「大木くん」
その日、机に伏していた俺に声をかけたのは、珍しく女子だった。
「?」
見ると、委員長だ。クラスの人気者。
「昼休みに、教室下の中庭に行ってくれない?」
「は?」
そう返すと、う、と明らかに苦手意識全開の顔をする。
普段は周りの女子らと集団作っていて、数で圧迫するんだけどな。
こっちが無愛想で人見知りなもんだから。
「ちゃんと、伝えたからね」
で、そそくさとどっか行ってしまった。
中庭ね。ツラ貸せやしばくど、ってことじゃないだろうけど。
どうでも良いか、なんて気持ちで授業に集中してると、すぐに忘れた。
昼休みに入って弁当を食べ、そして仲の良い暇人を誘って、将棋を打つ。
途中までパチパチやっていたら、周りが妙にざわついている。
どうすんのとか、私嫌だよとか、不穏な言葉が聞こえてくる。
ま、俺には関係ない話だろうから、こっちのチャンスに集中する。
「よし、角取った」
「ちぇー、マジかよ」
戦況は有利だ。ここは一気に攻め立てたい。
「ちょっとさあ」
横から声がかかったので、何だと振り向くと、女子連。
俺は暇人と顔を見合わせた。
「大木くん、栗府さんの言ったこと忘れてない?」
栗府とは委員長の名字だ。委員長?
そこまできて思い出した。ああそんなこと言ってたなと。
「何か用?」
「いいから、中庭行ってよ」
委員長とこいつらはグルか。まともな用じゃなさそうだ。
中庭なんてこの時期寒くてけったいな場所に、無理矢理行けってさ。
「嫌だよ」
こいつら元々、俺のこと軽蔑してるしな。誰が聞くか。
思った通り、険悪な空気になる。
「最悪」
あーあ言いやがった。もう慣れてるけどな。
願わくば、年度末のクラス替えで鉢合わせないよう祈るよ。
「何なの偉そうに」
「せっかく頼んでんのにさー」
人数いても悪口しか生産出来ないのな。日頃の行いがなってねーんだよ。
それから女子が話しかけてくることはなかった。
昼休みはそのまま終わり、午後の授業、掃除、放課。
旅行の土産か何か知らないけど、女子がクラス全員にチョコレートを配ってた。
俺に渡す時嫌そうな顔をしたので、気を利かせて「いらない」と断る。
すると晒し者になる余裕もなく、さっさと次に行ってしまった。
だるい。
男子として間違ってるかもしれない。
姉がいるから知ってるけど、女子は信じられないほど細かいことを、くどいくらいに根に持つ。
某血液型占いのA型みたく、一旦失望したら無関心対象になるのもあれだけど、なんだ。
自分を改めて謝って、機嫌直してやらなきゃ修復出来ないんだよな。
そう考えると、腹立ってくる。
「照吾」
放課後教室に残って課題をやっていたら、今度は男子だ。
「また女子怒らせたのか? 大概にしとけって」
言われてしまった。
こいつの場合素がヤンチャで、悪気はないんだろうけど。
「馬鹿にされたままよりはマシだろ」
「良いけどさ、行ってやれよ中庭」
まだ言ってんのか。それもクラス全体で寄って集って何をしようってんだ。
「イジメかよ」
「お前そうやって受け取んのやめろよ。今日が何の日か知ってるだろ?」
「平日の月曜」
「あのな、バレンタインデーだよ」
知ってるよ。だから何? 俺には縁の無い話だけど。
「俺からも頼むからさ。まだ間に合う、今から中庭で少しだけ待ってやってくれ」
「だから、誰が何の用で中庭に呼び出すんだよ」
「お前を驚かせたいから、それは内緒だな」
どういうノリかは分かった。ピエロになれってか。
俺は了解して、教室内を無視して中庭に下りて来た。
今度は一方的でなくちゃんと頼まれたので、断らなかった。
こうもしつこいと何をされるんだか興味湧いてしまうしな。
心の覚悟をして、その場に立つ。
見上げると二階の教室から、野次馬が顔を出している。
まさか間違ってもバケツとか投げ落とされたりはしないだろう。
そうなったら笑い事じゃ済まさないだけだ。
「?」
人気のないここに、誰か来たな。
身長の低い女子。髪が長くて、見覚えのある奴。
同じクラスだな。名字は小砂川だっけ、無口で自己主張をしない、影の薄い子だ。
時々喋ってもいつも声が小さくて、短いことしか言わないのに聞き取り辛い。
外見は人形のように白くて可愛いが、何か電波っぽいところがある。
彼女はふらふらと不審な動きをしながら、俺の方に近づいてきた。
あまり関わりたくないけど、どうしようか。
と、観察していたら目が合った。
彼女はしばらくじっとこちらを睨むように見ていた。
そして次の瞬間、口を開いて何をするかと思えば、
「くしゅっ!」
人に向かってくしゃみをした。
「おい」
「謝る」
夕方の風にかき消されそうなくらい小さな声だ。
そして手にぶら下げていたエコバッグから、何か取り出す。
大きめの弁当箱くらいの箱、プレゼント包装されている。
「手、出して」
いらないとは、さすがに言い難い。てか、早く用件済ませろ寒い。
「はい」
片手を差し出すと、彼女は少しだけ間を置いて、
「!?」
目にも留まらぬ速さで俺の手に箱を乗せ、と言うより放ってすかさず後ずさる。
まるでチキンレースだ。思わず驚いた。
で、彼女は相変わらず上目遣いの睨んだような目の及び腰で、俺を見る。
あ、振り返った。一目散に駆け出した。そしてこけた。
それでも立ち上がって砂を払い落とすと、一瞬顔をこっちに向けて、また走って。
結局、挙動不審全開で逃げて行ってしまった。
呆れて教室に帰って来ると、思った通りの空気に迎えられた。
「よっ! 公開プレゼントなんて、憎いねえ」
こっちは別に楽しくない。良いピエロ扱いされてるんだからな。
「開けてみなよー、モテモテの大木くん?」
女子が嫌味にからかう。
こんなの渡す為だけに、クラス巻き込んだのか? 勘弁してくれよ。
気持ちとしては嬉しくなくもないけど、それ以上に腑に落ちない感じ。
でも性悪みたいに、「こんなのいらねー」なんて言動すると総叩きだな。
「小砂川さんは?」
「さあ? それよりもほら、開けちゃいなよ」
委員長や他の女子、男子にも一斉に注目される。
悪い気分じゃなかったし、それにあんな態度だったんだから、どうせ大した物じゃないだろう。
席に座って机の真ん中に箱を置く。
何気なくじっと見つめる。そして、恐る恐るリボンを解く。
「おおっ!」
箱を空けたら、大きなハート型のチョコレートが出てきた。
そして、隣に手紙。
何だ? と思ったら女子に横取りされた。
「えー、何々? ”大木照吾くん あなたのことが ずっと好きでした”」
『うわー!』
「”私の気持ちを このチョコレートに託します 良かったら 付き合ってください”」
目の前で読み上げられて、周囲の盛り上がりは絶頂。
囃し立てられてるのが煩わしいどころでなく、俺は動揺してしまって、言葉が出なかった。
冗談か? 冗談なんだよな? 皆して、俺を騙そうと。
「良かったねーおめでとー」
「あ、小砂川さん帰って来た!」
彼女が目の前に連れて来られる。
「ほーら大木くん?」
「お前の返事を待ってんだぜ?」
その小砂川さんは、無言で俺を、やっぱり少し睨むような目。
周囲は半径2mくらいの距離を置いて、俺と彼女の様子を黙って見守る。
「あ」
何て言えば良いのか。こういうのは苦手だ。
「そ、その、ありがとうな。渡された時は、驚いたけど」
『手紙の返事ー』
外野が小声でフォローしてくる。うるさい、分かってる。
「何か、突然で俺、どうしたら良いか分かんなくて、でも、手紙のことは、素直に嬉しい」
彼女が表情を変えず、俺を見ている。
「だから後で、また二人で、」
「待って」
と、そこで彼女の口が開いた。
「え?」
「一体、何の話?」
その瞬間、ハッとなった。
面と向かったまま思考が止まって、そしてすぐに動き出した。
「それ、チョコ?」
すぐに把握した。性質の悪い悪戯だった。
周りはドッキリが成立したかのような雰囲気に変わり、
「ごめんねー大木くん」
勝ち誇ったような女子の声が聞こえる。
顔が熱くて、心臓がかなりバクバク言ってる。
「わりぃ照吾、お前をちょっとからかってみようって話だったんだ」
「え?」
やっぱりお前や男子も結託してたのか。
「くすくす」
「ばーか」
そして波が引くように皆、席に戻って行く。
「あー傑作。見た? あの真面目な顔」
「あいつ良い気味よね」
ああ、そうか。
そんなに俺は嫌われていたのか。
分かってて、慣れてたはずなのに、こんな貶め方されるの、痛いわ。
何か重くて焼けついて、気持ちが悪くなる。
洒落にならない。どうにかなってしまう前に、一人になりたい。
俺は鞄を取ると、逃げ出した。
教室から、学校から少しでも離れたい一心で、走った。
誰か何か言っていたかもしれないけど、そんなのは全く聞こえなかった。
俺は普段乗る場所よりも三つ先のバス停にいた。
やっと落ち着いてきたが、単純に馬鹿を晒してしまった自己嫌悪が治まらない。
そういうことするのね、真面目に。何故か考えてもみなかった。
告白なんてされたことないし、チョコレートもまともに貰ったことがないからか。
あー、惨めったらしいったらないわ。
意外でも何でもない、悪戯でこれ渡して来いって頼まれただけだったんだな。
それを喜んで、少しでも信じてしまった自分はなんて阿呆だ。
明日は俺、どんな顔してりゃ良いんだ?
「ん?」
座っている俺の目の前に停まったバスが、今走り出したところだった。
乗れば良かったか。でも、萎えた。
非常にやる気をなくした。
そのまま家に帰って着替えてから、こたつに横になる。
両親は共働きで夜遅い。一人でぼーっと、何も考えずに天井を見てる。
何も考えたくない。現実逃避したい。
と、そこに電話がかかってきた。
「はぁ」
出たくないので出ない。親しい奴は携帯からかけてくるし。
しかし、何度も鳴る。
「もしもし?」
電話を取ると、少し間が開いた。
こんな時に悪戯電話かと、切ろうかと思ったら声がした。
「大木、くん?」
「どちら様ですか」
「小砂川、茜」
切った。
あんたは悪くないかもしれないけど、聞きたくない。
これ以上頭に血が上らないように、深呼吸をする。
もう一度深呼吸。
腹減った。そうだ、何か食べよう。
スパゲティを茹で、レトルトのソースに絡めてちょうど食べ終えた頃。
小一時間前と同じように、また長い電話がかかってきた。
埒が明きそうもないので、取る。
「はいもしもし」
「お願い、切らないで」
「悪いけど、今は誰とも話したくない」
「どうして?」
どうして? か。気楽なもんだ。
ついまた静まっていたものが蒸し返す。
「あんたのせいだ」
「違う」
「何が違うんだよ。おかげで俺は良い笑い者だよ」
「違う。悪いのは、大木くん」
「!」
「でも、落ち着いて」
捌け口が見つからないのを見透かされて、言葉が詰まった。
俺が一番悪いってことはもう既によく分かってる。わざわざ言われたくもない。
「そんなこと指摘する為にわざわざ電話して、さぞ満足だろうな、え?」
「落ち着いて」
「落ち着きたいから、誰とも話したくないんだよ、あんたとなんかさ!」
「八つ当たり、しないで」
責められたくなかったら、放っといてくれりゃ良いんだ。
それからしばらく、無言になった。
確かに俺がしているのは、八つ当たりだ。
「ごめん、悪かった。でも、そういうことだから、もう良いだろ?」
「”だから後で、また二人で”」
「は?」
「続きは、何?」
「何のこと?」
「大木くん、言いかけた」
ああ、俺があの時言おうとしたことか。
「別に。周りがウザいから、場所を変えてお礼を言いたかっただけ」
「そう」
「けど、あんたが好意でくれたんでも何でもない。恥かいた」
「じゃ、今から、会って」
突然話が訳の分からない方向に転がる。
「何言ってんだ? 第一、何の用の電話?」
「住所、教える」
「教えてどうするんだ。てか人の話を聞けよ」
「今から、会って」
こいつやっぱり苦手だ。
小砂川茜の家は隣町にあった。
暗くなった道を自転車で20分、着いた場所はマンション。
訳も分からないまま、また俺は流されてる。
具体的な理由も言わずに、ただ今から会えって、どういうことだ。
それもどこかで待ち合わせるとかでなく、一方的に家まで来させるって酷いだろ。
とりあえず、共用玄関で教えられた部屋番号を押して、インターホンに呼び出す。
「はい」
男の声がした。これは何か気まずい。
「こんばんは。あの、小砂川さんは、こちらですか?」
「そうですが」
「茜さんのクラスメートの、大木といいます」
「少し、お待ちください」
そして少しして、声が替わった。
「どうぞ」
彼女からはそれだけ告げられ、目の前のオートロックが開く。
こんなに不満だらけなのに、何故ここに来てしまったのか。
まだ何か良いことがあるかもしれないと、そう思うから?
9階の左端の部屋。
ピンポンと鳴らすと、また短く返事がして、ドアが開いた。
目の前に立っていた彼女は上下体操服姿で、髪を後に束ねている。
「こんばんは」
「入って」
そう言うと、先に奥に行ってしまう。
「お邪魔します」
靴を脱いで、上がる。芳香剤の花の匂いがする。
居間を通り越して、自室に案内される。小奇麗で、あまり物のない部屋だ。
「さっきの人は?」
「近所の、おじいさん」
近所のおじいさんが何でこの時間帯にいるんだ。
「すぐ、帰った」
なるほど。さっき見た感じ、この家には彼女以外誰もいないようだし。
「で、何の用なんだ」
「煮物、食べる?」
「煮物?」
「おじいさんが、持って来た」
ああ、お裾分けね。いいよいらないよ。
「そんなことで呼んだんじゃないんだろ?」
そう訊いたら、黙ってしまった。
彼女は俺の、顔色を伺っている感じがした。
相変わらず睨むような、注視するような目で。
「わざわざ、あんなことがあった俺にちょっかい出す理由があるんだよな」
「そう、学校のこと」
「それが?」
「知らなかったから、同情する」
電話で言えることだろそれは。
「黙って渡して来いって言われただけなんだろ?」
「そう。でも、同情する」
「同情同情って、余計なお世話だよ。どうせあんたも内心じゃ俺のこと」
「自棄に、ならないで」
そう言うなり恐る恐る、俺の手の甲に、指先を。
「触んな」
すると、パッと手を引っ込める。
同じじゃないか。女子は皆、俺に直接触るの恐がってる。
「私も、一緒に」
「は?」
「私も一緒に、馬鹿にされた、気分」
手の甲が一瞬冷やりと、そして、温かくなった。
「昔、好きな人がいた」
俺の手に手を被せたまま、彼女は言った。
「チョコ、渡した」
「何の話だよ」
「目の前で、捨てられた」
俯いたまま、続ける。
トラウマなんだろうか。渡したチョコを捨てられるって。
「物を貰ったら、お礼くらい言うべき」
と思ったら、割とあっさりしてるのか?
「大木くんは、優しい」
「そりゃどうも。けどあれは」
「そう。だから、もう一度」
何がもう一度なのかと思ったら、彼女はポケットから何か取り出した。
市販の一口チョコだ。それを、俺にくれる。
「これしか、なかった」
これは彼女なりに俺を、慰めようとしているのだろうか。
子どもじゃあるまいし、こんなこと。
「ああ、ありがとうな」
「あの手紙、見た」
「出鱈目書いてたんだな。あんたがまるで俺にくれたみたいに」
「私とは、書いてなかった」
じゃあ渡したのが、あんただっただけか。
「もう良いよ。ややこしく考えたくもない」
「提案、ある」
次から次に、今度は一体?
「本当に、付き合うことに、すれば良い」
本当に付き合う、ね。
つまりあいつらの鼻を明かしてやろうってか。
「ちょっと待て」
平然とした顔してるが、それってどういうことか、分かってんのか?
「私は、嫌い?」
突然そんな話をするなよ。
って言いたくなったけど、真剣な顔してこっち見るもんだから、返せない。
「んー」
彼女は黙って俺を見つめてくる。
「いや、いいよ。そんなことしなくたって、俺は別に平気」
「違う、傷ついてる」
何か、何かこの感じ、嫌だ。
不愉快とまでは言わないけど、凄く苦手。
そう、家に呼び出される時点で、既におかしいんだ。
どうしてこんなことをしてくるのか、理解出来ない。
「もう放っとけよ。その通り、俺はこういう性格なんだ。俺が全部悪い」
考えた末に、こんな馬鹿なことを言ってしまった。
こんなお互いよく知りもしない相手なんかに、打ち明けることでも何でもない。
じゃあ俺は、誰にモヤモヤをぶつければ良いんだろうか。
家族か? いや、そんなもの自分で何とかするのが当然だ。
誰かに頼ろうなんて考えが甘い。
「疲れた。帰っても良いか?」
「そう、帰るの」
息をするくらい小さな声。
「帰るの」
独り言みたいに呟いて、そのまま動かない。
了解したのか、そうじゃないんだか。
「小砂川さん」
何も言わない。
「俺が今、あんたに対して思ってることって、自意識過剰だと思うか?」
訳の分からないことを訊いてる。
答えないし、視線も床を向いたまま合わせてくれない。
「はあ、そうか。じゃあな」
もう良いや。こいつと話してると、疲れる。
立ち上がって、足早に立ち去ろうと歩き出して、
「違う」
彼女は一言、そんなことを言った。
「大木くんを、理解したい」
もういいって。
「止めとけよ。何になるんだそれが」
「私のこと、嫌いなら、いい」
「嫌いだからさっきからずっと、素っ気ない態度して避けてるって言うんだな。そりゃ面白い、よく考えついた」
「違う!」
「うるせえ! じゃあ何で俺なんだ。今日までロクに話したこともないのに、そんなんで好きも嫌いもあるかよ」
「私と、似てるから」
また何を言い出すかと思えば。
「親近感、持ってた、ずっと」
「はっ」
「仲良く、なれたら良いって」
傷の舐め合いなんて真っ平だ。俺はそんな最低の見栄っ張りだ。
そして、自分をこんなに、傷つけているなんて。
「はあ」
同時に溜息が出た。
「悪い。あんたのこと、よく分かってやれなくて」
「私は、信用する」
「良いのかよ? 俺なんかに自分を投影させてさ」
「大木くんを、好きになりたい」
一瞬取り乱したのが嘘のように平静で、けど真剣な小砂川茜。
「そうすれば、自分も少しは、好きになれる」
似てるようで、俺とは全然違うよ。
あんたは単純で正直だ。人の困惑も顧みないくらいに。
「じゃ、そういうことで付き合えば良いのかよ?」
「嫌いなら、いい」
「別に嫌いじゃないよ」
「そう」
彼女が立ち上がって、俺に近づく。
「何だよ」
遠慮の域を超えたところまで接してきて、遂に体が、密着した。
2〜30センチくらいの差はありそうな身長。胸元に掌を当てて、頬を寄せてくる。
「付き合う」
仕方なく、腕を背中に回してハグする。
見た目と違わない、小さくて細い体。
服をぎゅっと捕まれて、何か緊張する。
「良い、匂い」
「んなことない」
俺の方こそ、あんたの良い匂いがする。
こんなのって初めてだ。どうしたら良いか分からない。
「おい」
彼女が俺の顔を、見上げてくる。
「今日は、このくらいで良いだろ?」
そう言うと、理解したのかふっと体が離れる。
付き合うってこういうことなのか。
感触が残って、未だに落ち着けずにいる。
「俺、帰るな」
「もう少し、いて」
ここで強気に出られるととても困る。
俺、口が開きっ放しだ。格好悪い。
間が悪いから、視線を外して、他のことを考える。
そうだついでだ。貰ったチョコでも食べてみるかと、入れたポケットを探る。
「ん?」
視界の端で彼女は、体をごそごそしたかと思ったら、トレシャツの下から何かを抜いた。
今ここで外すもんじゃないだろそれ。
「着替えるならそう言えよ。部屋出っから」
「見てて、良い」
そう言うなり、今度はトレパンを、目の前で脱いだ。
あまりに平然とやってのけたので、こっちもまともに見ていてしまった。
「って、見てて良いって何だよ」
「こっち、来て」
裸ジャージみたいな格好で、彼女は俺に呼びかける。
よく考えなくても、分かりやすいくらいに態度に出てる。
これは誘ってる以外の何物でもない。
こいつが? それも付き合うなんてその場の勢い的な話から、いきなりか?
「ちょっと待て。少し冷静になれ」
「私は、冷静」
「そんな格好になってどこがだ」
まるで俺の方が変であるかのように、見つめてくる。
相変わらずの睨み目だけど、段々と愛着を感じ始めてる。
「良いのかよ?」
本当に良いんだな、なんて女子に訊くことになるなんて。
彼女の素足、綺麗だ。学校では誰にもそんなこと感じないのに、触ってみたい。
俺は惹き寄せられて、向かい合う。
「嫌なこと、忘れて」
そして、抱き締めた。
自分の中が、熱くなっていくのを感じる。
体が段々と本能寄りに正直になりそうで、でも放すことが出来ない。
腕を緩めると、彼女の手が俺の頬に届けられた。
顔を上げて、指が優しく、促す。
そのまま段々と距離が近づいて、彼女が薄く目を閉じていく。
俺は抵抗も何もせず、ただ従うように目を閉じて、そして、
「ん」
鼻が交差して、唇に触れた。
まともな記憶の内では、初めてのキスだ。
心臓がドキドキ言ってる。少し前までは馬鹿らしいと思ってたことに。
息継ぎに、顔を離す。
「っ」
最初がこんなで良かったのか、見つめ合いながら不安になる。
もう一度確かめたい。そう思ったら今度は俺が、自分からキスをしていた。
それから探るように、繰り返す。
体格差がもどかしい。それは彼女からも何となく感じる。
「こっち」
彼女は密着したまま、俺を誘導する。
そして自分のベッドに腰掛けて、俺も隣に座らせて、またキスをねだる。
この勢いで、どういうことになるかは予想出来た。
「ん、ふ」
舌が絡んでいる。複雑な味や感触を記憶するより、ただ欲しい。
と、途中で彼女が抜いた。そして、俺の体を探った。
完全にそんな気分になってしまったのか、触られるだけでおかしい。
「ちょ、何?」
「チョコで、甘く、して」
まだ食べてなかったな、そういや。
貰ったばかりのそれをポケットから取り出して、包装を開く。
何か少し溶けかけてら。でも口に放り込む。
「美味い」
「私も、欲しい」
そう言うと、やや強引にキスされて、舌を挿し込まれた。
すぐに甘さが伝染して、舌はチョコのような味に変わる。
それでも溶けきるまで、遊ぶように口の中で取り合う。
「ぷは」
凄いことをしてる。でも、目を覚ましたくない夢心地だ。
俺は彼女の、胸元を触る。
「あっ」
息のような声と、体の反応が返ってきた。
素肌の上の、冬用のトレシャツ。大きくはないけど、膨らみが分かる。
擦れるんじゃないか。この辺か?
「んっ」
彼女の顔は段々赤く、感情が露になっていく。
それでも出来る限り、堪えようとしている風なのが、可愛い。
背を向けてもらい、裾を捲し上げて、今度はへそから上に、直でなぞる。
胸部の山なりを通って、突端の乳首が指に当たる。
「脱がすぞ」
黙ってるけど、こっちも宣言しただけで止めるつもりはない。
トレシャツを裏返しにして脱がせたら、掌で胸を掴む。
「小さい」
俺が言わないことを自分で言うのか。
「関係ねーよ」
揉み応えがある。柔らかいのが詰まってる、って分かる。
そんな風にしながら指で乳首を捏ね回すと、つん、となってくる。
「待って」
もう呼吸が荒い。
「座ってるの、きつい」
向き合って、彼女が髪を解いた瞬間を、俺は見惚れてしまった。
暗い茶色が肩まで覆って、最初は人形のようだと思ったけど、もっと生気に溢れている。
近くで見ていてそれがよく分かった。
俺も上半身裸になって、彼女を仰向けに寝かせた。
そして隣から膝を突いて乗りかかるようにして、顔を覗いた。
「続き、お願い」
「おう」
自分の影が映る、彼女の体。
唇から始めて、頬、耳、首に沿って、キスをしていく。
鎖骨、肩、そして、胸。
乳首を舌で転がすように舐めて、今度は吸いつく。
彼女の手が、俺の背中を押さえる。軽く噛むと、少し力が入る。
「くっ」
小さな体で、感じているんだな。
下半身はどうだろうか。しながら、片手で探る。
足の付け根の真ん中。柔らかい場所に、触れる。
「あぁ」
薄ら湿った感じに興奮して、下着越しに指を擦らせる。
かなり気持ちが良いのか、乱れる彼女。
胸を解放して表情を確かめたら、凄いエロい。
下着の隙間をずらして、割れ目をなぞる。
濡れていて、毛は生えていないのが指触りで分かった。
中に指先、引っ掛けるようにして弄る。
「ふ、あっ」
適当な知識だけが頼りだけど、今は迷わない。
勢いでイカせてやりたい。激しくすると、更に滑り出す。
悶えてぎゅっと、締めつけてくる。
「いっ!」
彼女は可愛い声で、果てた。
凄え、目の前で女の子が、イった。
半開きの口から荒い呼吸、涙ぐんだ顔はだらしなく見える。
下はもうベタベタに濡れて、俺の指がまだ熱い。
普段からは想像もつかないような光景が、新鮮で残酷だった。
濡れた下着を脱がすのに、彼女はされるがままになった。
上から、裸を見下ろした。やっぱり綺麗だ、見とれるくらい。
「大木くんも、気持ち良く、なって」
ああ、さっきからずっと、今までにないくらいに股間が張り詰めて苦しい。
全部脱いじまって、上から体を重ねる。
耳元に顔を埋めて、訊く。
「生で、良いのか?」
すると彼女は少し震えて、
「優しく、して」
と言って、俺の腕に腕を絡めた。
ゴムなしだ。何かあったら重大責任だ。
「分かった」
でも、あんただけには、俺は素直になりたい。
ありのままを、見せたい。
曲げた膝に触れて、横に開く。
滑りに覆われた場所は、まだ敏感な状態のはずだ。
モノを手に取って、割れ目と突起の辺りで、何度か扱く。
「硬、い」
これすら気持ち良すぎて、先がじっとり濡れてきた。
もう焦らすのも止め。先端を、滑らないように慎重に押し当てる。
「行くぞ」
結構小さいけど、ちゃんと入るのか?
彼女の体を押さえて、指すらきついと感じた中に挿し込む。
「い、たっ!」
「大丈夫か? 力、抜いて」
初めてを俺なんかに、くれるんだな。
「はー、ふー」
きつそうだ。上手く緩ませないと、無理か。
体を折り曲げて呼吸を読んで、もっと中へ。モノが膣に、包まれていく。
「ぐっ」
「う、うっ!」
強引かもしれないけど、やっと奥、か?
貫通した。俺のが、彼女を拓いた。
「痛かったよな」
涙で濡れた彼女の顔。でも首を横に振った。
「なら、動くぞ」
自分が、女の子の体を突いてる。
信じられないくらい気持ちが良くて、それしか考えていられない。
夢中で何度も腰を入れて、小さな膣の中で摩擦する度、熱く溶ける。
その弾力で俺のを全部、持っていこうと締めつける。
「はっ、うっ!」
切ない呼吸に表情は崩れに崩れて、でも俺の顔をじっと見ながら、感じている彼女。
やばい。無茶苦茶に抱き締めて、キスしたい。
そう思ったらもう、反射的に実行に移していた。
「んんっ! ん、ふっ」
自分が馬鹿に思えるくらい、激しい。
多分俺も、凄い情けない顔になってるんだろうな。
でもあんたに受け入れてほしいって、求めてる。
そしてあんたは、俺のことを抱き締め返してくる。
「ぷはっ」
上も下も、どっちの口もベタベタだ。でも、今はそれが快楽。
「最後、一気に、行くぞ」
がちがちに硬くて、我慢が今にも暴発しそうな俺のモノ。
今まで以上に速く何度も出し入れすると、遂に、
「やば、もう、出るっ!」
背中に回された手に、ぎゅっと力が入った。
俺も痛いくらい彼女を抱き締めたと思う。
出したことのない場所で初めて、限界が、来た。
「うっ!」
「ああぁっ!」
声。
来た。
出てる。射精してる。女の子の、胎内に。
とんでもない量が、一気に流れ込むのを感じた。
モノが波打って、小刻みに何度も射て放つ。歯止めが利かない。
「止ま、らね」
「満ち、てくっ」
中で一緒の液に塗れて、熱く染まっていく。
こいつの中、温かい。
「はー、はー」
まだ何か、体がジンジンしてら。
モノを抜いたら、栓をしてたみたいに精液が溢れ出てきた。
俺、こんなに出しちまったんだ。
「小砂川さん」
「大木、くん」
こんなに一方的に汚しても、あんたの表情は優しく見える。
俺がまだ、夢心地の馬鹿でいる内に、もう一度キスさせてくれ。
そう念じて、俯瞰から彼女の顔へ。
お互いにまた目を閉じて、唇の感触を、繋ぐ。
30秒、いや1分くらいか。
ずっとそうしていた。そうしていたかった。
「っ、はあ」
やっと離す。
目の辺りがムズムズする。視界が滲んでる。
「泣いてる、の?」
「まさか」
でも彼女の手が、俺の目に近づいてくる。
「っ」
下睫毛に、触れた。
小さくて繊細な指先に、潤ったような感触が当たって、気づいた。
「泣いてる」
俺は彼女に頼んで、それからもう少しだけ、抱かせてもらった。
長い髪と柔らかい肌の温もり、匂い、そして呼吸。
身近にあると何だか、安心する。
情けない。
弱い自分が情けなくて、男泣きだとよ。
「ありがとうな」
そしたら、横向いて俺を見つめていた彼女は、首元に顔を寄せて、
「痛かった」
と、少しだけ拗ねた風に言った。
でも、どこか甘えたいようにも感じる態度が、可愛い。
「さっきは痛かったか、って訊いたら強がっただろ」
「痛かった」
そうかそうか、と頭を撫でてやる。
「だから、付き合って」
体の関係が出来たから付き合えって、順序おかしいだろ。
でも良い。あんたなら。
「付き合うよ。今日のこと、凄い感謝してるし」
シャワーを借りた後は、当然事後処理を手伝わされた。
親が帰って来でもしないのかと心配していたけど、無意味だった。
ここには何でも、彼女一人で住んでいるらしい。
改めて、普通じゃない奴だなと思う。
片付けが済んで、気がついたらもう夜遅い。
こっちの親は心配してるだろうから、とりあえずメールを送った。
「そろそろ帰んないとまずい」
「帰るの」
「まだ引き止めるのかよ」
「違う」
彼女が畏まって、俺を見る。
「私から、お願い」
何だろう。とんでもないこと頼まれるんじゃ。
「明日、手、繋いで」
少しだけ赤面しながらの主張だった。
「クラスの皆の、前でか」
「皆の、前で」
なるほど。
「面白そうだな。やろうぜ」
次の日の朝。
「悪ぃ、昨日はマジやり過ぎた」
「本当ごめん」
男子からはこういう反応だった。
「気にすんなよ」
一方女子も、いつものように俺を避けてはいたが、昨日あれであまり後味は良くなかったんだろう。
男子の話だとあの後、俺を庇う奴とかもいて揉めてたようだ。
で、下手な噂広めて貶められることもなく、無事に無かったことになっている。
大丈夫、別にあんたらに何も期待しないよ。
「あ」
そんな時、小砂川茜が教室に入って来た。
すぐに目が合って、彼女は俺を視認する。
すると何気なく自分の机に荷物を置いて、まっすぐ俺の所へ。
周囲は気まずそうに黙りつつも、こっちに注目する。
「何だよ」
わざとらしく声をかけたら、俺をじっと見つめてきた。
昨日のことを、じわじわ思い出す。あれは、現実か?
「手、出して」
「おう」
差し伸べて見せたら、彼女の表情が少しだけ緩んだ。
そしてすっと、手を繋がれた。
「おはよう」
クラスの反応は、痛快だった。
手を繋いでる俺たちを見て、皆目を丸くしてざわめき立った。
視線が気にならないと言ったら嘘になるかもしれない。つい最近までは考えもしなかったことだからな。
でも、気持ちが晴れた。
俺たちはそのまま、二人だけで昨日と同じ、教室下の中庭に来た。
「もう一度、あげる」
彼女はそう言って、また何でもない市販のチョコをくれた。
あんたらしい、けど嬉しい。
「ありがとう。今度は俺が、あんたの為に何かしてやる番だな」
傷ついたら慰めてやる。寂しい時は抱いてやる。いつでも。
「キス、して」
「おう」
それが付き合う、ってことだよな。
「ん、ん」
「はぁ、俺、あんたのこと、好きだ」
「私、も」