を出た。そのまま廊下を進み、玄関ホールの階段を目指してゆく。  
(ホールに降りられれば、出口はすぐ眼の前だ!)  
肩を抱いて庇ってくれる守の、力強い思考が私を励ます。私は手で口を塞ぎ、酷い煙に涙ぐみながらも、守にすがって先を急ぐ。  
 
吹き抜けの玄関ホールにたどり着くと、黒い世界から一転して、オレンジ色の火炎地獄が待っていた。  
凄まじい熱と、光。強い炎は生き物のように玄関ホールをのたくり、狂暴な熱風を巻き起こしながら、朽ちたお屋敷を焼き尽くしてしまおうとしていた。  
階段を見ると、こちらから見て右の方は完全に火に巻かれており、左の方も、辛うじて段が見えてはいるものの、右と同じ状態になるのは、もう時間の問題だった。  
それでも――。  
「……行くしかない! 覚悟はいいか?!」  
煤と汗で黒光りした守の顔が、私の顔を覗き込む。  
「平気よ。守と一緒なら」  
私に迷いはなかった。守と一緒なら、私はどこへだって行ける。何も怖くはない。  
私達は見つめ合った。そして、短いキスをした。短いけれど、万感の想いが篭った、かけがえのないキスだった。  
それは私達の絆の証。私を暖かい世界と繋いでくれる、守という名の救いそのものだった。  
 
燃え落ちる寸前の階段を、私達は一気に駆けおりた。  
くるぶしが、尋常じゃなく熱いというか、痛かったけど、命がかかっているとなれば、人間大抵のことには耐えられるもんだ。  
それに、タンクトップからむき出しの肩は、守の腕が庇ってくれたし。  
 
私達がおりたとたん、階段は轟音を立てて崩れ落ちてしまった。両方とも。  
周囲の壁も、床も、天井のシャンデリアも、お屋敷の何もかもが炎に包まれて、無残に崩壊しつつあった。  
私と柳子の思い出のお屋敷は、紅蓮の炎に包まれて、今、消えてなくなろうとしていた。  
もう二度と、元には戻れないだろう。だけど今は、感傷に浸っている場合じゃなかった。  
 
「……あっちだ!」  
守が、鋭い破裂音の響いた方向を指さす。  
そこにあったのは例の巨大水槽で、熱で壊れたガラスの中からは結構な量の水が溢れ、炎の中に、私達が通れる程度の通り道を切り拓いてくれていた。  
その通り道は、上手い具合に玄関扉の前まで続いていた。私達は扉に駆け寄った。  
 
それなのに、扉は開かなかった。まだ施錠されたままだったんだ。  
 
私達は焦った。  
周りは完全に火の海で、他にもう逃げられる場所はない。  
この扉が開かなければ、私達は、ここで焼け死ぬしかないんだ。  
ここまで来てそんなのってない。この扉一枚隔てた向こうには、平和の世界が待っているというのに。  
「くそっ、くそっ!」  
守は狂ったように扉に向かって体当たりを続けていた。私もそれに習った。  
けれども、観音開きの大扉はやたらに頑丈で、この程度の打撃ではびくともしないようだった。  
(くそ! もう、これまでか……!)  
疲労困憊した守が、絶望的な思考と共に、扉に身をすりつけて呻いていた。私もその場にくずおれた。本当に――本当に、もう、駄目なの?  
 
その時、お屋敷の燃える音に混じり、微かな車輪の音が聞こえた。  
私と守は振り返った。  
紅蓮の炎の中から黒いシルエットが現れた。私は、呆然と呟いた。  
「……柳……子?」  
 
間違いなくそれは、柳子を乗せた車椅子だった。火災のあおりを受けて、火だるまの痛ましい姿に成り果てた、私の片割れだった。  
 
――危ないから、そこどいて!  
 
車椅子の柳子は、全身から火炎を噴きあげながら、途轍もないスピードで玄関扉に向かっていた。心の中で、私は叫んだ。  
――柳子、馬鹿! そんなことしたら、あんたの躰……!  
 
一陣の風となった柳子に、私の言葉は届いたのかどうか……  
とにかく、私と守が硬直して見守る前で、柳子は車椅子ごと扉に激突した。  
柳子の躰は砕け散り――車椅子の破片と共に、四方に飛び散った。  
 
「柳子……!」  
突風の中、私はほとんど悲鳴じみた声で、柳子の名を叫んでいた。  
柳子、柳子の、意識! 私は未だどこかに居るはずの、柳子の意識を捉えて、引き寄せようとした。  
そうよ。ミイラ化した本体がなくったって、柳子は私の肉体の中でその意識を保っていられるはずなんだ。  
それなのに、意識を集中させようとした私の腕を、守が無理やり引っ張った。  
柳子の特攻によって打ち破られ、開かれた扉の外へと、私を連れ出そうとしているのだった。  
 
「柳……!」  
守に引きずられるようにして表に出たとたん、お屋敷の屋根が崩壊した。  
入口は、落ちた柱に塞がれてしまった、もう後戻りはできない。そんな……それじゃあ、柳子は?  
「あああ……柳子、りゅうこおおおっ!!」  
せめて、柳子のかけらだけでも連れて行きたかった。  
闇に囚われながらも、私と一緒に居たいと言った柳子。どうにかして、あの子の望みを叶えたかった。  
だって、私だって、柳子と一緒に居たいから。  
どんな形でもいい、私の躰に、二人分の意識を共有させるしかないというなら、それだって別に構わない。  
 
炎に包まれたお屋敷を、柳子を、諦めきれない私の腕を、守が引っ張って走り出した。  
守は、一刻でも早くお屋敷から離れようとしているようだった。  
夜露に濡れた月下奇人の、萎れかけた花弁を蹴立て、私達はひたすら走り続けた。  
 
 そして――。  
 
この世のものとも思えないような爆音が轟き、真っ白な閃光が、私達の背中を焼いた。  
爆風は私達二人の躰を、木っ端のように舞いあげた。地べたに叩きつけられる衝撃に、私の意識が暗転しかける――。  
――郁子!  
守の強い思考が、私の意識を明晰にさせた。私の手をしっかりと握る、力強い指先の感触。  
――もう二度と離さない。  
温かい光を伴った、彼の心。絡んだ指の間から、じんじん沁みて、私の胸を熱くする。私は眼を開けた。  
「守……」  
「郁子、大丈夫か?」  
 
肌のあちこちがぼろぼろに焼け焦げ、煤で真っ黒く染まった守が、私の無事を確かめようと顔を覗き込んでいた。  
「お屋敷は……?」  
私はお屋敷の方を見た。小さく萎んだ月下奇人の花々の向こう、炎と黒煙を噴きあげるお屋敷は、すでに元の形をなくし、黒い瓦礫の塊になっていた。  
灰塵に帰そうとしているお屋敷の中から、微かな声が聞こえた。  
 
――郁子……郁子……郁子。  
 
それは柳子の声だった。  
 
――郁子、私ね、もう一度郁子と逢えて、嬉しかったよ。  
  お話できて、昔のことも思い出して貰えて、嬉しかった。  
  郁子がまもるへの想いを遂げる手助けもできて、私……。  
 
喋り続ける柳子の声は、少しずつ小さく、遠くなっていた。  
「柳子……」  
柳子の声を、気配を、その心の息吹きを手繰ろうと、私は燃えるお屋敷へ向かおうとした。  
「よせよ郁子! 危ないぞ!」  
守に背後から肩を掴まれ、私は地面に膝をついた。もう柳子の声は聞こえない。私は、お屋敷を仰いだ。  
 
そして、私は見た。  
お屋敷の炎の中からゆっくりと星空にのぼってゆく、小さな赤い光の玉。  
それは柳子の魂だった。  
赤い色をしているのは、きっとその魂が、月下奇人の花に宿っていたからだ。なぜか私には、そう思えてならなかった。  
赤い柳子の魂は、夜明けの色に変わり始めている空を、暫しの間踊るように漂っていたけど、  
やがて、火災の熱気から逃れ、山の空気に融け込もうとするかのように、すうっと薄らいでしまった。  
「ああ……消える……柳子が……柳子の魂が……」  
 
そんなの、駄目!  
私は背筋を伸ばし、ちからの限りを尽くして、柳子の魂を捉えようとした。  
行かないで! 私、一緒に居るから! 今まで独りにさせてた分を、全力で取り戻すから!   
だから、これからも、私と一緒に――。  
 
私の必死の思いが伝わったのか、限界を超えて開ききった私の意識のアンテナの先に、柳子の意識の断片が引っかかった。  
お屋敷同様、すでに形を失いつつある、柳子のかけら。  
そこにあったのは、古ぼけた思い出のワンシーン。  
色とりどりの綺麗な花が咲き乱れるお屋敷の庭で、子犬のように転げまわって遊んでいる、五歳の私と、柳子の姿だった。  
輝かしい子供時代の記憶を最期に、柳子の意識は掻き消えた。  
 
「ああっ……消えた! 柳子が、柳子が消えちゃったよぉ……」  
 
ラジオのスイッチを消されたように。私の心の中が、急にひっそりと静まり返った。  
この一年の間、気づかぬうちに繋がっていた、柳子の意識との糸が、完全に途絶えたせいだと判った。  
私は、月下奇人の上に泣き伏した。  
濡れた花はすっかり貧相に萎れ果て、あの狂おしい芳香も弱くなってしまい、もう麻薬のように脳髄を痺れさせるようなことはなかった。  
甘い香りはむしろ優しく、火傷を負った肌や、柳子を喪い、傷ついた心を癒すかのように、私をゆったりと包み込んでくれた――。  
 
 
白々と夜が明けていた。  
あれから――柳子を喪ってから私は、守の膝にすがって泣き続け、涙が枯れても泣き続け、  
躰中の水分を搾り出してかさかさになってから、守に助け起こされて、お屋敷から離れようという彼に、ようやっと頷いた。  
 
大きなお屋敷はまだまだ燃え尽きる気配もなく、黒い煙と共に炎上中で、月下奇人の庭を歩く私達の躰にも、風に乗った煤がばんばんこびりついた。  
――もうこの服、いよいよ駄目になったかなあ……。  
守との出逢いの思い出が詰まった、黄色いタンクトップを見おろした。  
こんな時、こんなどうでもいいことを思い煩ってしまう自分のちっぽけさがおかしくて、私は乾いた笑いを浮かべた。  
 
倒れて苔むした門扉をまたいでお屋敷の敷地を出れば、白い朝靄に包まれた森は静かで、  
山鳩の低い鳴き声と、梢が時おり風にそよぐ音だけが、ひっそりとした静寂を、より深めているようだった。  
 
守は私の前を、濡れた柔らかい草を掻き分けながら、ゆっくりと歩いていた。  
足場が悪くて歩き難いので、そうやることで、私のために道を作ってくれているらしい。  
私としては正直な処、もっとこう、ぴたっとくっついて、手を繋ぐなり、腕を組むなりして歩きたい気持ちだったけど……  
まあこうやって、私のために先を進む守の背中を見ながら歩くのだって、悪くはない。  
 
「――郁子」  
幅広い背中を私に見せたままで、守が喋りかけてきた。  
「そういえばさ、お前のアパート……契約の更新って、いつだっけ?」  
「アパートの更新? 来年の夏だよ。二年契約だから」  
「そうか……おれんとこは、この春に更新したばっかだから、次は再来年なんだ」  
「はあ」  
なんだか、やけに所帯じみた会話だなあ。  
守のやつ、日常的な話をすることで、私の気持ちを柳子のことから引き離そうとしてるのかしら?  
 
柳子がもう完全に消えてしまったのだということ。私の中で、  
その事実はまだ受け入れがたいものだった。  
十四年前に三ヶ月ほど過ごしただけの、双子の片割れ。  
考えてみれば、赤の他人と変わらないくらいに遠い存在だったけど、あの子のこと、私は私なりに、いつでも気にかけていたんだ。  
心で話ができなくなった後だって。  
夜見島に居た時だって、時々ふっとあの子のことを思い出したりしていた。  
夜見島の闇の化け物達の影に怯えながら、私がこんな目に遭っている今、あの子はどうしてるのかなって。  
私みたいな、つらい目に遭ったりしてないのかなって、なぜだか妙に心配してた。  
あの時は、まさか柳子が死んでしまっていたなんて、考えてさえいなかった。  
しかもその後、あのお屋敷に独りで戻って、あんな風に……。  
 
「――なあ郁子、聞いてる?」  
柳子のことに気持ちが傾きかけていた私を、守は振り返った。私は、間に合わせの笑顔で取り繕った。  
「あ、うん、えっと……」  
守は呆れた顔でため息をつき、眼の前の立ち木に手をついて、私に向き直った。  
「聞いてなかったな? 当ててみようか、柳子のこと考えてただろ」  
「えっ……もしかして、守も人の心、読めるようになった?」  
「ああ。お前の心限定だけどね」  
守は、取り済ました顔で立ち木を押し退け、その先の道をまた歩き始めた。  
そこを越えれば、後は車道まで一直線だ。  
大きな障害物らしきものももうないし、守も余裕綽々で、ポッケに手なんか突っ込んじゃってる。  
 
「それで、さっきの話だけど」  
守は話を再開させた。  
「郁子の今のアパートってさ、陽当たりあんまり良くないじゃないか。通りからちょっと入った場所にあるから、夜とか結構物騒だし」  
「えー、そーお? 別に気にしたことないけど」  
「気にしろよ! 一応、女の子なんだから……まあとにかくさ、そろそろお前も、もうちょっとましな処に住んだ方がいいんじゃないかって言ってんの」  
「えー……」  
私のアパート、そんなにしょぼいかしら?  
まあ確かに、なんだかんだで築二十年は経ってそうだし、陽は全くと言っていいほど当たんないし、  
キッチンは小さいし、バストイレ一緒だし、天井に人の顔の形をした染みがあったりもするけど……。  
 
「でもねえ……引っ越すのだって只じゃないし。だいたい、引っ越す場所の当てがある訳でもないのに」  
「当てなら……ないこともないんじゃないか?」  
ずんずんと歩きながら、守は言った。  
「例えばさ、おれのアパートだったら……あの喫茶店にも今以上に通いやすくなるし、大きな通りに面しているから、路地裏のお前ん家よりは危なくない」  
「守のアパート、ねえ……。確かに悪くはないと思うけど、うちと比べると、家賃がちょっとお高いでしょ。それに……」  
「……それに?」  
「守のアパートに、空き部屋なんてないじゃん」  
 
「郁子」  
守は、足を止めて私を振り返った。  
「お前ってさあ、なんて言うか、むらがあるよな。たまに不思議に思うよ。お前の頭ん中って、いったいどういう仕組みになってる訳?」  
「なっ、何よお」  
いきなり、苛立った口調で私を責め始めた守に、私は軽くたじろぎつつも、負けじと睨み返して迎え撃った。  
「私のどこにむらがあるっていうのよ!?」  
「たまに、びっくりするくらいに鈍感になるじゃないか。テレパスの癖にさ。それでとんちんかんなことを言う。  
なあ……今の話の流れで、どうしてそんな答えが返ってくるのさ?  
何でおれが、お前をおれのアパートの空き部屋に引っ越しさせようなんて言うと思うんだ?」  
「な、何でって言われても……」  
自分がそう言ったんじゃん。自分のアパートに引っ越ししろって。  
 
でも確かに、そうできたらいいだろうなあとは思う。  
守の部屋のすぐ近くに住んで、いつも近くに彼の存在を感じて。  
それに、その方が、彼の家のことをするのだって、ずっと楽になる。  
もう守とは……他人じゃないから、これからは、お互いの部屋に行き来する機会も増えるだろうし、お泊りをしたりなんてことも、多くなるかも知れないし……。  
 
「何にやけてんだよ?」  
「べべ、別ににやけてないもん」  
怪訝そうな守の目線に気づき、私は慌てて表情を引き締めた。  
(はっきり言わないと駄目か)  
守の思考が意識に入る。困惑した、恥ずかしげな感情と一緒に。私は首を傾げた。守……私に何を伝えようとしているの?  
 
私がじっと見つめていると、守は小さく咳払いをした。  
そして、両手をポッケに突っ込み、落ち着きなく辺りを見廻しうろつき廻る。  
頭上を飛び去る小鳥のはばたきを聞きながら、私は、守の言葉を大人しく待った。  
 
「――あのさ」  
「――あのさ」  
期せずして、守の切り出した言葉と、待ちきれずに私の発した言葉とが被さった。  
「あ、郁子、何?」  
「ううん……守が先に、言って」  
私達は、再び押し黙ってしまう。  
 
「――あの、郁子、さ」  
「うん?」  
「お前今、おれの心、読めるか?」  
 
「へえ? いやまあ……読もうと思えば読めるけど」  
「よし、じゃあ読め」  
そう言うと、守は私の眼の前に立って、眼を閉じた。  
私は、硬い表情で眼を瞑る守を前にして、何も言えずにただ立ち尽くした。  
人から心を読め、なんて言いつけられるなんて、生まれて初めてのことだ。なんだか気が引ける。  
「どうだ? 読んだか?」  
眼を閉じたまま、眉間に皺を寄せて、守が言う。私は、「ううん」とかぶりを振った。  
「何で読まないんだよ」  
守は眼を開けた。  
 
「だってそんな……改めて『読め!』とか言われると、逆にやりづらくって」  
「じゃあ、どうすれば読みやすい?」  
怒ったような仏頂面で言い募る守に、私は少し困惑した。  
「別に、普通に頭に言葉を思い浮かべてくれれば……」  
「言葉だけ?」  
「うん。強い感情は伝わってくることもあるし、映像とかも、イメージがはっきりしていれば視えることがあるけど、一番確実なのは、言葉」  
「言葉、か」  
守はなぜか嬉しそうに言った。言葉が一番確実っていう私の言いようが、活字好きな守の気分を良くしたようだった。  
 
「そうだよな。言葉なんだ。大事なことは、言葉でなくちゃ伝わらない。自分自身の言葉じゃなけりゃ……」  
「守?」  
守は、急に自分の世界に入ってしまった。そうかと思うと、いきなり私の両肩を掴んだ。  
「郁子!」  
「はっ、はいっ」  
「おれは……お前のことが好きだ」  
「はい……」  
「だ、だから、その……」  
見つめ合う私達の距離が、だんだんと狭まってゆく。守は身を屈め、私は背伸びをする。私達の唇が、重なった。  
 
守の唇が、私の唇を、音を立てて吸いあげる。唇を唇で揉んで、舌で舐めて、その舌を、口の中に挿れて、私の舌をすくいあげて、自分の口の中に導く。熱を帯びた唇は唾液にまみれ、揉み合う隙間から流れ出た二人分の唾液は、私達の頬をぬるぬるにした。  
「あ……む」  
ぴちゃぴちゃと舌で唾液を掻き混ぜる合間に、私の声も桃色に濡れて、森の木陰にいやらしく響いた。  
ああ、キスって、なんてエッチで気持ちがいいんだろう……。  
 
「ん……んっ!」  
やがて、永いキスの間、ずっと背伸びのし通しだった私のふくらはぎがぶるぶると震え出し、疲れと恍惚に耐えかねて、ぐらりと傾いだ。  
後ろに引っくり返りそうになった私の腰を、守が抱き留めた。  
「大丈夫か?」  
「う、うん……」  
口の周りをべたべたと濡らしたまま、私達は言葉を交わした。  
守の眼は、輝きながら、あることを訴えかけていた。私の眼もきっと、物欲しそうに潤んでいるに違いない。  
守は私の腰を抱き寄せ、私の首筋に、唇を這わせた。  
 
森を包む朝靄は、少しずつ晴れ始めていた。木漏れ陽が、輝く筋となって、緑の地面にぽつぽつと突き刺さっていた。もう空はすっかり明るい。  
それなのに……私達ってば、こんなこと……。  
 
「ま、守、こんな場所で、こんなこと」  
柔らかい草むらの中に崩れ込み、タンクトップをまくりあげておっぱいを揉みしだく守の背中を抱いて、私はためらいの言葉を漏らした。  
「だ、駄目……もう明るいのに……早く、帰らないと……んっ!」  
守の舌が、乳首を、乳輪ごとぞろりと舐めあげたので、私は眼を開けていられなくなった。  
守はおっぱいをべろべろと舐めながら、デニムの腰を、お尻をゆっくりとなぞり、丸く撫であげてから、前のホックに指をかけた。  
下着と一緒に、デニムをずりおろされて。ああ、人気のない早朝の森の中とはいえ、屋外で、こんな格好に……。  
 
「い、郁子……おれ……おれ!」  
草の中、胸の上でタンクトップをたくしあげ、デニムと下着を膝下までずりさげた私の姿に欲情した守は、  
鼻息荒くジーンズのホックを外し、せかせかと前を開けて、勃起したおちんちんを掴み出した。  
赤黒く染まり、幹に蔦のような血管を絡みつかせたおちんちんを、私は凝視してしまう。  
ああ、本当に……しちゃうの?  
守は自分のジーンズを膝までさげると、私のまとまった両足を高く持ちあげ、ぷくぷくっと合わさったまんまの私の割れ目に、おちんちんを突き立てようとした。  
「あっ、ああん……無理よう、このまんまじゃ」  
「いや……できる。こうやれば」  
守は、私の両足を押しあげながら、腿の間に挟まっている私の割れ目を、片方の手の指先で器用に割り開いた。  
粘ったお汁ですでにぐっしょり濡れそぼってる小陰唇を、ぐにゅぐにゅと揉みながら掻き分けたかと思えば、割れた下の方にある私の入口に一直線。  
ああっ、やだ、きついきつい……。  
 
「ううっ、きっ、きつっ!」  
青いデニムの脚の向こうで、守も呻いていた。  
閉じて窄まっている粘膜の穴が、守のどくどくと脈打つ硬いものに割り挿られ、みっしりと、軋む感じで、切なく疼いている部分を満たしていった。  
ああっ。  
 
私……私はもう、痛くなかった。  
こんな、閉じた両脚を守の肩に担ぎあげられ、くわっ、と大きく開いた感じのおちんちんの先っぽを押し込められて、じゅぶじゅぶと抜き挿しされても……  
あの、引き裂かれるような痛みはまるで感じず、むしろ、中の入口付近のお肉を激しく擦りあげられることが、  
もどかしく歯痒いような快感を産んで、どうにも堪らない気分に陥った。  
 
「あああ……はああ、あうっ、あっ、あぁう」  
「ううっ、い、郁……」  
私達の声は、もう意味のある言葉にはならない。  
膝立ちになった守に脚を高く抱えられ、腰を浮かせてほとんど逆さまになりながら姦されている私の、  
黄色いタンクトップの下からまろび出たおっぱいは、守に揺す振られるごとに、  
ぷりんぷりんと弾んでいるのがなんとも滑稽で、自分の眼からも淫靡に見えた。  
 
私を真上から見おろす姿勢を取った守の眼もまた、私のおっぱいの動きに釘付けになっているようだった。  
脛の内側にかかる吐息は激しく、膣の中のおちんちんも、膨らみ方が物凄く、太さも増したみたい。  
そんなになったものでずこずこされて……私の奥はどんどん濡れてしまい、熱く粘り、泡立つ音を鳴らしながら、  
繋がった部分から溢れ出し、お尻の谷間から内腿までをも、淫らにぬめらせた。  
この、濡れながら擦れる感覚……ああ、堪らない……。  
 
「郁子っ、も、もう……出そうだよ……」  
守は赤黒く顔をてからせ、長い距離を走りつめたような苦しげな表情をして、息も絶え絶えにそう言った。  
そのことは、私にも判っていた。  
だって伝わるもん。触れ合った下半身の肌や、派手に体液を撒き散らしながら、出たり這入ったりするおちんちんの、びくびくわななく強張りから……  
切羽詰まった、必死の、狂おしい激情と切なさとが、奔流となって私の膣の深い処に注ぎ込まれているんだもん。  
ああ守、そんなに激しくしないで。私の中、揺さ振らないで。そんなにされたら私、私……。  
 
「いいよ……出して……」  
守と私自身、二人分の快楽に意識を行き来させていた私は、霞んでぼやけた眼を微かにあげて、守に言った。  
「でっ、でも……そんなことをしたら……中にっ……!」  
「……いいの」  
私は、守の肩に預けていた両脚を、ずるずると引きおろしていった。  
動きを止めた守自身をぬぽんと抜いて、穴からたらたらと蜜を振りこぼしながら、私は草の上に足をつき、デニムの片方を足先から抜いて、後ろ向きになった。  
 
「い、郁子……」  
「守、して」  
私は草むらで四つん這いになり、お尻を高く掲げて、守の前に差し出した。判っていたからだ。  
守が、私のお尻を見ながら、したがってるって。  
肩越しに振り返って仰ぎ見ている私の前で、守は息を弾ませ、白濁した体液にぬめるおちんちんを物凄く震わせて、  
丸く膨らんだ先っぽの裂け目から、透明な水飴みたいなお汁を駄々漏れにしたたらせながら、私の突き出たお尻を見つめた。  
興奮しきって怖いくらいの、それでいて、乳を欲しがる子供みたいに、頼りなくも懸命な眼差し――。  
 
守は眉間に皺を寄せて私のお尻を両手に掴むと、揺れながら虚空を指し示しているおちんちんの先を、  
ぬるぬるしたお尻の谷間に擦りつけ、お尻の穴も含めた割れ目全体をおちんちんで嬲った後に、私の、割れきってどろどろと融け崩れた陰唇の内部に突き立てて、ずぷぷっ……とめり込む感じで中に潜った。  
守が、私の胎内へと還って来たんだ。  
 
「ああっ、守ぅ……出して、早く、いっぱいにしてえ」  
「ま、待ってろ、もうすぐ……もうすぐだから」  
短いインターバルでさがった温度と湿度は、すぐにぶり返された。  
守の逞しい幹は、泥沼みたいになった私の粘膜内部で、しゃくりあげるようにひくつきながら体積と重みを増してゆき、  
膨れて、凶器じみた硬さになって、私の中を抉り廻した。  
 
背後からこんな風に姦られちゃうのは、変な気分だった。  
動物がつるむみたいな格好で、お尻から下だけを守に任せ、自由に、好き放題にされる感覚。  
お尻に圧しかかる振動と重さに上半身ががくがくと揺れるにつれ、頭の中が、意識までが朦朧としてくる。  
姦されている膣の快感だけに支配され、私の意識、私の全てを、持って行かれてしまう……。  
ずっ、ずっ、と忙しなく出這入りしている守のものは、私の中身をひしゃげさせ、引きずりあげて、ぎゅうっと押し込める。  
その度ごとに、じゅぽん、じゅぽんと変な音をさせる結合部分は泡を噴き、勝手に閉じたり開いたりを繰り返す入口のずっと奥、  
私の中の、ひときわずきずき疼く部分は切なくて、居ても立ってもいられないくらいにむず痒くなった。  
どうしようもない衝動に駆られた私は、お尻に力を込めて穴を締めたり緩めたりしながら、  
お尻自体も廻すようにくねらせて、守のおちんちんを、中の襞々に隈なく擦りつけた。  
 
「う、う、い、郁子……いく、い……」  
私の名前を呼んでいるのか、それとも、絶頂の時を告げようとしているのか。  
腰から下をがくがくと揺らして震える守は、私のお尻の肉を強く掴んで狂おしい声をあげた。  
顎を反らし、腰がぐっと打ちつけられて――大きく膨れあがっていたものが、お腹の底で、身震いしながら弾ける気配を感じた。  
そして、胎内の、多分、子宮の入口と思しき場所に、熱した液体が打ちかかり、じんわりと染み入って、満ち溢れるのも――。  
 
「ああ、あ、あ……くうぅ……っ」  
お腹の中を守の温かい精液でいっぱいにされるのは、堪らない快感だった。  
押し寄せる欲情の迸りに圧倒されて、私の方も強制的に絶頂の高みに押しあげられてしまう。  
私は動物的な声を漏らしつつ、草の中に突っ伏して、深く身を沈めた。  
 
恍惚とした余韻の中で私は、背後で何かが落ちるような物音を聞いた。  
「何か、落ちた?」  
私は顔を傾け、守の方を見返って尋ねた。  
守は膝立ちのまま、私の突きあがったお尻に両手を乗せてぼおっとしていたけれど、私の呼びかけで我に返ったようだった。  
音には気づいてなかったみたい。  
けれど、私の言葉に思い当たることがあったらしく、慌てた面持ちで、ずりおろしたジーンズのポケットを検め出した。  
「……ない、ないぞ! くそっ、どこに落としたんだ?」  
私から躰を離した守は、周囲の草の上を見渡した後、下着ごとジーンズを脱いでしまい、それを逆さまにして振って一所懸命に落し物を捜した。  
その落し物が何なのかも判らないまま、私も一緒になって草の中をきょろきょろと見廻して捜してあげた。  
 
ちょっと離れた場所に生えたぺんぺん草の根元に、小さな鍵を見つけた。  
「守、落としたのってこれ?」  
それは、アパートの部屋の鍵のようだった。守や、私の部屋のものと同じような形。  
鍵には革製の黄色いキーホルダーがついていて、よく見ると、〈IKUKO〉という文字の刻印が入っているのが読み取れた。  
「これ……」  
〈IKUKO〉って、やっぱ〈郁子〉のこと……だよね?  
 
「ああそれだ。よかった」  
守は私が指先にぶらさげた鍵を見て、ほっと顔をほころばせた。  
私は守に返そうと思って、鍵を差し出した。  
なのに守は、その私の手を両手で握り締めながら、押し返した。  
「いや。それは、お前が持っていてくれ。……っていうか、お前にあげたくて持って来てたんだよ、元々」  
「これを、私に?」  
「そうだ」  
守は、鍵を握り込んだ私の手を握る両手に、力を入れた。汗ばんだその両手の平から、守の想いが怒涛のように流れ込んできた。  
 
――ずっと傍に、居て欲しい。  
 
この期に及んで私は、守の意図していたことに、ようやく気がついたのだった。  
守が私に言おうとしていたこと。  
それは、この私と一緒に暮らしたいって、自分のアパートに来て欲しいんだって、そういうつもりで、最初から……  
こんな、部屋の合鍵に、私の名前入りのキーホルダーまで用意して……。  
「守……」  
「郁子、おれは……」  
私の心に、守の意思はすでにばっちり伝わっていた。守にだってきっと、それは判っているはずだった。  
 
それでも守は、私に自分の意思を告げようとしていた。自分の口で、自分の言葉で、彼は私に伝えようとしてくれているんだ。  
だから私も、守の言葉をじっと待った。  
ちからを使って読んだ思考なんかじゃなく、守の口から、直にその言葉を聞きたかったから。  
 
守は、たった一言の告白をするのに、随分と逡巡しているようだった。あの、口の達者な守が。  
私とは両想いだって判っていても、一緒に暮らしたいって告げるのには、そういう感情なんかとは、また別の勇気を必要とするものだからだろう。  
お互いの生活を変えてしまうものだし、同棲なんかを始めればその先の道――つまりその、結婚、なんてものも、視野に入ってくるような気もするし。  
だからこそ、守はかなり緊張しているのだし、守の言葉を待つ私だって緊張しているんだ。  
でも、そんな風に二人で緊張しちゃうのって、少なくとも、私に取ってはとても嬉しいことには違いない。  
だってそれは、それだけ二人の気持ちが真剣だってことなんだもん。  
「郁子……」  
「守……」  
潤んだ視線が絡み合う。私達は手を取り合ったまま、ついついキスを始めてしまった。うん、もう! これじゃあきりがないよ……。  
 
と、その時、遠くから車のエンジン音が響いてきた。  
私達は、はたとキスを止め、耳をそばだてた。  
それは、聞き違いなんかじゃなかった。もうすぐ近くに迫った車道を走る、長距離の大型トラックが走っている音だった。  
「車……」  
守はすっくと立ちあがった。  
「郁子、車だぞ! 早く行って捕まえよう! でないと、次はいつ車に出合えることか……  
麓まで徒歩で行軍するなんて、お前も嫌だろう?」  
「え、でも……これの話は」  
私は、部屋の合鍵を振って見せた。  
「そんなのあとあと! とにかく今はあのトラックを捕まえて、家に帰って寝て、起きて……話はそれからだ!」  
守は勢いよく走り出した。さっき脱ぎ捨てた、ジーンズと下着を置いて。  
「ちょっ、ちょっ、ちょっ! あんた、待ちなさいよ!」  
私は大急ぎでデニムを穿き、ジーンズと下着を引っ掴んで、守の後を追った。  
 
すっかり明るさを増した森の木立ちの中を、私と守は走り抜けた。  
まくれあがったタンクトップを直しつつ、私は考えていた。  
さっきの話の続き、もしかすると、このまんまうやむやにされちゃうのかも知れないって。  
それでも私はなし崩しのまま、守の部屋に居ついてしまうのだろうし、  
そのまんま、やっぱりなし崩しのまま、プロポーズもなしに結婚しちゃうのかも知れないと思った。  
 
だけど私は、諦めるつもりなんてない。  
だってこれから、まだまだ時間はたっぷりあるんだもん。  
昨晩、多くの呪縛から解き放たれて、自由になれた私。私には今、新たな人生の目標が生まれていた。  
守と、ずっとずっと一緒に居ること。  
そしてもう一つ。それは守の口から、はっきりとした決意の言葉を聞くことだった。  
だって、ただ躰の関係ができたってだけじゃ、満足なんてできないもん。  
私は、もっともっと、守と深ーい関係になるの。  
一生そばにくっついて、決して離れないの……。  
 
こんな私のこと、柳子は笑うだろうか?  
――ううん。  
心の中でかぶりを振った。柳子だって、きっと天国で応援してくれるはず。私には確信があった。  
 
いつの日か、私が天に召される時が来て、あの世で柳子と再び逢えたなら。  
今度こそ二人で、色んな話がしたいと思う。  
今度はあんな暗闇の中なんかじゃなく、今私と守が居るような、明るい、清々しい場所で。  
子供の頃、一緒に遊んだあの庭のように、綺麗な場所で。  
だから、その時が来る日まで、私は守との間に、沢山のいい思い出を作っておかなくちゃ。その思い出の数々を、柳子へのお土産にするんだ。  
それがきっと柳子のためであり、他ならぬ、私自身のためにもなると思う。  
私はもう光に怯んだりはしない。闇に足を取られたって、蹴散らして光に向かう。  
守と助け合って、真っ当に生きて行く――。  
 
「守! 待ちなってばもう……そんなフルチンじゃあ、トラックだって逃げちゃうでしょうが!」  
車道に飛び出した私は、いち早く車道に出てトラックの前に仁王立ちしている守に向かい、掴んだジーンズを振り廻した。  
 
ジーンズと一緒に、しっかりと握り込んでいた合鍵が、夏の朝陽を浴びて、きらりと輝いた。  
 
【終】  
 
 

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