アスター地方を治めるルーファス・アディンセルと七年ぶりに対面した時、
ステラはガチガチに緊張していた。
「お久しゅうございます、公爵さま。この度、私の後見人になって頂けましたこと、
またお屋敷にお呼びくださったこと、心より感謝いたしております」
何とか噛まずに言えたことに安堵しつつ、微笑みを浮かべる。
「本当にあのステラか? 見違えたな」
灰色混じりの髪をした公爵は、鋭い眼差しで一見厳ついが、微笑むと大分印象が変わった。
その目元が記憶の中のアレクシスとよく似ていて、ステラの胸はきゅんと高鳴った。
「……あまり、昔のことはおっしゃらないでくださいませ」
「うむ。ヘンリーがリースで良い教育をしたのだな。
……惜しい者を亡くしたものだ」
「……もったいなきお言葉、ありがとうございます。祖父が聞けばきっと喜んだことでしょう」
祖父のことは、まだ思い出すだけで涙が出た。
「も、申し訳ありません。見苦しい姿を……」
慌てて手の甲で拭おうとすると、すっと白いハンカチが差し出された。
「たったひとりの身内を亡くしたのだ。その涙を詫びる必要はない」
「公爵さま……」
暖かい気遣いに感謝し、ハンカチを賜る。
「ありがとうございます」
(この方のために、一生懸命働こう)
ステラはそう決意し、にっこりと微笑んだ。
アディンセル家で働き始めたステラは、清掃から買い出し、
ベッドメイクに草むしりと、嫌がることなく何でもこなしたので、
先輩メイドたちからの評判も良く、また紅茶を煎れるのが上手かったため、
ルーファスのお呼びがかかることもしばしばだった。
ルーファスは有能な領主であり、多忙だった。
ステラはそんなルーファスを心から尊敬していたし、恩人である彼に深く感謝していた。
ステラはルーファスのために心を込めてお茶を煎れ、慰めになればと花を活け、
厚かましいかと思いながらも肩たたきを申し出たりした。
しかし、何といってもステラの一番好きな仕事は、アレクシスの部屋を掃除することだった。
寄宿学校の生徒であるアレクシスは、一年近く帰って来ない。
だが、彼の痕跡を、歴史を、成長を感じる度、ステラの胸は高鳴った。
(アレクシスさま……)
彼を思い、ステラは幾度も自分を慰めた。
きっと、この恋は実らない。そうわかっていたが、ステラはそれでもかまわなかったのだ。
この屋敷にいられるだけで、彼を感じていられるから。
まさか、それが苦痛になるなど、この時のステラは夢にも思っていなかった。
――そう、そして、自分を見つめるルーファスの熱の篭った眼差しにも、まるで気づいていなかった。
奥方であるキャサリンが倒れ、医師が呼ばれ、残酷な診断が下された夜――
ステラは自ら看病役を買って出た。
「奥さま、もうすぐアレクシスさまが帰って来ますわ。だから、頑張ってくださいませ」
黄泉路へ向かうキャサリンを引き戻そうと、必死に話しかける。
それに、死期の迫る妻の傍らで黙りこくったままのルーファスも心配だった。
「ステラ」
思い詰めた瞳でルーファスが呼んだ。
「旦那さま……」
「いいのだ。もう」
「そんな弱気なことをおっしゃらないでください。お気を確かに」
父親のように慕っているルーファスを何とか力付けようと、
ステラは彼の大きな手に自分の手を重ねた。
「ステラ……」
すると、ルーファスにいきなり抱きしめられた。
ステラはびっくりしたが、遠慮がちに抱擁を返した。
やがて視線を合わせたルーファスの瞳は、熱っぽく潤んでいた。
(どうなさったのかしら)
ステラが不思議に思った、その時だった。
「お前を愛している」
いきなり、にわかには信じ難い言葉が放たれた。
(え?)
ルーファスを見上げ、驚きに目を瞬かせる。
「愛している」
自分の耳を疑い、ステラは混乱した。
「旦那さま、何をおっしゃって……っ!?」
目を閉じたルーファスの顔が近づき、咄嗟に避けようと顔を反らす。
しかし背後の壁と顎に回ったルーファスの手により、ステラの動きは封じられた。
そして、温かな唇が触れる。
(――!!)
それは、ステラの初めてのキスだった。
「ん……うぅ……!」
ルーファスの唇は何度も優しく触れてきてから、徐々に激しくなっていった。
ステラはただ呼吸するので精一杯だった。
(どうして、旦那さまがこんなことを――)
遊びで女に手を出す人ではない。
しかし、急に愛していると言われても、ステラには理解が追いつかない。
さらには口内に生き物のような舌が侵入し、歯列を舐め、縮こまったステラの舌を絡めとった。
「いけま……せ、んん……旦、……ま……!」
とにかく離れようとルーファスの胸を叩き、押してみるのだが、びくともしない。
長い間キスされて頭がぼうっとなり、腕や腰に力が入らず、下半身まで熱くなってきていた。
やっと唇が離された時、ステラの意識は朦朧としていた。
「やぁっ……!」
耳に舌が入れられ、堪えきれず甘い声が出てしまった。
「いい声だ」
「あっ、おやめくだ――っ」
耳を睡液でべとべとにされ、その舌でまた口を犯される。
さらに大きな手に尻を撫でられ、身体がびくんと跳ねる。
服の上から胸も触られ、あちこちからくる刺激に身体が熱を帯びていく。
(だめ……!)
「奥さま、が、いらっしゃる、のに――」
「意識はない」
身をよじり、逃げ出そうと試みるが、がっちり押さえ付けられて叶わない。
「やぁ! だめ――」
やがて、白いエプロンとブラウスで隠されていた上半身が月光に晒された。
「いや、お許しください……!」
「綺麗だ、ステラ」
白い二つの膨らみを愛撫され、股間には肘を押し付けられ、
ステラの敏感な身体が開拓されていく。
「あぁっ……!」
いつかの痴漢とは違い、ルーファスの与える刺激は甘く、
無理矢理にされているのに優しさすら感じられた。
「……っあ、やあっ……」
本物の快楽を求めていたステラの身体は、意思に反してルーファスを受け入れようとしていた。
「見ないで、旦那さま、いやです……!」
ただ、心はそれを認めたくなくて、懇願を続けた。
「や、いやぁ!」
しかし、丹念に秘所を舐められ、執拗に蕾を刺激され――ステラの理性は崩壊しつつあった。
自分では達したことのない領域まで昇らされ、身体が言うことを聞かなくなり――
(アレクシスさま……)
嬌声を上げながら、ステラはいつしか金髪の少年を思い描いていた。
場所を変えられ、組み伏せられてからの記憶は、あまりない。
ただ、痛かったこと、熱かったこと、そして――
初めて味わった、濃密な快感。
それがステラの処女喪失の記憶のすべてだった。
夜が明ける前にルーファスの寝台で覚醒したステラは、全身の疲労を感じつつ起き上がった。
隣のルーファスの寝顔を眺め、霞がかった頭を振る。
(本当に……私、旦那さまと……)
股間から垂れる白い粘着質な液体が、夢ではないことを物語っている。
(いけない、戻らないと……)
違和感を訴える股間を押さえ、着替える。全身が痛かった。
急いで自室に戻って身を清め、キャサリンの部屋へと戻る。
幸い、キャサリンの容態に変わりはなかった。ひしひしと罪悪感が押し寄せる。
(私は――旦那さまに――)
その事実を、ステラはまだ受け止め切れていない。
(どうして、こんなことに――)
ルーファスはステラを愛していると言った。何度も何度も。
あの言葉や態度に偽りがあるようには思えなかった。
普段の厳つい雰囲気が嘘のように情熱的で――
だからこそ、途中から現実を認めるのを放棄し、
まるでアレクシスに愛され抱かれているような錯覚を起こした――
(無理矢理純潔を奪われたというのに、私は――)
感じ、乱れ、一度は登り詰めてしまった。
生々しく残る感触に、身体が火照り、下着の中でとろりと蜜が漏れた。
(やっぱり私は――ふしだらなんだわ。
だから、こんなことに――全部、私が悪い……)
ステラは声もなく涙した。
(でも、こんなことは許されない。アレクシスさまに合わせる顔がないわ)
アレクシスが帰って来るのは今日だ。
(私は、いない方がいい)
やがて、交代のメイドがやって来ると、ステラは自室で荷物を纏めた。
――この屋敷を出ていくつもりだった。
どうしても推薦状だけはルーファスに書いてもらわなければならないが――
(きっと、今頃正気に戻っていらっしゃるわ)
昨夜のことは、何かがルーファスに取り憑いていたとしか思えない。
ステラは、そう思い込もうとしていた。
「何をしている」
突然、扉が空き、怒りを露わにしたルーファスが入ってきた。
ステラは怯え、狭い部屋の隅に逃げた。
「な、何故、旦那さまがここに……」
「起きたらお前がいなかったからだ」
ルーファスはステラの手首を掴み、腕の中へ閉じ込めた。
「その荷物はなんだ」
「……お離しください」
「なんだときいている」
ルーファスが手に力を込めた。
「っ……お、お暇を、頂こう、と――」
「許さぬ」
ルーファスは荒々しくステラの口を塞いだ。
「私から逃げることは許さぬ」
「っ――!」
スカートがめくられ、下着を降ろされる。
「もし逃げれば、私兵や密偵を使い、私の財産と権力、
すべてを賭してもお前を探し出し、地の果てであろうと追いかける。
見つけたならば地下牢に繋ぎ、一生陽の当たらぬ場所で飼い殺してやろう」
怒気を孕んだ冷たい瞳は炎を宿したようだった。
ぞくりと背筋が凍る。
再び乱暴に口づけられ、ステラはきつく目を閉じた。
「ん――! うぅ――!」
蕾を引っ張り出され、荒々しく潰される。容赦ない刺激に、ただ痛みだけが走る。
「どう、して――ひ、い、いたあっ――!」
「愛しているからだ」
「い、もうやめてくだ――あああぁっ!!」
千切れるのではないかと思うほど引っ張られ、ステラは絶叫した。
「ならば、誓え。何処にも行かず、未来永劫、私のそばにいると」
「いた――痛いっ――ち、誓います、からあっ――いっ、やめてぇ!!」
遥か昔、襲われかけた男に殴られたことを思い出し、
ステラは恐怖と痛みでただルーファスの言葉を繰り返した。
「私は――未来、永劫、旦那さまの、そばにいると誓い、ます――」
「忘れるなよ」
「は、はい……ああっ!」
立ったままルーファスが中に入ってきた。
湿り気を帯びているとはいえ、十分ではないそこへの挿入は、かなりの痛みを伴った。
「痛い、痛いです、旦那さま……!」
「ルーファスと呼べ」
昨夜とは打って変わり、緩急もなく、ただステラを痛めつけるような動きだった。
「何処にも行かせはしない」
「いっ――!」
これは罰なのだ。ここから去ろうとしたステラへの――
それなのに、ステラとルーファスが結び付いた箇所からは、次第に水音が響き始めた。
「あ……っ」
壁に背を付き、片足を持ち上げられ、深く突かれる。
「あぁ! ……あっ、んっ!」
いやらしい声が出てしまう。そんな自分が恥ずかしくて嫌だった。
「だ……ルーファスさま、ああ、っ――!」
「離さないぞ、ステラ」
「あぁ! ひあ!」
「ステラ……!」
激しく突き上げられ、ステラはだんだんと思考能力を奪われていった。
ただひとつ確かなのは――ルーファスが本気で、ステラを手放す気はない――という、
絶望的な事実だけだった。
(キャサリンさま、アレクシスさま、ごめんなさい……)
何がいけなかったのだろう。
ルーファスにアレクシスの影を見たことか、それとも快楽に抗えなかったことか。
「ステラ、ステラ――くっ、あっ、ああ!」
ルーファスの欲望が放たれて解放されても、ステラはその答えを見つけることができなかった。
続く