森の中を軽快な足取りで歩く一人の少女がいた。  
 少女が跳ねるたびに白いリボンで一つに結った栗色の長い髪が揺れる。  
 通い慣れた家までの道のりだ。  
 齢15の少女アリスは何を警戒することもなく歌を歌っていた。  
 森の中で歌を歌うと獣を引き寄せるからいけないと父親に言われていたことも忘れて。  
 
 そんな無防備なアリスの目の前の茂みが大きく音を立てて揺れ、初めてアリスの中に警戒心が生まれた。  
 ようやく父の教えを思い出して青ざめるがもう遅い。  
 茂みの中から現れた角を見てアリスは悲鳴を上げた。  
 太く、長い、金色の一本の角。馬に似た体躯。白い毛並み。  
 聞いた事がある。世界で最も獰猛で残酷な生き物、ユニコーンだ。  
 ユニコーンに出会ったものはその角で一突きにされるか、角と牙で八つ裂きにされて殺されると狩人たちがおどろおどろしく話していた。  
 一瞬逃げることも考えたがあんな逞しい足で追いかけられ逃げ切れるわけがない。  
 死を覚悟したアリスはその場に膝をつき身を震わせる。  
 大きな碧眼から大粒の涙が零れ落ちた。  
 ユニコーンはゆっくりとアリスに近寄って来る。  
 アリスは固く目を閉じユニコーンから顔を背ける。  
 熱い息がアリスの顔に吹きかかる。滑るユニコーンの舌が頬を舐める。  
 
(ゆっくり味見をして、私のことを食べるんだわ……)  
 
 ユニコーンの鼻先が戯れにアリスの二の腕や脇腹を小突いていく。  
 恐怖のあまり気絶してしまいそうなのに、気絶できずにいるアリスの耳にどさりと重い音が聞こえた。  
 その次に太ももの上に重みが加わる。  
 
 いけないと思いながらアリスがそっと瞼を開けて、片目で下を見ると、ユニコーンが体を横たえて、アリスの太ももに頭を預けていた。  
 
「何っ……どうして?」  
 
 さらには混乱するアリスの柔らかな太ももに、気持ち良さそうに頬擦りしてくるではないか。  
 アリスの太ももに頭を預けるユニコーンはどう見ても獰猛そうには見えない。  
 村にいるどの馬よりも穏やかで、賢そうな顔をしている。  
 そして間近で見れば見るほどに美しい。  
 アリスが震える手でそっとユニコーンの太い首を撫でれば、ユニコーンは甘えるように処女の体に擦り寄ってくる。  
 獰猛と言われるユニコーンが仔猫のように自分に甘えてくる。  
 その姿にアリスは心奪われた。  
 青白かった顔に赤みが差し、思わず笑みが零れ落ちる。  
 
「なんて美しくて愛らしい生き物なの」  
 
 
 美しい処女とユニコーンが戯れる様子を遠くから見ている男がいた。  
   
「俺のアリスに、あのユニコーンめ……!」  
 
 男の双眸に憎悪の火が灯る。  
 今すぐにでも背負った弓でユニコーンを射殺してしまいたいが、今射てしまえばアリスに怪我を負わせかねない。  
 ぐっと拳を握って堪える。  
 一度見初めた処女の前にユニコーンは何度も現れると聞く。  
 何とかユニコーンを追い払わねば。  
 必死に策を練る男の頭にある暗い考えが浮かぶ。  
 
「ああ、簡単じゃないか。アリスが処女じゃなくなればいいんだ」  
 
 男は喉の奥でくつくつ笑うと、準備に取り掛かるため、足早にその場を去ったのだった。  
 
 
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