月明かりの中に、ピアノのメロディーが流れていた。  
少しノスタルジックで、寂しげな旋律。  
どこかで聞き覚えのあるその曲は、私の指先によって奏でられていた。音の記憶だけを頼りにたどっているから、処々危なっかしくて、ぎこちない。  
 
そんなピアノに誘われるようにして、守がやって来た。  
扉を開けっ放しにしておいたのだから、玄関ホールからもよく聞こえたことだろう。守は、何気ない足取りで私の方へと近づいた。  
「それ、何て曲?」  
歩きながら守は訊いてきた。その眼は、黄色いタンクトップを着ている私の全身に、注意深く向けられていた。私が郁子か、それとも柳子か、確認しようとしているのか。  
「さあ……小さい頃ここでお母さんが弾いてたのを、覚えてただけだから」  
鍵盤に指を滑らせながら、私は答えた。横顔に、守の視線を強く感じた。  
 
「柳子の日記を読んだのね?」  
黙って突っ立っている守に向かい、私は言った。  
「読んだ」  
「可哀想だよね。柳子」  
守は何も答えない。  
 
「可哀想だと思わないの?」  
私はピアノを弾くのを止めた。守の不遜な態度に怒りが込みあげ、鍵盤を力任せに叩いた。  
「やっぱりわかってくれないんだね。そうだよね。あんたも所詮は他人だもの」  
私は守の無表情な顔を見あげた。  
「でも……私は違う。私達は血の繋がった双子の姉妹。かけがえのない、二人きりの……」  
そう。私達は、二人きりの同胞なんだ。お互いにお互いだけしか、頼れる者は居ないんだ。見放す訳にはいかない。もう、忘れ去る訳には……。  
 
そして私は、再びピアノを奏で始めた。  
「私ね、ここで、柳子と暮らすことにしたんだ」  
じっと動かない守に向かい、私は横顔で話しかけた。  
「今まで一緒に居られなかった分……これからは、ずっとずっと一緒。絶対離れたりしない」  
守の返事はない。暫くピアノの音だけが続いた。  
 
「帰って」  
のっそりと無言で居続ける守がいい加減うっとおしくなり、私は冷たく言い放った。  
「聞こえないの? 私、もうここに居るって決めたんだから。あなたは一人で帰ればいい」  
「……それが郁子の希望なら」  
ようやく返ってきた、守のまともな返事。微かに漂う緊張感。守は続ける。  
「だけど……ちゃんと郁子の言葉としてそれを聞くまで、ぼくは帰る訳にはいかないよ……柳子」  
 
私の指先が、鍵盤の上で凍りついた。  
 
「そう。今の君は柳子だ。そして郁子は……」  
守の腕が伸び、私のこめかみを、指で突付く。  
「この中に……君と交代して、今は眠らされているんだろう」  
「……何言ってんの?」  
「始めからおかしいと気付くべきだったんだ。君と郁子は、必ず別々に現れる。絶対同時に現れない理由。それは、同じ躰を二人で共有していたからなんだ」  
 
守は、柳子の日記を読んで、全てを解明してしまっていた。  
私の躰を使う柳子が、上手く誤魔化そうと躍起になっていたけれど、もう無駄だった。  
守は、柳子の本体が車椅子のミイラであることも、肉体が死に絶えた柳子が、意識だけの存在となって私に呼びかけていたことも、その独自の理論で解き明かしていたようだった。  
 
「姉妹は一緒に居るべきなのよ」  
全てがばれたので、柳子はぶっちゃけトークをしてしまうことにしたらしかった。  
「それを望むことは罪? 私、なんにも悪いことしてないよ……」  
「郁子もそれを望んでいるんなら……な」  
守はあくまでも冷静だ。  
「これからどうするつもりなんだ? そうやって郁子の肉体を乗っ取って、朽ち果てるまでここで隠遁生活を続けるつもりか?  
あるいは……郁子に成り済まして新しく人生をやり直そうとでもいうのか? 自分が生き続けるために、郁子を犠牲にして君は」  
「違う!」  
「何が違うんだ!」  
 
「違うのよ……」  
柳子はふらりと立ちあがった。顔をあげ、守の強張った頬をなぞる。  
「まもる」  
柳子は爪先立ちになって背伸びをして、守の顔を、凄い至近距離で見つめた。  
「あなたはいい人だわ。私、本当は判ってた。郁子はきっと……あなたと一緒に居るのが、一番幸せなんだって」  
「じゃあどうして……?!」  
守は柳子の手を掴んで問い質した。  
 
「郁子はね……駄目なのよ」  
柳子は、力なく微笑んだ。  
「郁子はあなたと一緒にはなれないの。拒絶しているのよ、あなたのこと……  
他の、世間の人達に対するのと、同じようにね。だから私が一緒に居てあげないと」  
「嘘だ!」  
「本当よ」  
柳子は守を真っ直ぐ見つめた。守の真剣な眼差しを真正面から受け止め――私の胸まで、なんだか苦しくなってしまう。  
「私の言葉が信じられないのなら……直接本人に聞いてみればいいわ」  
 
本人って、私? え、ええっ?  
驚く間もなく、私の視ている視界が、ぐるんと反転する。  
 
 
唐突に意識が浮上して、私の視界はゆっくりと元に戻った。  
まず最初に見えたのは、心配そうに私の顔を覗き込む守の眼鏡。  
「……郁子か?」  
私が、本当に柳子から私に戻ったのか、判別できなくて不安なんだろう。  
 
「守……? 私……」  
まだぼんやりとしながらも、私は、私がちゃんと私であることを守に告げようとした。  
でもその時、私の腰の辺りで、守の指先の蠢きを感じた。反射的に躰が強張る。私、守に抱きかかえられていたんだ。  
「あ、ご、ごめん」  
別に謝らなくったっていいのに、守は律儀にそう言って、私の躰からおずおずと離れた。  
私も、何となく面映くて彼に背を向けてしまう。  
 
「郁子。すぐにこの屋敷を出よう」  
私の背中に、気を取り直したような、守の声がかかった。  
「もう雨はあがってる。じきに夜も明けるはずだ。行こう。もう、ここには居ない方がいい」  
守は性急に私の腕を掴んだ。私が私である内に、とっととお屋敷からおさらばしてしまう腹みたい。そんなことしたら……柳子はどうなんのよ。私は、守の手を振り払った。  
今こそ私は、はっきりと守に告げなくてはいけない。  
守との別れ。私が守のそばには居られない、守にふさわしくない女なんだってことを……。  
 
「郁子?」  
「守……ごめん」  
私は守の方を向いた。そのどこか頼りない、戸惑いがちな顔を見ていると、不覚にも涙がこぼれてしまった。  
「全部……柳子の言った通りなの」  
私は泣き顔を隠し、守に背を向けた。  
「ここに来て……昔のことを思い出して……柳子と話をして……はっきり判ったんだ。私は、守のそばに居ちゃいけないんだって」  
「郁子!」  
守が、私の肩を掴もうとしている気配。私は叫んだ。  
「近寄らないで!」  
 
私は守の方を向き、じりじりと後退して、ピアノホールの出口に向かった。  
「もう私に関わらないで……私のことなんて忘れて、もっと他の、まともな女の子と付き合って。  
その方が、あなたに取って幸せだから」  
「そんな……何を言って……」  
「私は化け物なのおっ!」  
 
抑えきれない感情が爆発したとたん、頭上で、ぱん、ぱん! と鋭い破壊音が響いた。  
無作為的なちからの発露。  
発せられたちからが物理的な作用を及ぼし、天井のシャンデリアに当たって、破裂させたのだ。  
これ――もしかすると、柳子の言っていた、私のもう一つのちから?  
薄闇の中を、月の光に輝くガラスの破片が降り注ぐ様は、場違いなくらいに綺麗だった。  
破片に妨げられて、守が動きを止められている間に、私はピアノホールの外に向かった。  
「お願い……もう行って! 私のことは……放って置いて。お願いよ……私……」  
 
廊下に出ると、私は泣きながら走り出した。涙が、後から後から溢れ出して、嗚咽が止まらない。  
――守、守、守……!  
玄関ホールに着くと、右階段の手すりに掴まって、とうとう泣き崩れてしまった。  
だって……だって私、守にさよならを言ってしまった。完全に、終わらせてしまったんだ。  
もう元には戻れないんだ。  
もう二度と……守とデートをしたり、喫茶店でお喋りしたり、ご飯を作って食べさせてあげたり……できないんだ……。  
 
手すりにしがみついてくずおれ、わんわん声をあげて泣いている私の背後に、何かの気配が迫っていた。  
誰? ヨロイはもう居ないはずだし、守にしては方角が違う――。  
 
涙と鼻水まみれの顔をあげて見ると、それは、車椅子のミイラ、すなわち柳子の本体だった。  
暖炉脇の扉の方から、車椅子の車輪を軋ませつつ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。  
「り、柳子なの?」  
車椅子の柳子は、膝にあの赤い日記帳を乗せ、さらにその上に、赤茶けた小さな金属片のようなものを乗せていた。  
その金属片を見て、私は息を飲んだ。  
それは、十四年前のあの日、私がテラスに隠したまま放置した、あの、「開かずの間」の鍵だったのだ。  
 
「柳子……あんた、これをわざわざ?」  
――さっき……ちょっとね。あんたが持ってた、まもるのナイフを使って掘り返したの。  
柳子の声は、私の心の中ではなく、ミイラ化した彼女自身の中から聞こえていた。  
今までのように、本体と私の躰とを股にかけた状態ではなく、完全に私からは分離し、自分の躰に戻っているらしい。  
――郁子。あんたはこの鍵を使って、「開かずの間」へ行きなさい。  
柳子の心の声が、私に命じた。  
――「開かずの間」へ行って……待ってるといいよ。私が確かめてあげるから。  
「確かめてあげるって? どういうことよ?」  
――だから、彼の……まもるの気持ちを、よ。  
  そんで、後からまもるも「開かずの間」に行かせるから。  
  そこで、あんたもちゃんと自分の気持ちを告白するといいわ。  
 
……はあ?  
私は、柳子の言ってる意味が理解できず、眼を大きく見開いて、干からびきったミイラづらを見つめた。  
「告白って……つうか何なの? その、中坊の子が友達経由で告る時のような段取りは? なんで私がそんなこと……」  
――そうしないと、どうにもならないからじゃないの。  
  郁子ってば、全然まもるのこと諦めきれてないんだもん。  
  そんなあやふやなままじゃ、困るのよ、こっちも。きちんとけじめをつけて貰わないと。  
 
それも……そう、かも知れない。  
私、こうして自分の方から一方的に別れを告げて逃げちゃったけど、これじゃあきっと、守も納得してくれないだろうし。  
それに私自身だって、守に対して胸の内をはっきりと明かした上で振られた方が、きっとすっぱり諦められる。  
というか、そうせざるを得ないよう自分を追い込まないと、この想いを断ち切ることなんて、できやしないようにも思う。  
 
「そうね……判ったわ。私、やってみる。私の気持ちと一緒に、私の真実を明かすことにする。守の前で……」  
そう言って私は、自分の胸に手を宛がった。うん。やっぱり、真実から逃げ続けていては駄目だ。  
私のため、柳子のため、そして、守のためにだって――。  
――そうそう。その意気よ。  
柳子のミイラが、微かに揺れている気がした。こいつ……頷いてるのかな? ひょっとして。  
 
頬に残る涙を拭い、決意を胸に、私は階段をあがった。  
――しっかりね!  
階下の柳子が、応援の気持ちを私に投げかける。判ってるわよ。見事に玉砕してきてやるから、きっちり視てなさい。  
二階まであがって、真っ直ぐの廊下を進む。奥までの道のりが、なんだかやけに長く感じる。  
それでもなんとか「開かずの間」の前にたどり着くと、柳子から貰った鍵を、鍵穴に挿し入れた。  
……って、ちょい待ち。鍵が開くのはいいとして、この、四隅に打ちつけられた釘はどうすんのよ?  
 
――心配しないで。その釘はダミーよ。本当は壁には刺さってないの。  
柳子の声が、親切に教えてくれる。  
ダミーだって? 試しにノブを廻してみると、黒い扉は、意外なほどの軽さで、呆気なく開いた。私は呆れた。  
――ダミーっていうか、その扉を封印した女の子が、きちんと釘を打てなかったみたいなのね。釘が、ちゃんと壁まで届いてなかったのよ。  
 
女の子?  
この扉を本当の「開かずの間」にしていたのは、女の子だったっていうの?  
その女の子っていうのは、どんないきさつでここに来て、どんないきさつで、この扉を封印したんだろうか?  
 
今まさに解放されたばかりの「開かずの間」は、意外なほどに狭く、そして殺風景な部屋だった。  
本当に、なんもない。明かりは天井にぽつんと灯った裸電球のみ。  
壁紙や絨毯なんかの内装もなく、剥き出しのコンクリートで覆われた部屋の片隅に、壊れたテレビだとか、  
なんだかよく判らないがらくたなんかが、積みあげられているだけだった。  
そんな……これだけ?  
慌てて室内を見廻すと、入口から見て右の方の壁に、鉄の扉を見つけた。  
金庫の扉のように頑丈そうだけれど、少しだけ開いている。私は、扉の向こうをそっと覗いた。  
その扉の向こう側には、出てすぐ左右に伸びた、細い通路が続いているようだった。  
左の方から、嗅ぎ覚えのある切ない芳香が漂ってきた。  
月下奇人の甘い香り。私は、誘われるかのように、そちらへ足を進めて行った。  
 
暗い通路は、少し行くと鉄格子の扉によって先を阻まれた。  
けれど、試しに錆びた扉の端を押してみると、鍵などがかかっている様子もなく、簡単に開いた。  
さらに先を進むと、そこは手前の通路よりはいくらか広い、横長の空間になっていた。  
こちらはコンクリではなく、石で作られた壁に覆われているようで、妙な音の反響の仕方といい、なんだか洞窟にでも入ったようだった。  
そして不思議なことに、花がないにもかかわらず、月下奇人の香りがますます強くなっていた。  
 
この花の香りは、どこから来ているのだろう……?  
姿の見えない月下奇人を求め、私は部屋の奥へと進み――やがて、部屋の片隅の床に開いた、丸い穴を見つけたのだった。  
丸い穴……これが、「ちからの大穴」?  
大穴、と呼ぶには、あまりにも小さいその穴は、人一人がやっと潜れるくらいの大きさ、  
せいぜい、街中で見かけるマンホール程度の大きさしかないものだった。  
穴の縁には、下へおりて行くためのはしごが埋め込まれているけど、穴の底がどこまで続いているのかは、ここからでは見当もつかない。  
 
けれども、月下奇人の芳香の源がこの穴であることは、疑いようもなかった。  
十四年前に、先生の意識の中から垣間見た、妖しい楽園の有様が脳裏に浮かんだ。  
あれはきっと、この下にあるんだ。  
私に迷いはなかった。私は、穴に頭を突っ込んで、そのまま、穴の中に身を投げた。  
真っ暗な穴の中を、私は果てしなく墜落して行った――。  
 
 
赤い海の中で、私は眼を覚ました。  
私の肉体を取り囲む、赤、赤、赤。赤い世界に包まれた私は、ゆっくりと身を起こした。  
 
あれから、どれだけの時間が過ぎたのだろうか?  
「不思議の国のアリス」よろしく、考えもなしに穴の中に身を投じ、たどり着いた楽園で、私は少し眠っていたようだった。  
一応、腕や足をそっと動かしてみたものの、どこも怪我なんてしていない。  
赤く霞んだ高い天井を仰ぎ見ても、自分がどこから落ちてきたのかさえ判らないほどだというのに。  
そして、周囲に目線を巡らせれば、見渡す限りの月下奇人の園だった。  
一年前に、夜見島の地底で見た赤い海を髣髴とさせる赤い風景。  
あの時とよく似た赤い空気に包まれていたけれど、あの時と決定的に違うのは、赤い空気が妖しい花の香りを含んでいること。  
甘く、芳しく、脳髄を蕩かしてしまうような、官能的な気分を煽る香りが、私の意識を恍惚とさせる……。  
 
不意に、押し寄せる花の香りが、大好きなあのひとの匂いを運んできた。  
守……。  
私の胸はにわかに逸る。守には逢いたい。この月下奇人の楽園で――彼の腕に抱き締められたら、どんなにか……。  
 
ああ、でも。私は自らの乳房を両手に掴んだ。  
私の望んでいるようなこと、守にはきっとして貰えないんだ。  
それなのに私は、ここでこうして、守を待っていなくちゃいけないんだ。  
守のため。私のため。柳子のため。それぞれの気持ち、想いに対して、決着をつけるために。  
 
私は顔をあげ、楽園の果てしなく高い天井と、岩壁に張りつくようにしてこの場所まで続いている、螺旋状の鉄階段とに眼をやった。  
あの階段の有様までが、あの夜見島の地底に続いていたものとそっくりなのは、偶然ではないように思われた。  
ここは、私や守の意識にリンクしているんだ。だから私達の記憶にあるあの場所に似せた形を取っている。  
そんなことができるのも、きっとこの場所が、特別であることの証なんだ。  
だからこそ、一度死んだはずの柳子を呼び寄せもしたのだろう。  
そして、柳子と同じく、この場所との関わりが深い私のことも一緒に引き寄せた――。  
 
そんなことを考えながら鉄階段を見あげていると、やがて、その階段を踏み締めながら下におりてくる背の高い人影が、赤い靄の中から姿を現し始めた。  
守だった。  
柳子がどうやって、どんな言葉で彼を導いたのかは判らないけど、彼は「開かずの間」に入った私を追って、この地底の楽園へとたどり着いたのだった。  
「……守」  
 
階段をおり、黒っぽい岩壁を背にして立ち尽くした守は、険しい顔をして私を見つめていた。  
その真っ直ぐな、曇りのない瞳。この眼で見つめられる時、私はいつも自信を失う。  
私の中の暗闇を見透かされてしまいそうで、落ち着かない気持ちになる。  
それでも、こんな風に目線を落として誤魔化してばかりもいられない。私は、守の強い目線を見返した。  
 
「ねえ……見て?」  
守の眼の前で、私はタンクトップを脱ぎ始めた。  
タンクトップを地面に落とし、ブラジャーも思い切りよく外して、赤い花の中に放り投げた。  
「郁……!」  
私の乳房を眼の力でもぎ取ろうとするかのような守の前で、私はさっと腕を掻き合わせた。  
覚悟を決めたつもりだったのに、いざとなると、やはり怖い。  
――駄目だよ。ちゃんと、見せなくちゃ。  
私は自分に言い聞かせ、今一度、守の眼を見た。  
守の眼の中には、私の尋常ではない態度への戸惑いと、早く私のおっぱいを見たいと渇望する気持ちとが、ごちゃごちゃに混じり合っているようだった。  
こんな彼だけど、実際に私のおっぱい見たら、どんな反応をするのかな?  
きっと、さぞかしびっくりして、悲鳴の一つもあげるかも知れない。  
そんな想像をしたら、ちょっとだけ緊張が緩んで、勇気が出た。私は掻き合わせていた腕を、開き、守の前に乳房を晒した。  
「見て。お願い……私を見て」  
 
私の乳房に眼をやる守のこの表情を、この心の動き方を、私は決して忘れることはないだろう。  
まず始めに、私の生の乳房を眼にしたのだという深い喜びと感動があった。  
次に、乳房全体の形や乳首の格好なんかをいやに理性的な眼で分析し、  
それとほとんど同時に、胸の痣を、人間の眼の形そのものの痣に気がついて、  
死に絶えそうなほどの驚愕に襲われ、その意識が、真っ青な恐怖の色に覆われてしまった。  
一秒にも満たない、一瞬間のできごとだった。  
 
「これが、本当の私なの……」  
いやにしわがれた、老婆のような声がどこかで喋っていた。  
それは私の声だった。  
叫び出しそうになるのを堪え、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせている守に向かい、私の唇は、独りでに語り始めていた。  
 
「私と柳子には、生まれた時からこの痣があった。最初は小さな痣だった。  
それこそ、乳首と見分けがつかないくらいの。  
でも成長するにつれてどんどん大きくなって……あのちからと、比例するみたいに」  
私は眼を伏せ、痣に触れながら、ぽつりぽつりと痣のことを話した。  
守の思考は、ほとんど停止してしまっているようだった。痣に目線を向けたまま、私の話も聞いているのかいないのか。  
「小学校の頃はまだブラしてなかったから。着替えの時にクラスの子に見付かって、軽くイジメられた。  
私、生まれも特殊だったし、変な力もあったからさ。これが無くたって、遅かれ早かれイジメられたろうとは思うけど」  
 
話す必要のないことまでうっかりと漏らしてしまい、私は唇を噛んだ。  
守は相変わらず何も喋らない。その目線もまた、私の痣に留めたままで微動だにしない。  
守に見られているのがつらくなり、私は再び胸元を手で隠し、顔を落とした。  
「なんで私にこんなのがあるのか、私にだって判んない。  
きっと私が普通の人とは違う化け物だから……なんだよね。怖いよね。ほんと、気持ち悪い。……だけど」  
私は守を見た。守は眉間に深い皺を寄せた、怖れを含んだ表情を浮かべて私を見ていた。硬い、拒絶を感じさせるような表情。  
 
もう駄目だ――そう思った瞬間、私の眼から、涙が溢れた。  
私が、私を取り繕う為にいつも被っていた上っ面、  
「口が悪くて気の強い、勝気でしっかり者の女の子」っていう偽りの仮面が、涙と一緒にぼろぼろと剥がれ落ちてゆく。  
ただの弱くてちっぽけな私に戻った私は、涙でぐしゃぐしゃの、  
おそらくは眼も当てられないほどに酷いことになっているであろう顔を守に向けて、言葉を継いだ。  
「……だけどこれが、本当の私! 今まで守に隠してきた、本当の私の姿なの……。  
これがあったから私、守の気持ちをはぐらかしてきた。本当は、知ってたのに。  
だって……無理じゃん? こんなんなんだもん、私。  
こんなんなのに……無理だよ私……私は守に好かれる資格なんてない。私……」  
 
「郁子……」  
泣いている私と眼が合うと、守はようやく口を開いた。そして、のろのろとした足取りで私に近づこうとした。  
何をしようというんだろう。泣いている私を、慰めでもするつもりなのか。  
「来ないで!」  
私は胸を両腕で庇い、首を左右に振り立てて後ずさった。  
私の鋭い声に守は一瞬立ち止まりかけたけど、またすぐに足を進めた。  
「なんでよ……駄目だよ……私には守に好かれる資格なんてないのに……。守を……好きになる資格なんてないのに!」  
 
私の眼の奥から、強い「何か」が噴き出して、守に向かって行った。  
私のちからが突風を起こし、守の躰を後ろに吹き飛ばした。  
守は鉄階段の足元、剥き出しの岩に打ち当たって引っくり返った。  
「っ痛……」  
守は軽く頭を振りながら、すぐに起きあがった。落としてしまったのか、  
その顔から眼鏡が消えている上に、額の生え際から赤黒いものが垂れ落ちていた。  
頭に怪我をしている……。  
「守……」  
私は彼の名を呼びながら、少しだけ後ろにさがった。  
怪我した守は心配だったけれど、おでこから血をしたたらせながら、蒼白な顔をして、ものも言わずにこちらへ向かって来る守が、少しだけ怖かったんだ。  
 
けれども守は、自分の怪我に気がつかないのか、大して気にする様子もなく、痛がっている素振りも見せず、ただひたすらに私の元へと歩き続けた。  
守の歩みを止めようとして、私は声を張りあげた。  
 
「来ないで!」  
「いやだ」  
「駄目……」  
「駄目じゃない!」  
「や……」  
 
私の拒絶に構わずに、守はどんどん私に近づいて来る。そしてついに、彼は私の眼の前にまで来てしまった。  
「郁子」  
眉毛に溜まった血を指先で拭い、守は私に呼びかけた。  
胸を隠している私の、裸の肩を両手で掴み、それから、俯いて引いた私の顎に指をかけて、顔を上向かせた。  
「郁子……」  
避ける間もなかった。守は、身を屈めて私の顔に迫り、無理やり唇を奪った。  
生温かい弾力と共に、眼も眩むような強い衝撃が私の脳を焼き、全身を稲妻のように駆け抜けた。  
初めてのキス――その柔らかな優しい感触と熱に浮かされ、意識が遠退きそうになるけれど、理性の限りを尽くし、私は守を押し返そうとした。  
けど無駄だった。  
守は私の抵抗をものともせずに、唇全体をきつく吸ったり、下唇をそっとしゃぶったりしたあげく、口の中に舌まで挿し入れてしまった。  
べったりと隙間なく被せられた唇の中で、守の舌は、私の舌に絡みついて翻弄した。ああ駄目。こんな、こんな風にされたら私……。  
 
私は腰から力が抜けてしまい、守を上に乗せたまま、月下奇人の中に仰向けに倒れ込んでしまった。  
「郁子」  
守の呼びかけで気づいた時には、私は、仰向けに横たわった私の両脇の地面に腕をついた守に、真上から見おろされていた。  
私は、影になった守の顔を見あげた。すでに涙は止まり、頬の上で筋になって乾いているのを感じた。  
真っ赤な靄と化している空気を背負い、守は言った。  
 
「郁子……おれは郁子が好きだ。郁子を、抱きたい」  
 
その一言で、時は止まった。  
 
私の意識の中、私自身にすらも把握し切れないほど多くの強い感情が起こり、胸を焼いた。  
耳鳴りと共に、意識が遠い処へ飛んで行ってしまいそうになる……。  
それを堪え、私は努めて冷静に、守を諫めるための言葉を言おうとした。  
守は今、色々と異常な状況に混乱していて、まともな判断力を失っている。  
そうでなけりゃ、私の真実の姿を見てなお、あんな、あんなことを、言ってくれる訳がないんだ。  
守がこの世で最も嫌悪している、闇の化け物であるこの私を……抱きたいだなんて。  
 
――落ち着いて守。私は人間じゃないの。こんな私を抱いたりしたら、あとできっと後悔するよ……。  
頭の中でまとめた台詞は、口から出て行くことはなかった。守の唇によって、封じられてしまったからだ。  
 
(もう、何も言う必要はない)  
 
唇を通じて、守の思考が伝わってきた。それは、言葉よりも遥かに鮮烈で、何ものにも換え難い説得力があった。  
それは守の意志だった。  
単なる恋愛感情とか情欲なんていう領域を超えた、それは、守独自の正義ですらあった。  
 
(郁子が今まで一人きりで抱え込んできた苦しみを分けて貰うのに――言葉だけでは駄目なんだ)  
(ぼくが郁子を本気で愛しているという証拠を、示さなければ)  
 
唇の中の吐息が熱い。  
彼の熱気が、私の全てを融かしてしまう。  
自ら為す術もなく、私は、守のキスに唇を、舌を、顎を委ねてしまった――。  
 
 
長く続いたキスが、いつ終わっていたのか私には判らなかった。  
ぼんやりと赤く霞んだ世界の中で、私は、胸の上で組んだ手を外され、痣のある乳房を剥き出しにされた。  
守は、私の裸の胸を、暫し無言で見据えていたけれど、突然、強い意思を躰から発しながら、胸の頂点に吸いついた。  
 
「あっ……!」  
小さな叫びと共に、私の肩が跳ねあがった。次いで、開いた唇から吐息が漏れた。  
驚きもしたけれど、吸われた乳首から信じられないくらいの快感が湧き起こり、  
それが……腰から下にぞわりぞわりと這いおりて、私の性器全体を激しく脈打たせてしまったのだ。  
「あ……は……」  
本当に……凄い。  
強く、ちゅうっと音を鳴らしながら吸いつく守の唇が、私の乳首を絞めあげて。  
舌先が、乳首の先っぽをちろちろと舐めて。  
堪らない快感と、乳房の芯にまで響くむず痒さに、私は、荒くなる呼吸を堪えきれず、  
大きく乳房を上下させながら、微かな喘ぎ声まで漏らし始めていた。  
 
すると、守は窄めた唇を開き、私の乳房を、乳房の膨らみ全体を、熱の篭った口の中に含み、柔らかく歯を立てて食んだ。  
「あぁん、や……め」  
堪らなくなった私は、守の肩に手を置いて、彼の躰を引き離そうとした。  
でも、私としては抗っているつもりだったけれど、本当は、もっとして欲しいと、心の奥底で願っていたかも知れない。  
だって、恥ずかしく思う気持ちと同じぐらいに、どうしようもない、身悶えしてしまうほどの快感も、確かにあったから。  
 
そんな私の中の葛藤に応えるかのように、守は、口いっぱいに含んだおっぱいを、より強い力で吸いあげて、膨らんだお肉に歯を立てた。  
「ああんっ! やめて守! い……たい……」  
噛まれた部分に鋭い痛みが走ったので、私は躰を仰け反らせて声をあげた。  
守の腕が私の腰に絡んで、逃げかけた躰をがっしりと捕まえ、  
そして今度は一転して、乳房をついばむかのように、小刻みなキスの雨を降らせた。  
 
「守……守……まも……」  
守に取り押さえられ、これでもかというくらいにおっぱいにキスをされ、もう訳が判らなくなった私は、うわ言みたいに守の名前だけを呼び続けた。  
やがて守は、おっぱいを苛めることにも飽きたのか、私の鳩尾の上に顔を乗せて、乳首が長く勃起した私の乳房を、下から仰いで眺めた。  
「やだ……そんな見ないでよお……」  
「恥ずかしい?」  
「ん……ていうか……だって……」  
おっぱいそんな風に見られたら、当然痣だってよく見えちゃう訳で……。  
(気にすることなんて、ないのに)  
口ごもる私の意識に、守の心の声が入った。守は躰を起こし、私の顔を覗き込んで笑った。  
 
「恥ずかしがることないじゃん。思ってたより全然綺麗なおっぱいだよ……郁子って、もっと貧乳だとばっかし思ってたのに」  
「えぇ? 何それ! ひっどい!」  
 
「だって郁子、おれにちっともおっぱい見せてくれないからさ」  
「当たり前じゃん! どこの世界に意味もなくホイホイおっぱい見せる女が居んのよっ!」  
私が言い返すと、守は私の乳首を摘まんで、きゅっと捻った。  
「あはぁっ……あっ、きゃ……」  
とっさに甲高い声を漏らしてしまう。  
守は私の顔を見つめたまま、乳首をくりくりと摘まんだり、乳首のてっぺんを指先でとんとんとノックしたりして、敏感な部分を意地悪く玩んだ。  
「感じる?」  
「あぁっ……ば、ばかぁっ……あんっ、あ、あ、あ」  
もう眼も開けていられない。私は首を傾けて、赤い花の中に顔を埋め、乳首から流れ込む快感だけに浸りきった。  
 
ふとその快感が途絶え、守の躰が私から離れた。  
薄く瞼を開くと、息を荒げ、顔を赤銅色に染めた守が、膝立ちになって、着ている服を脱ぎ捨てようとしている処だった。  
「守……」  
「そんなに見んなよ、えっち」  
私の目線に気がつくと、守はぶっきらぼうな口調で、照れ臭そうに呟いた。  
「ばっ……な、何よっ! 人のは散々見といてさ……」  
「それはそれだよ……ていうか、そんなにおれのちんちん見たい?」  
「うん。見たい」  
 
私がそんなこと言うなんて予想だにしていなかったんだろう。守は明らかに面食らい、まごまごと口ごもってしまう。  
そんな守の表情の変化がおかしくて、私はちょっとだけ笑った。  
それが悔しかったのか、守は若干むっとした顔になり、居直ったように堂々とした態度で私の方に躰を向けた。  
「そーかよ。じゃあ今見せてやっからな。よーく見とけよな!」  
じっ、という音と共に、守のジーンズのファスナーがおりた。  
前の開いたジーンズの中から異様に膨らんだトランクス、そのトランクスがずりさがって――  
守の、赤黒く、大きく、長くなったものが、ずるりと這い出て天を衝いた。  
 
「ひゃっ」  
思っていた以上に――生々しい。ちょっと正視に堪えなかったので、私は手で顔を隠してしまった。  
「なんだよ。なんで眼ぇ隠してんの? 郁子が見たいって言ったんじゃん」  
「いや、でもやっぱ……ごめんなさい」  
「ごめんなさいってなんだよ。ちゃんと見ろよほら」  
「いやー! やめてー! 顔に近づけるのやめてー!」  
鼻先で、でっかいものをぶるんぶるんと振り廻された私は、居たたまれなくなって守に背を向けた。  
妙に興奮している守は、はあはあと息を弾ませながら、私の背中を見おろしているようだった。  
 
「郁子……」  
裸になった守は、私の背中に寄り添って寝そべり、うなじの方から囁いてきた。  
「もうしないからさ……こっち向いてよ」  
私は何も返事をしなかった。後ろを向いて、両手で顔を隠したまま、じっとしていた。  
恥ずかしかったのもあったけど、それ以上に、守を少しじらしてやりたいと思ったからだ。  
こんな風にじらしてやったら、守がどういう行動に出るのか――知りたかった。  
 
「ねえ郁子……頼むよ。機嫌直して」  
守は優しい声を出し、私をなだめようと躍起になっているようだった。  
(まいったな……)  
困惑の言葉を胸の内で呟きながら、私の肩を背後から撫で摩り、耳たぶや首筋に、触れるか触れないかというぐらいの、柔らかなキスをする。  
そんなことをされると、私はぞくぞくと感じてしまう。  
見えない後ろの方から、守に愛撫をされている――ああ、吐息がくすぐったい。汗ばんだ指先が、私の肌を嬲るように――。  
 
頭がぼおっとのぼせてしまった私は、独りでに自らの股間の方へと手を這いおろしていた。  
分厚いデニムの上から、熱くなっている部分を撫ぜてみた。  
やっぱり――凄く敏感になっているそこは、それだけの刺激にも反応を示し、蕩けるように気持ちが良くなってしまった。  
あああ、もう駄目……。  
「郁子……?」  
私の不自然な動作に気づいた守が、背後から私の下半身に眼を向けていた。  
守の見ている前で、私はデニムのホックを外し、腰に張りついていた青い布地を、勢いよくずりとおろしてしまった。  
 
「あ……」  
デニムが剥がれ、下に穿いていた下着までもが半分お尻から剥けてしまい、中途半端に現れた私のお尻を見て、守が絶句している。  
「守だけ脱ぐの、不公平かなって思ったから……」  
彼に背中を向けたままで私は言い、躰を折り曲げて、脱いだデニムを月下奇人の中に放り投げた。  
潰れた花弁から滲み出た赤い芳香が、頭の芯にまで響いて躰をじんと痺れさせた。その花の香りにそそのかされるように、守の躰が動き出した。  
 
「郁子!」  
ぎこちなく呼びかけてくる声と共に、乱暴な指先が私のお尻を捕らえ、  
お尻の山にこびりついていた下着を、ほとんど引きちぎるような勢いで取り去って、私を素っ裸にしてしまう。  
それから、私の躰を軽々と引っくり返して仰向けに寝かせ、真上から覆い被さるようにして、裸の私と相対した。  
 
「郁子、すごい……綺麗、だ……」  
守は、初めて習った外国語を話す時のように、たどたどしくも一所懸命な口調で、そう言った。  
彼の眼は、私の全身を上から下まで余すことなく捉え、記録し尽くそうとしているかのようだった。  
余りにも真剣なその眼差しに、裸の私は少なからぬ心細さを覚える。  
でもそれでいて、守の眼から、私の裸を隠したいとは思わなかった。  
それどころか、むしろ私は、守に見られることで、恍惚とした性の悦びに浸っていた。守の視線に、私は酔い痴れていた。  
――ああ……見て……私を全部……全部……。  
 
私の望み通り、守は私の躰をしっかりと見据え、胸の膨らみから脇腹、腰の膨らみと、丹念に味わうように指先を滑らせた。  
「あ、あぁ……こ、こそばい……」  
私は身をよじり、か細い声でそう言った。  
本当にこそばゆい訳ではなかった。守の指先は、一種異様なちからを帯びていた。  
自分で触るのとはまるで違う、強い快感を、私の肌に伝えずにはいられなかった。  
指というより、淫らな触手のようなのだ。一本一本が独立した意思を持ち、私の肉体を、快楽地獄に突き堕とす――。  
 
「くすぐったい?……じゃあ、これは?」  
何を思ったのか、守は私の腰を捕まえて頭をさげ、脇腹から乳房の横の辺りまでを、一息に舐めあげた。  
「あああぁっ」  
ぬろん、と濡れた快感が、肌の特に柔らかい、敏感な部分を、容赦なく駆け抜けた。  
腰が跳ねる。勝手にひくつく。  
躰の――膣の、深い部分が、軽い収縮運動を起こしているのを感じた。  
脇腹を舐められただけで、私は軽い絶頂を迎えてしまっていた。  
 
「郁子……?」  
頼りなく、だからこそなかなか引いて行かない快感の余韻に瞼を落とす私の耳に、守のかすれた声が届いた。  
気だるい気分で眼を開ければ、守は真剣そのものの表情で、私の――半開きになっている膝の奥、  
快感の只中を漂っている女の部分を、じっと見つめているのだった。  
「へ? あ……あぁっ!」  
快感よりも恥ずかしさが先に立ち、私はそそくさと両手を股間に差し入れ、股間を隠した。  
手で触れた私の裂け目は、とんでもなく大量の体液に濡れそぼっている。  
嫌だ、こんな風になってるのも、ばれちゃったのかな……?  
どきどきしながら股間を押さえる私の腰に腕を伸ばした守は、私の腰を上に向かせてから、性器を隠す私の両手を、静かに外してしまった。  
 
「あぁ……」  
完全に、見られた。  
隠したくても、両腕共に躰の脇に押さえつけられてしまい、どうにもならなかった。  
私の、直接触れられた訳でもないのにあっけなく達してしまい、恥ずかしい汁を垂れ流してべとべとになっている女の部分が、  
守の視界をいっぱいに満たしているのが感じられた。  
「郁……」  
守は、私のじゅくじゅくと濡れて充血しきった性器を前にして、今まで聞いたこともない低い声を漏らし、獣のような唸り声をあげた。  
彼の内部で膨れあがる欲望の昂ぶりが、痛いくらいに私の膣の奥を――子宮を、苛んだ。  
――ああ……また、いくっ……。  
狂暴なまでの守の欲情の思念と、容赦のない鋭い視線によって、またしても私は、達してしまった。  
ああ、本当にもう……私の入口、快感の痙攣を起こして独りでにぱくぱく、閉じたり開いたりを繰り返してる……。  
ぬるぬるがお尻の穴にまで伝わって……お尻の穴も、一緒にもごもご蠢いちゃって……。  
 
その時、突然守の意識内で桃色の閃光が破裂したかと思うと、守の顔が私の太腿にすっぽりと埋まっていた。  
守は私の濡れた股間に口を押し当てて、私の、その、大事な部分を、舐めようとしていた。  
「あっやだ……駄目っ! だめぇ……」  
快感というよりは、得体の知れない衝撃に襲われて、私は叫んだ。  
守の唇が、舌が、私のこんなにいやらしい、汚れた部分を、なんの躊躇もなく舐め廻している……私は硬く眼を閉じた。  
 
守にこんな風にされること――自分で慰める時に、私はそんな妄想をしてみたこともあった。  
クリトリスを撫であげながら……指とかでなく、柔らかい舌でここを刺激されたら、どんな感じがするのだろうって。  
しかもそれが、守の舌だったら……。  
そんなことを考えると、私はいつも、呆気なくいってしまうのが常だった。  
逆に言うと、時間がなくて早く済ませてしまいたい時には、その妄想をするのがいっとう手っ取り早かった。  
だってほんとに、それだけで、ものの数秒でいけた時もあったぐらいだから。  
 
それほどまでに私を興奮させ続け、密かな憧れですらあったこの行為を実際にされての感想は――  
なんだかもう、興奮の度合いが強過ぎてよく判らなかった。  
確かに、快感は途方もないものだった。  
守の舌が膣の入口に触れたとたん、私の内腿はびくびくと痙攣し、膣の奥から、子宮がせり出してしまいそうな強いわななきも起こっていた。  
多分、いったのだと思う。  
けれどもそれは、余りにも突飛なことだった。躰はしっかりと快感を覚えたのだけど、それに脳がついていけてない感じなのだ。  
 
(ああ、なんかすげえ……)  
一方、私のものを舐めている守は、私の性器の柔らかくぬめった感触や、  
その、淫らな味や匂いにまで耽溺し、自らの興奮の度合いを高めている様子だった。  
膣周りの粘膜を舐め廻す舌の蠢きもいっそう激しく、私の蜜を湧き立たせることで、私の感覚を支配している優越感にも浸っている様子が伺えた。  
なんだか……ずるい。  
私は舐められている部分に全力で意識を集中させた。  
そもそもこんな風に、自分の状況を客観的に把握しようとしているのがきっといけないんだ。  
何もかも忘れて、守のことと、守にされていることだけを、心に浮かべてさえいれば……。  
 
「やっ、はっ、あ……はあぅっ……く」  
気持ちの焦りとは裏腹に、勝手に煮え立っている私の躰は激しくうねり、喉からは、堪えきれない声が漏れ出ていた。  
舐められている部分からは汁が噴き出し、全身は汗に濡れ、その湿り気が、月下奇人の花の匂いをいっそう強くしているようだ。  
そしてまた、じわんと膣口がふやけたような浮遊感が起こり、私の躰が、堪らない快感のるつぼに引き込まれようとしている。  
ああ、いく……また、また……。  
その時、守の鼻先が、ずっと置き去りにされていたクリトリスの先っちょを、軽く押した。  
 
「あ……ふう……んっ」  
鋭い快感が、脳天にまで突き抜けた。  
ああっ……これ……これが、欲しかったのおぉ……。  
悦びの声は、言葉にならずに、動物的な呻き声となって私の唇から出て行った。ああ……やっぱり、クリトリス、凄い……。  
私がクリトリスから得た快感の凄さに気がついたのか、守は一転してクリトリスを責め出した。  
ぴょこんと硬く勃起して飛び出した突起を唇で覆い、強い力で吸い立てたのだ。  
「あ、あ、あ!」  
 
クリトリスから、今までの人生で一度だって感じたことのない、物凄い快感が襲ってきた。  
守の唇に、吸われるなんて……  
撫でるのでも、押し潰すのでも、突付くのでもない、  
全く未知のその感覚と共に、私の根元からは大きな快感が掘り起こされ、私の意識ごと、守の唇によって吸い尽くされてしまいそうだった。  
あああ……いく……いく……気持ちいいのが、止まらないよおぉ……。  
 
あり得ないくらいの快感の奔流の中で、感極まった私は、守の頭を太腿で挟んで、締めあげていたようだった。  
私のクリトリスを吸い続けていた守は、息がつまって苦しくなったのか、  
物凄い力で私の太腿を押し退けたかと思うと、赤黒く染まった汗びっしょりの顔をあげた。  
「ぶはぁっ!」  
 
「あ……ごめ……苦しかっ、た……?」  
潜水でもしてきたみたいな守を見あげ、一応私は声をかけた。まだクリトリスがじんじんと疼いていた。  
「平気」  
守はしゃがれた声でそう言うと、私の唇にキスをした。守の舌は、しょっぱいような、生臭いような、なんとも言えない味がした。  
「うえ……変な味がする……」  
「郁子の味だよ」  
唇をてからせて、守は笑った。何そのキモい言い廻し。私もつい、つられて笑ってしまった。  
 
【つづく】  
 
 

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